ㅤわたしたちは、狂信者。

 蹴落とされて、地に這いつくばって、世界は優しさでは構成されてないって幾度もなく思い知らされているはずなのに。

 それでも、その先に光があることを信じてる。根拠のない狂信だけをよすがにして、足掻いて、もがいて――いつか帰るところを、死にものぐるいで探してる。

 そこに合理性は欠片も無い。弓矢の一本でも刺さろうものなら砕け散る命で相手取るには、世界はあまりにも強大すぎるから。その先の光を盲目的に信じる私たちは、やはり狂信者と呼ぶに相応しい。

 それでも、わたしはただ、思う。

 そこに光が無かったとしても、暗闇の先に待つのが、更なる暗闇であったとしても。帰るところを信じて戦い抜くその様は――血や泥に塗れてたって……花のように、綺麗だ。


 さあ、咲き誇れ。その雪が溶けることを、その先に青い空があることを、信じて。







 古代の英雄メルビンをもってしても、皆殺しの剣は紛うことなき驚異である。横に薙ぐならばひと振りで敵全てを払えるまでの無差別攻撃、縦に振り下ろそうものなら重力をも味方に付けた必殺の一撃。紗季殿を守るという大前提の方針に従えば、横薙ぎの一閃を許してはならない。

「ぬおおおっ!」

 なればこそ、メルビンは積極的に近接戦を挑んでいく。良く言えば広範囲の斬撃も、悪く評せば大雑把。意思が剣に奪われたゴルベーザに、ミクロの判断が鈍くなることは避けられない。

 呪いとは、代償だ。求めた力への正当な代価だ。皆殺しの剣についての知識があるメルビンは、それを理解している。理解の上で、その弱みを適切に突いている。

 それは偏に、永きときを生きてきた老兵、もとい英雄としての経験の賜物に他ならない。世界に残された最後の希望――エデンの戦士と呼ばれる者たちの一人でありながら、ゴルベーザに挑むことにすら至れなかった少女がいた。その少女、マリベルも紛れもなく、魔王オルゴ・デミーラを一度ならず二度までも討ち滅ぼした勇者の一行の名に恥じぬだけの実力を身に付けた勇士である。そんな彼女とメルビンの決定的な差を分けたのは、ダーマ神の導く特技の習得数でも、戦士職と魔法職の差でもなく、積み上げてきた戦闘経験の差と、それに伴う戦闘知識の差だ。

 皆殺しの剣を前にして、己の側に利となる射程を即座に認識して動けるだけの、経験に裏打ちされた判断力。しかしその一点こそが、ゴルベーザを明確に追い詰めている。

「はやぶさ斬りッ!」
「ぐぬうっ……!」

 斬撃の合間を結うかのごとき連撃がゴルベーザの胴に生傷を刻んだ。それでも体躯を逸らし致命傷となる一撃を受けずに済ませるのはゴルベーザの戦闘センスの賜物か。

 だが、ゴルベーザの返しの斬撃もメルビンの命を狙い済ます。大雑把と言えど、しかしそれ故に威力は計り知れない。まともに受ければ致命傷も請け合いのそれを、メルビンは瞬時に体勢を低く保って回避する。

「ぐっ……!?」

ㅤその体勢のまま繰り出されるすいめんげりが、ゴルベーザの足を奪う。転倒を防ぐために大きく後方に跳躍するゴルベーザを、武器を上空前方に投げ捨てて身軽となったメルビンが追随する。

「ばくれつけんっ!」

 カウンターを叩き込む暇もない四連撃がゴルベーザの身を打ち付け、その衝撃に膝を着く。

「まだまだでござるっ!」

 先ほど投擲した剣を空中でキャッチし、そのまま重力を味方に付けて振り下ろす。一方のゴルベーザは、皆殺しの剣を横に構えて防御の姿勢を取る。

「かぶとわり!」

 放たれたその一撃は、その名が示すとおり防具の破壊に特化した特技。斬ることよりも、衝撃を伝道させて敵の防具を砕くことに秀でたその斬撃を、ゴルベーザは武器で受ける。刹那、剣を伝ってゴルベーザの腕に強く走る痺れ。すぐに感覚を取り戻すとしても、直後の一撃に至っては、安易な防御を許さない。

「今っ!」

 攻撃は最大の防御であると、誰かが言った。すでに連戦で体力を消耗しているメルビンにとって、ゴルベーザの攻撃を受けないためには攻撃の隙さえ与えない連撃を叩き込む他ない。

「まじん――」
「埒が明かぬな……ならばっ!」

 接近戦を挑んでいるのは、詠唱の必要な呪文による搦め手と皆殺しの剣の射程に任せた斬撃、その両方を防ぐためだ。だが、後者はともかく前者――黒魔法は僅かなダメージを甘受して紡げば、発動それ自体は不可能ではない。


「ファイガッ!」
「――斬りっ!ㅤ……ぬおっ!」

 渾身の斬撃をその身に刻みながらも、しかし身体の芯を逸らして致命傷だけは避ける。その一方で、生み出された魔力がメルビンへと向かう。すかさず回避しようとするも、渾身の一撃を叩き込んだ直後にそれは成せず、躱せなかった火種がメルビンの胴体を焼く。形成された火柱から即座にバックステップで離れるメルビン。会心の一撃を叩き込めたことでダメージレースではメルビンに軍配が上がっている。

 しかし距離を置いた上で火柱の向こうにゴルベーザの姿が隠されている現状は、決して良い戦況とは言えない。こちらから追撃をすることはできず、さらには敵がいかなる攻撃を図っているのかが見えない。

 だが、皆殺しの剣の性質を考えると、その答えは分かりきっている。その殺意は、誰に向いているのか。近接戦闘を繰り広げ続け、明確に敵対している自分か? それとも、後衛に位置しており手の内の見えない早季殿か?

 否、どちらでもない。奴の殺意が向く先は――"全員"だ。

「早季殿っ!」

 咄嗟に早季の前に躍り出て、彼女の前に立ち塞がる。同時に飛んでくるは、二人纏めて薙ぎ払える横凪ぎの斬撃。『仁王立ち』によって二人分の威力が上乗せされたそれを、メルビンはその剣一本で受け止める。反力で両の腕から飛び散った鮮血が、早季の顔をぴちゃりと濡らした。

(っ……!)

 その冷たさに――わたしは愕然とすることしかできなかった。メルビンさんに庇われたのは、これで二度目だ。わたしがここにいることは、少なからずメルビンさんの負担を増やしている。

 呪力を扱ってその分まで戦いの役に立つのなら、前衛と後衛という役割分担であると、前向きに捉えることもできるだろう。だが、今の早季に戦闘の経験など全く無かった。奇狼丸のような呪力を用いない近距離戦闘を繰り広げる者とも、まだ出会っていない。一瞬の油断が命取りになるが如き戦場に目が慣れているはずもなく、コンマ1秒先に交錯する二人がどの地点を位置取っているか予測すら難しい。そんな状況下で下手に呪力を放とうものなら、最悪の場合メルビンさんに当たってしまう。

(わたしも……役に立たないと……!)

 メルビンさんには逃げるように言われているところを、無理を言ってこの場に立っているのは重々承知だ。間違っても足手まといにだけはなりたくない。


「そうだ……今ならっ!」

 ゴルベーザとメルビンの間に距離がある今は、メルビンを誤射する心配もない。狙いは、ゴルベーザの手にした剣。本体を狙わないのは、命を奪うことへの躊躇でありながら、はたまた戦略的な妥当性に基づく意味合いも多分に含んでいる。呪力とは、イメージを具現化する力だ。死や他害、そういった概念と遠く生き続けてきた早季。人体の破壊のイメージを具現化しようとすれば、無意識的な躊躇が先立ってしまう。しかし、物体の移動となれば話は別だ。皆殺しの剣をゴルベーザから引き離すのみであれば破壊のイメージと切り離した上で行使できる力であるし、メルビンの足を引っ張る危険性も少ない。

「えっ……?」

 しかしその思惑は、崩れ去った。皆殺しの剣へと向けた呪力は、目標物に到達するや否や、虹色の蜃気楼を生み出しながら弾けて消えたのだ。それは、複数の呪力が同じものに干渉し合った時に発生する現象と似ていた。

 皆殺しの剣に込められた呪力と酷似した呪いの力など、早季には知る由もないのだが、しかし分かっていることがひとつ。あの剣に対し呪力を用いた干渉は無力であるということだ。そもそもあの虹色の空間断裂が発生するような事象を無理に通そうとすれば、思いもよらぬ事故が発生しかねない。それによって起こる事柄が、自分やメルビンに向く可能性を考えると、あの剣に対して呪力は行使できない。

 手元に到達した謎の力に一瞬だけ顔をしかめながらも、ゴルベーザはそれ以上気を取られることなく再び早季とメルビンへと斬り掛かる。

「やらせはせぬっ!ㅤしんくう斬りっ!」

 これ以上二人分の攻撃を引き受けながら戦える保障はどこにもない。前進し、根本から攻撃を止めるメルビン。こうして形成された二人の剣士の間合いは、やはり近接戦闘に帰着する。

 この距離であれば、敵の一挙一動の結果が結実する前にその根本を叩ける。早季殿への攻撃が始まる前にその軌道を逸らせる。その目的に察しをつけたゴルベーザは、ただひと言。

「――眩しいものだな。」

 誰かを守るために戦う、聖騎士の道――それは、かつて光の道を往く弟に向いていた感情の発露だった。今やその弟は、この世に存在していない。あの記憶さえも、皆殺しの呪いに侵食された今となっては曖昧なものと掻き消えた。

 もはや光は、私の帰るべきところではない。償いを成せなかった私に、その陽だまりは眩しすぎる。


「そうでござろうな。」

 その言葉を耳にしたメルビンは、ひと言。

「闇を歩むのは、辛いでござろう。すぐにその剣の呪いから、解き放つでござるよ。」
「……ほう、お前はこの呪いを、知っているのか。」

 私の、戦う理由を――戦わずにいられない理由を、知っているというのか。戦乱の中で私に向けられた憎しみは、数えきれない。だが、お前はこの私に憎しみではなく、慈しみを向けるというのか。

 精神の奥深くに眠っているゴルベーザの意思が、誰にも聞こえない悲鳴をあげた。その声は、戦いに何も影響を及ぼすことは無い。呪いに抗えるはずもなければ、僅かばかりの躊躇すら呼び覚ますこともなく、再び二人は剣を交えた。

 そして太刀風の巻き起こる戦場に、早季の介入する余地など全く見えない。しかも心無しか、メルビンの動きには疲れが見え始めていた。

 それは当然だ。メルビンとの戦いに至るまでダメージらしいダメージを負っていないゴルベーザに対し、メルビンはガノンドロフやビビアンとの戦いを経ている分、元より傷は多かったのだ。しかもそればかりか、仁王立ちで早季の分まで受けたダメージまである。単純な消耗戦で、ゴルベーザに利があるのは明白であった。

 呪いの篭った剣から繰り出される一撃一撃が、メルビンの両の肩に重くのしかかる。その度に霞む視界に、揺れる命の灯火。

 その背中を見つめつつ、早季は迷っていた。

(考えろ、わたし。)

 下手に呪力を行使すると、メルビンさんの邪魔になる。下手に戦いに干渉すると、最悪の場合ゴルベーザに利することとなる。

 わたしにできることは、何だ?ㅤわたしのやるべきことは、何だ?

 メルビンさんの意思を汲み取るのなら、逃げることが最適なのは間違いない。呪力でどうにもできない凶器を振り回す敵。怖くないはずもないし、逃げたいという気持ちも心の底から嫌というほど湧いてくる。

 だけど、分かるんだ。ここでメルビンさんを見捨てて逃げたのなら、次もまたその選択を取ってしまう。生き延びるために誰かの命すら妥協してしまう心の準備ができてしまう。次に見捨てるのは守か、覚か、それとも真理亜か。

 そんなの、嫌だ。わたしの帰りたい世界は、誰かの屍の上で胡座をかいて生きる世界じゃない。

 考えろ。いつも授業で教わっている通り、呪力は万能の力なのだから……。


(――そうだっ!)

 そして早季は、ひとつの発想に思い至る。

 根性論など、何の意味も持たない。意志を持つ者にのみ微笑む戦いの女神などいない。だから、早季がその境地に至ったのは必然である。

(敵が呪力を扱っているのかは分からない。でも、仮に呪力じゃなかったとしても……)

 早季は少なくとも、呪力という力とは真摯に向き合い続けてきた。否、早季でなくとも全人学級の生徒は全員だろう。そうでなかったのなら、全人学級からもこの世からも、文字通り"いなくなる"のだから。

(扱うのに"集中力"が要るのは、間違いない!)

 だから、知識として持っている。集中力は、呪力を扱う際の基礎だ。呪力でトランプタワーを組み立てる訓練も、繊細な集中力を鍛えている。

(敵が見ているのはメルビンさんだけじゃなく、わたしも……。それなら、敵の集中力だけを、崩せばっ……!)

 思い付くが早いか、早季は辺りに配置されている巨岩を、呪力で持ち上げる。その光景は、早季に背を向けて戦っているメルビンではなく、ゴルベーザのみに伝達される。力は行使しなくても、力だ。自分の持つ力の片鱗を見せ、警戒をこちらに向けてくれればそれだけでもいい。一瞬の気の緩みが生死に直結するあの斬撃の嵐の中で、それは大いに戦局を変える一手となり得る。

 これは、搬球トーナメントでその片鱗を垣間見せた、早季の軍師としての才。それを戦場でも冷静に見出して、実行に移せるだけの胆力。その全てが、開花する。

 そしてそれは、早季の思惑以上に有効に働いた。ゴルベーザにとっての早季は、実力を考量してメルビンよりも殺す優先度の低い相手、というわけではない。皆殺しの剣の呪いによる殺意は、誰が相手であっても平等に働く。

 なればこそ、割かれる注意力もその分、大きい。

「……バイオッ!」
「むっ……!」

 飛んでくる岩石を警戒し、眼前のメルビンを払い除けるために放ったのは毒霧を生成する黒魔法。

 結論から言えば、尚早だった。この戦局で迂闊に岩石を撃ち込もうものならメルビンも巻き添えになるのは間違いなく、チラつかされた攻撃がブラフだと気付くに足る要素はあった。しかし皆殺しの呪いに侵食された今のゴルベーザに、正常な思考に基づく判断などできるはずもない。仮にできたとしても、その判断に思考を回さなくてはならないこと自体が早季の狙いでもあるのだ。

 そして至近距離から大雑把に放たれたバイオを、メルビンは回避できない。だが、己との距離を取るための牽制として放たれたのは明らかだ。治療(キアリー)を遅らせ、多少の毒のダメージを甘受したとしても、バイオの詠唱で生まれた隙を突くことには価値がある。


「……いざ、参るッ!」
「……!?」

 信じるは己が英雄としての経験のみ。ただただ無心で振るった刃は、文字通り付け焼き刃の狂気でしかない皆殺しの思念を上回った。守備力低下の呪いにより、実質的に唯一の防具でもある皆殺しの剣。真っ向から弾き合い、皆殺しの剣は地に落ちる。

 剣を落としたからといって、皆殺しの呪いは体内にまだ残っている。即座に解呪が成されるわけではない。だが、戦場で武器を落とすことが戦局にいかなる影響を及ぼすかは、あえて語るまでもないだろう。

 皆殺しの剣を拾おうとするゴルベーザに対し、メルビンはいま一度武器を構える。

「呪われし魔法戦士よ、そなた自身に罪はないでござるが……」
「……。」
「……これ以上の犠牲を生まぬためにも、その命、貰い受ける。」

 跳躍とともに繰り出すは、五月雨のごとき英雄の絶技。それをどこか冷めた目で見つめながら、傀儡は静かに口を開いた。

「……そうか。」

 お前は、私自身に――セオドールに罪はないと謳うのか。世に戦乱を招き、両の手では数え切れぬほどの災禍を招いたこの私を赦す、と。

 ああ、それは――



「それが、光の導く答えなのだな。」



 ――何と、愚かなことか。

 ゴルベーザではなくセオドールとしての、月の民の技術――父フースーヤから受け継ぎし黒魔法を、父の論じた理想郷から乖離させ皆殺しの手段として用いているは紛れもなくセオドールの罪だ。さらには、亡き母の形見である弟と戦禍を繰り広げたばかりか、この世界でもみすみす死なせてしまったこと。償っても、償い切れぬ。断じて、赦してはならぬのだ。

 皆殺しの剣の呪いに魅入られた私を赦すことは、ゼムスの洗脳に身を委ねた私を赦すことに等しい。それを優しさと違える勿れ。我が償いを――否定する勿れ。

 光が私を受け入れるのなら。闇だけが私を拒むのなら。

 ――ならば光など、絶やしてみせようとも。

 光を否定し、闇の道を往くその姿は償いの姿とは程遠く、巡る思考も導き出した答えも、何もかもが矛盾に満ちている。いつか償いに生きると決めた男は、もういない。どこにも、いないのだ。


「私の闇を知るがいい……参れ、黒竜!」
「なっ……!」

 ゴルベーザが手をかざした瞬間、メルビンの前方に魔法陣が形成される。ゴルベーザとは違う、新たなる気配を察知したメルビン。繰り出した五月雨剣は、両者の間に顕現した何者かに吸い込まれていく。

 手応えは、決してないわけではない。が、その存在の身体は人間よりも……それどころか鎧よりも硬く、少なくとも守備力を低下させる皆殺しの剣の呪いが及んでいるとは思えない。すなわちその剣の向かった先は、皆殺しの剣の呪いから分離した、ゴルベーザとは全く異なる存在だということだ。

「まずいっ……!」

 刹那の判断。未だその存在の全貌は見えないが、その皮膚の硬度から影の正体――もとい系統は、推察できる。攻撃を中断し、即座にバックステップで距離を取るメルビン。その隙にゴルベーザは落とした皆殺しの剣を拾い上げ、安全圏に下がることのできたメルビンはキアリーを唱えて先の毒を治療する。

 そして改めて、眼前の存在と向き合う。そこに在るのは、人がその身ひとつで挑むには無謀と評されるほどに、強大すぎる存在――ドラゴン。かつてルーメンの町を滅ぼしたやみのドラゴンとも似たその姿と風格が、その威信を証明している。

「ぬぅ……召喚術……でござるか。なんと、禍々しい……。」

 かつて倒した敵とはいえ、無意識に眼前の存在と比較されたのは、ひとつの世界を闇の帳で包み込んだ強大な力を持つ魔物だ。もちろん、当時とて己が身ひとつで討ち取ったわけではなく、仲間の存在があってこその勝利である。そのような強大な魔物を想起させるほどの存在を、ゴルベーザと同時に相手取らねばならない。ああ、嫌でも理解する。ゴルベーザという男が、皆殺しの剣の呪いなど関係なしに、このような禍々しき存在を使役する破壊の使徒であったことを。

 ゴッドハンド、それは英雄(バトルマスター)と聖騎士(パラディン)、ふたつの職業を極めた者のみが到れる戦闘のスペシャリストだ。まさに燎原の火の如く戦場を駆け、一騎当千で敵を殲滅するその勇姿、剣技という部門において右に出る職業は無いと言い切っても過言ではない。だからこそ、ゴッドハンドの職に就くメルビンと剣技において拮抗するゴルベーザが、剣の道において歴戦の勇士であることに何ら疑いはなかった。

 しかしその一方でゴルベーザは、黒竜という高位の存在を召喚した。それはゴッドハンドの対と呼ぶべき魔法の真髄、天地雷鳴士のみに許された高等呪文の領域である。それを扱えるゴルベーザは、魔法の領域においても高位に位置するのは疑いないのだ。

 剣と魔法、ひとつの身にその両方の真髄を宿すは、少なくともダーマの神の導きにおいて人に為せる領域ではない。それは、月の民という種としての特異性がもたらすものか、それともゴルベーザが個人的に持つ才覚であるかは、もはや誰にも知り得ない。

 だが眼前の敵がどれだけ強大であろうとも、負けるわけにはいかない。ここで己が倒れれば、皆殺しの剣は次の獲物へと刃を向ける。その対象は当然にこの場にいる早季殿だ。その次はアルス殿やアイラ殿かもしれないし、ノコタロウ殿の仲間かもしれないし、早季殿の友人かもしれない。これは信念というよりも、もはや意地に等しいものだ。背負っているのは己が命だけではない。守るべき相手の命、そして過去の世界に置いてきた戦友たちの期待もまた背負っている。

 そう、メルビンには、帰る場所がある。

 それはアルス殿やアイラ殿のいる時代ではなく、戦友たちと誓いを交わした遥か昔の時代。それが安らかな余生の先であろうとも、戦場で交わした刃に散ることになろうとも、死という甘い眠りの中で彼らともう一度会えるその瞬間こそが、彼にとっての帰る場所となるのだろう。

 その時は手土産に、魔王の首を。ただそれだけを望んで、剣を握り続けてきた。

 それが、メルビンの戦う理由。決して踏み外すことなく、ただただ真っ直ぐに光の道を往くことができる理由。刃に生きる覚悟なら――遥か昔から、決まっている。



最終更新:2022年01月25日 09:38