この世界でのリップに与えられた過去はクソだ。
 医者として活動し、どこかの手術で医療ミスをした。
 そして表舞台から姿を消し、今は非合法の薬物を売って生計を立てるクズのような人生。
 神の介入すらない単純な失敗で人生を棒に振った役立たず。
 その癖自ら死を選ぶわけでもなく、社会の裏でゴミのように生き長らえている。
 神の気まぐれで大切な人を失ったリップにこんな経歴をあてがうなんて、ずいぶん辛辣な皮肉だった。
“だが、そのおかげで手繰れる縁もあるってことか”
 何年ぶりかの正装を着て病院内に足を踏み入れる。
 大きな眼帯を付けた容姿とスーツは案の定噛み合わない。
 人目は引いていたが気に留めてやる筋合いもなかった。
 不思議な懐かしさを感じる院内を歩きながらリップは念話を飛ばす。
“首尾はどうだ”
“ん…病院内の至る所に、新旧様々な魔力残滓……。
 皮下医院にマスターないしサーヴァントが常駐してるのは、ほぼ確定”
“それ以上の解析は出来るか”
“たぶん、宝具…。使用頻度の高さからして、移動か格納……その系統の非戦闘用宝具だと、思う……”
 厄介だな。
 リップはそう思った。
 対城宝具や対軍宝具は確かに強力だが、しかしその厄介さが発揮されるのはあくまで戦いの土俵においてのみだ。
 勝つためにあらゆる手段を駆使しようと考えるリップのようなマスターにしてみれば、面倒なのはむしろ小回りの利く便利どころの宝具。
 早い内に目を付けておいてよかったらしい。
 記憶の中にうっすらと残る皮下医院"院長"の面影を頭に浮かべながら独りごちる。
“皮下は動いていないな?”
“院長室から、動いてない”
 シュヴィの最大の長所は解析能力だ。
 魔力や宝具といった無形のそれすら読み解くのだから、既に理論の確立された機械文明に対しそれが適用出来ない筈はない。
 ましてたかだか21世紀の科学である。
 【機凱種】の解析体(プリューファ)のハッキングに対する防衛機能など有しているわけもなく。
 結果。院内の人間を守るための防犯カメラは最高権力者の居所を暴く千里眼と化した。
 院長室前の監視カメラの録画を遡り、院長室に入った皮下がまだ出ていないのを確認。
 以降シュヴィには各種解析の傍らカメラの映像をリアルタイムで監視させている。
 窓から飛び出されるような不測の事態に備え、監視の対象は病院敷地内全てのカメラだ。
 皮下の逃げ場は何処にもない。
 おまけにシュヴィは気を利かせ、監視カメラの本体には自身の生成したダミーの映像を読ませていた。
 これで、リップ達の接近は誰にも気取られることはないというわけだ。
“皮下を殺すかどうかは話してみて判断する。初撃は俺から仕掛けるが、お前は奴が何をしてもいいよう備えておいてくれ”
“了、解……”
 その足取りに迷いはなかった。
 モタモタしていれば相手に気取られかねない。
 奇襲とは意識の外から仕掛けるからこそ意味があるのだ。
 まして相手は何やら不穏な宝具を抱えた危険人物。
 行動は速攻かつ端的であればあるほどいい。
“行くぞ”
 院長室の前に立つ。 
 施錠がないことを確認するなり、リップは扉を蹴り開けた。
 室内の皮下が「うわ」と驚いた声をあげている間に事は終わった。
 古代遺物による急加速で距離を詰め、そしてリップは昔と変わらず若々しい姿を保った院長を床へと組み伏せるのだった。

    ◆ ◆ ◆

「金ならそっちの金庫の中だ」
皮下真。お前は、聖杯戦争のマスターだな?」
「無視かよ。…いたたたた、肘の関節が変な固まり方してんだけど! お〜い、マジで折れちまうって!」
「聞かれたことだけ話せ。さもなくばこのまま折る」
 リップは不治の否定者だ。
 その能力は治癒の否定。
 そして、治療行為の禁止。
 それを踏まえれば、彼の脅しがどれほど重いものかは分かるだろう。
「…オーケー、オーケー。答えるから少し腕を緩めてくれ」
「……」
「俺は確かにマスターだ。腕を確認してみな」
 袖を捲って腕を検める。
 そこには桜を思わす令呪がはっきりと刻まれていた。
「院内に奇妙な魔力の残滓がいくつもあった。あれは何だ?」
「魔力の残滓? へぇ…。すげーな、そんなのまで分かんの?」
「聞かれたことにだけ――」
「あぁ、分かった分かった! んーとな…俺のサーヴァントが持ってる宝具の使用痕だと思うぜ」
 予測は的中していた。
 今更だが、シュヴィの解析能力の高さには恐れ入る。
 魔力のほんの残滓程度からでも大まかな分類を割り出せるというのだ。
 敵に回ればどれほど厄介だったか……。
 リップは久方ぶりに、自分の幸運に感謝した。
「種別は」
「倉庫みたいなもんだ。平時は此処とは違う位相に展開してあってな……俺のサーヴァントも普段はそっちにいる」
 すかさず、シュヴィの声が脳内に響く。
“固有結界、だと思う…。心象風景の具現化……現実を誰かの心で塗り潰す、魔術の、最奥……”
“…ああ、それは俺も分かってる。だがそんな気軽に普段遣い出来るもんなのか?”
“普通は、無理…。イレギュラー中の、イレギュラー……”
 倉庫と言えば安く聞こえるが、サーヴァントを格納出来るほどのものとなれば話は変わってくる。
 固有結界級の宝具を此処とは異なる位相と言えど、常時展開しておけるというのだ。
 そこにはサーヴァントすら"しまう"ことが出来、挙句シュヴィクラスの解析能力持ちでなければ分からないほど使用の痕跡も小さいと来た。
「そこにしこたま戦力を溜め込んでるってわけか」
「そういうことだ。いざとなったら逃げ場にも使えるしな、便利だぜ?」
 カマをかけたところ、あっさりと引っ掛かってくれた。
 だが明らかになった事実はリップ達にとっていいものではない。
 皮下は案の定というべきか、その固有結界の中に戦力を溜め込んでいるのだという。
 それがどれだけのものであるかにもよるが……リップは既にこの男から、何か底の知れないものを感じ取っていた。
「それで? そろそろ話してくれよ」
 くつくつと笑う皮下。
 爽やかな筈の笑みがひどく不気味に映る。
「お前は、俺に何をさせたい? 何をしてほしくて此処に来た」
「従わせるためだ」
 携帯している医療用メスの一本を皮下の首筋に突き付ける。
 このままあと少しでも手を動かせば皮膚を裂くだろう。
 そしてたったそれだけの傷ですら、リップの不治の対象になる。
「俺が与えた傷は何であれ、俺が死ぬまで治らない」
「……マジで?」
「四肢をへし折れば二度と起き上がれないし、ほんのかすり傷でも流れる血は永遠に止まらない」
 それだけではない。
「そしてもう一つ追加だ。俺に傷付けられたなら、お前はその時点で決して俺を殺せなくなる」
 不治の異能の最も悪辣な点。
 それは、不治の解除条件を聞くことそのものが一つの縛りのトリガーになることだ。
 リップを殺せば不治が解けて傷が癒えるようになるのなら、その殺傷は治療行為とイコールで結ばれる。
 不治で傷を負い、その上で不治の解除条件を聞いたなら。
 その人物は――もう二度とリップを殺せない。
 リップはその瞬間に無敵となる。
「未来を閉ざしたくなければ言うことを聞け」
 皮下真には利用価値がある。
 此処で殺すのは簡単だが、可能なら首輪を付けて飼い殺しにしたい。
 皮下はリップに組み伏せられた時点で九割九分詰んでいる。
 彼が利口な人間ならば要求を呑まない理由はあるまい。
「…大きく出たな。それで? 次は"令呪でサーヴァントを縛れ"か?」
「自分の立場が分からないのか」
 ぐ、と皮膚にメスを触れさせる。
 あと微か力を込めれば皮膚が破けるだろう。
 それでも皮下の笑みは崩れない。
「悪いな。俺は飼う側なんだ」
 沈黙が流れる。
 その奇妙な自信を虚勢と笑い飛ばすのは簡単だ。
 なのにそれをさせない奇妙な雰囲気が彼にはあった。
 メスを握る手の平が微かに湿っていることに、リップはようやく気付く。
「けどやり方は悪くなかったぞ。悪かったのはやり方じゃなくて、タイミングだ」
「何を言ってる」
「あともう一時間早く来てたら、勝ってたのはお前だったよ」
 皮下の目が光るのをリップは見た。
 そこに浮かび上がる桜の紋様。
 瞬間、リップは彼を利用する考えを捨てる。
 “マスター!”というシュヴィの声を聞くよりも行動は早かった。
 しかしその声の意味が、マスター殺しを咎めるものでないということは分かっている。
 今のは、リップに危険を知らせるための声だ。
「――な」
 殺意を込めて動かした手が最後の一線を踏み出せない。
 良心の呵責? 躊躇い? 違う。
 本当に、動かないのだ。
 体が金縛りか何かにでも遭ったみたいに固まっている。
“なんだ…これは……?”
 組み伏せた皮下の頭上に黒い何かが渦を巻く。
 実体化したシュヴィがリップに駆け寄り同じくそれを見た。
 そしてちょうどその瞬間である。
 渦の中に浮かび上がるものがあった。
「――――――――か、ッ」
「…! マス、ター……!!」
 それは――瞳だった。
 途方もなく大きな質量を持つ何かの瞳。
 心臓を握られるような錯覚を覚えリップはメスを取り落した。
 しかしそれでもまだ上等だろう。
 "覇王色の覇気"の直撃を受けて曲がりなりにも意識を保っている時点で、人間としては十分に超人の部類だ。
「ごめんなさい…マスター……!」
「っ……いや。助かった、アーチャー」
 間に割って入ったシュヴィがリップを突き飛ばし、皮下と距離を取らせた。
 とっさのこととはいえ乱暴になってしまったことを謝罪するシュヴィだが、もちろん責められる謂れはない。
 彼女はサーヴァントとして最善の行動をした。
“解析はもういい。とにかく戦闘の備えをしてくれ”
“解析なら、もう終わってる…。渦は門(ポータル)…さっきのは、サーヴァントの放った"気"……!”
 念話を交わす二人をよそに皮下が立ち上がる。
 腕を回し、首を鳴らしながら立つ姿は頼りなくすらあった。
 彼が立ち上がるのに併せて渦が平面から立体に変わる。
 覗く瞳は相変わらずだ。
 ただ覗かれている、視られているだけなのに…全身の毛穴が総毛立つ。
 蛇に睨まれた蛙とはもしかするとこんな感覚なのかもしれなかった。
「おー、いててて。危うくゲームオーバーになっちまうとこだったぜ」
「動かないで」
 今度はシュヴィが皮下にその言葉を吐く。
 妙な行動を取れば容赦しないと、彼女は言外にそう言っていた。
 なるべくなら相手のマスターは巻き込みたくない、その思いに変わりはない。
 だが……この男には、そんな甘いことは言ってられない。
 シュヴィも一歩遅れて、リップと同じくそう理解した。
「何かしたら…すぐに、撃つ。この間合いなら……こっちの方が、速い……」
「何もしないさ。あっちの兄さんが怖すぎるからな」
 両手を上げて降参のジェスチャーをするが、それは背後に規格外の巨大質量を構えながらする仕草ではない。
 しかしながら、皮下に交戦の意思がないこと自体は事実だった。
 その理由もまた今彼が言った通りだ。
 リップの能力、不治。
 それがある限り、皮下は少なくともこの至近距離で彼らを敵に回す気にはならなかった。
“助かったぜ〜総督。あのまま切られてたらマジで詰んでたわ”
“脇が甘ェんだ、お前は”
 呆れたような声が異界から響く。
 本当に危なかった。
 もしも"総督"の不在時にリップの襲撃を受けていたなら、皮下は言葉通り本当に詰んでいただろう。
「話をしようぜ。お互いにとって旨みのある、対等な話を」
 しかし皮下は運がよかった。
 運よく、タイミングよく…生き延びることが出来た。
 であればその幸運はやれるだけしゃぶり尽くすべきだろう。
 敵意満面のシュヴィとリップに背を向けて、皮下は一人渦の中へと足を踏み入れる。
「その気があるなら付いて来な。ウチの総督(サーヴァント)も大歓迎だそうだ」
 その言葉を残して、皮下真の姿が消える。
 残されたのはリップとシュヴィだけだ。
 だが…皮下が消えた後も、彼の入っていった渦は不気味にその場に残っていた。
「マスター…行く、の……?」
「……ああ。リスクはあるが、此処では退けない」
 皮下を一方的に支配下に置くのが最善であったのは確かだ。
 それに失敗したのなら、潔く退くのが安牌というのも納得出来る理屈ではある。
 しかし皮下が持つ、リップの想定していた以上の戦力…それは此処で切り捨ててしまうには少々惜しいものだった。
「ついてきてくれ、シュヴィ。お前の力が必要だ」
「ん…。シュヴィは、マスターのサーヴァントだから……
 マスターが行く、なら……何処にでも、ついてくよ……?」
「…そうか。ありがとな、シュヴィ」
 健気な従者に短く礼を言って。
 リップも皮下に続いて、異界に続く渦へと足を踏み出した。

    ◆ ◆ ◆

「よ〜う! 来てくれると思ってたぜ不治! アーチャーちゃん!!」
「喧しい黙れ馴れ馴れしい。俺はお前の仲間になったつもりも軍門に下ったつもりもねぇぞ」
「ちゃん付け…やめて……うさん、くさい……ていうか、キモい……虫唾が、走る………」
「ひどくね?」
 渦を越えた先は何か建物の中だった。
 内装は和風。
 しかし現代の価値基準に照らし合わせれば時代錯誤……つまり古い。
 江戸時代とかその辺りの文化が前面に押し出された、そんな装いとなっていた。
「心の傷も不治なの? だったら俺の聖杯戦争、此処で終わったかもなんだが」
「何処に向かってるんだ?」
「スルーかよ。…まあいいか。そりゃ、この城の主の所だよ」
 やはりなとリップは思う。
 城の主。つまり、皮下真のサーヴァント。
 空間越しの視線だけでリップをあわや昏倒まで追い込みかけた何者か。
 此処までの道中でシュヴィの意見も聞いている。
 シュヴィはあれを、こう評した。
 "異常な質量と密度を持った、天体にも似た何か"…と。
“分かっちゃいたが大博打だな。最悪此処が死地になるか”
 アンダーで過ごした戦いの日々でもそうそう感じなかった次元の緊張感。
 それを感じながらリップは皮下に続いていく。
 シュヴィはそんなリップの隣を歩きながら、時折心配そうに彼のことを見つめていた。
「一応釘を刺しとくけどな。戦おうとは考えない方がいい」
 皮下の声にずっとあった軽薄さがその時だけは鳴りを潜めた。
 本心からの忠告であることが、皮肉にも理解出来てしまう。
「今はそこまで酔ってないが、それでも根本的には話の通じないイカれたオッサンだ。常に地雷原の上を歩いてると思っといてくれ」
「ずいぶん親切に忠告してくれるな。上司気取りか?」
「まさか。おたくは誰かに飼われるようなタマじゃないだろ? 目ぇ見りゃ分かるよ」
 足音だけが、城の中に続いていく。
 大きな扉が見えてきた。
「俺としては、おたくとはビジネスライクな関係を維持していきたいと思ってる」
「ハッ。そんなに"不治"が怖いか?」
「あぁ怖いね。つーか怖がらない奴いねえだろ、反則もいいとこだ。多少奔走してでも味方に置いておきたいと考えるのは当然じゃねー?」
 一行の足が扉の前で止まる。
 皮下が扉を開ければ、ごごごごご、という重厚な音が城の中に響き渡った。
 その瞬間、扉の向こうから殺到する重圧。
 しかしそれも、あの時リップが浴びた"覇気"に比べればそよ風程度のそれでしかない。
「お〜っす、来たぜ総督。それに大看板共。今回のビジネス相手だ」
 皮下に続く形で大広間に入る二人。
 そこに入るなり、まず真っ先に目に入ったのは…さっきの瞳の主と思しきサーヴァントだった。
“……ッ”
 鬼が胡座を掻き酒を呷っていた。
 しかしその背丈は明らかに尋常のそれではない。
 立ち上がれば果たしてどれほどの丈になるのか。
 考えるだけで馬鹿馬鹿しいような巨体が、王としてそこに君臨していた。
“シュヴィ”
“……何?”
“勝てるか?”
“――"全典開"を前提とするのなら、二割弱。使わないのなら、限りなくゼロ”
 そうか、とリップは会話を打ち切る。
 予想はしていたが、とんでもない怪物だった。
 目に見えるステータスの高さははっきり言って頭抜けている。
 シュヴィが言った異常な質量という形容が正しいことをリップは本能的に理解した。
「気安いな、皮下。貴様の物言いはいつも不快だ」
 だが……。
 問題は彼だけではない。
 彼の他にも、この場には三体――異常な存在が同席していた。
「そうカッカすんなよキング。同じ陣営の仲間同士だ、仲良くしようぜ〜?」
「ムハハハハ! そうだぜバカ野郎! 俺はともかくテメェは皮下よりも格下だろ!!」
「自虐か? 悩みがあるなら相談に乗るぞ、クイーン」
 漫才のようなやり取りを交わした末、互いにガンを飛ばし合う二体。
 翼竜を思わす翼の生えた男と肥満体の男。
 そのどちらもが人間の規格を明らかに超えた図体の持ち主だった。
 そして……そのどちらもが、サーヴァントに匹敵する巨大な魔力反応を発していた。
“確かに大した戦力だ。魔力の消耗を鑑みて、普段はこっちに隔離してるってとこか……”
 シュヴィは既に解析を済ませているだろう。
 その結果は後で聞くとして、今は目の前の状況に集中する。
 鬼を見据えるリップの目を、鬼がじろりと見返した。
 数秒の沈黙があってから鬼は皮下へ視線を向ける。
「すぐにおれを呼べよ。お前が殺されたらおれ達まで共倒れになっちまうだろうが」
「あんたが出たら病院までぶっ壊しちまうだろ? まだ捨てるには早いと思ってな」
「物持ちのいい野郎だ」
 それで――。
 そう言い、鬼が再びリップを見た。
「お前が"不治"か?」
「そうだ。そういうお前は何のクラスだ」
「ライダーだ。……そいつは?」
「アーチャー」
 リップは物怖じせず受け答えしている――ように見える。
 とはいえ彼も人間だ。
 その背には汗が伝い、緊張は喉をカラカラに渇かしていた。
 だがそれでも緊張と畏怖の色を滲ませないのは、ひとえに甘く見られないための努力。
 これに舐められれば、侮られれば手痛い損害を被ることになる。
 そう分かっているからこそ敢えて生意気な強者を演じる。
 その意図を見抜いているのかいないのか、鬼…ライダー、カイドウは「ウォロロロロ…!」と奇矯な笑い声をあげた。
「皮下ァ。お前、いい人材を連れてきやがったな」
「だろー? 絶対役に立つぜ、こいつ」
「ああ。まず、おれの覇王色に耐えたってのが気に入った」
 ぐびぐびと手元の盃を傾け中身を呷り。
 酒で濡れた口元を拭いながら、カイドウがリップを見やる。
「――おい、小僧。お前…おれの部下になれよ」
「ならない」
「ほぉう」
 勧誘はしかし、即答の却下で返された。
 リップに向く眼光が圧力を増す。
 この場に居合わせた三体の大看板も、いずれもリップを睥睨した。
 人間が背負うには重すぎる圧力を前にしても、リップはその威勢を保つ。
 元気付けようとしてか、シュヴィがきゅっと彼の手を握った。
 笑ってしまいそうなほど愚直な励ましだったが、その効果は意外なほど大きかった。
 手から伝わってくる信頼の熱が、リップの心に吹く臆病風を単なる微風にまで貶める。
「勘違いするな。俺には俺の願いがある。俺は、俺の願いを叶えるために此処にいる」
「叶わねェよ。おれがいる」
「お前も殺す。界聖杯を獲るのは俺達だ」
 部下になる?
 寝言は寝てから言え。
 リップは思い、反吐を出すように言葉を吐いた。
「ビジネスとしてなら手を組んでやる。だが、俺達とお前達は対等だ。主従関係がお望みなら他を当たれ」
 確かに、目の前の鬼は強大だ。
 通常の聖杯戦争基準で考えれば相当以上に強大であろうシュヴィ。
 その全力をして勝率は二割がせいぜいという、圧倒的なまでの力。
 そしてそれに付随する大看板その他の戦力。
 敵に回すと考えただけで馬鹿らしくなるような怪物の群れ。
 しかしそれでも、リップに願いを諦めさせるには足りない、足りなすぎる。
「ほざいたな、小僧。今此処でおれに殺されてェか」
「そのつもりならそうすればいい。だがそうするなら、損をするのはお前の方だ」
 リップは、神を殺すと決めた身なのだ。
 そんな男がどうして、今更英霊一騎に怖じ気付くのか。
「俺達と敵対すれば、お前達は不治を敵に回すことになる。
 そして当然、俺のアーチャーの力を借りることも出来ないわけだ」
「……」
「俺達は全力で抵抗する。たとえ負けるにしろ、お前の戦力をやれるだけ削ぎ落としてから死んでやる。
 ――そこまでされて勝っても、お前達が得るものは何もない。残りの二十一騎との戦いが苦しくなるだけだ」
 リップは確信していた。
 此処で弱みを見せれば、喰える存在だと思われれば、自分達は全てを搾取されると。
 こいつらは恐らく現状最も有力な勝ち馬だ。
 戦力面でも個人の戦力でも度を越している。
 利用しない選択肢はない。
 だが、利用されるのは御免だ。
「強欲だな。ならお前はおれ達に何を求める?」
「言った筈だ。"対等"だよ、ライダー。そして皮下」
 一方的に利用してやるなどと大きく出るつもりはない。
 下手に欲を掻けば喰われるのはこちらだ。
「力を貸す。だから力を貸せ。俺から持ちかけるのはそれだけだ」
「……だってよ。どうする〜? 総督」
 皮下に決断を求められたカイドウはやはり笑って。
 それから、空になった盃をぐしゃりと握り潰した。
 ず、とそんな擬音が似合う動作で立ち上がって、カイドウはリップ達を改めて睥睨する。
 その上で口を開き彼は言った。
「気に入った。いいぜ、手を組んでやるよ」
「いい返事が聞けて何よりだ。こっちとしても、お前みたいなのとはなるだけ敵対したくなかったからな」
「ただしだ。このおれにあれだけ大見得を切ったんだ」
 カイドウの眼差しとリップの眼差しが再び交差する。
 それでも怯まず立つリップに、カイドウは笑みをより深くした。
「失望だけはさせるんじゃねェぞ。その時は…虫ケラみてェに殺してやるよ」
「こっちのセリフだ。期待を裏切るなよ、ライダー」
 答えたリップの手を。
 シュヴィが、より強く握りしめてくれた。

    ◆ ◆ ◆

“付き合ってくれてありがとな、シュヴィ”
“シュヴィは、マスターのサーヴァント……一緒にいるのは、当然だよ……?”
“……それでもだ。助けられたよ、お前には”
 カイドウの元を去り、再びリップとシュヴィは皮下の後に続いていた。
 皮下によれば、彼の主立った研究設備はこの固有結界の内に置いているらしい。
 であればリップが皮下を尋ねた一番の目的である、例の麻薬の量産についての話をするタイミングは此処だと踏んだ。
 皮下に地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)について聞かせたところ彼はえらく食い付いた。
 その有用性はどうやら、本職の人間からしても無視出来ないものだったようだ。
“……マスター”
 皮下とカイドウ。
 強大な彼らと手を組んだ恩恵は大きいが、同時にリスクも大きい。
 関わった時間はごくわずかだがそれでも分かる。
 皮下は自分達の勝利のためならばどんな犠牲も許容する人間だ。
 気を抜けば使い潰される。
 彼らの駒として利用された末に死ぬことになる。
“ほんとに、だいじょうぶ……?”
“…ああ。大丈夫だよ、シュヴィ。俺は奴らになんか喰われない”
 大いなる力には代償が伴う。
 リスクは大きいが、その分得られる恩恵もでかい。
 皮下が従えるライダーと、彼の宝具に内包された数多くの戦力。
 あれだけの力を友軍に出来るというだけでも勝利の高みに大きく近付ける。
 リップは決めた、リスクは受け入れると。
 その上で、これまでと依然変わらず勝利を求めると。
“俺を信じてくれ。俺に、ついてきてくれ”
“…わかった。でも……無理はしないでね、マスター”
 この身に感じる、シュヴィの視線。
 それに乗る思いが強まったのをリップは確かに感じた。
 感じた、けれど――。
“マスターが苦しいと…シュヴィも、くるしいよ”
 ……最後のその言葉にだけは。
 どう答えればいいか、分からなかった。

【新宿区・皮下医院(鬼ヶ島内部)/一日目・夕方】
【リップ@アンデッドアンラック】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:走刃脚、医療用メス数本
[道具]:ヘルズクーポン(紙片)
[所持金]:数万円
[思考・状況]
基本方針:聖杯の力で“あの日”をやり直す。
1:皮下陣営と組む。一方的に利用されるつもりはない。
2:敵主従の排除。同盟などは状況を鑑みて判断。
3:地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)の量産について皮下の意見を伺う。
4:ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)は様子見。追撃が激しければ攻勢に出るが、今は他主従との潰し合いによる疲弊を待ちたい。
[備考]
※『ヘルズ・クーポン@忍者と極道』の製造方法を知りましたが、物資の都合から大量生産や完璧な再現は難しいと判断しました。
 また『ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)』が一定の規模を持った集団であり、ヘルズ・クーポンの確保において同様の状況に置かれていることを推測しました。

※ロールは非合法の薬物を売る元医者となっています。医者時代は“記憶”として知覚しています。
 皮下医院も何度か訪れていたことになっていますが、皮下真とは殆ど交流していないようです。

【アーチャー(シュヴィ・ドーラ)@ノーゲーム・ノーライフ】
[状態]:健康
[装備]:機凱種としての武装
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:叶うなら、もう一度リクに会いたい。
0:…マスター。シュヴィが、守るからね。
1:マスター(リップ)に従う。いざとなったら戦う。
2:マスターが心配。殺しはしたくないけと、彼が裏で暗躍していることにも薄々気づいている。
3:フォーリナー(アビゲイル)への恐怖。
4:皮下真とそのサーヴァント(カイドウ)達に警戒。

    ◆ ◆ ◆

 リップの襲撃を受けた時、皮下は心底驚いた。
 皮下医院の周囲はアオヌマが、中はチャチャが監視している。
 にも関わらずそれを全て貫通し、自分の元に敵が直接やってくるとは思わなかったのだ。
 しかし、それで部下達を責めるのは酷というものだ。
 皮下はそう考えていたし、実際今回のは不幸な事故のようなものだと思うことにしていた。
“アーチャーちゃんの能力だろうなぁ、十中八九……”
 アオヌマの監視を掻い潜るだけならば出来なくはないだろう。
 だがチャチャのシステムによる監視を欺くとなれば話は大きく変わってくる。
 そこまでくれば異能の領域だ。
 皮下の見立てでは、アーチャーが何らかの能力を用いてシステムに干渉。
 夜桜の技巧派とすら張り合える能力を持つと見越したチャチャをも欺く力を発揮し、誰にも気付かれることなく自分の元に辿り着いた。
 なかなかどうしてゾッとしない話だったが、これが妥当な結論だろうと考えていた。
“まぁでも、怪我の功名も大きかった。九死に一生を得た形だな”
 不治の異能。
 実際にその効果を確認したわけではないが、それでも彼が噓をついているようには見えなかった。
 不治は使える。
 戦力として抱えておくに越したことはない。
 それにチャチャの監視をも欺いてみせたあのアーチャーもそうだ。
 彼女に一体どれだけの力が秘められているかはまだ未知数だが……カイドウにあれだけ大見得を切ってのけたのだ。
 少なくとも弱いサーヴァントではまずあるまい。
 それどころか、ともすればカイドウにすら届くポテンシャルを秘めたサーヴァント。
 皮下はリップの従えるアーチャーのことをそんな風に分析していた。
 そして……リップと組むことで得られる甘い汁はそれだけには留まらない。
“超人化の効能がある麻薬ねぇ。これは正直、予想だにしない拾い物だったな”
 リップが皮下に打ち明けてきたとある麻薬。
 まだその詳細を分析するまでには至っていないものの、何でも"超人化"の効能がある薬物らしい。
 皮下とてアプローチは違えど広く見れば同じ分野を追い求めてきた人間だ。
 無視することなど出来る筈もない、美味しい話だった。
“もしもその効き目が本当なら……出どころも含めて調査していきたいところだな”
 量産の話についてはとりあえずクイーンとも相談しなければなるまい。
 だが前向きに検討したいと皮下はそう考えていた。
 皮下とカイドウが目指すのは戦力の増強。
 いずれ来たる鬼ヶ島の顕現と同時に聖杯戦争を制圧出来るだけの兵力。
 その理想を満たす上で、リップの手土産は大きな助力になりそうだった。

 ――皮下医院を舞台に嵐は育つ。
 いつか東京を覆うかもしれないその嵐はまだ、誰も知らない異空の彼方に。

【皮下真@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:?
[道具]:?
[所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有)
[思考・状況]
基本方針:医者として動きつつ、あらゆる手段を講じて勝利する。
1:戦力を増やしつつ敵主従を減らす。
2:病院内で『葉桜』と兵士を量産。『鬼ヶ島』を動かせるだけの魔力を貯める。
3:沙都子ちゃんとは仲良くしたいけど……あのサーヴァントはなー。怪しすぎだよなー。
4:全身に包帯巻いてるとか行方不明者と関係とかさー、ちょっとあからさますぎて、どうするよ?
5:283プロはキナ臭いし、少し削っとこう。嫌がらせとも言うな? 星野アイについてもアカイに調べさせよう。
6:灯織ちゃんとめぐるちゃんの実験が成功したら、真乃ちゃんに会わせてあげるか!
7:峰津院財閥の対処もしておきたいけどよ……どうすっかなー? 一応、ICカードはあるけどなぁ。
[備考]
※咲耶の行方不明報道と霧子の態度から、咲耶がマスターであったことを推測しています。
※会場の各所に、協力者と彼等が用意した隠れ家を配備しています。掌握している設備としては皮下医院が最大です。
 虹花の主要メンバーや葉桜の被験体のような足がつくとまずい人間はカイドウの鬼ヶ島の中に格納しているようです。
※ハクジャから田中摩美々、七草にちかについての情報と所感を受け取りました。
※峰津院財閥のICカード@デビルサバイバー2、風野灯織と八宮めぐるのスマートフォンを所持しています。

※虹花@夜桜さんちの大作戦 のメンバーの「アオヌマ」は皮下医院付近を監視しています。「アカイ」は星野アイの調査で現世に出ました。「チャチャ」は「アオヌマ」と共に監視していますが、他にも役割があるかもしれません。
※風野灯織&八宮めぐる@アイドルマスターシャイニーカラーズは皮下に拉致されて、鬼ヶ島でクイーンの実験を受けている最中です。


【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:健康
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
1:鬼ヶ島の顕現に向けて動く。
2:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
3:リップは面白い。優秀な戦力を得られて上機嫌。
4:リンボには警戒。部下として働くならいいが、不穏な兆候があれば奴だけでも殺す。
5:アーチャー(ガンヴォルト)に高評価。自分の部下にしたい。
[備考]
※皮下医院地下の空間を基点に『鬼ヶ島』内で潜伏しています。



時系列順


投下順


←Back Character name Next→
047:Parallel Line リップ 069この狭い世界で、ただ小さく(前編)
アーチャー(シュヴィ・ドーラ)
051:オペレーション・ドクター!〜包囲せよイルミネーションスターズ〜 皮下真
ライダー(カイドウ)

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最終更新:2021年11月11日 00:02