{論争的課題としての生活指導}
教育が、知識を教えるだけではなく、社会の価値観や伝統、習俗等、知識以外の面も教育の重要な対象である。しかし、この側面は教科より格段に様々な論点がある。
第一に、道徳教育などが典型的であるが、価値観に関わる面が強いために、多様な価値観を含む現代社会では、どのような価値を取り扱うのかが、まず論争的課題となる。「愛国心」などは代表的事例である。
第二に、従来の知識中心の教育を行なってきた時代から比較すると、核家族化した現在の家庭は、その教育力が落ちているとよく指摘され、実際に本来家庭教育の課題であると考えられている「しつけ」を学校に求める親も少なくないとされる。このように、本来学校外の役割が、この面において学校に期待されるようになっているという事実がある。当然、その賛否が分かれるし、また、どこまで学校が関わるべきなのかも論争的課題である。
第三に、「隠れたカリキュラム(ヒデゥン・カリキャラム)」と言われる、公的に表明されていないが、実質的に子どもたちに教え込まれている内容が、その面に顕著に存在していることに関わる。\footnote{よく指摘されるのは、家族生活を教える「社会」や「家庭」の教科の中で、「朝、出勤する父を門のところで、赤ちゃんを抱えながら笑顔で見送る母」という状況の絵があるとする。特に説明はなくても、仕事は父親の、育児は母親の任務という「男女分業」の考えが自然に注入される、という事例である。}
このように、教科教育以外の教育分野は、大きな論争点があることを、まず自覚する必要がある。従って、どのような論点があり、どのような立場があり、それぞれの論理を理解して、自分でよく考えることが求められる。
文部科学省の作成している「学習指導要領」では、教育活動は、「教科教育」「道徳」「特別活動」「総合的学習」からなっており、ここで扱うのは、「道徳」と「特別活動」ということになるが、必ずしもこの区分に適合するものではない。「教科指導」に対して、「生徒指導」という概念を文部科学省も使っているから、この分け方についても、各自自分の考えをもつことが望まれる。
{文部科学省の生徒指導概念}
最初に文部科学省が述べている生徒指導についての原則を整理しておこう。
文部科学省によると、生徒指導の意義とは、「すべての生徒のそれぞれの人格のより良き発達を目指すとともに、学校生活が、生徒の一人一人にとっても、また学級や学年、更に学校全体といった様々な集団にとっても、有意義に興味深く、充実したものになるようにすることを目指すところにある」という。決して単なる非行対策や問題行動への対応が生活指導の主要なものではないとされる。
では何をすべきなのか。
まず生徒理解。そのためには相互の信頼が必要であるが、理解する内容としては、能力、判断の傾向、性格的な特徴、興味、悩み、交遊関係、家庭環境、郊外活動などで、そのための方法は、観察法、面接法、質問紙法、検査法、作文・日記(
生活綴り方)など多様なものがある。それぞれのメリット・デメリットを理解し、プライバシーに配慮しつつ複合的に実施することが望ましいとされている。
学校には通常校務分掌として生徒指導部が置かれ、生活指導・教育相談・進路指導などが仕事となる。文部科学省の生徒指導部の役割の説明では、
ア 生徒指導についての全体計画の作成と運営
イ 資料や情報、あるいは生徒理解のための設備などの整備
ウ 学校内外の生徒の生活規律などに関する指導
エ 教育相談、家庭訪問、父母面接などを含む直接的な指導
オ 学級担任、その他の教師への助言
カ 警察、児童相談所等の外部諸機関、青少年の健全育成のための地域団体当の諸団体及び緒学校との連携や協力
キ 生徒の諸活動(特別活動の全般、部活動、ボランティア活動など)指導
となっている。
教育相談については、すべての児童を対象にし、生徒との信頼関係の形成、カウンセリングマインドが必要であるとしている。
この要約はいずれも教員採用試験を受ける学生が使用する教職教養の教育原理の参考書に書かれていることを参考にした。(東京アカデミー版)こうした参考書は、受験勉強に使用し、「正解答」が書かれていると学生たちが思っているから、大きな影響力があると考え、参考にした。
さて、ここに書かれていることは原則的には確かに間違っていない。しかし、問題はこのようなことが実際に行われているのか、教師と生徒との相互信頼関係は、どの程度実現していて、どの程度円滑に教育相談活動が行われているのか、あるいは
いじめなどの問題が発生したときに、こうした原則が有効に機能するように、教育現場で実行されているのかという問題であろう。そして、教育はあくまでも「個人」こそが重要であって、集合体としての統計的数字が問題なのではない。いじめによって自殺した者が一人であり、統計的には「ほとんどいなくなった」と理解される数字であったとしても、自殺した一人の家族にとっては、それは100%の重大さとして感じられるものである。生活指導の問題の重大さはそこにある。
{全生研の生活指導概念}
民間の研究団体として、生活指導に関する実践的研究を戦後進めてきた全国生活指導研究協議会の生活指導に関する概念を見ておこう。
\begin{quotation}
生活指導とは
競争と管理、そして『自己責任』のもとで孤立し、自己肯定感を持てなくなっている子どもたちがいます。また、家庭崩壊やパーチャルな文化によって発達の遅れも指摘されています。その結果として、子どもたちはさまざまな「荒れ」を表現しています。
{佐世保の事件を考える}
問題を考察するためには、具体的な事例について考えることが必要である。
ここでは、2004年の年度初めに起きた極めてショッキングな事件であった佐世保の小学生殺傷事件を取り上げてみよう。
この事件はまだ事実があまり解明されておらず、正確な分析は難しいが、そういう段階でも問題を把握する努力は必要である。
簡単にわかっていることを整理しておこう。
- 佐世保の小学校で6年生の同級生の女子生徒が親友とされていた友人を、給食の準備の時間に別の部屋に呼び出して、椅子に座らせ、カッターナイフで首を切って殺害した。
- 1週間ほど前から殺害方法などについて考えており、計画的意識的な殺人であったと考えられる。
- 被害者の女子は3年生のときに転校してきたが、加害者はもともと住んでいた生徒だった。転入生の被害者に対して当初から親切にし、仲良くなったとされている。
- 4年生まではおとなしい学級であったが、5年生から荒れだし、学級崩壊状態だったという報道がある。
- 5年生でバスケット部のチームが作られ、大会に出場するために激しい練習がなされており、二人とも参加していたが、加害者の生徒は親が中学受験させるために、勉強にとって支障があると考え、無理に辞めさせたとされている。しかし、そのことによってチームが弱体化したので、とりあえず試合には出場したが、継続することは許されず、そのころからインターネットに熱中するようになり、ホームページを作成していた。被害者も遅れてホームページを作成し、加害者生徒が教えたりした。
- グループでの交換ノートやホームページ掲示板でのやりとりがあり、そこで軋轢があったような文章や書き込みがあったとされている。
- 加害生徒は中学生が殺し合うバトルロワイヤルにのめり込んでいたと言われている。
他にもさまざまな情報があるが、とりあえずこの程度にしておこう。
この事件は学校内で生徒同士の殺人事件が起きたという意味で、日本で初めての事件であると思われる。しかも小学生の女子生徒であったことが、驚きを強くした。二人はまわりからは仲のよい友達であったのに、なぜ計画的意図的な行為として殺してしまったのか。その深い真相はわからないとしても、少なくともそこまで行く前に何が「教育」的に欠けていたのかは究明されなければならない。「いじめ」が完全に防ぐことはできないにしても、「いじめによる自殺」は防げるという前提での取り組みが必要である。
この事件についてはかなり異なったいくつかの見方がある。
第一の見解は、5、6年生の特に女子に見られる精神的な不安定さによるもので、親にしてもまた教師にしても心の奥がわからない、そうした中で起きた事件であり、適切な指導は難しいとするものである。文章としてまとめられた見解ではないが、そのような語る人は多い。
第二の見解は、インターネットでホームページを作成したり、掲示版で議論をし、そこで口論が行われていたという事態を重視し、インターネットの顔をみないコミュニケーションによって、些細なことが大きな対立や怒りになって増幅したことによって起きた事件であるというものである。事件が起きた当初、新聞などに顕著に見られた見解である。
第三の見解は、親の病気、バスケットボールができなかったことなど、家庭での不安、不満要因が重なり、それが友人との関係を悪化させたとする、家庭での問題を指摘する見解である。
子どもが少しずつ変わってきたことは指摘されている。
校内暴力:
キレる沸点が低い子ら 汚い言葉「前段階」
学校で暴れる子どもがわずかながら増加に転じた。文部科学省が27日公表した「生徒指導上の諸問題の現状について」。中学生の陰に隠れて目立たなかった小学生の校内暴力が03年度、大幅に増えている実態も浮かんだ。【千代崎聖史】
「じゃ、殺し合いをしよう」。東京都内の小学校で、40代の男性教師は耳を疑った。休み時間、2年生数人がおしゃべりをしていた。一人が「何して遊ぼうか」と聞くと、ある女児が屈託なくそう答えた。「そんな寂しいこと言っちゃだめだ」と諭すと、女児はきょとんとしていたという。
教師は「本気とは思わないが、心配なのは『先生、紙』のように言葉が省略される傾向が強まり『てめえ』のように友達同士の言葉がどんどん汚くなっている点だ」と心配する。別の教師も「言葉の乱れは暴力の前段階。そういう言葉をやめるよう指導すると、手を出す回数が減る」と言う。
いじめなどで不登校になった子どもを受け入れるサポート校「東京共育学園」(北区)の田中久佳校長(45)も「キレる沸点が確実に低くなり、暴力を伴ういじめが起きやすくなっている」。
文科省の調査では、教師や生徒間の暴力が増える一方、見知らぬ人への暴力だけは20%減った。いじめなどの問題に詳しい北海道の星槎(せいさ)国際高校、岩沢一美教務部長(40)は「今の子どもは、兄弟がいなければ(日中)家庭で母親と一対一。ほぼ思い通りになる傾向があるが、学校は違う。『無視された』と思い込んで暴力に走る。近い関係であればあるほど、その裏返しで敵意が募る傾向が強い」と指摘する。
◆ワースト1の増加は神奈川県
地域別の比較で、暴力行為といじめの件数がともに全国ワースト1の増加となった神奈川県では、小学校の暴力行為が02年度比79.5%増、いじめも74.8%増だった。
県教委は7月、暴力行為が多かった小中高162校を調べて要因を探った。暴力行為を複数回起こす子どもが目立った。1人で五十数件起こした小学生もいた。県教委は今後もスクールカウンセラーの配置を進める。
兵庫県は小中高の暴力行為が344件増、いじめは233件増だった。過去4年間は横ばい傾向だっただけに、急増ぶりが目立つ。県教委は「特定地域で急増しているが、理由はよく分からない」と言う。「対策に力を入れたい」と、生徒指導担当教諭を対象に指導法の研修を開く予定だ。【川久保美紀、細川貴代】*27)
注目されることは、「言葉を丁寧にする指導をすると暴力的な傾向が減少する」と指摘していることであろう。
Q 佐世保の事件について原因を考えてみよう。
最終更新:2008年09月03日 11:31