「いい加減大騒ぎすんのも疲れてきたよ、俺ぁ」

 いちいち肩を竦める気力もないとばかりに、皮下はそう吐き捨てた。
 鏡世界(ミロワールド)の震撼と、子供達の恐慌した声。
 それはこれまで盤石であった筈の鏡世界が……割れた子供達という組織の基盤が崩壊し始めていることを示唆している。
 そして既に皮下は、現世とこの世界でそれぞれ何が起こっているのかを把握し終えていた。

「新宿は今度こそ壊滅。出撃してた殺し屋(ガキども)はほぼ全滅。
 で、何故だか墨田の霊地で殺し合ってた三馬鹿がこの鏡世界に乱入してきて現在進行形で乱痴気騒ぎを続行中――終わってんだろ、マジで」

 とはいえ、皮下がそこまで激しい胃痛を覚えることは今回に限って言うならばなかった。
 何故なら彼は、そもそもガムテ以外の割れた子供達についてそこまで価値を感じていなかったからだ。
 この局面まで戦況が進行した状況では、覚醒したNPCに出来ることはたかが知れている。
 まして割れた子供達は上位メンバーに限定したとしても、皮下の私兵である虹花のアベレージにすら達せない者が殆どだ。
 それが敵性サーヴァントの宝具によってほぼ一掃されたところで、皮下には然程の痛手だとは思えない。

 あくまでも重要なのは四皇ビッグ・マム。
 彼女をこの界聖杯に繋ぎ止める要石のガムテ。この二人だけだ。
 ガムテの添え物である子供達が消えたとしても、戦術的な損失は軽微の範疇に収まる。

 だからこそ問題は新宿の子供達が鏖殺されたことではなく――鏡世界が安全地帯ではなくなったことの方だったが。
 しかしそれも、異界鬼ヶ島へと繋がる鍵を持つ皮下にとってはさしたる問題ではない。
 鏡世界の反則じみた利便性を放棄するのは惜しいが、嵐が過ぎ去ってからまた戻ってくればそれでいいだけの話だ。
 それにどの道、鬼ヶ島には用があったところだ。
 思惑を挫くことばかり起こってきたこの二日間の中では、まだ比較的心穏やかに受け止められる類の不測の事態であるといえた。

「子供達は逃がせる分は逃しといた。ただ運の悪い奴が何人か、連中の馬鹿騒ぎに巻き込まれちまったみたいでよ……まあそこは勘弁してくれ」

 もっとも、それを子供達の王子である"彼"の前で口走らないだけの分別は皮下にもある。
 彼は――ガムテは大切な同盟相手で、時が来るまでは敵に回したくない核爆弾のスイッチなのだ。
 機嫌取りの一環として、彼の仲間を逃してもやった。多少の犠牲は出てしまったものの、そこを過失と責められる謂れはあるまい。

「……ああ。助かったよ、先生」

 実際ガムテも、皮下を糾弾することはなかった。
 彼にとって割れた子供達の面々が価値の低い雑兵であることは、ガムテにも分かっている。
 彼がガムテへの義理なしに行動していたならば、ただでさえ数少ない生き残りの子供達もその大半が消し飛んでいたことだろう。

「で、何が起きてるか心当たりはあんのか?
 まさかあの婆さんがわざわざ俺の病院を潰しやがった"鋼翼"と、総督がご執心の風来坊が使役してる"侍"を此処に招き入れたとは思えないんだが」
「さっぱり分かんねえよ。ババアが招いたんだとしたら、いよいよボケが始まったんだとしか思えねえな」
「……ま、今は原因について考えても仕方ねえ。
 そら、門を開けてやったから鬼ヶ島に行きな。それとも仇討ちのために現世へ戻るかい?」

 言いつつも、皮下はガムテの変化に気付いていた。
 彼は今、道化の仮面を被っていない。
 その必要がなくなったのか、そうする余裕もないのか。
 多分後者だろうなと、皮下はそう考えている。

 今のガムテの目には、冷たく鋭い殺意の光が灯っていた。
 血統ではなく流血で繋がった仲間達を軒並み殺され――殺しの王子様は憎悪に燃えている。
 直接の下手人は殺せたが、それで収まるほどガムテの殺意は軽くない。
 彼が報復(カエシ)決めんと燃えている相手は、敵連合の頭目。
 死柄木弔……今やサーヴァントすら滅殺し得る力を手に入れた、崩壊の貴公子その人だ。
 すぐにでも現世に向かい、復讐に身を投じたいところだろうなと皮下はそう思っていたが、ガムテはかぶりを振ってそれを否定する。

「――現世に戻るよ。ただ、まだ事は起こさねえ。
 ライダー達がもう一度現世(あっち)に戻るまでは、待機(ステイ)する」
「思いの外冷静なようで何よりだ。流石は殺しの王子様、プリンス・オブ・マーダーだな」

 彼の判断は、正しい。
 死柄木弔はあの時、ビッグ・マムとの対決という窮地を経て"覚醒"した。成って、しまった。
 今やその手は都市すら吹き飛ばし、英霊すら崩す。
 ガムテが如何に最高位の殺し屋であろうとも、挑むとなればどうしても死のリスクが伴ってしまう程に。
 それほどまでに――ただの社会のゴミでしかなかった青年は、今や巨大な存在に変容していた。
 ガムテもその忌々しい事実をよく理解しているからこそ、理性で以って燃え盛る復讐心を自制している。

「"崩壊野郎"は必ず殺す。絶対にオレが刺して殺す。
 けど刺し違えるんじゃダメだ。それじゃ、死んだあいつらに顔向け出来ねえ」

 仇討ちは、あくまでも通過点に過ぎないのだから。
 散っていった彼らのことを思うなら、真に叶えるべきは仇討ちのその先にある――皆が心から笑える理想の未来以外にはないのだから。
 ガムテは人間ではなく将として、歯を砕けんばかりに食い縛りながら正攻法を選んだ。殺し屋としての利口を貫いた。
 賢明なことだと皮下はそう思う。少なくとも、衝動に任せた無策な特攻に走るよりかは遥かにマシだ。
 「立派なもんだよ」と吐いたその言葉はおべんちゃらだったが、激情で我を忘れることがなかった点に対する評価は決して嘘じゃない。

「黄金時代(ノスタルジア)……北条沙都子はもうあっちに行ってんのか?」
「ああ、お友達共々な。せっかくこっちに連れてきたばかりだってのに、とんだ出戻りになっちまったみたいだ」
「了解(りょ)。……なら前言撤回だ、ちょっとだけ鬼ヶ島に行くよ。あいつにも、色々話通してこないとならないから」

 そう言いながら、ガムテは鬼ヶ島へと転移した。
 これで逃がせるだけの人員は逃がし終えた。
 義理立ての一環とはいえらしくない慈善事業に肩貸ししてしまった事実に今度こそ肩を竦めながら、皮下もまた動乱の鏡世界を後にする。
 不可侵だった鏡世界が、三騎の怪物達の抗争によって震撼し、そして破壊されていく。
 子供達の夢と居場所が、脆くも儚く崩れ去っていく惨たらしいその光景に背を向けて。
 皮下は、自身の思い描く"次の一手"を実行に移すべく住み慣れた鬼ヶ島へと移動するのであった。


◆◆


 割れた子供達。
 その大多数が、現世で死亡した。
 少なくとも英霊とすら打ち合える水準(レベル)の上位メンバーは、全員が戦死した。
 ガムテからそう聞かされた沙都子が抱いた感情は、一割の感傷と九割の納得だった。

「……そう。黄金球さんも舞踏鳥さんも、皆――死んでしまったんですのね」

 想像出来た結末ではある。
 いつか訪れるだろう結末が、予定調和のようにやって来た結果というだけでしかない。
 ガムテ以外の割れた子供達は、所詮可能性の器とすらなり得ない木偶の人形に過ぎなかった。
 覚醒を済ませたとしても、自ら運命を掴み取れるだけの力も可能性も備えてはいない。
 そんな彼らが一網打尽に死に絶え、運命の車輪に轢き潰される事態は……沙都子に言わせれば見え透いていたものでしかなかった。

 魔女ならば笑っただろう。
 笑うべきであっただろう。
 だが、沙都子はどうしてか微笑む気にはなれなかった。
 口元が弧を描くことはなく、わずかなりとも確かに彼ら有象無象の死を感傷で以って噛み締めている自分が居ることに気付かされた。

「(馬鹿な方々。自ら火中の栗を拾いに走ったりしなければ、もしかしたら世界が終わるその時まで生きていられたかもしれませんのに。
  可能性も持たない凡夫と端女が……光に焦がされたりするからそうなるんですのよ)」

 彼らと、別段仲が良かったわけではない。
 黄金球は新入りの沙都子にあれこれ世話を焼いてくれたが、精々その程度だ。
 舞踏鳥は終始自分に警戒をしていた印象だし、他の構成員ともろくに関わった記憶はない。
 が、それでも。沙都子にとって割れた子供達という組織が、大なり小なり居心地の良いものであったことは確かだった。
 もしかしたら神の如く運命を弄ぶ魔女としてではなく、"北条沙都子"――"黄金時代"として。
 そこに存在することが出来たかもしれないと、確かにそう思うから。

 一割の感傷はそこから生まれた。
 そしてそれも、彼らの崩壊という現実を前にしてすぐさま消える。
 割れた子供達は、未来に嫌われた北条沙都子の居場所とはなり得なかった。
 その証拠に彼らは軒並み死んだ。死んでしまった。もう二度と、あの団欒が戻ることはない。

「ガムテさんは、どうするつもりなんですの」
「機を見て、死柄木弔を殺す。敵連合とかいう烏合の衆を……オレが王として皆殺しにする」
「"お婆さま"を撃退するような力と武力の持ち主を、そう容易く鏖殺出来ると?」
「舐めんなよ、黄金時代。オレは――オレ達は、殺し屋だぜ」

 ガムテは崩壊の君を許さない。
 自分達の仲間を殺した全てを、認めない。
 彼らが未来へ歩むことを、決して承服しない。

「舞踏鳥は死んだ。黄金球も死んだ。司令、攻手、天使、毒……みんな逝っちまった」

 王子と呼ばれた少年の眦が、細められる。
 彼は鏡世界を経て鬼ヶ島にやって来るまでに、一体の死体に出逢っていた。
 胸に穴を開け、安らかな顔で息絶えていた"彼"。
 それはガムテがこの世界で見初めた……心の割れた子供の一人。

「――神戸あさひも、殺された」

 あさひは自分の相棒を失い、その足を止めた。
 ガムテは彼の手を引くことなく、自分の目指すべき道に向けて歩き出した。
 しかしその矢先、戦場がスカイツリーから鏡世界へ移動するという異常事態が発生。
 やむなく鏡世界へ戻らんとしたガムテは、戻ってきた新宿の地で息絶えた彼と再会した。

 ――その"死"は。ガムテが導いてやれていたなら、防げた筈の"死"であった。
 神戸あさひはガムテにとっていずれ殺すことになるだろう、利害の一致で組んでいるだけの相手でしかなかったが。
 それでも彼の間近で、子供達の英雄のすぐそばで、一人の哀れな子供が息絶えたことは事実だった。

殺島飛露鬼は敵連合の配下に成り下がってた。
 なら奴らを殺さなきゃオレらの報復(カエシ)は終われねえ」
「……死柄木弔さん。ですわね?」
「ああ。オレは――オレ達は、連合を殺す。
 殺して、殺して殺して殺して殺して……殺し尽くすよ。
 そして奴らの屍を足場にして聖杯を掴む。あいつらが描いた夢を、オレが描く未来を、この手で掴み取ってやる」
「そう」

 その言葉を聞いた沙都子は、短く呟いて頷く。
 ガムテは紛れもなく、心の割れた子供達の王だ。
 誰より壊れている彼だからこそ、その役目が務まる。
 十代半ばという年頃にして、殺し屋に必要な技能の大凡を極め。
 それどころかその先……"八極道"はおろか"忍者"さえ殺し得る技を会得し。
 こうして界聖杯の地に立ち続ける彼ならば、きっとその生き様を揺らぐことなく貫いてのけるだろう。

 それを承知の上で、沙都子は静かに見切りをつけた。
 これまでだ。
 割れた子供達の物語は……ガムテという"王"の物語は、この先墜落する以外の未来を持たないと。
 そう分かったからこそ、魔女はともすれば王子の行く先へ続かんとしていたその足を止めた。

「私も応援していますわ、ガムテさん。貴方がその本懐を遂げることを」
「……ありがとよ。ンで――さよならか、黄金時代?」
「まさか。貴方がたとは今後も良いお付き合いをさせていただきたいと、そう思っておりますわよ」
「分かってるよ。でもそれはオレじゃなくて、あのクソババアと、だろ?」

 彼が愛する王国は、既に崩れて落ちた。
 誰も彼もが轢き潰され、路上の染みと化した。
 そしてガムテは自身の同胞を殺した、連合の王を許せない。
 今は牙を収められていても。本人も言っているように、いずれ必ず彼は魔王を殺しに向かう。
 だが、その道中にもはや沙都子は付き合えない。
 いや、そもそも付き合う気などなかったのだが。
 それでも前述したように、沙都子は心の何処かでガムテと――彼のもとに集った子供達に対し、親近感のようなものを抱いていた。

 沙都子もまた、遠いいつかの日に"心が割れた"子供であるから。
 だから、彼らに対して思うところはあった。
 それが人の身に囚われながら、出口のない袋小路の中でそれでもと明日へあがく者に対する憐れみだったのか。
 それとも自分が"もしかしたら"共に歩めていたかもしれない、そんな未来を幻視した故の同調だったのか。
 今となっては分からないが、しかし。

 割れた子供達は壊滅した。
 ガムテが率いる殺し屋の軍勢は、もはや彼以外は単なる烏合の衆でしかない。
 そうなればもう、沙都子にとってガムテの持つ戦略的価値は。
 "四皇ビッグ・マム"という核爆弾を除けば、非常に希薄であると言う他なかった。

「自分で言うのも何ですけれど。私、殺し屋の才能はそれなりにあると思うんですのよ」
「ああ、それについてはずっと聞きたかったんだよなァ。
 お前何から何まで手慣れ過ぎなんだよ。一体どれだけ長い間、殺し殺されの世界で生きてきた?」
「そう大したものではありませんわ。ほんの百年ほどですわよ」

 北条沙都子は確かに割れた子供達に共鳴していたが。
 しかしそれは、沙都子が彼らを切れない、捨て石に出来ないこととイコールではない。
 沙都子はそれが出来る人間なのだ。
 仲間を愛し。日常を寿ぎ。気の置けない友人と過ごす時間に微笑み。

 その感情に嘘を吐くことなく、引き金を引ける。
 故に神は彼女を、人ではなく魔女と認めた。
 百年の巡礼を経て北条沙都子の精神は、遂に惨劇を手繰る者のそれへと。
 望みの目が出るまで無限回サイコロを振り続けられる、上位者の領域へと昇華された。

「けれど私、知っていますの。殺し屋(それ)じゃ本当に欲しいものは手に入れられない」

 山一つをトラップで埋め尽くされたこの世の地獄に変え、特殊部隊ですら一方的に翻弄する発想力。
 百年間の惨劇を自ら追体験して得た圧倒的な経験則。
 手を汚すことをもはや毛ほども躊躇わない、倫理観というチープなセーフティー装置の外れた精神性。
 沙都子は間違いなく、殺し屋の。
 ひいては極道の素質を多分に持ち合わせた傑物である。
 今後も割れた子供達の一員としてあり続けたなら――彼女は必ずやガムテの良き相棒となり、組織を再建させすらしたかもしれない。

 だが、沙都子は既に――ともすれば最初から、気付いていた。
 殺し屋(それ)じゃ自分の望みは叶えられない。
 黄金時代(ノスタルジア)には帰れない。

 どれだけ居心地が良くても。
 共感が出来ても。
 沙都子にとっての"居場所"は、昭和58年の雛見沢以外には存在しないのだから。
 遅かれ早かれこうなっていたことは確実だった。
 ただそれが想定よりも早く、そして沙都子が何一つ干渉出来ない形でやって来たというだけのこと。

「ですから、私は一足先に貴方の国を去りますわ」
「……そっか」

 ネバーランドに、さよならを。
 大元の童話においてピーターパンは、理想郷にそぐわない子を間引いたという。
 だがガムテは沙都子に武器を向けることも、怒気を向けることさえなかった。
 ガムテがやったことは、その顔に薄い笑みを浮かべて隙間の空いた歯を覗かせただけ。

「――腐った大人(ジジババ)になんて誰もなりたくねえ。
 だけど人間ってのは不便なもんだ。生きれば生きるほど、育てば育つほど……不可抗力(モンドームヨー)で腐らされる。
 もちろんオレ達の中に、好き好んで加齢臭(クッセ)え大人になりたがる奴は居ねえ。
 だから、此処に居られなくなっちまった仲間はオレが殺してきた。みぃんな、殺してくれって顔して挑みかかってくんだもんよ、仕方ねえよな」

 割れた子供達のルール
 二十歳を超えれば、卒業せねばならない。
 しかし大人を憎み、大人を殺し続けて生きてきた子供達の中にそれを受け入れる者は……ガムテの知る限りではほぼほぼ居なかった。
 大人になるのを拒んでガムテに挑み、悪童なりの安楽死を受け取る者がほとんど。
 大人になりたいだなんて一言も頼んでいないが――日に日に伸びる身長と年号が変わる度に重なる歳だけは誰にも止められない。
 それはこの世のどんな悪童にも覆せない、決して変わることのない不文律(ルール)だから。

「けど黄金時代、お前は……悪童(ガキ)のまま、オレから去っていくんだな」

 だが、北条沙都子――黄金時代だけは違う。
 彼女は、今でも子供だ。そしてきっとこれからも。
 子供のまま、悪童のままで、割れた子供達という"居場所"から巣立っていく。

 ガムテにとっては、それが不思議と……気持ちよかった。
 悲しみとも怒りとも違う、奇妙に暖かいものが自分の割れた心の中で優しく輝いているのが分かった。 

「で、お前はこれからどうすんだ?」
「さっき言いましたように、当分はまだそちらの"同盟"にお世話になりますわ。
 色々といい具合に煮詰まってきたようですから、私も現世に赴こうかと思っていますの」
「ならよ、死柄木のクソ野郎や連合の構成員を見つけたら連絡頼むわ。その場でブッ殺してくれてもいいけどよ」
「ええ、了解ですわ。連中は私にとっても邪魔ですし、その時はちゃんとお仕事させていただきますわよ」

 沙都子はこれからも、進んでいくだろう。
 彼女の足を止めるなど、きっと誰にも出来やしない。
 それこそ、彼女が固執する黄金の時代そのものが立ちはだかりでもしない限りは。

 ――割れた子供達という巣穴にふてぶてしい顔でやって来た鳥は、悠々と巣穴の外に出て行った。
 ガムテは、殺しの王子様と呼ばれた少年はそれを笑顔で見送るのだ。
 手を振って、その卒業を祝福する。
 それがどんな形であろうとも。
 生きて、前を向いて自分の許を去る子供(なかま)の姿は……ガムテにとって喜ぶべきもの以外の何物でもなかった。

「それでは、またいつか。お互い運が良ければ、また会いましょう」

 くすり、と。
 妖しく笑って踵を返した沙都子の瞳は、紅く輝いていて。
 その変わらない性根(わるさ)を一笑しながら、ガムテも同じく背を向ける。


「――じゃあな、黄金時代(ノスタルジア)」
「はい、さようなら殺しの王子様(プリンス・オブ・マーダー)。貴方の名前……なかなか悪くありませんでしたわよ?」


 悪童は地獄へ。
 魔女は惨劇へ。
 彼らは、それぞれの道に歩いていく。
 これもまた、一つの"お別れ"だった。







「……どういう風の吹き回し?」
「あら、酷い言い草ですわね。助けてあげたのは他でもないこの私ですのに」

 ガムテと別れた沙都子の向かった先で待っていたのは、彼女の意中の人――古手梨花その人だった。
 両手には手錠が填められ、疲労と失血で青息吐息という有様ではあるものの。
 その足は自由を許され、鏡面世界から引き出され鬼ヶ島へと戻されていた。

「私が助け出さなかったら、今頃梨花は化け物達の馬鹿騒ぎに巻き込まれてぺしゃんこでしてよ?
 訝るよりもまずは、ありがとうの一言でも言うのが正しいと思うのですけど」
「どの口で言ってるのよ、馬鹿沙都子。元を辿ればあんたと、あんたの仲間が私をこんなザマにしたんでしょうが」
「数刻前の面会でも言った筈ですわ。
 私の仲間は今も、圭一さんにレナさん、魅音さんに詩音さん……そして羽入さんと、梨花。雛見沢分校部活メンバー以外には居ませんの」

 羽入、という名前を出されたことで梨花の眉が動く。
 古手梨花にとっての最後のカケラでゲーム盤に上がり、共に運命を打ち破った彼女。
 全ての力を使い果たして消えたその名前を覚えている人間は、今や部活メンバーの中にすら居ない。
 にも関わらず沙都子は今、その名前をさも当然のように話題に出した。
 彼女が梨花の百年を全て鑑賞して此処に居るという話は――決して虚実ではないと。梨花は、改めてそう理解して。

「……連行するなら、早くしなさい。
 元気が取り柄のあんたと違ってこっちは満身創痍なの。牢屋の硬い床でも、寝転べるだけずいぶんとマシだわ」
「あら、良いんですの? 今回は貴方にとっても良い話を持ってきましたのに」
「――どういうこと?」

 眉根を寄せて、梨花は疑問符をぶつける。
 沙都子はそれに対し、微笑みながら返した。

「ねえ、梨花。私と一緒に現世へ行きませんこと?」
「――、――。…………、…………は?」

 十中八九ろくな話ではないだろうと、梨花はそう高を括っていた。
 だが沙都子の口から飛び出したその内容は、梨花の想像の斜め上を行くものだった。
 現世へ行く。せっかく抱えた人質を、沙都子と一緒にという条件こそあれど現世に解き放つというのだ。
 あり得ないと、梨花は思う。
 如何に令呪がないとはいえ――現世に出されればサーヴァントとの念話さえ可能になってしまう。
 第一、それ以前に……梨花にはあの"眼帯の男"から受けた"呪い"がある筈ではないか。

「……リップとかいう男から聞いていないの?
 私のこの右腕は、一度皮下に潰された。
 治されはしたけど……その時に不治(アンリペア)とかいう能力を仕込まれてるのよ。
 あんたが私を連れ出してくれたところで、不治が作動して大出血を起こして死ぬことになる」
「リップさんには、皮下先生経由で話を通してもらってますわ。いくつか条件は提示されましたけど、ね」
「……はあ……!?」

 思わず梨花は声をあげてしまうが、それも無理のないことだった。
 自分の存在の理由は、言うなればリップにとっての"決戦兵器"。
 カイドウ及び峰津院大和の使役する鋼翼のランサーを討つための、いざという時の切り札。
 その自分を外に解き放つことに、あのリップが同意した?
 ……あり得ない。そんなの、自分の切り札をゴミ箱に投げ捨てるようなものではないか……!

「みっともないですわよ、梨花。
 天下の部活メンバーともあろう者が、不測の事態にそう取り乱すものではありませんわ」
「……取り乱しもするわ。意味が分からなすぎるもの、こんなの」
「梨花? チェス盤をひっくり返して考えるんですの」
「――魅音みたいなことを言うのね。ゲーム巧者気取りかしら」
「実際、梨花よりはずっと私の方が巧いと思いますわよ? 年季は同じでも、過ごした時間の質が違いますもの」

 いちいち癪に障る物言いをする奴だと思いながらも、梨花は結局沙都子の言葉に従った。
 チェス盤をひっくり返す。つまり、相手の視点から物事を考える。
 リップは間抜けではない。自分という人質を吐き出すことが持つ意味を、分かっている筈。
 分かった上で、古手梨花(じぶん)を手放した――何のために?

「(利用価値がなくなった……? いや、それはあり得ない。
  まだセイバーとの契約は切れていないし、リップのサーヴァントが脱落したとも思えない。
  まさか今現世じゃ既に――セイバーが、あいつの提示してきたサーヴァントのどっちかと戦っている……?)」

 可能性はあるだろう。
 何せ、鏡世界すら無事では済まないほどの激戦が外では起こっているのだ。
 であれば自分の知らないところで、既に武蔵は天下分け目の大一番に臨んでいるのかもしれない。
 いや、だが……。梨花は更に考える。

「(だとしても、私を放り出すのはリスクが高すぎる。
  なのにどうしてリップは、沙都子の申し出に頷いたの?
  いや、そもそも……なんで沙都子は私を連れ出すなんて言い始めたの?
  考えろ、考えるのよ古手梨花……! あんただって、魅音が率いる最強の部活メンバーの一人なんでしょ……!?)」

 自分を焚き付け、脳漿を燃え上がらせ――そして。
 梨花ははっと気が付き、沙都子の顔を見上げた。
 それから口を開く。この難問への回答を、突き付けるために。

「――この鬼ヶ島はもうじき、安全ではなくなる……?」
「ふふ。流石梨花ですわね」

 戦術的価値のある人質を捕らえておくべき場所は、安全ではなくては成り立たない。
 戦火の降り注ぐ塹壕の中に、核兵器のスイッチを握った捕虜を置いておくことは出来ないのだ。
 梨花を外に出せば、確かに念話による意思の疎通がされてしまう危険性は発生するが。
 しかし逆に言えば、梨花に出来ることはそれ以外には何一つない。
 令呪を全て失い、右腕に不治を施され、挙句沙都子に間近で監視され続ける状況。

 武蔵との合流は絶対に不可能だが、直に安全地帯でなくなることが確実視されている鬼ヶ島と。
 万一のリスクはあるものの、場合によっては戦火から逃れることも可能かもしれない現世――。
 この二つを天秤にかけた結果、リップは前者を選んだと。
 そういうことなのだろうと考え梨花は答えを出したが、どうやらそれは正解だったらしい。

 しかし、それを勝ち誇るよりも先に梨花が覚えたのはさらなる疑問だった。
 当然だろう。現世から完全に隔離された異界にある、この鬼ヶ島が――どうして戦場に変わると分かるのか。

「……鏡の世界がああなったから、此処も同じ目に遭うかもしれない。そういうこと?」
「さあ。そこまで教えてあげる義理はありませんわ」
「……。ええ、そうね。私とあんたは――敵同士だものね」
「ゲームの最中に、自分の手札を好き好んで相手に見せるプレイヤーは居ない。そういうことですわ」

 これから、この鬼ヶ島で何が起きようとしている。
 沙都子は、何を考えている?
 梨花は、答えを出せないまま。
 微笑みながら現世へ誘う親友/仇敵に、従うようにして足を前へ踏み出すしか出来なかった。


◆◆


 ずっと思い描いていた計画(プラン)が、一つあった。

 峰津院陣営による襲撃の後始末や、方舟派なる傍迷惑な"善い子"の集団の出現。
 そして港区と墨田区の霊地争奪戦などのゴタゴタにより先回しにされてはいたが、逆に言えば実行に移すタイミングとしては今が一番都合が良い。
 何しろ今は誰も彼もが霊地争奪戦に集中している。
 鬼の居ぬ間に洗濯、というわけだ。
 皮下が悪巧みを練る舞台の名が"鬼ヶ島"であることを思うと、何とも皮肉であったが。

「(界聖杯が言う"可能性"ってのは、何も精神論の話じゃない。
  アーチャーちゃんの言った通り、可能性とは即ちマスターとNPCとを区別するためのデータだ。
  かと言ってNPCに後天的に可能性を芽生えさせたところで、マスターの代用品にはなりゃしない。
  ただ……"栄養価"はずいぶんと変わる。可能性覚醒者は、サーヴァントを肥え太らせる上でこれ以上ない最高の餌になる)」

 ――人口密集地での鬼ヶ島開帳による、覚醒者の大量生産。
 世界の秘密を知らされ、可能性を萌芽させられた哀れな人形達を片っ端から殺し喰らう。
 これによる残存戦力の底上げと、海賊同盟の片割れである四皇カイドウの超強化。
 流動する戦況への対応に奔走する余り、停滞を余儀なくされていた"計画"。
 それを今この時、皮下真は実行へ移すことを決めた。


 ……時は数刻前、カイドウが光月おでんとの決着を着けて東京タワーに向かい始めた頃に遡る。
 鬼ヶ島を降ろし、局面を一気に進めたい。
 その旨を伝えるため皮下が念話を送った際、かの百獣王の返答は実に簡素だった。

『好きにしろ』
『霊地を奪ったらおれも島へ戻るが、あいつらの指揮はお前に委ねる』
『おれの部下を無駄死にだけはさせるなよ』

 快い返事であったのだ、本来なら喜ぶべきなのだろう。
 しかし皮下が覚えたのは悪寒だった。念話として伝わってきたその声は、彼らしくもないひどく乾いたものだったからだ。
 皮下はカイドウのマスターとして、彼が荒れ狂う姿も面倒臭く絡み酒をする姿も何度となく目にしてきた。
 だが、今まで彼が見せたどんな荒々しい姿よりも……あの時聞こえた冷たく乾いた声色が、最も恐ろしく聞こえた。

 ――燃え尽き症候群ってやつかね。
 ま、地雷を踏みたくはないし、深く追及するつもりはねえが。

 肩を竦めて苦笑し、覚えた怖気を振り払って。
 次に連絡をしたのはリップだった。
 あちらは生憎と取り込み中のようであったため、これまたごく簡素な会話にはなったが――結論から言うと彼の返事も承諾。
 古手梨花周りのことを含めたいくつかの条件を提示されはしたものの、特段皮下が渋るほどのものではなかった。
 かくして許可を取る必要のある"身内"には話を通し終え、許可も取り。
 いよいよもって皮下は、彼が構想し密かに洗練させていた"鬼ヶ島"の運用計画を実行に移す準備を整え切った。


 北条沙都子、及び古手梨花。
 彼女達は二人仲良く現世へ向かった。
 復讐に燃えるガムテもまた、現世へ。
 鏡世界から救助した子供達は鬼ヶ島に残っているが、そこまで気を回してやるつもりは皮下にはない。
 最低限配慮しなければならない連中さえ出払わせることに成功したのなら、後は憂いなく事を進められる。

「思えば昨日からずっと、周りの馬鹿に振り回されてばかりだった気がするけどよ」

 ――天才科学者、アルベルト・アインシュタインに曰く。
 第三次世界大戦がどのように行われるかは、彼の頭脳をしても分からない。
 しかし第四次世界大戦については予想がつくそうだ。
 その時、人類が用いる武器は石と棍棒であると。
 彼は人類の行く末を憂いて、そんな予言を残したとまことしやかに語り継がれている。

 そして皮下の、界聖杯を舞台とした聖杯戦争の行く末に対する見立てもまた同じだった。
 霊地争奪戦。及び、それに関連する一連の戦い。
 それらが全て決着した時、そこに残るのは恐らく石と棍棒だ。
 誰もがあらゆる後ろ盾と手札を失い、いっそ原始的とさえいえる戦争の図に還る。

 その中で例外で居られる者があるとすれば。
 それは、今起こっているこの大戦争を制した者を除いて他にはあり得まい。

「そろそろ俺も、勝ちを狙う者らしく動かなくちゃな」

 ――ちょうど、夜が明けた。
 盤面を動かす上で、これ以上絵になる状況も他にないだろう。
 皮下は笑いながら、意気揚々と賽を天高く投げ上げた。
 必ず六が出ると分かっている賽を、数多の命を担保にして。


◆◆◆


 東京都は現在進行形で極めて激しい混乱に包まれていた。
 それもその筈だろう。
 昨日の新宿大破壊を皮切りにして、次から次へと大規模な事件事故が乱発している。
 極めつけは、正体不明の大爆発により世田谷区が丸ごと消滅したことだった。
 民の混乱はもはや最高潮。避難指示は各区の公的機関を中心に行われていたが、一区丸ごとレベルの避難が滞りなく進むわけもない。
 結果、聖杯戦争とはまた別の――巻き込まれた"日常"の方にも大規模な混乱が生じているのだったが。

 所は渋谷区にて。
 無辜の都民達は、皆空を見上げていた。
 星を見上げているのではない。
 朝焼けに染まる空そのものを、見上げているのではない。
 彼らが見上げているのは――渋谷の上空に突如として姿を表した、巨大な"城"だった。


『――あー、あーー。聞こえてますかね。
 えー、突然の不躾な真似を心からお詫びします。
 こうしてでも皆さんに伝えねばならないお話があり、致し方なくセンセーショナルな形を取らせていただいたことをどうかお許しください』


 渋谷区中に存在する、街頭ビジョン。
 そこに突如として、綿毛のような髪型をした優男の姿が映し出された。
 渋谷でこの異常な光景に立ち会った人間の中には、彼の姿や人相について知る者も居ただろう。
 今モニターの中で喋り、頭を下げている男は。
 昨日の"新宿事変"にて――都市の崩壊に巻き込まれ、行方知れずとなっていた"皮下医院"の院長。皮下真その人であった。

『申し遅れましたが自己紹介をさせてください。私は、旧皮下医院院長……皮下真と申します。
 私は恐らく、公的には死んだことになっているのでしょう。
 それもその筈です。私の病院は新宿の一件で倒壊し、私自身も世間では行方知れずの身。
 生存の可能性は絶望的と、そう認定するのが普通です。しかし不肖ながらこの私は、あの災禍を独自の手段によって生き延びておりました』

 などと語られても、大半の人間は理解が追い付きすらしないだろう。 
 新宿の崩壊で行方不明となっていた、犠牲者の一人として数えられていた男が実は生きていた。そこまでなら、まだ分かる。
 しかし今、彼が行っているこれは何だ。
 街頭ビジョンをジャックして、政治家の記者会見まがいの映像を流して……一体何のつもりなのかと。そう疑問を抱くのが普通だ。

『非難されるのを覚悟で打ち明けましょう。新宿区が崩壊した原因は、間違いなく私にあります。
 この東京で水面下で進行していたとある"戦争"の一環で、私は不躾な敵に強襲を受けました。
 私も当然応戦しましたが、その結果として新宿にもたらされた被害は極めて甚大なものでした。
 そう、それこそが皆さんが"新宿事変"と呼ぶ、あの大破壊です。新宿が焦土と化した発端は、全てこの私にあるのです』

 ――途端に、ざわめきと。
 そして怒号の花が咲く。
 されど皮下には、その声が聞こえることはない。

『新宿事変。世田谷区の崩壊。
 過去一ヶ月の間に都内全域で頻発していた、原因不明の失踪事件や数多の未解決殺人事件。
 青き龍を始めとする異常存在の目撃証言、真新しいものであれば新宿区の再蹂躙。
 これらは全て、私達"マスター"の側から説明出来る悲劇です。罪もない皆様の命と日常を勝手に遡上へ載せたこと、私も当事者として慚愧に堪えません』

 それは、聖杯戦争とは無関係な一千万人余りの都民を震え上がらせてきた不穏と災禍の数々。
 科学では説明のつかない殺人と失踪、そしてこの世ならざる生物の目撃談。
 都市伝説と陰謀論が渦巻き、公的機関はだんまりと誤魔化しを貫いてきたそれらに。
 今、皮下真という"暴露人"の口を以って答えが示される。


『我々の戦いが、何の罪もない皆様の命をことごとく踏み潰した。
 その事実を、私は決して無視することは出来ません。
 よって今此処で、この皮下の口から……現在東京都を蝕んでいる争いの正体と、皆様が如何にしてこの世界へ生まれ落ちたか。
 そしてその魂が、命が――何処へ向かうのか。全て、全て、お話させていただこうと思います』


 ……聖杯戦争。
 サーヴァント。
 令呪。
 界聖杯。
 可能性の器。
 聖杯。
 峰津院財閥。
 皮下医院。
 NPC(ノンプレイヤーキャラクター)。
 後天的な可能性の萌芽。
 魂喰い……。


 ……、……。
 …………、…………。
 ………………、………………。


『お分かりいただけましたでしょうか。
 皆様は即ち、単なる仮初の命に過ぎません。
 界聖杯という神が用意した胡蝶の夢、泡沫の幻。
 此処とは異なる世界からこの地を訪れた我々の誰かが、地平線の果てに辿り着けばそれで終わる――舞台装置としての世界で躍る駒なのです』


『信じる方は実に利口です。素晴らしい。
 信じない方は、今すぐ空を見上げてみるといい。
 そこに浮かぶ"鬼ヶ島(もの)"が、あなたの惨めな足掻きを蹴散らしてくれるでしょう』


『――いえ。信じる、信じない。
 そんなものは既に、そう重要なことではないでしょう。
 これを聞いている貴方達は今、世界の秘密を知りました。知ってしまいました。
 "秘密"は広がっていく。"秘密"は伝播する。
 この東京から、"世界の秘密"を知らない人間は直にほぼほぼ存在しなくなる』


『皆様の中には、既に。
 我々が、そして界聖杯(カミ)が、可能性と呼称する観念が萌芽していることでしょう』


『そして、先ほど申し上げましたように。
 後天的に可能性を獲得した人間は、サーヴァントによる魂喰いを行った際に……実に都合の善い餌となるのです』



 ――空。
 浮かび揺蕩う鬼ヶ島から、三つの影が落ちてきた。


 ――それは。
 翼を持つ、仮面の巨漢だった。

 ――それは。
 異常に長い首を持つ、恐竜の如き男だった。

 ――それは。
 長い鼻と牙を持つ、巨像の如き男だった。 


『つきましては、未来の無い皆々様』


 最後に、モニターには。
 皮下真の爽やかな笑みが写り。
 画面が暗転すると同時に、彼の手向けの言葉が響いた。


『残念ですが、さようなら。』


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最終更新:2023年01月12日 23:45