仁科鳥子は、『フォーリナー』というクラスについて未だに正しい知見を持っていない。
聖杯戦争の常道(セオリー)など身に着けようもないうちに『エクストラクラス』という例外を引き当てたことで、深く考えても仕方ないという感覚になっていたこともある。
だが、そもそも鳥子自身が他人に対して『話したくないことなら話さなくていい』というスタンスで接していることが大きかった。
彼女自身が『私には母親が二人いて』だとか『その親も今は亡くなっていて』といった自分のことを積極的に語らないこともあって、アビゲイルにじかに尋ねることを良しとしてこなかった。
何より、小さな女の子に向かって『あなたがどういう英霊なのか教えて』などと問い詰めるまでもなく、アビゲイルの健気さと純真さには疑う余地などなく信頼できるものだったから。
自宅にまで入り込んでいたアサシンのサーヴァントという異邦人が、周知のようにアビゲイルの真名と事情を口にしたことは『なぜ』という混乱の淵に彼女を立たせていた。
しかも、そのサーヴァントの目的はアビゲイルがかつてないほど恐怖していたサーヴァントの打倒だという。
「どういうこと? まったく事情が見えない――そもそも、どうしてこの子の名前を?」
プライベートな空間に侵入を許されていた恐怖と、その恐怖すべき対象が『敵意の無い話し合い』を切り出しているという違和感。
その葛藤をどう処理すべきか分からないままに、問い返す。
サーヴァントを名乗った、サーヴァントの気配を感じさせない男は、こともないと言った風に質問に「ふむ」と沈思した。
午前七時の山手線車内に乗り込めば――いくらでもとは言えないほどに顔は良かったが――何人でも似たような会社員はいるだろう、そんな容姿をした男だった。
だが、そんなどこにでもいるサラリーマンが仁科鳥子の自宅に『いつの間にかいる』という事態は、あきらかに尋常有りえることではない。
「何も複雑な経緯は無いよ。件のアルターエゴは先刻、私のマスターに同盟の打診をしていたのだ。
そしてその時に、『フォーリナーの
アビゲイル・ウィリアムズと透明な左手を持ったマスター』を狙っているという発言をした。
私はアサシンとして標的の追跡に向いたスキルを持っていてね。たまたま私の行動圏内と君たちの行動範囲が重なっていた結果、君達の自宅を特定させてもらったというわけだ」
「え……先に同盟の話を受けた? それだけで自宅を特定したの?」
答えは滑らかなものだったが、その内容には困惑を深めるところしかない。
たまたま鳥子とアビゲイルを倒そうという同盟を持ち掛けられて、すぐに鳥子の自宅を特定した?
アルターエゴから同盟を持ち掛けられたが、その同盟に背を向ける形でリンボを倒すための同盟を結びにやってきた?
少し聞いただけででも、アサシンの意図にはつかめないところが多すぎた。
何より。
「先刻って、いつ? ……リンボってヤツなら、私達がお昼ごろに倒したばっかりだけど」
「だとすれば、仕留めきれていなかったという事だろうな。私のマスターと接触した時に、奴は君たちの外見特徴と真名をすっかり掴んだ風に話していた。
つまり、君達との交戦経験を踏まえた上で、私のマスターに声をかけたということだ。
それで我々も、『フォーリナー』というクラスと真名を知ることになった。あとは史実の知識があれば彼女の生前については知れるというわけさ」
「アビーちゃんの生前?」
言葉をオウム返しに呟き、鳥子はすぐに後悔した。
鳥子の身を起こしたソファと来訪者の間を遮るように立ちふさがっていた少女――アビゲイルの背中が、びくんとはっきり震えを走らせたからだ。
マスターと不審なサーヴァントの間に会話が成り立ちそうなことを恐れるかのような反応は、リンボの時と似ていた。
リンボの時のように、その口から「耳を傾けてはダメ」という言葉が出ないことは違っていた。
つまり、リンボの言葉のような聞くに値しない讒言ではない。
彼女にとって、おそらく事実を突かれたのだが触れてほしくない出来事だったのだ。
「アビゲイル・ウィリアムズ・1681年頃出生。没年不詳。
アメリカマサチューセッツ湾植民地セイレム出身。
両親とは幼少期に死別。家族構成は叔父と従妹。
1692年に参加した降霊会の最中に奇行を発症し、悪魔憑きと診断される。」
いったい何を言い出すんだ、と面食らう。
そんな困惑さえも計算に入れているのかいないのか、アサシンは独り舞台の語り手のように長く喋りだした。
あたかも被告人アビゲイルの罪状を読み上げる検事のように、朗々とした語り口だった。
「この時点ではアビゲイル・ウィリアムズは被害者だったが、少女はその後に告発者として有名になった。
己を呪った魔女がいると称して友人とともに加害者探しを煽り立て、数十人にのぼる無辜の村民に対して逮捕しろと法的苦情を起こしたのだ。
魔女裁判にかけられた者はまた別の者を密告して、告発される者は加速度的に拡大した。
最終的に逮捕者約200人、刑死者19人、獄死5人、拷問死が1人の被害者を出した惨劇として歴史に記録されたわけだ」
まるで事前に学んできたかのようにすらすらと並べ立てられる罪状を聴いた鳥子の感想は、『まさか』に尽きた。
ヒステリックに他人を魔女だと決めつけ、明らかに冤罪としか思えない人数の村民を陥れるなど、『良い子』のアビゲイルを知っていればとても同一人物の所業とは思えない。
だが、鳥子の眼前にある小さな少女は、鳥子の方を振り向こうとして、振り向けない。そんな震えを繰り返している。
アサシンに対して攻撃の手を繰り出して黙らせるより、話を聞いた鳥子がどう思うのかを気にせずにはいられない、という挙動。
そして、つい先刻まで体験していたアビゲイルの過去夢のことを厭でも思い出す。
あれは確かに、魔女として吊るされる刑執行を群衆として眺めている記憶だった。
「後世では一連の告発の流れには様々な仮説が付けられている。
当時の大人優位かつ閉鎖的な社会がもたらした集団ヒステリー説だったり。
当時は解明されていない麦角中毒による集団幻覚説だったり。
あるいは――大人たちが告発によって慌てふためき、気に入らない大人が処刑される様を楽しんでいた愉快犯の少女だったという説もある」
「違うわ! あの村に、悪魔はいた――」
言い返そうとし彼女は、それが真名の肯定になるが故に凍り付いた瞳のままに口を閉ざすしかなく。
あたかも、判例を並べ立てる理屈でできた大人と、反論ができない年相応の少女。
そのような印象を受けた鳥子は、動かずにいられなかった。
「やめて」
そんな風に、目の前にいるアビゲイルを糾弾するかのような物言いをすることはない。
その意図を知らしめるようにきっぱりと否定し、ソファからアビゲイルの背中へと近づいた。
気持ちを雄弁に伝える為に、少女の肩へと腕を回す。
庇おうとしてくれていたのに邪魔だったかな、でも今すぐ殴りかかるわけじゃなし、少しだけ肩を抱き寄せるくらいは良いよねと思い直して。
「この子のことは、私がこの子からじかに聴きます。この子は、今は私のサーヴァント」
「マスター……」
感極まったような声が、すぐそばにある金髪のヴェールの向こうから漏れる。
回された腕を、小さな両手がぎゅっと握りしめてきた。
サーヴァントを称する男は、感情を気取らせない瞳でその様子を眺めていた。
会話の流れからして、アビゲイルの所業をうやむやにする甘さを糾弾されるか嘲笑されるか、それならきっぱり同盟なんか蹴ろうと鳥子は覚悟を固めたのだが。
相手は、サラリーマンが取引先の相手にそうするように頭を下げた。
「すまなかったね。彼女の過去を必要以上に吊るし上げる意図はなかった。
ただ、アサシンという杵柄で、どうしても悪意があっての所業かどうかは疑ってしまったのだ。
君のサーヴァントにたいする無礼な言動を謝罪するよ」
「え、いや……」
淡々と謝罪の体を取られたことで、怪しいという感覚はそのままに、感情のぶつけ所は行き場を失う。
アビゲイルに愉快犯扱いするかのような言い方をしたことに苛立ちはあれど、大人を相手にここまで正式に謝罪されてしまっては怒りを継続させる方が無礼だ。
アビゲイルを抱き寄せていた腕をはずし、鳥子は改めて男と距離をとり直す。
「重ねて弁明するが、私は君達に敵意などありはしない。
君達よりもあのアルターエゴの方が、よほど危険な手合いだと思い定めている」
あそこまでアビゲイルについて長々と説明した上で、男は話を当初のものに戻してきた。
被告人はあくまでリンボであって、アビゲイルではないと前提を示すように。
「アイツが危ない奴だってのは、私達も分かってます。っていうか、見ればすぐに分かります。
でも、だからって手を組めるかどうかは別。
そもそも、なんでアイツは一回仕留め損ねただけの私達を狙っているから協力してくれなんて話になったんですか?」
「なぜと言われたら、その理由こそが君達に協力を申し出た理由だ」
痛快に一矢報いてやったはずのリンボを、その実まったく倒せていなかった。
それを聞いただけで暗澹たる心地になるには充分であったが、アサシンが語ったことには更に悪い夢のような続きがあった。
曰く、アルターエゴ・リンボはアビゲイルを生贄にして、界聖杯を地獄絵図に変えようとしている。
「どうしてそんな、聖杯戦争にぜんぜん関係ない話が飛んでくるの?」
「文句なら私ではなくリンボに言いたまえ」
信じられないとしか言いようのない物語だったが、アサシンは言動の責任はリンボにあるとして取り合わず、その上でリンボの発言を真面目に検討している。
当事者の鳥子にとっては、とっさに『信じられない』以外の感想をつけようがない。
フォーリナーは鍵となるクラス?
アビゲイル・ウィリアムズが地獄の門を開く?
パンケーキに眼を輝かせる少女としてのアビゲイルばかり見てきた鳥子にとっては、いずれも『どうしてこんな女の子にそんな怪しげな素質があるんだ』としか思えない事案だった。
当のアビゲイルもまた、呆然とブルーのきれいな瞳を見開いている。
『この姿のままでいれば大丈夫だと思ったのに……』とつぶやくのも聞き取れた。
「どうやら君達にとっても、まったく寝耳に水となる話だったようだな」
「当たり前ですよ……一か月一緒に暮らしたけど、この子に危ないところなんて一つもありませんでした」
もっとも、一つも無かったと言えば語弊はある。
例えば、アビーの頭を撫でている時に左手がずぶりと内側にめり込むような感覚があった、とか。
例えば、ただの少女が戦闘に際してこの世ならざる生き物の触手を使役するのはおかしい、とか。
しかし、仁科鳥子は知っている。
本当に『この世の常識』が通用しない怪異というのは、そういった質感だとか触手だとか以前のものだと。
もっと根本的な魂のありようから捻じれて、理解不能の振る舞いをするところを何度も何度も目にしている。
裏世界から現実に侵食する怪異は、いずれも言葉が通じなかった。
通じたとしても、それは人間の偏桃体を刺激して恐怖を与えるためだけに言葉を操っているに過ぎなかった。
裏世界の生物は、いずれも地球上の生物原則に則っていなかった。
元は人間だった者達も、裏世界に通じてしまえば理解不能の思考回路と異形の本性になって戻ってきた。
くねくね、八尺様、姦姦蛇螺、DS研の第四種たち。そして何より『怪異になって戻ってきた冴月』。
そんな第四種接近遭遇者たちとアビゲイルは、明らかに一線を画していた。
撫でてあげれば年相応の子どもらしく喜ぶし、現代の甘味には目を輝かせて俗なところを見せる。
褒めてあげると甘えるし、叱られると反省する。マスターを守りたいという健気さをもって接してくれる。
とても聖杯戦争そのものを揺るがすような怪異と繋がる何かではない。
ただの少女に、きっと少しばかり不思議な何かが宿っているだけだ。
しかし、同時に納得もあった。
仮にアビゲイルが、わずかでも『向こう側の深淵』に触れた上で正気の少女として有り続けているというのなら。
それは何度も裏世界から帰還し、『普通なら正気ではいられない』と言われながらも日常を過ごしている自分達のような存在に召喚される縁もあるわけだ、と。
「だが、少なくともアルターエゴの方は本気で君達を悪用するつもりでいる。
であれば、真偽の程度はどうあれ、君達はアルターエゴから身を守るためにアルターエゴを倒そうとする者と手を結ぶべきではないかな?」
鳥子やアビゲイルの逡巡とは対照的なまでに平静そのものと言った声で、男は同盟の利害に話を戻した。
初めから最善の答えが分かり切っており、そこに向かって話を進める道筋をなぞるかのように、すらすらと話している。
「事情は分かったけど、聴きたいことはまだあります。アルターエゴに会ったのはマスターなのに、どうしてサーヴァントだけでここに来たんですか?
玄関でチャイムを鳴らしてくれたら、私達だってそこまで警戒しなかったと思うんですけど」
仁科鳥子は、人より距離感を性急に詰めてしまうところがあるけれど、それも相手による。
少なくとも、こちらは主従そろって所在を掴まれているのに、相手のマスターは同盟交渉に立ち会わないことを対等でないと感じ取れるだけの警戒心はあった。
「簡単なことだ。あのような目的を明かした以上、リンボは遠くない未来に、君達か、もしくは私のマスターのいずれかと再接触を図ろうとするだろう。
そして、リンボには私の顔は割れていないが、マスターと私の使い魔の顔は割れているのだ。
マスターと君達が共にいるところを目撃されたら、マスターがリンボを裏切って計画を密告したのだと知らしめているようなものだろう。
しかし、マスターが同盟を蹴ったことさえばれなければ、リンボと手を組む振りをして罠に嵌めるといった手段を講じることもできる」
ならば、マスターは君達と接触しないように遠ざけ、何かあれば私が急ぎ駆け付けられるよう使い魔を付けておくのが最善だとアサシンは説く。
それだけが本心だとは納得できないまでも、論理は通っているように感じられた。
少なくとも日中にアルターエゴに話しかけられた時のように、言葉そのものに答えを強制するような誘導は感じられない。
「あなたは、リンボじゃなくアビーちゃんを始末しようとは考えなかったんですか? どうしたって私達よりもリンボを敵に回した方が分が悪いでしょう?」
「私は物の道理を分かっているのさ。界聖杯そのものが地獄に変わると言われて、言われるままフォーリナーを差し出すバカはいない。
だが、たとえ先んじてフォーリナーを始末したとしても、我々は取引を台無しにした主従としてリンボから付け狙われるだろう。
ならば狙われている君達と手を組んでリンボを排除した方が後々の安寧に繋がる」
将来のリスクを考えれば、先にリンボを排除した方が安全だ。
筋が通っているようには聞こえる。
(むしろ、筋が取ってない方が答えを出しやすかったんだけどな……困った……)
リンボのように、強制的にこちらを支配しようとする獣の類であれば良かった。
相手を排除する以外に道はないと、覚悟を決められたから。
リンボは、恐ろしい存在として振る舞ったが故に、腹を据えられた。
その男は、恐ろしい存在のように振る舞っていないが故に、主導権を握られている。
アビゲイルは普通の良い子であるが故に、恐怖はなかった。
その男は、普通の社会人男性にしか見えないが故に、どういう者なのかが分からなかった。
それが、矛盾でありながらも恐ろしかった。
あたかも、異物がそこに馴染んでいるのに、異物だと声をあげても取り合われないだろうという焦燥感。
「そもそも、どうしてリンボは貴方達を誘ったんですか?
聖杯戦争を地獄に変えたいって言われて協力したがる人なんて、ほとんどいないでしょう?」
「狂人の思考回路など私に理解できるはずがないだろう。もっとも、白状すると私のマスターはこれといった技能の無い一般人だ。
『マスターの方なら威圧すれば足りる』と思われたのかもしれないな」
いくらか隙のありそうなところに疑念を差しはさんでも『アルターエゴの考える事だから分からない』とかわされる。
悪意があるのではないかと疑うことは可能であれど、悪意を証明することはできない。
例えば、今この時に、アサシンは薄く笑みを浮かべたように見えたのだって、『見間違いだ』と切られたらそれで終わるだろう。
こちらは、『何か相手が笑うような失言をしただろうか』と冷や汗が伝うものだったとしても。
果たして、アサシンは決め手となる可能性を口にした。
「だが、そうだな。我々にさえ声をかけたぐらいだ。……あのリンボなら、他の主従に会っても『フォーリナーとそのマスターを優先して狙ってくれ』と頼み込んでいる可能性はあるな」
「そんな……」とアビゲイルがショックを受けた声を漏らす。
鳥子も、意味するところを理解して、顔から血の気を引かせるしかなかった。
痛いところを突かれたのだと相手に晒す事を理解していてもなお、立っていることが難しくなる。
膝が崩れて、そのままソファに体重を預ける。
アサシンの話に、何も確証はなかった。
だが、確証はなくとも、仮に実際にアルターエゴが触れ回っているという状況が成立したならば、鳥子達は限りなく『詰み』に近くなる。
誰もかれもが『そんな提案をするアルターエゴの方こそ倒すべきだ』という発想に至るとは思えない。
――フォーリナーをリンボの手に渡す前に始末してしまうのが、最も手っ取り早い。
今後、リンボの計略を知るマスターが増えるたびに、そのように考える主従も現れるだろうと予告されたようなものだ。
それだけでなく、鳥子たちがこれからアサシン以外の主従と手を結ぼうとしたところで、『こいつらと組んでいれば、頭のおかしいアルターエゴから優先して狙われる』という理由で忌避される可能性さえ出てくる。
これが相手を見極める余地などなく迫られた一方的な同盟の求めだったとしても、拒否することで鳥子達に先はないという状況が出来上がってしまっている。
仁科鳥子は、理解する。
たしかに被告人は、アビゲイルではなくリンボだった。だが判決を迫られるのは鳥子だった。
これは、仁科鳥子に対して『誰を先に吊るすか』と問いかける場に等しいのだ。
リンボという確定クロが場にいる中で、それを放置してグレーのアサシンが吊るされることは、まずない。
◆
(交渉は、吉影の優位に進んでいる。『透明な手の女』――仁科鳥子への衝動も抑え込めている。やはり息子を信じたわしの眼に狂いはなかった)
念話でリアルタイムに伝えられる成果に満足しながら、吉良吉廣は夕闇の向こうで交渉に精を出している息子へと思いをはせていた。
客の回転率が高いチェーン店の喫茶店で追い出しを受けないよう、田中にはアイスココアのお替わりを注文に出させる。
あからさまにうっとうしい説教を受けた時の反応をしながらも、田中は腰をあげてカウンターに向かった。
会計の時も握ったままのスマートフォンには、セイレム魔女裁判の正確な犠牲者数などを調べさせた百科事典サイトが未だに表示されている。
簡単な段取りについては吉廣もリアルタイムでの通信を交えて知らされていた。
それによって田中に『いったん史実のセイレム魔女裁判について調べろ』と指示を出すこともした。
まず、アビゲイル・ウィリアムズの真名を調べ上げてきたことを明確にして、『アビゲイル・ウィリアムズの精神性』を見極めるとともに『透明な手の女との関係』を確認する。
それは必要な手順だった。
アビゲイルの精神性は年相応の少女のそれと変わりないとはリンボの言である。
しかし、その言葉はあくまでリンボの見立てひとつによるもの。
己が連続殺人鬼(シリアルキラー)であることを伏せながら生活していた吉良吉影であるからこそ。
どうしても『アビゲイル・ウィリアムズが意図的に多数の人間を絞首台へと送った連続殺人鬼の少女である』という可能性だけは考慮せずにはおかなかった。
故に、史実での罪状をつまびらかにして、『正体を暴かれた殺人鬼』の顔にはならないことを確かめた。
そうでなければ、仮に
田中一のように世の中が慌てふためく混沌の坩堝を望むような理解不能の本性を隠していた場合、積極的にアルターエゴの元に身売りする危険さえあったのだ。
結果として年相応の少女でしかない狼狽を見せたことでそれは否定された上に、『透明な手の女』との関係が良好であることもはっきりした。
これは
吉良吉影にとって僥倖だった。
もしもフォーリナーがマスターと不仲であれば、『マスターの乗り換えを検討している』吉良にとっては競合相手となり得る、だけではない。
もしもフォーリナーのマスターが『アビゲイルさえ切り捨ててしまえば自分が狙われることはない』と保身に走るような関係だったならば、アルターエゴに対抗するために同盟しようという前提が崩れかねなかった。
『透明な手の女』がフォーリナーを見捨てないという前提があればこそ、こちらと手を組む以外に道はないという話の筋が通用したのだ。
『なんかもう勝ちは決まったような顔してるけどさ』
特に気分を変えようという趣向には走らなかったのだろう、同じアイスココアのカップをトレイに載せた田中が席についた。
『そもそもその女たちは、アサシンを戦力として信用すんのか?
アサシンはステータスも何も見えないんだから、サーヴァントだって言われても胡散臭いだろ?
だからってバカ正直に予選であげた成果なんか話したら、若い女はふつうドン引きすんだろ?』
お前が予選でやったことだって、『若い女はふつうドン引き』する案件だろという指摘は、水掛け論になるのでやめた。
『ぬかりはない。今まさに息子がその点について説いておるところだ。
実のところ、アルターエゴを倒すにあたって過剰な戦力は必要ない。
マスターの方の所在を突き止め、地獄計画を打ち明けて主従関係を崩せば足りる……という方向に持って行く』
あのような計画に本心から頷いておるマスターなどお前以外にそうおらんだろうし、女達にとっても『アルターエゴを殺すことはそのマスターの為にもなる』と説得した方が乗り気になるだろう。
己への確認もこめてそう念話に載せれば、『何だよそれ』と呆れたような反応が返ってきた。
『俺には殺人経験が足りないだの特技がないだの言ってたくせに、今さら殺しを躊躇うようなヤツにはコナをかけるんだな』
どうやら、先の山手線での会話を根に持たれているらしい。
実のところ、リンボのマスター探しを優先する方針には裏側の意図がある。
マスターの乗り換えを検討するからには、マスター未発見のままにリンボが倒されてしまうと『追跡者』のスキルによる特定も困難になり、大変に不都合なのだ。
そのような事情を明かすわけにはいかないため、黙ってしまった田中へと別の角度から説得力を持たせる。
『リンボを始末した後は、最終的にはフォーリナー達にも消えてもらわねばならないのだぞ。腹が据わっていない方がむしろ好都合ではないか』
いつ暴発するか分からない一般人は、味方であれば荷物になる。
だが、最終的には敵同士となる関係であれば、『いつ強い意志を宿すか分からない一般人』ほど、かつての息子の脅威となった者はいない。
たかが一般人だ、たかが素人だ、たかが子どもだと侮っていれば、足元を掬われる。
そして、その手の『ただの子ども』が吉良を驚かせるほどの『意志の力』を見せるタイミングは、いつも決まっていた。
『目の前にいる吉良吉影は敵であり、吉良を排除することは間違っていない』と確信した瞬間だ。
故に、吉良吉影は学習している。
『目の前にいる吉良を、今のうちに倒すことはできない』という迷いのうちにある限り、その豹変を食らう機会はやってこないということを。
故に、吉良吉影は説明を徹底する。
彼女たちがここで同盟の話を蹴ることは、詰みを早める一手にしかならないと理解をさせる。
怪しくとも頼らなければ生き残れない。
たとえリスクをはらんでいたとしても、今は消してしまうことができない。そういう位置取りに己を埋没させる。
故に、吊られるべき相手は初めから定まっていた。
(――おお、おお! 喜べ、同盟は成ったようだぞ!)
【荒川区・日暮里駅前の喫茶店/1日目・日没開始】
【田中一@オッドタクシー】
[状態]:吉良吉影への恐怖、地獄への渇望、虚無感
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)、
蘆屋道満の護符×4
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]基本方針:『田中革命』。
1:アサシンがリンボのマスターに近づくなら、その間にリンボには近づけるかもしれないな……。
2:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
3:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
4:リンボに“鞍替え”して地獄界曼荼羅を実現させたい。ただ、具体的な方策は未だ無い。
5:
峰津院大和のことは、保留。その危険度は理解した。
[備考]※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。
※アルターエゴ(蘆屋道満)から護符を受け取りました。使い捨てですが身を守るのに使えます。
【吉良吉廣(写真のおやじ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:気配遮断
[装備]:田中一のスマートフォン(仕事用)、出刃包丁
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:愛する息子『吉良吉影』に聖杯を捧げる。
1:アルターエゴ(蘆屋道満)を抹殺すべく動く。田中一の監視も適宜行う。
2:息子が勝ち残るべく立ち回る。必要があればスマートフォンも活用する。
3:当分は田中をマスターとして受け入れる予定だったが、危機感を抱いている。より適正なマスターへと鞍替えさせたい。
4:『白瀬咲耶の周辺』の調査は一旦保留。
5:田中も遅かれ早かれ“鞍替え”を考えるだろうと推測。
[備考]※スマートフォンの使い方を田中から教わりました。
※アサシン(吉良吉影)のスキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※フォーリナー(アビゲイル)は「悪意や混乱を誘発する能力」あるいは「敵意を誘導する能力」などを持っていると推測しています。
ただしアルターエゴのような外的要因がなければ能力は小規模に留まるのではないかとも考えています。
◆
「分かりました……少なくとも、リンボを倒せるまでは組みます」
同盟を受け入れると、アサシンはたいそう機嫌良さそうに笑った。
そういう挙動も『取引先との間に契約を成立させたサラリーマン』めいていて、リンボの獣じみた嘲笑をはかけ離れていて。
この人は本当にサーヴァントなのだろうかという再三の疑念に囚われてしまう。
サーヴァントだとしか判断しようのない相手に『サーヴァントに見えない』という印象を持つ方がおかしいことを、頭では分かっているのに。
「賢明な判断に感謝するよ。それでは共犯関係にあたる上での情報共有として、リンボと交戦した時の事などを教え――」
その時だけ、サーヴァントとマスターでありながら、そんな実力差も礼儀も無視して、遮る言葉が出た。
「その『共犯』ってのはやめてください」
自分でもびっくりするぐらいに、冷たい声がのどを振るわせていた。
そういえば空魚からも、前にまったく同じことを言われたなと思い出した。
『私でない子を共犯者と呼ぶのはやめて』と言った時の空魚が、もし今の私と同じ気持ちでその言葉を言ったのだとしたら。
そんな場合ではないのに、アビゲイルには申し訳ないけれど、嬉しくなってしまう。
「あの、遮ってすいませんでした。でも、あくまで『協力者』という扱いでいいですか?」
さすがに相手の神経を逆なでしては困ると、両手をぱっと上げて『敵意はありません』のジェスチャーをした。
両手をあげ、まっすぐ反った両の掌がアサシンの方を向くようにして。
とっさにそうしたことは、却ってまずかったのかもしれない。
ソファで就寝していたところを起こされたばかりだったのだ。
当然、その手に外出用の手袋は身に着けておらず、透明な左手をそのまま相手の眼前に晒す結果になった。
「……いや、君の好きなように呼べばいいだろう」
言葉は、怒っていない者のそれだったけれど。
いくらサーヴァントでも説明のつかない挙動だから、眼の錯覚かもしれないけれど。
その両手を見せた途端、男の両手指先の爪が、膨張するようにぐぐっと伸びた――ようにも見えた。
【荒川区・鳥子のマンション(日暮里駅周辺)/一日目・日没開始】
【仁科鳥子@裏世界ピクニック】
[状態]:疲労(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:護身用のナイフ程度。
[所持金]:数万円
[思考・状況]基本方針:生きて元の世界に帰る。
1:アサシンのことは信用しきれないが、アルターエゴ・リンボの打倒を優先。
2:アビーちゃんが何か秘密を抱えているようなら、どこかで対話して不安を和らげてあげたい。ちょうど夕ご飯もまだだし。
3:この先信用できる主従が限られるかもしれないし、空魚が居るなら合流したい。その上で、万一のことがあれば……。
4:出来るだけ他人を蹴落とすことはしたくないけど――
[備考]※鳥子の透明な手はサ―ヴァントの神秘に対しても原作と同様の効果を発揮できます。
式神ではなく真正のサ―ヴァントの霊核などに対して触れた場合どうなるかは後の話に準拠するものとします。
※荒川区・日暮里駅周辺に自宅のマンションがあります。
【フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスタ―を守り、元の世界に帰す
0:私のせいで狙われることになってしまってマスターには本当にごめんなさい
1:アサシンのことは信用しきれないが、アルターエゴ・リンボの打倒を優先。
2:マスタ―にあまり無茶はさせたくない。
3:あなたが何を目指そうと。私は、あなたのサーヴァント。
【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、殺人衝動
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(一般的なサラリ―マン程度)
[思考・状況]基本方針:完全なる『平穏』への到達と、英霊の座からの脱却。
0:仁科鳥子と情報交換および今後の作戦会議。親父とは念話で適宜連携を取る。
1:アルターエゴを排除。フォーリナー(アビゲイル)の覚醒を阻止する。
2:アルターエゴのマスターを探して“鞍替え”に値するかを見定めたい。尤も、過度の期待はしない。
3:あの電車で察知したもう一つの気配(
シュヴィ・ドーラ)も気になる。
4:社会的地位を持ったマスターとの直接的な対立は避ける。
5:田中も遅かれ早かれ“鞍替え”を考えるだろうと推測。
[備考]※スキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※仁科鳥子の住所を把握しました。
※フォーリナー(アビゲイル)は「悪意や混乱を誘発する能力」あるいは「敵意を誘導する能力」などを持っていると推測しています。
ただしアルターエゴのような外的要因がなければ能力は小規模に留まるのではないかとも考えています。
時系列順
投下順
最終更新:2022年05月19日 17:12