ハイラルの剣士と、ゲルドの魔王は互いに剣を正眼に構えて、睨み合う。
それだけで、ビリビリとした空気が、アルスとルビカンテにも伝わってきた。


「まさかこの地で殺し合うことになるとはな。」
「俺はアンタとの縁(えにし)は切れないようだからな。」
2人は互いの名前こそは知っていたが、面と向かって出会うのはこれが初めてだった。
そうやって目を合わせると、リンクにもガノンドロフにも伝わってくるものがあった。

勇者と魔王の、幾つもの時代と幾つものハイラルを跨いだ因縁を。
まるで自分はこの男を倒す為に生まれ、この男を倒すことで未来へと進めると、誰も教えていないのに知っていたかのようだった。


「トライフォースに導かれし勇者よ。その縁をここで断ち切ってくれよう。」
「縁を断ち切るのはお前ではない。俺だ。」


リンクは地面を蹴り、ガノンドロフに斬りかかる。
同時に魔王も地面を蹴り、魔法の剣を構える。
キィンと金属特有の高音が響く。
それだけで、どちらの剣の腕前も相当なものだと伺える。

(力では勝てない……なら、手数で攻める!!)
リンクは月の力を秘めた剣正宗によって、常時より瞬発力が増していた。
勇気の騎士は、先程までルビカンテを追って走ってきたのが嘘であるかのように、長剣を振り続けていた。
左腕の筋肉が、骨が、関節が悲鳴を上げているのも厭わず、更に振り続ける。
袈裟斬り、逆袈裟、横薙ぎ、逆風、そして回転斬り。


しかし力の魔王も負けてはいない。
常人から見れば二刀流はおろか、ともすれば三刀流にも四刀流にも錯覚してしまうほどの手数の攻撃を一つ一つ受け止めていく。
剣を横にして受ける、払う、身を捩る、弾く、そして同じ技をぶつけて相殺する。
勝負は互角のように見えたが、すぐにリンクの方が押されているのは誰にも分かることだった。
動きが、次第に鈍くなっていく。


(なぜだ……氷か!?)
刺すような鋭い痛みと言っても、魔王の剣が斬った空気の刃の痛みではない。
つい先の戦いでアルスさえも苦戦を強いられた、アイスナグーリのバッジは、リンクにとっても厄介な装飾品になった。
「攻撃は剣ではなく、盾で受けて!!」
「!?」
アルスの言う通りに、右手を突き出して斬撃を弾く。
衝撃こそは変わらないが、氷によるダメージを受けなくなった。
それもそのはず。リンクが持っている風の精霊の加護を受けたトルネードの盾は、氷の力から身を護る魔力を秘めている。
ガノンドロフが付けているガイアーラの鎧と同様、オルゴ・デミーラの居城に隠されていた防具だ。
既に装備していたからこそ、その秘められた力を他者に教えることが出来た。

「人に蘊蓄を垂れている場合か!私達も戦うぞ!!」
ルビカンテの声と共に、アルスも魔王へと向かって行く。


―――参の奥義、背面……
「隼斬……!!」
「火焔………!!」


「温いわ!!」
3人の波状攻撃を、魔王はその身を大きく回転させた一撃で吹き飛ばす。
リンク達の世界にあったスピナーの様に、激しい刃の回転が3人を細切れにしようとする。
どうにかそれぞれの得物で守ることで、即死には至らなかった。
だが、魔王に反撃の時間を渡してしまったのは事実だ。


次の手として、魔王は高く跳躍する。
誰かに目掛けてジャンプ斬りをするはずだ、とリンクは考えた。
幸いなことに、この殺し合いでリンクはカインというジャンプ攻撃の使い手と戦っている。
タイミングを見切り、斬り上げをお見舞いしようとした所……。


ガノンドロフの跳躍先は、3人のうち誰の所でもなかった。
「ブルルルルル……!!」

その先にいたのは、ルビカンテが乗ってきており、戦場の隅で座っていたキングブルボーだ。
当然主以外に近づかれた鉄の猪は、近付いてきた者を睨みつける。

「我よりその男が怖いか?」
しかし、その眼光の強さは、魔王のそれには及ばない。
牙を突き出し、魔王を倒そうとするが、反対に殴り返す。


「やめろ!!」
キングブルボーが殺されるかと思い、リンクは制止の声を上げてガノンドロフに斬りかかりに行く。
いくら敵だったとはいえ、こんな形で殺されるのは忍びない。

「ゆけ!!幻影の騎士たちよ!!」
ガノンドロフが叫ぶと、5人のファントムライダーが襲い掛かる。
半透明の馬に乗った、半透明の槍を持った兵がリンクに迫る。

(しまった……守り切れないか……。)
盾を構えて守ろうとするが、もう遅い。
騎士の槍がリンクに襲い掛かる。

「ファイガ!!」
「ライデイン!!」
しかし、ルビカンテの炎とアルスの雷がその直前で悪霊を焼き払った。


「助かる。」
だが、赤と白の魔法が晴れた先に見えたのは、驚きの光景だった。


「ブルルルル……。」
「良い子だ。」
ガノンドロフが、キングブルボーを従え、その背に乗っていた。
すぐに王の名を持つ獣に乗った魔王が、3人の下に突撃する。
その勢いは、まさに猪突猛進。


「うわ!」
「くそ!!」

その勢いに、躱すのが精いっぱいで反撃のチャンスさえつかめない。

「ファイガ……」
裏切り者には興味はない、とばかりにルビカンテは魔法を打って猪を焼こうとするも、上から魔王の剣が襲い掛かる。
慌てて詠唱をキャンセルし、炎の爪で受け止める。
だが、上からの攻撃は必然的に同じ高さからの攻撃より、威力が上がる。
ルビカンテの手の甲に、ビリビリと刺激が走り、そのまま後退させられた。


しかも、その上でガノンドロフが剣を振るってくる。
リンクならば知っていることだが、ブルボーは馬に比べて筋肉の躍動が激しいため、騎乗は勿論のこと、それ以上に背の上で出来ることが限られている。
だが、力に魅入られた魔王ならば?
人間、ともすれば魔物を上回る筋力を持ったガノンドロフならば、傍若無人に振る舞い続ける猪の上でも剣を振るい続けることが出来る。


「再び行け!騎士の亡霊よ!!」
近付けばガノンドロフとキングブルボーが、遠ざかればファントムライダーが襲い来る。

「くそ!このままじゃ……。」
リンクは道具なくして魔法を使うことは出来ず、斬撃や殴打などの物理攻撃が効かないファントムライダーからの攻撃を受けそうになる。
「真空斬り!!」
「ありがとう。」

風の魔法の力を借りた一撃が、リンクの胸に迫る騎士の亡霊を切り裂いた。
ファントムライダーは普通の斬撃こそは効かないが、魔法、あるいはその魔法を秘めた攻撃ならば通用することが分かった。
そのまま風の龍がうねるような軌道で剣を振り続け、残るファントムライダーも払い続けるアルス。


ガノンドロフを乗せたキングブルボーは、方向転換した直後だ。

(行ける!今なら!!)
リンクとアルス、2人の緑の勇者が駆けていく。
だが、忘れるなかれ。


「ぐわあ!」
「くそっ!!」

敵は猪に乗って戦うことに特化した騎兵では無いということを。
ガノンドロフは2人が自分に迫りくる瞬間、結界魔法を放ったのだ。
またしても見えない壁に飛ばされる。

(しまった……既にこの攻撃は食らっていたというのに……!!)
キングブルボーとファントムライダーにかかりきりで、結界魔法のことを忘れていた自分の間抜けさにアルスは腹が立った。

「ブルルルルルーーーーッ!!」
猪が咆哮し、鼻息荒く突進して来る。
そのままアルスは猪に踏みつぶされそうになる。

「火焔流!!」
しかし、ルビカンテが放った炎の竜巻により、最悪の事態は免れた。
いくら飼いならされていようと、戦場を幾たびも駆け巡ろうと、獣は獣。
炎には一瞬とはいえ怯んでしまう。

その隙に、猪の進行方向から辛うじて逃れた。
追撃とばかりに魔王の上からの斬撃が襲い来るが、リンクが盾でアルスを庇う。

一時的な危機は逃れるが、再びファントムライダーが襲い来る。
「火焔流!!」
単体攻撃に特化した炎の竜巻だけでは、全ての亡霊を払えない。
だが、そこでアルスが手を打った。

「バギクロス!!」
アルスが放った竜巻がルビカンテの炎と合わさり、火焔流の破壊力とバギ系魔法の攻撃範囲を同伴した、巨大な紅蓮の竜巻が作られる。
この世界で生み出された奇跡は、騎士の亡霊を全て薙ぎ払い、ガノンドロフとキングブルボーにも迫った。


「行け!!」
さしもの猪の王も、それには怯んでしまう。
だが、無理矢理ガノンドロフは突っ込ませる。

彼とて、無策で竜巻に飛び込むわけではない。
アイスナグーリの力を借りた回転斬りで、炎の竜巻を払おうとする。
否、ガノンドロフに味方した条件は、それだけではない。


この場にいる者は誰も知らない。
鉄の猪が走る軌道が、「黄金長方形」を描いていたことだ。
本来ならばその軌道は馬、しかも手なずけられた名馬にのみ作れる形であり、まかり間違っても走り方や足の長さが異なる猪が出来ることではない。
だが、力の魔王による強引な矯正で、その軌道は造られた。
黄金長方形を作るために、『馬の癖を最大限活かす』という、とある世界のとある家にのみ伝わる方法とは真逆のやり方で、新たな道は造られた。


無限の回転を内包する、多くの人間、時として動物の目を惹く形は、回転を助長する。
ガノンドロフ自身は黄金の回転を知るツェペリ家と関わり合いは愚か、黄金長方形のからくりを知っていた訳でさえない。
だが、彼の騎乗能力が、偶然その力を生んだのだ。


黄金の回転と、白銀の氷の加護を受けた回転斬りは、巨大な竜巻をたった一撃で薙ぎ払った。
その破壊力の裏に秘めた美しさは、魔王の敵であったアルスやルビカンテでさえも魅入られてしまうほどだった。


だが、勇者たちの攻撃はこれで終わりではない。



「でええやあああああ!!!」
「!!」

正眼に構えたリンクが、猪に乗った魔王以上に高い位置まで飛ぶ。
狙うは魔王の頭上。
どれほど研磨された回転、いや、素晴らしい回転だからこそ、その中心は無防備になる。
ガノンドロフが目の前の竜巻を薙ぎ払った隙にリンクは地面を蹴り、陸の奥義 大ジャンプ斬りを騎手めがけて放った。


「なるほど。我が頭上を狙ったか。」
だが回転の軌道をずらし、リンクの上からの攻撃を潰そうとする。

「ぬうううううう!!」

大ジャンプ斬りのジャンプ斬りと違う点は、斬撃のみならず衝撃波によるダメージも与えられること。
従って、斬撃そのものをガードされたとしても騎手にもその騎手が乗っている獣にも攻撃が出来る。


渾身の力を込めて、天から撃った一撃により、ガノンドロフの右肩から両脚まで衝撃波が行き渡り、その先にいたキングブルボーにも伝わった。

「ブガアアアア!!」
鉄の猪は悲鳴を上げ、地面に崩れる。
そのはずみで、魔王は離れた場所に吹き飛ばされる。
剣を交わしていたリンクも同じように吹き飛ばされそうになるが、身を捩って無事に着地する。


(よし、気絶はしているが、殺してはいないな……。)
猪の静かな呼吸を聞き取り、リンクは安堵する。
キングブルボーには責任はないとリンクは考えていた。
それに、リンクは長い時を牧童として、馬やヤギなどの動物に囲まれて過ごした。
悪戯心の下で、動物にちょっかいをかけたことは数多くあれど、食事以外の目的で殺そうと考えたことは無い。
殺さなければ、それに越したことは無いのだ。


だが、その安堵は一瞬で打ち砕かれる。
ガノンドロフが、キングブルボーの脳天に魔法剣を投げたのだ。

「ブルルルルアアアアアァァーーーッ!!」
当然猪は苦しみ始める。
身体を震わせたが、やがて動かずに事切れた。

「何てことをするんだ!!」
リンクは魔王を怒鳴りつける。
「キサマはなぜ怒っているのか分からぬな。」
ガノンドロフは笑みを浮かべ、その反応を面白そうに見ていた。


「君の仲間じゃ無かったのか!」
アルスもまた怒りを露わにする。

「主を地面に落とす獣など、必要ない。違うか?」

自分がしたことも悪びれる様子もなく、さも当然に様な顔をし続けるガノンドロフ。

「良く分かったよ。やはりアンタは俺が倒さなきゃいけない。」
リンクの剣を持つ手の力が強まる。
疲労など関係ない。
宿命さえも関係ない。
要らないから、自分を傷付けたからという理由で自分の手名付けた獣さえも殺そうとする男を、許しておけなかっただけだ。


「我も一つ分かった。獣を繰るより、自らが獣になった方が殺しやすいとな!!」
対して、ガノンドロフはうなり声と共に地面に両手を付いた。
その姿勢は、おおよそ剣を持った者の戦い方とは思えない。

「これで終わりだ!」
予想もつかない挙動にリンクはたじろぐことも無く、足を速めていく。

(ぼやぼやするな!僕も戦え!)
既に体のあちこちが痛むが、アルスも同様に魔王の下へ走り、ルビカンテも右手に炎を溜める。


「グルルアアアアアアアァァァァァアアアア!!!!!」
耳をつんざくような雄たけび、先のキングブルボー以上の凄まじい遠吠えと共に、人の姿をしていた魔王が、巨大な猪に姿を変えた。

(!!)
ただでさえ溢れるほどに滾っていた殺意が、一層凄まじいものになる。
心臓が弱い者だったり、戦いに慣れていない者であれば、それだけでショック死してもおかしくないほどだ。
最初にその牙の標的になったのは、一番近づいていたリンクだ。

突然の変身に対応することも出来ず、貫かれそうになる。
しかし、咄嗟にトルナードの盾でガードしたことで、かつてこの世界でガノンドロフに敗れたエッジと同じ轍は踏まなかった。

「があっ!!」
しかし、あくまで一撃で致命傷を負わなかっただけ。
盾で守っても攻撃力が高すぎるあまり、両腕に雷でも落とされたかのような衝撃が走った。
アイアンブーツなしでゴロン族の突っ張りを食らった時のように、大きくリンクは跳ね飛ばされた。


「火焔流!!」
追加攻撃に炎の竜巻が襲い来る。

「グルアアアアアア!!」
魔獣となったガノンドロフの鬣を焼く。
今のガノンドロフは鎧を付けていないため、炎の攻撃の耐性は弱くなっている。
だが、生命力や攻撃力は比べ物にならない。


魔獣はしばらく苦しんでいた。
しかしその「しばらく」が終わると、炎の竜巻は両の前足の爪のたった一撃で引き裂かれた。
「何!?」
自慢の技を大したダメージも与えることなく潰され、ルビカンテも驚いた。

魔獣は地面を駆け始める
走り出した魔獣はリンクとアルスとルビカンテの3人の周囲を、ぐるぐると回り続けた。
魔獣の咆哮と、地を蹴る時に響く悪魔の太鼓のような音が、草原に木霊する。


「3人で背中を合わせて固まって!背中を見せたらだめだ!」
「命令するな!」
何処から襲ってきても良いように、1か所に固まることを提案する。
だが、ルビカンテはそれを無視して、魔獣目掛けて走る。

「いくら巨大であろうと、所詮は獣……!火に弱いことに変わりはないはずだ!!」


一度視界を遮ったこともあり、再び走る魔獣に向かって、炎の竜巻を打とうする。
「ダメだ!」
リンクも止めようとするが、ルビカンテを止めることが出来ない。


「火焔流!!」
だが、魔獣ガノンは巨体に似合わぬ高さで、跳躍した。
その高さは、炎の竜巻の高さをも超えた。

「跳んだだと!?」
猪の怪物がしでかしたとは思えぬほどのアクションで、間近にいたルビカンテは勿論、リンクもアルスも驚く。
しかし、驚いている場合ではない。
巨体が高く跳び上がったことは、地面に落ちた時の衝撃はそれだけ凄まじいはずだ。


「逃げろ!影の場所には絶対に近づくな!!」
言うが否やリンクは早速走り始め、ルビカンテも不服ながらも走り始める。
先程とは打って変わって、1か所に固まらずに散会する。


しかし、アルスのみ逃げることをしなかった。
「君も早く逃げろ!!」
リンクは走りながらも忠告する。
チャンスだと見込んだのか、魔獣の影がアルスへと狙いを定めた様だった。
しかし、アルスは動けなかったのではなく、魔法を紡いでいた。


「破邪の光よ、全てを零に導きたまえ…マジャスティス!」


魔獣の身体が地面に落ちる寸前、アルスから放たれるまばゆい光が辺りを照らす。
極彩色の光が、漆黒と真紅に覆われた魔獣を包み込む。
「ガアアアアアアアァァァ!!」

空中でけたたましい雄たけびが響く。
しかし最初に吠えた時と違い、苦しみが混ざっていた。
アルスが放った魔法は、敵を殺すことは出来ない。
だが、敵に纏っていた魔力を消失させ、元の姿に戻してしまう。


魔獣の身体がアルスを潰す寸前、魔王の姿に戻った。

「小僧が……味な真似を……!!」
しかし魔獣に変化する際、魔力を幾分か消費したとはいえ、まだ戦える力ぐらいは十分残っている。
空中で回し蹴りを放ち、狙いをアルスの細い首に定める。
ただの蹴り。しかし、それだけで並の人間の首を撥ねてしまう威力を持っている。
アルスは強力な魔法を放ったことで防御が手薄な状態だ。

「させるか!!」
死神の鎌の様な蹴りが一人の少年の命を刈ろうとした瞬間、リンクの盾が彼を守る。

「ちっ……」
蹴った反動でリンクから離れる。剣はキングブルボーに刺さっているため、その剣を取ろうとする。
しかし、リンクは休むことなく連続で攻撃を打ち込んでいく。
袈裟懸け、袈裟返し、そして突き。


「図に乗るなあアア!!」
リンクの猛攻を許さず、魔王の掌底が胸に襲い掛かる。
受ければ心臓をつかみ取られるか、穿ち抜かれかねない一撃を躱し、地面を転がり背後に回り込む。

―――参の奥義、背面斬り
その一撃が、魔王のマントを切り裂いた。

「天よ怒れ!!ライデイン!」
さらに、魔王の顔面にアルスが放った雷が落ちる。
もうアルスの魔力は残り僅かでしかない。

天からの光の矢が次々と降り注ぐ。
今度はガノンドロフは避雷針になり得る剣を持ってない。
だが、一度ギガデインを見ている以上、どのタイミングで落ちて来るかはガノンドロフに推測が付いた。

雷が落ちる平原の中を魔王は駆けていく。
そこへ、リンクとルビカンテの二人が迫りくる。

「これしきのことで、我を追い詰めたと思うな!!」
雷が止んだ後、何度目か魔王は光の結界を出し、2人を足止めする。



ライデインのみでは魔王にトドメを刺せない。

だが、ここで全ての力を使う。
アルスが持ちうる奥義の中で最強の、ギガスラッシュを。
あの技はクッパに撃った際には、倒せなかった。


(けれど!ここで決める!!)
魔法を連発したアルスにとって、最早戦える時間は僅かしかない。
電車の中でわずかな時間休んで以降、ほとんど休憩していないまま、マジャスティスやギガデイン、ライデインと強力な魔法を打ち続け、今にも気を抜けば倒れそうだ。
筋肉痛と頭痛、疲労と傷が身体を支配しようとする中、戦える時間はもうあまり残っていない。
出来るか出来ないかではなく、やるという気持ちだけを胸に、剣に雷を纏わせる。

黄金の力を纏った一撃が、魔王に目掛けて襲い掛かる。

「その程度か!!」
しかしガノンドロフは読めていた。
この速さならば後ろへ退けば躱せる。

しかし、その後ろにいたのは、蹲っていた鉄の猪だった。
ライデインは攻撃の為のみならず、逃げ場を断つために撃っていたのだ。

「これで終わりだ!!ギガ………え?」

トドメの一撃を打つ瞬間、勇者アルスは崩れ落ちた。
彼の背中、正面から見れば心臓に当たる部分に、猪の牙が生えていた。


ガノンドロフは蹲っているキングブルボーの牙を力づくでへし折り、アルスの心臓目掛けて投げつけたのだ。


アルスは悲鳴を上げず、ただ鮮血が迸る音だけが響いた。
真っ赤な血が、緑の服を汚す。
だが、リンクはその色が変わっていく様を見届けることは出来なかった。

「…………。」
突然の予想外過ぎる瞬間に、リンクは表情も、全身も硬直したままだった。
「なんだと……!?」

それはルビカンテも同じだった。
彼らにとって、アルスと共に生きた時間は、生涯のうちのほんの僅かでしかない。
それでも、少なくともリンクにとっては魔王との戦いで救い、救われてきたかけがえのない戦友だった。

そのアルスが、殺された。
実感がわかない。
世界が白黒になり、まるで時間が止まったかのように感じる。



やがて、その瞬間が終わりをつげ、視界に色が戻って来る。
それと同時に、仲間を失った怒りが、胸から神経という神経を伝う。
彼は声一つ上げず、誰よりも静かに緑の風となり、魔王へ向かって行った。


かつてリンクはイリアや村の子供たちを連れ去られた時は、怒りの矛先は弱い自分へ向かっていた。
この殺し合いでイリアを殺された時は、怒りよりも自分の行動のせいで彼女を殺した罪の意識が勝っていた。
そして、イリアが死してなお傀儡として操られていると知った時こそ怒りはあったが、その対象こそは見つからないままだった。


これほど純粋な静かで純粋な殺意と怒りを、リンクは初めて知った。


「ほう……怒りに身を委ねたか。ケダモノの様だな。」
その様を見て笑みを浮かべたガノンドロフは、剣を取り出した。
魔法の世界の少女がかつて持っていたものでは無い。
より大きく、影の世界の魔力を帯び、漆黒に染まった大剣だ。
その剣を握りしめると、血の様に真っ赤な線が刀身の中央を走った。


だが、そんなもので止まるつもりはない。
全てを擲ってでも、この男を殺そうとした。


―――弐の奥義 盾アタック

強力な斬撃を無理矢理押し返す。
当然ながら片腕の筋肉が悲鳴を上げるが、凄まじく湧き上がる怒りは、その痛みを霧消させる。

―――肆の奥義 兜割り

その勢いで高く跳び上がり、脳天を一刀両断にしようとする。
同じように剣を上段に掲げ、その一撃を防ぐ。


(こいつを殺す。)
彼の心の内には、その7文字しかなかった。
余りの勢いに、ルビカンテは付いて行けなかった。
密着状態であるため、迂闊に炎を打てばリンクまで焼いてしまう。


「素晴らしい攻撃だ。」
何発目か、リンクの攻撃は、ついにガノンドロフの持っていた影の剣を弾き飛ばした。
否、弾き飛ばしたのではない。
リンクの攻撃に合わせて、その剣をとある方向に投げ飛ばしたのだ。


そんなことはつゆ知らず、リンクは続けざまに攻撃を仕掛ける。
その身をぐるりと回転させ、魔王の腹を切り裂こうとする。

だが、まだ浅い。
(くそ……だが次こそ必ず殺す!!)


その時、足音が聞こえた。
それはルビカンテが走る時の音ではない。
間違いなく、彼が走る時の足音だ。


奇跡が起こったのか、その姿を僅かな希望を胸に戦友の姿をこの目で焼きつけようとした時。
見えたのは、戦友が自分に斬りかかる姿だった。



最終更新:2021年12月31日 09:18