――その花の根には、毒がある
私はまだ、この世界に"裏"を見せてない。
奴等は表の葉の醜さだけを見ている。けれど私はまだ、本当の毒を見せていない。あろうことか奴等は、その毒を自らの生活に使おうとしている。
だけど毒は、いつだって毒のままだ。奴らは毒を超越した気になっているかもしれないが、実際は毒の恐ろしさを忘れただけなのだ。
その花の花言葉通り、わたしは薬ではなく死の贈り物になろう。
☆
(くそ……アクシデントは想定してないわけじゃなかったが、こんな奴じゃなくても良いじゃないかよ!!)
朝比奈覚は心の中で悪態をつく。
折角デマオンと面を迎える状況に持ち込めたというのに、まさか第三者が襲ってくるとは。
「ぴーち、かえせええええええええええ!!!」
ぶんぶんと振り回す鎖鉄球に巻き込まれれば、のび太や早人は簡単にミンチにされてしまうし、大人の覚や吉良、そして魔族のデマオンとてどうなるか分からない。
どうにかして呪力で、クッパの鉄球を止めようとするが、勢いがつきすぎていて止められない。
「うわ!」
のび太が地面に躓いて、転んでしまった。
二度目の放送の後は、大魔王の城で僅かな休憩をはさんだ以外ずっと歩き通しだったのもある。
それ自体は精々が膝を擦りむくと言うぐらいだが、この状況でそのミスは致命的である。
鉄球の回転に巻き込まれ、のび太があわや肉塊と化そうとする瞬間。
「つまらん。」
彼を救ったのは、よりにもよって宿敵だった。
デマオンの放った念動波が、クッパごと鉄球を吹き飛ばす。
「え?」
「早く立て。戦えない者はこの戦場に必要ない。」
デマオンは冷たく、のび太に命令する。
のび太は認められなかった。
そもそもドラえもんや満月博士、美夜子のような大切な人たちが死んで、デマオンのような悪がのうのうと生きていること自体度し難かった。
だが、その悪に助けられたことは、もっと認めたくなかった。
だが、先程のように覚がのび太を銃後に追いやる。
あの場所にいれば、面倒なことになるのは明白なので、彼の判断は正しい。
「じゃまをするなああああああ!!!!」
吹き飛ばされたクッパは立ち上がり、またも鉄球を振り回してくる。
既にダメージは重なっているはず。
だが、心の壊れた彼は、自身を止める手段など持ち合わせていない。
彼の動きが止まるとするなら、それは彼自身の命の灯が消えた時だろう。
「キラークイーン!」
吉良は自分のスタンドの拳を、クッパにぶつけようとする。
デマオンや早人も始末しておかねばならない相手だが、クッパのような傍若無人な輩こそ、最も彼の嫌う相手であった。
本来ならシアーハートアタックを使いたいところだが、多人数が固まっている場所で自動操縦型スタンドは使いにくい。
加えてデマオンの魔法は、辺りに炎をばらまくものが多いため、高温に反応するスタンドとは相性が悪い。
手あたり次第に爆殺するのも悪くは無いが、最低限のび太と覚からは信頼を勝ち取っておかねば、脱出方法が模索できない。
従って、吉良は本来なら好まない近接戦を選ぶことになった。
鉄球とスタンドの殴打がぶつかり合い、鈍い音を生んだ。
スタンドダメージのフィードバックが、吉良の拳に鈍痛を与える。
「デマオン、どうするんだ?」
魔王の黒マントの後ろに隠れているのか、デマオンの背後から早人の声がする。
「まずはこのツノガメが先だ。岩よ。雷となれ!!」
デマオンもまた、魔法を使い、クッパを倒そうとする。
敵対していた吉良と協力することになるとは、なんたる因果か。
「ぴーちはどこだああああああああああ!!!!!」
しかし鉄球を振り回すクッパは、魔力を帯びた岩の塊も、近距離パワー型スタンドも弾き飛ばす。
今の彼は、さしずめ暴走した機関車。
まっすぐにしか進めはしないが、その代わりに下手に理性のあるものを凌ぐことが出来る。
☆
場所は戦場より少し離れた場所。
朝比奈覚は、いち早くのび太を安全地帯に移そうと考えた。
勿論そのまま逃げる訳ではない。機を見はからい、クッパを倒すのに協力するつもりだ。
しかし、一度戦場から離れると、それまでは見えなかったものも見えるようになる。
(ウソだろ?アレって……)
混沌を描いたような状況になった今、他の人間に比べて卓越した視力を持っている覚は気づいてしまった。
クッパが恐ろしいことになっていることに。
そんなこと誰でも分かっているって?違う。そうじゃない。
彼が首にかけられている物は、覚が良く知っている道具だった。
「やめろ!!みんな!!迂闊に奴を攻撃するな!!」
覚は、ペンダントの様に付けられているバイオハザードマークを見て思い出した。
クッパの首に付けられているのは、猛毒の細菌兵器、サイコ・バスターだ。
つまりは敵に強力な攻撃を当てた瞬間、ガラスが割れて、致死性のウイルスが辺りにばら撒かれるということだ。
また、クッパが激しい動きをした弾みに、カプセルが割れてしまうことも考えなくてはならない。
従って、自分たちがクッパに勝っても負けても、このままでは手痛い損害を被ることになる。
対処法は2つ。カプセルを破壊しないようにする、あるいは細菌が漏れ出た瞬間、かつて早季がしたように呪力の炎で燃やし尽くすことだ。
それに気づいた覚は大声を上げる。
だが、ほとんど全員がクッパにかかりきりで、覚のことなど気づいてはいない。
「ねえ、朝比奈さん、どういうこと?」
比較的安全な場所にいたのび太だけが、覚の異変に気付いた。
今まででさえ十分危機的な状況だというのに、まだ何か問題のある要素があるというのか。
顔を引きつらせながら、彼に状況を尋ねる。
「覚えていないか、最初に俺達が会った時に、細菌兵器を写真の男に奪われたことを。」
「え?それじゃあ……まさか……。」
「ああ、そのまさかだ。」
そして、同時に覚は気づいた。
あの写真の男なら、こんな戦いを考えようとしたりせずに、後生大事に持っているはず。
写真の枠線に閉じ込められていない、この騒動の裏で、幕を引いている人物を。
実際には人ではなく、ネズミなのだが。
いや、今の彼が知らぬことだが、本当は人物で合っているか。
なんにせよ、クッパの背後にいる存在は、サイコ・バスターを知っている人物。
(あいつがいるのか……)
敵の目的は分かった。
大方自分たちが争っている最中に、刺客を放ち、騒がしくなっている最中に漁夫の利を得るつもりなのだろう。
非力なバケネズミである彼がやりそうなことだ。
だが、彼の戦法が分かっても、攻略法を見出さなければ意味が無い。
そもそも、舞台監督である彼がどこに潜んでいるかさえ分からないのだ。
悪鬼を放った時のように、遠くから蛇のように見物をしているかもしれないし、その逆かもしれない。
おまけに、のび太をどうすればいいか気になった。
彼は呪力こそないが、それでも自分たち呪力を持った人間を何度も出し抜いてきた。
間違っても、小学生である彼と対面させていい相手では無いし、だからといってこんな戦場に置いてきぼりにするなんて論外だ。
その時、覚の視界に靄が走り、膝が震える。
立つことが出来ず、どっと尻を地面に付けた。
これもまたスクィーラの策略かと考えてしまったが、それは違う。
単純に彼の疲労がたまっただけだ。
この状態で戦えと言われれば無理があるが、呪力は簡単な物なら使えるし、少し休めば戦線復帰できるはず。
「朝比奈さん!!」
だが、彼の不調を慮ったのび太が、彼を治そうとする。
とは言っても、四次元ポケットを探る亡き友のように、闇雲にザックを探るだけだが。
とりあえずザックから水を出し、彼に渡す。
「心配するな。ちょっと疲れただけだ。それより……。」
「待ってて!僕が今から吉良さんを助けに行くことにする!それから3人で逃げよう!!」
覚が不調、吉良が前線で拘束されている中、戦場を自由に動けるのは彼だけだ。
まずは、自分たちの陣営の中で一人孤立した吉良を、のび太が助けようと考える。
しかし覚としては、吉良はシロではないと考えていた。
どうすべきか決めた覚は、のび太に問い始める。
「君の気持ちは分かる。でもちょっと聞いてくれ。」
「どうしたの?」
「君が言ってたデマオンって奴のことだけど、あいつは殺し合いに乗って無いんじゃないか?」
☆
「落ちよ!水柱!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!」
場所は戦場の中心。
デマオンの水魔術と、クッパのファイヤーブレスがぶつかり合う。
魔王が狙ったのはクッパだけではない。広範囲の魔法を撃つことで、吉良も巻き添えにしようとした。
勿論、そんなもので彼を倒せるほど甘い期待をしているわけでもないが。
案の定、吉良は濁流の流れからいち早く逃れる。
そしてクッパも、自分を飲み込もうとする箇所の流れだけ、炎で蒸発させる。
そして炎を吐き終わると、すぐに水蒸気で遮られた中を鎖鉄球が飛んでくる。
「温いわ!!ただの猛獣の分際で、わしを倒せると思ったか!!」
ひょい、と巨体を逸らす。それだけで、チェーンハンマーは明後日の方向に飛んで行く。
チェーンハンマーは当たれば鉄の鎧だって難なく砕く破壊力を持つ、強力な武器だ。
魔獣と化した大魔王にさえ通用するので、威力に関しては申し分ない。
だが、投げるまでの振り回す前動作のせいで、極めて躱されやすいという欠点を持つ。
たとえ視界が水蒸気で遮断されている中でも、ジャラジャラと鎖の音が五月蠅いせいで、音で攻撃範囲を気付かれやすい。
「よけるなあ!!!」
クッパが叫び、チェーンハンマーを横薙ぎに振り回す。
「危ない!!」
デマオンの背後に隠れていた川尻早人が、その際に叫んだ。
場所が場所なので戦況が掴みにくいが、鎖の音が彼の背筋を冷やした。
「ぐぬうううううう!!!」
「デマオンさん!!」
クッパが雑に鉄球を振り回したことで、デマオンが鎖で縛られた。
先端の鉄塊のみならず、鎖までも武器として使ってくることは、予想だにしていなかった。
最も、クッパが狙ってやったことではない。
玩具を与えられた幼児のように闇雲に振り回していたら、結果としてできたことだった。
とはいえ、そう言った偶然は時として優れた思考や理性をも凌駕する。
「貴様ああああ!!!!」
身体を捩り、拘束から逃れようとする。
だが、チェーンハンマーの鎖は、長い間雪山の廃墟に保管されていても錆びること無かった特急品だ。
クッパの力が悪魔族をも凌駕していることもあり、身動きが出来ない。
まだ辛うじて自由な手だけを動かし、魔法を唱えようとする。
その間にも、デマオンはグイグイと前面に引かれていく。
そして、魔王に牙をむけようとする者はクッパのみではない。
背後から、吉良吉影が空気砲を魔王に向ける。
確かにこの状況で、真っ先に始末しておかねばならないのはクッパだ。
それはそうとして、他の者を倒せる千載一遇のチャンスがあるなら、活用しない理由は無い。
「ダメだ!!」
早人が地面に落ちてある小石を拾い、吉良目掛けて投げる。
空気砲は弾道が逸れ、デマオンに命中することは無かった。
「おや?お父さんに暴力を振るうつもりかい?」
「待っててくれ!デマオンさん!!今助ける!!」
早人はザックから支給品を出そうとする。
だが、敵だと分かっている者には、子供であろうと容赦をしないのが吉良吉影だ。
「がっ……。」
早人は口から胃液を零し、地面に転がった。
立ち上がろうとするも、もう一発サッカーボールキックを、スーツに包まれた足から入れられる。
「今のはお父さんに暴力を振るった罰だ。」
立ち上がろうとすると、さらにもう一発。
その一撃で骨が折れたり、内臓が潰されたりすることは無い。
だが、デマオンをサポートすることも出来ないまま、どんどん彼らから距離を離されていく。
「あああああ!!!」
「今のは悪い友達と付き合った仕置きだ。」
そう呟きながら吉良は彼を見下ろしている。
彼は長い間待っていた。早人を殺しておける瞬間を。
のび太たちは戦線から離れているので、機を見て殺害しよう。
魔王の方は、子供の方を始末してからクッパを利用して殺せばいい。
デマオンならまだしも、子供である早人を殺してしまえば、彼らからは咎められるかもしれない。
だがこの騒動の最中なら、クッパがやった、あるいはクッパとデマオンの戦いに巻き込まれて死んだことにすればいい。
たとえバレたとしても、敵側の陣営の人間だから殺したと言い張れば良いだけだ。
「むぐっ!」
首を上げようとした早人は、顔面に蹴りを叩きこまれた。
鼻の骨が折れたりはしなかったが、鼻血が強かに出て、吉良のズボンも彼の服も汚す。
彼が少年の顔面を蹴りつぶした感想は、ボールより蹴り心地が良い、だった。
最も、さして夢中になる遊戯でも無いなとも思ったが。
「く……くそ……。」
なおも早人は藻掻き、革靴による拘束から逃れようとする。
だが悲しきかな。大人と子供の体格の差は覆せない。
デマオンは相変わらずクッパとの鎖の綱引きを続けている。
今の状況に気が付くかどうかは分からないが、そうだとしても助けに行くのは難しそうだ。
「そうはいかないよ。君は私の正体を知っているようだからね。
君は死ななくてはならないんだ。」
「!!」
吉良はスタンドを出す。
彼が早人に暴力を振るったのは、サディズムからではない。
キラークイーンの性質上、隙を見せがちなのが相手にトドメを刺す際だからだ。
だからかつて広瀬康一にやったように、暴行を加えて抵抗力を削ぎ、そこから相手を爆弾にする。
デマオンは自由に動けず、早人は殺されかけている。
最初に崩壊する陣営は、大魔王のものとなりかけていた。
その瞬間、ぱん、と破裂音が鳴った。
とは言っても、辺りはデマオンとクッパの、慟哭の二重奏が響いていたためあまり聞こえなかったが。
その一撃は、吉良の心臓ではなく、その横を通り過ぎて行った。
勿論、外したわけではない。彼に聞きたいことがあったのと、のび太の人を殺したくない優しい心からだ。
「何やってるんだ、吉良さん……。」
「く、くそ……」
のび太は冷たい目で、吉良を見つめていた。
攻撃したのがデマオンならばまだいい。
しかし、この最中に自分と同じ年齢の子供を痛めつけ、挙句の果てに殺そうとするのはどういうことだ。
「で、ですが奴の側にいた少年です。見た目で判断してはいけません!」
「敵でも、そんなことをする必要があったの!!?」
吉良の言い訳が、逆にのび太の逆鱗に触れた。
彼が吉良の暴行を見たのは一瞬だけだったが、それでも見るに堪えなかった。
冒険していない間のジャイアンが自分や、他の友達に暴力を振るう時と違う、もっと残忍なものだった。
しかもその少年は、自分達に何の攻撃も加えていない。
そんな相手に暴行を加えるなど、のび太は見ていられなかった。
吉良は誤解していた。野比のび太という杜王町にはいない者の黄金の精神を。
デマオンという明確に敵と断定していた相手のせいで、吉良に対する目が曇っていた。
だが今の吉良の行為、そして覚の忠告を経て、彼が吐き気を催す邪悪だと気付いたのだ。
「いまさら学生向けの漫画雑誌みたいなことを言うんじゃあないッ!!平穏な人生のために危険な相手を排除するのは鉄則だッ!!
自分の身勝手な持論に人を巻き込むな!!ならばデマオンを今から倒しに行くぞ!!」
デマオンやクッパにも勝るかのような、凄味のある声でのび太を恫喝する。
のび太という少年に、ここまで力と胆力が会ったのは彼としても予想外だった。
だが、まだ敵になっているのは最高でも3人。
敵陣営の大将はクッパに任せればいいし、疲弊しきった大人と子供2人。
キラークイーンの力でも殺しきることが出来る。
だが、そのようにも行かなくなった。
先程の銃弾のように、一本の矢が吉良の横を通って行った。
「動かないで!!」
「あなたが吉良吉影ね…カインからあなたが人を殺したってことは聞いているわ。」
残念ながら、そのような強硬策を取る訳にも行かなかった。
北からやって来たのは、ローザ・ファレルとクリスチーヌ。
どちらもカインから、吉良がクロだという情報は聞いていた。
「怪我してるわ。今手当てする。」
ローザは早人の顔の傷を、ケアルで回復した。
「僕は大丈夫。あの男が出すスタンドに気を付けて。触れたら爆弾にされる。」
のび太は改めて拳銃を吉良に構え、ローザも弓矢を彼に向ける。
クリスチーヌは武器を持っていないが、彼女も吉良を睨んでいた。
☆
「鎖を振り回すな!」
「ぴーち、わがはいのもの!おまえ!ぴーち、さらった!!」
城の前では、なおも魔王と怪物の戦いが広げられていた。
クッパが両手を振るたびに、鎖が強く締まり、デマオンを痛めつける。
「うがあああああ!!!」
続いて、クッパの口から火球が吐き出される。
「落ちよ!水柱!!」
クッパの炎とデマオンの魔法。
先ほどと似たような状況だが、クッパの炎が優勢だった。
それでも炎は小さくなっていたので、辛くも全身を焼かれることは免れた。
魔法を打って抵抗しようとするが、状況は芳しくない。彼の世界では、手の動きが魔法に影響する。
そもそも、なぜ彼の世界で魔法を使えたのが人と魔族だけなのかというと、理由は簡単だ。
魔法を使える条件というのは、手を足とは別の用途で使える、即ち二足歩行にあるということだ。
そして、大きな魔法ほど使うのには大きな手の動作を要する。
これは大魔王であれ、人間であれ同じだ。
今身体を縛られ、腕の動きを制限されているデマオンには、大きな魔法を撃つことは能わなかった。
そして、じゃんけんのように手を動かす程度で出来る魔法では、無尽蔵に近しい体力を持つクッパを倒すことは出来ない。
「ならば!!」
魔法に頼らず、正面から突進し、クッパの首筋を噛み砕いてやろうとした。
地球人の骨ぐらいなら簡単に噛み砕ける悪魔族の牙だ。
だが、接近戦でもクッパは力を発揮する。
リーチの長い炎と鉄球のせいで勘違いしてしまうが、むしろ彼はインファイターの方だ。
「跳んだ!?」
初めてクッパが跳躍したことに、デマオンも驚く。
彼には知らぬことだが、彼が踏みつけ攻撃を食らってしまうのは極めてまずいことだ。
なにしろ、クッパの蹴りや踏みつぶし、ヒップアタックを食らえば、一種類戦法が奪われる。
それがアイテムだったり、特技だったりするが、戦術の大半を魔法に絞ったデマオンならば致命的だ。
「おわ!」
しかしクッパは、不意にバランスを崩して、あおむけに不時着という結果に終わった。
「良かった…カプセルは割れていないみたいだ。」
「きさまか……。」
そこに立っていたのは、朝比奈覚だった。
彼が呪力で空中にいるクッパに力を加え、身体の軸を崩したのだ。
疲弊した覚の呪力では、クッパの巨体を持ち上げることは出来ないが、バランスを崩させることは出来る。
わずかな間の休憩とはいえ、立って戦えるぐらいには回復した。
本当ならばのび太の方に加勢するべきだが、あちらの方には援軍が来た用なので、彼女らに任せることにする。
「俺のメッセージを受け取ってもらったようで何よりです。」
覚はデマオンが魔王の城に来た時から、おかしいと考えていた。
のび太から星を飛ばしたりするような、強力な魔法を使うと聞いたのに、自分達を煙でいぶしたぐらい。
これならばバケネズミの軍隊の方がまだましだ。
ようやく強力な魔法を使って来たと思いきや、てんで見当はずれの方向にばかり撃つ始末だ。
のび太が言っていたほど、恐ろしい相手ではないのではないか。
朝に出会った、あの悪鬼と見紛うほどの赤帽子の男のほうが、遥かに恐ろしい相手だった。
実はデマオンは、本気を出してない、即ち自分たちを殺すつもりではないのかと考えていた。
だからあの時、覚は窓の外に向かってメッセージを投げたのだ。
呪力の爆発という形で。
別にそれはおかしい話ではない。携帯電話やポケベルといった道具が無い覚の世界では、呪力を用いて一斉に連絡を行うことはあったから。
最も、それが出来るのは神栖66町の中でもかなり呪力に長けた者だったので、それを行うには聊か疲れたが。
「地球人にしては味なことをやりおる。褒めて遣わそう。」
邪魔をされて、さらに怒るクッパが、覚目掛けて火球を吐き出す。
だが、彼の呪力と、鎖の拘束から解放されたデマオンの魔力により、炎は簡単に弾けた、
「いえいえ、態々ありがとうございます。」
「礼などいらぬ。どうしてもしたければ、あの地球人の少年にするがよい。
きさまが考えた作戦は、彼奴がいなければ成立しなかった。」
対して、デマオンもまた魔法の爆発という形でメッセージを送っていた。
捕らえた地球人を奪い返された時に一杯食わされた、花火で見張りを引き寄せるという作戦を思い出し、聊か腹が立ったが妥協した。
そして彼と秘密裏に協力し、この戦いの裏で高みの見物を決め込んでいる相手を引きずりおろそうとしていた。
その作戦の要になったのは、川尻早人の提案だった。
彼が地球人に対し、信頼を勝ち取ることが重要だと言ったことが発端だ。
事実、デマオンの魔法により城ごと破壊するという作戦は、早人の案により全く違うものになった。
早人の情報、そしてのび太たちを城から出して話し合いまで持ち込むという考え。
その二つが無ければ、デマオンが魔法を、こけおどしと連絡だけに使うことは無かった。
しかも、早人は最悪の場合、自分が吉良を引き寄せる餌になるとまで提案した。
結果、話し合いまであと一歩という所でクッパという闖入者がいたが、それでも互いのメッセージは伝わった。
かつての戦いも、奇狼丸という予期せぬ戦友が出来たが、今回の件はさらに予想外だった。
大魔王と協力するなど、誰か予想しようか。
それよりも、まだ課題はある。
まずは目の前のクッパだ。
覚はちらりとのび太の方を見る。
どうやら吉良が本性を現したようで何よりだ。
――君が言ってたデマオンって奴のことだけど、殺し合いに乗って無いんじゃないか?
――そんな訳ないだろ?吉良さんも言ってたじゃん!!あいつは人を殺したって!!
――悪いのは実は奴かもしれない。考えてみろ、奴にあれだけ強力な魔法があるのに、俺達を殺してない。
――………。吉良さんが嘘をついてるってこと?
――とにかく、デマオンは俺が見張っておく。のび太は吉良を頼む。
彼はのび太を信じ、同時にデマオンも信じた。きっと早季ならそうしただろうと思って。
唯一の懸念は、吉良がここ一番で自分らの思惑に気付き、他の誰かを殺すことだった。
だが、そのようなことも無いようだと考えた。
のび太の方に、新たな援軍が加わっていたのが見えたからだ。
2人の内1人いたのは、草原でバイクに乗っていた女性だった。
彼女らにのび太のことは任せるしかないと考え、クッパの無力化を優先する。
それよりも厄介なのは、目の前の亀の怪物。
そして、彼が付けている猛毒の爆弾だ。
目の前の問題を解決し、早く吉良とスクィーラを倒さねばならない。
「デマオンさん、奴の首のペンダントは、猛毒です。」
「なぬ?何故それを早く言わん!?」
「ですが、毒が拡散する前に炎で焼き払うことが出来ます。タイミングを合わせてください。」
クッパが突進してくる。
だが、1人が2人に増えたのはありがたいことだ。
チェーンハンマーの一撃が、デマオンの巨体を粉砕しようとする。
「何処を狙っておる?」
それは大魔王の数多くある魔法の一つ。
幻影魔法による賜物で、クッパが砕いたのはただの残像だ。
「今だ!!」
「立てよ!火柱!!」
すかさず覚が呪力で細菌カプセルを割る。
黒い粉のような、強毒性炭疽菌が辺りに散らばる。
だがそれを、デマオンが炎の魔法で焼却する。
「ガアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
マリオのファイヤーボールよりはるかに熱い炎を受け、クッパは悶える。
ウイルスは瞬く間に燃やすことが出来た。
「やった 成功だ!」
その瞬間、覚はまたしてもおぼつかない足取りになる。
回復した体力はほんの僅か。クッパと戦ったことで、また同じことになっただけだ。
おまけに一歩間違えば、全員猛毒に侵されて全滅してもおかしくない状況だった。
そんな中での緊張もあった。
「戦えぬ者に用は無い。さっさとあの地球人共の場所へ行け。」
デマオンは魔法で覚を持ち上げる。
丁度覚がのび太にやったことと似ていた。
「少し待って下さい……話したいことがあるんです。」
「早くしろ。」
「スクィーラ……クッパを後ろで操っている者のことなんですが、まだ作戦はあると思います。」
サイコ・バスターと吉良吉影の問題を解決し、ほっとした覚だったが、その「ほっとした」状況に嫌な物を思い出した。
何しろ、スクィーラがかつて神栖66町に来た時は、一通り攻撃が終わったと思った瞬間こそ、奴の狙いだったからだ。
スミフキによる爆撃、そして、忌まわしき悪鬼による殲滅戦。
敵が攻撃を凌ぎ切ったと思い、安心した瞬間こそが、奴の独壇場ではないか。
「それが何か早く言え!!」
「そのことですが…」
その時、クッパの身体についていた炎が消えていた。
暫く身体についた炎を消そうと、地面を転がっていたが、それが無くなったらすぐに立ち上がった。
「うがあああああああ!!じゃまだ!!!」
(まずい……!!)
覚もデマオンもどうにかしてクッパを吹き飛ばそうとするが、間に合わない。
強烈なタックルが覚を襲った。
どうにか躱そうとするも、重量級の怪物のタックルを受ければ、ただでは済まない。
エデンの戦士として、前面に立って魔王と戦った者でさえ食らえば気絶したほどだ。
何とか呪力と魔法によって突進のスピードは抑えられたが、それでも彼のダメージは少なくなかった。
デマオンは慌てて覚に念力魔法を使おうとする。
彼のことを心配したわけではないが、彼は吉良を倒すうえで有用な人物だとは認めている。
だが、彼が即死するのを防げただけで精いっぱいだった。
大きく吹き飛ばされた先で地面をゴロゴロと転がり、ようやく止まる。
ドスドスと地面を踏み鳴らし、走るゴールは覚がいる場所ではない。
「ローザ!!!くたばれええええええええ!!!」
自分をこのような目に陥れた挙句、利用するだけして捨てた元凶。
それが本物であろうと偽物であろうと関係ない。
遠くにいるが、ようやく目に入った獲物目掛けて、突っ走って行った。
吉良の正体は暴かれ、覚陣営とデマオン陣営の結託が確定した。
だがこれでこの表裏の戦いが終わったと思ったか?違うに決まっているだろう。
最終更新:2023年01月08日 10:23