ボーガンの弾が命中した後、額を押さえたマグドフレイモスは、逃げていく。
「やったぜ!!」
仗助は拳を握って喜ぶが、ミドナの表情は強張ったままだった。
「まだだ!!アイツを転ばせるんだ!!」
ミドナはかつてマグドフレイモスを倒した時の手順を思い出す。
額にダメージを与えた後は、地面に倒してさらに追加攻撃を加えねば、あの怪物は倒せない。
「ど、どうするんだ?」
「早くアイツの鎖を引っ張るんだ!!」
ミドナの言う通り、スタンドでマグドフレイモスを足枷の鎖を引っ張ろうとする。
(コイツ……すげえ力だ!!)
鎖を掴んだ瞬間、手負いの怪物の凄まじい力がスタンド越しに伝わって来る。
だが、岩のような重さになれるアイアンブーツを履いた上で、磁石の床にでも経っていない限り、巨体のマグドフレイモスを転ばせることは出来ない。
クレイジー・ダイヤモンドでさえ、少しでも力を抜けば負けてしまいそうだ。
力を込めても、仗助ごと引きずられていく。
「だったら……ワタシが!」
マグドフレイモスに回り込み、ミドナがその額を打ち叩こうとする。
かつては光の世界では影の中でしか行動できなかったから出来なかったが、今はゼルダから力を承ったために出来る。
苦し紛れに怪物は地面を殴り、草原の一部を地面ごとむしり取る。
かつてマグドフレイモスが封印された部屋は、鉄の床で出来ていたため、それは出来なかった。
「!!」
ミドナは見たことのない技を食らいそうになり、慌てて躱そうとする。
しかし、その後ろから悲鳴が聞こえた。
「ビビアン!!」
クリスチーヌはビビアンとマリオがいる方に慌てて走る。
怪物の相手をしていた仗助とミドナも、ビビアンの方へ走った。
「くそっ……どうしてあいつが!!」
ローザはマグドフレイモスの額目掛けて、矢を放つ。
「マリオ……。」
炎の塊に押しつぶされながらも、ビビアンは口を開く。
マリオはこれまでビビアンにも攻撃していたのが嘘であるかのように、自らが焼けるのも厭わずその塊をハンマーで払い続けた。
ローザは慌ててケアルガをビビアンにかけようとする。
しかし、既にマリオの攻撃を受けていたビビアンには、もう遅かった。
いくら炎の魔法を使えるとは言え、炎の力に耐性が無いわけではない。
「いっしょに、かえろ。」
そう一言告げると、彼は息絶えた。
その瞬間、それまで騒がしかった戦場が嘘のように静まり返った。
伸ばした手はまたしても掴めなかった。
そして、一瞬の沈黙が訪れた後。
全員の鼓膜を破るかのような、慟哭が響いた。
「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
今までとは比べ物にならないほど、カゲの力と殺意が増してくる。
「やべえ!!」
仗助の叫びも最早遅い。
「シェル!!」
ローザが全員に防御魔法をかける。だが、焼け石に水にしかならない。
辺り一帯を、凄まじい影の力が襲った。
黒の衝撃波。
かつてカゲの女王が使っていた最強の技を、マリオも使った。
元々女王から渡されたカゲの力に、産まれたばかりの怒りと憎しみを込めて。
かつてマリオ達はこの技を、ビビアンのカゲがくれで凌いだが、今回はその術者は息絶えている。
何もかもを、影と絶望が真っ黒に飲み込んでいく。
そこにはいかなる光も生きることを許さない。
「ちくしょう……、何で?」
吹き飛ばされた時に頭をぶつけたからか、顔に血が垂れた。
身体中が痛くて痛くてたまらない。
体重が何かの間違いで数十倍になってしまったんじゃないかと錯覚するぐらい重くなった体を鞭打って立ち上がる。
そこに広がっていた光景は、地獄だった。
それまででさえ至る所が燃え盛り地獄か何かと思っていたが、この風景は少し前のそれよりはるかに悍ましかった。
地面の全てが抉り取られている。
もしも仗助が別の時空の杜王町に産まれていれば、「壁の目」というものを連想していたかもしれない。
「アアアアアアアア!!」
その真ん中で、マリオが叫びながら、動かなくなった怪物を、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も叩いていた。
怪物も黒の衝撃波にやられたのか、体を覆っていた火は消え、倒れたまま抵抗の意志を見せない。
生きているのか死んでいるのか分からないが、それでも壊れ切った英雄はその怪物を叩き続けた。
仲間を殺された復讐心か、それとも本当に壊れてしまったのか。
先程までは恐ろしい相手だと思っていたマグドフレイモスが、哀れな何かにしか思えなかった。
そして動かなくなった怪物を何かに憑りつかれたかのようにひたすら殴っているマリオもまた、哀れさを感じた。
これまで仗助は杜王町で、アンジェロから始まり、果てには吉良吉影と裁かれてしかるべき悪とばかり戦っていた。
だが、目の前にいる男は、これほど人を傷付けておいてなお、悪だとは言い切れなかった。
大切な人を失った時の悲しみは、祖父をアンジェロに殺された時、重清を吉良に殺された時に知っているから。
きっとその前に自分とキョウヤを襲ったのも、然るべき何かを失ってしまったのだと分かった。
「うああああああああ!!!!」
だからこそ、マリオを止めないといけないと思った。
仗助はビビアンやクリスチーヌと違い、元の世界ではマリオと無関係の人物だ。
ローザと違い、大事な人がマリオに殺されたわけでもない。
誰かの為などという大義名分ではない。
もし自分がマグドフレイモスを止めていれば。
もし早くビビアン達の所へ戻れていれば。
「こんなことになったら、ヤケの1つでも起こすよなあ!!」
自分の後悔とやるせなさ、そして敵への哀れみが綯い交ぜになった、黄金の精神とは限りなく程遠い感情を爆発させる。
「分かるんだよ!!だからこそ、やったらいけねえんだよ!!」
スタンドも出さず、走って素手でマリオの顔面を打ち抜く。
思ったよりも軽く、マリオは吹っ飛んで行った。
「もういいだろ……。」
マリオもまた、ひどくボロボロの状態だった。
既に1人で5度戦い、ローザとビビアンの合体魔法を受けたので当然だ。
それでもハンマーを振りかざして、仗助に襲い掛かって来る。
またも仗助の拳がマリオの団子鼻にヒットする。
だが、マリオはそんな痛みは無いとばかりにハンマーを振り回そうとする。
「こんなのでいいのかよ!!何もかもを壊し尽くせば、オメーはそれで満足なのかよッ!!」
クレイジー・ダイヤモンドと、ハンマーが同時にぶつかる。
最早、誰もがなんのために戦っているのか分からない有様だった。
そこは正義白も悪の黒も、他の色も完全に入り混じってしまった、灰色の世界。
表も裏も関係ない殺し合いだ。
「そんなことを許してたまるかあッ!!!」
クレイジー・ダイヤモンドのラッシュがマリオに刺さる。
強化魔法を使わせる隙も与えない。
何度目か、マリオは吹き飛んだ。
「ぐあっ……!!」
仗助の頭上から雷が落ちる。
防御する体力は残されておらず、膝をつく仗助。
何度も攻撃を受けてなお、マリオはまだ立ち上がる。
「これだけやって……これだけやってもまだ足りねえのかよ!?」
破壊を繰り返す欲望も目的も何なのか、マリオ本人にすら分からないというのに、立ち上がる仗助は驚きを隠しきれなかった。
「マリオ!!」
気が付くと仗助の後ろで、クリスチーヌが立っていた。
彼女もまた、マリオの技を受けて立っているのもやっとという状態だ。
「分かったわ。答えが。」
クリスチーヌはただその一言だけ言った。
「生きていてよかった……けど、もうアイツはどうしようも……。」
「今のマリオを否定しても、きっと彼を救うことは出来ないわ。それに何より、考古学者の卵の私が、解明出来ないことを出来ないままにしておくことはできないのよ。」
今、仗助とクリスチーヌの目の前にいるカゲの怪物は。
ゴロツキタウンで悪党に絡まれていた見ず知らずのクリボーを助けてくれる、優しい人なのだ。
いくらマリオがこの場で破壊の限りを尽くしたとしても、マリオは壊れてしまったからという否定だけで終わらせたくは無かった。
「そいつは、グレートっすね。」
その言葉をかけられ、仗助はどうにも出来なかった。
彼女の決意には、大昔に彼を彼たらしめる所以になった、大雪の日の不良と同じ物を感じたから。
そんな彼女の想いを、部外者でしかない自分が否定することは出来ない。
「ありがと。心配しないで。誰よりも英雄を倒してきたのは、私達クリボーなんだから。」
ただ、僅かでも力になればよいと、スタンドで彼女の傷を僅かながら回復した。
最終更新:2022年06月16日 09:50