「シャーク殿、もう私を背負う必要は無い。
元より鍛えた身である以上、手負いでも歩くことぐらいは出来る。」
「そうか。ならばハヤトに遅れないぐらいの速さで歩いてくれ。」
カイン達と別れてしばらくした後、シャーク、ヤン、早人の3人はデパートへ向かって歩き始めた。
ヤンの気持ちを汲んで彼を背中から降ろすシャーク。
彼の胸の内にあるのは、未だに行方不明の息子アルスのことだ。
遥か遥か昔の時代、まだあの子が子宮以外の場所で生活出来なかった頃、魔王軍の決戦に行く前にコスタールに置いてきた。
だが、妻と息子が待っている地に帰ることは出来ず、呪いの氷に閉じ込められ、悠久の時を過ごすことになった。
だが、それから幾重もの時が流れた先に出会ったのは、水の精霊の力を受け継ぎ、成長した息子だった。
(アルスはきっと無事だ。オレが信じなくてどうする。)
確証は無い。ただ自分がそう信じたいだけだ。
彼は時を越え、闇の封印を越えて自分に会いに来た。
水の精霊の力を承ったから強いのではない。彼自身が何物にも屈さない強さを持っている。
でも、自分が父親らしいこともろくにしてやれずに死んだ、なんてことにはなって欲しくなかった。
たとえ彼には、ボルカノという別の父親がいたとしても。
だから信じようとした。
あの時偶然とはいえ闇の封印を破って自分たちの海賊船にやってきたように、この世界でもまた会えると。
「これはまた、奇怪な建物ですな。」
しばらく歩くと、ヤンが口を開いた。
細めた目が『うわ、なんだこの街並みに不似合いな建物は』と語っている。
なんせ中世風の石造りの街並みの真ん中で、コンクリートの建造物がでんと構えているのだ。
「ハヤト。デパートとはこんなデザインなのか?まるで城か神殿のような大きさだ。」
同じようにデパートという建物を見たことが無かったシャークも、怪訝そうに聞く。
「そうだよ。」
川尻早人は短く回答する。
この殺し合いの会場にあるデパートは、彼の地元にあるカメユーデパートにそっくりな外見をしていた。
屋上でその存在を強調しているカメのマークの看板こそ無かったが、それ以外の外見はほとんど変わりはない。
「それは分かった。けれどデパートには休憩する場所はあるのか?」
「休憩向けの施設じゃ無いけど、外やさっきの空き家よりかはあるはずだ。」
座る所の1つくらいはあるはずだし、家具店があれば、行儀作法はなってないが、展示品のベッドで眠ることだってできるはずだ。
「これだけ高い建物なら、上から人探しが出来るかもな。」
海賊船のメインマストより高いデパートを見て、シャークが呟く。
馬鹿と煙は高い所が好きというが、海賊はその高い場所から、敵船や島の場所を探す。
望遠鏡が無いのは心もとないが、地上とデパートの屋上と、どちらが人探しに向いているかと聞かれれば、彼にとっては後者の方だ。
3人が近づくと、ウィインと独特な音が響き、ガラス張りのドアが勝手に開いた。
彼らを迎え入れるのは、蛍光灯の光に照らされたクッションフロアの床に、所狭しと並んでいる陳列棚。
それらの上に置いてあるのも、化粧品など特に珍しい物ではない。
この物語を読んでいる者がイメージする、デパートの風景そのままだ。
(デパートに来るのはいつ以来だろう。)
ふと、そんなどうでもいいことを早人は思い出した。
殺人鬼、吉良吉影が父親を殺して彼の家に来る前も、父と母は疎遠だった。
朝食以外を家族3人で過ごした時間など、中々思い出せない。
この場で思い出す必要はないと分かっていても、そんなことを考えてしまった。
そもそもの話、ここは家族向けの場所なんかではない。
早人がいた世界のデパートでは、休日であろうと平日であろうとひっきりなしに喧噪が響いてきた。
だが、ここでは聞こえてこないことが何よりの証明だ。
「2人共ま入り口で待ってろ。待ち伏せしている者がいるかもしれん。」
そう言うとシャークはデパートの中へ走り、口笛を吹いた。
彼は羊飼いの職に就いたことは無いので、それだけで敵をおびき寄せることは出来ないが、注意を引くことぐらいは出来るはずだ。
その口笛を聞く者は2人を除いておらず、デパートの天井にぶつかって、木霊となって返って来た。
続いて、すぐ近くの商品棚に陳列してあった化粧品のポーチを手に取り、適当な方向に幾つか投げる。
だが、中身が散らばるだけで反応は無かった。
「少なくともこの階には誰もいないようだ。入っても良いぞ。」
入り口で待機している2人に呼び掛けると、ヤンと早人も中に入る。
「何だこれは……。」
ヤンが、デパートに入ってすぐの受付の机にあった書置きを見つける。
『ここにあった鍵を拝借いたしました。必要ありましたらバロン城に来てください』
「カギ?」
一体何のことやら。2人の頭上に?マークと、それを囲んだ吹き出しが浮かんだ。
何を読んでいるのか怪しんだシャークも、すぐに2人の所にやって来る。
「シャーク殿はカギとは何のことか、見当がついてますか?」
「……分からん。ここへ来るまでに鍵穴らしきものも見ていない。」
そもそもの話、ここにメモしてあった『鍵』が、錠前を開く文字通りの鍵なのか、はたまた何かのメタファーである『カギ』なのかさえ分からない。
あればこの殺し合いにおいて不利になることは無いだろうが、有利になるか決まっているわけでは無いし、ましてや有効活用できない可能性もある。
「バロン城か…。私の戦友の城ですな。」
この殺し合いの会場において、唯一ヤンが知っている場所だ。
その戦友は早いうちに死んでしまったが、それでもその戦友の恋人であるローザが向かっている可能性だって捨てきれなかった。
「向かうつもりか?あんたはここへ来た目的を忘れるな。」
デパートを出ようとするヤンを、シャークが咎める。
もしバロン城へ3人が向かい、その間にカイン達がデパートに来たら、入れ違いになってしまう。
「せめてもう少し休憩してから向かうべきだ。怪我人だということを忘れるな。」
「かたじけない。」
ヤンはシアーハートアタックの爆撃を受け、今も手負いの身だ。
シャークから回復魔法をかけてもらったとはいえ、連戦は難しい。
ここは補給源のない中、限られた手札のみで戦いを強いられる。
そんな状況で、常に自身の怪我を気にかけるのは当然のことである。
説得を受け、しばらくはこの場で傷を治すことに専念した。
「それより、休憩できそうな所があったよ。」
早人はデパートの中の家具店の方に向かう。
そこには座るための椅子や、ベッドまで展示してあった。
本来ならそれらは売り物なので、使うべきでは無いが、そんなことは関係ない。
「これは素晴らしい寝心地ですな。早人殿の世界には、こんなものが売られているのか?」
ファブール城のそれよりも柔らかさが違うベッドを楽しむヤン。
そして早人も、商品の机に突っ伏して眠ることにした。
この3人は見張りであるシャークを残して、しばらく休むことにした。
それからしばらくの間は、静寂が3人を包み込んだ。
殺し合いの場とは思えぬほど、穏やかな空気が流れた。
だが、そんな空気の中でも、シャークはアルスを心配し続けた。
休んでいる2人に悪いと思いながらも、1度だけデパートの3階へ行き、そこから辺りを見渡した。
誰も見つけることは出来ず、徒労に終わったが。
そして、2回目の放送と共に、静かな時間は終わりを告げる。
オルゴ・デミーラの声がデパートの館内放送のように響き、眠っていたヤンと早人も目を覚ます。
ヤンの知り合いは、既に死亡を知らされていたエッジと、最初に出会った満月博士だけだったから、まだショックは少なかった。
(満月殿……ミドナ殿は大丈夫か……)
勿論、それがショックで無いわけでは無かったが。
だが、あとの二人にとっては、ショックどころでは済まない事実を突き付けられた。
シャークにとっての息子であり、彼を助けてくれたアルス。
川尻早人にとっての命の恩人であり、殺人鬼をも倒した東方仗助。
その二人が呼ばれたのだ。
この殺し合いそのものが大概だが、この事実は到底信じられなかった。
それを聞いたシャークと早人は怒りもせず、悲しみもせず。
目を見開き、口をぽかんと開け、ただその事実を受け入れるしか無かった。
だが、この放送はそうした思考の放棄さえ許さなかった。
唐突に地震が起こり、棚の上に置いてあるものがいくつか落ちる。
早人は反射的に机の下に隠れ、ヤンやシャークも周りに気を配った。
地震が止み、静かになった後、最初に口を開いたのは、普段は口数の少ないヤンだった。
「今のは何でしょうか……。」
「さあな。大方この殺し合いが進んだ記念に上げた花火のようなものじゃないのか?」
荒療治とは言え、3人は放送のショックから冷静さを取り戻すことが出来た。
だが、別の出来事が3人を驚かせた。
「あっ!外を見て!!」
それに一番早く気付いたのは、川尻早人だった。
このデパートの中はずっと蛍光灯が付いているので、中からでは変化が分かりづらい。
外は、丁度真昼になったばかりだというのに、大雨の予兆でもあるかのように、暗くなっていた。
いや、大雨の予兆という言葉はおかしい。
空は相変わらず雲一つないのだから。
一体どういうことなのか、気になった一行はデパートの3階まで上がってみた。
そこから見える景色は、放送前までと大して変わりはない。
どこかにとてつもなく大きな樹でも生えたかのように、辺り一面が影に覆われていることを除けば。
「面倒なことになったな。」
そう呟くシャークに対して、ヤンが問いかける。
「どちらの方ですかな?」
「外も中もだ。」
彼が言った「外」というのは、デパートから見える方面だ。
ここから北西に位置する森の方角から、煙が上がっていた。
それはすなわちカイン達が向かった方向に、何か良からぬことが起こっているということだ。
先の放送で別れた3人は誰も呼ばれていなかったが、まだあの辺りをうろついている可能性も否定しきれない吉良吉影だって呼ばれていない。
彼が言った「中」というのは、当然デパートのことだ。
外が暗くなったということは、灯りが付いているデパートに人が寄ってくるという事でもある。
ここは夜間の船にとっての、灯台のような存在に早変わりしたのだ。
勿論頼れる仲間が来るかもしれないが、殺し合いに乗った者が蟻のように群がって来る可能性も捨てきれない。
勿論、当初向かう予定としていたバロン城も気になる。
「心配なさるな。休めたのでもう心配いらぬ。」
ヤンはそうは言ったが、爆撃を受けた直後よりかはマシというだけで、万全の状態ではないのは2人の目にも明らかだった。
留まるか出るか、出るとしてもどこへ行くか、決断に迫られる。
1人がバロンへ向かい、1人が森へ、1人が留まるという考えは論外だ。
戦闘向けの能力のない早人に、手負いのヤンが正面から戦えば分が悪すぎる。
そのため、3人はデパートの窓際で、早速どこへ向かうか話を進めることにした。
「オレはカイン達の所へ行くべきだと思う。たとえ放送で呼ばれなくても、無事だとは限らん。」
シャークは今にもデパートを出ようとする勢いだった。
「僕もそうした方がいいと思う。それにもうじき、こことバロンをつなぐ橋が封鎖される。」
早人もその案に賛成する。
バロン城へ向かった所で、望みの相手に出会えるか分からない。
それに、バロン城のエリアは北と西が封鎖され、もうじき袋小路になる。
わざわざ迎えに行かなくても、向こうの方から出てくるのではないか、そのように考えた。
「そうだ、御二人が気付いているか分かりませんが、一つお伝えしたいことがあります」
いざ出発という時に突然、ヤンが紙切れを取り出して床に置き、書きなぐった
『この殺し合いの主導権を握る者が変わった。』
「「!!?」」
先ほど地震が起きた時、あるいはそれ以上に2人は驚いた。
「どういうことだ。」
『放送 言い終わる前 打ち切られた。』
シャークの質問に対し、ヤンは簡潔に書き殴っていく。
あの時頼れる仲間の予想外の訃報を
「そう言えば……だからといって、そう決めるのは早急なんじゃないか。」
早人はヤンの主張に対し、半信半疑と言った表情を浮かべている。
実際に元居た世界で、ラジオやトランシーバーといった音声機器を使った経験のある早人は、機材のトラブルか何かだと思っていた。
あの時既に必要事項は粗方報告されていたので、態々改めて報告するほどことでもないはずだ。
件の地震のせいで一時的に接続が切れてしまったということも考えられる。
『地震 起こした 理由 分からぬ』
「それはただのパフォーマンスでは無いのか?」
シャーク・アイとしても、めでたいことがあれば海賊船の上で花火を上げたことがある。
アレと一緒にしてしまうのは癪だが、この殺し合いが進んだことを祝して行っただけのものだと考えた。
「そうかもしれませぬ。ですが私としてはどうにも引っかかるモノがある。
とはいえ、予想がどうであれ奴等を倒さねばならぬことには変わりはありませぬが。」
ヤンの話は終わり、今度こそデパートを出ようとしたその時だった。
入り口に、二人組がいた。
大小の人ならざる姿をした者たちだった。
小さい方は黒魔導士の服を纏ったネズミ。もう片方は頭にトサカと角を生やし、トゲトゲの甲羅を背負った亀の怪物。
この2人が殺し合いに乗っているかは不明だ。
どちらも美しいとは言い難い外見だが、3人の中で見かけのみで差別や判断をする者はいない。
殺し合いに乗っているかもしれないし、そうでないかもしれない。
「私はスクィーラと申します。こちらの方はクッパ様といいます。
あなた方の中で、クッパ様を治療を出来る方はいませんか?」
最初に言葉を発したのは2人組の小さい方、スクィーラだった。
隣にいたクッパは全身の至る所に傷を負っており、よくここまで歩いてこれたなという有様だった。
身体には申し訳程度に包帯を巻かれているが、それだけでは到底完治しそうにない。
「回復魔法には僅かながら心得がある。だがそれをした所で俺達に得があるのか?」
シャークは決して、己の保身のためにこの台詞を吐いたのではない。
彼の魔法はこれから向かった先で、傷ついた仲間に使うつもりであったこと。
そしてこの2匹の方に非があり、殺し合いに乗った者の片棒を担ぐ恐れがあったことで、そう返した。
「そ、そんな殺生な!!分かりました。こちらのカギでどうでしょう。何か重要な物らしいですが、命には代えられません。」
スクィーラはデパートの三階で拾った、金色の鍵を見せる。
「使い方も価値も分からないモノを金替わりにするつもりか。」
シャークの表情は解れることは無かった。
カイン達が負傷した可能性もある中、貴重な魔力を使ってまで治療したい相手では無かった。
決して相手が醜い獣たちだからという訳ではない。
スクィーラの隣にいるクッパは負傷しているのは間違いないようだが、どこか虚ろな目をしており、何とも言えず嫌な予感がした。
「まあまあシャーク殿。そう凄むのも良い事ではないでしょう。
ただし私達はこれから行かねばならぬ所があり、全ての魔力をあなた方に使うことは出来ませぬ。」
ヤンもヤンで、決して同情心からそう言ったのではない。
この2人組、特にスクィーラの方から何とも言えず嫌な感じがした。
確かにクッパは怪我をしているようだが、このネズミは彼の怪我を治してもらう以外に何か別のことを考えているような気がした。
言ってしまえば、森で出会った吉良吉影の不審な態度と同じものを感じたのだ。
だからと言って迂闊に刺激したりせずに、適当に感知しない程度に回復魔法をかけてやり、そのまま別れようと考えた。
なんなら根掘り葉掘り相手のことを聞いても良いが、そこまで時間をかけた挙句、カイン達を助けることが出来なくなるのは避けたかったからだ。
「それで十分です。ありがとうございます。」
シャークと呼ばれた男がクッパに魔法のようなものをかける。
レンタロウにつけられた傷が癒えていく様子から、それは人を癒す呪力のようなものだとスクィーラは解釈した。
(さて……これからどうしますかな。)
彼としては、話し合いの段階に入るという第一のステップは踏んだ。
鍵は別に渡しても問題は無い。
既に鍵の一部を削り、金粉として別の形で保管している。
交渉を円滑に進める為ならば、鍵はあげてしまっても構わない。
ここから如何にして彼らの鞄の口を開けさせ、ニトロハニーシロップの起爆剤になる物を探すか。
手っ取り早くサイコバスターを使うことも考えたが、すぐにまだ早いと判断した。
おまけにこの世界は特殊な力を持つ者がいるので、使った所で無毒化される可能性も否定できない。
その時、クッパが口をもごもごとさせて呟いた。
「まりお……ぴーち……どこにいる?」
「クッパ様、ここにいるかどうか、ここの方々と話をしてみます。しばしお待ちを。」
その様子を見て、3人は何とも言えず嫌な物を感じた。
どちらも、放送で呼ばれた名前ではないか。
弔うために彼らの死体を探しているのか。
もしくは放送を聞いていないのか。
あるいは、放送そのものを信じていないのか。
「こちらがその鍵です。どこで使えるのかは分かりません。これより手分けしてその鍵穴を
探そうと思います。」
「話を聞いていたのか?オレたちはこれから戦いに行こうと考えているのだぞ?」
「いえいえ、第一優先でやれというわけではありません。ただお仕事のついでで探して下さればいいのです。」
ヤンは屈んで、スクィーラが握りしめている鍵をまじまじと見つめる。
特に何か罠らしきものは無い。
顔を近づけてみても、火薬らしき匂いは感じず、呪いのように胸が悪くなる感じもしない。
これは紛うことなき金の鍵で、スクィーラは少なくともこれで自分達に害を与えるつもりはないのだと判断し、ザックに入れる。
「一つ聞きたいことがあるんだ。」
川尻早人が口を開いた。
「はい。何でしょうか。」
「それは、支給されていたんじゃなくてここで見つけたんだよね?」
「そうですが、何か問題でも?」
「もしかしたらそれで脱出出来るかもしれない。見つけたのなら限定品のケーキぐらい大事にしておくべきじゃないのか?」
早人としては『なぜスクィーラがそんなに大事なものを第一に渡そうとするのか』ということが疑問に思っていた。
クッパの怪我を治したいのだとしても、そうやすやすと交渉の材料に使うべきではないだろう。
ヤンとシャークは、スクィーラは『鍵の価値も使い道も分からないから渡しそうとした』のだと考えた。
だが、川尻早人という疑り深さで生き残った少年は、『鍵の価値が分かった上で、渡そうとしている』と判断した。
つまり、鍵を最初から交渉カードとしか考えていないことに、違和感を覚えたのだ。
鍵が支給品ではなく、かつ何の力を発揮するのか分からないということは、ただの支給品とは一線を画す存在でないかと考えることが妥当だ。
そして、鍵という脱出の可能性をあっさり他者に譲渡しようとしていることは。
スクィーラは脱出による生還に、あまり重きを置いていない。すなわち殺し合いの優勝を目指しているのではないかとも考えた。
「いえ、クッパ様の怪我を治すのが最優先だと考えたのです。」
「だとしても、脱出の可能性がある道具を一番最初に出すのはおかしくないか?他の支給品じゃダメなのか?」
切り札は隠し持っておくのが常識だ。
それこそ屋根裏でもランドセルでも。肝心なタイミングまで存在すら他人に知られずに隠しておくのが当然だ。
(この早人というガキ、頭が回る様だ……)
まさかスクィーラは、3人の中で一番小さい早人がそのようなことを言って来るとは思わなかった。
彼らバケネズミにとって子供、特に法と秩序の無い場所での子供は格好の得物だったから。
「それとも、他に見られたら困る道具があったのか?」
そこまで言うのに躊躇いは無かった。
かつて自宅の風呂で川尻耕作を騙った吉良吉影を詰めた時は、力が無かったが故に逆に良いようにあしらわれてしまった。
だが、今回はそれは考えなくていい。
危害を加えようとすれば、頼れる大人が、この人の言葉をしゃべるネズミを一瞬で物言わぬネズミに変えるはずだから。
「!!?」
いかにして相手のザックを探るか考えていれば、いつの間にか自分の方が探られる立場に回っていたとは。
ザックの中には細菌兵器と起爆剤が眠っている。
どう誤魔化そうか考えていた時、シャークが口を開いた。
「ダメだ。」
「ど、どういうことですか?」
「傷が多すぎる。オレ一人じゃ治しきれない。」
シャークはにべもなく回復魔法を止めた。
回復魔法が制限されている中で、ベホイミだけでは治すことはできない。
本職の僧侶や賢者に比べて、魔力が決して潤沢ではないシャークなら猶のことだ。
「ローザ殿がいれば……。」
ヤンはそう呟いた。
それはただ、白魔法に長けた者の名前を呼んだだけだ。
崩壊につながることも知らずに。
最終更新:2022年11月01日 12:13