私たちは、狂信者。
蹴落とされて、地に這いつくばって、世界は優しさでは構成されてないって幾度もなく思い知らされているはずなのに。
それでも、ほんの数ルクスの光と、安寧のために簒奪者に跪く。偽りの神の顔色のみを気にして、足掻いて、もがいて――彼らが喜ぶ方法を、死にものぐるいで探してる。
反逆の目途などない。偽りとはいえ、力を手にした神は、世界はあまりにも強大すぎるから。その先の光を盲目的に信じる私たちは、狂信者の道しか選べない。
それでも、私はただ、思う。
そこに光が無かったとしても、暗闇の先に待つのが、更なる暗闇であったとしても。未来を信じて戦い抜くその様は――血や泥に塗れていても、美しい。
さあ、咲き誇れ。その雪が溶けることを、その先に青い空があることを、信じて。
☆
(さて……そろそろ動くか……。)
スクィーラこと野狐丸は、川尻早人を追おうとしなかった。
ヤンやシャークとの戦いを盗聴されているのに気づかなかったこともあったが、彼を取るに足らない相手だと思っていたのもある。
それよりも彼にとって重要なのは、「ニトロハニーシロップをどこで使うか」ということだった。
トリガーとなる貝殻と金が手に入ったこと、そして参加者も残り少なくなってきたことで、秘密兵器を使うのも遠い話では無くなってきた。
川尻早人という少年が、仲間を集めて自分を倒しに来るはずだが、それはそれでチャンスともいえる。
何しろ、参加者が一ヶ所に固まってくれれば、まとめて爆殺できるからだ。
ふいに遠くから、人影が見えた。
人影と言うのは語弊がある言い方だろうか。
明らかに人間とは違うシルエットと、人間とは違う大きさを持っている。
向かっている場所はおおよそだが分かっていた。
影に覆われた世界の中でも、否、影に覆われた世界だからこそその悍ましさが際立つ場所。
即ち、大魔王の城だ。
あの城に人が集まるのか、はたまたあの男が向かおうとしているだけなのかは不明だ。
まだ、札を切ろうと考えるのは早い。
黒い異形に付かず離れず。あの城の近くがどのような状況になっているか、静かに歩き出した。
クッパは黙って、後ろをのそりのそりと歩いている。
その時に、城の下層部から煙が漏れ始めた。
だが、どのような状況になっているか、まだ分からない。
風に乗って怒鳴り声のようなものが聞こえているが、その先に何人いるかも不明だ。
そのため、支給品から『スパイ衛星』を取り出す。
この場所が丁度、大魔王の城をぎりぎり探知できる範囲だ。
このスパイ衛星という道具は、情報が価値を握る世界において、一見非常に役立つ道具に見える。
衛星のサイズは小さいため、よほど目を凝らして見なければ察知することも出来ない。
遠くの状況、特に室内を詳しく調べることが出来るのだから、そう考えてもおかしくは無い。
だが、1つ問題がある。
それは衛星を発信させる際に出る煙の存在だ。
すぐ消えるものとは言え、少なくとも一瞬はその出所が分かってしまう。
しかし幸いなことに、煙が消えるまでに自分に近づいてくる気配は無かった。
こういう時には、バケネズミの利く鼻が頼りになる。
武器はニトロハニーシロップのみならず、ダンシングダガーにサイコ・バスター、そしてクッパと潤沢にあるが、ここで戦うのはあまり気持ちが良い事ではない。
(1,2………3,4,5………)
その後すぐに、スパイ衛星はスクィーラの気になっていたことを伝えてくれた。
城内と城外にいる者は、合計で5人。
数だけみれば、鬼札を切るには少々勿体無い数かもしれない。
だが、その具体的な数を見れば、いかなる手段を用いても滅さねばならない相手がいた。
自分のことを知っている川尻早人に、元の世界で自分の計画を踏み躙った朝比奈覚。
この殺し合いの会場で、一番強いのは誰かと言われれば、スクィーラでも困る。
だが、特に殺さねばならぬ相手は誰かと言われれば、その二人は該当する。
おまけに、その二人が別々の陣営で争っているというのだ。
これを漁夫の利を狙う千載一遇のチャンスと言わずして、何と言うべきか。
早速準備に出ることにする。
まずはクッパが少しでも戦えるように、支給品を渡しておく。
「クッパ様。あの城からローザという女性の姿がありました。そして、姫君も捕らわれているようです。」
クッパに呪いの言葉をかけるのも忘れない。
☆
時は少し遡る。
場所は大魔王の城の前。
デマオンは、自身の居城の前に戻って来た。
それは真の彼の居場所ではなく、巧妙に造られた偽の城なのだが。
「吉良吉影ェ!!こそこそ隠れてないで出てこい!!」
だからと言って、自分を抜き差しならない状況に追いやった不届き者に入られれば、不愉快千万である。
彼の怒鳴り声が、ビリビリと巨大な城をも揺らす。
「デマオン!!」
城の中、見張り台から聞こえたのは、吉良ではなく少年特有の高い声だった。
そして、彼が良く知っている声だった。
魔王のいかめしい顔が、一層歪む。
ギリギリギリと、口元から歯ぎしりの音が響いた。
「お前は僕が倒す!!」
吉良吉影は、また善良な地球人たちを隠れ蓑にしようとしていたのは察しがついた。
だが、よりにもよって自分を憎んでいる地球人と手を組むことは予想していなかった。
これで、吉良が悪人だと伝えるのも難しくなった。
「みんな!!吉良から離れて!!」
川尻早人も、デマオンに負けずに大声で叫ぶ。
まだ彼は姿を見せていない。
だが、そこにいるとは彼も予想がついていた。
今眼鏡の少年の近くにいるのは、これといって特徴のない、影のうすい男などではない。
影から影へと渡り歩く殺人鬼だ。
「そこにいるのはー―――」
パン、と破裂音が響く。
その音に、早人の言葉はかき消された。
早人の警告も空しく、のび太は大魔王に発砲する。
距離はかなり離れているが、そんなことは問題ない。
彼の射撃はコントロールもスピードも、並のガンマンとは一線を画す。
しかし、デマオンの前にメラメラと燃え盛る火柱が上がる。
その銃弾は、デマオンの心臓に届く前に、ドロドロに融解した。
「不死の術が禁じられるからと言って、わしを倒せると思ったか!!」
デマオンの咆哮が、またも城内に響く。
(やはり戦いは避けられぬか……致し方あるまい!)
知略、暴力、惨劇渦巻くバトルロワイアル
たとえ目的は同じでも、避けることの出来ない最後の戦いが始まった。
☆
デマオンに発砲した瞬間、のび太は城の中へと戻された。
何度か彼も経験したことだが、覚の呪力によるものだ。
「迂闊に銃を撃つな。それが使える回数は限られているんだろ?大方俺達を挑発して、戦力を削ごうってクチだ。」
籠城作戦の厄介なことは、使えるリソースが常に限られていることだ。
それは食糧でも武器でも同じことが言える。
だが、覚としてはそんなことはどうでも良かった。
デマオンの隣にいた少年が、言おうとしていたことがどうにも気になった。
確かな理由は無い。けれど、自分の納得のいかないこと、欠けている情報のピースを埋める何かではないかと考えた。
「分かったよ…。」
のび太もいつになく冷静だった。
今の彼には、デマオンを倒し、自分は生きて帰るという決意がある。
それがドラえもんや美夜子、満月博士の為にもなる。そう考えていた。
だが、のび太自身も今の状況の異常さに、薄々感づいていた。
見落としなど何もないはずなのに、何か見落としがある。
そんな気分を抱きながらも、デマオンの出方を窺っていた。
「のび太。」
城内の窓際、とは言っても外から見えない場所に3人は身を潜める。
そんな中、覚は小さな声で告げた。
「何があっても、自分の感覚を信じろ。殺意には敏感になれ。」
彼は知っている。
下手な情報や力よりも、自身の感覚、そして想像力こそが全てを変えることを。
この世界での亡き戦友にして、恋人であった早季が示してくれたことだ。
自分は彼女のような強い精神は無い。土壇場で盤面をひっくり返せるアイデアを導き出すことも出来ない。
だが、そんな覚だからこそ、進言することが出来た。
「……分かったよ。」
早季と同じくらい、何があっても折れない強さを持つ少年に。
その瞬間、城の下層から、煙がもくもくと充満した。
「うわ!?火事だ!!」
どんな魔法で攻めてくるのかと思いきや、まさか煙責めとは。
しかし、これもまた籠城戦を決め込もうとしている相手には効果的な戦法だ。
慌てて3人は部屋から脱出し、階段へと向かう。
「のび太、吉良さん!!早く屈め!!口を押さえろ!!」
煙は高い所に昇るため、姿勢を低くすれば長く保つことが出来る。
そんなどこかで読んだようなことを思い出し、2人に指示を出した。
勿論、バケネズミの襲撃事件のことも思い出し、風を起こして煙を吹き飛ばすことも忘れない。
敵が起こしたであろう煙に、猛毒が含まれており、目や肌に害を及ぼす可能性もあるからだ。
しかし、追い風を吹かしても煙はどんどん迫って来る。
制限された呪力だけでは、どうにもならない。
「ドカン」
吉良が空気砲を打つ。
攻撃力には難がある武器だが、爆弾スタンドを持つ吉良が撃つことで、また話は変わって来る。
「キラークイーン、そこで点火だ!」
空気弾の破裂と共に、煙は吹き飛ばされた。
だが、それも一時しのぎにしかならない。
「のび太、銃を撃つな。引火して暴発するかもしれない。」
「うん。分かってるよ。」
「それより早く上へ行きましょう。ここが煙で充満するのも時間の問題です。」
吉良がこの場に留まるより、上の階へ行く方が良いと提案する。
それは妥当な考えだ。だが、妥当ゆえに読まれやすい考えでもある。
「ダメだ!きっとそれが奴の狙いだ!!」
「な、何を言ってるんですか?」
「上の階へ逃げたら袋のネズミだ!下の階へ向かうぞ!!」
これは大魔王の城のみならず、多くの高層建築に言えることだが、高層部の面積が低層部より広くなることは無い。
従って、上へ行けば行くほど、どこにいるか外から狙われやすくなる。
恐らくデマオンは自分達を上に追いやり、そこに魔法を撃つことで終わらせる。そうなのだろうと考えた。
「のび太、はぐれるなよ!!」
「分かった!」
呪力で煙を吹き飛ばせる覚を先頭に、のび太、吉良の順番で階段を降りていく。
しかし、長い階段を降りている間、朝比奈覚は考えていた。
自分がやっていることなど、早季の劣化コピー。
一手で味方が全滅しないように、その場しのぎの指示を出すしかない。
このままでは、自分の知らない『何か』によって、遠からず犠牲者が出てしまう。
(何か……俺にやる出来ることは無いのか……)
何度目か、階段の踊り場に出た時、覚はふと思いついた。
自分の世界で、遠くの相手に物事を伝える時にどうしていたかを。
「君たち。少し後ろで待機していてくれ。」
「え?」
「わ、分かりました……。」
そう言うや否や朝比奈覚は、踊り場の窓から顔を出した。
デマオンのご尊顔が良く見える場所だ。
そこから彼に向かって、思いっきりべえっと舌を出した。
「おっそいんだよ!!いつまで経っても俺たち3人さえ倒せないようじゃ、魔王と言ってもお角が知れてるな!!」
小学生のような罵詈雑言に加え、呪力で何発も空中に爆発させる。
これもまた、挑発らしい行為だ。
ボンボンボンボンと、花火のように小さな爆発が空中に浮かぶ。
それを見たデマオンは、ニヤリと笑った。
「このわしを虚仮にするとは、よほど死にたいようだな!!
望み通り死なせてやろう!!空を見るがよい!!」
城の2階からでも聞こえるほどの大声だ。
それを聞いても、覚はなおも冷静だった。
「ちょ、ちょっと、朝比奈さん!!」
デマオンを怒らせたと思ったのび太は、全身を震わせている。
いくら大魔王と戦う勇気がある彼と言えど、怒声を受ければ怯えるのは当たり前だ。
「何をやっているんだッ!!遊びじゃあないんだぞ!!…失礼。ですがやはり、今からでも上に向かいましょう。
城から逃げても、あの男が手ぐすね引いて待っているだけです。」
吉良はのび太の手を引っ張り、階段の上へ登る。
「ちょ、吉良さん!?」
のび太は慌てるも、吉良はすぐにデマオンを迎え撃った場所に戻ろうとする。
しかし、覚はあろうことか、上階へ行く二人を無視してデマオンの動きを凝視していた。
早速、天空に一本の光線が上がったと思いきや、大爆発が起こる。
その後、同じ場所の5連続の小型の爆発。
先程の覚の呪力の意趣返しのような構図だが、爆発の規模は彼の数倍だ。
その爆発の範囲には大魔王の城は含まれていないので、彼らがダメージを受けることは無かった。
だが、空気の振動はすさまじく、階段を登ろうとしていたのび太たちは転がり落ちそうになる。
(くそ……アイツ、もう少し加減しろ……)
覚も彼と同様、大魔王の城の窓際から吹き飛ばされそうになる。
だが、彼は挑発を続ける。
「そんなんで俺達を倒したつもりか?呪力は強くても、コントロールは全然みたいだな!
ほらほらどうした?そんなんだから小学生ののび太に負けたんだろ!?」
中指を立てたり、親指を下に向けたり。勿論、呪力で空中を爆発させることは忘れず。
まるで小学生のような行為だ。
事実、彼も全人学級時代、搬球トーナメントで相手チームを挑発した時のことを思い出したりしていた。
「岩よ、雷となり、地球人を打ち砕け!!」
デマオン十八番の、邪精霊降臨術だ。
青い炎を纏った人面岩が、唸り声を上げて大魔王の城へと向かっていく。
初めて、デマオンが放った魔法が大魔王の城にヒットした。
ただし、当たったのは城の上層部。従って、彼らに怪我は無い。
「うわああああああああ!!!」
「くそっ…!!やはり杜王町に出来たばかりのフィットネスジムに行っておくべきだったか!?」
とはいえ、城全体により強い衝撃が走り、ゴロゴロと階段の上からのび太が転がって来た。
吉良は漫画のように階段から転がり落ちはしなかったが、3階の廊下の入り口で尻もちをついている。
「大丈夫か?」
覚は慌てて、呪力でのび太を掬い上げる。
マリオと戦った時、何度も地震攻撃から彼を守っていたため、今はすっかり慣れたことだ。
「ありがとう。よく家の階段から落ちてるから、これぐらい大丈夫だよ。」
すぐに、城の上部からズズンと衝撃が走る。
これで覚の言うことが正しかったと、2人も認識した。
「二人共ここから出るぞ、ここにいても城が壊れたらおしまいだ。」
建物がひっきりなしに揺れる為、足元もおぼつかない中、必死で階段を降りる。
煙は吉良の空気砲と、覚が起こした呪力でどうにかなった。
何度も階段から落ちかける中、3人はどうにか城の入り口にたどり着く。
覚の全身からは滝のように汗が流れていた。ふいごのように荒い呼吸がもれる。
吉良やのび太も疲れてはいるが、彼ほどではなかった。
無理もない、覚は立て続けに呪力を連発したのだ。
だが、まだ休むわけにはいかない。
「ふん。地球人共め、手こずらせおって。ようやく出て来たか。」
勿論だが、デマオンは彼らの前にでんと構えていた。
その後ろには、川尻早人が身構えている。
(さて……ここからだな……)
予定通り、デマオン達の目の前に来ることが出来た。
だが、朝比奈覚のやることは残っている。
むしろ、ここから如何にして動くべきかが重要だ。
しかし、努々忘れるなかれ。
大規模な戦闘を行っていれば、自ずとにぎやかしがやってくることを。
いや、賑やかしならばまだいい。
お祭り騒ぎどころか、死という静寂を齎す第三者が現れることだってある。
「うがああああああああああああああああ!!!!!」
南方より、全身がトゲトゲの怪物が走って来た。
しかも、鎖鉄球をぶんぶんと振り回している。
何より最悪なのは、到底話し合える様子でないということだ。
「えーと……朝比奈さん、これって……」
人間、余りに想像の範疇を越えたことが多すぎると、思考停止に陥ってしまう。
今ののび太は、まさにその状況だった。
恐竜時代に地球から20光年離れた星、アフリカの秘境に海底に魔界星。
常人ならば決して寄り付かない場所で、5度も命がけの冒険をしたのび太でさえ、ここまでのことは想像できなかった。
「馬鹿!早く逃げるぞ!!」
「ぴーちを、かえせええええええええええええ!!!!!!」
デマオンに勝るとも劣らぬ慟哭は、全員の鼓膜を傷付けた。
そして、5人のいる場所に向かって、鉄球を投げつける。
大魔王の城の戦いはまだ、始まったばかり。
ズドォンと轟音が響く。
それが、第二ラウンドのゴング代わりになった。
最終更新:2023年01月08日 10:16