第2話「科学で無知な子供達《バードケージチルドレン》」

時は少し遡り・・・
太陽が昇り、燦々と陽光が照りつける午前10時ごろ。風紀委員《ジャッジメント》一七六支部の神谷稜と斑孤月は通報のあった公園へと向かっていた。普通の歩行速度で歩き、お互いに駄弁りながら余裕を以って現場に向かっていた。なぜなら、通報がそれほど緊迫した状態だと思っていないからだ。

「ただ不審者がいたから通報したって感じでしたね。襲われそうとか、そんな緊迫した状態じゃなくて、本当にただ淡々と文章を読み上げる様な喋り方でした。」

―――と証言する一七六支部のオペレーター葉原ゆかりの言葉を信じ、それほど緊迫した状態じゃない、もしかしたらただのイタズラかもしれないと思い、無駄に体力を消費したくなかった2人は互いの近況を語りながら向かっていた。
同じ中学に通い、同じ支部の風紀委員である2人がこうして互いの近況を語り合うのは、つい先日まで互いに支部には顔を出さず、徹頭徹尾パトロールし続けていたからだ。第三次世界大戦中、学園都市内の警備員《アンチスキル》の数は激減し、その負担が風紀委員に大きく圧し掛かった。そのため、2人は周辺をパトロールした後に登校し、放課後は支部に顔を出さずに再びパトロールに出てそのまま寮に戻る生活を続けたため、こうやってまともに会話するのは実に一週間ぶりだった。
狐月はキリッとエリート然とした顔で歩くが、その隣で稜は疲れが出ているのだろうか少し浮かない顔をしていた。

「どうした?浮かない顔だな。疲れているのか?」

狐月が稜を気に掛ける。彼が進んで話しかけるのは珍しい。いつもエリートエリートと連呼し、常に自分を上に置く彼の態度を稜は嫌い、狐月も稜とは相容れない存在だと認識して距離を開けている。なので、基本的に2人の間では会話は無い。するとすれば口喧嘩か業務報告ぐらいだ。しかし、会話しないからといって、互いに嫌悪し合っているわけではない。確かに気にくわない部分はあるが、互いに実力は認めており、戦闘におけるコンビネーションはピカイチ。互いに語らずとも理解し合う2人の戦いはまさしく以心伝心だ。
稜の浮かない顔はそんな関係を保っている狐月がその境界線を破ってでも気に掛けるほど酷かった。

「お前から話しかけるなんて、珍しいな。」
「無駄口はいらない。質問に答えろ。あまりエリートの私に手を煩わせるな。」
「へいへい。まぁ、疲れてないって言えば嘘だけどよ。それとは違ぇんだよ。」
「じゃあ何だ?」

狐月の更なる追及に稜は口を噤んだ。明らかに「お前には言いたくねぇ。」という顔をしている。だが、狐月の追及は更に続く。

「エリートの私は例え小さな問題でも見逃さずに処理しなければ気が済まない性分なのだ。」
「いや、それエリート関係ねぇだろ。」
「とにかくだ。エリートの私は認めたくは無いが、お前は一七六支部のエースだ。支部における重要な戦力でもある。そんなお前が問題を抱えれば、支部に対する評価、そしてこのエリートであるこの私の評価にも関わるのだ。」
「・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・」

稜は明らかに狐月の言うことをウザがっており、深くため息をつく。

「これは俺の独り言だ。聞くも聞かないも好きにしろ。」
「心得た。」

稜はブルーな気分の原因を思い出すと、更に不機嫌そうな顔をして項垂れる。その背中には熟年サラリーマンが持つような哀愁が漂っていた。中学生の出す様なオーラではない。

「正美と喧嘩した。」
「はぁ?」

稜の言葉を聞いた狐月は思わず驚嘆し、目を丸くした。稜が口にした事実が信じられなかったからだ。2人揃えば世界は花園、周囲にシュガーを振りまくどころか、周囲の人間を重度の糖尿病患者にする公害レベルの激々甘々バカップルの2人が喧嘩をしたのだ。
狐月はその言葉が信じられず、事実確認をとる。

「正美というのは・・・・風川正美《カザカワ マサミ》で間違いないのか?」
「それ以外の誰がいるんだよ。あと、これは俺の独り言だ。」

更に不機嫌で睨みつけるような目で稜は狐月を見つめる。

「昨日、正美と喧嘩した。部屋に戻るや否や『私と風紀委員の仕事、どっちが大事なの!?』って叫んで枕とか時計とか色々投げつけられた。」
「おい。なんだその新婚を少し過ぎた頃の夫婦の喧嘩は。」
「最近、風紀委員の仕事が詰まってただろ。そのせいで正美とはほとんど会話してなかったし、ここ最近はデートも出来なかったし、デートの約束をしても通報があってパーになったりしたし、そりゃあ怒るのも無理ないぜ。だけど、正美と風紀委員のどちらか一つを選ぶなんて俺には出来ない。」
「エリートの私から言わせてもらうと、君は早急に爆発すべきだ。エリートの私が言うのだから間違いない。」
「無茶言うんじゃねぇよ。あとエリートエリートウゼぇんだよ。このエリート小僧。」

そんな感じで2人で口喧嘩を勃発させている間に件の公園へとだ取りついた。ほとんど人はおらず、通報者と思しき人物も見当たらない。だが、壊れていることで有名な自販機の前に一人のベージュのロングコートを着こなしたサラリーマン風の男が自販機の下からジュースを取り出していた。

「あいつか?」

缶ジュースを訝しそうに見つめる男の背後から稜と狐月はゆっくりと近付き、ある程度近付いたところで男に話しかけた。

「失礼ですが、IDを確認できないでしょうか?」

狐月にそう話しかけると男は振り向いた。年齢は20代後半あたりだろうか、男は2人の顔を一瞥すると、不敵な笑みを浮かべてこう言い返した。





「もし『嫌だ』と言ったら?」





男の不敵な笑みと既に勝ち誇るかのような言い方、稜はこの男から危険を感じた。直接警戒心を与える様なものを持っているわけではない。この男には良い知れぬ危険な何かがある。稜の風紀委員として、そして神谷稜という一人の男として駆け抜けた戦場で培った勘が彼に訴える。



“この男は危険だ!”



「残念ですが、身分を明かせないのであれば、あなたを拘束します。」

狐月がそう言って、風紀委員が使う手錠を取り出した途端だった。





「離れろ!狐月!」





突如、黒い何かが鎖を引きずる様なジャラジャラという音を立てて飛び出し、狐月を一瞬にして稜の背後にまで吹き飛ばす。狐月は街路樹に叩きつけられて気絶する。
稜は狐月の方に振り向かず、咄嗟に制服のポケットから針を取り出し、その延長線上に光の剣を発現する。

“閃光真剣《ライトブレード》”
神谷稜が持つ能力であり、針の延長線上にある気体を構成する分子を電離させ、陽イオンと電子が自由運動する状態に固定することで剣型に形を形成する能力である。チェーンソー並みの切れ味を誇り、大能力者《レベル4》の彼ともなれば、大きさを自在に変化できる他に、刃先を伸ばし鞭のように振ることも可能だ。パーソナルリアルティー(演算)を乱すと、即座に消えてしまうのが欠点と言えば欠点だが、これは能力全般に言えるものである。

稜はすかさず、閃光真剣で男に斬りかかる。しかし、男は軽い身のこなしで稜の剣戟をかわし、稜の閃光真剣は男の向こう側にある自販機を真っ二つにぶった切る。
男は自販機の傍に置いてあった大きな黒いコントラバスケースを抱えて稜と距離を取る。

「逃がすか!」

稜がもう一方の手にも針を持ち、閃光真剣の二刀流で男に挑みかかる。しかし、男は再び軽い身のこなしで次々と繰り出される稜の剣戟を回避する。身の丈を裕に超えるコントラバスケースを担いでいるとは思えないほど軽いフットワークだ。

(こいつ・・・出来る!)

すると、男は持っている缶ジュースを稜に向けて放り投げ、稜は条件反射でその缶ジュースをぶった切ってしまう。放り投げられた勢いに乗って中身の液体が稜にかかる。

(うえっ!なんだこれ!臭ぇ!)

制服の袖で目元を拭った瞬間だった。一瞬でもあの男から目を離したのがいけなかった。稜が顔にかかったジュースを拭う、彼の視界が潰れる一瞬の隙を狙い、男はコントラバスケースを持って大きく振りかぶり、稜に向けて一気に横に振り回す。
しかし、稜は仰け反ることでギリギリのところでそれをかわす。顎が少し掠り、ケースとの摩擦で熱くなる。稜はバランスを崩しながらも閃光真剣で男のコントラバスケースを斬りつける。ケースを構成する木を焼きながら剣はケースに一本の大傷を付ける。

(浅かったか・・・。)

稜は男から距離を開ける。閃光真剣を構え、男の一挙一動に注視する。そして、男の行動を見ると同時に彼の背後で倒れている狐月を見る。狐月は街路樹の下で倒れて気絶していると思っていたが、微かに指を動かして稜にサインを送る。稜はそれに気付くが返事はしない。男は自分だけを見ている。狐月のことは気絶していると思って眼中にない。もしここで自分がサインを返せば、狐月のことに気付かれてしまうリスクがある。
狐月は軋む身体を無理矢理動かす。男の背後で狐月が右手を前に突き出し、手を人差し指と中指を突き出した拳銃の形にして男に照準を構えた。





ブォォォォォォォォォォォォン!!!





狐月が指先から風の弾丸を放つ。非常に高い圧力をかけて射出された空気の弾丸は鋼の実弾と同等の威力を持つ。それと同時に稜が閃光真剣を構えて突撃する。男は狐月の攻撃に気付いておらず、稜の突撃だけに注視する。

(勝った!)

稜と狐月は自分たちの勝利を確信した。





「「!?」」




だが、2人の確信は裏切られた。
男のコントラバスケースから2本の触手のようなものが飛び出した。鋼の刃が千羽鶴のように折り重なったような姿、刃の身体を持つ蛇のようだ。一本は狐月の風邪の弾丸を弾き返し、もう一方は青白い光を放ちながら稜の閃光真剣を受け止めた。

(バカな・・・・!閃光真剣が受け止められた!?)

閃光真剣と刃の蛇との間で激しい閃光が煌めいた後、反発を起こして刃の蛇と閃光真剣が弾き返される。
稜はそのことに驚きを隠せなかった。閃光真剣を弾き返されるなど初めて経験するケースだからだ。
しかし、男はそんなことを考える暇すら与えてくれない。稜の動きが止まった一瞬を見逃さず、彼の脇腹に蹴りを入れる。腹部には骨がない。衝撃が直接臓器へと伝わり、その痛みで稜は腹を抱えてその場で倒れ込む。

「こっちから仕掛けておいて言うのも難だが、俺としてはなるべく穏便に済ませたいんだ。」

そう言うと男はコントラバスケースを地面に置いた。飛び出した刃の蛇がケースの中へと戻って行く。大きく二つの穴が空いた滑稽な姿となったケースを男は憂う目で見つめる。

「あーあ。イギリス旅行以来の相棒だったんだがなぁ・・・。」

そう言いながら、男はケースを開け、中からあるものを取り出した。

(何なんだ・・・?あの剣は・・・・)

先ほどの触手と同様に大量の刃が千羽鶴のように折り重なった刀身、それが樹形図のように枝分かれしていた。まるで雨に降られたかのように刀身は濡れ、水が滴っている。それと同時にバチバチと刀身の周囲を電撃が走り、電気の熱によって水が蒸発し、滴ると同時に蒸気を出していた。そんな1m50cm近くある巨大な剣を男は軽々と片手で扱う。

(オールバックの方はもう倒れたか・・・)

男は完全に気絶した狐月を一瞥すると、再び稜と対峙する。

「お前・・・・何者だよ。」
尼乃昂焚。魔術師・・・って言えばいいのかな?」
「魔術師?ふ~ん・・・魔術師ってのがどんな奴でどんな理由で来たか“知らない”けどよ、この街で騒ぎを起こすなら・・・務所にぶち込んでやるよ!!」

稜が閃光真剣の二刀流で目の前の男、尼乃昂焚に斬りかかる。昂焚は剣でそれに応戦する。互いの剣の間で閃光が走ると、再び磁石の反発のように弾かれる。

「まだまだっ!」

稜が閃光真剣を延長し、更に長いリーチで昂焚に襲いかかる。しかし、昂焚は剣で応戦し続ける。弾かれては斬りかかり、弾かれては斬りかかりの繰り返しである。剣神と謳われた稜と互角に渡り合う昂焚、両者の激闘は凄まじく、他者に入る余地などなかった。

「俺がどんな奴か知らず、どんな目的で来たのかも知らないのに務所にぶち込むのか?」
「この街を護るのが俺たち風紀委員の仕事だからな!」
「なるほどな・・・。哀れな奴だ。」

昂焚は稜の閃光真剣を弾き返すと、彼がのけ反った瞬間に剣の枝を伸長させた。3匹の刃の蛇がバランスを崩した稜へと襲いかかる。1匹で空中へと突き飛ばし、2匹で地面へと叩きつけ、3匹同時に襲いかかって彼を蹂躙した。公園の地面が抉られ、破壊される轟音と蛇たちが動く時に鳴る鎖を引きずるような音が何度も激しく鳴り響き、舞い上がる土埃で視界は潰された。

「もう十分だ。戻れ。」

昂焚の指示通りに3匹の刃の蛇が委縮して剣の枝へと戻る。
稜は公園の地面にうつ伏せに倒れていた。彼の周囲の公園のレンガの地面は跡形も無く破壊され、彼自身も身体の各所から血を流していた。

「ち・・・・く・・・しょう・・・」

稜は渾身の力を振り絞って目の前に落ちている針を拾おうとする。

「ほぅ。まだ息があったか。・・・って、別に殺そうとしたわけでもないんだがな。」

昂焚の声にも耳を傾けず、稜は必死に手を伸ばす。昂焚はその姿をまるで虫けらを見る様な目で蔑視する。しかし、同時に彼に対して哀れみを込めた感情も持っていた。

「可哀想な奴だ。与えられた情報と正義に満足し、こんな鳥籠を護るために命を懸けるのか。ハッキリ言って、君はつまらないな。興味に値する価値すらない。」

圧倒的な実力差を見せ付けられ、それでも抗おうと奮起する中でかけられた罵倒の言葉に稜は完全に動きが止まっていた。

「縁があればまた会おう。科学で無知な子供達。」

そう言って、尼乃昂焚は完全に沈黙した稜と狐月を尻目に何事も無かったかのように公園から立ち去った。
そして少し離れた位置から一部始終を撮影していた謎の男。ハンディカメラを片手に持ち、公園から少し離れた建物の屋上から戦闘の一部始終を撮影していた。無表情で角刈り頭だ・

「戦闘の終了を確認。指示を仰ぎます。」
『2人に救急車を呼んでやれ。その後は速やかに撤退。』
「了解しました。」



*     *     *




時は経ち、その日の夕刻。日は完全に沈み切っているものの時刻はまだ午後6時前後。多くの学生たちが表参道を歩いていた。大戦の緊張から解放され、久々の外出だという人間も多いだろう。
その表参道から少し逸れた道の奥、そこにとある服屋があった。
エキゾチックなんて表現では物足りない。バイオレンス?いや、それ以上にもっと酷い。ありとあらゆる視覚的暴力が込められ、ファッションという概念に対する宣戦布告ともとれる外観の店、その中で一人の女子高生が服を物色していた。

クラスに一人はいそうな委員長タイプの女子生徒だ。肩までかかる黒髪のストレートロング、ワンポイントとして毛先はウェーブがかかっており、髪の一部は水色のリボンで結ばれている。 水色縁の角眼鏡をかけており、端正な顔立ちの真面目系女子だ。 その真面目さを強調するかのように、学園都市5本指に入るエリート校である長点上機学園の制服をボタン一つ開けずに真面目に着ている。
しかし、彼女の目は女子高生のそれではなかった。その目は戦場を見つめ、常に知略と軍略を頭の中で張り巡らせる、まさしく軍事指揮官といった感じだった。

彼女の名は樫閑恋嬢《カシヒマ レンジョウ》。

第五学区に展開する重武装型スキルアウト“軍隊蟻《アーミーアンツ》”の作戦指揮官であり、事実上のリーダーである。
長点上機の優等生とスキルアウトリーダーという二つの顔を持つ彼女の唯一の娯楽、それがショッピングであり、この店の服は彼女のお気に入りである。残念なのは、この店の服のセンスを理解できる人間が圧倒的に少ないことであり、以前、私服で軍隊蟻の支部に来た時にはカノッサの屈辱の如く、メンバー全員はおろか、当時の№1の寅栄瀧麻《トラサカ タツマ》、№2の仰羽啓靖《オオバ ヒロノブ》までもが土下座して「制服で来てくれ!」と懇願する事態になったのは有名な話である。

そんな彼女の前に一人の青年が現れる。

身長175cm前後、体重60kg中盤であり、碧色の髪が目立つ。長さもそれなりにあり、いかにも軽そうな表情をしている。無駄にキラキラしていてウザさが3割増しだが、これは能力のせいだから仕方ない・・・はず。服装にはこだわりがあるのか無いのか分からない。なぜなら、この店の商品を着ている時点で、ファッションチェックの範疇を超越しているからだ。

樫閑はこの男があまり好きではなかった。だが、自分の私服を唯一評価してくれた同志でもあるのだから、あまり邪見にはできない。



「あら、久しぶりね。界刺得世《カイジ ナリヨ》。」



樫閑に声をかけられた途端、界刺はビクッと反応する。
界刺得世。その名前を知っている人間はそう少なくない。彼はシンボルと呼ばれるグループのリーダーを務めており、今まで様々な事件に関与してきた。成瀬台の重徳事変、ブラックウィザード事件、その影響力は測り知れず、シンボルと風紀委員との繋がりも深く、事実上、風紀委員が彼らの活動を黙認している有様だ。

「んふっ・・・それはそうだね。だって、俺は君のことを避けていたんだから。」

界刺と樫閑の間に張り詰めた空気が漂う。

「どうしてかしら?」
「自分の首を欲しがっている人間と会いたがる人間がいるのかい?」
「は?どういうこと?」
煙草狼棺《ケブクサ ロウカン》、君の部下から聞いた話なんだけどね。君が俺の首を欲しがっているって。」

それを聞いて、樫閑は深くため息を吐いた。

「また話が変に飛躍してしまっているのね・・・。私はただあなたと会って話がしたかっただけよ。」
(煙草の奴、後で“教育”してやるわ。)
「それは女性不信の俺に対する嫌がらせかい?」
「いいえ。軍隊蟻の指揮官としてよ。勘違いしないで。このハーレムメーカー。あなた、常盤台で暴れて、またハーレム要員を増やしたようじゃない?」
「随分と前の話を持ち出すねぇ。君にはあれがハーレムに見えるのかい?」
「それ以外の選択肢があるのなら、是非とも教えてほしいわね。」
「あと、常盤台での一件はどこで知ったんだい?―――――――



――――――そして、“どこまで知ってる”んだ?」



少しうろたえた表情になる界刺を前に、樫閑は少し勝ち誇った顔をしていた。

「何もかも、会話も一語一句逃さず、全てを記録しているわ。」
「壁に樫閑、障子にも樫閑ってか。あの電撃系最強の超電磁砲《レールガン》がいる常盤台で彼女に感知されずにカメラや盗聴器を設置するなんて・・・・んふっ。とことん君は俺の予想の斜め上を行くね。」
「大物政治家や大財閥や大企業の会長のご令嬢が集まる常盤台よ。その上、生徒全員が強能力者《レべル3》。あそこや学び舎の園は政治的にも経済的にも技術的にも重要な場所よ。そこの情報は国家機密レベルに価値があるわ。」

2人が高校生であることを忘れさせるほどディープな会話が続けられる。しかし、ここに彼ら以外の人間はいない。こうして影響力のある組織のリーダー同士の会談としては好条件の場所だろう。

「相変わらず、考えていることがえげつないね。」
「えげつなさでは、あなたには敵わないわ。理由があるとは言え、あそこまで女子中学生に対して暴力を振るったのにはドン引きよ。まぁ、こっちとしても利用させてもらったのだけどね。」
「んふっ・・・それはどういうことだい?」

樫閑の駆け引きで界刺の余裕ある表情に曇りが生じる。

「言ったでしょ。あなたが常盤台で行ったことは全てお見通しだって。見せちゃったのよねぇ~。あなたが女子生徒に暴力を振るう姿を・・・」

界刺の表情から完全に血の気が引き、死人の如く真っ青になる。

「とりあえず、これを見なさい。」

樫閑はスマホをポケットから取り出すと、中にある映像データを再生して界刺に見せる。
高い位置から撮影された界刺と常盤台女子生徒との戦い・・・いや、一方的な嬲り殺しの光景が撮影されていた。
しかし、界刺は映像を見て、即座に気付いた。

「これ・・・編集してるね。」
「その通り、あなたの顔や髪型を変更して、常盤台に侵入した謎の男Xに作り変えたのよ。常盤台が設置したカメラの映像も同様にね。当事者と私たち以外、誰もこれがあなただとは知らないわ。」

界刺の顔に再び血の気が戻り、生者の顔になる。

「なるほど・・・なんとなく君の目的が分かって来た。まず君はこの映像を出汁にして常盤台に対するアドバンテージを得る。男子生徒が入り込んで女子生徒数人に対して暴力を振るったなんて事件は揉み消したいからね。」
「そう、例えあなたと彼女たちの間にどんな正当な理由があっても大人たちから見れば、これは暴力事件であって、常盤台を揺るがす大問題だからね。」
「そして、君は常盤台に揉み消しの話を持ちかける。長点上機学園の生徒という信頼ある名義を使って常盤台に取り入り、『自分の知り合いのスキルアウトにこの男を始末するように依頼しましょう。』と提案する。警備員《アンチスキル》に通報し辛い常盤台側は謎の男Xの処分を真相を知る君たちに依頼するしかない。」
「そして、私たちは常盤台を脅し、同時に媚を売りながら莫大な資金を受け取り、謎の男Xという亡霊と終わらない自作自演の鬼ごっこを展開するのよ。」

樫閑のやり口を聞かされた界刺は笑みを浮かべる。

「んふふふふっ・・・まるでやり口が詐欺師だね。」
「シンボルの詐欺《ペテン》師に言われるとは心外だわ。まぁ、そうやってあなたが起こすトラブルから利益を生み出しているから、殺したりはしないわ。もっと絞り尽くしてやるから。」
「“絞り尽くす”って女性が言うと卑猥だってよく言われるけど、今実際、君から言われても卑猥には感じなかったね。」

界刺がありのままの感想を述べると、樫閑は無言のまま界刺を足蹴りする。

「痛っ!暴力はんたーい!・・・あと、どうして、君たちはそこまで力を欲するのか気になったよ。ブラックウィザードが壊滅し、その残党も剣神によって潰された今、君たちを脅かす存在はいない。どうして、そこまでして金と力を欲しがるんだい?」

界刺の軽く配慮の欠いた口調による質問に対し、樫閑は少し口を噤んだ。

「俺は思うんだよ。寅栄瀧麻と仰羽啓靖、2人のカリスマを失い、軍隊蟻を一手に担う破目になった君は焦っているんじゃないかな?既に釈放されて良いはずの2人は未だに拘束され続け、今ではカリスマの不在による蟻離れも問題になっている。だから君は、カリスマの不在を強大な力で補おうとしているんじゃないかとね。」
「そうね・・・。あなたの言う通り、私は焦っているわ。私の才能はあくまで知略と軍略、組織の統率も範疇ではあるけど、今までは寅栄瀧麻と仰羽啓靖というカリスマがあったからこそのものなのよ。警備員と癒着、風紀委員との不可侵条約、ブラックウィザードの殲滅、他にも様々な手段で脅威を排除してきたわ。それでも軍隊蟻は存続の危機に立たされている。昨日も魔術とか何とか言ってる厨二病をこじらせた謎の能力者集団に襲撃されたばかりよ。」
「それは大変だね。(十二人委員会じゃないよな?)おっと、もうこんな時間だ。」

そう言って話を切り上げると、界刺は気に入った服をいくつか選ぶとレジで会計し、店を出ようとした。



「界刺得世!」



樫閑が界刺を呼び止める。

「まだ何か用かい?」
「一つだけ気になったことがあるのよ。私にはあなたが碧色の髪の青年に見えるのだけれど、その姿も光学装飾《イルミネーション》による嘘偽りなのかしら?」

樫閑の問いかけに対し、界刺は「んふっ」と特有の笑みを浮かべ、何も答えずに店から出て行った。

「相変わらず、侮れない奴ね。」
界刺は樫閑もとい軍隊蟻が自分の首を狙っているという恐怖から解き放たれた安心感、そしてお気に入りの服を手にすることが出来た満足感で幸せそうな顔をしていた。



だが、その幸福タイムはすぐに終わる。



(なんだ?・・・・・この感覚・・・)

戦いの中で培った勘とでも言うべきか、路地裏の奥の方、あの暗闇の向こう側にいる“何か”に警戒する。
界刺は複合型赤外警棒「ダークナイト」を取り出す。界刺の能力、光学装飾の特性を把握し、それを最大限発揮する為に作られた界刺専用の武器だ。





(来る!)





界刺が迎撃のためにダークナイトの数ある機能の一つ、「閃光剣《エクスカリバー》」を出す。遠赤外線を利用した千度単位の熱剣であり、界刺の能力による特殊な赤外線を受容することで発動する。
界刺の勘は当たり、奥の暗闇から一気に“それ”は界刺へと向かってきた。

「寒っ・・・・冷気?」

奥の方から来た“それ”は冷気だった。絶対零度に近い冷気が界刺を包み込み、急速に体温を奪う。

(まずい・・・このままだと体温が・・・)

界刺が踵を返し、冷気から逃れるために走ろうとした瞬間だった。





界刺はおそらく経験したことのない人生最大の苦痛を与えられ、病院へと搬送された。










鳥篭の中に猫が入った。小鳥たちは主人を呼ぶために囀り続ける。

科学で無知な子供達よ。珍奇騒動《カーニバル》は始まった。

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最終更新:2012年10月10日 20:41