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 では親は自分の教育意思を子どもに貫いてよいのだろうか。
 民法上は親は子どもに対して親権を有しており、親権の内容として、子どもを教育する権利を含んでいる。私立学校に行かせるか、公立学校にするかという判断は、親の判断によるものであって、行政当局がそれを決める権限はない。

 親権とは何かを民法によって確認しておこう。

第二節 親権の効力
(監護及び教育の権利義務)
第八百二十条  親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
(居所の指定)
第八百二十一条  子は、親権を行う者が指定した場所に、その居所を定めなければならない。
(懲戒)
第八百二十二条  親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、又は家庭裁判所の許可を得て、これを懲戒場に入れることができる。
2  子を懲戒場に入れる期間は、六箇月以下の範囲内で、家庭裁判所が定める。ただし、この期間は、親権を行う者の請求によって、いつでも短縮することができる。
(職業の許可)
第八百二十三条  子は、親権を行う者の許可を得なければ、職業を営むことができない。
2  親権を行う者は、第六条第二項の場合には、前項の許可を取り消し、又はこれを制限することができる。
(財産の管理及び代表)
第八百二十四条  親権を行う者は、子の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為についてその子を代表する。ただし、その子の行為を目的とする債務を生ずべき場合には、本人の同意を得なければならない。

 ここで重要なのは、子どもを「教育する権利」が親権の内容として規定されていることである。これは、新しい教育基本法で一層明確にされた。

(家庭教育)
第十条  父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。
2  国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。

 これまで、「子の教育について代一義的責任を有する」という規定は、日本の法体系の中にまったくなかった。ただ、この意味するところは何だろうか。

 また、親は子どもの教育を受ける権利を充足させる義務があり、子どもの教育に対しては「義務性」が主要な要素である。しかし、教育が多様であるとすれば、その多様な中からどの教育を受けるのかを決定する権限は、基本的には親以外にはないというべきだろう。しかし、問題となるのは、親は子どもを選べず、親はしばしば恣意的な選択をするという点である。オウムの親たちの選択は「恣意的」である典型的な例であろう。
 日本は教育熱心であり、また公教育への信頼感が高いので、公教育を拒否して、独自の教育を受けさせようとする、あるいは義務教育としては仕方ないが、生活全体の子どもへの働きかけを、一般とはかなり異なるように組織する人は少ないが、ヤマギシ会はそうした例外的な形で子どもを教育している例である。
 ヤマギシ会は三重県に本部がある、農村共同体であり、会として敷地をもっており、そこで共同生活をしている。原則として家族で入所し、その際全財産を寄付することになっている。大人は農業やその販売を中心とする「労働」に従事し、子どもたちはそこから小学校や中学校に通う。放課後は農作業などがあり、それが子どもを酷使しているという批判を生んでいる。しかし、ヤマギシ会からは、子どもはそうした労働に喜びを見いだしており、これこそ生活と結合した教育なのだと主張している。更にヤマギシ会は独自の教育をより徹底して行うために、私立の学校を設立しようとしたが、ヤマギシ会に疑問をもつ行政が認可しなかったために、学校は作られなかった。しかし、ヤマギシ会を抜けることは難しく、また高校や大学に進学することに対して消極的であったために、義務教育段階で学校教育を終えてしまう子どもがたくさんいたと言われている。
 最近の状況は不明だが、脱会するときに財産を返さないことが社会問題化し、当時の大蔵省は税金問題としてヤマギシ会を追い詰めた。
 さてネット上で行われた議論を紹介しよう。

<Bさん>
 私は、一人っ子の大切な子どもをヤマギシズム学園に送っています。
 Aさんのご質問で、真剣に自分はなぜヤマギシズム学園に子どもを送り出すのか、考えられたのです。
 ヤマギシの「特別講習研鑽会」というのに行ったと言うだけで、いままで付き合ってきた友達から奇異の目でみられたりします。なのに、子どもを手元で育てず離れた所で子ども同士の暮らしをさせている、といったら、子どもが可愛そう、とか、ヤマギシの言いなりになって騙されている、とか、子どもを捨てるのか等といろいろな事をいってもらえます。私の両親からも「お前をそんなふうに育ててきた覚えはないのに、なぜあんなところ(行った事はないのですがTV、雑誌などの報道で目にしているようです)に、いつまでも子どもをおいておくんだ? あんなところにおいておいたら、普通の生活が出来なくなる。お前達は親じゃない。親なら自分の手元において育てるのが当然だ」と会う度に言ってもらいます。
 幼稚園の時から、毎日お稽古事でビッシリ詰まっていて、友達と遊ぶことさえ電話予約が必要な子ども達。たまに子ども同士で集まっていると思ったら、TVのまえで一人一人がゲームに熱中していて、話し声なんて全然聞こえてもこない。公園はたくさんあるのにそこには人影すらない。小学校、中学校で一生懸命勉強して、いい高校にはいって、もっと勉強していい大学にいって、いい会社に就職して・・・いいかげん疲れたのに、就職したら、自分が少しでも早く昇進することに神経をすり減らして・・・ 何のために生きているんだろう・・・ディズニーランドにいって楽しく遊ぶため? 海外旅行するため? 何するためにこんなふうに生きてきたんだろう? なんか違う気がする・・・
 でも、社会がこうなんだから、政治が悪いんだから、しかたがない・・・仕方が無いのかな? そして、次の時代を担う子ども達も、こんなことを、思いながら次代に繋いでいくのかな?
 どこかへんな気がする。
 我が子に生き生きと輝ける環境を与えてやりたい。そんなところからヤマギシズム学園というところを考えはじめました。
 私は不器用なので、自分の気持ちをうまく表現できないのですが、

<Cさん>
 わたしも、下記において、心配なので、ご参考まで、書かせていただきます。
 いままでの、学校、御自分の子育てに、自信がないから、今回の場合---施設(この場合、ヤマギシの学園とのことですが)にあずけられたようですが、言葉は、悪いですが、Bさんの姿勢は、『他人任せ』であり、この意味ではまえむきでは、ないように思います。
 子育ては、子供が、私のように、年少で片親を無くしたか、不幸にして、両親をなくしたかの場合は、年少でも、親元を離れて、しかるべき施設か、親戚に預けられることはあります。
 しかし、あなたの場合、母親である、あなたがいらっしゃるではありませんか。このコーナーの親の立場の方は、如何に、御自分が子育てをするのに参考になるかを、必死に、求めて話し合われています。御自分の条件がそろっているのに、特殊な団体に預けるような人は、少ないのではないでしょうか。
 わたしは、ヤマギシを批判するために書いているのではありませんが、この会は、この会なりの思想と信条に協賛されて集まられている集団であると考えます。
 TVでも、その一端は、見せていただきました。これだけでは、宗教団体か生活集団かはわかりませんが、理想社会を目指している集団であることは、みんなの周知のことです。わたしには、金太郎飴のように、メンバーのどの人に聞いても、「すばらしいヤマギシ」の合唱が聞こえるように受け取れました。個人的な意見では、十人十色の人間の本性には、そぐわないように思えました。
 わたしは、思いますが、現在の社会を肯定しながら、人、物、金の資産を有効に、使いながら、現状の社会を改善しようとする方法以外は、如何なる、理想社会を目指す集団も実験段階の過程だと思っています。
 そのような団体は、大人が御自分の判断で取り組まれるのには、社会に害しない行為である範囲であれば、多いにされればよいと考えます。----自己責任に置いて。
 しかし、判断力のまだつかない、子供さんを預けるのは、早計ではないかとおもいます。まず、子供さんには、現実の社会のオーソドックスな世間の中で成長させ、子供自身の判断で、己が道を歩ませるのが、子供への本当の愛情ではないでしょうか。



(モンスターペアレント問題を考える)
最終更新:2008年08月10日 22:52