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 では学校はうまく機能しているのか。
 この問いに「客観的」に答えることは難しいだろう。成績がよく、楽しく学校生活を送っている生徒やその親にとっては、学校はとてもうまく機能していると考えられるだろうが、中にはいじめられている生徒もいるだろう。その生徒にとって、学校がうまく機能していると感じることはないに違いない。人によって全くことなる評価があるに違いない。しかし、いくつかの判断基準をあげることは可能であろう。
 ひとつは、世論調査等の社会調査の数値である。
 例えば2008年8月14日の読売新聞は宇都宮市教委の調査を紹介している。

  中学生の親の約33%が、教師の生徒に対する理解度や指導力に不満を持っていることが、宇都宮市教委が小中学校の保護者約1000人を対象に今年4月に行った意識調査でわかった。学力低下や、相次ぐ教職員の不祥事で、教育現場への信頼が揺らぐ現状が浮き彫りになった。
   (略)
 調査では、「教職員は子どもをよく理解し、一人ひとりに応じた指導をしている」の問いに、「そう思わない」「どちらかといえば思わない」と否定的に回答した中学生の保護者は33・4%。小学生の保護者より15ポイント高く、「わからない」(14・9%)を加えると半数近くに達した。教職員の評価は、「子どもへ愛情や仕事に意欲を持って取り組んでいる」「わかりやすい授業や落ち着いた学級づくりをしている」などの全質問で小学生より中学生の親の方が厳しい傾向に。また「保護者からの子どもの悩みや相談に誠実に対応している」の問いにも、中学では否定的回答が20・6%と、小学校より8ポイント高かった。学習内容やいじめなどの問題が複雑になる中学校では、保護者がよりきめ細かい対応を求めている現状がうかがえる。

 このように、3割の親が教師の指導に不満をもっているという調査を、学校の危機ととるか、まだ6割は信頼していると取るかは各人に任せよう。
 しかし、このような調査で「不満」が多く現れるとすれば、それは学校がうまく機能していないと考えざるをえない。
 更に、学校の体制を拒否する人たちの存在、あるいは学校の中で学校の規律に大きく違反する。その最も典型的な事例は「不登校」である。2008年月11日の読売新聞によると、2007年度の調査で、1991年以降調査が開始されて以来、不登校の生徒数が最高となったことが、文部科学省の調査でわかったことが報道されている。不登校は、何らかの理由による学校教育への不適応であり、子どもに原因があるにせよ、学校がその子どもを適切に受け入れることができなかったことを示しているから、不登校が多いことは学校の危機、つまり機能が果たされていない状況と見なければならない。

 更に近年では学力低下が強く意識され、学校改革の機運が高まっている。従来日本は国際学力テストで常にトップないしトップグループを形成してきたが、2000年から始まったOECDの行なう国際学力テストPISAでトップグループの地位を奪われ、学力が低下したという意識がメディアを中心に広まり、学習指導要領の改訂期に、大きくゆとり政策の転換がなされた。これは、政策側によって、学校機能の不十分性が認識されたことになる。

 教育理論家によって、学校の現状が批判され、新しい学校形態が生み出されることも、歴史的に繰り返されてきた。
 アメリカを中心として70年代に「脱学校論」が主張された。
 その主張を簡単にまとめると以下のようになる。
1.既成の学校は、強制的に教育を行うために、子どもを閉じ込める「少年昼間刑務所」のようなものでり、意思に反してでも消費させたり参加させたりする「操作的制度」の一つである。
2.学校は、現在の体制に都合のよいイデオロギーを吹込み、体制に順応するエリートやオーガニゼーション・マンを育てる場所に過ぎない。
3.学校は、人間を選別する場所になっていて、平等の実現にマイナスに働いている。
4.学校それ自体が肥大化してくる。学校という制度そのものが、教育の需要をつくり、職業に様々の資格をつくり、その資格を与える権限を学校が独占する。*21)
 教育とは、ある種の理想をもち、現実を改革していく理念をもっているものであるにも拘らず、教育が現実の社会の秩序を維持するために作用していることを告発し、そうした学校から脱却するために、いろいろな案を提起したのが、イリッチなどを中心とする「脱学校論」であった。これらは、その後、ポスト・モダンとされる一連の思想家たちによっても、継承されていった。
 イリッチの望む教育体制とは以下のような条件を含む。
1.学ぼうとする者は、だれでも、いつの年齢のときでも、教育の資源を利用することができる。
2.だれでも自分の持っている知識をだれかに役立てたい人は、それを学びたい人を見つけることができる。
3.公衆に訴えたい問題を持つ人には、それを訴える機会を与えてやる。
 つまり、特定の年齢集団を対象にした、特定のカリキュラムをもち、特定の教師が教える「学校」なる組織を、原理的に拒否したのである。
 これが、「子どもを学校に行かせない同盟」などとなり、ホームスクールの流れを更に発展させていく原動力になるとともに、また、従来の学校とは異なる理念をもつ、より自由な体勢をもった学校(オルタナティブ・スクール)を生みだして行く原動力にもなったと言える。
 1970年前後の教育・学校批判はイリイッチ等の脱学校論者だけではなく、様々な人が学校批判を行い、新しい形の学校(オルタナティブスクール)を設立した。サドベリバレイ校もその一つである。
最終更新:2008年08月15日 17:25