「セシル……!?」
不幸とは続くもの。
カイン・ハイウインドはそれを心底噛みしめることになった。
何を考えているか分からないが、のさばらしておけば問題ごとを巻き起こしそうなネズミを逃し、主催者に反撃を加えるチャンスを棒に振る。
そして、今しがた聞いた放送で、絶対に死ぬことは無いと思っていた親友が呼ばれた。
あり得ないことだと言い聞かせておきながらも、カードの束から確かにその姿が消えていた。
主催者が殺し合いを煽るためについたウソで、バブイルの塔でミサイルを止めようとしたヤンや、爆弾を抱えて飛空艇から飛び降りた時のシドのように、セシルはどこか見えない所で負傷しているだけとも言い聞かせた。
だが、そんなことは何の慰めにもならなかった。
何を考えていても、自分を取り巻くすべてが最下点まで真っすぐ下落しているような気しかしなかった。
「カインさん、こんなことになったのも私の責任です。本当に申し訳ありません。」
「気にするな、それよりアンタの知り合いは呼ばれなかったのか。」
「はい……仗助さんは大丈夫です。」
なぜアンタはそんなに申し訳なさそうな顔をするんだ、とカインは心の中で思った。
こうして申し訳なさそうにしている彼を見ると、何度も仲間たちに頭を下げた昔の自分を思い出した。
自分はかつてセシル達を裏切った時、再会の後に謝罪したのは、悪いのは元をたどればゼムスだとしても、洗脳された原因は自分の心の弱さにもあったからだ。
だが、今こうなった原因はミキタカの弱さにすらない。
確かに山奥の塔へ行こうと提案したのも、渦に入ろうと提案したのも、彼自身ではあるが、そこから先の先まで見越せと言う方が無茶苦茶だ。
その時、遠くで水色の竜巻が立ち上った。
(リヴァイアサン……?)
それは幻獣王の必殺技に酷似していた。
彼を使役することが出来るリディアは、この戦いには参加していない。
姿をくらましたスクィーラか、それとも自分の仲間がいる可能性を鑑みて、足を速める。
●●
死亡者と禁止エリアが発表された放送を聞いて、意気消沈した者ばかりという訳ではない。
「クックック……あはははは!!あははははははははははは!!!!」
見た目は美女、しかしその正体は醜悪な魔物は、ローザの姿をしているのも忘れて、素に戻って高笑いしてしまう。
13人。たって6時間で、4分の1もの参加者が脱落。
これはボトクにとって、愉快なニュース以外の何でもなかった。
おまけに、そのうち1人は自分をかつて殺した忌々しいオオカミのガキだ。
きっと電車で北へ飛ばされたアルスも、きっと仲間の喪失に苦しんでいるだろう。
このまま大したことをしなくても、どんどん参加者は死んでいくはずだ。
かつて自分が滅ぼそうとしたレブレサックの住人の様に、人は誰が敵であるべきかも考えず、保身や衝動のために争い、憎悪し、欺き、殺す生き物なのだから。
「楽しみだなあ……あははは……」
「随分と楽しそうだな。」
突然ボトクの心の臓まで、ズンと深く響くような声が聞こえた。
巨大な手で、むんずと頭を掴まれる。
抵抗すると頭蓋を握り潰されるか、はたまた首の骨をへし折られるのは目に見えていたので、やむなく後ろにいた男の顔を見た。
「…………………!!」
真の恐怖とは、アドレナリンが体中から沸き上がり、体毛が逆立ち、震えが止まらなくなることではない。
むしろ逆だった。
その尊顔をご覧になった時、ボトクは全身のあらゆる筋肉が弛緩したことを自覚した。
睨めつけている彫りの深い顔と、燃えるような赤毛は、対面するだけで恐ろしい。
力が抜けてのにもかかわらず、地面に尻を付けずに済んだのは、自分の頭を掴まれていたからだ。
圧倒的なまでの恐怖によって、彼が魔物で無かったらあらゆる汚物を垂れ流すことになっていただろう。
主のオルゴ・デミーラに勝るとも劣らぬ魔力を、立っているだけで撒き散らしている。
魔力だけではない。
自分を掴んでいる腕は丸太か大剣を思わせるほど太く、胴体は筋肉の鎧の上に、さらに重厚な鎧を纏っている。
並の人間は言わずもがな、魔物でさえもシンプルに握り潰したり、蹴り殺したり出来ても全くおかしくはない。
「安心しろ、無駄な抵抗をせぬ限り、取って食うつもりはない。ただ1つ、教えて欲しいことがあるだけだ。」
このような相手のやり口は分かっていた。
自分がその『教えて欲しい事』とやらを話した瞬間、用済みと見なし首をねじり切る。
(どうする?変身を解くか?)
もしこの男が、『人間限定のマーダー』ならば、変身を解けば許してもらえる可能性がある。
だが、無差別に殺人をして回っている相手ならば、全くの無駄骨となり、殺されてしまう。
宙ぶらりんにされた状態で、ちらりとザックを見る。
まだ1つ使っていない支給品がある。
もし主が自分のことを信用した上で殺し合いに出したのならば、隠し玉の1つくらい用意してくれているはずだ。
だが、仮にそれが強力なアイテムだったとしても、ザックに手を突っ込み、取り出すまで最低でも数秒はかかる。
この男ならば、自分などその間に10回は殺せそうだ。
「あぐっ!!」
自分の頭を握る力が強くなった。
「どうした?まさか入れ替わりの術について、教えてくれない訳ではあるまい。」
(クソ……知ってやがったのか……!!)
あれは、自分で編み出した能力ではなく、大魔道の一体でしかなかった自分を、その邪悪さを見込んだデミーラが伝授してくれた呪術だ。
教えようと思っても、教えられるものでは無い。
きっとそれを話したら、この男に殺される。
いや、例え殺されなくても、主を裏切った罰として、首輪を爆破される可能性だってある。
その時のことだった。
他所の方向から石が、ガノンドロフの顔面に目掛けて飛んで来た。
〇〇
「くそっ!!」
エッジの怒りの声が、森に木霊する。
セシルは、彼にとっても重要な人物だった。
このどうしようもない寂寥感が胸を突き抜けて行く感じは、バブイルの塔で魔物にされた両親が目の前で消えて行くのを見た以来だ。
だが、あの時と違い、その怒りをぶつける相手が、目の前にいない。
隣を見れば、シャーク・アイが無言で苦い顔を浮かべている。
それだけで、知人の喪失を嘆いているのだということが容易に伝わった。
早人の知り合いはどうなったのか、彼の表情を見ようと思ったら、その前に彼の目の前に、とんでもない光景が現れた。
重厚な鎧を纏った男が、仲間を襲っていた。
しかもその手は、今にもその仲間の頭を握り潰そうとしていた。
「ローザ!?おいシャーク!!てめえはハヤトを連れて逃げてろ!!」
そのまま2人を置いて、風のごときスピードで駆け出す。
走っている途中に、地面に置いてある石を拾い、仲間を襲っている敵目掛けて投擲する。
男は顔をひょいと逸らし、その投擲を簡単に躱した。
投擢攻撃にはそれなりな自信を持っていた。
しかし、投げたのは手裏剣でもブーメランでもなく、普通の石だったこと。
そして、距離が遠すぎたことで、躱す猶予を与えてしまった。
「ほう、キサマはこいつの仲間か。」
ローザを投げ捨て。ガノンドロフは面白そうな奴が出たという表情でエッジを見つめた。
この時、エッジの不幸は1つあった。
もしもガノンドロフに捕まっている時ではなく、『ローザ』1人だったならば、彼女が偽物だということを、魔族独特の不快な気配で容易に見抜いたはずだった。
しかし、木を隠すなら森の中、と言うべきだろうか。
ボトクの数倍邪悪な気配をまき散らしているガノンドロフが近くにいたがために、ローザが偽物だということに気付かなかった。
「てめえは俺の仲間を……ゆるさねえ!!」
「ほう……許さぬなら何をするというのだ?」
啖呵を切るエッジは、内心で焦っていた。
目の前の男の、圧倒的なまでの威圧感に。
かつて倒したゼロムスと同じくらいのオーラを放っていた。
ローザを連れて逃げようにも、それを許してくれそうな相手でもなかった。
「はああああああっ!!」
戸惑っている内に、雄たけびと共に猛烈なタックルが襲ってきた。
「危ねっ!!」
どうにか寸前で躱し、カウンター代わりに顔面に蹴りを入れる。
ほとんど効いたようには思えなかった。
「ふんっ!!」
「当たるかよ!!」
続けざまに蹴りが襲い来る。
これもまたトンボを切って躱したエッジは、空中で両手で印を結んだ。
「食らえ!!雷迅!!」
突然頭上に黒雲が集まったと思うと、まぶしい雷がガノンドロフに襲い来る。
雷撃の白糸が、黒の魔王に絡み付く。
「ふむ……悪くは無いな……。」
(これもほとんど効かねえのかよ……。)
しかしそれを受けても、魔王は涼しい顔だ。
身体の一部から、ぶすぶすと黒い煙が出ているので、無効と言う訳では無さそうだが、到底致命傷には届いてない。
しかも獲物の予想外なまでの抵抗に狩り甲斐を感じたのか、嬉々として剣を振り回してくる。
(スピードはまだこっちの方が上か……)
続けざまにガノンドロフの斬撃が来る。
防戦一方だが、どうにかして紙一重で躱し続ける。
何度目か、ついにガノンの斬撃がエッジの喉元を捉えた。
だが、その姿は煙のように消えた。
(ならばさらにその差をつける!!)
それなりな実力を持つ忍者なら、誰もが覚えている「分身の術」だ。
ガノンドロフの目の前に、無数のエッジの残像が立ちはだかる。
「ヌゥゥゥン!!」
「なっ!?」
しかし、これをガノンドロフは予想外な方法で打破した。
力を込めて地面を殴りつけ、地震を起こした。
その攻撃は、威力自体はそれほどでもない。
だが、広範囲に衝撃波を起こすことで、残像を纏めてかき消した。
「そこか。」
剣の先にまぶしい光弾を纏わせ、本物のエッジ目掛けて投げ飛ばした。
「ぐああああああ!!」
今まで体術と剣術しか使ってこなかった相手に、ふいに魔法を使われ、避けることも出来なかった。
サンダガまで行かずとも、サンダラを優に超す魔法を受けて、全身に痺れと焼けるような痛みが走った。
(ドジ踏んじまったか……すまねえ……。)
上を見ると、ガノンドロフが剣を掲げていた。
「水の精霊の竜巻よ!吹き飛ばせ!!メイルストロム!!」
「ぬぅ!?」
そこへ、一迅のとぐろを巻いた水の蛇が魔王に襲い掛かった。
しかし敵は両脚で地面を踏みしめ、水の精霊の力を借りた、魔法と特技の合わせ技を耐え抜こうとする。
一瞬何で来たのか分からないシャークに対し、エッジは戸惑いを覚えるが、それどころでは無いと判断し、ガノンに対し追加の攻撃を加える。
再度エッジは印を結ぶ。
「もういっちょ行くぜえ!!水遁!!」
「うおおおおおおおおお!!」
今度は雷迅ではなく、津波が襲い掛かる水遁の術だ。
二匹の水蛇は、ガノンドロフを中心として二重らせんを描き、やがて交わり一匹の水龍へと姿を変えて行く。
天へと昇る水龍は、魔王をも打ち上げていく。
「バカ野郎!何で来やがった!!」
川尻早人と一緒に逃げろと言ったのに、態々やって来たシャークに対して悪態をつく。
「せめてこのナイフを渡そうと思っていたのに、苦戦しているようだったからな。
ハヤトは森の中の茂みに隠れている。」
「それじゃあ奴を早めに倒さねえとな………!!」
その瞬間、二人が立っていた地面に凄まじい衝撃波が走った。
「何っ!?」
「くそおっ!!」
予想外な方向からの、予想外な威力の攻撃を受け、シャークとエッジは抵抗空しく吹き飛ばされ、地面に倒れこんだ。
衝撃波の出所には、小型のクレーターが生まれている。
彼が打った魔法弾は、はるか上空から地面に叩きつけることで、凄まじい地震を生み出した。
2人は立ち上がるのがやっとだった。
だが、攻撃はこれで終わりではない。
重力に従って魔王が地面に再び降りる時まで、衝撃波を打ち続けることが出来る。
再び片手に魔力が集まり始めた。
第二撃が、地上に転がっている2人に襲い来る――――――はずだった。
空にいる魔王を刺そうとする、銀色の流れ星が輝く。
「ぐ……!!」
不意を突かれた魔王は魔力の詠唱をキャンセルし、剣を斬り上げる。
魔王の心臓を串刺しにしようとする槍は、済んでの所で天を仰ぐことになった。
「危ない所だった。」
「怪力め……。」
先手を打ったのは当然、槍使いの方。だが、魔王の怪力はその程度の優位を優位としない。
両者、互いに決定打を与えられぬまま、地面に降りる。
「あれは……!!」
その流星の姿は、エッジが見たことあった。
「カイン!!助かったぜ!!」
「エッジか。お前だけでも無事でいてくれて何よりだ。」
油断している場合ではないとは分かっているが、仲間の死を聞かされた直後だというのもあって、再会を喜ぶ。
「俺だけじゃねえぜ。ローザの奴も……。」
「何?ローザ!?」
カインはまるで意味が分からんぞと言う口調で話す。
「何言ってやがんだ、確かにローザは……?」
いつの間にか彼女は戦場から消えていた。
ガノンドロフに恐れをなして逃げたか?
それはあり得ない。
彼女は月へ行くときに魔導船についてくるほど、勇敢な女だ。
ガノンドロフの攻撃を受けた際に、消し飛ばされたか?
それもあり得ない。
ダメージを受けたにしろ、エッジとシャークは無事だったし、少なくとも死体ぐらいは残るはずだ。
しかし、それ以上考えている暇はなかった。
「戦いの最中によそ見とは、我はその程度の雑魚と言う事か?」
剣を中段に構え、ガノンドロフが突進してくる。
慌ててカインは槍を、エッジはナイフを突き出す。
敵の武器は1つだけ。
ゆえに、どちらかを弾かれても、どちらかは敵の腹に刺さるはずだった。
突進してきている以上、進行方向を変えるのも難しい。
しかしこれに対してガノンドロフは剣で回転斬りを繰り出す。
「なっ!?」
「ぐあああ!!」
致命傷にこそならなかったが、それでも二人まとめて大きく弾き飛ばされた
さらにガノンドロフは勢いを止めず、攻撃の手を休めることは無い。
しかし、進行方向に何かがあれば別だ。
それを止めたのは、シャークが放ったバギマ。
そして、カインがやって来た方向から放たれた、火の玉だった。
「カインさん!!」
遅れてミキタカが戦場に入って来る。
先程の火の玉は、彼がザックから出した魔導士の杖によるものだった。
しかしカインはミキタカのことをかまっている余裕はない。
先程動きを止められたのもほんの1秒あるかないかで、攻撃はすぐに再開される。
ガノンの剣が、執拗にカインを狙って来る。
「まずは貴様からだ。また跳ばれては面倒なのでな。」
1撃目の袈裟斬りは槍を横にして受け止める。
だが、敵が凄まじい力を持っていたため、カインは大きく後退することになった。
さらにガノンは地を蹴とばし、逆袈裟に2撃目を放つ。
そもそも槍が鍔迫り合いに向いていないのもあって、敵の攻撃を受け止めるのは無謀だと判断したカインは、先に後退しようとする。
胸に薄い傷が一筋刻まれるが、防戦一方になるとそのまま負けると判断し、無理矢理槍を前に構えて突撃を仕掛ける。
「なっ!?」
「いい作戦だったが、誰も剣以外の攻撃をしないとは言っていないのでな。」
しかし、ここでカウンターの回し蹴りがカインの脇腹に炸裂した。
さしもの竜騎士も、耐えきれずに地面を転がっていく。
「今だ!!」
カインとガノンドロフの距離が離れた瞬間、エッジの火遁と、ミキタカの火の玉の両方が魔王を襲う。
「温いな。」
ガイアーラの鎧を付けていたことで、その程度の炎では軽い火傷さえ付けられないものの、僅かな時間稼ぎに放った。
その隙を利用し、シャークがメイルストロムを再び打とうとする。
だが、同じ手は二度も食らわず、水蛇の集う中心地化から離れる。
「シャーク!!それとそっちのノッポ!!てめえらはローザを探すか、ハヤトの御守りをするかしやがれ!!」
僅かに出来た隙を利用して、エッジはミキタカとシャークに戦場からの離脱を促す。
突然ローザが消えたこと、早人を1人にさせていること
それどころでは無いと分かりながらも、エッジは言いようのない嫌な予感に付き纏われていた。
「バカを言うな!!4人がかりでやっとだろうが!!」
「海賊男の言う通りだ。4人で戦えば、我に勝つ可能性は僅かでも増えるかもしれぬぞ?」
「ずっとやってろとは言ってねえ!!ローザを見つけるまでで良いんだ!!」
エッジが考え得る最悪の展開は、全滅だ。
認めたくはないが、この殺し合いの敵はガノン一人だけではない。
別のマーダーに早人や、どういう訳か行方不明になったローザが襲われれば、一気に瓦解するだろう。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
(くそっ……)
ローザの姿を借りたボトクは、どさくさに紛れて逃げていた。
それは、エッジとシャーク・アイが起こした水龍が空を舞う間のことだった。
(これだから嫌なんだ……どいつもこいつも……。)
ついでに猛毒の霧を吐いてから逃げてやろうかとも思ったが、杜王駅の時と違って、青空広がる草原でやっても大した効果は無いと思い、使わなかった。
それ以前に、あのおぞましい赤髪の男に通用するとは思えなかったし、とにかく逃げ出したかった。
更に、あの場所にいた男は、恐らくローザの知り合い。
赤髪男にかまけて気付かなかったようだが、正体がバレるのは時間の問題のはずだった。
(姿を変えるなんて回りくどいことはせず、あの女は不意を突いて殺しておけば良かったか?)
自分のことがバレていたことから、ローザが赤髪男に、状況を説明したことは間違ってなかった。
戦場から姿を消して、森へ逃げてようやく、全身の震えが出てきた。
森を歩いてしばらくすると、茂みに隠れていた子供の姿が映った。
「君は!?」
武器を支給されてない早人は、先の尖った木の枝を握りしめ、女性の姿をした怪物を警戒した。
「お、落ち着いて。私はローザ、エッジの仲間よ。君を連れて逃げてって言われたの。」
「エッジさん達は大丈夫なの?」
とりあえず、物を訪ねてくれたと言うことは、警戒はしていないと判断し、僅かに胸をなでおろす。
そして、ボトクは考え始めた。
「エッジ達は大丈夫よ。でも向こうで戦っている敵は強いから、もっと遠くへ逃げなければいけないわ。」
このガキを、人質として有効に使えるだろうと。
いざという時、姿をこのガキに変えるのも悪くはない。
思い立ったが吉日とばかりに、ボトクは早人の手を掴もうとした。
「ぶわっ!!!」
苔の混じった泥の塊を、突然早人が投げてきた。
「な、なにをするの?今は泥遊びをしている場合じゃ無いでしょ?」
「ボクが分からないとでも思ったか?」
ボトクのどこか挙動不審な態度は、川尻早人にとって既視感があった。
その辺りを伺うかのような泳ぐ両目、それに自分を味方ではない何かの様に見つめるような視線。
かつて自分の父親に成り替わり、家にやって来た吉良吉影のそれと酷似していた。
加えて、もう1つ不自然だと感じたのは、ボトクが持っていたザックの数。
作戦が上手く行った高揚感もあって、ボトクは康一と由花子のザックを自らの物にしまっておくのを忘れていたのだが、早人はその不自然さを見抜いていた。
3つもあるのは、殺した参加者の者を奪っても無い限り、いくら何でも多すぎる。
そのまま早人は脱兎のごとく逃げ出した。
しかも小学生特有の小柄さを活かし、狭い木々の間をくぐっていく。
「おのれ!!待て!!」
またしてもまずいことになったと思い、早人を追いかけて行く。
「く、くそ!!」
たかだか人間の子供ぐらい、楽に捕まえられると思えば、狭い木々の隙間を抜けるのに苦労していた。
ボトクにとって、不味い知らせはこれだけではない。
「ハヤト!!どこにいる!?」
「早人さん!!いたら返事してください!!」
そこへ2人の男の声が、森の中に響いた。
自分がこの場にいると分かってしまえば、きっと怪しまれてしまう。
「僕はここだ!!ローザに追われている!!」
そしてそれに応える、早人の声。
ガノンドロフを相手にするよりかはマシだが、それでも直接の戦いは避けたかった
(上等だ!!手札の数はこっちの方が多いんだよ!!)
ここでボトクは更なる逃走よりも、早人もろとも追跡者を殺すことを選んだ。
あわててまだ出していない支給品を探る。
そんな中で、広瀬康一の鞄から4つ折りの紙を見つけた。
何が入っているのかと思って開けると、その瞬間巨大な人型からくりが現れた。
「行け!!『バルナバ』!!ボコボコにしろ!!」
突然現れた、からくり兵に似た鉄塊にいささか驚くも、セットで付いている説明書をもとに、銀色をまとったそれに指示を出す。
「ウガー!!」
あろうことかバルナバはボトクに拳を向けてきた。
「違う違う!!この森に入ってきた奴等だ!!」
「ウガー!!」
どうにか命令が通じ、バルナバは拳を振り回して森の外へ走って行く。
それを見たボトクは、早人の追跡を再開する。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「な、何だコイツは!!」
森に入ったシャークとミキタカの前に現れたのは、早人ではなく2~3メートルほどの大きさの鉄人形だった。
コイツは一体何者だ?支給品か?誰かの召喚によって現れた者か?独立型のスタンドか?
2人の間で様々な疑問が生まれたが、それどころでは無いことも分かっていた。
「ウガー!!」
「斬り裂け!竜巻よ、バギマ!!」
振り下ろしてくる拳を躱し、シャークは竜巻の魔法を浴びせる。
それと共に、ミキタカも魔導士の杖を振りかざし、火の玉を飛ばした。
「ウガー!!」
しかし大した効果は見られず、続いて突進してくる。
「来い!!雷よ!!」
これも身を逸らして躱したシャークは、稲妻を呼び寄せる。
「ウガガガガガガ!!」
機械の身であるバルナバには、雷撃は風や炎以上の効果を発揮した。
しかし、それでも殴り掛かって来る。
このバルナバというからくり兵は、シャークにとってどうと言う敵では無い。
だが、彼の任務はこの敵を倒すことではない。
倒した先にいるはずの、川尻早人を助け、その上でガノンドロフとの戦いに復帰する所までが役目だ。
そこまでを踏まえると、このバルナバという敵は非常に厄介だった。
「行けるか?」
「はい。私はまだ行けます。」
戦い慣れていないミキタカを、シャークは励ます。
だが、誰もまだ知らない。
1人の魔王を中心とした混沌の戦いは、まだ始まったばかりと言うことを。
最終更新:2021年09月22日 18:53