時刻は午後四時を少し回った頃。
古手梨花とそのサーヴァント・
宮本武蔵は、一軒のホテルの前に立っていた。
武蔵が霊体化を解除しているのは、少なくとも見かけ上では幼子そのものである梨花の保護者を演じるためだったが。
如何せん現代の人間ではない武蔵だ。そんな建前以前の問題が自分達の行く末に横たわっていることには、梨花に言われるまで気付かなかった。
「……あのですね、セイバー。ボクみたいな子供はこういうホテルには入れないのですよ」
パレス・露蜂房(ハイヴ)というその名前からして、そういう匂いは漂っている。
そう、此処はホテルはホテルでも、前に"ラブ"の二文字が添えられる類のホテルであった。
聞こえ良く言うならば、恋人同士が泊まって愛を育むことを前提とした宿。
もっと身も蓋もなく言うならば、"そういうこと"をするために借りるお手頃な場所。
言わずもがな、青少年の健全な成長を大事にする気風の広がるこの現代で梨花のような幼女が入れる場所ではない。
光月おでんと別れてから
櫻木真乃達と会うまでに、武蔵は梨花からそのことを聞いていた。
当初は「まあ、何とかなるなる!」と楽観的だった武蔵も、いざ実際に建物を前にすると苦笑いを漏らし始めたから始末に負えない。
「…………、…………どうしよっか」
「せめて電話番号くらい聞いてきてほしかったのです」
「それは直球で嫌だって言われたんだも~ん、仕方ないでしょー!
"今このタイミングで、こっちのマスターの連絡先を教え合うのは避けたいんだが"って、ぐっさり釘刺されちゃったし!!」
とはいえ武蔵を責めても仕方ない話だ。
元を辿れば、彼女に任せきりにして塞ぎ込んでいた自分が悪いのだ。
聖杯からの知識があるとはいえ、"宮本武蔵"が現代の風土に精通しているわけもないのだから。
だがそれはそうと、どうやってホテルの中に居るライダー達にこの状況を伝えたものだろう。
最悪、霊体化させたままの武蔵にホテル内を虱潰しに探し回ってもらおうか。
いつか部活でプレイした、カードを引いてそこに記されたアイテムを使ってピンチを乗り切るカードゲームのことをなんとなく思い出した。
「ま、まあとりあえず物は試しでしょ。お姉さんに任せときなさいって、大船に乗ったつもりで!」
「セイバーはたまに、すごくおっきい泥船になるから素直に安心出来ないのです」
先の一件を通じて、梨花は己のサーヴァントに対し抱く印象を大分変えていた。
史実に語られる宮本武蔵もかなりの破天荒な人物だったとされているが、この女武蔵は更にその上を行く。
というか、単純にとんでもない暴れ馬なのだ。もとい、暴れ剣豪とでも言うべきか。
強い相手を見ると我慢できないし、平気で相手を本気にさせるような挑発をする。
今でも梨花は、彼女と光月おでんが本気で斬り結び始めた時の動揺とそれから来る動悸、息切れの感覚をよく覚えている。
「(ていうか、あんなことされて水に流すおでんもおでんよ。
普通だったら令呪でサーヴァントを喚ばれてもおかしくない状況だったでしょ、あれ……)」
ホテルの中へと梨花を置いて入っていく武蔵の背中を見送りながら嘆息する梨花だったが。
さっきの出来事について考えると、"そもそもなんでただのマスターが剣の英霊と真っ向から斬り合い勝負出来てるんだ"という根本的な疑問に到達してしまうことに気付いたため、程々にして思考を打ち切った。
額に浮かんだ汗を拭って武蔵の戻りを待つこと数分。
戻ってきた武蔵は「てへへ」というような困り笑顔を浮かべており、その表情を見ただけで交渉の結果がどうなったのかは十分察せられた。
「……流石に小学生は無理だって! どうしよっか!!」
――はてさて、どうしたものだろうか。
部活メンバーの一員として、或いは百年の魔女として様々なことを考えてきた梨花だが。
流石に「小学生が合法的にラブホテルに入る方法」などというものを考えるのは、その長い旅路の中でも初めてのことだった。
◆◆
七草にちかは、良いラブホテル特有のふんわりしたベッドに座りながらこれまでのことを思い返していた。
本戦の開始を告げられて、あの型破りを地で行くセイバーと出会った。
彼女と自分のライダーの戦闘の一部始終を見届けただけでも、正直にちかの脳のキャパシティはかなり限界に近かった。
……のだが、怒涛の勢いで揺れ動く聖杯戦争は彼女のそんな非凡な許容限界に合わせてなどくれない。
次にやって来たのは白瀬咲耶の失踪の報、そして"W"を名乗るサーヴァントからのコンタクト。
おまけににちかを名指しして会いたいと言っている人間が居るとかどうとかで、結局彼女は心の休まる暇が一切ないまま此処まで過ごしてきた。
――なんて言いつつも、それ自体は別にそこまで辛くない。
脳が結構混乱気味なのは否めないけれど、とはいえ駄目になって動けなくなってしまうほどではなかった。
283プロダクションには件のWが居座り、その結果関係者にはある程度の安全が担保されている。
にちかがわざわざマスターであることの露見するリスクを押してまで方々へ注意喚起の旨を送る理由も、彼のおかげでなくなった。
状況だけで言えば、決して悪いものではない筈だ。
しかしにちかの顔色は、今ひとつ芳しくなかった。
少なくとも初めてのラブホテルであれこれはしゃいでいた頃の元気は、今は鳴りを潜めている。
その理由は……サーヴァント同士の戦闘などよりも余程鈍く心に伸し掛かった、"現実"の重み故のものだった。
「(なんか、実感しちゃったな……)」
にちかだって、何も考えずにぼうっとこれまでの時間を過ごしてきたわけではない。
彼女なりに色々考えて、サーヴァントと対話をして、そうして此処まで生き残ってきた。
だが――それでもまだ、足りなかったのだろう。聖杯戦争のマスターとしての自覚や、認識が。
「(咲耶さん。特別親しかったってわけじゃないけど、いい人だったのは覚えてる)」
にちかは決して馬鹿ではない。
凡人ではあれど、それを更に下回る人間ではないのだ。
なればこそ分かる。冷たいと言われるかもしれないが、察せてしまう。
白瀬咲耶は、多分もう生きていない。
聖杯戦争とは殺し合いで。生きるか死ぬかの競い合いで。
であれば、その舞台で"失踪"が囁かれる人間がどうなっているかなんて――多弁を弄して語るまでもないことだ。
にちかにとっての咲耶は、きっと友達ではなかった。
いいところで同じ事務所の先輩止まり。でも彼女が掛けてくれた言葉やアドバイスは、今もはっきりと思い出せる。
そんな咲耶が、消えた。恐らくは、死んだ。
その事実はにちかの心を上から圧迫する重たい現実であり、脳を冷却させる冷や水でもあった。
「(私も……もっとしっかりしないと。ちゃんと現実見ないと、ダメだな)」
重ねて言うが、七草にちかは白瀬咲耶と"親しい"といえるほどの仲ではなかった。
だから彼女の訃報を聞いても、涙を流すようなことはない。
心を刺すような痛みはあったが、しかし所詮その程度。
例えばこの東京の何処かに存在しているだろう、"アンティーカ"の彼女達が感じている痛みに比べれば――ごくごく微々たるものである。
けれど、だからこそなのか。
にちかは咲耶のニュースを通じ、そしてWの接触を通じ……マスターとして兜の緒を締め直せた。
ライダーには聖杯戦争を終わらせ得る力がある。
しかし成功率は決して高いものではなく。
その癖、使うまでに必要な工程の難易度はべらぼうに高いと来ている。
そんな道を往かねばならない身なのだ、にちかは。ずっとライダーにおんぶに抱っこでどうにかなるとは思えない。
――七草にちかは魔術師ではない。
それどころか、人並みにすら戦えない。
良くも悪くも歳相応な、何処にでも居るようなごくごく普通の女子学生だ。
だけどそんな言い訳を聞いてくれる存在は、この界聖杯内界の何処にも存在しない。
もはや、自分の平凡を言い訳にすることが罷り通る時間は終わったのだ。
「……ところで。セイバーさん達ってまだ来ないんですか?
流石にもう一回延長の電話をするのは恥ずかしいんですけど」
「日が暮れてくるまではとりあえず待ってみて、それでも来なかったらまた考えよう。
あのセイバーに限って断りもなくすっぽかすとは思えないが、もしかしたら何かあったのかもしれない」
本当なら、所謂"飛ばし"の携帯電話の一台でもあれば便利だったのだが……生憎その備えはなかった。
この高度に情報化された社会では、迂闊に連絡先を教えることが思わぬ形でこちらの首を絞めかねない。
そう思って連絡先を渡すことは避けたのだったが、やはりあちらの不測の事態を感知出来ないというのは如何ともし難い不便さがあった。
もしもこのまま待ち惚けになってしまえば、アッシュ達は貴重な昼間の時間を数時間ドブに捨てることになる。
次はもう少し何か考えた方がいいかもしれないな、と少し反省しつつ、アッシュは続ける。
「……まあいいですけど。でも次はライダーさんからフロントに電話してくださいね。
私ばっかり電話してたら、その、私がいろいろ旺盛な子みたいに思われて恥ずかしいですから!」
「考えすぎだと思うけどなあ……。まあ、分かったよ」
元はと言えば、まだ午前中の内に一時間半で取った部屋だ。
一方で現在の時刻は午後四時過ぎ。にちかは既に一度、フロントに延長の電話を掛けている。
それだけでも年頃の乙女には結構な羞恥だったのだ。流石に二度目は御免被りたかった。
アッシュにそう念を押しつつ、ベッドにぼふんと倒れ込みスマートフォンを弄る。
そこで──ふと、にちかはあることに思い当たった。
「(……一応、お姉ちゃんにだけは直接何か送っておこうかな。無事だとは思うけど、やっぱ心配だし)」
Wは、283プロの事務所からにちかの姉・はづきを含む皆を逃してくれた。
あの事務所は今、どういうわけか聖杯戦争と関わりの密接な火薬庫と化してしまっている。
WINGで敗れアイドルの道を降りたにちかではあるものの、姉の存在を抜きにしたって一時在籍していた事務所の人間が危険に晒されてなんとも思わないほどドライにはなれない。
だからその点は、事務所に居たであろう彼ら・彼女らを先んじて逃してくれたWに素直に感謝していた。
ただそれでも、やはり身内は話が別だった。
事務所の仲間や
プロデューサーとは道を違えても、姉であるはづきとは今後も、にちかの人生が続く限り家族として関わっていくのだ。
せめてそれとなく、無事を確認するメッセージの一つくらいは送っておきたい。
そう思ってメッセージアプリを起動した、まさにその瞬間だった。新しいメッセージが一つ通知されたのは。
特に不審がるでもなく、慣れた操作で件のメッセージを開き――まず送信者の名前を見て眉根を寄せた。
そして次の瞬間。文面を見て――心胆の底から疑問符を吐いた。
『お疲れ様。少し、対面で話したいことがある。聖杯戦争についてなんだけど、いいだろうか?』
「――――は?」
は? と。
心の中で出た言葉と、口から出た言葉とが完全に一致した。
思考を空白が染め上げる。何言ってんだこいつ、と悪態めいた疑問がまろび出る。
そんなにちかの様子を察してか、アッシュが「どうした?」と案じた。
にちかは未だ混乱の中にありながらも、彼へ端末の画面を見せる。
あれこれ言葉を弄して説明するよりも、こうして直接見せる方が確実に手早かった。
「いや、あの。これ」
「……驚いたな。いよいよもって偶然じゃ片付けにくくなってきたぞ」
メッセージの送信者は他ならぬ、七草にちかのプロデューサー"だった"男。
文面に隠そうともせず記された"聖杯戦争"の四文字。
長ったらしい前置きを載せるでもなく、婉曲な言い回しをするでもなく、ど真ん中の直球でにちかへの接触を図ろうとするメッセージ。
それに対してようやく思考が落ち着き始めたにちかが最初に抱いた感情は――
「(……何やってんの、あのヒト)」
苛立ちにも似た、困惑だった。
咲耶の失踪を知った時のそれとも、283プロが危ないと聞かされた時のそれとも明確に違う情動。
なんでよりにもよってあなたが、こんなことに巻き込まれているのか。
なんで。よりにもよって、あなたが。
あなたが、こんなところに居るんですか。
あなただけは、居ちゃ駄目でしょ。
こんなところに、そんな立場で居たら――駄目でしょうが。
「……いいだろうか、じゃないでしょ」
眉間に寄った皺が全然戻らないまま、にちかは小さく呟いた。
第一、こんな大事なことをメッセージアプリで、それもこんな一文だけで伝えてくるというのは如何なものだろう。
せめて電話で話すべきなのではないのか。そしたらこっちの受け止め方だって、少しは変わったかもしれないのに。
「とりあえず返信してみます。いいですよね」
「ああ。ただ、くれぐれも油断しないようにな」
アッシュに許可を取って、にちかはキーボードをタップして返信文を作り始める。
油断しないようにな、という注意の意味することはちゃんと分かっている。
最悪の想定だが、プロデューサーの端末を何らかの手段で手に入れた人間が送ってきている可能性だって無くはないのだ。
文面はなるだけ簡潔に、必要以上のことを喋らないように。
気を抜くと滲み出そうになる感情に注意し、何度か文面を修正しながら、にちかは二行から成る返信文を書き上げた。
『あなた、本当に私のプロデューサーさんですか?』
『会って話したいならまず説明してください。何が何だかさっぱりわかんないです』
……書き上げて、見直して。
一息つきつつ、アッシュに見せる。
「……ちょっと冷たく返しすぎましたかね、これ。勢いだけで書いちゃいましたけど」
「いや、良いと思うよ。少なくとも添削する箇所は見当たらない」
文面としては、かなり"冷たい"印象を受ける仕上がりだ。
とはいえ相手の考えも、そもそも本当ににちかの知る"彼"なのかも分からない現状を踏まえればそう悪いものでもない。
アッシュにもオーケーを貰えたところで、にちかは送信をタップ。あちらからの返事を待つ身となった。
「それはそうと、これだけは聞いておくぞマスター。
理屈を抜きにして感情だけで考えた場合、君はどうしたい?」
「……、……」
「別に詰めようってわけじゃないから安心してくれ。
理屈と打算を許に行動するのも大事だけどな、感情を完全に排するとそれはそれでボロが出るものなんだよ。
だから俺としては、君個人の感情も聞いておきたい。サーヴァントとして、なるべくマスターの意向には添いたいからな」
メッセージを送ってきたプロデューサーが本物かどうかという問題は、一旦置いて。
もとい本物だと仮定して、アッシュはにちかに問いかけている。
アイドルとして無謀な夢/太陽に向かい羽ばたいた七草にちか。
その飛翔をただ一人、一番近くで見届けてくれた――見守ってくれたプロデューサー。
もしも彼がこの界聖杯内界で、にちかと同じ可能性の器として戦わされていたとしたら。
――七草にちかは、どうしたい?
その問いかけに対する答えは、やはりと言うべきか最初から決まっていた。
「そりゃ……会いたいですよ。私は結局、あの人の言葉に報いることは出来ませんでしたけど――」
七草にちかは勝てなかった。
太陽に到達することなく翼が溶け落ち消えた。
今まで何人ものアイドルをプロデュースし羽ばたかせてきた彼は、蝋翼少女を天翔させるのに失敗した。
「それでも、色々気にかけてもらいましたし。
第一ちょっとでも関わったことのある人とか、此処じゃめちゃくちゃ貴重じゃないですか?
咲耶さんのこともありますし……個人的には、会ってみたいです」
そのことを謗るつもりはない。恨んでもいない。
というか、もし引きずっていたら逆にうわぁ、と思ってしまうかもしれない。
とにかくだ。この世界では同じ境遇にある知り合いなんてものは貴重なのだから、折角の機会を無碍にはしたくない。それがにちかの考えだった。
アッシュもそれに異を唱えることはせず、首肯して口を開いた。
「分かった。でも、ひとまずあっちの説明次第だな」
「もちろんです。いくら何でも説明が必要ですよ、説明が」
そこについてはもちろんにちかも異論はない。
まさかこんな踏み込み方をされるとは思っていなかったし、久しぶりに会う相手に対するコンタクトの取り方としては剛速球過ぎる。
とにかくあちらの説明や申し開きを聞かないことには、直接会って話す段階までは踏み切れない。
「アサシン……Wの言ってた、マスターに会いたがってる人物のこともある。
ひとまずセイバー達との交渉を終わらせて、それから改めて考えよう」
セイバーのマスターに、W側に居る某か。そしてプロデューサー。
にちかと会いたがっている聖杯戦争関係者が現状なんと三人も居る。
何か、自分がとてつもない有力者になった気分だった。
まあ聖杯戦争を終わらせる可能性を秘めたサーヴァントを使役しているという点では、ある意味それも間違いではないのだが。
「――ちょうど来たみたいだ。あいつの魔力反応を感じる」
「え。本当ですか? 私なんも感じないんですけど……」
「迎えに出てくるよ。部屋の番号は教えてないしな」
言って部屋を出ていくアッシュを見送るにちか。
ラブホテル特有のやけに大きな枕を抱き締めながら、ベッドの上で意味もなく寝返りを打つ。
はふう、と気の抜けた息が口をついて出た。
身体は元気だが、気分は大分疲れている。
他のマスターも皆これくらいわちゃわちゃしているのかと思うと、他人事ながら皆凄いなあ、と感じてしまった。
「(忙しいな、聖杯戦争って……でも、早いとこ慣れないと……)」
なんて考えながら、備え付けの寝具と戯れる時間が十数分ほど流れた。
若干うとうとし始めたところで部屋の扉ががちゃ、と音を立てたので、にちかは急いで飛び起きたような格好になってしまう。
別に眠たくなるほど疲れていたつもりはないが、ふかふかでふわふわな寝具というのはある種の魔力を秘めている。
気を抜くとどれだけコンディションが良くてもすぐさま眠りの園に引っ張っていかれることを、にちかは常日頃の経験からよく知っていた。
「やけに遅かったですね」
「……説得の手間が、ちょっと、な……」
「説得?」
それはさておき。
何事もなかったような表情と声色でアッシュを出迎えるにちかに対し、彼はやや疲れたような顔で嘆息した。
最初は何を言っているのか分からなかったが、彼の後ろからひょいと顔を覗かせた人物の背丈を見て納得する。
その背丈は低かった。
手足はか細く人形のようで、顔立ちも少女期以前のあどけなさをまだ多分に残している。
彼女の脇には先程にちかの目の前でアッシュと心臓が止まるような殺陣を演じてくれたセイバーの姿があって。
それは彼女が待ちくたびれた交渉相手、セイバーのマスターであることを如実に物語っていたのだが……。
「――初めまして、にちか。お待たせしてしまってごめんなさいなのです」
それにしたって、その少女は――露蜂房(ラブホ)に立ち入るには幼すぎた。
少女というより、完全に幼女だった。
一体何の説得をしていたのだろうと疑問に思っていたにちかは一転、さぞかし苦労をしたであろう、ついでに人目を気にすることになったであろうアッシュに心底同情した。
「(む、むしろよく説き伏せられたなぁ……!)」
セイバーのマスターは、心做しかげっそりしたアッシュの様子を横目に、にこにこと人懐っこく微笑んでいた。
◆◆
「ボクは古手梨花と言いますです。さっきはセイバーがご迷惑をおかけしました」
普段は隠しているのかもしれないが、マスター同士での会談ではむしろさらけ出した方が話が早いと思ったのだろうか。
ぺこりと頭を下げた梨花の片手には、三画揃った令呪がはっきりと刻まれていた。
「……な、七草にちかです。よろしくね、えっと――梨花ちゃん?」
「みー。よろしくなのですよ、にちか」
それにしても、あのセイバーのマスターがまさかこんな小さな子どもだとは思わなかった。
歳は恐らく、どう高く見積もっても小学校高学年程度だろう。
普通なら見ていて微笑ましい年頃だが、しかしこの子……古手梨花はただの子どもではない。
聖杯戦争のマスター。界聖杯の好む呼び方をするならば、可能性の器。
そんな彼女が此処を訪れた理由もまた、決して安穏とは言い難い案件だ。
積極的な敵対になる可能性こそ低いものの、やることは結局"交渉"である。
アッシュに無言で目配せされて、にちかはこくりと頷いた。
見かけで油断するなよ、と言いたいのだろう。
それに対して「言われなくても分かってますから」と強気に返せるほど、交渉を前にしたにちかに余裕はなかった。
「(ていうかこの子。初対面からめっちゃ呼び捨てなの、子どもとはいえ育ちが心配になるな)」
なんてどうでもいいことを考えているにちかをよそに、梨花のセイバーがあはは~、と笑う。
「待たせてごめんねー、ライダーもにちかちゃんも。ちょっと道中で色々あってさ」
「いいよ、気にするな。またぞろ誰かに斬り合いを挑んだ結果遅れたとかなら、流石に怒るかもしれないが」
「……、……いやー。ソンナコト、ナイヨー?」
「おい」
露骨に目を逸らし、声のトーンを二段階ほど上げるセイバー。
どうやら本当に、このホテルに来る前に某かと斬り合いを演じてきたらしい。
基本的には話が通じる相手なのだが、何故こうも血の気が多いのか。
目の前で自分のサーヴァントが本気で死ぬのではというほど苛烈な剣戟を見せられた時の記憶が蘇り、にちかの心臓がきりきりと痛んだ。
「――それはさておき、早速だけど本題に入りましょ。お互い時間は有限でしょ?」
「遅れてきた側が言う台詞では間違いなくないが、同感だ。
梨花、だったな。話はセイバーから一通り聞いてるって考えていいか?」
「はい。貴方達には、この聖杯戦争を瓦解させる手段があると聞いてますです」
梨花とセイバー……宮本武蔵の到着が遅れたことで、にちか達の今後の予定はかなり詰まってしまっている。
Wが擁する、にちかに会いたいという謎の人物。
やり取りの結果次第ではあるものの、同じくにちかと会うことを希望しているプロデューサー。
梨花達との交渉も確かに大事なことだが、だからと言ってあまり時間を割いているわけにもいかない。
スムーズに話を進めるに越したことはないだろう。武蔵の言う通り、お互いにだ。
「……ボクの目的は元の世界に帰ることです。
でもそのために犠牲を出すことなく帰れるのなら、それが一番いいと思っているのです」
にちかより幾つも年下だとは思えない、しっかりとした口調。
聖杯戦争がどういう戦いであるかを理解し、その上で自分が何を目指すのかもしっかり固めている。
その彼女が、自分のサーヴァントを通じて"聖杯戦争からの脱出"を可能にし得る人物の存在を知った。
であれば話を聞いてみない選択肢はなかった――かつては拒んだ他者の手を、今度は取ってみたいとそう思った。
「だから、ライダー。そしてにちか。
ボクは、貴方達と協力してもいいと考えています」
そうして梨花は此処までやって来た。
もしも本当に脱出を可能にする術があるのなら協力したいと、そう考えて。
先程自身でも言っていたが、古手梨花の目的は元の世界への帰還。それのみである。
それを成し遂げるまでの道程は二つだけだ。
聖杯戦争に勝利するべく、多くの願いと犠牲を足跡代わりに残し地平線の彼方を目指すか。
もしくはか細い、あるかどうかも分からない希望に縋って聖杯戦争からの脱出手段を模索するか。
どちらも困難な道であることに変わりはないが、現実味からして疑わしいという点で後者は本来真っ先に切り捨てられるべき選択肢だ。
だが、しかし――もしもそこに現実味を与えられる者が現れたなら。話は大きく変わってくる。
古手梨花は百年もの間、不動なる絶対の運命に囚われ続け――殺され続けた。
希望と絶望、期待と諦めが入り交じった迷宮の末に梨花が出た井戸の外。それは、誰の犠牲も許さない大団円のカケラ。
大団円の果てで絶望に絡め取られようと、旅路の果てに学んだ答えは今も梨花の中で生きている。
なればこそ。他者の犠牲を前提にした解決法とそうでないものがあるのなら、後者を選びたくなるのは彼女にとって当然の心理だった。
……さりとて。
「――でも、今のままじゃまだ"うん"と頷くことは出来ないのです」
だからと言って手放しににちか達のことを信用するほど、梨花は迂闊ではなかった。
仮に此処で自分が死んだとして。
その時繰り返しの法則が働く可能性は限りなく零に近いだろう。
何故なら此処は雛見沢ではなく、羽入の存在を感じたこともない。
そもそも今の羽入は残り香だ。遥か時空の彼方にあるこの界聖杯にまでその権能を飛ばすことなど、どう考えても不可能である。
即ち、この世界の梨花は一度きり。
故に誰かを信じるその行為にすら、極限の慎重さが求められるのは当然だった。
「それは、聖杯戦争から脱出する手段の詳細を話してくれ……ってことか」
「はい。そうじゃないと、素直に信用は出来ません」
部屋に漂う空気がぴりりと張り詰めていくのを、にちかは感じ取っていた。
ごくりと生唾を飲み込むその音も、やけに大きく響く気がする。
「話は分かったよ。だが、出会ったばかりの主従に切り札の種明かしをするのはリスクが大きい」
「私達ももちろんそれは分かってる。
だけどね、ライダー。リスクがあるのはこっちも同じよ? いや、むしろこっちの方が上と言ってもいい」
アッシュが武蔵に伝えたのは、あくまで界聖杯の権能を破壊する手に覚えがあるというだけだ。
その手段は伏せているし、それ自体はごく真っ当な判断だろう。
武蔵も梨花もそれは分かっている。分かっているが、しかしだからと言って"それなら仕方ない"と納得出来るかと言うと話はまた変わってくる。
「ライダー。ボク達には、ライダーの話が本当か嘘か確かめる方法がないのです」
実に身も蓋もない話だが、信じて命運を預けるには些か話の根拠が足りなすぎるのだ。
極端なことを言えば、ただ"出来る"というだけなら誰にだって可能だろう。
梨花がライダーを信じることに踏み切れていない理由はそれだ。
「本当か噓か分からない話に乗っかって、最後の最後で実は騙されてました! ……なんて、笑い話にもならないでしょ?」
アッシュが武蔵の方を見やる。
その視線の意味は当然、武蔵も理解していた。
武蔵には既に、アッシュが此方を騙そうなどとしていないことが分かっている。
梨花の抱く疑念は的外れで、今気にするべきはアッシュの言うそれが果たして実現可能な難易度なのかというその一点なのだと――そう分かった上で敢えて梨花と同じくアッシュを詰問する側に回っているのだ。
思わずアッシュは肩を竦めた。油断ならない女だと、改めてそう認識する。
『……ライダーさん。これちょっとまずい流れじゃないですか?
その方向から攻められたら私達、どうしようもないんじゃ――』
『いや、大丈夫だ。何もこの二人は、俺に証明を求めてるわけじゃないだろうからな』
とはいえその意図は分かる。
武蔵は要するに、答えを出すのは自分ではなく、マスターの梨花であってほしいのだろう。
そしてその梨花もまた、先に彼女自身の口で言ったように答えは半ば決まっていると来た。
となれば、アッシュがこれから彼女達に伝えるべきことも自ずと見えてくる。
「確かに、君達の言うことももっともだ。
全てを教えることは出来ないが、もう少しこちらの情報を明かす」
「……、」
「これは君達ももう察しているだろうが、界聖杯に干渉する手段というのは俺の霊基に登録されたとある宝具だ。
宝具、とは言うけど実際の在り方はほとんど"魔法"に近い。正直、間違っても一介のサーヴァントに与えていい力ではないな」
界聖杯は、神域機械の演算能力を持った赤子のような存在である。
誰かの願いを叶えるという自身の存在意義を満たすためだけに世界の垣根を超え"器"を集めた世界樹。
それに己の行動を客観的に見つめるなんて機能が備わっているかは疑わしいが、もしも彼ないし彼女にそんな能力があるならば、
アシュレイ・ホライゾンという極晃奏者を召喚させたことは失敗だったとそう結論付けるだろう。
星辰界奏者(スフィアブリンガー)。最果てにして最弱、それ故に最も多くの可能性を許容する維持の極晃星。
仮にほんの刹那、瞬きの間の発動だったとしても――聖杯戦争を破綻させ得る存在。
ノアの箱舟になれなかった誰かの継承者となるに足る、灰白混ざった優しい英雄。
「その全貌については伏せるのを許して欲しい。
だが、さっきも言ったようにこれは魔法の領域に限りなく近い宝具だ。
発動出来たとしてもごくごく短時間。そしてその間に、界聖杯の権能(なかみ)の書き換えを行う必要がある」
しかしてそんな界奏ですら、そう容易く目的は果たせない。
英霊の座から現世に持ち込むにはあまりに過多なその星光は、この地においては見る影もないほどに零落させられていた。
魔力の消費などという本来存在しないデメリットを搭載された結果、実用性は遥か彼方に吹き飛んだ。
それを作戦の核に据えるリスク。当然、低いわけがない。
「その上、内界から本体へ接続出来る座標を特定しないことにはどうにもならない。
試行回数を用立てることも出来ないし、万一界聖杯が何らかの防衛機能を持っていた場合もかなり厳しくなる。
セイバーには先刻言ったけど、圧倒的に失敗する公算の方が高い」
非現実的な話ではあるが、令呪三画分クラスの魔力を複数回用立てる手段があったとする。
だがそれでも、アッシュは恐らく二度目の挑戦は不可能だろうと踏んでいた。
そもそも英霊の身には過ぎた出力である極晃を解放するというのが弩級の無茶なのだ。
まず間違いなく、そんな無茶を侵せばアッシュの霊基は崩壊する。
要するに自壊だ。界奏の発動はアッシュの消滅とイコールであり、故に挑戦回数は一回。この上限は決して動かない。
「とまあ、言えるのはこんなところだ。
これ以上のことはどれだけ食い下がられても話せない。ケチ臭いと思うかもしれないけど、今はこれだけの情報で判断して欲しい」
……我ながら、とんでもない話をしてるなと。
アッシュは正直、苦笑したい気分だった。
何しろさっきから一つたりとも希望的なことを口にしていない。
見るからに目を泳がせ、落ち着かない様子でそわそわしているにちかの姿などは見ていて気の毒なほどだ。
ただ、これに関してはどの道隠し立てすることなど出来ない。
それに、もしも偽りを混ぜようものなら即座に武蔵が見抜くだろう。
だから偽る理由はない。ありのままに絶望的な真実(リスク)ばかりを並べる。
それを梨花は、黙って聞いていた。
そしてアッシュが話し終えると。
彼女は……真剣な眼差しで彼を見、言った。
「……分かりました。ライダー、にちか。貴方達の話に乗ります」
「えらく即決だな。正直、もう少し迷われるものだと思ってたんだけど」
「みー。上手く行くにせよ行かないにせよ、成り行きを見守るに越したことはないと思ったのです」
その言葉を聞いて、アッシュは微かに苦笑した。
相手は子どもと見くびっていたわけではないが、存外にしたたかだ。
「成程な。最後まで同じ船に乗るか途中で乗り捨てるかは、何も今決めなくてもいいってことか」
「そういうことなのです。ボクはずるい子なのですよ、にぱー☆」
信用出来ると、未来を託してもいいと思えたのならそのまま船に乗り続ける。
一方でもう付き合いきれないと感じたなら、そこで船を乗り捨てて離脱する。
そう考えれば、今この瞬間は乗っておいた方が確かに利口だ。
それが本音なのか、それとも建前なのかは分からないが。
時には、真実がどうであれ深く追及しない方がいいことというのも少なからずあるものだとアッシュは知っている。
『梨花ちゃんのお眼鏡に適ったみたいね、ライダーは』
『……ボクは元々、疑ってかかるつもりはありませんでした。
ただ、ライダー達が信じられる相手かどうかを見られればそれで良かったのです』
そしてその命題の答えは、梨花と武蔵の念話の中で語られる。
梨花には現状、アッシュ達のことを乗り捨てるつもりなどない。
武蔵に彼らのことを聞いた時点でも、協力することはほぼ決めていた。
なのにわざわざああして詰問したのは、ひとえに彼らがどういう人物なのか――信じるに値する相手なのかどうかを見極めるため。
その結果、アッシュはこれ以上は明かせないという秘密のラインは守りつつ、出来る限りの誠実さで自分達の追及に応えてくれた。
であれば、もう文句のつけようもない。
アッシュとにちかに協力し、彼らの目指す道に続く。
そう決めたとき梨花が覚えたのは、脱力感にも似た安堵だった。
他の主従/器を殺し、乗り越えて進む茨道。
そこから外れ、一縷の光条に縋る道――そこに辿り着けたことに、古手梨花は間違いなく安堵していた。
「じゃあ、私達はこれからそっちの陣営と一緒に行動する感じでいいのかな?」
「いや、それはまた後にして貰ってもいいかな。
実はこっちも……あれから色々あってさ。他の聖杯戦争関係者と会う予定があるんだよ」
「ああ、そういう。確かにそれは角が立っちゃうわね」
聖杯戦争からの脱出、ないし戦争自体の瓦解を狙う貴重な同胞だ。
にも関わらず一時とはいえ手放すのには、当然相応の理由がある。
にちかとアッシュには、一時離れておいた方がいい訳があった。
それこそが、他の聖杯戦争関係者との対面での対談の予定。
もしもそこにアポ無しで他の主従ないしそのどちらかでも連れて行こうものなら、一触即発の空気になるのは必至であろう。
無用なリスクは負いたくないし、アッシュ達と組むと決めた側としてもそれは不本意だ。
「分かってくれて助かるよ。とはいえせっかく組むのに行動は別々ってのも不便な話だから……そうだな。
夜の内には一通り片付くだろうから、そのくらいにでもまた場所を決めて落ち合うってのはどうだ?」
「それは良いのですが、ボクはすまーとふぉんを持ってないのです」
「あ……なら私のスマホの番号教えるよ。そうしておけば公衆電話とかから簡単にかけて来られるだろうし」
ここだ! と言わんばかりに、今まで場の成り行きを見守るしかなかったにちかが身を乗り出した。
先程は連絡先の交換まではしなかったが、同盟が成立した以上は渋る理由もないだろう。
にちかの提案にアッシュは特段反対することなく。また、梨花はにぱっ、と可愛らしく笑った。
「ありがとうなのです、にちか。
セイバー。お礼に、ボク達が出会ってきた人達のことを教えてあげてほしいのです」
そして"その情報"は、梨花達から切り出して来なければアッシュが問うていただろうものだった。
梨花達の到着が遅れた原因であり、どうも矛を交えることすらしたという聖杯戦争の関係者達。
武蔵は最初"色々あって"とぼかしていたが、交渉相手を差し置いて優先すべき火急の用事など、聖杯戦争絡みの案件以外はまず有るまい。
剣技の極北にすら手を掛けている武蔵と白昼堂々戦うことになったその相手には経験者として心底同情したい心地だったが――それも、彼らないし彼女らがどういう手合いであったのかに依る。
「……んー、そうね。あの二人はむしろ、ライダー達に話を通しておいた方が喜ぶかもだし」
そう前置いて、宮本武蔵は話し始めた。
サーヴァントと斬り結べる人外めいた実力を持つ"侍"と。
そして、眩くもどこか危うい、善良で純粋な少女達のことを。
◆◆
一通りの情報交換を終え、ホテルを去る武蔵達を見送った二人。
部屋に戻るなり、にちかは若干げっそりしたような表情をしてアッシュの方を見た。
「……あの事務所って呪われてるんですか?」
「正直、俺も驚きっぱなしだよ」
セイバー・宮本武蔵が教えてくれた二人のマスター。
その内の一人は、またしても"例の事務所"……283プロダクションに縁ある者だったのだ。
櫻木真乃。例に漏れずにちかとそれほど関わりが深かったわけではないが、応援の言葉を掛けてくれたことは印象に残っていた。
そんな彼女も、この世界に召喚され――サーヴァントを従えてマスターをやっているという。
一体283プロはどうなっているんだと心底疑問を呈したくなる状況だったが、しかしにちか達にとっては間違いなくプラスになる情報だった。
「けど、櫻木真乃が"話の出来る"マスターだと分かったのは大きい。
光月おでんとかいう化け物じみた侍のこともそうだ。上手く行けば、聖杯戦争からの脱出を狙う大所帯を作れる可能性だってある」
「セイバーさん、明らかにおでんって人のことを話す時の方が楽しそうでしたもんね。目ぇキラキラしてましたよ」
「ああ、俺もそう思ってた。何にせよ、出来れば敵対したくない相手なのは確かだ。話に乗ってくれるといいんだが」
櫻木真乃、そして謎の侍・光月おでん。
両方のマスターがアッシュ達の話に命運を預けてくれるかはまだ分からないものの、仮にそうなれば事態は大きく前進する。
悪くない流れが彼らの前に形成されつつあった。
これに上手く乗ることが出来れば、一度きりのギャンブルにとりあえず"挑める"だけの状況は存外早く整えられるかもしれない。
尤も、今の順調さがこの先も恙なく続いていってくれれば、の話ではあるのだが……。
「それはそうと、プロデューサーからの返事は来てるか?」
「……あ。ごめんなさい、あんまりびっくりしすぎて忘れてました」
アッシュに促されて、にちかは慌ててスマートフォンを起動する。
年頃らしい、自分と友人の写った青春を感じる待ち受け画面。
そこには、新たな通知がある旨のシステムメッセージが表示されていた。
一件の新着メッセージ。その主が誰であるかは、考えるまでもなく。
「来てます。今、開いてみますね」
にちかは通知をタップし、送られてきた"彼"からの返信を読み始めた。
【新宿区・パレス・露蜂房(ハイヴ)/一日目・夕方】
【
七草にちか(騎)@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、精神的負担(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:高校生程度
[思考・状況]
基本方針:283プロに帰ってアイドルの夢の続きを追う。
0:プロデューサーと話をする。何してんのあの人?
1:殺したり戦ったりは、したくないなぁ……
2:ライダーの案は良いと思う。
3:梨花ちゃん達と組めたのはいいけど、やることはまだまだいっぱいだ……。
4:私に会いたい人って誰だろ……?
5:次の延長の電話はライダーさんがしてくださいね!!!!恥ずかしいので!!!!!
[備考]
聖杯戦争におけるロールは七草はづきの妹であり、彼女とは同居している設定となります。
【ライダー(アシュレイ・ホライゾン)@シルヴァリオトリニティ】
[状態]:健康
[装備]:アダマンタイト製の刀@シルヴァリオトリニティ
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:にちかを元の居場所に戻す。
1:界奏による界聖杯改変に必要な情報(場所及びそれを可能とする能力の情報)を得る。
2:情報収集のため他主従とは積極的に接触したい。が、危険と隣り合わせのため慎重に行動する。
3:セイバー(宮本武蔵)達とは一旦別行動。夜間の内を目処に合流したい。
4:アサシン(
ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)と接触。定期的に情報交換をしつつ協力したい。
[備考]
宝具『天地宇宙の航海記、描かれるは灰と光の境界線(Calling Sphere Bringer)』は、にちかがマスターの場合令呪三画を使用することでようやく短時間の行使が可能と推測しています。
【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、安堵
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:生還を目指す。もし無ければ…
0:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。
1:ライダー達と組む。
2:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。
3:彼女のいた事務所に足を運んで見ようかしら…話せる事なんて無いけど。
4:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。
【セイバー(宮本武蔵)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:計5振りの刀
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターである古手梨花の意向を優先。強い奴が見たら鯉口チャキチャキ
1:うんうん、善きかな善きかな!
2:おでんのサーヴァント(
継国縁壱)に対しての非常に強い興味。
3:アシュレイ・ホライゾンの中にいるヘリオスの存在を認識しました。
4:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。
武蔵ちゃん「アレ斬りたいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。でもアレだしたらダメな奴なのでは????」
◆◆
真夏の太陽はしぶとく空に蔓延り続ける。
午後四時を過ぎてもまだ翳る気配すらない辺りからもそれは窺えた。
男が従えるサーヴァントは、陽の光に嫌われている。
寿命の克服と人智を超えた力を得る対価に、永久に夜をしか歩めなくなった哀れな生物。
上弦の鬼。その参番目、
猗窩座。堕ちた狛犬が暴威を振るうためには、最低でもあと三時間ほどの待機が必要だった。
不便ではあるが、こればかりは不平を垂れても仕方がない。
昼間動けないというのならその分、マスターである自分が夜に備えて働こう――プロデューサーと呼ばれたその男は、そう考えていた。
『あなた、本当に私のプロデューサーさんですか?』
『会って話したいならまず説明してください。何が何だかさっぱりわかんないです』
返ってきた文面を見て、プロデューサーは思わず苦笑した。
別に感激されたいわけではなかったが、思いの外突き放した文面だったからだ。
いくら何でも不躾過ぎたか、と反省しつつ――あの子らしいな、とどこか懐かしさをも覚えつつ。
『本物か確かめたいなら、電話を掛けてくれてもいい』
『でも、出来れば俺はにちかと直接会って話したいと思ってる。
少なくとも聖杯戦争について話すのなら、そうしたい』
返事を送信した。
正直、もっと苛立たせてしまうような気はしたが……仕方がない。
自分は彼女と話さなければならない。彼女に、会わなければならない。
そして、確かめなければならない。
ようやく幕を開けた自分の聖杯戦争。
その小さな、それでいて排することの出来ない第一歩だ。
――されど、男は未だ気付いていない。
気付ける筈もない。これから自分を待ち受ける、視界外からの受難の存在になど。
それを認識した時、それと遭遇した時、彼がどう行動し、どうなるのか。
その過程と結果如何では、プロデューサーの聖杯戦争は今度こそ奈落の底に堕ちるだろう。
視界の外で投げられた賽子。
器の上へと落ちるまで、あと――
【品川区・プロデューサーの自宅/1日目・夕方】
【プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:覚悟
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)、
283プロのタオル@アイドルマスターシャイニーカラーズ
[所持金]:そこそこ
[思考・状況]基本方針:“七草にちか”だけのプロデューサーとして動く。……動かなくてはいけない。
0:にちか(騎)と話す。
1:もしも、“七草にちか”なら、聖杯を獲ってにちかの幸せを願う。
2:白瀬咲耶が死んだことに悲しむ権利なんて、自分にはない。
3:『彼女』に対しては、躊躇はしない。
4:序盤は敵を作らず、集団形成ができたらベスト。生き残り、勝つ為の行動を取る。
5:にちか(弓)陣営を警戒。
時系列順
投下順
最終更新:2023年02月26日 01:05