{成績評価の種類}
日常的な教育実践の中で行なわれる日々の評価は別として、書類に記載される制度としての評価は、学校においては主なものは3種類存在する。第一に、生徒や親に通知される「通知表」である。通知表は、日本では、通常、毎学期末にだされる。通知表は保護者に対する報告書であり、不可欠なものでなく、また、形式等は学校が自由に決めてよいものである。従って、特に
小学校の通知表は、昔からかなり多様なものであった。
通知表の評価方式は、以前は相対評価がほとんどであったが、現在では逆にほとんどが絶対評価になっている。これは相対評価の欠点を意識する意見が強くなり、「努力」が反映され、よりきめ細かな評価がしやすい絶対評価が推奨されるようになったからだといえる。
第二に、正式な生徒の学習・生活記録として、指導要録という文書がある。これは、学校が移るときには転送され、また、卒業以後も一定年数保管が義務付けられている。そして、指導要録の形式はある程度制約がある。
それに対して、 ところが、指導要録と通知表を別々に作成することは、教師の負担を大きくするので、指導要録に基づいて、入試用の調査書を作成する必要がある中学、高校では、指導要録の形式とよく似た通知表を作成する場合が多い。
第三に、入学試験を受ける際に、受験校に提出する「調査書」である。これは、受験校側が形式を定めるのが原則であるが、特に私立学校の場合には、多数の受験生の確保という観点から、形式を任せる場合も少なくない。
{評価の開示と異議申し立て}
「評価」は評価する者と評価される者とがある。「通知表」のように、「報告書」である場合は当然、その評価が知らされるが、「評価」が評価される者に知らされることは多くない。以前はほとんどなかったといえる。例えば、入学試験の成績が、受験生に知らされることは、以前は全くなかった。近年知らせる学校が出てきたが、まだまだ少数である。指導要録の通常本人には知らされることはない。もっとも、指導要録の学習の記録は通知表とあまり変わらないから、開示要求もあまりないだろうが。
また、評価に対して、評価された者が納得がいかない場合の措置は、更に限定される。文教大学では、通常の成績に対して、疑問があるときには、正規のルートで説明を求めることができる仕組みが、数年前に導入された。それまでは個人的に教員に聞きに行くことはできたが、それは制度ではなかった。
ここでは、評価の開示、異議申し立てについて考える。
評価の意味を考えるきっかけとなったのが、オール3事件だったとすると、評価の開示の問題を考えさせるきっかけとなったのが、「内申書裁判」であった。内申書裁判とは、学校紛争が高校にまで及んだ時期、ある東京の有名公立中学の生徒をめぐって起きた訴訟である。当時、日本社会全体がかなり政治的に加熱した時代だったが、A君は中学生ながら、政治に興味をもち、また、大学でそれまで行なわれていた教育への疑問が噴出していたことの影響を受け、自分の中学で政治的な活動を行い、行事などへの疑問を表明していた。優秀な生徒であったにもかかわらず、受験した高校すべてに不合格となった。このときA君は、調査書に書かれた内容で落とされたのではないかと考え、(情報提供があったと言われている。)損害賠償訴訟を起こしたのである。一審ではA君の主張が認められたが、高裁、1988年の最高裁判決は認めなかった。
問題の内申書は、「基本的な生活習慣」「公共心」「自省心」がC評価であり、備考欄に「文化祭粉砕を叫んで他校生徒と共に校内に乱入し、ビラまきを行った。大学生ML派の集会に参加している」等の原告の学生運動に関する経歴を記述したというものである。最終的に、最高裁の判断は、以下のようなものだった。
\begin{quotation}
高等学校受験の際に提出する調査書に、「校内において麹町中全共闘を名乗り、機関紙『砦』を発行した。学校文化祭の際、文化祭粉砕を叫んで他校生徒と共に校内に乱入し、ビラまきを行つた。大学生ML派の集会に参加している。学校側の指導説得をきかないで、ビラを配ったり、落書をした。」などと記載しても、その記載は原告の思想、信条そのものの記載でもなく、外部的行為の記載も原告の思想、信条を了知させ、また、それを
評価の対象とするものとはみられないのみならず、その記載に係る行為は、憲法13条違反の違憲の主張は、その前提を欠く
\end{quotation}
つまり、原告の主張は全面的に退けられたのである。しかし、裁判で原告の主張が破れたとはいえ、現場の内申書記載は、その後、本人の都合が悪いことは書かない、よいことだけを書く、人物評価で原則としてCは付けない、等々、原告の主張が逆に受け入れられていった。
しかし、教育学的に考えて、不利な評価をすることの是非は、簡単にどちらが正しいとはいえない。「文化」的背景もあるからである。
内申書裁判は、その発展として、内申書開示請求の運動や訴訟を起こすことになった。1991年に大阪高槻の中学生が起こした内申書開示請求である。そして、同種の訴訟がその後いくつか続いた結果、現在ではかなりの程度開示されるようになっている。
現在公立高校の入試では、中学の成績が結果に大きく左右される。従って、合格可能性を探るためには、調査書の内容を知る必要があると考えて、その開示を
教育委員会に請求したのである。このとき、高槻市には、個人情報保護条例があり、その規定に基づいての請求であった。しかし、調査書の開示には、それまで一貫して学校や教育委員会は認めて来なかった。
その理由は、入試判定資料であるから、秘密である必要がある、本人に開示すると、公正な判定が困難になる、教師と親・子どもの信頼関係にマイナスとなりうるという理由である。
この開示請求に対して、紆余曲折があり、結局訴訟になったのだが、この訴訟でも、判決は原告の請求を認めることはなかったが、その後開示が進む要因となったのである。
行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成十五年五月三十日法律第五十八号)は次のような規定をもっている。
(開示請求権)
第十二条
何人も、この法律の定めるところにより、行政機関の長に対し、当該行政機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる。
2 未成年者又は成年被後見人の法定代理人は、本人に代わって前項の規定による開示の請求(以下「開示請求」という。)をすることができる。
さて、通知表は、保護者に対する「報告書」であるから、親に秘密にされることはありえないが、通知表とは別の「指導要録」や「調査書」は、通常保護者には、その内容が知らされることはない。しかし、指導要録は、実際の指導の際に参考にされる文書であり、調査書は、合格者の決定に利用される資料である。そのために、保護者や本人に開示されるべきであるとする考えがあり、訴訟にもなってきた。
開示を求める論理は、大体次のようなものである。
1 調査書が入試判定の資料になる以上、志望校決定の資料として利用せざるをえないのであるから、開示すべきである。もし、開示されないと、資料なしに志望校を選択せざるをえない。
2 調査書や指導要録に記載された内容は、個人に関する情報であるから、本人にとって、それを「知る権利」がある。
また、開示を否定する論理は大体次のようなものである。
1 個人の評価について、指導上利用するものである限り、本人にとっての不利な情報もある。
2 評価の記載にとって、最も重要なことは、事実が正確に書かれていることであり、正確に書くためには、それを利用する者だけに開示される必要があり、直接利用しない個人については、たとえそれが本人であっても、開示されると事実を正確に書くことが困難になる。特に、本人に開示すれば、本人に対する不利な事実を記載することは難しい。従って、評価の本来の目的が阻害される。
最終更新:2008年09月05日 20:22