図書館というと、連想するものは何だろうか。
まず真っ先に思い浮かぶのは所狭しと並んでいる本棚と、それに可能な限り詰められた本だろう。
そして、それらが提供してくれる心が落ち着く紙の香りと静寂、すなわち本を読むのに適した空間だ。
図書館の中には冷暖房が完備され、暑さ寒さから干渉を受けずに中で本を読むことが出来るものもあるという。


しかし、この殺し合いの会場にある図書館は、それらの全てが無くなってしまった。
秋月真理亜という殺し合いに乗った一人の少女によって、1階は炎獄に、2階は戦場へと早変わりした。
ここはとある世界の大魔王でさえ、脱出を提案するような場所だ。
どうしようもなく酔狂な者でない限り、この場で落ち着いて本など読むことは到底出来ないだろう。


戦場と化した場所でも、他者を思いやる心が残っている者はいる。
最も、それが必ずしも良い事ばかりではなく、足を引っ張る可能性もあるのだが、



「姫さん!!大丈夫か!!」
2階の隅で、ミドナは肩を矢で刺されたゼルダを気遣う。
思ったより深くまで刺さっており、動脈をやられたのか、出血が止まらない。
その矢を、抜くか抜かないかも悩んでいた。
迂闊に抜いたら出血が多すぎて後で面倒なことになる可能性だってある。
普段、光の世界の人間と接する機会は多かったはずなのに、人の治療などに関心を持たなかったことを後悔した。
ザックを開けてみるが、回復に使えそうな支給品は何もない。
だが、何としてでもゼルダは助けなければならない。
この殺し合いが始まる前、ハイリア湖でザントに嵌められた時、ミドナの命は失われるはずだった。
それを身を挺して助けてくれたのは、ゼルダだった。
あの時の恩を、命を擲ってでも返さねばならない。

「ミドナ、私に構わず、あの二人を助けに行きなさい。」
「そんなこと出来るか!!」
状況から考えれば、どちらの言っていることも正しかった。
集団戦ならば負傷している者が真っ先に狙われるのは自明の理である以上、負傷者を優先的に守らねばならない。
同時に、負傷者の治療に戦闘員を使っていると、各個撃破を狙われる可能性が増す。

この図書館でミドナが仕入れた知識だったが、地雷という兵器の殺傷力が低い故の厄介さを思い出した。
地雷とは、1人を負傷させ、もう1人を治療役に回させることで、2人分の戦力を削げるという。
今の状況は、まさに地雷による負傷者と治療者のそれだった。

「私は大丈夫です。死ぬことはありません。」
ゼルダとて、決して戦えない訳ではない。
現にハイラルが影に飲まれる前には、剣を携え兵と共に戦った。
だが、今の肩を負傷したゼルダと、弓矢という両手を使う武器は致命的に相性が悪い。
本人は否定するだろうが、きっと戦うことが出来ないのはミドナにも分かっていた。
しかし、逃げようにも下は火の海になっている。空を飛べるミドナならともかく、人間のゼルダ一人では逃げようがない。
従って、ゼルダを敵から守るのは、誰かが傍で守り続けるしかないのだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


図書館だった場所の窓際には、この建物を戦場へと変えた少女が立ちはだかる。
その近くを飛んでいるのは、かつては地球侵略を企む悪魔に、今は真理亜に仕える使い魔。
この場には人間である者、そうでない者数多くあれど、正義も悪もない。
自らの命を守るために、愛する者の命を守るために、そして壁を乗り越えて新世界を目の当たりにするために戦う。



先手を打ったのは、真理亜だった。
ザックから取り出した銀のダーツがアイラに向かって飛んでくる。
「甘いわ!!」
しかし、ユバールの踊り手であり、死線を何度も潜り抜けたアイラにとっては、一本の矢など何の脅威でもない。
ディフェンサーを振り下ろし、飛来する矢を弾き飛ばそうとする。


「!?」
アイラの剣が当たる直前で、矢はベクトルを変え、天井に向かう。
それはただの銀のダーツに非ず。秋月真理亜の呪力により、操られている。


「だったら!!」
すぐに本棚の裏側に隠れたクリスチーヌが、真理亜に目掛けて突進する。
敵の呪力の正体は全て知った訳ではないが、目線こそがトリガーになることは、もう分っていた。
なので、物陰に隠れ、隙が出来た瞬間に一気に攻めることが、最適解だと認識していた。


「させないわ!!」
しかし、クリスチーヌの頭突きが真理亜に当たる瞬間、遠くに吹き飛ばされる。
「うわっ!!」
「きゃっ!!」

しかも飛ばされた方向は、剣を構えているアイラがいる。
危うくクリスチーヌは串刺しにされる所だったが、アイラが慌てて剣を逸らしたため、致命傷を負うことは無かった。
しかし、二人は勢い良く衝突し、それはダメージと共に決定的な間をさらけ出した。


「あぐっ!!」
アイラの右肩に、銀のダーツが突き刺さる。
真理亜が呪力で飛ばしたわけではない。上に飛ばされた後、重力に従って落ちた自由落下によるものだ。
そして、それに追い打ちをかけるかのように、使い魔が電撃魔法を放った。


「なんの……ギラ!!」
アイラは不安定な体勢ながらも、自分が覚えている数少ない閃光魔法で敵の魔法を打ち払おうとする。

(くそ、こんなことなら、もう少し魔法も覚えておけばよかった……。)
「ギギィ!!」
いくら使い魔程度の魔法とは言え、ギラだけで弾こうとするには無理がある。

「アイラさん!」
慌ててクリスチーヌは使い魔目掛けて頭突きを食らわせようとする。
しかし、飛び上がった瞬間、あらぬ方向から力がかかり、明後日の方向にあった本棚に叩きつけられる。

「くっ!!」
この殺し合いにおける制限の為、真理亜はかつての世界のように呪力で数百キロの物体を運んだり、数百メートル先から一瞬で他人を殺したりすることは出来ない。
だが、それでも彼女の敵になる者達にとって、厄介な能力であることに変わりはなかった。
当たり前だが、地に足を付けている時よりも、跳び上がった時の方がサイコキネシスの影響を受けやすい。
しかし、地面に足を付けていては空を飛んでいる使い魔を倒すことが出来ない。
従って、真理亜と使い魔の二人組は、この上なく厄介な相手だった。


「ギイイイイ!!」
使い魔は魔力でアイラのギラを打ち払い、電撃を浴びせる。

「く……。」
反撃しようとするも、全身が痺れ、思うように体を動かせないアイラ。
そこへ、身体を呪力で持ち上げられる

(まずい……!!)
見えない力が掛かっている体の場所が、極めてまずいことはアイラは察した。
このまま目の前の少女が呪力のベクトルを変えれば、最悪首を折られる。
どうにかして身体を捩るも、どうにもならない。
クリスチーヌがいる場所は離れている。

「させるか!!」
しかし、その攻撃は中断されることになった。
ミドナが散らばっていた本を影の手でかき集め、真理亜と使い魔目掛けていっぺんに投げた。
こんな子供の喧嘩に毛が生えたような攻撃では、二人を倒すことは到底出来ない。
しかし、無数に飛んで来た本は、敵の集中力を逸らすには充分だった。
3次元的な動きが出来る使い魔は、宙を飛び回ることで、乱れ飛ぶ本を回避する。
だが、アイラを呪力で抱えていた真理亜は、逃げるのに遅れる。
「痛……。」
慌ててアイラにかかっていた呪力を解除して躱すことに専念しようとするが、幾つかの投擲物をその身に受ける。


「クリスチーヌ、交代だ!!アンタが姫さんを守ってくれ!!」
ミドナはクリスチーヌに下がれと命令する。
ジャンプしなければ使い魔に攻撃が当たらないクリスチーヌより、常に空を飛んでいるミドナの方が戦いやすいという理由だ。

「分かったわ!」
モイの仇を討つためにも、自分も戦いたいが、そのために怪我人を見捨てる訳にはいかない。
不本意ながらも、ゼルダの方向へ向かう。


代わってミドナは、敵2人の場所へ飛んでいく。
「ギイ!」

早速使い魔が襲い掛かる。ミドナは仮面を外して、その内にあった飾りの手を振り回し、迎撃する。
それを躱す使い魔。そのまま反撃に両の指から電撃を撃って来る。
これは先ほど、使い魔が図書館に入ってきた直後の戦いと同じ結果――にはならなかった。

「ギ!?」
「そう何度も食らってたまるか!!」

ミドナはUの字を書くように空を飛び、電撃を躱す。
そのまま飾りの手で、使い魔を殴り飛ばそうとするが、小回りは敵の方が利く以上、空を切る。


「ご主人様の所へは行かせやしないぜ。」

先程の戦いを遠くで見ていて、使い魔と真理亜を近寄らせておくと、どちらにも手を出しにくくなることをミドナは分かっていた。
なので、空を飛べる自分が、使い魔だけをおびき寄せ、双方を孤立させる。
ミドナとてリンクの影の下、時には背の上で指図ばかりしていたわけではない。
戦いの様子を伺いながらも、常に最適解を編み出し、時にはその内容をリンクに伝えていたりしていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


使い魔がクリスチーヌに向かっている間、呪力から解放されたアイラは、綺麗にトンボを切って着地する。

「ねえ、あなたは何でこの殺し合いに乗ったの?」
アイラは燃えるような赤い髪の少女に話しかける。
彼女の服は面積の半分以上が血で赤黒く染まっていたため、既に人を殺したのだと嫌でも察しがついた。
それでも、人の姿をした彼女を斬り殺すのは忍びなかった。
アイラとて、魔物と戦っていたからと言って、人間の悪意に鈍感だという訳ではない。
ユバール族として旅をしていた時も、アルス達と旅をしていた時も、人間の悪意だって人一倍目の当たりにしてきた。
だが、目の前の少女、秋月真理亜は悪意を見せる時のような濁った瞳をしていなかった。
むしろ、自分達の仲間を連想させる、黒曜石のように澄んだ瞳をしていた。
こんな綺麗な瞳を持った少女が、自分達と殺し合わねばならない現実を認めたくなかった。


「何だっていいでしょ。それとも、私の大切な人の為って聞いたら、あなたは死んでくれるの?」
真理亜は冷たく答える。
鋭く、それでも脆さを含んだ瞳をしながら。
まるでアイラの仲間である、マリベルをどこか感じてしまった。


「それはお断りね。あなたがもし私達全員を殺したとしても、その人は喜んでくれるのかしら?」
「黙って。私はあなたみたいな、優しい言葉を吐くだけの人が嫌いなの。」
真理亜には優しい人の言葉など効果がない。
彼女は知っている。
最初は子供を愛しているふりをしておきながら、その子供が害を及ぼす存在になると分かった瞬間、死を願い始める大人達のことを。
身内が死んで、最初の間だけうんと悲しみ、そして何事も無かったかのように忘れてしまう人のことを。
彼女が想う早季は違う。
だから見知らぬ人間の優しい言葉を流して、彼女の為の血みどろの道を歩むことだってできる。


「優しい言葉を吐くだけ?聞き捨てならないわね……。」
「っ!!」
真理亜の近くに火柱が上がった。
目の前の少女が誰のために戦っているのか、アイラは分からない。
けれどその少女にとっての大切な人なら、血で汚れた彼女を見ればきっと悲しむだろうし、もし悲しまないならば命を擲つ価値もない人間だ。

そして、自分のことを優しい言葉を吐くだけの人間、という言葉も気に入らなかった。
自分が力を持っているということを言いたい訳ではない。
優しい言葉を話すことしか出来ない人間の何が悪いのだ。
言葉は人を繋げることが出来るし、例え言葉だけで力がない人でも、力のある誰かを呼び寄せることが出来る。
言葉で味方をサポートし、敵の動きを止める職業、すなわち笑わせ士や吟遊詩人の職業を歩んだアイラだからこそ言えることだ。


「それならその耳で言葉の力をゆっくりお聞きになって。踊りが本業の私だけど、歌の技術も侮らないことね。」
「!?」
ここから再び呪力をお見舞いしてやろうと思いきや、突然意味の分からない言葉を言われて、戸惑う真理亜。
だが、次に取ったアイラの行動は、それ以上に真理亜にとって意味不明だった。


「♪~♪~♪~」
アイラは突然、リズムを口ずさみ始めた。
綺麗な歌声で、一瞬だが聞き入ってしまう。
しかし、その瞬間が命取りだった。
「♪~♪~♪~♪~♪~」
(なに……これ……)
途端に、温かい布団に包っているような優しい感覚を覚える。
急に視界がぼやけ、瞼がトロンと重くなり始めた。
(まさか……これは……?)
真理亜とて子守歌というものを知らない訳ではない。
だが、普通の子守歌ならこんな場所で歌われたところで、突然眠りに落ちるわけがない。


「♪~♪~♪~」
ゆりかごの歌。
敵に眠気を誘う調べを奏でる、不殺の特技だ。
アイラがアルス達と旅をする中、吟遊詩人として覚えた特技だ。


あの歌に何かタネがあるのか、と気づいた真理亜は、意識を半分手放していた。
瞼が閉じかけている以上、視覚が重要になってくる呪力にも頼れない。
慌てて顔をつねる。そんなものではどうにもならない。
なけなしの意識をかき集め、自身の下僕に指示を出す。
「使い魔……さん!!私に………!!」


「ギイイイイ!!」
ミドナと戦っていた使い魔は、慌てて主人の下へ飛ぶ。
吟遊詩人の修行で身に着けた歌の催眠作用は、1グループの敵にしか効かない。
要は敵が決まった範囲内にいないと、ゆりかごの歌はただの歌でしかないのだ。
「おい!待て!!」
急に戦いを放棄されたミドナは、使い魔を追いかけるが、追いつけない。
ミドナを振り切り、真理亜の所に来た使い魔は、雷撃を真理亜に浴びせた。


「うう……!!」
ゆりかごのうたで眠りかけていた自分に雷撃を打たせることで、即興の目覚まし時計にしたのだ。
勿論、吟遊詩人の力がもたらした眠気を無理矢理払拭するほどの痛みだ。
全身の筋繊維を焼かれ、引きちぎられるような激痛が真理亜を襲う。
だが、どんな苦しみよりも意識を手放さずに済んだ安心の方が勝った。


「ウソでしょ!?」
あり得ない方法でゆりかごの歌を破られたアイラは、驚くしかなかった。
確かに彼女の世界でも、みねうちという致命傷を与えない程度に衝撃を与え、味方を睡眠状態から脱却させる特技はある。
だが、彼女が使い魔にさせた技は、どう見てもそんな甘いものでは無かった。


(この子、一体どんな覚悟で?)
しかし、アイラが考えている暇はなかった。
意識をはっきりさせた真理亜は、再び呪力をアイラにぶつけた。

「うわ!!」
突然、アイラの身体が炎に包まれる。


「アイラ……!!これを!!」
「助かるわ。」
使い魔を追いかけていたミドナは、慌てて中断する。
咄嗟にザックから飲料水を出し、アイラへと投げる。
だが、呪力によって付けられた火は、ただの水だけでは簡単に消えることが無い。
アイラは自分を焼こうとする炎が全身に燃え広がる前に、颯爽と駆けだす。
その姿は、炎の紅と、衣服の赤の二つを纏った赤い風のようだった。
ゆりかごの歌のような精神干渉型の技は、相手の元の耐性にもよるが、一度効果を発揮してしまうとしばらくは効きにくくなる。
だからといって相手は呪力以外は普通の少女である以上、対魔物用の剣術なんて使ってしまった日には失血死させかねない。
従って、真理亜を殺すつもりはなくとも、多少のダメージを与える覚悟で、相手を拘束するしかなかった。


アイラの手が届く直前で真理亜はふわりと自らを浮かせ、上空に退避する。
しかし、真理亜の呪力がアイラでは無く自身を動かしたことで、呪力の炎は消えた。
これがチャンス、逃がすものかと、アイラは跳躍する。
神の踊り手として、スーパースターとして鍛えた彼女の体軸は、空中だろうと地上だろうとほぼ変わらずに身体を動かすことを可能にする。
空中で身を捩り、死神の鎌のごとき鋭さで回し蹴りを放つ。


「ギイ!!」
しかし、その足が真理亜に届く寸前、使い魔がアイラの足に噛みつく。

「くそっ!!」
「すまないアイラ!!ソイツを取り逃した!!」

使い魔を先程から追いかけ続けていたミドナもアイラの下にやって来る。
すぐに影の手で使い魔を捕まえようとする。


「うわ!!」
「チッ……!!」

しかし、今度は真理亜の呪力は、ミドナが食らってしまう。
勿論、アイラにぶつけられるというおまけ付きだ。


(クソ……歯車がかみ合わない……。)
リンクに指示を出し、リンクと共に戦った時のように行かない状況に、苛立ちを覚えるミドナ。
敵は二人、しかも一撃で全滅するほど強い力を持っている訳ではない。
だが、自分達の攻撃は悉くかわされ、逆に相手の攻撃を受け続けている状況に危機感を覚えていた。
図書館の2階は本棚などの障害物が多く、それを無視して移動が出来る敵2人に有利な地形だという理由もある。
それ以上に、協力して戦ったことのない者同士が、奇襲に対応するのは難しいことだった。
メンバーの中で反目や自己中心的な感情が無く、全員で協力しようという意思があっても、リズミカルに戦えるかどうかは別の話だ。
むしろ、ミドナとゼルダのように誰かを守ろうとする想いがあると、逆に足を引っ張ってしまうことがある。
逆に、真理亜と使い魔は一度協力して戦ったことがあるし、どちらかが死ぬ心配などしていない。
従って、互いの気を遣うことなく戦える。



ミドナとアイラ、二人とも地面に倒れこんだところで、上空で使い魔が雷撃の魔力を溜め、そのまま雷のように落としてきた。


最終更新:2021年11月27日 16:00