星が、堕ちた。
 輝く一番星をその瞳に宿した女は、凶弾に斃れた。
 煌めく星が凶星に成ろうとした、その矢先のことだった。
 最も無力で、最もこの組織において何の可能性も持っていなかっただろう男が、それを止めた。

 輝くために偽り続けた女。
 されど、たった一つ。
 大切なものを愛することにだけは嘘をつけなかった女。

 彼女が取ろうとした行動は連合に対する紛れもない"裏切り"だったが、しかし経緯に反してその遺体は丁重に安置されていた。
 銃創は丁寧に塞がれ、開いたままの瞼は閉じられて。ご丁寧に空き部屋へ運び込んだベッドの上に寝かされて。
 生前の美しさと可憐さをそのままに残しながら、星野アイは殉教者さながらに弔われている。
 その光景を目の当たりにするなり、帰還した魔王は思わず失笑した。

「とんだ皮肉じゃねえか。なあ、星野」

 裏切り者として蔑まれ、ゴミのように捨てられているならばまだしも。
 こうして道半ばで散った同胞のままとして弔われるなぞ、皮肉としか言いようがないだろう。
 アイは裏切り者だ。この女は連合に弓を引き、その結果詰めの甘さが災いして返り討ちに遭って死んだ。
 自業自得。憐れむ理由はない。実際死柄木弔は、アイの脱落に驚きの念はあれど哀しみは抱いていなかった。

 とはいえ、同じ釜の飯を食って死線を共に超えた仲間だったことは事実で。
 その遺骸へわざわざ罵倒を投げかける気には、どういうわけか不思議となれない。
 自分で思っていたよりも、俺はこいつをちゃんと仲間と思っていたのかと少し驚く。
 アイはともすれば神戸しお以上に、いずれ敵対する――それこそ"裏切る"ことが明らかな人員だった。
 だというのにこのザマか。だとすれば、ますますきちんと選択を下してくれた田中には感謝せねばなるまい。

「最後まで油断ならない女だったな、お前。
 いつか寝首掻きに来るとは思ってたんだけどよ……ついつい絆されちまってた」

 何か一つでも歯車が掛け違っていたなら、アイの裏切りはきっと成功していただろう。
 神戸しおが外の世界を知り、他人を見ることを覚えていなければ。
 田中一が他でもない星野アイその人との会話を経て、自分にとって敵連合がどういう場所であるのかを自覚していなければ。
 しおは死に、少なくとも敵連合と呼ばれる組織は壊滅状態に陥っていただろうことは想像に難くない。

 アイの敗因はひとえに巡り合わせの悪さ。
 彼女の嘘が通らない、言葉では揺るがすことのできない成長を、連合の構成員達が経てしまったこと。
 それが彼女に途中下車を許さなかった。
 要するに、アイは詰んでいたのだ。
 何も行動することなく待っていたならば、彼女も含めて魔王の温情に預かることも不可能ではなかっただろうが――

「わかるよ。お前、それを許せる女じゃないもんな」

 星野アイは、欲張りな女だから。
 一番大切なものを妥協することは決してしない。
 もっと身も蓋もないことを言うのなら、彼女は真面目すぎた。
 確実な勝利のみを求めてしまったから、連合の成長と共にどんどん身動きが取れなくなっていった。
 その結果、あの場で――死柄木弔が不在であるという最後の好機(チャンス)に飛びつくしかなくなってしまった。

 そしてアイは賭けに敗れ、全ての命運を取り立てられて脱落した。
 顛末だけを見れば、愚か。嘘を吐き続ける女が雁字搦めになって、端役に撃たれて退場する喜劇。
 なのに最後まで自分の生き方に一本線を通し、勝利に向けて歩み抜いたその亡骸は何処か神々しくさえあって。
 死柄木弔はそれを見て初めて、"偶像(アイドル)"というのがどういう概念なのかを理解した。

「はは。あいつらもこうなのかな。
 だったら厄介だな。同盟とか言ってないで、さっさと潰してればよかったか……」

 輝きながら生きる者。
 己の輝きを、貫く者。
 少なくともこの聖杯戦争における偶像(かのじょ)達は、そういうものなのだと。
 遅れながらに死柄木弔は、星野アイの物言わぬ骸を前にして悟り。
 礼を言うように身を屈め、眠るアイの額に右手で触れた。

 刹那。鼓動消えたアイドルの身体に亀裂が走り、艷やかな髪も美貌も白い肌も、何もかもが灰になって崩れていく。
 死体が傷むのを嫌ってか、開け放たれていた窓。
 そこから入り込んだ風が、アイの灰を巻き上げて、つむじ風で夜の街へと攫っていった。
 きらびやかな星空の果てに。星野アイだったものが――消えていく。


「じゃあな、アイドル。俺はお前のこと嫌いだったぜ」


 餞別の言葉も弔いもこれで充分。
 裏切り者に手の込んだ手向けの言葉を贈るというのも妙な話だし、自分と彼女はそういう関係ではないとそう思っている。
 厄介な女だった。その厄介さの意味を、全てが終わるまで自分に悟らせなかったところも含めてだ。
 葬儀屋でもない素人の止血では不十分だったのか、寝台のシーツへべっとりと染み込んだ血痕が目に入った。

 死柄木は小さく笑う。
 過去を見る時間は此処まで。
 此処からは未来だ。
 鬼が裏切り、狂女と共に消え。
 現人神は討ち死にして、偶像は夜風に消えた。
 連合を育てた"犯罪卿"はライヘンバッハならぬラグナロクの滝へ。

 もはや敵連合の戦力は自分とチェンソーのライダーのみ。
 そろそろ、"連合"を名乗るには苦しい人数になってきたと言えるだろう。
 だからこそ、死柄木は一計を案じた。
 戦力を増やしつつ、優秀な仲間に報いる理想の一手だ。
 今の自分は、もはやただ壊すのみの敵(ヴィラン)ではない。
 生み出し、与えることすら自由自在の――魔王なのだから。


◆◆



「ようやく分かったよ、アイドル。お前らがどういう生き物なのか」

「こっちからしたら正気を疑うような歯の浮くような台詞も歌詞も、お前らは全部本気で言って、歌ってたんだな」

「光り輝くこと。輝きながら、生きること。
 蝋の翼を燃やしながら、ちっぽけな人間の躰で皆を照らす太陽になると吠えること」

「お前ら、全部本気でやってたんだな。
 何の力もない無力で非力な常人共が、この状況に置かれて尚そんな世迷言を貫こうとしてたんだ。
 はは、はははは、はははははは」


「――イカれてる。狂ってるよ、お前ら」

「だけど認めてやる。その狂気は、油断ならない"光(ヒーロー)"のそれだ」

「お前らは、魔王(おれ)の敵に値する。
 誠心誠意全力で、欠片一つ残さず消し飛ばしてやるとも」



「ところで」

「欲張りは、何もお前らの専売特許じゃない」

「俺達ヴィランだって同じさ。一つ手に入れるとまた次が欲しくなるんだ」

「俺はお前らを認めてやった。だから、お前らが欲しくなった。そこでだ」










「――――星を、ひとつ造ってみた。」

「お前らなりに言うなら、プロデュース、っていうのかな?」



◆◆


 死柄木弔が、帰ってきた。
 ゲーム大会は中断せざるを得なくなった。
 強迫観念のように、誰一人喋らない部屋の中で響き続けていたボタンの音も今や止まり。
 テレビ画面から、場違いな陽気なメロディがただ延々ループするばかりとなっている。

「……なあ、おい。死柄木――お前さ」

 一通りの報告と連絡を終えて。
 最初に口を開いたのは、デンジだった。
 その顔に貼り付いている表情は、何とも形容のし難いものだ。
 飲み下せない感情が、言語化のできないもやもやが渦巻いている。

「サーヴァントの俺がこんなこと言うの、マジでおかしいと思うんだけどよ」

 しおは、デンジとは違って何か考えているような様子で。
 田中はもっと酷い。目を見開き、小さく息を切らして震えている。
 なんでさっき以上に地獄の空気になるんだよ、と吐き捨てたい気分だった。
 それもこれも、全て悪いのは死柄木だ。
 肝心な時に居ないと思ったら、帰ってくるなりとんでもないことをしてくれた。

「お前……人の心とか、ねえの?」

 ――死柄木弔は、一人では帰ってこなかった。
 二人で帰ってきた。そしてそれは、デンジやしおから最近執事のように扱われているハゲ社長こと四ツ橋力也でもなかった。
 知らない奴だったが、知らない顔ではなかった。
 むしろ真逆だ。この場に居る全員、彼女のことをよく知っていた。
 忘れるなんて、無理だ。思い出にするのにだって、まだ時間が要る。
 それは、ついさっき。本当についさっき、命の灯火が消えるのを見送った相手だった。

「田中のサーヴァントをどうやって調達するか、ずっと考えてたんだよ。
 目障りだった峰津院財閥の関連施設を平らに均しながら、どうしたもんかとな。
 今の局面からマスターを殺してサーヴァントを奪い取るってのは正直現実的じゃない。
 現に星野はその見通しが立たないから痺れを切らしたってのも無くはないだろ。まあ、裏切る気持ちも分かるよ」
「だからって、よ……お前さ、それは……アレだろ。ちょっと、違うんじゃねえの」
「何も違わないさ。"熱"と"才能"は使いようだ。それなりの量(たましい)を注ぎ込んで造ったから、性能だって保証するぜ」


 あの時。
 女子トイレの中で、響いた銃声。
 崩折れる、ついさっきまで仲間だった彼女。
 目の前で息絶えた、強くしたたかなアイドル。
 星野アイ。しおも、デンジも、田中も、確かに仲間だと信じていた相手。
 それは、もしかしたら今でさえ変わらないのかもしれない。


 そんな彼女が、立っていた。
 ゲームを一緒にしていた時と変わらない笑顔で、そこにいた。
 自分のせいで空気がおかしくなったことを気まずそうにしており、人間味だって前と寸分変わらない。
 けれど。けれど。今、全員の視界に存在している"この"星野アイの躰には、傷がなかった。
 額も、腹も。傷一つなく、服には血の一滴たりとも滲んでいない。
 だから、全員が断言できる。これは、違うと。
 これは、星野アイではない――あの時、あの女子トイレで死んだ、一番星を瞳に宿す女ではないと。


「星野の血に、ババアの力で魂を与えた」


 現に『アイ』の瞳に星の輝きはなく。
 それが、彼女が一番星の生まれ変わりでないことを物語っていた。


 遡るはスカイツリー決戦。
 死柄木弔はビッグ・マムを討ち倒して龍脈の力を簒奪すると共に、女帝の心臓を介して彼女が持っていた悪魔の実の能力をも"継承"した。
 天候を従える女。その二つ名を支えていた、マムの能力――魂の徴収と付与。その力が、新たなる魔王の懐に収まった。
 彼は"先代"に比べて保有する魂の絶対量もたかが知れていたが、そこは龍脈の力がカバーする。
 龍脈の龍。莫大な容量の魂を保有するそれが死柄木本来の魂量にプラスされることで、"当代"は先代にも劣らぬ、魂の操り手として完成された。

 手始めに炎のホーミーズを造り。
 死柄木は、さて次はどうしたものかと考えた。
 雷はそう簡単にお目にかかれるものではないし、黒羽などは手に入れる手段に見当も付かない。
 そこで彼が思い付いたのは、ごく単純で、そして彼らしい発想。
 元の世界で自分の旗の下に集い、共に戦ってきた連合の仲間。
 "炎"に続く第二号のホーミーズも、それになぞらえて造ろうと考えた。

 だから"血"は欲しかった。元々造るつもりだった。
 その矢先に、アイの死体と対面し。
 彼女達(アイドル)の強さと、狂気を理解した。
 そこで、死柄木の中で一つ歯車が噛み合った。

「ちゃんと仕事した部下には、報酬をくれてやらなきゃ駄目だろ。
 ちょうど、サーヴァントを用立ててやる約束が宙ぶらりんになってたとこだしな」


 ……斯くして、血のホーミーズは誕生した。

 いや、そう呼ぶのはあまりにも無粋だろう。
 これは、死柄木の知る"血"のように残酷でも無邪気でもない。
 眩く、燦然と、輝きながら生きて戦う、そういう女のかたち。

 星野アイの死んだ世界で。
 その死を以って、彼女は伝説になった。
 道半ばで非業の死を遂げた美女として、アイは神格化された。
 人として生まれながらに。彼女は、神になったのだ。
 そしてこの世界でも同じようにアイは命を落とし。
 その死後に、形を失くした彼女という神を象る新たな偶像が産み落とされる。


 ――偶像のホーミーズ。
 ――『アイ』。


「報酬は、こいつでいいか? 田中」


 その言葉を最後まで聞く前に、田中は駆け出してしまった。
 部屋を飛び出して、足音は瞬く間に遠ざかっていく。
 それを困ったような顔で、『アイ』が追いかけていった。
 部屋に残されたのは三人だけ。死柄木と、デンジと、そしてしお。

「お前、もしかして本当はアイさんのこと好きだったのか?」
「おいおい。俺が当てつけでやったとでも思ってんのか」
「誰だってそう思うだろうよ。昨日の今日どころじゃねえんだぞ」
「勘違いするなよ、チェンソーマン。俺は星野アイの隠れファンだったわけでもなきゃ、仲間を殺したあいつに腹立ててるわけでもねえ」

 死んだばかりの仲間、それも裏切りを画策した末の粛清で散った相手。
 その生き写しのような戦力を造り、あろうことか殺した張本人にあてがう。
 確かにやっていることだけ見れば、当てつけか皮肉と思われても不思議ではない。その自覚は、死柄木にもある。

 だが――大きな力を得ることは、時に人を成長させる。
 そんな小さな悪意はもはや、犯罪卿も太鼓判を押す悪の魔王として大成した彼には無縁の代物だった。
 死柄木は成長し、他人を見て評価する目を身に着けた。
 奇しくもそれは、神戸しおと同じように。
 しおへ視線を向け、目と目が合う。
 彼女は既に、死柄木の言いたいことが分かっているようであった。

「けどあいつという人間のことは評価してる。
 だから、ただ失うのは惜しいと思ったんだ。
 偶像(アイドル)の力は、こんなにこじんまりとしちまった今の連合(おれたち)にとって大きなプラスになる」 
「……あんな終わりにはなっちまったけど、アイさんはすげえ人だった。
 俺だって、できるならアイさんに死んでほしくなんてなかったぜ。
 でもあの人、多分誰が何を言っても止まらなかった。そういう目をしてたんだ、あの時のアイさん」
「……、……」
「だから、お前の言いたいことは……まあ、分かるぜ。
 けどよ、せめて見た目くらい――その。田中のこと、考えてやっても良かったんじゃねえの?」
「お前なあ」

 死柄木は呆れたように鼻を鳴らした。

「使ったのはあいつの血だぞ。
 あの女が、"星野アイ(あれ)"以外の見た目になると思うか?」
「……………………、思わねえ、かも」
「だろ? だからあれでいいんだよ。それに」

 星野アイは自分を最高のアイドルと信じていたし。
 一つの事実として、そう知っていたのだろう。
 だから彼女の血で造った『アイ』は、死柄木が何か弄るまでもなく『星野アイ』の生き写しになった。
 一番星を宿していた、その瞳以外は。

「田中(あいつ)は多分、突き抜けた時が一番強いんだ」
「……まあ。確かに、追い詰められたら何するか分かんねえとこはあるけどよ」
「あいつが俺に、連合に尽くしたいって言うなら、そう成って貰った方が互いにとって都合がいいだろ」
「何だよ、さっきから。ジジイの職業病(ビョーキ)でも感染ったんじゃねえのか」
「一ヶ月もマンツーマンで教えられてきたからな。流石に多少影響受けた自覚はある」

 ああはなれないし、なる気もないけどな。
 そう言って、死柄木はデンジとの会話を切り上げた。
 デンジとしても、こうまで言われてしまってはもう何も言い返せない。

 そも、死柄木のやっていることは戦略として見れば至極正しいのだ。
 戦力の補充。同盟相手への戦力供給による、第二の裏切りが起こる可能性の排除。
 そしてその役を星野アイを象った『アイ』に担わせることで、意思伝達の円滑さも担保する。
 連合を最も端的に、かつ確実に強化する上では、間違いなく妙手であると言ってよかった。
 頭の中の、多分良識と呼ばれるだろうその辺りの部分が多少の疑義を呈してくることを除けば、別段声高に反対する理由もない。
 死柄木がきちんと、此処まで考えた上でやったことだというのなら尚更だ。

 敵連合は彼の組織。彼を王とする、悪の連合。
 魔王がそれでいいと言うのならば、それが戦術として間違っていないのなら――異を唱える理由はそうないのだから。


「――とむらくん、なんかかわったね」

 とてとて、と駆け寄ってくる小さなシルエットがひとつ。
 神戸しおだった。ずっと口を挟まず黙っていた彼女が何を言うのかと思えば。
 その言葉は、数時間前。彼女がアイに言われていた言葉の写しだった。

「なんかこう……、ちょっとやさしくなった?」
「小首傾げるくらいならパクるなよ。マセガキが」

 優しくなった、というのはきっと違う。
 死柄木弔という人間の本質は、最初から今までずっと変わっていない。
 あるのは憎悪。破壊への渇望。全ての秩序を壊さんとする、敵(ヴィラン)の素養。

 ただ一つ。そこに付随していた、社会の犠牲者――憐れな子どもとしての顔だけが、丁寧なお膳立てと教育で鳴りを潜めた。
 それはきっと、ジェームズ・モリアーティが彼を魔王として完成させる過程で行った舗装の一つだったのだろう。
 被害者意識と泣きじゃくる子どものような弱さ、ある種の無垢さを、連続した成功体験と実際に得られた莫大な力で掻き消した。

 そしてそんな教育は、師であるモリアーティの退場によって真に完成したと言っていい。
 悪のクライム・コンサルタントの庇護を卒業して羽ばたき始めたことで、彼の中に漲る悪の衝動は全てが思いのままその掌中に収まった。
 故にこれは、真の意味での魔王。ヴィラン・死柄木弔ではなく、彼を最初に見初めた巨悪のそれに近い性質を宿す新時代の"皇帝"だ。
 力は余裕をもたらし。自由は、視野をもたらす。
 死柄木は人を見ることを覚えた。偶像の可能性、ちっぽけな駒の価値、それを知った上で下す手が、たまたま傍から見れば"優しくなった"ように見えるというだけ。真実はほんのそれだけだ。

「みんな変わっていくんだね。アイさんも、そうだったし」
「お人好しだな。殺されかけといて、そんな顔するなよ」
「……するよう。だって私、アイさんのこと、好きだったもん」

 しおは笑っていたが、そこには微かな寂しさが滲んで見える。

「アイさん、優しかったし。かわいくて、声もすっごい綺麗で」
「浮気か?」
「ちがいますっ。もう、そういうこと言うと女の子に嫌われちゃうんだよ!」
「心配すんなよ。多分もう死ぬほど嫌われてるぜ、主にどこぞのアイドル集団とかから」

 しおはこほん、と咳払いをする。
 一体何処でそんな仕草を覚えたのか。
 一番変わったのはお前だろ、と死柄木は思った。

「……とにかく、すてきな人だったなあって。
 アイさんは私を殺そうとしたけど、それでも私、アイさんのこと……なんか、嫌いじゃないや」

 しおは、アイという女のことをそう述懐する。
 彼女は確かに自分を殺そうとしたし、自分はデンジに頼んでそれを止めさせた。
 彼女が死んだのは、彼女自身が起こした行動の顛末でしかない。
 なのにしおの中では今も、アイの面影や言葉が、優しくておちゃめな、素敵なお姉さんのそれとして残り続けていた。

「俺もアイさんのことは好きだぜ、今もよ」
「急に入ってくんなよ」
「あ~~俺ぁ男のクレームは聞こえねえんだ。悪いな」

 思い返すと。
 自分は、みんなのことが好きだった。
 しおはそう思う。

 "叔母さん"は此処でも変わらず、楽しくてしおの気持ちを分かってくれる人だったし。
 "ライダーさん"は呼び方がちょっと紛らわしかったけど、子どものしおにとても優しくしてくれた。
 "えむさん"は色んなことを教えてくれたし、"とむらくん"とも会わせてくれた。
 "ガムテくん"とは最後まで敵同士だったけれど、もっと話してみたかったな、という気持ちが今もある。
 "お兄ちゃん"だって、たぶん嫌いではなかった。一緒には生きられなかった、ってだけで。
 そして"アイさん"のことは、さっき言ったように今だってぜんぜん好きなままだ。

「なんか、さ。やっぱり」

 ふう、と息をついて。
 もう戻らない人達の名前を脳裏に並べながら。

「お別れするのって、さびしいや」

 大好きなさとちゃんと会えて。
 心は、確かに今にも踊り出しそうなくらい昂ぶっていた筈なのに。
 横たわって動かないアイの姿を思い出すと、なんだかその気持ちも萎んでしまう。
 愛だけが。愛だけが不変なのだと、その真理を炉心にしていなければ、もっとブルーになってしまいそうだった。
 そんな、しおの言葉に。

「あいつら、こっちの事情なんてお構いなしにホイホイ居なくなっからな。いちいち気にしてたら胃に穴空くぜ」

 デンジは、三人で暮らしていた頃のことを思い出した。
 自分が居て、兄のような彼が居て、妹のような彼女が居る。
 当たり前だと思っていた、いつまでも続くものだと勝手にそう思っていた、もう戻らない幸せの団欒。


 ――そうだ。いつかはみんな、終わるときが来る。

 別れは、いつだって突然にやってくる。
 思えば何もかも、奪われてばかりの人生だった。
 英霊の座のクソみたいな判定によって、今此処にあるこの霊基は――支配の悪魔を殺した頃の情報で止まっているが。
 きっと多分、その先もそんなだったのだろうなとデンジは思う。
 神様はよほど自分のことが嫌いらしい。そう思ってばかりの人生だったから。

 とはいえ。
 だからこそ。
 しおはきっとそうではないと、そう思うこともできた。

 何しろ自分があのくらいの歳だった頃は、まさに不幸の絶頂だったのだ。
 それに比べたらしおはずいぶんと恵まれている。育ちだって悪くない。
 おまけに将来を誓い合う相手が居るだなんて、デンジに言わせればそれはもはやけしからんの領域であったし。

「まあ、なんだ。あんま気にすんなよ。
 まだ俺も、この馬鹿も居るんだしよ」
「一緒にするなよ。消し飛ばすぞ」

 肩を小突かれて、チッと舌打ちをしつつも。
 死柄木がその脳裏に描くのは、崩れ去り、何もかも残らなくなったかつての生家だった。
 妹も、祖父母も。母親も。愛犬も。そして、   。


 ――お別れするのって、さびしいや。

 つい今しがた紡がれた、幼い少女の言葉。
 それを少しの間噛み締めて、すぐに鼻で笑った。


◆◆


 惨めな姿だった。自分でもそう思った。
 場所は廊下の突き当たり、行き止まり。
 蹲って、みっともなく吐き散らして、顔は涙と汚物で汚れている。
 そんな田中一の後ろから、足音が響いた。
 やめろ。来るな。来ないでくれ。頼むから――
 彼の懇願をよそに、その声が溢れ、鼓膜を叩く。

「田中」
「――――っ!!」

 振り向くなと、そう本能は絶叫をあげていたが。
 身体は言うことを聞かず、自然と声の方を向いていた。
 そして田中は、予定調和のように自分の行動を悔やむ。
 ああ、やっぱり振り向かなければよかった。
 ずっと蹲って下を向いていれば、こんなもの、見なくて済んだかもしれないのにと。
 悔やみながら、しかしもう二度と目を離せない。

 "そこ"には、女が立っていた。
 此処に居る筈のない女が、微笑みながら立っていた。
 美しい女だった。生前と、ほとんど何も変わらない。まさに生き写しのような姿をしていた。
 その美しさが、涙と汚物と汗にまみれた汚い田中の姿とひたすらに対照的だった。

「……なあ、なんでだよ。
 なんで、あんた……お前、そんな顔……俺に、そんな顔、するんだよ」

 星野アイ。
 彼女の血を使って造られた、偶像のホーミーズ。
 頭では、これは『アイ』であってアイではないのだと分かっている。
 自分があの時撃ち殺した女とは似て非なる存在なのだと分かっているのだ。
 なのに、頭の中からあの時の景色と感情が離れてくれない。

 ――いや。
 同じでも、いいのだ。
 その筈だ。その筈なのだ。
 だって彼女は、死柄木弔の、敵連合の敵だから。
 死んで当然だ。殺すしかなかった。仲間を裏切るような奴を生かしておくわけにはいかない。
 後悔など誓って微塵もない。
 もう一度あの時に戻れたとしても、自分は必ず同じ行動を取るとそう断言できる。

 それでも、それでも。
 自分に向けられたその笑顔だけは、我慢ができなかった。

「呼んでただろ。アクア、ルビー、って。
 あれ、名前だろ? 彼氏か、友達か、きょうだいか、子どもか、分かんないけどさ……」

 田中は、アイを殺したことを後悔していない。
 だが、彼女にはどうしても生きて帰る必要があったのだろうというそれだけは理解できていた。
 今際の際に呼んでいた、名前であろう言葉。
 それが、命を賭してでも叶えたい願いの欠片だったのだろうと。
 その言葉を、田中はしっかりと聞いていた。
 聞いていたからこそ、受け入れられないのだ。

 目の前にある、その顔が。

「帰りたかったんじゃ、ないのかよ。
 俺はそんなあんたを、撃ち殺したんだぞ……。
 銃で、撃ってっ、アイドルのあんたを、トイレの床なんかで、無様に――死なせたんだ」

 ――田中一は人殺しだ。
 これからも、王が望むならばその手を血で染めるだろう。
 一度外れてしまった箍は、もう戻せない。
 吉良吉影のように、彼へ"ただの凡人たれ"と現実を見せる者ももう居ない。

「そんな俺に、笑うなよ。
 あんたは……"星野アイ"は、そんな顔、しないだろ……。俺には、俺にだけは……」

 それでも。
 だとしても。
 罪の重さは、万人に対して平等だ。

「大丈夫だよ。恨んでなんかない」

 そんな田中に、アイは、『アイ』は、なおも微笑む。
 偶像崇拝。死んで神になった女の、生き写し。
 故にその微笑みは、星野アイそのものだ。


「"それ"は――――私のものじゃないから」


 田中はこの時、理解した。
 たぶん、産まれて初めて。
 命の重さというものを、理解した。
 だからどうなるというわけじゃない。
 今更、歩むと決めた道は変えられない。
 憧れた魔王に報いたい気持ちは衰えることなく健在で、死ぬことへの恐怖さえもが使命感の前に鈍麻している。

 それでも。
 理解だけはしたのだ。
 同時に、悟った。
 もう二度と、『田中革命』は起こらないと。

「行こ、田中」

 ――この罪(きず)は、そんな逃避すらも自分に許してくれないのだと。
 そう、理解した。

「みんなが待ってるよ」

 自分が殺した女の顔が。
 二つの宝石と、一人の女/母を永遠に離別させた罪のかたちが。
 星の消えた、その瞳が。
 罪の傷痕(スティグマ)のように、田中をただまっすぐに見つめていた。


【中野区・デトネラットのビル/二日目・午前】

【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:継承、サーヴァント消滅、肉体の齟齬(9割方解消)
[令呪]:全損
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
0:敵連合拠点に帰還し、今後の行動を決める。
1:勝つのは連合(俺達)だ。
2:全て殺す
3:禪院への連絡。……取り込み中か?
4:峰津院財閥の解体。既に片付けた。
5:以上二つは最低限次の荒事の前に済ませておきたい。
[備考]
※個性の出力が大きく上昇しました。
※ライダー(シャーロット・リンリン)の心臓を喰らい、龍脈の力を継承しました。
全能力値が格段に上昇し、更に本来所持していない異能を複数使用可能となっています。
イメージとしてはヒロアカ原作におけるマスターピース状態、AFOとの融合形態が近いです。
それ以外の能力について継承が行われているかどうかは後の話の扱いに準拠します。
※ソルソルの実の能力を継承しました。
 炎のホーミーズを使役しています。見た目は荼毘@僕のヒーローアカデミアをモデルに形成されています。
 血(偶像)のホーミーズを造りました。見た目と人格は星野アイ@推しの子をモデルに形成されています。今は田中に預けています
※細胞の急激な変化に肉体が追いつかず不具合が出ています。後少しで完調します。

※峰津院財閥の主要な拠点を複数壊滅させました。

【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(小)、決意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんと、永遠のハッピーシュガーライフを。
0:永遠なのは、きっと愛だけ。
1:――いってきます。
2:とむらくんについても今は着いていく。
3:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。
4:ばいばい、お兄ちゃん。おつかれさま、えむさん。
[備考]

【ライダー(デンジ)@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:しおと共に往く。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
0:昔もあったな。何かが終わっちまうの。
1:今は敵連合に身を置くけど、死柄木はいけ好かない。
2:こいつ、マジでな……人の心とかねえのか?
[備考]
※令呪一画で命令することで霊基を変質させ、チェンソーマンに代わることが可能です。
※元のデンジに戻るタイミングはしおの一存ですが、一度の令呪で一時間程の変身が可能なようです。

【田中一@オッドタクシー】
[状態]:サーヴァント喪失、半身に火傷痕(回復済)、精神的動揺(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(4発、予備弾薬なし)、蘆屋道満の護符×3
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]基本方針:『田中■■(プルス・ケイオス)』。
0:…………。
1:敵連合に全てを捧げる。死柄木弔は、俺の王だ。
[備考]
※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。
※アルターエゴ(蘆屋道満)から護符を受け取りました。使い捨てですが身を守るのに使えます。
※血(偶像)のホーミーズを死柄木から譲渡されました。見た目と人格は星野アイ@推しの子をモデルに形成されています。
 死柄木曰く「それなりに魂を入れた」とのことなので、性能はだいぶ強めです。
 実際に契約関係にあるわけではありません。



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最終更新:2023年07月29日 04:20