北条沙都子の生きていた昭和58年の日本では、まだ携帯電話と呼ばれる家電が存在していなかった。
 沙都子が聖ルチーア学園に入学した頃にはサービスこそ始まっていたものの、それでも高校生と縁のある家電では到底なかった。
 この令和時代にやって来てまず最初に驚いたのはそこである。
 携帯電話――スマートフォンと呼び名の変わったそれを、誇張抜きに誰もが持ち歩いている。
 流石に施設の子供は持っていなかったが、一度街に出れば、明らかに小学生であろう子供すら慣れた手付きでそれを使いこなしている有様。
 空飛ぶ車や宇宙船のような派手さこそないものの、昭和の人間にしてみれば充分想像を超えた未来社会だった。

 別にそれでこの時代を羨ましいとは思わないが、しかし実際問題、スマートフォンの便利さに頼れないのは不便である。
 スマートフォンの普及により公衆電話もすっかり数を減らしており、見つけるのに少々難儀する羽目になってしまった。
 その内どうにかして手に入れたいところですわね……などと思いながら沙都子は懐から取り出したメモ書きに視線を落とす。
 そこに記されている電話番号を目の前の電話機にダイヤルしていき――あの頃と変わらない耳慣れたコール音を聞くこと、数秒。

『もッッしもォ〜〜〜し』

 音が途切れるなり軽薄な声が響いた。
 大人の声ではなく、子供の声だ。
 今の沙都子よりは年上だろうが、少年期特有の高い声をしていた。

「貴方がガムテさんですの?」

 割れた子供達(グラス・チルドレン)のガムテ。
 沙都子を勧誘してきた黄金球なる少年曰く、その珍妙なコードネームの人物が件の集団の元締めらしい。
 皮下医院の院長とコンタクトを取り、傘下に加わるという建前で一旦の協力関係を取り付けることが出来た以上、次に話を付けるべきは彼だった。
 些か無警戒な襲撃だったとはいえ、まさかそんな場所にカメラを仕込んでいる者達が居るとは思わなかった。
 侮れない。どんな形を取るにせよ、放置しておくには危険過ぎる。

『イエ〜〜〜ス。で、そういうお前は何処の誰〜?』
「黄金時代(ノスタルジア)と言えば伝わると、そう聞いてますわ」

 幸いなのは、あちらは沙都子を仲間として歓迎する構えを取っているらしいこと。
 薄っぺらに同情されるのは不愉快だが、自ら付け入る余地を作ってくれたのには助かった。
 何せ相手は――恐らくかなりの人数と、武装。そしてそれに基づく暴力を有している。
 自軍に抱える分にはいいが敵に回したくはない。まして、沙都子のように後ろ盾のない孤軍であるなら尚更だ。
 問題は、彼らとの同盟を皮下とあの怪物に説明するかどうかだが……そこのところは今考えても仕方あるまい。

『お〜、北条沙都子じゃ〜〜ん! 黄金球(バロンドール)、上手く口説いてくれたみたいだな』
「不愉快な喩えはお止めくださいな。一通りの話は、その黄金球さんから聞いておりますわ」

 お世辞にも知的とは感じない人物だったが、だからこそ騙そうとしているつもりはないのだろうと分かった。
 問題はこのガムテが自分のことをどう見ているかだ。
 とはいえ猫を被るのは逆効果だろう。もし見抜かれた場合のリスクを考えれば得策ではない。
 だから敢えてこうしてありのまま。カメラの映像で見られてしまっただろう、冷酷な殺人者としての顔で接する。

『了解(りょ)。なら話は早え〜な、今からオレが言う場所まで来てくれ。サーヴァントは連れて来ても来なくてもいいぜェ』

 流石に霊体化させて連れて行くべきだったかもしれないが、あの怪僧は発作的に奇行へ及ぶ悪癖がある。
 もし万一実体化されてしまえばどうなるかは先の皮下医院での一件で学習済みだ。
 いざとなれば令呪で召喚すればいい。ということでとりあえずは丸腰で、彼らの巣穴に赴く。

「分かりましたわ。会談なり交渉なりするのですわね?」
『違う違う(ノンノン)。そんな堅っ苦しいことよりもよ〜、まず優先してやるべきことがあんだろ?』
「……、」
『歓迎会(ぱーちー)だよ歓迎会(ぱーちー)。みんなで盛大に新しい仲間の加入を祝うのさ。きっと楽しいぜ〜〜?』

 ……電話越しとはいえ、直接話すと相手の人柄はある程度分かってくるものだ。
 口調や声音には人間性が出る。まして沙都子は、彼らと真の仲間にするつもりなどさらさらない。
 その点にもある程度気を配りながら彼と会話をしていたのだったが――

「(……どういう方なのかさっぱり読めませんわね。まさか本気で私と仲良しこよしの関係が出来るとは思ってないでしょうけど……)」

 結論から言うと、全く読めなかった。
 黄金球の言動からして、"割れた子供達"が相当な人数から成る団体であることは間違いない。
 ならばそれを……どいつもこいつも未成熟な子供達ばかりだというその集団を統率している人間が馬鹿や無能である筈はないのだ。
 しかし実際に話してみた印象としては、ガムテはとてもそういう人物には感じられなかった。
 どちらかと言うと、知能も程度も低い。
 あからさまに脳筋気質だった黄金球よりも軽く、薄っぺらく、とてもではないが優秀な人物とは感じられない。

『つーわけで待ってるぜ、黄金時代。すっぽかしたら絶望(ピエン)だかんなっ☆』

 そう言い残して一方的に電話を切られれば、通話が切断されたことを告げる無機質な電子音がぽーん、ぽーんと鳴るのみになる。
 数秒、何かを逡巡するようにそこに立ち尽くしていた沙都子だったが、やがて溜息をついて受話器を置いた。
 沙都子とて馬鹿ではない。今の会話だけでガムテを、心の割れた子供を統べるリーダーを侮るような愚は犯さなかった。
 あの言動通りの人物であろうと子供達の心を惹き付けられる、そのくらい優秀な人物なのか――それとも全部計算尽くなのか。
 何にせよ、こればかりは実際に会ってみなければ……歓迎会とやらに赴いてみなければ分からないことなのだろう。

「(人殺しが巧いだけの道化なのか、全部計算でやっているのか。……願わくば前者であってほしいものですけど)」

 どの道、いずれは裏切る相手なのだ。
 無駄に頭の回る人間であったなら、いつか背中を撃つ時に面倒だ。
 かと言ってあまりにも無能では駒としての役割も果たせない、最悪自分の立ち回りに影響が出る可能性すらある。
 この辺りは如何ともし難いジレンマであった。何にせよ、実際にガムテなるマスターと相対してみないことには始まるまい。
 沙都子は前時代的な電話ボックスを出ると、ガムテに電話で伝えられた場所へ向かうべく炎天下の中足を進め出した。
 ――せめて迎えの車くらい用意して欲しいものですわ。などと、そんなことを考えながら。


◆◆


「お〜〜ッ、黄金時代! ちゃんと来てくれると思ってたぜ〜!!」

 向かったその先は、中央区に存在するとあるマンションだった。
 一口にマンションと言っても、少なくとも世間一般の価値観に照らし合わせて言うなら"普通の"という枕詞はつかない。
 何せそこは金持ちや芸能人、舞い上がった成金などが好んで住まう高級住宅街に建つタワーマンションだったからだ。
 ちなみにこのタワーマンションというのも、沙都子の生きていた時代ではまず聞くことのなかった単語である。
 さしもの沙都子も一瞬場所を間違えたかと眉を顰めたが、その疑念はすぐに氷解した。
 マンションの前で、見覚えのある――ついさっき会って、そして別れたばかりの相手が待っていたからだ。

「どうも。さっきぶりですわね、黄金球さん」

 浅黒い肌と、どのスポーツでもやっていけるだろう恵まれた体格。
 沙都子の知る彼の姿と唯一違うのは、顔に巻かれたガムテープだろうか。
 それは本来警戒に値する異常なのだろうが、割れた子供達についての知識を持つ沙都子にしてみればさしたる不思議ではなかった。
 何せ、リーダーの名からして"ガムテ"なのだ。彼に因んだシンボルだと思えば、成程納得の行く仮装だろう。
 黄金球(バロンドール)。交渉(ネゴシエート)の為、沙都子の前に現れた……心の割れた子供の一人。

「あれ、サーヴァントはどうしたんだ? 霊体化で透明(スケスケ)にしてんのか?」
「自分で言うのも何ですけれど、私のサーヴァントはただ居るだけで角が立ってしまうような難儀な方ですの。
 手の内を隠してると思われても仕方ありませんが、歓迎の席を白けさせないよう配慮したと思って貰えると助かりますわ」

 これはあくまで推察でしかないが、この黄金球なる男は、きっと件の集団の中でも特段ガムテに信頼されている内の一つなのだろう。
 沙都子は、そう考える。
 何故か。単純だ。如何に自分に同調した手駒と言えど、敵のマスターを相手に単なる一介のNPCを一対一で向かわせるのはあまりにリスクが大きい。
 ただ殺されるだけならばまだ良い。最悪、何らかの手段で情報を引き出される可能性すらある。
 たとえ自分が殺されるような状況に置かれても、決して仲間を……首魁(ボス)を売らない精神性の持ち主。
 とてもではないが頭の回る人物とは思えない黄金球が自分との交渉役に抜擢された理由は、それ以外には考えられなかった。

「あー……成程な。いや、信じるぜ。大変だろ、ロクでもねえサーヴァント抱えると」

 実際噓は言っていないため、素直に信じて貰えて助かった。
 自分で言うのも何だが、サーヴァントの同伴無しで事実上の敵地に乗り込むなど端から見れば正気の沙汰ではない。
 にも関わらずそんな愚を犯す人物となれば、多少の疑いの目を貰っても何ら不思議ではないのだ――本来は。
 しかし黄金球は殊の外あっさりと、沙都子の言を信用してくれた。
 その時の彼の目は何処か同情するような目付きをしており、それを怪訝に思った沙都子が口を開くよりも早く――黄金球が言葉を紡いだ。

「あッ、そうだそうだ。黄金時代、ガムテの所に連れてく前に一つだけ忠告なんだけどよ」

 まるで"誰かに聞かれないように"とでもいうように、口の前に人差し指を置く黄金球。

「ちょっと色々あってな、ガムテのサーヴァントが今ムチャクチャ癇癪(イライラ)してんだよ。
 オレ達やガムテには何を言ってもいいけど、もしアイツのサーヴァントが……ライダーが実体化(で)てくるようなことがあったら、その時はなるべく刺激しないようにしてくれ。これはオレからの忠告だ」

 そんな言を聞くと、嫌でも先程相対した怪物(ライダー)の顔が浮かぶ。
 北条沙都子は魔女だ。妄執のままに惨劇を編み、自分が大切に思っていた日常をすら躊躇なく利用する悪魔だ。
 その彼女をして、恐怖に我を忘れてしまうほど――あの鬼(バケモノ)は圧倒的なものを秘めていた。
 黄金球の心底切羽詰まったような形相を見るに、彼らが頼みの綱にしているサーヴァントは相当難儀な人物なのだろう。
 ……果たしてあの怪物とどちらが上なのか。もしかして自分は、龍穴に続いて虎穴に踏み入ってしまったとでも言うのか。
 辟易の念を抱きながらも、沙都子は黄金球へと問いを投げる。

「……そんなに危険な方なんですの? ガムテさんのサーヴァントは」
「ああ。もし怒らせれば、同盟相手のお前だろうと容赦なく殺すだろうな」

 苦虫を噛み潰したような表情。
 それだけで、彼らの陣営の中で何があったのかは概ね理解出来る。
 件のサーヴァントはさぞかし面倒で、厄介な存在なのだろう。
 自分の機嫌次第で理屈に合わない行動を平然と取る、その癖力はやたらと強い――だから切るに切れない、そんな存在。

「(……リンボさんを連れてこなくて正解でしたわね)」

 そう分かった今、自分の判断が正解だったことを沙都子は悟る。
 そんな相手の前に立たせるには、あの陰陽師は些か多弁過ぎる。その癖余計なことばかり喋る。
 言うなれば、地雷原の上で好き好んで舞を踊り、禹歩を踏んで手を叩くような男だ。
 彼は彼で、自分の好きなように計画を練って貰うとしよう。
 何しろ暗躍を重ね、人を誑かして操るのが生き甲斐というような腐れ外道だ。
 彼としてもマスターに手綱を引かれるよりかは、そちらの方がやり易いに違いない。

「それはさておき、だけどよ。お前がちゃんと此処に来てくれて嬉しかったよ、オレ。
 もし断られてたらよぉ。オレを信用して任せてくれたガムテにどんな顔で報告すればいいか分かんなかった」
「……そんなに大事なんですの? あのガムテさんという方が」
「当たり前よ。アイツは……オレ達の。心の割れた子供達の、ヒーローだからな」

 つい先刻、この黄金球が口にした言葉を沙都子は覚えている。
 彼は知っているのだ、自分達が泡沫の存在であると。
 その上で腐るでもなく憤るでもなく、自分達のリーダーであるガムテの勝利を願っている。
 ガムテが勝てさえすれば、自分達は彼の中で生き続けられると……馬鹿げた思想を抱いて。 
 それを生まれた意味だと笑顔で断言する姿は、沙都子にとっては理解不能のそれであった。

「界聖杯は貴方がたのことをこう呼んでますわよ? "可能性を持たぬ者"、と」
「真実(マジ)ィ〜? そりゃ随分手厳しいな。ホントに未来とかねえんだなって実感しちまうぜ」

 時が来れば消えるだけのNPCに気を遣ってやるような慈悲深さなどない。
 当て付けめいた言葉を平然と吐き、沙都子は嘲笑した。
 複雑な表情の一つも見られればそれでいいと思っての発言だったが、しかし。
 黄金球は少し驚いたような顔をしてから、すぐにまた笑みを浮かべてみせた。

「……でもまあ、ドン詰まりの人生には慣れてるからよ。
 それならそれで吹っ切れて戦えるってもんだ。逆に燃えてきたかもしれねー……教えてくれて感謝(サンキュ)な、黄金時代」

 帰ってきたのは恨み言でも泣き言でもない。
 よりにもよって――感謝。おかげで後腐れなく戦えると、そう言わんばかりの言葉。
 駄目だこりゃと、そう言うように溜息を一つ吐き出す。
 にわかには信じ難いことであったが、だ。
 この世界のNPC……"可能性を持たぬ者"達は、どうもただの舞台装置というわけでもないらしい。
 彼らは感情を持ち、心を持ち、しかして可能性だけは持ち得ない存在。
 それはただの人形よりもよっぽど質の悪い形であり――随分酷いことをするものだと、沙都子はそう思った。

「(やっぱり理解出来ませんわ。まあ、する必要もないのですけど)」

 その在り方を、北条沙都子は承服出来ない。
 沙都子には大切な人が居る。この世の何よりも重い少女が居る。
 彼女を助ける為に自分が消滅する、そんな未来を受け入れられるか。
 答えは否だ。そこで"はい"と頷けるようなら、沙都子は魔女になどなっていない。
 世界の中心たるその少女を惨劇の檻で捕らえ、追い詰め、自分と共に故郷で永遠に生きるという鳥籠の運命を突き付ける非情などこなせていない。

 或いは自分も、この世界(カケラ)限りの泡沫としてこの世界を生きていたなら――黄金球達と同じ答えに辿り着けたのだろうか。
 一瞬そう考えたが、すぐに無意味な思考だと判断して止めた。
 "もしも"など想定する必要はない。自分が望む結末は一つだけで、それ以外の何事にも興味などないのだから。

「(全ては梨花と過ごす甘い世界の為に。
  その為なら……黄金球さん? 貴方達のことなんて――幾らでも利用出来るんですのよ?)」

 紅い眼を二つ、魔性の煌めきで彩りながら。
 沙都子は、自分を先導する黄金球の後に続く。


◆◆


「みんなぁ〜〜〜〜☆ 聖杯戦争、楽しんでる〜〜〜〜?」

 眩いカラーボールが爛々と照らし出すステージ。
 世間一般の人間が想像するマンションにはまず無いだろう空間は、本来金持ちの社交場として用意された場所なのだろう。
 クラブの真似事をするなり、はたまた著名人を呼んでライブなりトークショーなりをさせてみたり。
 そういう使い道を想定されていたと思しき空間はしかし、今は狂った子供達のパーティー会場に姿を変えていた。
 ステージの上で道化そのものの笑顔を浮かべ、無邪気に呼び掛けるガムテ。
 彼の一声に対しての反応は、しかし予想を明らかに下回る歓声だった。

「なぁ〜〜〜んて。流石に素直にゃはしゃげね〜かあ……」

 彼らの気持ちも分かるのか、ガムテは一転がっくりと肩を落とす。

 割れた子供達が置かれている状況は正直、決して芳しいものではない。
 仲間達は本戦が始まってからのものだけの換算としても少なくない数減っており、しかも中には極道の端くれにあるまじき最期を晒した者も居る。
 その割に挙げられた戦果は乏しい。少なくとも死んだ仲間の数に比べて言うなら、決して見合わない量と質だ。
 頼みの綱のライダーは確かに強力。しかし、彼女の気性を制御するために掛かるコストも労力も極めて莫大。
 ……等の理由から、割れた子供達の中にやや気落ちのムードが漂ってしまっているのは否めなかった。
 そして極めつけは、ガムテが直々に赴いた"握手会"が――どうも良くない結果に終わったらしいことだ。

「仲間に売られ、握手会はクソバンダイっ子のせいで台無し。
 こうも意気消沈(サゲぽよ)な事ばっかり重なるとさぁ、ガックリ来ちゃうよね……分かる分かる……」

 割れた子供達は玉石混淆。
 舞踏鳥や黄金球を"玉"とするのなら、志も技巧も"石"としか称しようのない者も居る。
 それらを等しく導くからこそのリーダー。"殺しの王子様(プリンス・オブ・マーダー)"。
 そのガムテをしても、今回ばかりは苦戦を強いられてしまっている――それは事実。
 だが。たかだか苦境に立たされた程度のことではいお終いとなってしまうような半端者が、破壊の八極道に名を連ねることなど有り得ない。

「なぁ〜〜〜〜んて言うと思ったかァ〜〜〜っ!?
 そんな真実傷心(マヂヤミ)のみんなにビッグニュースがあるんだ〜〜〜☆」

 あの美形野郎にはムカついた。心底腸が煮えくり返った、故に必ず殺してやると決めている。
 だが、あれと邂逅出来たこと自体は幸いだったと。道化の仮面の内側でガムテは冷静に思考する。
 聖杯戦争は一筋縄じゃ行かない。既に分かっていたことだが、あそこまで"出来る"奴が喚ばれているのなら話は変わってくる。
 今までの割れた子供達では不十分だ。このまま突き進めば、突き進ませれば――皆揃って誰かに利用され、奪われる。そう分かったからだ。

「もう噂で聞いてるヤツも居るかな? 実は今日、オレ達に新しい仲間が出来ました〜〜〜ッ☆」

 ああ、認められない。
 認められはしない、それだけは。
 奪われ、割られた子供達。グラス・チルドレン。
 オレ達からこれ以上奪うことなど、地球上の誰にだって許してやるものか。
 オレ達は――今後一生、死ぬまで簒奪(うば)う側。
 その大前提を貫くため、ガムテはこうして同胞を歓迎会の名目で緊急招集し……状況を振り出し(スタート)まで戻したのだ。


「極道を神技巧(カミエイム)で次々殺した期待の新星!
 そんでもってオレと同じ可能性の器(マスター)!!」


「マスタ〜〜〜〜!?」

「真実(マジ)かよ!?」「ってことは、サーヴァントも居るんだよな……ッ!?」

「うおおおお〜〜ッ! ガムテが認めた超新星(ルーキー)!?」「待ち切れねェよ王子ィ〜〜〜!!!」


 この界聖杯内界において最上の暴力とは何か。
 拳銃(チャカ)? 爆弾(ボム)? 麻薬(ヤク)キメた殺し屋? 権力? 全部間違いだ。
 最上にして最強の暴力。それは、英霊(サーヴァント)。
 ナイフは通らない、銃弾も通らない、そもそも見てから避けられる。
 殺し屋なんて規模には収まらない、正真正銘の怪物……人類史の影法師。
 それを従えたマスターが仲間に加わるとなれば、消沈していた子供達がにわかに色めき立つのも頷ける話だった。


「そんじゃ〜〜歓迎会(パーティー)の主役を呼ぶよ〜〜〜!
 ――――お〜〜い、出てこ〜〜〜い☆ 黄金時代(ノスタルジア)ぁ〜〜〜〜っ☆」


 歓声を受けながら、黄金球に連れられて。
 艷やかな金髪の少女が、新たな心の割れた子供が、壇上に上がった。
 少女は特に微笑むでもなく、どちらかと言えばつまらなそうな顔をしていたが――関係ない。
 子供達の目はただ一点、彼女の右手に刻まれた三画の刻印にのみ注がれていた。
 令呪だ。聖杯戦争のマスターである証、自分達が持ち得ない"可能性"を秘めていることの証明。
 それを見るなり――ざわめく声は、どんどん大きくなり始める。

「ほら、皆に自己紹介☆」

 ぽん、とガムテに肩を叩かれると、少女はぱしっとその手を払い除けた。
 それから面倒臭そうに溜息を一つ、吐いて……観念したように口を開く。

「……ガムテさんにお誘いいただいて、今日からこの割れた子供達(グラス・チルドレン)に加わることになりました。
 北じょ――黄金時代(ノスタルジア)ですわ。皆さん、どうぞよろしくお願いしますわね」

 瞬間、ざわめきは歓声一色に染まった。
 新入りの黄金時代……北条沙都子に対する疑念の色など微塵もない。
 新たな同胞が自分達の中に加わった喜びと、ライダーに続く二体目のサーヴァントを仲間に抱き込めたことへの喜び。
 二つの喜びが混じり合って声になって、ステージ上の沙都子へと降り注ぐ。
 聖杯戦争のマスターである以上、いずれは必ず自分達の、そして自分達が王子と呼ぶ彼の敵になる存在だというのに。
 今この瞬間、割れた子供達は――沙都子の、黄金時代の加入を心から祝福していた。


「黄金時代! 黄金時代!」 「黄金時代! 黄金時代!」

「ガムテェ〜! ガムテェ〜ッ!!」 「さっすが"殺しの王子様"だァ〜〜〜!!!」

「俺達の希望〜〜〜ッ!! お前に一生ついていくぜェ〜〜〜!!!!」


 ――何ですの、これ。
 沙都子は思う。それは呆れに近い感情だった。
 このガムテなる奇怪な男がこうまで尊敬されている理由も、ガムテの敵である自分が手放しに歓迎されている理由も分からない。
 特に後者だ。"ガムテが連れて来た人間なら大丈夫だ"と、そんな確信でもあるかのように、誰もが黄金時代の到来を歓迎している。
 奇妙を通り越して、それこそ奇怪な光景だ。
 無論大勢に警戒されている針の筵のような環境に潜り込むよりかはずっとマシなのだったが……それはそうと腑に落ちないものは感じる。

「(……まあ、でも。皮下先生の小間使いをやるよりかは多少マシですわね、こっちの方が)」

 その一方で、沙都子はどこか奇妙な感覚に陥ってもいた。
 ひどく歪にねじ曲がっていて、正気とはとても思えないような光景。
 顔にガムテープを巻いて歓声をあげる子供達の姿は異常者のそれにしか見えない。
 なのにどういうわけだか――微かに居心地が良いのだ。
 収まるべきところに収まっているような。まるで、自分の本来の居場所に戻ってきたような。

「(馬鹿馬鹿しい。こんなものは、私の愛した日常ではありませんわよ)」

 脳裏に浮かんだ喩えを一笑に付して、沙都子は思考を切り替える。
 とりあえず潜り込むことには成功したが、自分も彼らのように顔にベタベタガムテープを貼らなければならないのだろうか。
 出来ればそれは勘弁願いたいものだ。単純に嫌だし、何より目立つ。狂った殺し屋集団の一員だと即座にバレてしまう事態は避けたい。
 後でガムテさんに相談してみましょうか……そう思った矢先、沙都子の手をガムテの隻腕が握った。

「黄金時代。ちょっと舞台裏(あっち)で打ち合わせしよ〜ぜ☆」
「ちょっ……引っ張らないで下さいまし! 何なんですの、貴方は……!!」

 有無を言わさず強引に引っ張って連れて行こうとするガムテに、思わず抗議する沙都子。
 そんな二人の姿を黄金球が笑いながら見ていた。
 「流石ガムテ。もう打ち解けたみたいだなァ〜……」なんて呑気な言葉が沙都子の癪に障る。
 けれどそのことに文句を言う間もなく、ガムテに引っ張られるままに沙都子はステージの上から姿を消してしまうのだった。


◆◆


 舞台裏……というより、単にあのホールめいた空間の外に出たのみであったが。
 熱狂のフロアを一歩抜け出ると、やけに空気が冷たく感じられた。
 そこでは沙都子が来るよりも先に、長髪の少女が一人佇んでいた。
 「待たせたな〜、舞踏鳥」とガムテが声を掛ければ、少女は小さく「別に。待ってないわよ」とだけ答える。

 次に少女は沙都子に目を向け――視線だけ合わせて、後は何も言わなかった。
 大方彼女は他の大多数の子供達とは違い、北条沙都子/黄金時代を仲間にすることの危険性を正しく理解しているのだろう。
 その視線には警戒と、値踏みするような色合いが宿っていた。
 沙都子がそれに不快感を抱いたかと言えば、それは否だ。むしろ予想していた反応がようやく見られたことに安心感すら感じる。
 とはいえ、自分を歓迎していない相手にわざわざ媚びる必要もあるまい。
 舞踏鳥と呼ばれた少女から視線を外し、ガムテの方を見やる。

「改めて。ご招待感謝しますわ、ガムテさん」
「ん。ど〜いたしまして」
「――それで、ちゃんと分かっているんですのよね? マスターの私を懐に入れる意味は」

 ポケットに収めたトカレフの柄を握る。
 もちろん単なるパフォーマンスであって、実際に抜くつもりはない。
 舞踏鳥が目を光らせているし、そうでなくても殺し屋を相手に考え無しの真向勝負(ころしあい)を挑むのは危険が大きすぎる。

「当たり前だろ〜〜? お前は黄金時代(ノスタルジア)だけど、北条沙都子でもある。
 心までオレ達(グラス・チルドレン)に染まってくれるとは思ってね〜よ。そこまでおめでたい頭してると思われてたなら落胆(ショック)だぜ」
「あら。それなら、ご自分の言動を振り返ってみるのをおすすめしますわ」

 澄ました顔でそう返す沙都子だったが、その実内心では目の前の少年の本質を測りかねていた。
 少なくともその言動は完全な道化だ。というより、戯言を撒き散らすスピーカーのようですらある。
 だが今の彼の台詞は、北条沙都子という人間(マスター)の在り方をしっかりと言い当てるものだった。
 割れた子供達の"黄金時代"を名乗りながら、しかし心は自分だけの理想を求める"北条沙都子"のまま。
 要するに獅子身中の虫だ。沙都子はいつか、必ずガムテと彼の同胞達に牙を剥く。
 彼らの全てを簒奪(うば)って――その屍を踏み越えて地平線の彼方へ向かう寄生虫。

「ちゃんと全部分かってるよ。分かった上で、黄金球にお前を誘わせた」
「それは……戦力として、で良いんですのよね」
「ん〜〜。半分半分(フィフティ・フィフティ)ってとこ?」
「……はあ?」

 何を言っているのだ、こいつは。
 そんな本音が、沙都子の顰めっ面から隠し切れずに滲み出ていた。
 黄金球の言葉が脳裏に蘇る。
 あの男は確か、こう言っていた。あの時は単に不愉快な戯言として流したが――

『それに関しちゃガムテの…あいつの、割れた子供全部の味方になるって信条を信じてくれとしか言えねーな』

 半分半分(フィフティ・フィフティ)。
 それはつまり、そういうことなのか。
 まさか本当にこの狂人は、そんな信念を自分に課しているというのか?

「(……要観察ですわね。こういう時ばかりは、リンボさんの審美眼が欲しくなりますわ)」

 彼が演じる道化は仮面。相手を油断させる為の、殺し屋としての所作。
 無垢な少女を演じて惨劇を糸引き続けてきた沙都子と在り方は似ているが、演技の質では沙都子じゃとても敵わない。
 この世の誰よりも気が触れているから、壊れているから、イカれているからこそ被れる狂気の殻。
 冷徹な悪意と執着を寄る辺に事を成す沙都子とでは、そこが根本から違うのだ。

 ――北条沙都子は、ガムテの真実を見抜けているわけではない。
 されどガムテを侮ってはいない。むしろ、最大限に警戒していた。
 理解出来ないからだ。人は、解らないものを無条件に恐れる。
 エウアが見せた過去百年のカケラの中にも、自分自身が祟りの代行者となって紡いだ業深きカケラの中にも、彼のような存在は居なかった。
 宛ら、複雑な迷路が人の形を成しているような――深淵めいたものを、沙都子はガムテの中に見た。

「ガムテ」

 と、その時だ。
 舞踏鳥が、小さく彼の名を呼んだ。
 ガムテは首を傾げて疑問符を浮かべるが……すぐに呼びかけの意味に気付いたのか「あ!」と目を見開いて手を叩く。

「感謝(サンキュ)〜〜舞踏鳥。危うく忘れるとこだったぜ」
「ライダーへの顔見せもさせるんでしょ? 手早く済ませなさい」

 二人の会話の意味が沙都子には分からない。
 しかし"手早く済ませろ"という言葉が出た辺り、何かを自分にさせるつもりらしいということは察せた。

「え〜〜、じゃあこれから。期待の新星(ルーキー)・黄金時代の入門テストを行いまぁ〜〜〜っす」
「……何ですの、藪から棒に。そんなものがあるなんて話は聞いてませんでしてよ?」
「当たり前だろ。思いついたのついさっきだもん」
「……、」

 とことんこちらの調子を狂わせてくる方ですわね――沙都子は微かな苛立ちを覚える。
 とはいえ此処は彼の城、彼らの巣穴。郷に入るからには、その郷に従う必要もあろう。
 はあ、と溜息をついてから。沙都子はガムテに問いかけた。

「……で、私に何をさせるつもりなんですの?
 技巧(ウデ)の方は、貴方がたが仕掛けた監視カメラの映像を見てもらえれば分かると思いますわよ」
「それは知ってる。偉大(パネ)ェ〜射撃だったよ。鍛えたら殺島の兄ちゃんみたいになれるかもな〜〜……って知らねぇか」

 話が流れるように逸れていく様子に頭が痛くなるが、では何を試すというのか。
 ガムテはすぐに話の逸れた先から戻ってきて、続けた。

「問題(クイズ)だよ、ク〜〜イズ。
 と言っても学校のクソつまらね〜試験問題出そうってわけじゃないから安心しな」
「あら良かった。この期に及んでそんなものでテストして来る方なら、こっちから願い下げでしたわ」
「分かる分かる。ムカつくよなそういう奴。優越(マウント)取ってんじゃね〜ぞってなるもんな」

 ……とはいえ。
 このガムテが一体何を自分に対して問おうとしているのかは全く読めなかった。
 決まった答えがある命題なのか、それともどんな答えを出すかを見たがっているのか。
 何にせよ、此処で外すと色々面倒だ。何とか、せめて及第点の答えは出して切り抜けたいところだが――。

「それでは問題です」

 目を閉じて、黒板を示すみたいに虚空へ指を向けるガムテ。

「昔々あるところに〜、死ぬほどムカつく美顔(イケメン)蜘蛛野郎と黄金時代が居ました」

 ……そんな前提で始まる問題とか、この世にあるんですの?
 思わず突っ込みたくなる始まり方だったが、とりあえず堪えた。

「黄金時代は貧弱(ヒョロ)い癖してスカしたお喋りで薄ら笑いを浮かべてくるそいつのことが大ぁ〜〜い嫌いでした。
 だけどそいつはムカつくことに、超絶(メチャクチャ)頭が良くて最悪(ヤベ)え奴です。
 ブッ殺してやりたくても迂闊に動くと蜘蛛野郎が汚ったね〜〜ケツの穴から出した糸に掛かります最悪死にます。
 さあ、黄金時代はどうやってそのクソ蜘蛛野郎をブッ殺すでしょ〜〜か?」

 沙都子はあまり、クイズというものが得意ではない。
 しかしそんな彼女でも、これほど露骨に私怨を含ませた具体的な問題を出されれば意図するところは読めた。
 これは明らかに、この聖杯戦争の中を舞台にして造られた問題だ。
 更に言うなら、問題中の"黄金時代"の部分は全て"ガムテ"に置き換えて考えるべきなのだろう。
 要するにこれは――ガムテが、そして割れた子供達が今直面している課題というわけだ。

「(ガムテさんのサーヴァントは災害級(チート)だと、黄金球さんは言ってましたけど……)」

 強さ故に、おいそれと解き放つことは出来ない……ということなのか。
 それに、もしこうすることで全て片付くなら初手からそうするだろう。
 そうしていないということは、出来なかった理由があったと考えるのが順当である。
 用意周到に糸を巡らせ、相手の最も安直且つ強力な解決方法を封じ、その上で相手と悠々別れ――毒のように蜘蛛糸への危惧を抱かせる輩。

「(随分厄介な方も居るんですのね。どこかで出くわす前に知れてラッキーですわ)」

 で、そういう輩を相手にどうするか。
 黄金時代/北条沙都子なら、どう解決するか。
 どうやって、苛つく蜘蛛を殺してみせるか。

「質問は有りですの?」
「許〜可(い〜よ)」
「その蜘蛛男さんは単独(ひとり)なのか、それとも大勢仲間が居るのか……そこをまず教えてほしいですわね」
「大勢」

 即答するガムテ。
 それを聞いて、沙都子の答えはすぐに纏まった。

「まず手足を千切りますわ。卵を潰すのでも構いません」

 無論、文字通りの意味ではない。
 蜘蛛なるサーヴァント、敵手。
 その手足として動く者を、まず千切る。
 或いは。彼が守りたい、守らねばならない大事な卵を――協力関係にあるサーヴァントのマスターを潰す。
 どちらでもいい。蜘蛛に大切なものがあるのなら、それでいい。

「丸裸になった蜘蛛さんなら、簡単に靴で踏み潰せますもの」

 巣を構成する糸を断って。
 蜘蛛を地面に落としたら、後は簡単だ。
 蟻の群れに食わせるも良し、そのまま靴底で踏み潰してやるも良し。
 そして、もしもそれさえ無理ならば。

「もしくは蜘蛛さんの住処ごと、全部燃やしてしまうのも有りですわね。
 これは私のサーヴァントが勝手に練っているお話ですけれど――どんなに大きな蜘蛛だって、地獄の中では生きていけないでしょう?」

 ――蜘蛛をその巣もろとも、地獄に堕としてしまえばいい。

 沙都子は、双眸を紅く染めながら微笑んだ。
 舞踏鳥の目が微かに細まる。抱いていた警戒の念を、更に強くしたように。
 しかしその一方でガムテは、沙都子と同様に笑みを浮かべていた。
 そしてゆっくりと、沙都子の頭に手を伸ばし。

「――合格。ようこそ、"割れた子供達"へ」

 そう、一言だけ。言った。


◆◆


「――ガムテ。貴方、本気で北条沙都子を仲間にするつもりなの?」
「黄金時代(ノスタルジア)な。良いじゃん、有望だぜ〜アイツ。サーヴァントを連れて来てないのは気になるけどな」

 沙都子と一旦別れ、ガムテと舞踏鳥はとある場所へと向かっていた。
 ガムテのサーヴァントであるライダーの許だ。
 先の283プロダクションへの遠征で、ガムテは彼女の機嫌を大変に損ねてしまった。
 出先で調達してきたお菓子では到底機嫌を取れないだろうと思い、いざという時に備えて備蓄しておいた市販菓子の山を差し出すことにしたが……現代の味に大分慣れつつある今のライダーがそれで満足するとも思えない。
 だから直接面と向かってご機嫌取りをするべく、こうして足を向けているのだ。
 そうでなければとてもではないが沙都子とは会わせられない。最悪、癇癪のままに彼女へ"魂の言葉(ソウル・ボーカス)"を使ってもおかしくない。

「あの子、普通じゃないわよ。サーヴァントを隠してることもそうだけど、いつか必ず私達を裏切るわ」
「わ〜ってる。つーかそれ大前提(あたりまえ)だろ。聖杯戦争のマスターなんだから」
「……確かにあの子の心は割れて"いた"かもしれない。
 でも、貴方なら気付いてるんじゃないの? あの子の心はもう、修復(なお)ってるわよ」
「……、」

 "割れた子供達"は、その名の通り心の砕けた少年少女の集団である。
 汚い大人達の都合で未来を奪われ、こんな風になるしかなかった幼年期の成れの果て。
 北条沙都子はその点、間違いなく彼らの仲間になる資格を持っている。要件を満たしている。
 だが――彼女の心は、もう割れていない。
 神の気まぐれで得た力。それを用いての繰り返し。その中で――粉々に砕けた筈の心は、悪意という名の修復剤で繋がれた。

「あの子はもう簒奪(うば)われる側じゃない。簒奪(うば)う側なのよ、ガムテ」

 舞踏鳥がそれを見抜いたのは、単に女同士だからなのか。
 それとも、ガムテの意思に最も近い立場に居る腹心だからなのか。
 定かではないが、彼女の忠告には真に迫るものがあり。そして事実、的を射ていた。
 北条沙都子は魔女だ。神に繋がり、祟りの代行者となり、人間を超えた悪意の器。
 それを抱き込むことの意味は大きい。恩恵も、そして危険性(リスク)も――あまりにも。

「――安心しろよ、舞踏鳥。オレは何も変わっちゃいない。この先も何も変わらない」

 危機を訴える舞踏鳥に、しかしガムテは動じず揺るがず。
 舞踏鳥がよく知る笑顔で以って、そう答えた。
 その表情(かお)で断言されると、舞踏鳥も何も言えなくなってしまう。
 自分はこれまでずっと、この笑顔(かお)に付いて来たのだから。

「オレは何処で何をしていてもオレのままだ。あんな蜘蛛野郎に重圧(プレッシャー)感じて鈍るオレじゃねえ」
「……卑怯ね。貴方にそう言われたら、何も言えないでしょ」
「まあ長い目で見てやってくれよ、黄金時代(アイツ)のことも。
 オレだって――何も考えてないわけじゃない。ちゃんと見てるからさ」
「そう。……なら、私がこれ以上言うのは余計ね」

 諦めたような、納得したような。
 そんな顔で呼気を一つ吐き出して、舞踏鳥はそれ以上の言を止める。
 ガムテは足を止めることなく、ライダーの許へと歩き続ける。
 舞踏鳥は、それに続く。そこには二人の、無言の――それでいて確かな信頼関係があった。

「それにしても……あ゛〜〜〜面倒臭え〜〜〜〜〜〜!!!
 舞踏鳥ぁ、オレの代わりにご機嫌取りしてくれよ。絶対ブチ切れてるもんあのババア〜〜!!」
「私がその役目を引き受けてもいいけど、十中八九神経を逆撫ですることになると思うわよ。それでもいいならベストを尽くすけど」
「……いや、やっぱいいわ。オレがやるからお前は黙っててくれ」
「……自分で言っといて何だけど、ちょっと心外ね。そこまで納得する? 今ので」

 問題は未だ山積み。
 ライダーの機嫌取り。割れた子供達の今後の動かし方。
 黄金時代/北条沙都子との付き合い方。
 されどガムテは変わらない。いつだとて、いつまでも、心の割れた子供達の英雄(ヒーロー)のまま。
 侮るなかれ、この道化(ころしや)を。さすれば末路は一つ。死、破滅、あるのみ。


【中央区・某タワーマンション(グラス・チルドレン拠点)/一日目・夕方】

【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券。
[道具]:大量のお菓子(舞踏鳥(プリマ)持ち)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。
1:あ゛〜〜〜面倒臭え〜〜〜〜〜〜!!!
2:割れた子供達(グラス・チルドレン)に新しい指示を出す。
3:あのバンダイっ子(犯罪卿)は絶望させて殺す。
4:黄金時代(北条沙都子)に期待。いざという時のことも、ちゃんと考えてんだぜ? これでも。
[備考]
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。


◆◆


「コードネームまで与えて貰えましたのに。結局警戒されてるんじゃ世話ないですわね……」

 ガムテも、舞踏鳥も去り。
 沙都子は、隣に黄金球の居る状態で待たされていた。
 何でもライダーの機嫌を収めに行くとかいう話だったが、黄金球をわざわざ付かせたのは要するに監視役ということなのだろう。
 別段その扱いに不服があるわけではないものの、あからさまにそんな人間が居るとつい意地悪の一つも口にしてみたくなるのが人間だ。
 ぽろっと零した体で吐いた言葉に、黄金球は目に見えて狼狽した。

「だ、大丈夫だって! ほら、黄金時代は器(マスター)だろ? だから警戒してるだけだって、ガムテも舞踏鳥も……!!」
「私はもう皆さんの仲間のつもりですのに……残念ですわ」
「な、泣くなよォ〜〜! 分かった、分かった! オレがガムテと舞踏鳥に一言言っとくからよ〜!!」

 もちろん、本気で泣いているわけではない。
 ただの嘘泣き、女の特技の一つだ。
 けれど余程女性経験がないのか、黄金球は必死になって慰めてくる。
 それはなかなか愉快だった。雛見沢で部活に浸っていた日々のそれによく似た、楽しさだった。

「……とりあえず、一度歓迎会(パーティー)会場に戻りますわ。皆さんの顔を覚えるのも大事ですものね」
「お……ならオレが手伝ってやるよ。皆境遇は様々だけどよ、お前なら分かり合えると思うぜ」

 無垢に自分へ笑顔を向ける黄金球。
 馬鹿な奴だと、沙都子は心の中で嘲笑う。
 顔を覚える理由は、後に使う時のためだ。
 聖杯戦争を恙なく進めるため。もしかすると、割れた子供達を内側から崩すため。
 何であろうと、使える駒の数を増やしておくに越したことはない。
 胸の内にある奇妙な安息感を無視しながら、沙都子は黄金球の後ろに付いて――会場へと戻った。



 ――毒(ブス)、天使(アンジュ)。
 偉大(グレート)、美顔(カサノバ)。拳闘大帝(パウンドフォーパウンド)。
 あれこれと黄金球に紹介されながら、沙都子は熱狂と好奇の歓迎会場を練り歩く。
 と。そんな時にふと、やけに熱く何やら語っている少年の姿が目に入った。

『俺達は社会に抑圧されて……自由を失っていた!
 親の言うまま、大人の言うままに勉強させられて、自分の可能性を閉じ込めてしまっていたんだ!
 けどそれをガムテが、俺達の王子が解放してくれた! だから今度は俺達がガムテを支える番だ。それが出来なきゃ男じゃねえッ!! そうだろてめえらッ!?』

 足を止めてその少年の顔を見ている沙都子。
 それを、単に"足を止めているだけ"と解釈した黄金球。

『――だから諦めずに進み続けようぜ、お前らァァァッ!!
 それが俺達"割れた子供達"の生き様! 最高にクールな生き様ってやつだろうがッ!!!』

 こればかりは、沙都子の過去を知らない故のすれ違いだったが。

「アイツは"解放者(リベレイター)"ってんだ。
 殺しの技巧(ウデ)はイマイチなんだが、あの通り口が上手くてな〜。
 失敗して落ち込んだ奴を励まして焚き付けるのなんかにはうってつけな奴だ」
「……へえ。そうなんですのね」

 茶髪の少年。
 顔にガムテープを巻いて、目に自分が知るのと同じ炎を灯して熱弁を振るう彼。
 解放者(リベレイター)。……ああ、成程。確かに彼に相応しいコードネームだ。沙都子はそう思った。

「次に行きましょう、黄金球さん」
「おう。にしてもお前もマメだなぁ、黄金時代。最初から皆のことを見て回りたいなんて奴は結構珍しいぜ?」

 だが、今の沙都子にはどうでもいい人間だった。
 目指すものは帰還。欲するのは聖杯。願うのは、唯一無二の未来。
 界聖杯の内側に縛られた人間にいちいち頓着していられるほど、沙都子は暇ではない。
 だから"その人物"のことも、視線を外すなりすぐさま脳内から消し去ろうとした。
 にも関わらず一言だけ、独り言が出てしまったのは……この魔女の中に残った、微かな人間性の発露だったのか。

「……さようなら。世界が終わるその時まで、どうか幸せに過ごして下さいまし」


【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:トカレフ@現実
[道具]:トカレフの予備弾薬
[所持金]:十数万円(極道の屋敷を襲撃した際に奪ったもの)
[思考・状況]
基本方針:理想のカケラに辿り着くため界聖杯を手に入れる。
1:最悪脱出出来るならそれでも構わないが、敵は積極的に排除したい。
2:割れた子供達(グラス・チルドレン)に潜り込み利用する。皮下達との折り合いは適度に付けたい。
3:ライダー(カイドウ)を打倒する手段を探し、いざという時確実に排除できる体制を整えたい
4:ずる賢い蜘蛛。厄介ですけど、所詮虫は虫。ですわよ?





時系列順


投下順



←Back Character name Next→
038:283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 輝村照(ガムテ) 049:オペレーション『サジタリウス』
030:龍穴にて 北条沙都子

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2021年09月21日 19:13