「こりゃあ、また派手にやられたモンだねぇ~。・・・本当に“派手”だ」
もうすぐ正午になろうという時刻に、1人暢気に歩を進めている男が居た。彼の視線の先には、昨日とあるスキルアウトの攻勢を喰らって大きな被害が出た
成瀬台高校があった。
周囲には大勢のマスコミや野次馬が陣取り、それを警備員が抑えているといった具合だ。
「『風紀委員・警備員に対する宣戦布告か!!?怪我人多数発生』・・・『救ったのは勇ましき学生とその仲間達』・・・『犯人グループは依然不明』・・・か。
情報規制が敷かれているな。『六枚羽』の名前も無いし、犯行グループも不明となっている。
まぁ、無理もないね~。この街の隠蔽体質は今に始まったことじゃ無いし」
白髪染めの男の手には、朝刊が握られていた。そこの一面に、今回の件が大々的に報じられていた。
文面を見ると、内容に偏りが見受けられた。具体的には、犯人グループの目星・意図よりも、風紀委員達を救ったボランティア―『
シンボル』―の活躍が取り上げられていたのだ。
人間は、悲惨な事件が発生した場合その悲惨さから目を背ける余りに少しでも希望と見受けられるモノに視線を向けることが多い。
これも、その1つ。情報規制を敷いた人間の意図は、この事件に関わる真実を少しでも隠蔽したがっていると見て間違い無い。
「よっ!やっぱり騒がしいねぇ、今は」
「あっ!!ご苦労様です!!・・・うん?あ、貴方が何故ここに!?」
ゴーグルを付けた男は、成瀬台を警備している警備員に気軽に声を掛ける。それに釣られて警備員も挨拶を返したが、ふと我に返る。
この『“天才”と呼ばれる警備員』は、今回の事件には直接関わっていない人間の筈だ。その人物が何故姿を現したのか?
「何、俺の可愛くも可愛げの無い弟子の顔を見に来ただけさ。ついでに、あいつへの届け物もあってね」
「弟子・・・ですか?」
「そう。だから、通してくれるかな?」
「わ、わかりました!どうぞ!」
「サンキュ」
そう言って、“天才”は成瀬台へと足を踏み入れる。己が弟子に会うために。
「・・・・・・」
沈痛な面持ちを浮かべる風紀委員が集まっているのは、成瀬台の多目的ホール。以前まで使っていた会議室は、『六枚羽』の攻撃により爆破されていたために。
彼等彼女等は、昨日起きた一連の事件を整理するために痛む体をおして集まっていた。休暇中だった固地も、事態を受けて戦線に正式に復帰している。
ちなみに、警備員である橙山達は上層部への報告へ赴いているためここには居ない。
「・・・入院することになったのは、159支部の厳原、花盛支部の六花・山門・篠崎・渚・幾凪以上6名だ。命に別状は無いが、いずれも重傷だ。彼女達は戦線を離脱する」
「月理ちゃん・・・かおりん・・・・・・うううぅぅ!!!」
「抵部・・・抵部・・・!!」
「・・・!!!」
「破輩先輩・・・」
頭に包帯を巻きながら、決して浅い傷では無いながらも椎倉は入院を拒否しここに居る。
彼の言葉に抵部が涙を流し、閨秀が後輩の頭を撫でる。一方、またしても親友が重傷・入院することになった破輩は悲痛な表情を浮かべ、隣に居る一厘が彼女を見やる。
「・・・また、176支部の焔火が失踪した。彼女の姉である
焔火朱花が『
ブラックウィザード』に拉致された点から、彼女もまた拉致された・・・もしくは殺害されたものと推測される」
「お、俺のせいだ・・・俺が・・・俺が・・・!!!」
「帝釈・・・!!!」
「・・・!!!」
固地の報告から朱花(達)が拉致されたことが判明し、また焔火と音信不通という現実から
焔火緋花は拉致された・・・もしくは殺害されたと判断されている。
結局、昨日の検問態勢―急ごしらえの―は功を奏しなかったというわけだ。手続きを経て衛星監視も用いたが、車両を乗り換えられたのか目星の車両は見付からなかった。
その元凶の1人である鳥羽は自分を責め、そんな部下に加賀美は名前を呼ぶことしかできない。また、葉原も起こった非情な現実に唇を噛み締めていた。
「そして・・・その場に“勝手に”急行した178支部の真面と殻衣は敵の罠に掛かり、危うく死ぬ所だったのを例の殺人鬼に結果として助けられた・・・そうだな?」
「・・・はい」
「・・・その通りです」
椎倉の問いに、真面と殻衣は今尚震える体を抑えながらも返答する。あの時、多層同期爆弾が爆発する約2秒前に倉庫の壁が一部崩れていた箇所から激流の如き糸の大群が流れ込んだ。
それは自分や殻衣、そして『ブラックウィザード』の人間すら取り込み強引に引っ張り上げた。そして、糸に包まれ倉庫から出たと同時に倉庫街一体を巻き込んだ大爆発が起こった。
その爆発で自分達は―糸の操り主も―炎と衝撃を浴びた・・・筈だった。糸に包まれていたが故に、『筈だった』としか2人は言えなかった。
だが、大爆発によって発生した爆炎や爆圧が真面と殻衣を襲うことは無く、最終的には包まれた糸から放り投げ出された瞬間2人共に頭を強く打った負傷のみであった。
しかし、頭を打ったダメージで次第に意識は無くなっていった・・・そんな折に真面は目にし、殻衣は耳にした気がした。
盛大に爆炎を天上へ立ち昇らせる灼熱の息吹を周囲に侍らせながら宙へ浮かぶ夢とも幻ともつかぬ白の異形と、その異形が放った気だるげな声色を。
『弱者が強者の投じた網(きまぐれ)に偶然にも引っ掛かる・・・か。ククッ、まさに世界の理の上で蜘蛛と蝶が織り成す弱肉強食の宴だ』
獅子と骸骨が融合したかのような仮面を身に付けた異形を・・・仮面から鬣を垂らし、鋭利な爪や尖った尻尾を生やした『蜘蛛』を真面は見たような気がした。
大爆発を受けたかもしれない身とは思えない程白一色で綺麗に染められた“怪物”が漏らした陰気な声を殻衣は聞いたような気がした。
「・・・固地。真面達が気絶した後にその殺人鬼と相対したのはお前だ。その時の・・・」
「椎倉!!」
「・・・何だ、浮草?」
椎倉が固地に説明を求めようと言葉を紡ぐ最中に飛び込んで来たのは、178支部のリーダー浮草の怒声。
「何だじゃ無い!!どうして、網枷が『ブラックウィザード』の手先だということを皆に教えなかった!!?」
「・・・それは昨日も言った。皆が知ればどうしても不自然な挙動が発生する。俺達は『ブラックウィザード』の情報を殆ど集められていなかった。
だから、内通者である網枷を泳がせておくのが当時は有効だと考えた。もし、網枷に勘付かれれば・・・」
「その結果がこれか!!?多くの重傷者が出た!!警備員には何人もの重体者が出ている!!生死の境を彷徨っている!!お前達の判断が正しかったと、今でも言えるってのか!!?」
「・・・!!!」
浮草の怒りは収まらない。確かに、椎倉達が下した判断は有効だったのかもしれない。だが、蓋を開けてみればどうだ?結果は御覧の有様だ。
「・・・エリートである私としても、今回椎倉先輩達が下した判断に疑問を抱かざるを得ませんね」
「狐月・・・!!」
「せめて、網枷と同じ支部の176支部の面々全員には知らせておくべきでは無かったのですか?網枷にこちらの挙動を悟られるリスクはあります。
しかし、それ以上に重要視すべきリスクが・・・私達への被害という面でのリスクが大き過ぎます!!」
「現に・・・鳥羽は網枷先輩の片棒を担がされ、焔火ちゃんも・・・敵の手に堕ちました。
これは・・・防げる筈だった!!俺達が知っていれば、鳥羽や焔火ちゃんはこんなことをしなかった!!」
「斑や一色の言う通りだわ。・・・ねぇ、椎倉先輩。加賀美先輩にも、当初は教えていなかったんですよね?・・・私達を囮にでもするつもりだったんですか?
『ブラックウィザード』の情報を掴むために・・・私達が被るリスクに目を瞑っていたんじゃないですか?」
「・・・・・・」
次々に噴出する不満。斑・一色・鏡星が抱くモノは、当人達にとっては当然のように抱いてしまう感情だ。
リスク勘定の基準がおかしい。優先するモノが違うのではないか。一方、椎倉は苦痛の表情を露にする。彼等の指摘は、ある意味では正しかったが故に。
「・・・世迷言が聞こえたな?焔火や鳥羽が網枷のことを知っていれば、この事態は防げた?ハッ、こんなモノ、知らなくても気付く代物だぞ?」
嘲りの声と共に、目の前の机に両足を置いたのは“風紀委員の『悪鬼』”・・・
固地債鬼。
「確かに、結果がこうなった以上俺や椎倉達が取った判断で反省しなければならない点はある。言い訳はできない。これは、紛れも無い現実だ。
だからこそ、この結果に至る上での過程を俺達は1つずつ洗い直していかなければならない。俺達の『目的』に沿った上で・・・な」
その禍々しい視線は、元凶の1人である鳥羽に向けられていた。
「全く。昨日の件についてだが、コンピュータ関係に詳しくない人間が煽てられた上に功を焦るからこうなるんだ。こういうのを『無能』と言うんだ。
もし、内通者の存在に椎倉が気付いていたとして、椎倉が内通者の挙動・・・すなわちアクセス状況を監視していないわけが無いだろう?」
「ッッ!!!」
「固地先輩・・・何が言いたいのですか?」
「ほぅ。お前のそんな目を見るのは初めてだな、斑。言った通りだ。『無能』は『無能』。その事実を俺は指摘したまでだ」
「あんたね!!!」
「続いて焔火。あいつは、事もあろうに網枷の口車に乗った。鳥羽の家を訪ねた際の会話から、焔火は自分から機密情報をペラペラと話したと見て間違い無い。
網枷が内通者の存在を知っている者の1人と勝手に判断したために。何故気付かないんだろうな、鏡星?網枷の会話には、何処かに不自然さがあった筈なのにな?」
「ぐっ!!」
固地は見抜いていた。斑達が、鳥羽や焔火を庇っていることに。庇うために、上司の責任に2人の失態を擦り付けようとしていたことに。
「そして、2人に共通することは・・・2つ。1つ目は、確認を怠ったことだ。何故確認を網枷1人に頼った?
何故自分から他者に確認しようとしなかった?リスク管理をするなら、複数の確認は必須だろ?
支部の単独行動は椎倉か橙山先生の許可が必要だ。今回の場合焔火と網枷が前線、鳥羽が後方だ。普通、こういうのは後方に控える者も確認しなければならないんじゃないか?
連携面を考えるなら、後方に居る椎倉か橙山先生に鳥羽は確認するべきだった。唯でさえ、リーダーである加賀美を排除しての行動だ。
普段後方任務に就いている網枷が前線に出る以上、鳥羽に課せられたモノはとても重たい。鳥羽、お前はそれを自覚していなかったな?」
「・・・!!!」
固地の指摘は的を射ていた。だから、鳥羽は反論できない。『主な任務は俺達との連携とUSBを差し込むだけ。後は椎倉先輩が主導する』と網枷に説明されていたために、
心の何処かで気軽に考えていた部分があった。煽てられていたこともあって、為すべき注意が疎かになっていた。
「債鬼君!帝釈は病み上がりの私を思って・・・」
「そんなことは言い訳にもならん。網枷は鳥羽のそういう甘い考えを見通し、そこへ誘導したんだ」
「そ、それは・・・!!」
「・・・もう1つは功を焦ったこと。これは心理面の問題だな。焔火と鳥羽、両者は功を焦っていた。鳥羽は同期の葉原に負けたくない、焔火については今更言うまでも無い。
だから、網枷の口車に乗せられた。冷静な思考ができなかった。きちんと物事を量れていなかった。
あいつと『無能』が組み合わさればこうなるのか・・・。つまりは、なるべくしてなった面もあるというわけだ。ハーハハハッ!!!」
“『悪鬼』”の高笑いがホールに響き渡る。それは、見えない糸を引き千切るのに十分なモノだった。
「固地いいいいいいいぃぃぃっっ!!!!!」
それは、“剣”。今まで沈黙を守っていた神谷が、固地に向けて『閃光真剣』を振り上げる。
振り下ろされようとする“剣”を固地は一切の動きも見せず、視線さえ揺るがさずに迎え撃つ。
ビシャッ!!!
「グアッ!?」
「稜!!落ち着きなさい!!!」
それは、水による目潰し。加賀美が近くにあった花瓶の水を『水使い』で操作し、神谷の目に放出したのだ。
「余計なことをする。神谷の好きにやらせてやったらどうだ、加賀美?フラストレーションが溜まりまくっているんだろう?」
「テメェ!!」
「稜!!駄目!!駄目だって!!」
減らず口が収まらない固地に更に激昂する神谷を、加賀美は後方から必死に抑え込む。
「・・・固地」
「・・・何だ、浮草?」
だが、こんなことで場は収まらない。切れた以上・・・伝染する。浮草が固地の胸倉を掴みながら、抑えていた怒りをブチ撒ける。
「お前は・・・そうやってまた傷付けるのか?“『悪鬼』”という仮面で、性懲りも無く他人を傷付けて・・・あの時のように・・・また!!」
「あれはもう終わったことだ。俺なりに反省していることを・・・“アンタは一番よく知っている”んじゃないか・・・“お飾りリーダー”?」
「お前・・・!!お前のような奴の、一体何処が『本物の風紀委員』なんだ!!?よくそんなんで焔火や真面達を指導できたモンだな!!」
「浮草先輩!!」
「だ、駄目です!!」
神谷に続いてキレる浮草を、真面と殻衣が抑える。
「ぶ、ぶっちゃけマズイんじゃねーか?このままだと・・・」
「収拾が着かなくなりますね。仲間割れをしている場合では無いのですが・・・彼等が抱く不満は私も少なからず抱いていますしね?」
「ううぅ!!」
鉄枷は、佐野の言及に怯む。鉄枷の場合は、まだあの“変人”の部屋に居たことや危害を受けていない諸々からそこまで不満は持っていないのだが、佐野としては神谷達の心情に近い。
覚悟はしていたとは言え、実際に軽くない傷を負った身としては『はいそうですか』と納得し切れるわけが無い。
多目的ホールが騒然となる。このままでは、風紀委員会自体が崩壊しかねない・・・そこへ!!
「うん、うん!こういう応酬も懐かしいねぇ。俺も昔はよくやったモンだ」
「「「「「!!!??」」」」」
一部を除く風紀委員達には聞き慣れない声が発せられた。その男は、悠然と多目的ホールに入って来た。
白髪染めをオールバックにし、ゴーグルの端末を装着したその男の佇まいには得も言われぬ威圧感を感じられた。
「く、九野先生・・・!!!」
加賀美が、何とか声を振り絞る。自身1度しか会ったことの無い“天才”―
九野獅郎―の急な登場に、彼女は面食らってしまう。
「おっ!加賀美ちゃん。久し振り!これまた、美人さんになっちゃって!子供の成長は早いねぇ」
「は、はぁ・・・」
「それに比べて・・・債鬼!!!」
「はいっ!!!」
「「「「「えっ・・・?」」」」」
神谷達は、目の前の光景が俄かに信じられなかった。何と、あの傲岸不遜極まる固地が、九野に一喝に直立不動の体勢で固まってしまったからだ。
「・・・(チョイチョイ)」
「・・・(テクテク)」
九野が指で『こっちに来い』という合図をする。そして、それに従う汗ダラダラ状態の固地。何とも言いようが無い光景の後に・・・
「お前のその人様に迷惑を掛ける悪癖はまだ直らねぇのか、このバカ弟子がー!!!!!」
「グアアアアアァァァッッ!!!!!」
「「「「「・・・・・・」」」」」
九野のヘッドロックに絶叫する固地。学生時代から体を鍛えている九野の筋肉は、緑川程では無いにしろそれ相応のモノを形成している。
「加賀美ちゃんも、何で連絡をくれなかったんだい?以前1度だけ会った時に、携帯の番号を教えていたじゃないか?
このバカ弟子がバカをしたら、俺が思いっ切り仕置きするって言ったじゃない?こいつだけは、仕置きに実力行使が欠かせないからねぇ」
「え、えぇ・・・。すみません」
「いやいや、謝ることじゃ無いよ。全ては、このバカ弟子が粗相をしたからだしね。さぁ、債鬼?ここに居る皆に土下座するんだ」
「な、何故俺がそんなことを・・・!!?」
「聞いてただろ?最初に言った通りだ。相変わらず、お前の傲岸不遜な態度は年相応とは言えない代物だな。だから敵を作る。他人から良く思われない。
師匠である俺のメンツも、少しは気に掛けろよ。直せないなら直せないまでに、一言でいいから『ごめんなさい』くらいは言えるようにならねぇか。
それにしても、師匠に口答えするとは相も変わらずの度胸っぷりだな。だが、今回はお前の頭を足蹴にしてでも土下座させるぞ!!さぁ!!」
「ぐあああぁぁっ!!!」
「「「「「・・・・・・」」」」」
ヘッドロックを解いた瞬間に、固地の頭を掴まえて土下座させようとする九野。抵抗する“『悪鬼』”。この光景に、先程まで蔓延していた悲痛っぷりや憤怒っぷりが霧散していた。
唯単に、目の前の状況に思考が着いて行っていないだけとも言えるが。ちなみに、以前加賀美が漏らしていた“アレ”とは“九野獅郎への告げ口”である。
「も、もも、申し・・・申し訳・・・・・・あ、ああ、ありま・・・せ、せん・・・で、ででし・・・た・・・」
「何だ、そのたどたどしい謝り方は?ワンスモア!!」
「何ぃっ!!?」
「やれ」
「ぐぐぐ・・・!!!も、もも、申しわけ・・・」
「声が小さい!ワンスモア!!」
「申し訳ありませんでした!!!」
「何に対して申し訳が無いのかよくわからん。ワンスモア!!」
「そ、それを早く言え!!」
「しろ」
「ぐうううぅぅっ!!!」
「「「「「・・・・・・」」」」」
プライドがズタズタになりながらも何とか土下座を試みようとする弟子に、全く容赦しない師匠の冷徹な声が降り注ぐ。
しかも、固地の背に腰を下ろして足組みをしている始末である。そんな普段とは逆転してしまっている光景に、他の風紀委員達は瞠目するしか無い。
「あ、あのぅ・・・」
「うん?何だい、麗しいお嬢さん?」
「は、葉原です。え、えっと・・・九野先生は・・・固地先輩の師匠・・・と仰っていましたが・・・」
「そうそう。全く、困った弟子だよ。周囲を敵に回すような言い方しかできないからさ、ホント可愛げの無いバカ弟子だ」
「い、何時からお2人は・・・」
「小学生時代の債鬼を助けたことがあるんだよ。当時も口の減らないクソガキだったけど、今じゃあ体全体が減らない天邪鬼になっちゃったねぇ。
まだ、素直だったあの頃の債鬼が懐かしい。こいつは、俺に借りを返すことを切欠に風紀委員を目指したんだ」
「そ、そうなんですか!?」
「(緋花と同じような・・・!!)」
九野から明かされた固地が風紀委員を目指す切欠になった事柄に、葉原と加賀美は目を丸くする。
まるで、焔火が緑川に助けられたことで風紀委員を目指したのと同じように感じられたから。
「バ、バカ師匠!!そ、それ以上は・・・!!」
「この際、お前のことをよく知って貰ういい機会じゃないか、バカ弟子?え~と、さっきの続きだね。
債鬼は、俺に助けられたことが切欠で風紀委員になった。なったらすぐに俺の所に来たよ。『あの時の借りを返す!!』とか何とか。
その反骨精神振りが面白くてね。何時しか、俺と債鬼は師弟みたいな関係になった。こいつの言うことを悉く論破してやってさぁ、いっつも泣きべそかいて帰って行く様が面白かった」
「泣きべそ・・・固地先輩が?」
「そう。今だと血も涙も無い“『悪鬼』”って言われているけどね。本当に、あの頃の債鬼が懐かしい。誰のせいでこんな酷い性格になったんだろう?不思議だねぇ~」
「「「「「(アンタのせいじゃないの!!!??)」」」」」
九野の不思議そうな口振りに、心中でツッコミを入れる風紀委員達。元の固地の性格をより一層パワーアップさせたのは、どう考えてもこの“天才”しかいない。
弟子への仕打ちなんか、固地が普段から行っていることと瓜二つだ。ある意味では、まだ九野の方がマシとも言えるが。
「どう思う、2人共?」
「弟子が弟子なら・・・」
「師匠も師匠ですね・・・」
秋雪の質問に真面と殻衣が漏らした言葉が全てを物語っている。
「九野先生・・・でしたか」
「あぁ。君は・・・このバカ弟子の先輩だったかな?」
「178支部のリーダーをやっている浮草と言います」
「これは、ご丁寧に。バカ弟子がお世話・・・というか迷惑を掛けているようだね。師匠である俺からも謝るよ。済まない」
「いえ。それより・・・会議を再開したいのですが。とりあえず、固地から降りて・・・」
そう・・・全てを物語っている。何故、九野獅郎が固地債鬼の師匠足り得るか。その理由が・・・わかる。
「会議?あぁ、さっきの“会議ごっこ”のことかい?あんなモノ、再開した所で無駄さ。あのままじゃあ、何一つ有益な意見交換はできないね」
「ッッ!!・・・ど、どういう意味・・・!!?」
「平時と有事の区別ができていない人間が何を言っているのかね?この現状において何が優先されるべきなのか、その判断すらもできないのかい?
この現状にさえ仲良しごっこを持ち込むのなら、余所でやってくれたまえよ。そんな人間は、今ここに必要無い」
口調が変わる。漂う威圧感が増す。そこに居るのは・・・“天才”九野獅郎。
「し、失礼ですが、あなたこそ今・・・!!」
「俺が債鬼との出会いを話したのは、この場を落ち着かせるためにやったことだ。バカ弟子が、皆が抱いているフラストレーションの捌け口として自分を指定した行為。
バカ弟子がどう思っているかは知らないけど、俺の目から見れば物の見事に『失敗している』。本人だって空中分解を望んではいないだろうに・・・つくづく不器用な奴だ。
なぁ、浮草君。君は、バカ弟子のように風紀委員(じぶん)の手で風紀委員会を空中分解させたいのかい?」
「ッッッ!!!」
浮草の言葉を全く意に介さない師匠は、続いて尻に敷いている弟子へ向けて言葉を放つ。
「債鬼も、途中から俺の目論見には気付いていただろう?」
「俺が土下座をすることは余計だろう!?」
「馬鹿言え。あんだけ口汚きく罵っていたんだ。お前が謝罪するのは当然だ。そもそも、俺の目論見とお前の謝罪は無関係な事柄だしな。
『お前の』目論見も予想は付くが、それにしたってやり方が乱暴だ。空中分解を自ら進めるリスクを負ってまでやることじゃ無い。お前のやり方がどんな時も通じると思うなよ?
指摘するにしても、もっと穏便な方法はある。普通に皆が理解してくれる方法はある。天邪鬼のお前じゃあるまいし。・・・『焦っていた』か?」
「ぐぅっ・・・」
「鳥羽君に対しても随分偉そうに言ってたけど、お前だってコソコソやってるじゃないか。余り人のことは言えないよな?
それに、俺の目論見とは関係無しにこれくらいのことをしないとお前の心を知って貰えないという厳しくも温かな師匠心・・・」
「知るか!!」
「ハァ・・・本当に口が減らないな。・・・・・・」
弟子の抗議に耳を傾けながら、そんな弟子の心中を見抜いている九野はあることを思い付く。本当なら、必要最低限の用事を済ませて帰ろうと思っていたのだが。
目の前に広がる光景を見る限り、風紀委員会が負ったダメージはやはり深刻と言っていい。橙山達大人が席を外している以上、
傷付いた子供達への指摘とフォローをキッチリ行えるのは・・・おそらく自分しか居ない。色んな意味で。
「・・・それもいいか。よし!今から、君達に俺が“特別授業”を開いてやろう!!題材は、もちろん今回の件に関することだ!」
「なっ!?」
「さっきまでの“会議ごっこ”に比べたら、絶対有意義なモノになるのは間違い無い!この俺が保証しよう!」
「こ、ここでアンタの“特別授業”をか・・・!?」
「そうだよ、債鬼。言っとくけど、お前は俺が質問しない限りは黙ってろよ?経験者のお前が口を挟んだら意味が無い。これは、彼等のためと同時にお前のためでもあるんだぞ?」
九野が宣言した“特別授業”の開講に固地は青褪める。周囲を見渡せば、九野の突然の宣言に全員が目を白黒させている。
九野自身も皆の反応は予測していただろう。『この人は突然何を言い出すんだ?』・・・という声無き問いを。
しかし、風紀委員は同時にこうも思っていた。『数多の実績を持つ“天才”がこの場で宣言した以上、その“特別授業”は確かなモノを自分達に齎すのではないか?』・・・と。
「椎倉君。いいよね?いいな?よしっ、やろう!」
「・・・・・・わかりました」
「(九野先生は、ある意味債鬼君より厳しい・・・!!それに・・・!!)」
『これは・・・・・・機会があれば、一度浮草君に確認しなければならないね。リーダーとしての覚悟を。この俺自らが彼に会って直接問い掛けるとしよう。フフッ・・・!!!』
「(これは・・・!!)」
加賀美が色んな意味で背筋を震わせている間にも準備は進む。そして・・・“天才”の“特別授業”は開講を迎える。
「では、諸君!今回の件で噴出した問題は様々にある。故に、全ての事柄に対して焦点を合わせるつもりは無い。優先順位を付けて議論していく。よろしいかね?」
「「「「「・・・・・・」」」」」
ダン!!!
「「「「「ビクッ!!!」」」」」
「・・・返事は?最近の学生は、碌に返事もできないのかね?ねぇ、常盤台の一厘ちゃん?」
「ギクッ!!!」
「常盤台生は、皆将来有望な女の子達ばかりだと思っていたのにねぇ。よしっ、後で君の友達の苧環に聞いてみようか。『常盤台生の挨拶はどうなっているんだ?』ってさ」
「い、いえっ!!み、皆さん!!さっきは急展開に付いていけなかっただけですよね!?そうですよね!!?」
「「「「「(コクンコクン)」」」」」
「そうなのかい?確かに、急だったから戸惑っちゃったかな?では、もう一度聞こうか?よろしいかね?」
「「「「「はい!!!」」」」」
「よろしい。一厘ちゃん。さっきのはジョークだからね。本気にしないように」
「は、はい!!(よ、よかった・・・!!)」
漂う威圧感に呑まれている風紀委員達に、“天才”はジョークを交えながらマイペースに“特別授業”を始めて行く。
一厘の友達である―そして尊敬する九野に対するいわれの無い悪口や態度を決して許さない―苧環の名前を出して気を引き締めさせたのもその一環である。
「まずは、内通者である
網枷双真の存在を一部の風紀委員達に知らされていなかった点だが・・・俺の意見はこうだ」
[『目的』を鑑みればアリ]
「さて、浮草君。何故こう俺が考えたのかわかるかい?」
「そ、それは・・・」
「君が、椎倉君や債鬼の立場に立ったとして考えてみてごらん」
「・・・それは、やはり『ブラックウィザード』の情報が乏しかったから、当時は網枷を泳がせておくしかなかった・・・。
もし、内通者の存在を誰もが・・・特に網枷が居る176支部の人間の多くが知ればその人間を通じて網枷にこちらの動きが悟られる可能性があった・・・ですか?」
「まぁ、加賀美ちゃんが気付いちゃった時点で皆に知らせる選択肢はあったかもしれないけどね。その辺りは、“他の事柄”との兼ね合いもあったかな?
君の見立てはおおよそ正しいと思うよ、浮草君。では、何故『ブラックウィザード』の情報が乏しいんだい?」
「・・・・・・わかりません。俺達の方が知りたいです」
「・・・他にこの問いに答えられる者は居るかい?」
「「「「「・・・・・・」」」」」
反応は無い。あの椎倉でさえも未だにはっきりとわかっていないこと。どうして、これ程までに『ブラックウィザード』の情報が出てこないのか?
『ブラックウィザード』と繋がっている組織が隠蔽工作に協力している可能性も、確証を持って言えることでは無かった。
「・・・では、債鬼。お前の見立てを言ってみろ。その顔振りだと、ある程度の予測は付いているんだろう?
何せ、椎倉君達とは違って支部活動という縛りの外で自分のやりたいことを制限付きながらもやっていたんだ。
彼等が日々の業務に忙殺されていたが故に気付かなかった、見落としていた部分はきっとある。
お前の真価・・・有事の際に発揮する慧眼を俺や皆に示してみせろ。さっきの『失敗』をここで取り返してみせろ。
偉そうに言うだけの存在じゃ無いことを、唯の天邪鬼で意地っ張りで融通が利かなくて素直になれなくて碌に友達が居ない人間じゃ無いことを今ここでもう一度証明してみせろ」
「(ピキッ)」
「債鬼君が・・・?」
「・・・・・・」
九野の視線が、加賀美の隣に座っている(+青筋を立てまくっている)固地に向けられる。
この“特別授業”では、ホワイトボード前に九野が立って、その周囲に各風紀委員が椅子を持って来て座っているという態勢だ。
「・・・そもそも、『ブラックウィザード』は一般生徒に薬を売り捌いていない。だから、情報が挙がって来ない・・・可能性が考えられる。確証は無いがな」
「「「「「!!!」」」」」
固地の口から告げられる驚愕の予測に、各風紀委員は目を見開かされる。これは、昨日雅艶と共に意見交換しながら妥当性を量っていた可能性である。
「で、でもよ!!あたし達の管轄内で薬物中毒者が出たのはどう説明・・・!!」
「それ自体が、奴等にとって別の意味で不測の出来事だったとすれば?正確には、起きた幾つかの不測の出来事で奴等が深刻に考えているのは・・・ということだ。
ここで言う重要視している不測とは、一般人に手を出したということだ。俺達風紀委員に見付かったことじゃ無い。そして・・・それは言い換えれば逆手にも取ることができる。
例えば・・・一般人に手を出さないことをルール化していたのにも関わらずにそれを破ったことによって組織の腐敗が露になるという結果が生まれ、奴等の『上』は問答無用で粛清した。
また、俺達風紀委員に見付かったことも逆手に取る。苦肉の策だろうがな。具体的には、一般人に手を出す・・・つまりは薬を売り捌くという噂を流し、俺達の目をそちらへ振り向ける。
俺達としては、実際に一般人に薬物中毒者が現れた以上そちら方面に視点が動く。内部の腐敗に関しても、それが進めばこちらに有利だしな。
内部分裂という可能性には若干期待をしていたんだが・・・徒労に終わったかもな。どうだ、“宙姫”?」
「・・・!!!」
それは盲点であったこと。『ブラックウィザード』の内部で『上』を無視した暴走が始まっている可能性があるという情報はあった(一部の風紀委員には、先程知らされた)。
その暴走により、
花盛学園の生徒に被害が出た可能性がある。だが、それは可能性の域を超えないモノであった。
件の殺人鬼の実力を鑑みれば、『ブラックウィザード』という組織が主導的に“表”の人間へ手を出す可能性―その過程で暴走と花盛学園の件が起きた―の方が現実味を伴っていた。
仮に、一部の暴走があったとしても花盛の件以降実害の発生情報が出て来なくなった以上暴走の要因は粛清されたと見ていい。
そして、連中の『上』が事の露見に対策を打った上で主導的に“表”へ触手を伸ばし続けており、それが極一部の噂という形で発現している・・・そう捉えていた。
“『シンボル』の詐欺師”でさえ、『ブラックウィザード』が“表”に手を出していることを前提に考えていた。どうやら、想像以上に『上』は我慢強く、狡猾であるようだ。
「改めて振り返ると疑問が湧く。何故俺達の調査で『ブラックウィザード』の情報が“表”に出て来ないのか?何故実害の発生情報が6月初旬にだけ現れたのか?
そして、何故それ以降音沙汰無しの状態がずっと続いているのか?組織の腐敗が進んでいる可能性も0では無いのに、何故明確な情報が漏れて来ないのか?
一般人に薬を売り捌いているという噂だけは入手できるのに。そう・・・噂しか出て来ない。鳥羽が聞かされた昨日の薬物売買云々は罠だとわかった以上考慮するに値しない」
「・・・その噂自体が、あたし達の目を惑わせる隠蔽工作ってことだよな?・・・でも、それじゃあ何で・・・」
「債鬼君・・・。何でしゅかんは・・・しゅかん“達”は連れ去られたの!?売り捌く目的は、お金だけじゃ無い。“手駒達”に仕立て上げるっていう目的も付随している筈。
“表”で薬を売っていないんだったら、普通はその対象じゃ無いと考えてもいい。緋花を誘き寄せるためだけなら、しゅかん1人だけでも・・・!!」
「・・・これも可能性でしか無いが、“手駒達”の減少は俺達の予想以上なのかもしれない。界刺が言うには、件の殺人鬼が『ブラックウィザード』に攻勢を仕掛けていた。
奴の見立てでは、“手駒達”対策か。ならば、その数は減少している筈だ。しかも急激に。それこそ、今までの調達方法では追い付かないくらいの減少速度だった。
背に腹は代えられない。早急に、“手駒達”の材料となる能力者を調達する必要性は確かに存在しているんだろう。ようは、秘かに“表”に手を出していたということだ。
これに関連して、昨夜から今日の午前10時半までに俺とバカ師匠で調べた限り、俺が目撃した8名の生徒以外に昨日から行方不明になっていると各警備員支部に通報された案件が複数ある」
「まさか・・・昨日からずっと調べてたの!?一睡もせずに!!?」
「そんなことは、この場に居る殆どがそうだろう。誰も寝ていない筈だ。別に驚くようなことじゃ無い。行方不明の件も、橙山先生が主導になって調査をし始めている」
確かに固地の言う通り、昨日の件でこの場に居る風紀委員の殆どは睡眠を取っていないし、固地の報告を受けた橙山が部下に行方不明者の件を調査するように指示を出している。
そもそも睡眠を取れる状況では無いとも言えるが、それでも固地のように怪我を負った者以外で“手駒達”に関する調査を行っていた風紀委員は他に居ない。
というのも、昨夜は橙山の指示でリーダー格(椎倉除く)以外の怪我を負っていない風紀委員は強制的に自宅待機させたのだ。
その内破輩・加賀美・浮草・冠は病院に搬送された支部員と共に一夜を過ごした。そして、唯1人自由に動ける足で九野の家を訪ねて彼と共に調査をし続けていたのが固地である。
この男は、強襲と拉致という大き過ぎる衝撃を受けても尚、次のことを考えて動いていたのだ。
「・・・!!ということは・・・」
「通報があった時間帯の中には正午前後も存在した。『ブラックウィザード』とは何の関係も無い事案の可能性も十分にあるが、今はその可能性を無視する。
これ等のことから推測するに、少なくとも昨日の午前中から『ブラックウィザード』は拉致活動に動いていた可能性がある。
『ジャッカル』全店で起きた爆発事件との関連性は未だはっきりしないが、全く無関係では無いとも推測可能だ。
何故なら、通報者の説明に『最近「ジャッカル」ってカラオケ店にずっと通っていた』というモノがあったからだ」
「・・・固地。これは、証拠隠滅も兼ねた爆発事件である可能性も・・・」
「ある!椎倉の指摘通り、『ジャッカル』を中心とした何らかの工作が行われていた可能性がある。そういえば、『ジャッカル』を統括する会社との連絡は・・・」
「取れていない・・・というか『ジャッカル』を買収したとされる会社の住居に警備員が赴いたが、もぬけの殻だったそうだ。さっき連絡があった」
「・・・架空会社だった可能性が高いな。それこそが、『ブラックウィザード』の表の顔の1つだったのかもしれない。
成程・・・中々露見しないわけだ。堂々と営業活動していたということ・・・」
「『ジャッカル』・・・?」
「加賀美?」
深まって行く議論の中で、急速に表情を暗くして行く加賀美に固地が不審げな視線と問いを送る。
「私・・・この前『マリンウォール』へしゅかんや緋花と遊びに行った帰りに『ジャッカル』に寄ったんだ。しゅかんの薦めで。
あの時、翌日からの捜査に差し障りが出ないようにって私と緋花が先に帰ったんだよ。しゅかんは、1人残っていたんだよ。まさか・・・その時に・・・!!?」
「・・・・・・『ジャッカル』が深く関わっていると仮定して、何かしらの工作をされた可能性が高いな。例えば・・・精神系能力を仕掛けられたりとか、薬を盛られたとか」
「・・・!!!あ、あの時・・・私が無理にでもしゅかんを引っ張って帰っていたら・・・も、もしかしたら・・・こ、こんなことには・・・!!!」
「それは言っても仕方の無いことだよ、加賀美ちゃん?」
後悔の泥沼に陥りそうになる加賀美に、絶妙なタイミングで九野がツッコミを入れる。議論を正しい方向へ向けられるようアドバイスするのは、教師足る役目である。
「九野先生・・・!!」
「俺達は次に繋がることを見付けるために、過去の出来事を洗い直しているんだよ?君が言っていることは、唯の後悔の吐き出しだ。
そんなモノが、一体何に繋がるんだい?それは、唯不平不満を零しているのと同じだ。そんな人間はここには要らない。さっさと出て行ってくれたまえ」
「ッッ!!!ご、ごめんなさい!!!」
「・・・次は無いよ?いいね?」
「はい・・・」
厳しい。固地のように悪辣な言い方をする人間に対してはまだ対抗する言葉を吐き出せるが、穏やかに言及されては何も言い返すことができない。
それが、揺ぎ無い正論であればある程口を開けなくなる。そんな、重たくなる雰囲気を振り払うように椎倉は固地へ可能性の研磨を持ち掛ける。
「そこに、『ブラックウィザード』と繋がっている組織が隠蔽工作に協力している可能性を加味すれば・・・」
「あぁ。益々面倒だ。そんな連中が、『六枚羽』なんてモノも持ち出して目立つに目立つ成瀬台への強襲という実力行使を仕掛けて来た確かな理由がある筈だ」
「何せ“派手”だモンな~。幾ら情報規制が敷かれるのを見越していたとは言え、真正面から学園都市の治安組織に喧嘩を売ったってことだし。
それに、廃棄が進んでいる旧型駆動鎧はともかく最新鋭の『六枚羽』の出所はそう簡単に隠せるわけが無い。もし隠せるとしたら・・・・・・」
「やはり・・・・・・“あれ”か?」
「・・・だろうね。『ブラックウィザード』と繋がっている組織の何れかに、“あれ”が居るんだろうね。
もしくは、“あれ”と関係している何かが。とは言っても実働部隊そのものは関わっていないだろうがね」
「“あれ”?さ、債鬼君!!“あれ”って何!!?九野先生も!?」
「「・・・・・・」」
加賀美の問いに、固地と九野は揃って口を噤む。この情報は、本来“表”の住人が知っていいモノでは無い。・・・“裏”の住人もだが。
「・・・知らない方がいい。この情報をお前達が知れば・・・死ぬ危険性がある」
「正確に言ってあげなよ。殺される可能性がある・・・だろ?」
「・・・!!!」
「(な、何か今のやり取り・・・界刺さんが常盤台に来た時に言ってたことと似てる・・・!!も、もしかして界刺さんのように固地先輩や九野先生も“裏”ってヤツの情報を!?)」
故に、質問への回答を拒否する2人。その真剣な姿に加賀美は何も言えなくなり、一厘はかつての問答を思い出す。但し、その推測は誤りではあるが。
「まぁ、今回の件の主体はあくまで『ブラックウィザード』だろうね。“あれ”は、一部を除けば性質的に正面から治安組織に喧嘩を売る真似は好まない筈だし、表立った協力は無いと見ていい。
精々隠蔽工作という名の情報操作に手を貸しているくらいだろう。唯・・・今回の情報規制は『ブラックウィザード』の意図が全て反映されているとは思えないな」
「だろうな。今朝の朝刊を見てもわかる通り、情報規制もさることながら『シンボル』のことが必要以上に大きく取り上げられている。
別に、『ブラックウィザード』が『シンボル』を優遇する理由は無い。『シンボル』を利用しなくても情報規制は敷かれる。むしろ、作戦を妨害する不安要素として見ていた筈だ。
もし、『ブラックウィザード』の作戦に『シンボル』の加勢まで含まれていたのなら、それに応じた布陣を昨日の襲撃時に敷いて俺達諸共殲滅に掛かった筈だ。
そして、それが無かったあるいは不十分であった以上『ブラックウィザード』にとっても『シンボル』の大々的な加勢は誤算だったんだろう。“この”情報規制も含めてな。
にしても、この用意周到っぷり・・・『シンボル』の情報を知っていなければできない芸当だ。・・・情報規制に利用されたな。
風紀委員会をボランティアである『シンボル』が善意の下鮮やかに救助したという、事実を殊更強調したこの希望的報道なら少なくとも俺達に対する一般人の反応は緩やかなモノになる。
『頼り無い』等の批判は出るだろうが、『風紀委員会は裏切り者の手引きで為す術も無く大打撃を喰らった』という事実が報道へ載るよりかははるかにマシだ。
絶望が強調されれば、批判はより苛烈なモノとなる。しかし・・・あの“変人”のことだ。本当なら、『大々的に風紀委員を窮地から助ける』という主役的な目立ち方をしたくは無かっただろうな」
「下手したら、風紀委員以上の脅威として一般人の中に潜む悪意を持った連中や一般人とは呼べない連中に目を付けられる可能性があるからね。打倒『正義の味方』としてさ。
お前から聞いた“3条件”も、それに対する予防線でもあったんだろう。『俺達を頼り過ぎるな』っていう。後ろ盾が無いボランティアだしさ。
そういう意味では、内心怒り心頭だろうね。まぁ、今更言った所でどうしようも無い。それをわかった上での、今回の助太刀だったんだろうし。
だからこそ、『ブラックウィザード』への不意打ちが成立したのかもね。網枷も『シンボル』のリーダーの思考や“3条件”について考えを巡らしていなかったわけが無い」
「(界刺・・・!!くそっ、こんな体たらくじゃあ何時まで経っても“借金”が返せないぞ!?)」
「(昨日のあたし達への助太刀は、あの野郎にとっては苦渋の決断だったのか・・・!!それを事も無げに言いやがって!!あの最後通牒は・・・本当に『最後』なんだな・・・!!)」
『シンボル』の助力は、人助け・人命救助という観点から不動としては当然のことをしたまでである。それが、例え風紀委員であってもだ。
母校を傷付けられるのを、黙って見過ごしているわけにもいかない。これ(人助け)は、水楯・形製・春咲も同様の思いである。
一方、界刺としては本音では反対だった。この助太刀が、後々どのような結果を自分達に齎すのかをある程度予想していたために。
だが、風路の件を考えるとこの時点で風紀委員会に大規模な犠牲者が出てしまうのは好ましくなかった。
もし、彼の妹である鏡子を救出に向かう場合風紀委員会を“巻き込んだ”上で、『
東雲真慈討伐』の主役にしなければならない。
そのタイミングが数日後に来るという情勢下、風紀委員会が半壊状態になってしまっては自分の目的に支障を来たしてしまう可能性が低くなかった。
その他諸々のメリット・デメリット―情も含めて―を勘案した上で界刺は決断した。不動に決定権を譲るという形での協力を。無論、内心では風紀委員達に怒り心頭ではあったが。
破輩に示した『事実』を取り下げるつもりは毛頭無い。そもそも彼は、不動達が関わるとしても裏方的な協力に終始すると読んでいたのだ。それだけ、不動を信じていたとも言える。
当の不動も、もちろんその辺りに“線引き”を置いていた。界刺の予想通りに。だが、『ブラックウィザード』の攻勢は想定外の代物であった。
しかし、網枷の存在や『六枚羽』という予想外な戦力の登場を差し引いても、『こういう形』での手助けはしたくなかったのが『シンボル』のリーダーの嘘偽らざる心意であった。
「おっと。話が逸れたね。債鬼の言及にもあったが、『ブラックウィザード』の隠蔽工作力は大したモノだ。それ故に、内通者である網枷を泳がせておくという当時の判断はアリだ。
君達は『ブラックウィザード』を潰すことを『目的』としていた筈だ。その『目的』を果たすための1つの手段・・・それが内通者を泳がすことだった。
例え風紀委員や警備員に人的被害が出たとしても、必ずや『目的』を遂行しなければならない。そもそも、風紀委員会は警備員並に危険な職務に就くことは最初からわかってた筈だ」
風紀委員会は、普段危険度の低い任務を優先的に宛がわれる風紀委員が警備員並に危険度の高い任務に就く組織だ。
その意味は言葉以上に重い。危険度の高低は、そのまま命の危険度に直結する。だからこそ、風紀委員とてそれ相応の覚悟―命懸け―を持たなければならない。
「君達も名前くらいは知っているだろう?『殉職』という言葉をさ?『職に殉ずる』。すなわち、治安組織の一員として命を懸けて課せられた『目的』を達することだ。
その過程に・・・犠牲が唯の1つも無いなんて有り得ない。その犠牲になる可能性が今回で言う内通者の存在を知らされていなかった者達であり、
内通者の存在を知って対処に動いていた者達であり、重体を含めた傷を負った者達だ。可能性で言うなら、知っていた者達を優先して始末する可能性だってあった。
これは、想定上発生するかもしれない犠牲であり、この内の何割かが現実として発生した。こうなる危険性を・・・ちゃんと理解した上で橙山ちゃんや椎倉君は決断したんだ。
『目的』の達成のために。一般人を『ブラックウィザード』の脅威から守り抜くために。その覚悟や現実を背負おうとしない人間は、治安組織から去るべきだ。
死亡を含めた犠牲が発生する可能性を認めた上で、それを生み出したくないから粉骨砕身努力して犠牲を回避してみせるとかなら話は別だけど、
起こり得る現実そのものを最初から認めない人間は要らない。現状把握は、治安組織に身を置く者に求められるとても大事な事柄だよ?できない奴は・・・即刻立ち去れ」
「「「「「・・・!!!」」」」」
反論できない。正論故に。現状を把握した上での言葉であるが故に。
「中には『発生していい犠牲なんて存在しない』という人間も居るだろう。というか、そっちの方が圧倒的に多いかもしれない。俺はそれを否定するつもりは無い。その意見は正しい。
でも、俺の意見も正しいと思う。俺のような人間から見れば、『犠牲なんて存在しない』なんて意見は現実として有り得ないとも言うことはできるし、その逆も有り得る。
正しい、正しくない、間違っている、間違ってない・・・。見方とは・・・言葉とは・・・人間とは・・・・・・難しいね」
「・・・複雑ですね」
「加賀美ちゃんの言う通り、複雑怪奇だね。でも、これも人間だからこそできる特権みたいなモノさ。色んな見方や言葉を把握し、その中からどれを選択し、どう貫くのか。
それが大事なんだ。だからこそもう一度言おう。『起こり得る現状を把握する』ことすら怠る人間は必要無い。そんな人間の言葉に説得力は存在しない。
そして、聞こう!斑君、一色君、鏡星ちゃん。後輩を庇う余りに現状把握を怠っていた君達に、俺の言葉を覆すだけの力はあるかい?
君達が本当に起こり得る現実・・・すなわち上司の覚悟や後輩の失態をも全て把握した上で自分の意見を述べるならきっと俺に反論することができる筈だ。
言っておくけど、君達が抱いている感情や理屈は正しいんだ。正論なんだ。だから、俺も俺が考える正論で君達とぶつかろう。さぁ、やってみたまえ!」
「「「・・・・・・」」」
“天才”の問いに斑・一色・鏡星は何かを言おうとして・・・結局は何も言えなかった。正論に本当の意味で対抗できるのは正論だけだ。
そして、正論を口にするのに必要なのが現状把握だ。その必要なことを怠っていた今の3人に、正論を口にするだけの強さは備わっていなかった。
把握し切れなかった理由としては、176支部に配属されて以降は基本的に外回りで活動していた斑達は、後方支援における必要な確認・作業の手順を全て理解していなかったことが挙げられる。
普段から加賀美や葉原、網枷に後方支援業務を頼り切っていた。風紀委員会でも、2日間後方業務を命じられた挙句、勝手がわからずに余計な雑務を増やしていたことがその証明だ。
役割分担と言われればそれまでであるが、それが後方支援に就く鳥羽に求められていた行動を完全に把握できなかった一因となった。
そして、それを斑達自身が心の底から認識したため―本当は固地が鳥羽へ指摘した時点で薄々気付いていた―に九野へ反論することができなかったのだ。
「・・・もういいよ、3人共。その答えは、君達の手で導き出してみたまえ。誰のためでも無い、君達のために。
話を戻す。そんな非情な作戦を指揮する椎倉君達も、リスクに関しては十分考えて対処をして来た筈だ。彼等だって、好き好んで犠牲を生み出したくは無い。決して。
だが、結果としてそれは上手く行かなかった。それは揺ぎ無い事実だ。では、何故上手く行かなかったのか?
そこで・・・先程債鬼から口汚く指摘されていた176支部の鳥羽君を例に挙げてみようか。『無能』という言葉を使うのは気が進まないが、ここは敢えて使ってみようか。
その方が債鬼の考えも伝わりやすいかもしれない。もちろん、俺の言葉でちゃんと説明するけどね」
「!!!」
「鳥羽君は、果たして昨日の件において『無能』であったのか『無能』では無かったのか。俺の見立ては・・・こうだ」
“天才”の視線が、176支部の鳥羽に向けられる。彼は、先程固地に『無能』と断じられた人間だ。そのせいで、神谷や浮草がキレた。
果たして、固地の師匠である九野は如何なる見立てを立てるのか。その結果は・・・すぐに出た。
[『無能』]
continue!!
最終更新:2013年02月25日 00:40