教師は休みがたくさんあって、失業もなく、いい職業だ、とよく言われた。しかし、教師は現実にはあまり休みはないし、一般の労働者よりも勤務時間は長く、過酷であるかも知れない。前節で見たように、昼休みもないのが、教師の勤務実態である。以前は夏休みは「自宅研修」という形をとり、実質的には確かに「休み」だったが、現在ではどの都道府県も夏休みの自宅研修は原則として認めておらず、毎日学校に出勤しなければならない。 最近は教師の精神疾患がとても多く、そのために休職する教師も少なくない。また、2007年に東京都で、新任の若い教師が、あまりの忙しさに鬱病になり自殺したことも記憶に新しい。
2008年の教育界は、大分県の教員採用と昇任人事の不正に揺れた。自分の子どもを教師にしたい現職教師や、管理職に昇任したい現職教師が県教育委員会の幹部に賄賂を贈り、幹部は試験の点数を改竄して、採用や昇任に便宜を図ったという事件で、幹部や教師が逮捕起訴され、また、自発的に辞職した者を含めて、21名の新採教師が採用を取り消されたという事例である。このことは何を示しているのだろうか。
メディアで報道されたときに、最初に起きた顕著な反応は、「大分だけなのか」ということだった。昔から、教育界には、「コネ採用」の噂が絶えなかった。親が教師の子どもは、教員採用試験に合格しやていという「噂」を、あり得ることと考えていた学生は少なくない。\footnote{こうした点を教育界だけの風潮と考えるのは誤りだろう。企業でもコネ採用はよく見られるところであるし、また企業幹部、特にオーナー社長の家族が取り立てられることは、当たり前のこととして受け取られている。ただ、教育界において、特に問題であるとされるのは、「教育」という分野であることと、公務員であることによる。}
しかし、ここで問題にするのは、教師のそうした勤務状態が、教育にとってどのような意味をもつかという点である。
教師にとって最も重要な仕事は「授業」であり、国民や親も教師がいい授業をやってくれることを望んでいるに違いない。よい授業をするためには、そのための十分な準備が必要であり、そのためには、十分な「時間」「資料」「協力者」が必要である。「時間」は既にみた。「資料」について見てみよう。この場合、資料といっても、まずは教材費および教材研究の資料費が大切である。よい授業をやるためには、様々な教材があることが望ましく、また、授業研究のためには、様々な資料を購入できなければならない。
全般的に教材に使っている費用がどのような推移をしているかが次の表である。
(kyozaihisuii の図)
文部科学省が通知している小・中学校における教材関係予算措置状況の調査結果についてによると、
この図で明らかなように、学校の教材費予算はどんどん削減されている。実際に現場の教師の話でも、教師が授業研究のために、学校の予算で資料等を購入することは、まったく不可能であるという。学校や自治体で事情は異なるだろうが、最も財政的に豊かな東京都の教師がそのような状況だから、他は押して知るべしだろう。
ホームページに公開されている二谷
小学校の予算計画書をみてもわかる。(表)
この予算書で見る限り、教師が教材研究のために資料を購入することは、項目そのものに入っていない。大学では、どんな大学でも教員に「研究費」という費目があり、大学にらよって多寡があるが、自分の研究のために使う校費がある。大学の教師にとって、研究は教育内容を作成する基礎でもあるから、研究しない教員は授業そのものができない。しかし、大学と異なって高校以下の学校は、教える内容が決まっているからといって、それはあくまでも素材であり、教師は
教科書を多くの知識や資料で補いながら授業を進める。補足される内容が多いほど、通常魅力的な授業になるはずである。だから、高校以下の教師にとっても、教材研究のための費用は不可欠だと考えるべきだろう。
もちろん、熱心な教師は教材研究に必要な資料を自分のポケットマネーで購入している。しかし、それは本来は仕事のための経費だから、学校の予算で揃えるべきものである。学校の予算であれば、全員の教師に配分され、従って全教師が熱心に授業研究に取り組めることになる。しかし、ポケットマネーに頼っていれば、熱心な教師は教材研究を行なうが、そうでない教師は、学校から配布される「教師用指導書」程度での授業準備しかしないことになる。
最終更新:2008年09月02日 05:39