夜の住宅街を、二つの影が進む。
片や赤と黒、片や青と黒の衣装をまとった二つの人影は、彼らのマスターが待つ場所とは違う裏路地へ入って行った。

「ここなら話は聞かれないのか?」

青と黒の影、GVが蒼き雷霆<アームドブルー>の能力で周囲に盗聴器などが無いことを認識しながら確認を取る。
赤と黒の影、デッドプールは辺りを見回し、光物がないことを確認すると口を開いた。

「まあな。で?オレ達だけでしたい話ってなんだよ。」

「まず、前提を確認したい。」

事の発端は、戻る途中でGVが「盗聴されない場所で話をしたい。」と切り出したことだった。
デッドプールはマスター同士はともかく、自分に話とは何か怪しみながらもいつ松坂さとうとガムテが戻って来るかもわからないマスターたちの元へ戻るわけにはいかず、適当な裏路地に入る事になったのだった。

「まず、互いにこの聖杯戦争、最後の二組が残るとしたらボク達『しょうこ組』とあなた達『あさひ組』であることが一番望ましい。」

「そりゃそうだ。」

最後の二組があさひ組としょうこ組となる。当然次の戦いは二人の殺し合いとなってしまうだろうが、あさひが勝つにしろしょうこが勝つにしろ互いに互いの元の世界での生存を保証している。
とすればその時点で互いの最低保証がなされるのだ。そちらが望ましいことは決まっている。

「しかし、この聖杯戦争には高い壁があり、勝ち進むのは覚束ない。」

「…まあな」

どこからか救急車のサイレンが聞こえる、デッドプールは舌打ちをした。

どこかでまたサーヴァントが暴れたのか、無関係に傷病者が発生したのか考えるのもおぼつかない。
この平和を謡うはずの東の果ての国を再現した界聖杯内はすでに災害の様なサーヴァントの乱闘によりボロボロだ。
腹立たしいことに、それに正面から対抗することはできないのは目の前のアーチャーの言う通りだ。

「だからどうする?二組で仲良く戦いましょうって話をするには早くねえか?」

「当然それは松坂さとうの交渉次第だ。ただ、壁を一人引きずり下ろす。
 交渉の結果がどうなるとしても、そこだけは今から手を組めると思わないか?」

「へえ。あのバケモン連中を引きずり落とす?話だけ聞いてやるが、オレが主役ってのは無しだぜ?」

「脇役で済むよ。主役はボクだ。」

そう言ってGVが手を眼前に上げると、その手には紫の鏡が握られていた。

「ミラーピース。交戦に応じ相手の霊基情報を保存して剣として解き放つ、今のボクの宝具だ。」

「それでどうすんだ?俺が貰ってぶっ放させてもらえるってんならなによりだが、そういう話じゃないよな?」

「半分正解だ。威信<クードス>を溜めるためにこれを預かって欲しい。」

ほんのジョークのつもりが的を得、デッドプールが『マジ?』と言いたげな顔をするがGVは構わず続けた。

「ミラーピースは分割しても再結合できるし、幻夢鏡<ミラー>・電子の謡精<サイバーディーバ>も元々霊体との適合性が高い。サーヴァントでも十分エデンのやったことを転用できるはずだ。」

「言ってる意味はわかんねえけど、要はこれ持って戦ってりゃ良いわけ?」

「そういう事になるね。」

「そんなもんで良いなら乗ってやってもいいけどその前に…ちょっと待て、あさひから緊急入電。」

ミラーピースを割ろうとしたGVの手が一瞬ためらったその時、デッドプールからの制止が入る。
遅れて、なぜ止めたのかはデッドプールが続ける前に把握した。

『アーチャー…本気なの!?』

「“飛騨さん”が顔真っ青にしてるってよ。大丈夫か?」

脳裏に響く少女の声。それは他でもないGVのマスター、しょうこの声だった。
鏡片を持つ手の力を抜き、デッドプールに一時中断の胸を伝えるとGVは念話に集中した。

『本気さ。彼や松坂さとう達とは予想以上に良好な関係を築けた。この機会に少しでも手を組めるところは組みたい。』

『そうじゃなくて!その中にはシアンちゃんの力が…ひょっとしたら意志だってあるかもしれないんだよ?それをモノみたいに扱ったらダメだよ!』

『ッ!シアンの事を知ってたのか、マスター。』

『いくら聖杯戦争で勝つためだからでも、アーチャーに自分の大切な気持ちを無下にして欲しくないよ。』

『………』

その言葉に、GVは沈黙した。
その想いは、まさに彼が彼女に抱いていた気持ちと同様の想い<ねがい>だ。
互いに同じことを考えていた心の繋がりの暖かさに浸りながら、GVはこう返した。

『まず最初に、シアンとボクを大事にしてくれてありがとう。』

『そんなの当たり前だよ。』

『そんな“当たり前”がボクたちには得られないものだったんだ。』

強大な能力を持つがゆえに能力者からも無能力者からも追われる人生。
彼女<シアン>と出会って始まった彼の人生はそのようなものだったが、その影法師としてマスターたるしょうこの元に呼ばれてからの日々は戦争のさなかであっても彼らが求めてやまなかった“当たり前”の日々に触れることができていた。

『君の日常を見守っていた日々もそうだけど。君ももちろん、僕自身も松坂さとうと買い物帰りに話し合ったり、あのキャスターと仮初でも手を組んで歩んできたこれまでの戦いは、正直楽しかった。』

最終的には殺し合うほかない相手とも同じ道を歩く、殺伐としながらも生前夢見ていたビジョンを歩んだこの聖杯戦争。
そんな中でわざわざあの皇神やエデンと同じように、シアンを兵器として扱いかねないこの策を実行することに何の意味があるのか。生前の、シアンのための戦いをすべて否定する行いではないかと自分でも考えないことはなかった。

『だったらこんな事しなくていいよ!私も、アーチャーとこれまで楽しかったから…いくら私とあさひくんの為でも、アーチャーに自分がやってきたことを否定してほしくないよ!』

『………君達のためだけじゃない。シアンに“生きる事を諦めるな”と言ったボクが、あの厄災相手に戦いを諦めるわけにはいかない。なによりボク個人として、無尽の被害を出すあの龍たちを見過ごすわけにはいかないんだ。』

GVは歯を食いしばる。
仮にあの住宅街の戦いであの龍を倒すことができていたのなら、この一月過ごしたこの町は最後まで表面上の平穏を保っていたかもしれない。
聖杯戦争が終われば消滅する線が濃厚だからと言って、暴力で街を、人を、命を蹂躙していい理由にはならない。
“人を苦しめる歌を歌いたくない。”シアンの言葉を都合よく使っているようで悪いが、GVはエデン襲来のあの日のように己たちの異能の力で人を助けられるものだという事を信じたかった。

『それにボクと変わらない松坂さとうの愛を、神戸あさひの想いを否定しなかった君だから…共に並び飛ぶ事を約束した君だから、ボクと片翼『シアン』の重さを背負って欲しい…っていうのは、ボクの我儘かな。』

しょうこは息を呑む。
今まで、互いにどこか遠慮があった。
日常に生きる中で愛を求めていた少女と愛に生きる中で平穏を求めた少年、互いに互いを尊敬し心のどこかで一線を引きながらやり取りをしていた感覚が漠然とある。
それで悪かったとは思わない、その関係が結果的にしょうこのために無謀な戦いに出たGVを救うまでに至ったのは事実だ。互いが互いを守るには必要な事だったのかもしれない。
だが、それでもGVは踏み込んできた。
彼の翼『チカラ』とも呼べる歌姫『シアン』をも犠牲にしかねない罪過をしょうこと共有する。
互いに守るのではなく、共に戦うために。

『…アーチャー、その言い方はズルいよ。』

『ごめん。』

『ううん、謝らないで。』

たぶん、誰かが影を背負わなければならなかった。
この提案を呑めばしょうこはGVとシアンの影を背負わなければならないが、
GVが出し惜しみをして終われば彼はしょうこの影を背負う事になるだろう。
一線を引いて共に飛ぶには、互いに親しくなりすぎてしまった。
そして、しょーこがGVとシアンに譲るには関わった人間が多すぎる。
今はここに居ないさとうも、傍らで自分を心配してくれているあさひも、みんな幸せになれるハッピーエンドにすると誓ったのだ。
しょうこは覚悟を決めた。

『わかった。やろうアーチャー。』

『マスター…!!』

しょうこが自分とシアンを背負ってくれた喜びと、背負わせてしまった影がGVの中で混ざる。

そんな彼の心中を知ってか知らずか、しょーこは言葉を続けた。

『もし中にシアンちゃんが居たら、ちゃんと謝ってね!私も謝るから!』

敵わないな。GVはそう思いながら同意した。

「そんな晴れやかな顔してるってことは、もうこっちの話に戻って問題ないって事か?」

「ああ、待たせた。」

そんな顔をしていたのか。と気を引き締め直すとGVは念話を打ち切る。

「それでさっきの続きだが、おたくはその宝具で誰のタマを取りに行くわけ?」

「峰津院のサーヴァントか皮下医院のサーヴァントになると思う。まあ、溜め終わった後の状況次第、オーダーがあれば聞くよ。」

「今はいいや。準備が整ったらのんびり話そうぜ。
 集め終わったらこうやってまたご対面しなきゃならないんだろ?」

「最悪、ミラーピースがあなたの霊基から離れるか、砕けるかしたら蒼き雷霆<アームドブルー>と電子の謡精<サイバーディーバ>の力で遠隔で中身を回収するけど…可能な限り、直接回収したい。」

この話、乗り得ってヤツだな。デッドプールはそう判断した。
現在のアーチャーの警戒対象がその二体だけならば、グラスチルドレンに対する翻意ですらない。隠し事レベルの話でアーチャーの宝具のキーを保持できる。
万一グラスチルドレンに事がバレるようなことがあっても『騙くらかして宝具を使えないようにした』で済むし、実際都合が悪くなれば適当な理屈を付けてミラーピースとやらを返さなければいい。
万一企てがバレるか、上手い事アーチャーが壁を排除したところで、これ以上の情勢の変化を許さない周囲の手によって袋叩きに合うのはデッドプールではなくこのアーチャーだ。
アーチャーの言う通り、全ては状況次第だ。

「戦えばいいとは言ってけど、ノルマどんくらい?」

「今3騎分の威信<クードス>が貯まっていて、5騎分でおおよそ聖剣が完成する。
あなたとは戦ったことが無いから一戦で二人分のクードスが稼げる。それで十分。」

「おいおい、それくらいだったらおたく一人で何とかなったんじゃねえの?」

「詳細は省くけど、一度7騎分溜めるとミラーピースが完成して、まず仕損じることが無くなるんだ。可能な限り溜めたい。」

「ふーん。6騎分の特典はねえのか?」

「…クードスで電子の謡精<サイバーディーバ>の欠損が補えるなら、スキルで欠損してるボク自身も補えるはずだ。余剰のクードスがあるならボク自身の補修も試してみる。上手く行けば今より戦い続けたボクの力が引き出せる…かもしれない。」

「ははーん、それで龍にでもなってアイツらと殴り合おうって肚だな?」

「ボクが戦い続けただけで、皮下医院の奴のようになってると思うのか…?」

「思う思う。未来なんてどうなるかわかんねえからな。」

からかうデッドプールに対して、GVはため息をつくと。
再びミラーピース分割のため、迷いを振り切って手に力を込めた。

「未来…か。」

そうつぶやいた瞬間、紫の鏡片はついに割れた。
それを見たGVの脳裏に過ったのは、未来ではなくミラーピースが割られたかつての日だった。
目を伏せて紫鏡の中に居るかもしれない彼女に心の中で謝罪をし、デッドプールに手渡した。

「未来どころか、ずっと同じ過去の光景に囚われてるような気がするよ。」

あの時から異世界の戦場で長い時が立ち、しょうこと共に遠き彼方へ進んでいたつもりだったが、GVが振り返ると被害者が実行人になる分しか進んでいなかった。
あの時別れたアキュラと彼女…彼ら『兄妹』は、未来に進めたのだろうか。それとも、自分と同じように過去の神話<ものがたり>に解答を出そうと藻掻いているのだろうか。

「わかるぜ。」

ふと、寂しさからかつての好敵手を思ったGVだったが、目の前から同意が飛んでくることは意外だった。

「オレもガキの願いをなんてあさひで最後だと思ったんだが…まだまだガキの願いを預からないといけないっぽいな。」

このちっぽけな鏡片に、目の前の少年のマスターが騒ぐくらい大事なものが入っているのは察している。
デッドプールが鏡片を覗き込むと、一人の女性が見えた気がした。
名も知らない少女のようにも見えたし、彼の妻ヴァネッサのようにも見えた。
正しい世界にいてほしい。ヴァネッサの祈りを踏みにじってしまったつもりだったが、案外ずっと彼女の導きで進んでいたのかもしれない。
都合の良い考えかもしれないが、そんな気もしてきた。

「俺ちゃんがこの鏡を正しく使って、何があってもあさひとしょーこちゃんをハッピーエンドに導いといてやるぜ。」

勝ち残るのはあさひだ。デッドプールとしてそれを譲る気はないが、それはそれとして同じハッピーエンドを目指す者として一言ぐらいは良いだろう。
そう思ったデッドプールは、GVの肩に手を置いてこういった。

「だからそんなくよくよすんな、ビリビリスクールボーイ。」

「…ありがとう。」

世界を隔てた英霊同士の付き合いは一日にも満たず、聖杯に選ばれたマスターとサーヴァントとて1か月程度。
そんな短い付き合いでも少年は小鳥を見捨てられず、大人は少年に世界は終わりじゃないと声を掛ける。
きっと誰もが、他人ではいられなかった。
果たしてGVがシアンを己の手で砕くにまで至ったのは、戦い、出会い、語り合った過去の集大成によって己が変化した故なのか。
それとも、より深くより彼と同じ光景が待つ未来へたどり着くための過程に過ぎないのか。
答えはきっと、彼女たちとそれを取り巻く英霊たちが歩く、砂糖仕掛けの道の果てにある。
GVとデッドプールは、マスターたちが待つ道を駆け出して行った。


【二日目・早朝/中央区・高級住宅街(裏路地)】

飛騨しょうこ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り2画
[装備]:なし
[道具]:最低限の荷物
[所持金]:1万円程度
[思考・状況]
基本方針:私達の物語を幸せな結末に。そのためにも、諦められない。
0:ごめんね、ありがとう
1:さとうと一緒に戦う。あさひ君とは、きっといつか戦う。
2:それはきっと"愛"だよ、さとう。
[備考]
※松坂さとうと連絡先を交換しました。

【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(大)、自己嫌悪(大)、松坂さとうへの殺意と憎しみ、そして飛騨しょうこへの困惑と悲しみ
[令呪]:残り3画
[装備]:デッドプールの拳銃(懐に隠している)、着替えの衣服(帽子やマスクを着用)
[道具]:リュックサック(保存食などの物資を収納)
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。そのために、全部“やり直す”。
0:飛騨さん、あなたは――
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:ガムテと協力する。後戻りはもう出来ない
3:さよなら――しお。
4:星野アイと殺島は、いつか必ず潰す。
5:櫻木さん達のことは、次に会ったら絶対に戦う……?
6:あの悪魔を殺す。殺したい、けど、あの人は――
[備考]
※真乃達から着替え以外にも保存食などの物資を受け取っています。
※廃屋におでん達に向けた書き置きを残しました。内容についてはおまかせします。


【二日目・早朝/中央区・高級住宅街】

【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:ほぼ健康、クードス蓄積状態(現在0騎分)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:予選マスターからパクったスマートフォン、あさひのパーカー&金属バット
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
0:お前がそう望むなら、やってやるよ。
1:あさひと共に聖杯戦争に勝ち残る。
2:星野アイ達には必ず落とし前を付けさせるが、今は機を伺う。
3:真乃達や何処かにいるかもしれない神戸しおを始末するときは自分が引き受ける。だが、今は様子見をしておきたい。
4:黄金時代(北条沙都子)には警戒する。あのガキは厄(ヤバ)い
[備考]
櫻木真乃、ガムテと連絡先を交換しました。
※ネットで流されたあさひに関する炎上は、ライダー(殺島飛露鬼)またはその協力者が関与していると考えています。
※現在ガンヴォルト(オルタ)のミラーピースにより交戦ごとにクードスが蓄積されます。

【アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))@蒼き雷霆ガンヴォルト爪】
[状態]:健康、クードス蓄積(現在3騎分)
[装備]:ダートリーダー
[道具]:なし
[所持金]:札束
[思考・状況]
基本方針:彼女“シアン”の声を、もう一度聞きたい。
0:シアン、すまない。
1:マスターを支え続ける。彼女が、何を選んだとしても。
2:ライダー(カイドウ)への非常に強い危機感。
3:松坂さとうがマスターに牙を剥いた時はこの手で殺す。……なるべくやりたくない。
[備考]
※予選期間中にキャスター(童磨)と交戦しています。また予選期間中に童磨を含む2騎との交戦(OP『SWEET HURT』参照)を経験したことでクードスが蓄積されています。
※神戸しおと神戸あさひが、現在交戦関係にあるかもしれないと思っています


時系列順


投下順


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125:彼女の記憶(カナリアノメモリア) 神戸あさひ 133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1)
アヴェンジャー(デッドプール)
125:彼女の記憶(カナリアノメモリア) 飛騨しょうこ 133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1)
アーチャー(ガンヴォルト[オルタ])

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最終更新:2023年02月16日 01:21