超能力やら最先端科学技術やらが渦巻く科学の総本山、学園都市。
その名からも分かるように、この街の200万を超える住人の大部分は学生である。
学生である彼らは、概ね外部の同年代の者たち同様多感なお年頃であり、時にはちょっと変わった嗜好の者もいるのも変わらない。
そして、変わった嗜好を持つものは得てして同好の士を見つけ、ちょっと変わった集団を作るものなのである。
* * * *
第20学区に存在するとあるマンションの一室で、椅子に座った一人の男がコンピュータのディスプレイを見ながら何事か話している。
大柄な男だ。立ち上がれば2m近いであろう鍛えられた体躯からは、その長身に見合ったパワーを感じられる。
部屋の隅にはブレザーの制服が掛けられており、彼もこの街の学生なのだと分かる。
しかし、彼を最も特徴付けるものはその長身でも、似合わなそうな制服でもない。
勿論彼が着ている黒尽くめの私服でも、その右目に走る3本の傷跡でもない。
彼の頭には――高さにして10cmほどの猫耳が生えていた。
カチューシャなどではなく、真に生えているのである。ちなみに、彼の感情を受けてかぴこぴこぱたぱたと動いている。
また、椅子に座っている彼の腰からは、80cmほどの尻尾が生えている。こちらも同じくゆらゆらと揺れている。
「うむ、実に実りある会議であった。では次回の布教作戦に参加する者は期限までに連絡しろ。作戦内容を知らぬものには無闇に教えるなよ。以上、解散!」
彼の猫耳に装着されたイヤホンからは「了解です、頭領」「詳細は後で詰めましょうねー」等の声がする。
また、彼の視線の先にあるディスプレイには「第23回ケモミミ布教作戦概要」と書かれた文書ファイルが表示されている。
彼の名は
黒井錬児。この世に存在するありとあらゆるケモミミを、とりわけ猫耳――否、ネコミミを心の底から愛する男である。
そして彼のもとにはケモミミを愛する者が集う――彼らは「
獣耳衆」と名乗っていた。
* * * *
冒頭の会議から数日後。
獣耳衆の面々は、その拠点の一つである黒井の部屋に集まっていた。
「ふむ……、集まったようだな。それでは、本日の作戦に参加するものは以上で良いな?」
部屋を睥睨して確認を取る黒井。ちなみに彼が獣耳衆の頭領であり、ネコミミ派の長である。
部屋にはネコミミ、ウサミミ、イヌミミその他思い思いの獣耳をつけた少年少女が集まっている。
下は小学生から、上は高校生まで。見方によっては微笑ましいと取れなくもない光景である。
「ええ、問題無いわ錬児。参加者は全員集まってる」
それに答えたのは、頭部にキツネミミのカチューシャをつけた和装の少女。腰からは尻尾のアクセサリーが垂れている。
彼女の名は
貴常野宮。獣耳衆の副頭領にしてキツネミミ派の長であり、黒井の恋人でもある。
「うむ、それなら各派の長、ないし代理人はそれぞれの派の参加者人数を報告せよ。ちなみにネコミミ派は俺と柳谷の2名だ」
獣耳衆は、それぞれの好むケモミミに合わせて派閥を作っている。
どの派閥に属しているのかは各々のつけているケモミミで分かり、黒井は当然ネコミミ派である。
なお、ネコミミとウサミミが2大派閥を形成しているが、べつに少数派閥だからと不利になることはない。
『NOケモミミ,NOライフ』『ケモミミ皆兄弟』等の標語を掲げる彼らにとって、他の派閥だからと敵視する理由はないのだ。
「ああ、俺たちウサミミ派は俺に稲葉、逆咲の3人だ」
黒井に続いて報告したのは
宇佐美美兎。ウサミミ派の長であり、いつか黒井を超えようとしている自称「ウサミミの徒」である。
兎のように白い髪、赤いカラーコンタクトを付けた少年で、黒井程ではないにしろ背が高い。
「キツネミミ派は実働戦力として私が参加するわ。一応バックアップには他の子もいるけど、いつも通り参加人数には数えないわね」
続いて貴常。キツネミミ派は概ね前線に出ず、ハッキングやラジオのジャックなどに関わることが多い。
今回も長の貴常以外は後方支援に徹するようだ。
「イヌミミ派は俺と吉田の二人が参加するワン、教祖様」
そう報告したのはイヌミミ派の長、
独楽田剣太だ。
金髪の強面で、着崩した制服にイヌミミ+尻尾アクセサリーという出で立ちだ。
宇佐美に負けない体格の持ち主で、黒井を教祖様と呼んで慕っている。
「ゾウミミ派は僕一人です。いつものように作戦指揮を取らせてもらいますね」
この場に集まる中で最後の長、
屋布笑治が締める。
彼は異端とも呼ばれるゾウミミ派の長であり、普段はよく「えへへ~」と笑っている小柄な少年である。
作戦指揮などにおいて優れた能力を持ち、キツネミミ派と同様にゾウミミ派が頭脳担当として重用される所以でもある。
「うむ、それでは本日の参加人数は総勢9名+バックヤードとなる。総員、作戦の確認及び準備を開始せよ!」
『了解!』
部屋の空気が慌ただしくなる。
屋布ら頭脳労働担当が作った作戦の手順や資料等を確認するもの、ケモミミカチューシャを配布するもの等、それぞれが己の役割を果さんと動いていく。
* * * *
獣耳衆はテロリスト集団である。
本人達にしてみれば「失礼な話だ」と考えているだろうが、実際問題として世間からはそう見られているのである。
では何故彼らは、そのような物騒な扱いをされているのだろうか。
――その答えは単純に、この惨状に表れている。
「ふはははは!獣耳衆推参!貴様らにこの素晴らしさを叩きこんでくれよう!」
「な、何なのよこれ……!」
「うっ、うわあ!兎の化けも……!」
「3班!3班!……応答してくれ!クソっ、ダメか!」
第六学区で行われていた集会の会場は、大混乱に包まれていた。
人々が逃げ惑い、怒号や悲鳴が飛び交う。
その場にいた警備員や風紀委員が、混乱を収束させようと懸命に指示を出す。
彼らの被害者のある者は頭をおさえ、また別の者たちは互いの様相を見て悲鳴を上げる。
彼らの頭部にはすべからく――ケモミミがついていた。
* * * *
要するに、こういうことである。
彼らの活動の一つである「ケモミミ布教作戦」。
これは、イベント会場等に乗り込んでその場に居る人々の頭部にケモミミカチューシャをつけて回るというものだ。
ただし、許可は取らず強制的に。
おまけに言えば無差別にだ。
さらにはその付け方が問題である。
例を挙げるなら、先程「兎の化物」呼ばわりされていた宇佐美。
彼の能力は「脚力強化(ラビットフッド)」。能力発動時は下半身の筋肉が著しく肥大化する。
その状態で兎のごとき4足走行モードをとって人ごみの中を駆け抜け、足を払って転ばせた相手にウサミミを装着していく。
身長180cmもある下半身が肥大化した人間が、である。襲われた側にしてみれば下手すればトラウマものだ。
それ以外にも、小動物に命じてキツネミミを付けさせる貴常や、小柄ながら優れた運動神経で次々とミミをつけ続ける
吉田哀迷。
念動力によってカチューシャを飛ばす
稲葉香穂に、野生の獣の如き身体能力を持って跳びかかってはミミをつけていく黒井。
極めつけは全身白タイツに招き猫の仮面、加えてネコミミカチューシャを装備した
柳谷綿雄。紛うことなき不審者スタイルだ。
現場の状況を表現するなら「鳥に小動物(貴常)、人間(肉体派連中)に招き猫仮面(柳谷)にカチューシャ(稲葉)が混乱の中で飛び交っている」となる。
端的に表して大惨事であるといえよう。別に惨くはないが。
しかしながらこの街の風紀委員や警備員は優秀である。
彼らの手によって混乱は収束していき、混沌としていた場に秩序が戻ってくる。
そうなれば当然彼らが目指すことは、不埒者共を引っ捕らえることなのだが……。
「頭領ぉー風紀委員が来そうなんでお先しますねー」
「錬児、警備員も立ち直りつつあるわ」
「む、そうか。此方からも伝達しておこう――『風紀委員及び警備員が立ち直りつつある。総員、屋布らバックヤードの指示に従い撤退せよ』」
白黒ツートンカラーのウサミミパーカーを着た少女、
逆咲はごろもの報告と、続く貴常の報告を聞いた黒井は獣耳衆各員に伝達する。
彼らの通信はそれぞれのケモミミアイテム(カチューシャ等。大体は脳波に連動して動く)で行われているため、動き回りながらでも連絡が可能なのだ。
「クソっ!奴ら逃げに入りやがった」
「逃がすか……って速あ!?」
「わっぷ、鳥が!猫が!」
「ふはははは!壮観かな、ケモミミが満ちているわ!」
獣耳衆には肉体面で優れた者が多い。実働部隊は特にだ。
宇佐美は自慢の脚で時速200kmを出して走っていき、黒井は運動面に劣る面子を抱えたまま平然とビル壁を駆け上がっていく。
追ってくる相手は貴常が手懐けた鳥やら猫やらが妨害する。
結局この街の秩序の番人たちは、黒井の高笑いの残響を聞きながら後片付けをするハメになったのであった。
合掌。
* * * *
「それでは、作戦の成功に乾杯!」
『乾杯!』
てんでんばらばらに散った獣耳衆メンバーが再び集合した、拠点の一つであるとあるペット可マンションの一室。
彼らはジュースやお菓子、料理に犬猫などを持ち寄って「作戦成功おめでとう
パーティ」を開いていた。
ちなみにこの気が抜ける名前は、獣耳衆に所属する年少メンバーに気を使ったものである。
余談だが、獣耳衆は活動内容の割に裕福な組織であり、メンバーの家以外にも複数の拠点を持っている。
高レベルの能力者が複数所属する上に、ケモミミグッズの一般販売などで利益を上げているためだ。
「ふふふ、今日もがんがんミミつけたっスよー!」
「むう、今回もMKPは吉田となったか」
独楽田が連れてきた犬を撫でつつ喜びを表現する吉田に対し、尻尾で猫をじゃらしつつ黒井が唸る。
なお、MKPとは「もっともケモミミをつけた人」の略であり、小柄で運動神経のいい吉田は、この称号を最も多くとっている。
「この調子でイヌミミ派を盛り上げるっス!」
「その調子だワン。いずれ教祖様のネコミミ派に並ぶ程に……」
気勢を上げる吉田に対して返す独楽田は明るい未来を夢想する。
「そのためにはまず俺たちウサミミ派を超えてみるんだな。勿論その前に俺たちがケモミミの王座を頂くけどな」
「そうだよ!美兎お兄ちゃんの言うとおり、まずはボクらを超えてみろー!」
「喧嘩はしないでよぉー?」
それを聞いて真っ先に反応するウサミミ派の面々。彼らは虎視眈々とネコミミ派の王座を狙っているのだ。
「ふはは、善き哉!争いまで至らなければ競いあいは良いことだ!無論我らが王座は揺るがんがなあ!」
「その通りです、師匠!ネコミミは不滅です!」
更にノってくるネコミミ派の黒井と、それに追従する柳谷。
なにを、なんだ、と言い合いが始まる。
「そういえば頭領~、ゾウミミつけてくれました~?」
「ふはは、当然だ!無論、ネコミミを優先したがな」
「えへへ~。ありがとうございます~」
そんな中投げかけられた屋布の問いかけに、父性を刺激されてかその頭を撫でつつ答える黒井。
言い合っているメンバーも、言葉とは裏腹に楽しそうに笑っている。
その様子はまるで獣がじゃれあうかのようであり、本気で相手を攻撃する気などないのだと分かる。
斯様な変人集団といえど、これはこれで良い関係なのだろう。
「くそったれ、獣耳衆の奴ら……!今度会ったら一人残らずしょっぴいてやるからな……!」
「先輩、気持ちはわかりますが手も動かして下さい……」
……周囲の迷惑を顧みなければ。
最終更新:2013年03月01日 21:45