ヤンの言葉がトリガーとなり、クッパは一つ思い出した。
――あの……私、ローザと言います。
――あ……あの緑の男、アルスは悪党なんです!
濁流の中から、ほんのわずかだけ記憶の欠片を拾い上げた。
自分の崩壊の発端になった原因を。
散々利用された挙句捨てられたあの女性の名前を。
思い出したからと言って、彼の心が元通りになる訳ではない。
ただ、一つだけ感情を取り戻した。
怒りという感情だ。
最も、理性も判断力も取り戻せていないのだが。
「うがああああああああああああ!!!!!」
怒りの感情を取り戻した者に、理性も思考能力も無ければ。
巣をつつかれた蜂のように、不快な相手を追い払うために、ただ感情の赴くままに暴れることしかできない。
「ひいいいい!!クッパ様、何かお気に召さぬことでもありましたか?」
「クッパ殿!落ち着いてくだされ!!」
突然暴れはじめたクッパを、どうにか宥めようとする。
突然目に光を取り戻したクッパは、辺りに炎を吐いた。
灼熱の炎は、ヤンを狙い、その後ろにいた早人とスクィーラも燃やそうとした。
「させるか……バギマ!!」
シャークが放った竜巻の魔法が、クッパの炎の威力を弱める。
「もしや、ローザ殿と何か……。」
「うがあああああああ!!!」
クッパはヤンに対して、両腕を振り回す。
至近距離にいたため、躱すのが遅れて爪で肩を切り裂かれた。
(この怪物、爪に毒を含んでいるのか……しかしカイナッツォに似ているかと思いきや、力はそれ以上、まずいな……。)
右肩に、切り裂かれた痛みとは異なる火傷のような痛みを感じた。
「ローザ!ゆるさん!!」
第二撃が頭上から来る。だが、ヤンはバック宙で後ろに躱した。
しかし、クッパは武器を持っている。
離れた所から、チェーンハンマーを投げて来た。
背を低くして躱せば、早人に当たってしまう。
「然らば……。」
ヤンは全身の筋肉の密度を上げ、地面にどっしりと構えて、全身の骨と筋肉を、臓腑を守る鎧に変えた。
さらに筋肉の膨張により、丸太のようになった両腕をクロスさせる。
ファブールのモンク僧でも出来る者は少ない『がまん』は、防御魔法プロテスと同じくらい敵の物理攻撃を軽減できる。
ヤンのクロスした両腕の真ん中に鉄球が直撃する。
鋼鉄の鎧や岩の塊でさえ砕く一撃を、ヤンは受け止めた。
ズン、と両腕に鈍くて重い衝撃が骨まで響く。
受け止めたが、その時の衝撃から2度は出来ぬ、2度目は腕が砕けると判断した。
『がまん』は攻撃の威力を軽減できるが、無力化は出来ない。
「ガアーーーーーッ!!」
そしてすぐに、クッパは炎の息を吐いてくる。
物理攻撃ではないファイヤーブレスは、ヤンの力では防御出来ない。
しかし、町一体を襲った津波が、彼を炎から守った。
それは決して偶然ではなく、海賊を極めたシャークが起こしたものだ。
自然によるものではなく、人の手により起こされたものなので、威力は大したものではないが、炎には水。
津波と炎がぶつかり、ジュウウという音とともに、潮臭い煙が巻き上がる。
「キアリー。」
爪の攻撃を食らった箇所が紫に変色したのを見て、シャークは解毒魔法をヤンにかける。
毒が消えたことで、全身の痛みも幾分かは治まった。
「かたじけない。」
「ヤン、ハヤトを連れて逃げろ!!」
「無茶を言ってはならん!あの怪物は私達2人でやっと止められる相手だ!!」
そこへ再び、クッパが鉄球を投げてくる。
もうヤンでは受けきれない。
だが、今度受けるのはシャーク・アイだった。
「そうはいくか!」
鉄球を目の前にしても、シャークは笑みを浮かべていた。
何も強すぎる攻撃を、防具と筋肉で受け止めることばかりが、防御の手段ではない。
先ほど鉄球攻撃をガードしたヤンとは対照的に、シャークは全身の力を抜き、襲い来る鉄の塊の衝撃を逃がす。
ヤンや、彼の仲間のセシルが剛の強さを持っているというのなら、シャークら海賊は柔の強さを備えている。
戦いのみならず、海を知り尽くし、時に水や嵐を操る力も手に入れた海賊の特技『大防御』だ。
水を潰すことが出来ないように、シャークもその攻撃で潰されることは無かった。
「頭を冷やしな、ハリケーン!!」
シャークが手を頭上に掲げると雨雲が集まり、豪雨と強風がクッパを襲う。
「ガアアアアアアア!!」
雨に打たれ、強風に晒され、クッパはその中で暴れる。
しかし、似たような姿をした海の守りガメは風や氷の技を無効化する。
シャークはこの技も大して効果を発揮しないのではないかと考えた。
「まて!ローザのなかま、にげるな!!」
シャークの悪い予想通り、大したダメージも受けぬまま嵐の中から抜け出し、クッパはヤンに突進しようとする。
当たればどうなるかは、殺し合いの序盤、杜王駅で戦ったアルスが証明している。
「あんたの相手はオレだ!」
「が!?」
シャークがクッパの横っ面を蹴とばしたので、突進を食らわずに済んだ。
「オレ一人じゃどこまで守りながら戦えるか分からん!早くしろ!」
「承知した!だが、ハヤト殿をここから逃がしたらすぐに戻る!!」
そう言ってヤンは早人を背負い、走って行った。
「ハヤト殿、行きますぞ!」
「……分かった!シャークさん、無事でいて!!」
ヤンに抱えられた時、早人は気づいた。
あのねずみ男は、このどさくさに紛れてどこに行ったのかということだ。
クッパよりも、スクィーラに警戒した早人は正しかった。
残念なことは、それを警戒していたのは、早人だけだったことだが。
□
クッパが大口を開けて、シャークを噛みつこうする。
素早さはシャークの方が上だ。
大振りで前動作も分かりやすい噛みつき攻撃など、当たることはない。
「水面蹴り!」
そして上半身を使った攻撃をした後は、下半身が無防備になりやすい。
姿勢を低くして、身体を独楽の用に回してキックを放った。
「ガアアアアア!!」
ダメージを受けたクッパは、腕を振り回し、炎を吐き散らし、鉄球をぶん回す。
全てシャークに当たることはないが、街のあちこちが壊れていく。
(この怪物……手負いの身とはとても思えん!大したヤツだ……)
いくら攻撃しても、倒れる様子の無いクッパ相手に、シャークは焦りを覚える。
それもそのはず。クッパはエデンの戦士アルスの最強技たるギガスラッシュを、まともに受けても倒れることが無いほどだ。
素早さと手数は間違いなくシャークが勝っているため、攻撃を食らって負けるとは思わなかった。
だが生命力も防御力も攻撃力も、全てクッパが勝っているため、倒せるビジョンも見えてこない。
攻撃を躱して躱して、隙が出来た瞬間にナイフで斬りつける。
シャークが持っているブロンズナイフは、軽さを重視する以上、スピードが命のこの戦いでは悪くはない。
だが、切れ味は市販の野菜や果物を切るためのナイフに毛が生えた程度。
よほど深くまで踏み込まねば、鱗とコウラの鎧に覆われているクッパにダメージを与えることは難しい。
マール・デ・ドラゴーンの海賊のリーダーとして、これまで戦った魔物との経験を総動員して、効果的な解答を探る。
はっきり言って、短期決戦が望ましいこの状況に置いて、最悪の戦術に近い。
シャークも分かっているが、それが最適解な以上はそうするしかない。
「ウガアアアアア!!」
クッパが突進してくるが、それをシャークは最低限の動きで横に飛び退く。
建物にぶつかり、壁に怪物をかたどった穴が開く。
それでも懲りず、再びクッパは突進してくる。
「させるか!メイルストロム!!」
先程のハリケーンより、二回りくらい広い範囲を洗い流す、水の竜巻がクッパの中心に現れる。
大渦はクッパを飲み込もうとするが、巨大な亀の大魔王は、突進でとぐろを巻く水龍を突き破った。
しかし、シャークは彼の息子と同じ轍を踏むことは無かった。
元々自分の技が効きにくいと踏んでいたシャークは、メイルストロムではクッパを倒せないと考え、突進攻撃を躱す準備をしていた。
(楽観視していたわけではないが、これでも大したダメージにならないとは……。)
だが、相も変わらずナイフと海賊の技だけで倒す方法は見いだせなかった。
元々海賊とは魔力に難がある職業なので、メイルストロムも何発も打てる技ではない。
デパートで休憩したことで魔力は幾分か回復できたとは言え、完全に回復したわけでもない。
この怪物を回復させるんじゃなかったな、とどうでもいい後悔を胸の中でしてしまう。
(とにかく正面からぶつかり合うべき相手ではない……ならば!)
石畳が捲れたことで、剥き出しになった地面を蹴る。
砂煙でクッパの視界を奪う。
鉄球を投げるが、ただでさえ命中率が低い攻撃を、視界を遮られた中では当たらない。
だが、例え理性を失っていたとしても、どう戦えばいいかはマリオとの度重なる戦いで、脊髄に刷り込まれている。
百聞は一見に如かずということわざがあるが、戦いというのは100の知識よりも1の経験がものを言う。
シャークの姿が見えないとなると、砂煙の届かない上空に飛び上がる。
「何!!?」
あの巨体で、跳躍して三次元的な戦い方をしてくるのは予想外だった。
クッパはそこに浮かび上がった影目掛けて飛びかかる。
「ぐわあっ!」
クッパのドロップキックが、シャークの腹に命中し、壁に命中する。
その一撃で内臓が潰れたわけではないが、骨の1本は持っていかれたのは痛みで分かった。
今のままではまずいと、砂煙をもう一度上げようとするが、それは出来なかった。
何かおかしいと、ハリケーンを食らわせようとするが、それもまた不発に終わる。
(どういうことだ!!)
シャークが気付かないのも無理はない。
どういう理屈か分からぬが、クッパのヒップドロップや踏みつけなどの技を受けた者は、一定時間使える技が制限される。
それは時に応じて道具が使えなくなったり、防御が出来なくなったりと様々だ。
運の悪いことに、シャークが使えなくなったコマンドは特技。
彼の世界には、あやしいきりやマホトーンなど、魔法を封じる魔法や特技は数多くあったが、特技を封じる技は無かったので、対処のしようがない。
「ゆるさん!じゃましたおまえもたおす!!ギッタギタにする!!」
クッパが大口を開ける。
海の暴れ者ギャオースにも劣らぬ、灼熱の火炎が吐き出される。
だがもう抵抗手段は何も残されておらず、支給品を出そうにも間に合わない。
「おわっ!?」
クッパがシャークを焼き尽くそうとした時、今度はクッパの方が足技を食らった。
予想外の方向からキックを受け、クッパはゴロゴロ転がって行く。
「危ない所でしたな、シャーク殿!!」
「ヤンどの。危ない所だった。感謝する。」
「ローザのなかま!わがはいをけりおって!!ボコボコにする!!」
再会を喜ぶも、クッパは立ち上がりまた襲い掛かって来る。
ガツーンジャンプのバッジによって強化されたヤンの蹴りといえど、それ一発でクッパを倒すことは出来なかった。
「来ますぞ!シャーク殿!!」
「分かっているさ。早くこのデカブツを倒して、カイン達の所へ行くぞ。」
この2人は負ける気はしなかった。
クッパという怪物はあくまで通過点。
彼等にとっての敵は吉良吉影であり、そしてこの殺し合いの主催者なのだ。
それゆえ、気付かなかった。いや、忘れてしまった。
先刻までクッパの隣にいた小さき者を。
クッパや吉良吉影とは比べ物にならないほど小さい脅威は、少しずつだが着実に2人の下へ迫っていた。
最終更新:2022年08月08日 14:23