「・・・ということだ。東雲さんと共に交渉は付けた。明日にもこちらに届く運びだ」
「ねぇ、網枷君。“ソレ”の一番乗りは私でいいわよね?」
「駄目だ。“アレ”は私が最初に使うことになるだろう。その後なら君に貸し出しても構わない」
「網枷!!テメェ、伊利乃さんの言葉を聞き入れねぇってのか!!?東雲さんの副官を気取ってるようだが、俺はテメェの態度を認めたわけじゃあ・・・!!」
「わかった。なら、仕方無いね」
「無い・・・・・・フ、フン!!今回は大目に見てやるよ!!」
「(阿晴・・・。君・・・)」
「(わかりやすいをとっくに超えてるね、これは)」
会議を主導する網枷の報告にある“ソレ”に伊利乃が興味津々になり、網枷が断り、阿晴がキレかける。
しかし、伊利乃があっさり引き下がり、阿晴も引き下がり、永観と蜘蛛井はホトホト呆れる。
「『最初に使う』・・・ね。ズバリ、その予定とは一体何じゃらホイ?まさかとは思うけど、あなたが“アレ”を使ってあの殺人鬼を潰すつもり?」
「いや。それ以外の目的だ。もちろん、それも選択肢の1つとして考えてはいる」
「・・・ハハ~ン。お姉さん、網枷君の考えてることがわかっちゃった」
「マジですか、伊利乃さん!!わ、私にも網枷さんの考えを教えて下さい!!網枷さんって、いっつも気障っぽい言葉を並べるんでイマイチ理解できないんですよね!!」
「・・・・・・」
「ブハハハハハハ!!!こりゃ痛快だ!!智暁はこうでないとな!!」
「む~。阿晴さん・・・どういう意味ですか!?」
「前にも言ったろうが!網枷はお前のことが嫌いなんだよ!!」
「えぇっー!!そんなこと無いですよー!!ですよね、網枷さん!!?」
「・・・・・・」
「ほらっ!嫌ってないじゃ無いですかー!!」
「ブハハハハハハ!!!お前は俺以上に単純かもな!!」
『
ブラックウィザード』の策士である網枷の言葉を理解できないとぶっちゃける智暁に、阿晴は大笑いする。
阿晴にとって、
仰羽智暁という少女は薬物中毒者や腹に一物抱えたメンバーが多い『ブラックウィザード』の中でも余り嫌っていない、むしろ気に入っている部類に入る。
対照的に、網枷や蜘蛛井は彼女を嫌っている。理由はそれぞれ違うが。
「仕方無いわねぇ~。ンフッ、カワイイ智暁の頼みだもの。無下にはできないわね~」
阿晴と同じく彼女を気に入っている伊利乃は、苦笑いを浮かべながら返答する。
「時が来たってことよ。網枷君が風紀委員に手向けの花を贈る時が」
「・・・・・・」
「・・・わ、わかんない?」
「・・・あっ!つ、つまり、網枷さんが本格的に風紀委員を裏切るつもりってことですか!?」
「そういうこと。でも、いいの?そんなことをしたら、学校にも行けなくなるわよ?“表”での生活を放棄するってことだし」
「君の推論がさも真実のように話を進めてくれるな。私は、まだ何も言っていないぞ?」
「でも、そういうことでしょ?お姉さんの勘って結構当たるんだよねぇ」
伊利乃の断定口調に網枷は仏頂面になるが、彼女の性格はもうわかり切っているためにこれ以上の文句は無意味と判断する。
「君に心配されるようなことでは無い。元より覚悟の上だ。『ブラックウィザード』に入ると決めた時から。『手向けの花』か・・・。的を射ているな。
君の言う通りだ。私は、あの愚か者共に別れの挨拶をするだけさ。その時は・・・もうすぐだ」
「網枷・・・。もしや、君が内通者だということが“『悪鬼』”以外にも知られているのかな?もしそうなら、大問題では?」
網枷の言葉に、永観は懸念―を装った中傷―の言葉を吐く。だが、“辣腕士”はうろたえない。
「別に、それは然程問題じゃ無い。知られていようが、奴等が私に手を出せないのは目に見えているからな。
理由は情報不足。それは当然のことだ。元々、私達は“表立って活動などしていない”し、“風紀委員達を相手にするつもりが無かった”のだから。
それに・・・いざという時の身の振り方は心得ている。心配は無用だ」
「“決行前”・・・という条件付きだけどね」
「そうだ。何せ、私達は“表”の一般人に手を出すつもりが無かったんだからな。収入源であるリピーターは、あくまで“裏”に堕ちた人間だった。
非合法の薬は安易に“表”へばら撒くべきでは無いし、それを厳格に遵守して来たからこそ私達『ブラックウィザード』はここまで成長することができた。
それ故に、風紀委員や警備員が出てくる場面には早々なり得なかった・・・筈だった」
「「!!!」」
今年に入って、新興勢力であった『ブラックウィザード』は一気に勢力拡大の道に舵を切った。
“手駒達”を主力として次々に弱小・中堅スキルアウトを吸収合併し、数ヶ月の間にかの『軍隊蟻』と並ぶ大型スキルアウトに拡大した。
比例的に“手駒達”の供給源も確立・安定し、順風満帆の成長路線を辿っていた・・・その時に現れたのが・・・あの殺人鬼。
「切欠はあの殺人鬼の出現だった。あの男の猛攻が私達を大いに苦しませている。現在進行中で」
「あいつだよ・・・。あいつのせいでボクの“手駒達”が次々に壊された。絶対に許さない。絶対に!!!」
「真昼。確か、あなたの情報でわかったのよね?あの殺し屋を雇ったのが『紫狼』っていう中堅スキルアウトだって」
「そうです、伊利乃さん。と言っても、あたしの掴んだ情報は古かったっていうか・・・。皆には申し訳無いと思っていますけど」
あれは、何時もの光景でしかなかった。5月の下旬頃、弱小スキルアウトの面々を『ブラックウィザード』と繋がっている研究機関へモルモットして送るために、
“手駒達”を主力として研究機関の実験場に追い詰めた。そこに突如として現れた殺人鬼。
あの男は実験場に居る全ての人間を1人残らず皆殺しにした。盛大に暴れたために、実験場の存在を警備員に感付かれる羽目にもなった。
但し、必死の工作(弱小スキルアウトの面々が実験場で暴れた・殺害された“手駒達”はすぐに回収等)により『ブラックウィザード』との繋がりに感付かれることは無かった。
実験場を管理していた部門は子会社を装っていたこともあり、実験場は子会社の単独犯行として処理した。“裏”からも手を回した結果、警備員もそれ以上の捜査を封じられた。
だが、それ以降も殺人鬼の猛攻は止まらない。事前に『ブラックウィザード』の活動範囲や“手駒達”の保管場所を調べ上げられていたのか、次々に惨殺されていく“手駒達”。
その『暴力』は一向に止まる気配が無い。そんな時、中円の調査によりこの殺し屋を雇ったのは『紫狼』という中堅スキルアウトであることが判明した。
4月上旬にリーダーを務めていた男が何者かに襲われ瀕死の重傷を負ったことから、幹部の1人が新たなリーダーに就いた(当時は弱小スキルアウトであったため、新リーダーの素性は不明)。
その男の方針により、『紫狼』は無能力者・能力者関係無くメンバーを募った。その力でもって、勢力を拡大し始めた。そんな時に雇ったのがあの殺人鬼だと言うのだ。
自分達と敵対しているスキルアウトが判明した『ブラックウィザード』は、すぐさま『紫狼』を叩くために行動を起こした。
今までは殺人鬼1人の単独行動であったために、奴の神出鬼没の行動に振り回されていた。だが、今度はこちらが仕掛ける。準備も速攻で整えた。
迅速に連中が拠点としていた廃墟を割り出し、取り囲み、一気に殲滅しようとした。“手駒達”だけでは無く、幹部や構成員の力も持ち出して。だが・・・
『蜘蛛の巣に掛かった哀れな蛾よ。俺の「暴力」に屈するがいい』
そこに居たのは、殺人鬼に糸で操られた『紫狼』では無いスキルアウト達。彼等は、殺人鬼によって気を失わされていたのだ。
当の殺人鬼は、『ブラックウィザード』の監視範囲外に居た(『ブラックウィザード』としては、本拠地及びその周囲に殺人鬼が不在なのを絶好のチャンスと見ていた)。
具体的には、敵の接近に気付いた直後に土に住む蜘蛛の如く地下深くに潜っていたのだ。
『ブラックウィザード』の接近を感知した術は、もちろん張り巡らせた糸による振動感知。加えて、バルーニングと呼ばれる蜘蛛が糸を気流に乗せて浮遊・飛行する方法を用いて、
目にも映らぬ無数の糸を本拠地内外に散布しておいた(糸自体は気流が無くとも浮遊させることができるが、今回は気流の流れを重視したために浮遊能力を用いなかった)。
“存在者”は糸の居場所を感知することができ、その振動の種類で糸に接したモノを区別することもできた。
故に、『紫狼』を潰すために“統率の取れた大軍”でもって挑んだ『ブラックウィザード』を識別することなど、“存在者”にとっては視力に頼る必要も無い行いであった。
そうとは知らずに本拠地に踏み込んだ“手駒達”を嘲笑うかのように発現し、廃墟全体に響き渡ったのは『死』の宣告を告げる糸の狂音。
前もって仕掛けられていたのか、地面から、廃墟から、空中から噴出した『暴力』の濁流。こんな芸当は、周囲に仲間が居る状況では絶対に使えない代物であった。
これ等を受けて操られていたスキルアウトは一瞬で肉塊となり、廃墟を含めた周囲の建物は瓦礫と化し、“手駒達”や構成員も殺戮されて行った。
この時は、後方待機していた網枷がすぐに撤退の指示を出したために全滅とまでは行かなかったものの、結果として大損害を被った。
これは、『紫狼』が張った罠の可能性大であった。後の調査で判明したことだが、連中は殺人鬼を『ブラックウィザード』に仕向けた辺りから活動を一切行っていなかったのだ。
正確には、今まで拠点としていた廃墟を放棄し、集団として集まるようなことを一切しなくなったのだ。所謂解散である。但し、網枷達は『紫狼』が本当に解散したとは捉えていない。
つまり、『ブラックウィザード』の出方を先読みした上で、スキルアウト活動を行っていない(=“裏”の世界で活動していない)と読んでいる。
『紫狼』は中堅(それ以前は弱小)であった上に穏健派・複数のスキルアウトのコミュニティ形態ということもあってか、今までは明確な指針というものが無かった。
故に、連中の活動内容が全く読めない。拡大路線に突入したのは極最近なので、情報も上辺しかわからない。そして、中円が掴んだ情報はこの上辺だったのだ。
『紫狼』は、現状ではあくまで殺し屋1人の力でもって『ブラックウィザード』を叩くつもりなのだ。自分達の戦力は損なわず、相手の戦力は大いに削る。
それを可能にするのが、彼等の最大戦力であろう最凶の殺人鬼。この男の猛攻に、幹部達は少なからず動揺した。
「入院している『紫狼』の元リーダーの居場所を突き止めたけど、向かった時にはもぬけの殻だったのよね?江刺君?」
「はい・・・。どうやら、あの殺人鬼を俺達に差し向けた段階で無理矢理退院させて別の病院に移したみたいっす・・・。ハァ・・・」
「江刺はああああぁぁぁ!!!あの殺人鬼にビビリまくりだからなあああぁぁぁっっ!!!
このクソ暑い中、帽子・サングラスにマスクしてる徹底振りがぁ、見てて可哀想に思えてくるぜええええぇぇぇっっ!!!!」
「そういえば、江刺君は成瀬台の服も着なくなったわよね。まぁ、風紀委員会に参加している支部に成瀬台支部が入っているから仕方無いけどさ。
でも・・・暑そうね。私だったら、とてもじゃ無いけど我慢できないわ。その精神力を、あの殺人鬼にぶつけてみたら?」
「か、勘弁して下さいよぉ・・・」
「中円さん・・・。やっぱり、江刺さんって片鞠さんに次ぐイジられキャラですよね?」
「そうね。2人共殆ど反論とかしないから、格好の標的なんだよね(智暁・・・あなたも人のこと言えないけど)」
『ブラックウィザード』の主力である“手駒達”の大幅な減少に、幹部達は揃って動揺した。多かれ少なかれの範囲ではあるが。
ここで発生したのが、“手駒達”の補充方法についての意見対立である。
『ブラックウィザード』が従来取っていた補充方法は安定的な供給を望める反面、割合的にレベルの高い能力者は少なかった。
それは供給源自体の問題なのだが、網枷は“表”に露出し難いという面を重視していた。
もちろん、それは殺人鬼の猛攻を受けても変わらない。この意見には、網枷の他に伊利乃も賛成の意を述べていた。
逆に、永観・蜘蛛井は“表”に出るリスクを承知で一般人の能力者からの補充を訴えた。殺人鬼の猛攻には、レベルの低い能力者では太刀打ちできない。
ならば、普通の学生生活を送っているレベルの高い一般人を薬物中毒なり拉致するなりして、短期間の内に強力な“手駒達”に仕立て上げるべきだと主張したのだ。
(ちなみに、阿晴は薬物自体が嫌いなためにこの議論に参加していない)
結果として議論が平行線を辿る中、遂に“暴走”が始まった。それは、痺れを切らした永観の仕業。
彼は殺人鬼の攻勢に苛立つ部下の一部を炊き付け、6月初旬に一般人を狙った薬物投与を敢行する
唯、彼の誤算は苛立つ余りに永観の指示(大雑把に言えば『慎重に』)を無視して安易な方法で敢行しようとした部下の不用意さを見過ごしてしまったこと。
議論が平行線の中、幹部である永観自身が陣頭指揮を取れなかったことも一因ではあるが。
「あれは、僕の差し金では無いとあの場で説明しただろう?それに、東雲さんや網枷は納得した。違うかい?」
「・・・その通りだ。だが、君の部下が“暴走”したことによって風紀委員に気取られることになった事実には違いない」
「・・・その点については僕も反省しているよ」
「(『反省』?ププッ、嘘臭い。ボクだけじゃ無く、他の連中にも気付いてる奴は居るだろうけど)」
だが、この先走りが風紀委員―花盛支部―に捕捉される切欠となった。こんなことが東雲にバレれば、すぐにでも殺される。
そう判断した永観は部下の単独行動と断じ、すぐに粛清した。東雲や網枷は事の真相に気付いていたものの、永観のこれまでの戦果から処分を見送った。
従来の補充方法では、あの殺人鬼に対抗する人材を補給することは難しいというのは事実であったために。
「君の心情も理解しているつもりだ、永観。私とて、あの殺し屋に対する有効な手を打てていなかったのは事実だからな。
だから、今回の“決行”作戦を立てた。そして、これは必ず成功させなければならない。
戦力を得るためだけでは無い。風紀委員達の目を、一般人に向けさせるために。従来の補充方法に、奴等の目を向けさせないために」
とりあえず、“手駒達”の補充を従来通りと決めた『ブラックウィザード』の“辣腕士”は、そちらへ風紀委員達の目が行かないように永観の失態を逆に利用する。
すなわち、『ブラックウィザード』が一般人に対して“レベルが上がる”という謳い文句で薬を売り捌いていることを噂としてわざと流したのだ。
本当は、そんな真似は“暴走”以降唯の一度もしていない。だが、“暴走”で実際に売った事実がある以上風紀委員達の目は必ず一般生徒に向かう。
そう睨み、結果としてそうなった。“辣腕士”の面目躍如である。ちなみに、この謳い文句は永観が一般人を狙う際の謳い文句として粛清した部下達に吹聴していたものである。
また、一般人を狙った短期的な囲い込みも敢行する計画―“決行”―を立てた。早急に強力な“手駒達”を仕立て上げる必要性があったために。
具体的な手法としては、まずは
片鞠榴が勤めているカラオケ店『ジャッカル』系列を全て買収した。もちろん、非合法なやり方で。乗っ取りという言葉の方が適切か。
『ブラックウィザード』と繋がる研究組織の人脈を生かした結果である。6月中旬から1ヶ月掛けての大掛かりな乗っ取りであった。
同時に、『ジャッカル』及びその近辺に備え付けられている監視カメラを、全て蜘蛛井が管理するカメラに付け替えた。
これも、具体的には架空の警備会社を装って、そこから支給・配備されていることとなっている。
「東雲さんには珍しい大判振る舞いですよね。他人の弱みを握っていたとしても、必要以上に搾り取らないって普段から言ってたのに。方針転換でもしたんですか?」
「・・・これは必要なことだ、智暁。俺にとっても、協力した複数の研究機関にとっても。俺達に関わった以上、あの殺人鬼の魔手が何時か自分達にも向けられる可能性がある。
連中にとって、その可能性自体が弱みとなっている。今回の商談でも言ってやった。『あの殺人鬼を殺してやるから、俺達に材料をよこせ』とな。
奴等(バカ共)も退くに退けないのさ。だから、今回手に入れた“アレ”も破格の安さだったぞ?“決行”に関してもそう。“手駒達”に必要な能力者を手に入れる必要ができた。
俺達『ブラックウィザード』の礎となるために・・・な。馬鹿とハサミと・・・・・・能力者は、使いよう、だな」
次に、風間の『個人解明』にて利用客のDNA情報を調べることで能力の種類や強度を調べる。
そして、対象者(リピーター含む)に持って行く飲み物の中に薬を混入させるのだ。店内や周囲の監視カメラは蜘蛛井の管理下に置かれているため、外に漏れる心配はまず無い。
だが、すぐに拉致してしまえば風紀委員や警備員にバレてしまうので、最初に混ぜる薬は比較的軽めの薬である。
この薬は、被暗示性が強くなる効果があるのでカラオケ店へのリピーターを装うには最適な薬である。そして・・・“決行時”に一斉に拉致するのである。
“決行”は1回限り。理由はアシが着かないようにするためであり、加えて風紀委員達の目を更に一般学生へ向けさせるためである。
「ス~、ス~」
「あれ?風路さんが何時の間にか寝ちゃってる・・・。普段は薬を服用したらハイテンションになるのに」
「<鏡子に与えた薬には鎮静剤を混ぜてある。こういう大事な会議の時に騒がれるのは好ましく無い網枷からの頼みでね>」
「成程。それじゃあその間に・・・味わっちゃうぞ!!こういうシチュエーションは私好みの展開だぜ!」
ムニュ!!
「鏡子に対する智暁のアクションは相変わらずね?」
「へへへ。だって、風路さんって調教のしがいがあるっていうか・・・。もちろん、他の中毒者の娘達の中にも結構居るんですけどね。
今度の“決行”で入って来る娘達の中にも、風路さんに負けないくらいの調教しがいのある人が居ればいいですね~」
静かに眠っている鏡子の胸を揉みまくっている智暁。彼女は百合妄想(鬼畜系)が大好きな娘であり、最近は妄想の域を飛び出して現実に手を出している。
何故かはわからないが、『ブラックウィザード』に多数存在する薬物中毒者から好かれており、その中から気に入った娘にあれやこれやしている。最近のお気に入りは鏡子。
実は、彼女自身は『ブラックウィザード』の危うさ(殺人鬼に狙われたことが直接的な切欠)から他のスキルアウトに鞍替えしようと考えたりしている。
だが、裏切りに対する罪悪感や報復への恐怖、そして自分の妄想を実現化できているこの状況を手放したくないという思いから踏ん切りを付けられないでいる。
「あっ!そういえば、今日176支部の風紀委員と道端でバッタリ会っちゃったんですよね。伊利乃さんと阿晴さんと行動を共にしていた時に」
「マジかよおおおおおぉぉぉっっ!!!!バレてねぇだろうううぅぅなあああああぁぁぁっっ!!?」
「大丈夫よ、風間君。『ブラックウィザード』のトレードマーク―『眼球印の着衣品』―は付けてなかったから。
例え、この情報を“『
シンボル』の詐欺師”が取引として一部の風紀委員に伝えていたとしても、これで意味が無いわ」
「阿晴さん・・・。あんなにトレードマークが入っていないウィンドブレイカーは嫌だって言ってたのに・・・」
「フ、フン!!少しは網枷の言葉を聞き入れてやっただけの話だ!!」
「(・・・全然隠せてないですよ、阿晴さん)」
片鞠の心のツッコミは、この場に居る全員の総意でもあった。これで自分では隠せていると思っているのだから、ホトホト呆れてしまう。
「網枷。伊利乃の話にもあったが、『シンボル』についてはどうするつもりだ?連中がもし風紀委員に味方をすれば・・・」
「その可能性は低い。何せ、あの“変人”は私達を狙っている件の殺人鬼対策に忙しいらしいからな」
「あぁ。そういえば、あの殺人鬼に偶然殺されかけたんだってね。しかも、目を付けられた。・・・不運にも程があるわね」
「私達でさえ対応に苦慮している殺し屋を相手取るなら、いかに奴とてこちらに気を回す余裕は無い筈だ。もし回していたとしても、それには必ず穴が生じる。
むしろ、奴と殺し屋双方で潰しあってくれるのならば私達としては非常に好都合だ。
それに・・・本当に風紀委員に協力するつもりなら、あの“3条件”を突き付けるわけが無い。あれのおかげで、風紀委員の多くは『シンボル』に対して良い印象を抱いていない」
網枷は永観の問いや伊利乃の感想に己の推論を述べる。あの緊急会議の折に風紀委員間に走った『シンボル』への対抗心や敵意は、紛れも無く本物だった。
「私が奴の立場なら、“3条件”を突き付ける目的はあくまで自分達に益があるのが大前提だ。
つまり、自分の損得を勘定に入れている。これは、決して善意だけでは動かない表れだ。だから、緊急会議を開いた時も間接的なアクションしか無かった。
“変人”からの情報で内通者の存在に気付いていたとして、それが誰なのかがあの時点ではわからなかった可能性が高い。
このことから、“『シンボル』の詐欺師”から十分な情報が貰えていないか、奴も詳しくは知らないのだろう。
『紫狼』が解散状態なのを隠す必要性は無いわけだしな。奴が持っている情報は古い可能性が高い。私達の最新の情報は漏れていないと見ていいだろう」
「・・・成程。“変人”は、風紀委員の都合に振り回される前例をこれ以上作りたくないということだね?」
「おそらく。だから、風紀委員が呑むに呑めない条件を無理矢理呑ませたことで風紀委員達を意図的に反発させたのだろう。
『“変人”に頼らなくても自分達の力で解決してみせる』・・・そう反発することはわかり切っていた筈だ。風紀委員の矜持を傷付けているしな。
奴としても、私達を敵に回したく無いのだろう。唯でさえ殺人鬼に振り回されているようだし。“3条件”を呑ませた辺りにも、奴の必死さが見て取れる。しかし、手際が良いな。
風紀委員に自分達へ余計な仕事を持ち込ませないように予防線を張った上で、ブン捕れるモノはブン捕る。全く、見事と言う他しか無い。さすがは東雲さんに啖呵を切った男だ」
「お~、恐い恐い。ボクからしたら、ウチの“辣腕士”並の恐怖を感じるよ」
実の所、網枷は緊急会議の一部始終から椎倉等一部の風紀委員が内通者の存在に気付いた可能性を察知していた。これは、もちろん固地以外である。
あくまで可能性ではあるが、それを想定した上で行動するのが内通者として己に課された役割である。
支部単位の単独行動をここに来て認めた理由を、内通者対策と見て思考する。下手をすれば、今では自分の正体もバレてしまっている可能性は否定できない。
だが、網枷にとっては究極的にはどうでもよかった。バレていようがバレていまいが、やることは既にわかり切っているからだ。
「蜘蛛井。そういえば、昨日
加賀美雅を尾けていた“手駒達”が警備員に捕えられたのはどういうわけだ?その詳細な報告はまだ受け取っていないが?」
「・・・それは、ボクの方が聞きたいよ。休暇中に動くかもってことで連中を尾行していた途中に急に“手駒達”が倒れたんだ。
痛覚が無いモンだから、傷を負っても“手駒達”自身には何が起きているかすぐにはわからないんだよね」
「それからは?」
「直後にジャミングを掛けられたみたいで、“手駒達”やカメラの方も全部封じられた。距離を開けた後に、確認のために別の“手駒達”を向かわした時にはもう警備員が・・・」
「・・・わかった。その件に関しては、私が明日風紀委員会で確認してこよう。今ここで推論を述べても意味が無い」
蜘蛛井の渋い顔を見た後に、網枷はこの場で殆ど発言していない男に言葉を向ける。
「戸隠。今日の固地の動きはどうだった?」
「『変わらず』。学園のクラスメイトの少女とデートをしていた」
「・・・デート?あの“『悪鬼』”が?それこそ、おかしな話だ。休暇を命じられたからと言って、それを唯々諾々と受け入れるような男では無い筈。
戸隠。忍者である君の観察眼を否定するわけでは無いが、本当に何も無いのか?その少女に何か・・・」
「『さにあらず』。今回
固地債鬼と行動を共にしていた少女は、普段から固地を振り回しているのだ。色んな意味で。
最初は固地も面白半分で辛辣な言葉を浴びせていたようだが、今では立場が逆転してしまったかのような状態なのだ。
あの少女の身辺は既に調査済みだ。俺が見る限り、あの少女はシロで間違い無い。今回も固地にとっては想定外の成り行きだった」
網枷の疑問の声にも淡々と返答する戸隠。彼は、『ブラックウィザード』が潰したスキルアウトの一員であった。
その時の彼は気弱且つ優しい性格―もちろん、これは演技―であったため、無理矢理『ブラックウィザード』に加入させられたのである。
そんな彼の正体を知るのは、ここに居るメンバーのみ。ある時、戸隠は江刺の『優先変更』により優先順位を[忍者としての自分>気弱且つ優しい自分]に変更され、
己が正体を露呈してしまったのである。江刺に命令したのは伊利乃。本人曰く『なんとなく』とのこと。その後、彼は疑惑を掛けられたこともあり正直に告白した。
自分が戸隠流の継承者且つ戸隠流忍術34代目継承者の初見良昭の子孫であり、いつの日か忍者が表舞台に出ることを願って“裏”の世界に身を落として技能を高めていたことを。
その思考を『ブラックウィザード』のリーダーである東雲が気に入り、彼の処分は見送られた。
「ンフッ!あの“『悪鬼』”を振り回す女の子か・・・。少し興味があるわね」
「あっ!伊利乃さん!浮気は駄目ですからね~」
「はいはい。わかってるわよ、智暁。網枷君・・・固地が気になるのはわかるけど、何事も想定外は付き物よ?私達にとっての殺人鬼も同じような意味だし。
その想定外を楽しむくらいの度量は、今後“裏”だけで生きて行くつもりなら必要になって来るわよ?」
「・・・・・・心に留めて置こう」
“裏”の先輩として網枷にアドバイスする伊利乃。彼女は、『ブラックウィザード』設立時からのメンバーで、
網枷双真よりも古株である。
そんな彼女が『ブラックウィザード』入りした理由は謎に包まれており、それを知るのは東雲唯1人だけである。
「では、“決行”前までは今後も固地の監視を頼む。くれぐれも、尾行には注意を払ってくれ。奴には『書庫』に載っていない方法で尾行を感知する手段があるようだからな」
「(コクッ)」
「それと、今度の“決行”作戦にもう一味スパイスを利かせようと思っている」
「へぇ~。網枷にしてはシャレたことを言うね。そのスパイスってのを、ボクにも詳しく教えてよ」
「無論、君にだけ教えることでは無いがな」
「・・・一々勘に触るね」
「では、諸君。しっかり聞いてくれ」
蜘蛛井の反応をガン無視する“辣腕士”は、“決行”作戦にアレンジを加えた新作戦を発表する。それは・・・
「・・・以上だ。作戦開始のタイミングや詳細部分等は、明日の風紀委員会での調査で変化するだろう。
連行場所等については、情報漏洩を防ぐ観点から幹部級未満に対しては当日に発表する。『シンボル』の動きについても、それとなく調べておくつもりだ。
今の成瀬台は警備員共が常に警戒しているために、私以外の人間が近付くのは危険だろう。“これ以上成瀬台の警戒網を厳しくされるのは好ましく無い”からな。
故に、諸君には何時でも作戦に移れるように準備だけはしっかり整えておいて貰いたい」
「ンフッ!本当に的を射ていたのね。風紀委員に手向けの花を贈る・・・ンフッ、本当に派手で極悪な別れの挨拶になりそうね、網枷君?」
「その挨拶が、別の観点から見ると“決行”のカモフラージュでしか無いことに気付く頃にはもう手遅れ・・・か。僕以上の非道っぷりだね、網枷?」
「ボクの判断で薬を摂取させている176支部の風紀委員、
焔火緋花の姉である
焔火朱花をも利用した罠を張る・・・か。相変わらずあくどいね~。
まぁ、これで益々風紀委員達の目が見当違いの方に向くだろうし。何せ、風紀委員は絶対に見過ごせないからね。
阿晴。君がある意味鍵を握っているんだから頑張りなよ?伊利乃にイイトコ見せるチャンスでもあるし」
「おおお、俺がおおお、女に興味があるわけないだろう!!馬鹿なことほざくんじゃねえ!!」
「<いよいよ本番か。俺も楽しみにしているよ?色んな新薬を試したいしね>」
網枷の発表に幹部の伊利乃・永観・蜘蛛井・阿晴と協力者である
調合屋は様々な反応を見せるが、概ね同意しているうようだ。それは、発言していない構成員等も同様であった。
「・・・いずれこういう機会が訪れることはわかっていた」
そして、会議を締め括るために“孤皇”が口を開く。
「“変人”の言葉を借りるなら、『人間は世界の一部であり、人間が齎すいわれなき暴力は世界に潰される』。奴からすれば、それが今なんだろう。
ククッ、望む所だ。この現状が世界の差し金ならば、俺は俺の『力』でもって世界さえもねじ伏せてみせる」
東雲は、己が右目を覆っている眼球の刺繍入り眼帯に手を当てる。反対側にある左目は、この場に居る誰もが身を竦める程の殺気を放っていた。
「風紀委員も警備員も殺人鬼も何もかも、俺を害するというのなら排除するまでだ。俺が生み出した『力』でな。お前等・・・わかっているな?
今度の作戦は、世界に俺達の『力』を示す絶好の好機でもある。お前等も世界が齎す流れに淘汰されたく無ければ、決死で自分の『力』を証明しろ。いいな・・・!!?」
そうして、『ジャッカル』で開かれた会議は終了した。様々な思惑が交錯し、入り乱れた新時代の幕開け1日目は幕を閉じた。本番は・・・まだ始まらない。
continue!!
最終更新:2012年09月29日 15:07