わたしはあなたの心を追いかけています。
 あなたが最期に何を想っていたのかをわたしは知りません。
 でも、この世界でもあなたが変わることがなかったことをわたしは知っています。
 あなたが遺してくれた想いを知った時、わたしは心から泣いちゃいました。
 もう、あなたに会えないことを知って、わたしの心がバラバラになりそうでした。
 でも、あなたがわたしに届けてくれた最後のプレゼントは、本当に暖かかったです。
 だから、わたしはあなたから受け取った優しい気持ちを、他の人にも届けることにしました。


 咲耶さん。わたしは……アンティーカの幽谷霧子として、あなたから貰ったたくさんの宝物を輝かせることを誓います。






 海は全ての命のお母さんと誰かが言いました。
 わたしたちアンティーカはもちろん、セイバーさんやハクジャさんも海に育てられました。
 海の中にはお魚さんや海藻がいっぱい泳いでいて、わたしたちはその命を頂いています。
 何よりも、地球で最初の命は海の中で誕生したみたいです。
 それに『海』って漢字は『母』が含まれていますから、みんなのお母さんと呼べるかもしれません。

「綺麗な海ね」
「はい……とても綺麗で、まぶしい海です……」

 ハクジャさんと一緒に、潮の香りを堪能しています。
 傾きかけたお日様に照らされて、わたしたちの目の前で広がる大海原はキラキラしていました。
 太陽の角度と、それを見る人の場所によって海の輝きは変わります。だから、時間が経てばこの景色も変わっていくでしょう。
 ここは港区の台場公園です。既にお日様が傾きかけて、人の通りも少なくなっていました。

「確か、霧子ちゃんたちは海に思い出があるって言ってたわよね?」
「……アンティーカのみんなで、海に行ったことがあったんです。そこで、わたしたちは気持ちをぶつけあって、一つになりました……」

 渋谷で摩美々ちゃんやにちかちゃんと再会して、咲耶さんの心が二人に届いたことを知りました。
 きっと、咲耶さんは摩美々ちゃんたちの分もお手紙を書いてくれたのでしょう。
 聖杯戦争の舞台になったこの世界ですから、自分が明日までに生きていられる保証はありません。だから、咲耶さんは『その時』が来ることを予感して、お手紙を書いたはずです。
 咲耶さんはお手紙を書いていた時、わたしたちとの思い出を振り返ってくれていたでしょう。283プロの感謝祭で、アンティーカのみんながバラバラになりそうになって、こうして海に集まった時のことだって……思い出していたはずです。

「霧子ちゃんたち、ケンカでもしてたの?」
「ケンカ……とはまた違います。むしろ、わたしたちはずっと互いを想い合っていました……でも、お互いを気遣い過ぎて、気持ちがすれ違って……そのせいでバラバラになりかけたのです」

 わたしたちはケンカなんてしたことありません。
 咲耶さんや摩美々ちゃんだけじゃなく、恋鐘ちゃんや結華ちゃんだっていつもみんなのことを考えてくれています。
 だけど、みんなに優しすぎるあまり、時として自分の気持ちを隠しちゃうこともありました。
 本当はアンティーカのみんなとずっと一緒にいたい。その願いを持っていても、みんなが輝くためなら、我慢しないといけないと咲耶さんは考えていました。

 ーー本当は元気がないのに笑ってる
 ーーそういうの、すっごく心配

 気持ちにふたをした咲耶さんのことを結華ちゃんは怒っていました。

 ーー私は本当に幸せなんだ
 ーー結華や、みんなのおかげでね

 それでも、咲耶さんは笑ってくれていました。
 きっと、あの言葉は咲耶さんにとって本心だったでしょう。わたしだって、咲耶さんから幸せをもらいましたら。
 ……それでも、アンティーカの間で隠し事はして欲しくありません。だから、わたしたちは本気でぶつかって、気持ちを一つにしました。

「でも、わたしたちなら大丈夫でした」
「あなたたちは最強だから?」
「はい。摩美々ちゃんも言ってましたが、わたしたちはずっと最強です……アンティーカの名前が決まってから、ずっと……」

 ふふっ……と、わたしとハクジャさんは笑います。

 ーー霧子の歌も聴いてみたいよ

 ーー霧子はこういう曲が好きなんだね

 まだ、アンティーカの名前も決まっていなかった頃、わたしたちは5人でカラオケに集まりました。
 当時、歌うことに慣れていませんでしたが、咲耶さんはわたしの歌声を褒めてくれました。
 ……ただ、咲耶さんはわたしの歌を聞くことはもうできません。

 ーーまだまだお互い知らないこともあるんだねぇ

 ーー共通の趣味を見つけるのって難しいし、これはきりりん大手柄だよ!

 わたしたちは歌を披露して、それぞれの好みをちょっとずつ知っていきます。
 結華ちゃんは大喜びをしていましたし、わたしも胸がポカポカと温かくなりました。
 ……でも、その喜びはもう一つにできません。

 ーーよし、決まりたい!
 ーーうちらのユニットのコンセプトは、ゴシックばい!

 わたしの歌をきっかけに、恋鐘ちゃんもユニットのコンセプトを笑顔で決めました。
 あのカラオケからわたしたちのアンティーカが生まれて、たくさんの人を楽しませることができました。
 ……だけど、わたしたち5人のアンティーカはもう永遠に揃えません。


「…………咲耶さん…………」

 わたしは咲耶さんの名前を呼びます。
 もちろん、咲耶さんがわたしの声を聞くことはないです。ただ、この声が咲耶さんに届くといいな、という願いを込めています。
 きっと、この海のどこかに、咲耶さんは帰っていったはずですから。

「……ハクジャさん」
「どうしたの、霧子ちゃん?」
「歌を、聞いて欲しいんです」
「歌?」
「はい。咲耶さんに、わたしの気持ちが届くように…………そして、ハクジャさんにも、わたしたちアンティーカの歌を聞かせたいなって……」

 太陽に照らされる海をスポットライトにした単独ライブです。
 わたしの独断なので、283プロのみんなが知ったらきっと怒るでしょう。事務所に通さず、アイドルがライブを開くのはダメです。
 でも、咲耶さんとハクジャさんだけに向けた、秘密のライブをします。

「ハクジャさん……どうか、秘密にしてくださいね?」
「えぇ、私たちだけの秘密にしましょう。霧子ちゃんの歌声を独り占めできるいい機会ですもの」

 ぺこり、とハクジャさんに一礼しました。
 もちろん、この場にはもう一人だけお客さんがいますよ。わたしとハクジャさんを見守ってくれるお侍さん……セイバーさんです。

『セイバーさんにも、わたしの歌を聞いてほしいです』
『勝手にするがいい』
『ありがとう、ございます……! セイバーさんだけじゃなく、セイバーさんのご家族の方にも、届けますね! もしかしたら、この世界のどこかに……いるかもしれませんし!』

 その念話を送ると、セイバーさんはわたしに振り向いてくれました。
 もしかして、歌を聞きたくなったのでしょうか? でしたら、わたしはセイバーさんの心にも届くように、息を思いっきり吸います。
 この海のどこかにいるかもしれない咲耶さんと、わたしの単独ライブのお客さんになってくれたセイバーさんとハクジャさんのため、心を込めて歌いました。


 明るい空と綺麗な海をバックに、わたしは歌います。
 風に乗って、東京のどこかにいる摩美々ちゃんとにちかちゃんにも届くように。
 水の流れに沿って、わたしたちアンティーカの思い出が詰まった海に歌声が広がるように。
 もう二度と会えなくなった咲耶さんと、わたしたち3人の帰りを待っている恋鐘ちゃんと結華ちゃんに気持ちが伝わるように。
 そして、この世界で生きてきた人たちと、それぞれの世界にいるすべての人に……咲耶さんが遺してくれた優しさが広がるように。
 わたしは歌いました。アンティーカのみんなとの思い出と、283プロで過ごした日々を思い出しながら、わたしは一人で歌っています。
 咲耶さんと、アンティーカのみんなが褒めてくれた思い出の歌を……わたしは披露しました。

 最後のパートを歌い終わってから、わたしはまた一礼します。
 パチパチパチ……と、ハクジャさんは優しく拍手をしてくれました。

「素敵な歌をありがとう、霧子ちゃん」
「あ、ありがとうございます……! ハクジャさん!」

 ハクジャさんの笑顔に、わたしは心が温まりました。
 わたしの歌声がハクジャさんを喜ばせている。その達成感に、わたしも自然と笑顔になれます。
 セイバーさんは……やっぱり、まだ何も言ってくれません。わたしの力がまだ至らないので、これからレッスンを頑張らないといけませんね。
 でも、セイバーさんは特に文句を言わず、わたしの歌を最後まで聞いてくれました。だから、これからわたしが頑張れば、セイバーさんも喜ばせられるはず。

「霧子ちゃんの歌がみんなに届くといいわね」
「はい……! みんなに届けられるように、わたしも心を込めて……歌いました……!」

 この気持ちを届けられるよう、精一杯の笑顔を浮かべました。
 いつだって、周りへの気遣いと笑顔を忘れなかった咲耶さんに対する敬意を込めています。
 きっと、みんなの笑顔と幸せを守るために、咲耶さんは頑張っていたでしょう。
 咲耶さんを想うのであれば、あの人が遺してくれたものを、一つでも多く見つけてあげたいです。
 咲耶さんの愛と優しさ、笑顔をいつまでも忘れないように。

 ーーアンティーカは、ここから始まるんだ

 わたしたちアンティーカの名前はプロデューサーさんが考えてくれました。
 みんなでおそろいの衣装を身にまとって、アンティーカのデビューライブが始まりました。

 ーーデビューライブ、やっちゃるけ〜ん!

 ーーおーっ!

 恋鐘ちゃんの掛け声から、わたしたちの気持ちは一つになっています。
 みんなで最高の気分になったまま、デビューライブを成功させました。その時の思い出を、はづきさんが写真に残してくれています。
 誰もがいい表情になっていますし、プロデューサーさんもデビューを祝福してくれました。
 この時から、わたしたち5人で運命の鍵を掴んでいます。みんなでおそろいの衣装を着て、一緒に頑張っている実感が持てたからこそ、アンティーカは最強になりました。
 アンティーカのモチーフとも呼べる歯車の飾りは、摩美々ちゃんが用意してくれました。キラキラ輝く歯車のおかげで、アンティーカは輝いています。

 ーー5つの歯車は、ここから回り始めるんだね

 ーーああ、そうだ
 ーー本当に、ここからスタートだな

 咲耶さんとプロデューサーさんの言葉から、わたしたちは本格的にスタートしました。
 まだまだ283プロのヒナでしたが、ここから思いっきり飛び立ったのです。
 ……もう、5つの歯車は回りませんし、5人で最強のアンティーカになることもできません。

 ーー「行っといで。霧子がいいって言うなら、それでいいと思う」

 けれど、わたしたちの気持ちは変わりません。
 摩美々ちゃんが暖かい表情でわたしを見送ってくれました。ここの283プロはおかしくなってましたが、さっき出会った摩美々ちゃんとにちかちゃんは、わたしの知っている二人でした。
 にちかちゃんはマスクをしていたので、もしかして風邪気味でしょうか? ちょっと心配ですけど、摩美々ちゃんが助けてくれるはずです。

(……そういえば、はづきさんから283プロの休業連絡が届きましたけど、本当に何があったのでしょうか……?)

 この界聖杯にも283プロがありますが、何だか様子が変でした。
 咲耶さんの失踪事件と、警察の人から渡された遺書に続いて……はづきさんからは事務所の休業が知らされます。
 ここまで立て続けに起きては、偶然と片付けることができません。まさか、わたしたちの283プロに何か大変なことが起きているのですか?

「霧子ちゃん? もしかして、彼女たち……摩美々ちゃんたちが心配?」

 そんなわたしの不安を見抜いたように、ハクジャさんが訪ねてきます。
 ……あぁ。この人は、やっぱり鋭い人ですね。プロデューサーさんやはづきさんみたいに、誰かの不安をすぐに見抜きます。

「……はい。摩美々ちゃんたちのことは、心配です」

 だから、わたしは自分の気持ちを正直に伝えました。
 その名の通り、ハクジャさんは美しい笑顔をわたしに向けてくれます。

「なら、今からでもみんなの所に戻る?」
「いいえ。もう少しだけ、この海を見ていたいです……この広い海のどこかに、咲耶さんが遺してくれたものが、ありそうな気がして……」
「そう。なら、私もご一緒しても大丈夫かしら?」
「ぜひ、よろしくお願いします。でも、海を見終わったら……………」

 ……一緒にいてくれるハクジャさんに安心しながら、わたしはこれからのことを伝えました。





 ーーセイバーさんだけじゃなく、セイバーさんのご家族の方にも、届けますね! 
 ーーもしかしたら、この世界のどこかに……いるかもしれませんし!


 ……我がマスターの念話が響いた瞬間、私の心はかき乱された。
 私の家族。私が、強さを追い求めて鬼になる過程において切り捨ててしまった異物。
 そして、私が最も疎ましく想い、最も憧れていたはずの男……緑壱だ。


 あの娘の歌声など、私にとってただ煩わしいだけ。
 だが、娘の言葉を聞いたことで、私は現実を突き付けられた。
 鬼がこの界聖杯に招かれたのであれば、鬼狩りどももどこかにいる可能性から……目をそらしていた。
 当然、緑壱がいることも、充分にあり得る。


 無論、緑壱が我が前に立ちはだかるのであれば、今度こそこの手で切り捨てるのみ。
 ……だが、私が奴に勝てるのか? 老いてなお、鬼となった私を追い詰めたほどの男だ。年老いて朽ち果てなければ、私が敗れていただろう。
 鬼狩りたちに敗れた私が、こうして召喚されたように……緑壱が若返った姿でいた所で道理にかなう。
 もしも、その太刀筋と肉体が未だに衰えていなければ、私は…………


 …………下らん。
 今更、怖気づくような私ではない。
 例え緑壱がいようとも関係なかった。今度こそ、この手で奴を刀の錆にするまでのこと。
 我が刀を振るうにふさわしい相手として、今度こそ死合うのみ。


 それがわかっていても、体の震えが止まらない。
 胸がざわめき、息が荒れていく。
 恐怖や武者震いではない。何か……もっと、別の大きな何かが……私の中をかき乱していて…………


 …………否。
 この程度で揺れるような軟な心ではない。呼吸をすぐに落ち着かせ、平常心を取り戻す。
 もうじき日は沈み、鬼の本領を発揮する刻が訪れる。
 何者が現れようとも、私は闇の中で刀を振るうだけだ。



【港区・台場公園のどこか/一日目・夕方】



【幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り三画
[装備]:包帯
[道具]:咲耶の遺書
[所持金]:アイドルとしての蓄えあり。TVにも出る機会の多い売れっ子なのでそこそこある。
[思考・状況]
基本方針:もういない人の思いと、まだ生きている人の願いに向き合いながら、生き残る。
0:咲耶さんが遺してくれたものを探すため、もう少しだけ海を見ていたい。その後は……………………
1:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
2:病院のお手伝いも、できる時にしなきゃ……
3:包帯の下にプロデューサーさんの名前が書いてあるの……ばれちゃったかな……?
4:摩美々ちゃんと一緒に、咲耶さんのことを……恋鐘ちゃんや結華ちゃんに伝えてあげたいな……
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。
※皮下の部下であるハクジャと共に行動しています。
※"SHHisがW.I.N.G.に優勝した世界"からの参戦です。いわゆる公式に近い。
 はづきさんは健在ですし、プロデューサーも現役です。
※摩美々たちの元へ向かうのか、皮下医院に戻るのか、それとも別の場所を目指すのかは後続の書き手さんにお任せします。


【セイバー(黒死牟)@鬼滅の刃】
[状態]:健康、苛立ち(大)
[装備]:虚哭神去
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:強き敵と戦い、より強き力を。
1:夜が更けるまでは待機。その間は娘に自由にさせればいい。
2:皮下医院、及び皮下をサーヴァントの拠点ないしマスター候補と推測。田中摩美々七草にちか(弓)はほぼ確信。
3:上弦の鬼がいる可能性。もし無惨様であったなら……
4:あの娘………………………………………
5:もしも、この聖杯戦争に緑壱がいて、私の前に現れたら……………………
[備考]
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要です。
 記憶・精神の共有は黒死牟の方から拒否しています。




時系列順


投下順



←Back Character name Next→
038:283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 幽谷霧子 064:宿業
セイバー(黒死牟)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2021年10月24日 21:31