142 :vqzqQCI0 :2008/07/30(水) 23:08:47.95 ID:.W.gFTo0
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どんだけ☆エモーション(その4)
俺は買い物袋で自分の顔を隠しつつサトシの様子をうかがう。 サトシと実由が家の玄関前で立ち話をしているようだ。
「誰も居なかったから帰ろうかな、と思ったけど丁度良かったよ。」 「みんなでお買い物行ってたんだよね。色々買わなきゃならないものがあったからね。」 「ふーん、そうなんだ。みんなって言う事はヒロアキも一緒なの?」 サトシはキョロキョロと辺りを見回す。 「サトシくん、お姉ちゃ…いや、お兄ちゃんにどんな用なの?」 実由はちらりと俺の方を見る。 「…」 俺は荷物を持って固まったまま「俺は居ない!」ことを 実由に目配せする。 「分かったわよ」という表情で応える実由。 一応は実由も俺の状況を考えてくれているようだ、ちょっと安堵する。 「ウチの高校が試験期間に入ったからサ、あいつの為に試験勉強の足しになればと 一応ノートをまとめてきたんだ。」 サトシはノートを見せる。 「サトシくん、相変らずデキるオトコだよね~、ウチのお兄ちゃんとは大違いだよ。 どうしてこんなに外見、運動、勉強、人格全てにおいて完璧超人なサトシくんと お兄ちゃんが親友なのか、あたし理解できないよぉ。」 ニヤニヤしながら俺の方を見る。 うるさい、実由。大きなお世話だ。 それにしてもサトシ、お前って奴は律儀というか何というか…。
「あらぁ~、サトシちゃんじゃない~、こんにちわ~」 母さんは車庫から戻ってきた。 「こんにちは、晴子さん。そろそろ”ちゃん”付けは厳しいんですけど。」 サトシは俺の母さんのことを晴子さんと呼ぶ。 どうやら母さんがサトシにそう呼ばせているようだ。 「おばさん」と呼ばれるのが嫌らしいけど…何を今更というか …って、やば。母さんが俺を見てるよ、とびっきりの笑顔でwwwwww ううっ、脳内ナレーションが読まれてるよ…。 「サトシはね~色々用事があって居ないのよねぇ~」 「…そうなんですか。それなら仕方無いです。さっきから携帯をかけているんですが 連絡取れないのは用事のせいですかね。」 そうなんだ。ショッピングセンターの帰り際からサトシから俺のケータイに連絡が 何度か来ていたのは知っていた。だけど、こんな状況だったからずっと無視していたんだ。 「ふ~ん、そうなの~? ここの所あの子も忙しくなってるからね~、お父さんの お手伝いとか何やらで~」 流石、母さん。 母さんの頭の中にはもう既に俺の今後の展開が作られているようで サトシにも今の俺の存在を教えるつもりは無いようだ。 ハッキリ言ってありがたい。
143 :vqzqQCI0 :2008/07/30(水) 23:10:11.90 ID:.W.gFTo0
「はぁ…、そうなんですか。それじゃ仕方ないですね。 俺帰りますけど、このノートヒロアキに渡してもらえますか。 あいつの試験勉強の参考になればと思って持って来たので。」 「 サトシちゃんったら~もう! なんていい子なの~! ホント、ヒロちゃんには勿体無いくらいよ~!!」 「うわわっ、は、晴子さん! こんな事で感激されても俺困るんですがっ!」 思わずサトシを抱きしめる母さんに対し、抱きつかれて慌てるサトシ。 って、いきなり何やってんだよっ! 母さんは!! サトシが顔を赤らめつつ、困惑の表情であたふたしている。 「やだぁ、サトシくんったら照れちゃって可愛いんだぁ♪」 実由は二人のそんな様子を見てニヤニヤしている。 って、そこは笑うところじゃなくて止めるところだろ、実由は!! 「~っ、もう!!」 俺は思わず荷物を置いて母さんとサトシのところにダッシュで行くと 二人を引き剥がした。 「あら~?」 「? ん? あれ?」 意外な表情を浮かべる母さんと俺を不思議な表情で見つめるサトシ。 実由も俺の意外な行動に目を見開いている。 「…」 俺は衝動的とは言えども自分の起こした行動にワケが分からなくていたが、 ふと正気に返ると黙り込んでそっぽの方を向く。 何でこのような行動を起こしたのかは俺自身分からなかったが サトシに抱きつく母さんの姿を見ていたら何故かイラっときてしまったのは何でだろ? 平静を取り戻し周囲を見ると母さん、実由、そしてサトシが俺の事をじっと見ている。 特に母さんに限っては妙にニヤニヤして俺を見ている。 …正直、3人の視線が耐えられないのですが。 「え~と、この子は?」 サトシは俺の事を母さんに尋ねる。 「ゴメンなさいね~、サトシちゃんが余りにステキすぎて紹介するの忘れちゃったわ~。 この子は今日から我が家で預かる事になった親戚の子で、ミヒロって言うの。よろしくね~」 「そうなんですか、どうも初めまして。俺、サトシって言います。」 「……(゚Д゚)ハァ?」 硬直する俺。ミヒロって誰ですか?…って、俺? 呆然としつつ母さんを見ると俺に向かって軽くウインクしてきた。 …どうやら俺の名前は「ミヒロ」に決定したようです。 「ミヒロちゃん、たぶん高校の試験期間明けに編入することになると思うから サトシちゃん、仲良くしてあげてね~」 「俺やヒロアキと同じ高校ですか? それは楽しみですね。ミヒロさん、よろしくね。」 俺にニッコリ笑い、サトシは俺の姿をじっと見る。 サトシの視線に多少たじろぐ俺。俺がヒロアキだとバレやしないか正直冷や汗ものだ。 しかし、今の俺の姿は女の子。しかも母さんや実由によってお出かけ用とばかりに 顔に化粧をされたりミニスカばりの丈の短いワンピースを着せられたりしていて どこをどう見ても可愛い女の子にしか見えない。って、俺が言うか? 自分で自分の事を可愛いだなんて俺もあの母娘と同じ血を持つ家族ってことか。 それはともかく様子を見る限りではサトシは俺がヒロアキである事に気付いてないようだ。
144 :vqzqQCI0 :2008/07/30(水) 23:11:33.49 ID:.W.gFTo0
当然の事だが今現在女の俺は男の時の俺の面影が残っている。 だからもし俺がヒロアキだと言う事を疑おうと思えば難しい事では無いかも知れない。 しかし、俺と同じ面影を持つ妹の実由と今の俺が姉妹のように似ているのと同様、 男の頃の俺と同じ面影を持つ親戚の女の子、ミヒロという設定にしておけば誰も その存在を疑わない。定番といえば定番な感じだが、俺の姿かたちで今後心配する事は 無いように思える。 あとは俺が変にボロを出さなければ今後の俺の生活において何の支障も無いわけだ。 …まぁ、この状況自体支障をきたしているんだけどね。 「ミヒロお姉ちゃん、何ぼーっとしているの? サトシくん挨拶してるよ?」 「あ、そ、そうだった。…よ、よろしく」 考え事をしていたのですっかり今の状況を忘れてしまっていたが 実由に突かれ現実に戻り、あらためてサトシに挨拶を返す。 笑顔が引きつり気味の俺。 「…」 「…? ど、どうしたんですか?」 さっきからじっと俺を見ているサトシに思わず尋ねる俺。 正直なところ他人行儀であったりとか敬語を使ったりとか俺にしてみれば 違和感バリバリなのは言うまでもないのだが、俺はともかくサトシにしてみれば 俺はきっと初対面の人間としか見ていないんだろうなと思う。 「あ、ジロジロ見ててゴメン。何かミヒロさんが全くの初対面な感じがしなくて。」 …初対面な感じがしないか、そりゃそうだろうよ。 「あと、それに…」 「それに?」 「…いや、何でもないや、ハハ…」 何かを言いかけて頭を掻きながら俯くサトシ。妙にそわそわしていて落ち着きが無い様子だ。 こんなサトシの仕草は初めて見る。何だろ?
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145 :vqzqQCI0 :2008/07/30(水) 23:12:33.05 ID:.W.gFTo0
サトシが帰ったあと、俺達は夕食の準備をすることになった。 これまでは母さんと実由の二人で食事の準備をしていたのだが何故か俺も やらされる羽目になった。母さん曰く、「料理は女のたしなみ」だそうで 全く面倒なことになったものだ。 「ったく、今までやったことないんだからできるわけないだろ…」 「お姉ちゃん、ブツブツ文句言わないの」 「あら、でもミヒロちゃん初めてにしてはジャガイモの皮むき上手じゃない~」 「え? そうかな? エヘヘ」 「喜んでいるよ、この人」 本日の夕食はカレーということで料理初心者の俺にはうってつけとのことであるが しかしこの下ごしらえが面倒だよなぁ…ホントに俺に出来るのだろうか? 「それにしてもさ」 ジャガイモに続きニンジンの皮むきを始める俺。 「ん~?」 「さっき、いきなり俺の名前『ミヒロ』ってなってたけどそれって」 「うん、今度からヒロちゃんのこと『ミヒロ』ちゃんってよぶことにしたからね~」 「ミヒロお姉ちゃんかぁ、いいよね♪」 本人の意思とは無関係に盛り上がる母娘。…慣れてますけどね。 「…まぁ、そんなに変な名前でも無いし。」 しばらくはこの『ミヒロ』という名前が女としての俺の名前になるわけか…。 なんとも不思議な感じである。
そうこうしている間にも調理は着々と進む。 肉と野菜を熱した鍋で炒めた後、ブイヨンスープを投入。 沸騰したら出てきたアクを掬い取って最後にカレールーを入れる。 「えーっと、これで後は煮込んで完成って…、おい!」 俺が料理に集中している間に母さんと実由はキッチンから離れ居間でお喋りに興じていた。 「お姉ちゃんできたー?」 「うふふ、ごめんねぇ~ww ミヒロちゃんがあまりに真剣にお料理を作っていたから お邪魔したら駄目かなって思って~」 「そりゃもう完成かもしれないけどさ」 もう、これだから女って奴はよぉ…、俺もその一人になっちまったけど。 「それにしてもお姉ちゃん、そのエプロン姿最高っ!」 「ホント~カワイイわぁ~」 …さっきから実由と母さんが俺のエプロン姿を携帯カメラで撮影しまくっている。 とりあえず今の俺の格好は実由から借りっ放しの(実由は俺にあげると言っているが) 青い色のワンピース。その上には母さんから渡された黄色い薄地のエプロン。 あちらこちらにあしらわれたひらひらのフリルと生地にプリントされた沢山の花柄模様が このエプロンがあまり実用に向いていないことを何気に表わしているような。 …それにしても撮影音が非常に耳障りなんですけど。 「とりあえず、恥ずかしいから撮影は止めてもらえますかっ!!」
146 :vqzqQCI0 :2008/07/30(水) 23:13:28.79 ID:.W.gFTo0
なにはともあれ料理は無事に完成した。 早速3人で夕食をとる。父さんは帰宅が遅いのでいつもこのような感じである。 「あら~! とっても美味しいわ~、ミヒロちゃん~!」 「ホント!! 料理初めてなんて信じられない位美味しくできてるよっ♪」 俺の作ったカレーを母さんと実由が大袈裟に褒めちぎる。 「二人ともオーバーだな。カレーなんて誰が作っても同じだろ。 使っている材料はいつも同じなんだから…(パクッ)、…お、美味しいっ!?」 カレーを口にして思わず顔がほころぶ俺。 苦労して作ったからかな? なんだか普段よりも美味しく感じる。 これって…実は俺の隠された才能だったりとか? 「ね~☆ とっても美味しいでしょ~」 「はいはい♪ 才能才能♪」 お皿のカレーを平らげてゴロリと横になる実由。…太るぞお前。 「初めてにしては良く出来てたかな」 「ミヒロちゃん~、女の子は料理は上手なほうがいいわ~ これからどんどん特訓して素敵な男の子のハートをGETよ~!」 「母さん話が飛躍しすぎ」 「そうそう♪ サトシくんとお姉ちゃんなんてステキかもねっ!」 「実由、お前なぁ! 変な想像するなよ!! BLかよ!?」 食事の後はいつもこんな風にグダグダとしょうも無い話で盛り上がっていく。 俺自身の状況は変わってしまえども母さんや実由がいつも通りなので 俺も別に何事もなく普段通りに振舞えるんだよなぁ…。 そういう部分ではありがたいと思ったりして。
食事の片付けも3人がかりだったせいか作業はあっさりと終了し、 やることのなくなった俺はとりあえず自分の部屋に戻ろうとする。 「あ、お姉ちゃん待って!」 「ん?」 「あたしもお姉ちゃんの部屋に行くよっ」 実由はパタパタと俺の側にやって来ると俺の腕に組み付いてきた。 「なんだよ実由は」 「今日買った服とか片付けるでしょ? あたし手伝ってあげる!」 ものぐさな実由にしては珍しい…何か魂胆があるような。 「そんなことないよ! ヒドイなーお姉ちゃん!!」 ぷくっと頬を膨らます実由。 …えーと。 「でもまぁ、否定はしないけどねっ! 片付けるの手伝ったら一緒にお風呂入ろっ♪」 「まぁ、いいけどさ…、って、ええっ!?」 適当に答えた後、我に返る俺。おいおい、それってどういう事?