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 では教育組織の現場である学校の運営はどのように制度化され、また運用されているのか、そしてそこにどのような問題があるのかを考えてみよう。
 組織には当然リーダーが必要であり、責任者が不可欠である。それは校長であることになっている。学校教育法37条4項に「校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する」という規定による。しかし実際の運営において、どこまで校長が決めることができるのか、あるいは責任があるのか、実際には不明確な面も少なくない。学校という組織は、企業のようなラインによって構成されているのではなく、高度な専門職が学級や教科を担当するのだから、専門職としての教師の意思を尊重せずに監督したり命令したりしても、教育効果が損なわれることは明白だからである。また校長も原則として教師から管理職試験を経てなるものであり、教師のリーダーであるから、教育の原則にそって監督・指導をすることが求められる。担任、教科担当、様々な校務分掌、行事や特別活動の内容や担当を決める権限は誰にあるのか、単純に校長として済ませることは実態にあわない。
 まず問題になるのは職員会議である。職員会議は具体的な法令は存在せず、長い間慣習法によって設置され、重要なことが審議されてきた。
 職員会議の性格については、主に3つの説がある。
 第一に決定機関説である。その代表は、兼子仁である。
 兼子の著書は学校教育法施行規則が職員会議の規定をする前の出版なので、前提が異なるが(法規定は存在しないという前提で書かれている。)、基本的認識は変わらないと考えられるので紹介する。
 兼子は内的事項については職員会議の教育自治権と決定機関性があるとする。つまり、「教育をつかさどる」のが教師である以上、教育の内容に関しては教師集団の意思決定が必要であり、その場が職員会議であるとする。それに対して外的事項については、慣習法上の審議権と審議機関性があるとする。人事権や財政権については教育委員会や行政当局であることが明確であり、また教師がつかさどる「教育」ではないから審議をするのみであるとするのである。31)兼子仁『教育法(新版)』p455-458組織としては日教組がこの説に立っていたが、1995年の大会で取り下げた。
 第二に審議機関説である。審議機関とは、審議するが決定権はないとする説であり、外的事項については兼子説もそうであり、また、杉田荘治氏がこれに近いと考えられる。

 教育課程編成、生徒指導問題、その他教育の内的事項といわれる事項については、校長を含めた職員会議に第一次的審議・決定権があるが、最終的には校長に決定権がある。その校長についていえば、前者の校長は職員会議の構成員としての校長であり、後者の校長は『学校』としての校長である。
  また第一次的とは、事前に委員会等で原案作成その他、審議事項について調整がなされることは望ましいが、全校的な審議という点では、まさしく第一次的という意味である。
  また教育施設の設置管理、教職員人事、教育財政等の教育の外的事項については、校長の職務遂行上の補助機関と考えられるので、例えば朝の職員打ち合わせ会等で足りる場合もあろう。なお実態として、教育の内的事項か外的事項か判断し難いものもあろうが、教委、学校等によってそのガイドラインが策定されることが望ましい。32)杉田荘治「職員会議はどのような機関か」http://www.aba.ne.jp/~sugita/shoku.html

 第三に補助機関説である。補助機関とは決定された内容を事務的に執行する機関のことであり、教育委員会(審議機関)に対する事務機構としての教育委員会などがこれにあたる。
 1998年月に出された中教審の答申「今後の地方教育行政の在り方について」では職員会議が法令に規定されていないことが現場に混乱を与えているとして、次のような提案をした。

 (職員会議の在り方)
 イ  学校に、設置者の定めるところにより、職員会議を置くことができることとすること。
 ウ  職員会議は、校長の職務の円滑な執行に資するため、学校の教育方針、教育目標、教育計画、教育課題への対応方策等に関する教職員間の意思疎通、共通理解の促進、教職員の意見交換などを行うものとすること。
 エ  職員会議は、校長が主宰することとし、教員以外の職員も含め、学校の実情に応じて学校のすべての教職員が参加することができるようその運営の在り方を見直すこと。

 ここでの位置付けは審議会的なものであったが、実際に学校教育法施行規則で制定された条文は補助機関説を明示した。

第四十八条  小学校には、設置者の定めるところにより、校長の職務の円滑な執行に資するため、職員会議を置くことができる。
2  職員会議は、校長が主宰する。

 ここでは補助機関という言葉はないが、「執行に資する」という文言があるために、補助機関であると解釈される。つまり校長が決定し、それを実行するために職員会議が執行機関として校長を補助するというわけである。しかし、実際には審議する機関として職員会議が存在している学校が多く、また、都立高校では多数が決定機関として実質的に機能しているとされている。33)http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4759/19990330.html
 考えるべきことは、こうした法令の規定と実態の問題、そして、教育的原則としてどのようなあり方が望ましいのかという点であろう。教職が専門職であり、絶えず研究と修養が必要であるような仕事である以上、校長という個人が学校の膨大な内容について決定し、教師がその決定に参加しないような運営が、教育的に好ましい結果をもたらすことはあまり期待できないと言える。学校の慣行として職員会議が置かれ、教師集団としての意思形成が行われてきたことは、合理的理由があったからであろう。例えば、ある学級が学級崩壊状態になり、教師集団としてどのように対応するかを校長が決め、職員会議が執行するというようなやり方では、効果的な対応ができるとは考えにくい。誰がどのように担当するのか、他の教師がどのように援助していくのかというようなことは、やはり教師集団としての意見交流と意思形成が必要であると考えられる。
 ただ職員会議で議論することが多大の時間を費やしていることが、教育活動を阻害している面もあると言われている。運営の合理化が必要であることも重要である。
 なお高校までの学校では職員会議は以上のようになっているが、大学や専門学校では、学校教育法によって重要な審議をするために教授会が設置されることになっており、教育公務員法の規定で、教員の採用等は教授会の審議が必要であることが明記されている。
 さて、近年学校の運営に関して教員集団以外の人々の意見を取り入れるシステムが推奨されるようになってきた。
 学校評議員である。

第四十九条  小学校には、設置者の定めるところにより、学校評議員を置くことができる。
2  学校評議員は、校長の求めに応じ、学校運営に関し意見を述べることができる。
3  学校評議員は、当該小学校の職員以外の者で教育に関する理解及び識見を有するもののうちから、校長の推薦により、当該小学校の設置者が委嘱する。

 これも先の中教審答申から発している。では実際にどの程度機能しているのだろうか。
 ホームページにはかなり学校評議会の議事録などが紹介され、公表されている限りでは真剣に学校をよくするために議論をしているように思われる。このための事務等がどの程度の負担かは、学校によって異なるだろうが、このように外部の意見を学校に反映することも大切であるが、報告書を読む限りこうした審議を外部に公表していくことの意味が大きいように思われる。学校が外部から見えにくい「王国」であることを脱却する意味は小さくない。
 また、学校評議会とは別に学校運営協議会を設置する場合もある。
 これは教育委員会が人選するという点で学校評議会と異なるし、また、保護者や生徒等内部の人が入ることが可能である点で大きな相違である。そして、人事についても意見を具申することができる。法的規定は以下のとおりである。

地方教育行政の組織及び運営に関する法律
 第三節 学校運営協議会
第四十七条の五  教育委員会は、教育委員会規則で定めるところにより、その所管に属する学校のうちその指定する学校(以下この条において「指定学校」という。)の運営に関して協議する機関として、当該指定学校ごとに、学校運営協議会を置くことができる。
2  学校運営協議会の委員は、当該指定学校の所在する地域の住民、当該指定学校に在籍する生徒、児童又は幼児の保護者その他教育委員会が必要と認める者について、教育委員会が任命する。
3  指定学校の校長は、当該指定学校の運営に関して、教育課程の編成その他教育委員会規則で定める事項について基本的な方針を作成し、当該指定学校の学校運営協議会の承認を得なければならない。
4  学校運営協議会は、当該指定学校の運営に関する事項(次項に規定する事項を除く。)について、教育委員会又は校長に対して、意見を述べることができる。
5  学校運営協議会は、当該指定学校の職員の採用その他の任用に関する事項について、当該職員の任命権者に対して意見を述べることができる。この場合において、当該職員が県費負担教職員(第五十五条第一項、第五十八条第一項又は第六十一条第一項の規定により市町村委員会がその任用に関する事務を行う職員を除く。第九項において同じ。)であるときは、市町村委員会を経由するものとする。
6  指定学校の職員の任命権者は、当該職員の任用に当たつては、前項の規定により述べられた意見を尊重するものとする。
7  教育委員会は、学校運営協議会の運営が著しく適正を欠くことにより、当該指定学校の運営に現に著しい支障が生じ、又は生ずるおそれがあると認められる場合においては、その指定を取り消さなければならない。
8  指定学校の指定及び指定の取消しの手続、指定の期間、学校運営協議会の委員の任免の手続及び任期、学校運営協議会の議事の手続その他学校運営協議会の運営に関し必要な事項については、教育委員会規則で定める。
9  市町村委員会は、その所管に属する学校(その職員のうちに県費負担教職員である者を含むものに限る。)について第一項の指定を行おうとするときは、あらかじめ、都道府県委員会に協議しなければならない。

 2005年3月の段階で、インターネット検索にかけたところ、学校評議会とは異なって議事録は見つけることができなかった。まだ十分に機能していない可能性もあるし、また教育委員会所管なので議事録等を公開しないと決めているところもあるかも知れない。実態については今後の報告や研究に待ちたい。
 次にPTAを見ておこう。
 PTAは戦後改革でアメリカ占領軍がボランティアとして紹介・推奨したために広がった。法的規定はもたない団体であり、従ってその活動は極めて多様である。原則として任意加盟であるが、事実上全員加盟のような形になっていて、学級の保護者会において役員を決めたりすることも多い。会費の使い方も学校の備品購入に協力することが主たる用途である場合から、PTAの独自活動に費やすようなところもある。
 問題は保護者の学校運営に対する発言の場としての意味があるかとという点である。法律的には根拠がないが、50年以上の歴史があり、慣習法として権利があるとする学説もある。いずれにせよ、保護者が学校の運営に積極的に参加することは、現在の状況に対して必要と認識されていることは、先の学校運営協議会の法的規定にも現れている。
 最後に児童会・生徒会について考えておこう。
 児童会や生徒会は法令上の組織ではなく、教育活動の一環としての組織である。ヨーロッパのいくつかの国では法令上の組織であり、学校の運営に意見を述べることができる。
しかし、日本では学習指導要領での教育活動の「特別活動」のひとつとしてあげられている。
 小学校学習指導要領の特別活動の章において、学級活動、児童会活動、クラブ活動、学校行事が項目としてあげられ、児童会については以下のように書かれている。

B 児童会活動
 児童会活動においては,学校の全児童をもって組織する児童会において,学校生活の充実と向上のために諸問題を話し合い,協力してその解決を図る活動を行うこと。
 (3) 児童会活動の運営は,主として高学年の児童が行うこと。

 すなわち法令上の組織ではなく、教育活動の内容として児童会が設置され、教師によって教育的に指導されるものである。
 中学校においては、クラブ活動は特別活動には存在しておらず、学級活動はホームルーム活動となっている。そして児童会が生徒会となって特別活動の3つのうちの一つである。
 生徒会活動は、以下のように記されている。

 B  生徒会活動 
   生徒会活動においては,学校の全生徒をもって組織する生徒会において,学校生活の充実や改善向上を図る活動,生徒の諸活動についての連絡調整に関する活動,学校行事への協力に関する活動,ボランティア活動などを行うこと。 
 (2)  生徒会活動については,教師の適切な指導の下に,生徒の自発的,自治的な活動が展開されるようにすること。 

 なお高等学校については中学校と生徒会については文面が同じである。ここで見て取れることは、生徒会活動は教師が行う教育活動の一環であること、生徒の意思形成及びそれを学校運営に反映する場ではないことである。
 しかし、これもまた実際の活動としては、特に高校では生徒の意思形成を行い、学校川に要求する場面も見られる。本来自治的な能力、国民主権の主体としての能力を形成するためには、学校生活という主要な生活場面で、集団的な意思形成の学習をすることは不可欠であり、そのためには実質的な意思形成とその反映のルートがあることが望ましい。そのような意味で日本ではまだ民主主義的な意思形成の訓練を学校が行っていないという状況は十分に改善されていないと言える。しかし、児童会や生徒会のホームページは多数公開され、多くの努力がそうした活動に費やされており、公式ではないにせよ大きな成果を生んでいることは想像できる。各自児童会や生徒会のホームページを見てみることを勧める。
 このように教育活動の一環として児童会や生徒会活動が位置付けられていることは、子どもの権利条約の「意見表明権」の規定とは矛盾するともいえる。意見表明権はあくまでも「権利」であって、「教えられ、指導される」教育活動そのものではない。もちろん、学校で行われることであるから、それが社会に出るための教育活動の一環であることは事実であるが、権利としての意見表明権はそれとは相対的に独自の領域をもつと考えられる。

最終更新:2008年10月12日 22:42