子羊を誘う羊飼いが誘われたモノ MARDOLL's_Tears.



『対立職業《カウンタージョブ》』。
 魔術業界において、ある魔術師が何らかの働きかけを行えば、またある魔術師がそれを食い止めようとする動きのことだ。
 人を殺して自分達の富を築こうとする魔術結社が生まれれば、それを阻止する魔術結社が現れる。人の財産を奪って自分達の富を築こうとする魔術結社が生まれれば、それを阻止する魔術結社が現れる。
 魔術業界はそうして新たな勢力が生まれては食いつぶされ、有機的な活動を行いながらも一定の規模を保っている。『対立職業《カウンタージョブ》』というのは、そうした動きを説明する為に使われる用語である。
 たとえば魔術サイドの治安維持に多大な貢献をしている 必要悪の教会《ネセサリウス》も、『魔術サイドの治安を乱そうとする』魔術結社に対する 対立職業《カウンタージョブ》であると言える。
 ただ、それは別に一〇〇%の善意から生まれた行動というわけではない。
 人を殺して自分達の富を築こうとする魔術結社の動きを妨害する魔術結社は、その妨害する動きによって彼らの富を横取りできる。人の財産を奪って自分達の富を築こうとする魔術結社の動きを妨害する魔術結社は、その妨害する動きによって依頼主との良好な関係を築くことができる。
 必要悪の教会《ネセサリウス》は、魔術サイドの治安を守ることで『自分達が頂点に立っている秩序』を維持することができる。
 このように、あらゆる魔術結社の動きの裏には、『自分達の利益』が存在する。
 人間というのは、根本的にそういう生き物なのだ。何か自分達に得がなければ、動くことはできない。まして、魔術師は個人主義であり、魔術結社は個人主義の人間達の集まりだ。動くとなれば、少しでも多くの人間に共通の価値を感じさせるもの――即物的な利益が一番有効となる。
 …………尤も、そうした『利益』を度外視して、単純な人助けに励む 対立職業《カウンタージョブ》も、ないことはないのだが。



「う・み・ッスよ――っ!!」
 ドパァン!! という水飛沫が上がりそうな勢いで、真夏のビーチに少女の雄叫びが響き渡る。雄叫びをあげた高校生くらいの少女は、『びくとりあ』と胸元に書かれたスクール水着を着ていた。普通ならば小学生が着るようなモノを着ている為か、胸回りがとんでもないことになっているのはご愛嬌だ。
 普段は腰くらいまで無造作に流されているだけの金髪は、今は頭の後ろでお団子になっている。キラッキラに輝く碧眼と言い、限界まで持ち上げられた口角と言い、少女はもはや完全に海水浴モードになっていた。
 少女の名はヴィクトリア=ベイクウェル
 こんな有様だが、一応悪い魔術師をやっつける『必要悪の教会《ネセサリウス》』に所属しているエージェントの一人である。
「……エージェントと言えば聞こえは良いけど、実際には戦闘馬鹿のコミュ障が集まっているだけだものね……」
 そんな少女を遠巻きに眺めて、自分に納得させるように溜息を吐く少女が一人。
 ブロンドの髪を肩くらいで切り揃えた、どこか冷たい印象を与える少女だ。肌も西洋人らしい白だが、その瞳だけは東洋人を思わせる黒い色をしていた。……何にせよ、こんな風にビーチで海水浴なんて雰囲気を楽しむようには見えない。
 ハーティ=ブレッティンガム
 元は 処刑《ロンドン》塔で罪人に対して 拷問《オシオキ》を行う拷問官だったのだが、今は色々あって悪い魔術師をやっつけては現場で 拷問《オシオキ》する 必要悪の教会《ネセサリウス》のエージェントとなっている。
 ただ、そんな出自のせいか彼女の人づきあいの悪さは相当のもので、ぶっちゃけて言うと常識人であるように見せかけておいて彼女こそ戦闘馬鹿のコミュ障の代表格のようなものなのだが、最近はこの海水浴モードのスク水少女つながりで少しずつではあるものの同僚の顔と名前が一致し始めている――つまりある程度の社交性を獲得しつつあるのだった。
 その拷問官少女は現在、黒革製の『これ下手したら全裸よりエロくね?』といった感じのビキニを身に纏い、両手首に銀色に輝く手錠をかけていた。もっとも、手錠といってもそれらを繋ぐ鎖はだいぶ間隔を長く取られている為、実際に動きを束縛されるようなことはないようだが。
「もー、ハーティってば相変わらずノリ悪いッスねー。海ッスよ海!! いっつもいっつもイギリスのクソ寒いところで『子供を煮込めば天使になれるんじゃね?』とか『来世で頑張れば神様超えられるんじゃね?』とか言い出す馬鹿魔術師をやっつけてるアタシ達が、何と今日は南の島でバカンスッスよ!! これはもうはしゃぐしかないじゃないッスか!!」
「……今回も一応、そんな馬鹿魔術師をやっつける為のお仕事なんですけどね……」
 そう。
 彼女達二人が真夏のビーチに来ているのは、当然のことながらバカンスの為などではない。
「このオセアニア方面センターオーシャン島に『世界樹の根に巣食う蛇』とかいう、イギリスを中心にアレな活動をしている魔術結社が商談に来ているから、叩き潰してこい。……確か、オーダーはこうだったわよね。それがどうして、こんなことになっているんですか?」
「どうしてってそりゃ、北半球は今真冬なんですから南半球は真夏に決まっているじゃないッスか」
「そんなことは分かっているのよ」
 ゴガン!! と鈍い音が響いた。
 SM系魔術師の前でボケるのは、いつも命がけである。
 布地が少ない……というか殆どない水着のどこから取り出したのか、愛用の鉄槌を手でぱしぱしやりながら、ハーティは続ける。
「必要がないじゃない、必要が。私達の目的は『世界樹の根に巣食う蛇』の討伐です。こんな海辺でバカンスなんて不自然すぎるでしょ。大体、第三次世界大戦によって生まれたグレムリンの宣戦布告の影響で清教の魔術師がてんやわんやしている中で私達二人だけオセアニア行きっていう時点で納得がいかないというのに……」
「ふふん。ハーティもまだまだッスねー。南国によそ者が来る理由なんてバカンス以外あり得ないじゃないッスか」
 ヴィクトリアは頭からそこはかとなく出血しながら紺色の水着で覆われた胸を張り、
「むしろこんな風に水着を着て、『休日にはしゃぐ間抜けな観光客』を装っておくのが良いんスよ」
「……何だか釈然としないけど……」
「あーアタシの発案だってんで信用してませんねハーティ。心配しなくても、この作戦は土御門の発案ッスから」
「……ツチミカド?」
「あれ、ハーティってもしかして土御門のこと知らないんスか? まあ、知らなくても仕方ないかもしれないッスけどねー。殆どイギリスにいませんし。ちなみに、土御門ってスゲー物知りなんスよ!! 会うたびにアタシにジャパンの情報を教えてくれますし!!」
「……、なんだかよく分からないけど、とりあえずあなたは騙されていると思うわ」
 ヴィクトリアの言う人物が誰だかは分からないが、とりあえず出会ったら一発ブン殴っておこうと思うハーティだった。
「大体、何よその水着。一〇〇歩譲って胸に名前を書いた布を貼っているのは良いとして、なんで日本語の、しかもひらがななんですか? 確かあなたは日本語はひらがなカタカナくらいまでなら行けるって言っていたわよね?」
「ああ、これッスか。これも土御門の情報ッス。今のジャパンじゃこれが流行の最先端らしいッスよ!! なんでも、高校生くらいの半端に成熟しきった少女が幼女の身につける水着を身に纏っているアンバランスな背徳感がサイコー!! らしいッス!!」
「やっぱりあなた絶対騙されているわ!! そしてそのツチミカドとかいうロリコンは世界平和の為にも私が殺します!!」
 友人を陥れる変態ロリコンの存在に思わず慄くハーティ。まだ世界には彼女の知らない闇があるのであった。というか、ここまであからさまな劣情を叩きつけられておいて全くその意図に気付いていないスク水少女は、完璧に土御門の言葉を専門用語の羅列と切り捨てているらしいのであった。
「大体、あなたはその格好に違和感を感じないの? 現場に溶け込むというのであれば、もうちょっとまともな水着があると思いますけど」
「こんなオセアニアのリゾート地じゃ確かに流行の最先端は目立つかもしれないッスけどね。でも、完璧にスタンダードを貫きすぎても周囲から浮いてしまうモンなんスよ。少しくらい主流から外れていた方が良いという訳ッス」
 明らかに第三者からの入れ知恵だとわかる見解を披露したスク水高校生少女はそう言って、
「それより、ハーティの『それ』の方が目立つんじゃないッスか? いくらなんでも、プライマリースクールに通っているような女の子がそんなオトナな水着ぐべぇッ!? ぎゃあ!! スンマセン!! 調子コキましたッス!!」
「……ひとつ言っておくと、私は一四歳です。もうプライマリースクールに通うような歳ではないわ」
「は、はひ……」
 無礼者に怒りの鉄槌(文字通り)を浴びせたハーティはふんと鼻を鳴らすと、それで矛を収めた。常人ならばギャグでは済まない状態だが、そこはそれ。ツッコミ代わりに炎剣を叩きこんだり叩き込まれても笑い話で終わらせるのが、 必要悪の教会《ネセサリウス》のエージェントである。
「流石に私だって『認識阻害』の術式くらい使えるわ。今だって、少なくとも魔術の心得がない者相手なら、不審に思われることだってないです。それに、これにだって一応魔術的意味が存在しているのよ。究極的に小石とお絵かきできるだけの地面があればいつでもどこでも魔術を行使できるあなたと違って、私は服装も含めて魔術に利用していますから。いくらビーチに来ているとはいえ、襲われないとは限らないわ。もしも襲われた時のことを考えて、魔術的に拘束具の要素を込めた水着を着ているんです」
『これ、作るの大変だったんだからね』と小言を漏らすハーティ。しかし、ヴィクトリアが反応したのはハーティの用心深さではなかった。
「……ハーティ。わざわざこの日の為に水着を作って来てくれたなんて……もしかして、意外と楽しみにしてたんスか?」
「……っ!!」
 とんでもない方向からの指摘に、ハーティは思わず言葉を詰まらせる。
「もー。それならそうと言ってくださいッスよー!! 何だかんだでハーティがいやいやなのかと思って、ちょっとガッカリだったんスから!! そういうことならしっかり楽しんでそれから仕事しましょう!! いやー楽しくなってきたッスねー!!」
「…………、」
「うん? ハーティ、どうしたんスか? 顔赤くして?」
「赤くなんて、なってないっ!!」
「ぎゃあ!? なんかデジャヴっ!?」
 ドガバキグシャゴッキンドゴバゴガガガ!! と連続した暴力の音が響き。
 学習能力ゼロのアホスク水少女が海を赤くしたらしい。
 ちなみに、北欧神話において海は大巨人ユミルの血から出来たんだそうな。神話のユミルも同じような感じで海を作ったのかなーとかちょっと神話の世界に思いを馳せてみるヴィクトリアだった。



 そんなわけで一通りばしゃばしゃと水着シーンで尺を稼いだ二人は、事前にチェックインしておいた観光客用のホテルに戻ってきていた。
 結局それなりに楽しんでいたわけだが、ヴィクトリアも流石にそれを指摘したりはしない。彼女の友達は照れ屋なのである。
 ともあれ、お遊びの時間はこれで終わりだ。半日かけて『おバカな観光客』を装ったお陰で、島民からの警戒心もだいぶ薄れてきている。既に日も暮れつつあるが、ここからが正念場だった。
『それで、今回の標的となる「世界樹の根に巣食う蛇」についてですけど』
 黒革製のビキニから、SM嬢が着るような、いつもの黒革ボンテージに着替えたハーティは、ベッドに腰掛けて盗聴対策の念話霊装を用いてそんなことを言う。組んだ足は米軍払下げかと思うような編み込みブーツに覆われ、両手首は相変わらず手錠に戒められていた。露出度でいえば、どちらもあんまり変わらない有様である。
「……なるほど。ハーティの服装に違和感を感じていたんスけど、その違和感は『水着で街中を闊歩しているように見える』ことに対する違和感だった訳ッスね」
「……また殴られたい?」
「い、いえッス」
 すぐさま否定したヴィクトリアも、既に水着から着替えている。
 普段着の、一昔前の日本の女子学生が着ているようなセーラー服に着替え、お団子にしていた髪を下ろしたヴィクトリアは、そう言って部屋に備え付けられているデスクに腰掛ける。真夏の南国にいるからか、普段は上に羽織っているブレザーのような上着はなく、セーラー服も半袖仕様だった。
 鉄槌をちらつかされてすっかり委縮したスケバンは、気を取り直して霊装を使い話す。
『えーっと、清教からの情報によるとッスね、このオセアニア方面センターオーシャン島は、学園都市の技術協力によって誕生した人工+浮揚島ッス。尤も、領土関連の問題から一応オセアニア方面に留まるように条約によって定められているようッスけど、そんなことよりとにかくその成り立ちに学園都市が関係していて、なおかつ運営には学園都市は関係していないっていうポジションが重要なんス。明らかに科学サイドッスけど、ちょっかいをかけても別に科学サイドへの攻撃とは見做されない。そういう関係から、魔術サイド的には完全に勢力の空白地帯となってしまっているようッスね』
『……それはつまり、人員の洗浄《ロンダリング》に最適という訳でもある』
『そう。勢力が及んでいない空白地帯ということは、そこで起こっていることは感知されづらいということ。太平洋のド真ん中ってことも関係ありそうッスけどね。ともあれ、よそで誘拐してきたアワレな子羊を一旦ここに連れて来て、ここで痕跡を消してまた別の場所へ飛ぶ……っていう、一種のシステムまで生まれているそうッスよ。中にはそれを使って儲けている連中もいるとか』
『逆に商売敵も多いから、今回のように私達 必要悪の教会《ネセサリウス》にわざと情報をリークするという潰し合いも散発しているようですけどね。そんなことを続けていればそのうち私達の勢力が根付く足掛かりが生まれてしまうかもしれないというのに、馬鹿な連中』
『「世界樹の根に巣食う蛇」はどちらかというと現地系ではなく、イギリスに本拠を置く魔術結社ッスね。だからこそアタシらに狙われる羽目になったんスけど。どーも近々大規模な儀式を行いたいらしく、最近は頻繁にこのオセアニア方面センターオーシャン島を訪れているようッス。主な取引先は……おおう、「誘拐者」とか、色々名前が挙がってるッスねー』
『……「誘拐者」。ヨーロッパを中心に活動している非戦闘要員の魔術師でしたっけ』
『そうッス。魔術によって子供を誘拐し、「市場」に売りこんでいるゲスッスね。必要悪の教会《ネセサリウス》の方でも始末したい魔術師として長年挙がっているんスけど、それをすると背後の魔術結社が絡んで来て色々と面倒っていう……』
『私達が言えた義理ではないけど、救いようのないゲスね』
 ハーティはそう言って、改めて気を引き締め直す。
『ただ、何も「世界樹の根に巣食う蛇」のようなゲスだけがこの島の情勢を支配しているわけではないッス』
『……「対立職業《カウンタージョブ》」。魔術業界においてある役割が台頭すると、それに対抗するように現れる「利害が対立した役割」です。……当然、空白地帯だろうとそれはお構いなしに発生する。この場合は、誘拐した子羊達を遠くに売り飛ばす組織の 対立職業《カウンタージョブ》ですが』
 だが、それは単純にハーティ達の仲間が増えるという意味ではない。
『……敵の敵は味方、という風にならないのが面倒なところね』
 誘拐業の『対立職業《カウンタージョブ》』が絶えず発生しているのは、別に誘拐なんていう非人道的なことを許せない善人がいるから、という話ではない。単純に、誘拐を阻止することで一定の利益を得ることができる立場の人間がいるという、ただそれだけの話だ。
 そして、単なる利害の関係において、『敵の敵は味方』という法則は通用しない。誰かが利益を得れば、結果的に他の全員が損をするのだから、敵の敵は別の敵にしかなり得ない。
『まあ、お陰でアタシらみたいな怪しいよそ者が来ても怪しまれずに済んでいるって訳ッスけどね』
『でも、「仕事」をする上で余計なノイズは避けたいところよね』
 そう言って、ハーティはベッドから立ち上がる。
『まずは、歓迎パーティをこなしておきましょうか』
 次の瞬間、ゴガッ!! とハーティの持つ鉄槌から爆音が響き、とてつもない勢いで『釘』の形に押し込められた空気がドアめがけて叩き込まれた。ドアの向こうからくぐもった悲鳴が響き、人が倒れるような音がハーティの耳に聞こえてくる。
『チッ……。予想はできていたけど、早速私達を監視している人員がいるわ。私達の目的はバレていないと思いますけど。念話の術式を使っていて良かったわね』
『……というか、相変わらずハーティは先手必勝ッスねー……』
『当然でしょ。私達のいる世界で、「敵の敵は味方」なんてやさしい法則は成り立ちません。「あの少年」がいれば別でしょうけど……ともあれ、戦場で会えば「とりあえず」戦う程度の存在に容赦をする必要はないわ』
『……まあ、それが正論なんスけどねー』
 言いながら、ヴィクトリアはどこから取り出したのか、何やら紋様の描かれたカーペットのようなものを取り出す。
 ハーティは今まで見たことのないヴィクトリアの霊装に、思わず首をかしげた。
『……それは?』
『「幻影の王」を呼び出す為の「塚」ッスよ。アタシだって、いつまでもお絵かき遊びしかできない訳じゃないんスよ? いちいちルーン文字で魔法陣を書くのは面倒だし時間もかかるッスから、こうやって小道具を用意して時間を短縮することにしたんス』
 ルーン文字の儀式場を耐久性の高いカーペットに刻み込むのは骨が折れたッスけど、とヴィクトリアは苦笑する。
 ヴィクトリアの扱う『幻影の王』は、豊穣神でありスウェーデンの国王でもあったといわれているフレイが、ミドガルズから去った後三年間もその威光だけで国の平和を保ったという伝承から、フレイの墓である『塚』を築くことでフレイの幻影を生み出し使役する術式だ。
 しかし、その本体である『塚』には複雑なルーン文字による魔法陣を刻む必要があり、また防護術式や隠蔽術式を何重にも重ねがけする必要がある為、今までは実際に術式が稼働しだすまでにある程度時間がかかっていた。
 だが、魔術というのは常に流動的だ。
 たとえ最強に思える魔術が生み出されたとしても、しばらくすればそれに対抗するような術式が考案され、最強に思われた魔術はあっさりと零落する。
 そんな魔術を扱う魔術師も、常に自らの命を預ける術式を磨かないといけないというわけだ。
『準備まであと三〇秒弱かかるッス。とりあえず、ハーティは部屋の前を見て来てくださいッス』
『分かったわ』
 ヴィクトリアに言われるまでもなく、ハーティは慎重にドアの元まで行き、『釘』によって開けられた穴から外を覗く。部屋の前の廊下には、腹に見事に透明の釘が刺さった哀れな魔術師がいた。ハーティは周囲の状況を確認すると、さっさとドアを開ける。
「……あなたは?」
「……ぐ。答えると、思っているのか?」
 問いかけるが、男の返答は色良いものではなかった。
 カチリと、ハーティの表情の『質』が明確に切り替わる。
「そう」
 ドガッ!! と男の横っ面に鉄槌が叩き込まれ、みしみしと嫌な音が響いた。
 躊躇はなかった。
 悪の魔術師を退治するという『正義の魔術師』であるハーティだが、それは彼女自身が善人ということではない。『やっていることが正義だから、結果的に彼女自身が善人に見えている』だけなのである。どう取り繕っても、彼女の本質はこうしたときに冷徹な判断が行える『立派な拷問官』だ。そもそも、問題の解決にいちいち血みどろの暴力しか選択できない人種が、本当の善人であるわけがない。
「ごッ……がッ……!?」
「最初に一つ言っておくわ」
 拷問中に失血死するのを防止する為の措置なのか、釘が腹に刺さっているにもかかわらず一滴も血が垂れていない男を無理矢理に引き起こすと、ハーティはそのまま迅速に男を部屋の中に叩き込む。
「私は、別に魔術を使ってあなたの死体から情報を抜き取っても良いんです。ただ、それは『少しばかり』リスクが大きくて面倒なの。これは取引よ。あなたが自発的に情報を喋ってくれれば、最低限生命の無事は保証しましょう」
 嘘だ。
 ハーティがいくら拷問官とはいえ、さすがに死体から情報を抜き取るような術式は持っていない。そもそも、そんなことができればハーティはわざわざこの男を甚振ったりはしなかっただろう。
 だが、男はそんなことを知る由もない。明らかに論理に穴があったとしても、痛みと恐怖と焦燥がその穴を塗り潰す。『取引』という単語が、感情ではなく利害で行動する世界に慣れ切った男の心を揺り動かす。
「ぐ、あ……」
「あなたの所属する魔術結社は、そこまで義理を感じるようなものですか? どうせ、ゲスの中のゲスみたいな連中が集まっている結社でしょう?」
 ハーティの問いかけに、男はぴくりと体を反応させた。
(……動いた)
 拷問官であるハーティの前で、男のリアクションはまさしく致命的であった。カクン、と男の瞳から光が失われる。あるいはそれは、男に対する慈悲だったのかもしれない。
「単刀直入に聞くわ。貴方は、誘拐する側? それともそれを妨害する側?」
「…………俺、は……誘拐……妨害……運ばれてきた、奴隷、を……強奪、……別ルートに……」
「結構」
 これが、対立職業《カウンタージョブ》の実態だった。
 悪と対立するのは、必ずしも正義ではない。
 悪と対立するのは、多くの場合はまた別種の悪。闇の中で、別の闇同士が足を引っ張っているという、目も当てられないほど醜い惨状が、この世の多数派だ。
 ハーティはそれ以上聞かずに話を切り替える。
「では、質問を変えます。あなたが所属する結社の名前は? この島のどこに潜伏しているんですか?
「名前は……、……「暁光を齎す者」……。……場所は……南東……、……別荘用に、売り出されていた……ペンション……に…………」
 そこまで言うと、男は完全に意識を失った。
『……かなり「協力的」でしたッスけど、一体何をしたんスか?』
 一部始終を見ていたヴィクトリアは、怪訝そうな表情を浮かべてハーティに問いかける。
『ちょっとしたお呪《まじな》いよ』
 対するハーティは、何でもないことのようにあっさりと答えた。
『……どう見ても、魔術的に自白を強要したようにしか見えないんスけど……』
『まあ、扱い方は「拷問官」風に仕立てていますけど、基本的な術式は単なる精神安定みたいなものです。恐怖と焦燥で基盤を緩めて、意図的に自分の所属する組織に対する不信感を煽った上で、「心を平静にする」術式を使ってあげたのよ。もっとも、どういうルートを経て「心の平静」を保つかについては、私の方で意図的に誘導させてもらいましたが』
『うへぇ……、相変わらずえげつないッスねぇ』
『傷をつけていないだけマシだと思ってもらいたいわね』
『で、これからどうするんスか? コイツの言っていたペンションに?』
『いえ。流石にそれは短絡的すぎです』
 ハーティが返すと、言外に短絡的呼ばわりされたヴィクトリアはちょっとむっとする。
『とりあえず、コイツは人目に付くところに置いておくわ』
『……へ? それじゃあ、アタシたちが攻撃したってことがバレちまうじゃないッスか』
『そんなことは遅かれ早かれバレることよ。それより、私達の目的が何だか忘れたんですか?』
『……ええっと、「世界樹の根に巣食う蛇」の討伐?』
『でしょう? なら、この男の所属結社を潰したところで私達の目的は達成できないのよ』
『……つまり?』
『まずは揺さぶりをかけて、出方を窺う。……まあ、展開によっては、全ての魔術結社を潰すことになるかもしれないですけどね』



『動きがあったわ』
 宵闇。
 昼間は暑いくらいだった外は、今は潮風によって肌寒いくらいになっている。そんな宵闇の中に、ハーティとヴィクトリアは潜んでいた。
 海が近いのか、二人の耳には微かに波の音が聞こえてきていた。防風林によって隠れているが、おそらくその向こうは昼に時間を潰していた海水浴場だろう。
『うぅ~、寒いッス~』
『まったく。夜間の活動を計算に入れていないからそうなるんですよ。せめて上着の一つくらい持ってくれば良かったのに』
『だって~……。……っていうか、ハーティは寒くないんスか? そういえばハーティは海に入ってたのに髪の毛ゴワゴワしてませんよね……』
『当然、寒さなんて魔術で防いでいるわよ。海の方は「水責め」対策の応用です。海に入るのは分かっていましたからね。上がった後にべたべたするのは嫌だったから術式に組み込んで対策していたのよ』
『そ、そんなに綿密な対策を……、あ、いや、何でもないッス』
 思わずその海水浴に対する用意周到っぷりに感嘆の声をあげかけたスケバンだったが、それを言うと拷問官サマが怒りそうなのを察して黙った。実に賢明な判断である。
『でも実際、いちいちそんな霊装の役割も込めた水着を作るなんて面倒じゃないッスか?』
『いえ、実はそうでもないんですよ。今回の為に「水責め」対策の要素を霊装に加えたのはそうだけど、水着そのものはこの普段着を変形させたものだから。ちょっと形を整えれば普段着にも水着にもできるようにしているのよ。だから、コレはまだ「水責め」対策の要素も残っているんです』
『へぇ~……。……アタシもそういうの作ろうかなぁ……。……ああでも、北欧神話で海にまつわる神話ってそんなにないんスよねー。一応エーギルとかニョルズみたいに海の神はいるんスけど、どっちも威力が高すぎたり港を司ってたりで、海水浴用に応用するのは難しいんスよ。巨人ユミルは規模がでかすぎるッスし』
『単純にあなたの技量不足なだけのような気がしますけど……』
 辛辣な意見にちょっとショボンとしたスケバンはさておき、ハーティは様子を窺うようにあたりを見渡す。
『さて。とりあえず「種」は撒きました。連中も私達の素性は分かっていないだろうから、「斥候に出してみた連中が何者かによって倒された」という以外の確定情報はない。……となると、私達があの男をやったという可能性を含め、「かねてから対立していた結社が横槍を入れてきた」などあらゆる可能性を考慮しないといけない。すると発生するのは……、』
 瞬間、宿の方からゴガガガッ!! !! !! という轟音が発生した。
 明らかな『異』日常。
 しかし、それ以外の部分で島の日常は続いていた。それが逆に、ちぐはぐな世界観の違いを生み出して結果的に異常をことさら際立たせている。
 ただ、それも当然な話だ。
『……疑心暗鬼になった結社同士の小競り合い』
 この『異』日常は、それを日常としている魔術師にしか感じ取ることができないものなのだから。
『……なんというか、本当に、なんというかッスね。まあ、一応「人払い」は徹底しているみたいッスけど』
『もちろん、「そうなる」ように状況に意図的な誘導は加えていますけどね。これは専門ではないから、私がやったのなんて本当に微々たるものよ。こうなるだけの火種は、もともとこの島そのものが抱えていたんでしょう』
『それで、どうするんスか? これじゃあ、目的の「世界樹の根に巣食う蛇」の討伐が余計面倒になったような気がするんスけど』
『問題ないわ。窓口はちゃんと確認してありますし』
『窓口?』
『考えてみなさい。こんな状況になった時、一番フットワークが重いのは?』
『……、』
『答えは「集団」よ。意思決定をしなくてはならない分、どうしても個人より大規模な行動指針の決定には時間がかかる』
『……逆にフットワークが軽いのは、意思の疎通を行わなくても良い「個人」ってことッスか?』
『珍しく察しが良いですね。つまりそういうことよ』
 うっすらと笑みを浮かべるハーティに、ヴィクトリアは思わず背筋に寒気が走った。さすが元拷問官なだけに、特定の誰かを『追い詰める』ことに関しては、彼女が今まで見てきた誰よりも優れている。
『……窓口っていうのは、「誘拐者」の事ッスね』
 ヴィクトリアは、呻くような気持ちでそう言った。
『「誘拐者」はそもそも、「世界樹の根に巣食う蛇」の一員ではない単なる雇われッス。島全体に争いの雰囲気が漂えば、早々に商談を片づけて厄介事から逃れようとする。だから、そこを叩いてしまえば良い。向こうは元々清教に目をつけられていた背教者ッスから大義名分は揃っていますし、最大の問題点である「誘拐者」の「殺そうとすれば利害が絡んだ連中からの妨害を受ける」という性質も……勢力的空白地帯であるオセアニア方面センターオーシャン島という地理と、現在の敵味方入り乱れた乱戦環境が無効化してくれているッス』
『ご名答』
 ハーティはくるりと手元の鉄槌を回転させる。
『場を乱し、勝手に尻尾を巻いて逃げだした「誘拐者」を捕まえてそこから「世界樹の根に巣食う蛇」を引きずり出し叩き潰す。簡単な構図になったでしょう?』
『よし。そうと決まればさっさと動きましょうッス。アタシの方も、準備は万端ッスから!』
『……実はもう、行動は終わっているのよ』
『え?』
 ヴィクトリアが、そんなことを言った瞬間だった。
 ドゴッ!! という炸裂音が響き、ヴィクトリアの傍らにいた『幻影の王』に何か鋭い物が突き刺さった。
「な……ッ!?」
「……君達は一体何者なんだ? この騒ぎに何か関係しているのか?」
 金髪碧眼の青年だった。年の頃は大学生……いや、髪型をオールバックにしている為大人びてはいるものの、実際の年齢は高校生くらいだろうか。淡い色の長袖のTシャツにベージュ色のズボン、黒色のケープを身に纏っている。比較的特徴の薄い外見だが、ケープにつけられた紫色の花と黒紫色の実を模したアクセサリーだけが何か歪な存在感を放っていた。第一印象としては『慈善活動でもしていそうな好青年』だが、この状況の中で当たり前のように立ちまわっていることでそれら全ての印象が『整えられているもの』だと周囲に喧伝してしまい、却って全体的な印象に悪影響を及ぼしている。
「いや、聞く必要はないな。この場所、タイミングで『そんなもの』を携えているんだ。十中八九、俺の商売敵だな」
「……『誘拐者』、ッスね?」
「それも聞く必要はないだろう? 今こうして俺の前に立っているんだ。君達だって織り込み済みの展開じゃないのかい?」
「……、」
『誘拐者』。
『世界樹の根に巣食う蛇』の窓口。
 そうハーティが呼んでいた男が、今目の前に立っている。だが、彼自身は非戦闘要員でありながら、その佇まいは冷静そのものだった。
 彼の身の安全を保証していた複雑な権力事情は、オセアニア方面センターオーシャン島の成立過程と意図的に引き起こした結社同士の乱戦によって破壊されているにも拘わらず。
 まるで何か他の手札を抱えているときのように、にやりと不敵な笑みを浮かべ、必要悪の教会《ネセサリウス》に所属しているエージェントを目の前にして冷静さを保っている。
「……明らかに現代人ではなさそうだったから、大方魔術生命体か何かだと判断して優先的に無力化しようとしたのだが……、……どうやら、それは間違いだったようだ」
 ヌゥ、と『幻影の王』がゆっくりと立ち上がり、ハーティとヴィクトリアの前に立つ。その頭部には、金色に鈍く輝く物体が突き刺さっていた。しかし、『幻影の王』の動きに陰りはない。伝承において豊穣神フレイは、不在となってもその力を発揮した。この術式における豊穣神フレイもまた『既にいない』豊穣神フレイの力を基にしている為、『いないがゆえに殺しようがない』のである。
「……これは、黄金ッスか?」
『幻影の王』に引っこ抜かせた物体を一目見たヴィクトリアが、ぼそりと呟く。
 黄金を用いた魔術といえば、ヴィクトリアが最初に思い浮かべるのはやはり北欧神話だ。十字教にも貴金属を射出する類の魔術は存在しているが、それは『銀の弾丸』であり、黄金とは合致しない。
 その点、北欧神話において神々の扱う武具といえば、それはたいていが 黒小人《ドヴェルグ》によって鍛えられた黄金だった。親和性で考えれば、北欧神話以上に黄金に適した魔術体系はそうないだろう。
「不思議かい? まあ、君達に教えてあげる義理はないけどな……。だが、ここらで一つ……さらに絶望するものをお見せしてあげようか!」
 そう、『誘拐者』が言った瞬間だった。
 ゴガバッッッ!! !! !! と黄金の津波が発生した。
「ヴィクトリア!」
「はいッス! 『幻影の王』ッ!!」
 そんな黄金の津波を前にして、ヴィクトリアは素早く右手を振る。それだけで、『幻影の王』の手の中に細身の剣が浮かび上がり――、
 ズガァッッ!! !! !! と。
 絶望的なまでの勢いで放たれた黄金の津波が、いとも簡単に真っ二つになった。
 これが、ヴィクトリアの扱う魔術。豊穣神フレイのレプリカたる『幻影の王』を操ることにより、豊穣神フレイが扱う『接続術式』を疑似的に再現し、それによって普段は完全に引き出せない霊装のスペックを最大限に引き出す。
「まだまだァ!」
「ぐ、うおおおお!?」
 黄金の津波を切り裂いた『幻影の王』の斬撃は、津波を切り裂くだけに留まらずその先にいる『誘拐者』にまで襲いかかる。ドガガガガザザギギギギ!! !! と火花を散らしながら突き進む斬撃をすんでのところで回避した『誘拐者』は、小さく舌打ちする。
「……さすがにまだ調整は不完全、か……。黄金操作の精度も甘い。このままだと少し分が悪いかな……」
「……逃がしません、よッ!!」
 ドッ!! とハーティが即座に鉄槌を振り、空気で『釘』を生み出し叩き込む。しかし、これは黄金に防御され中ほどまでめり込むに留まった。
「……何を言っているのやら。この状況で俺が逃げる理由が見当たらないけどな」
 波が引くようにずれた黄金の向こうで、『誘拐者』は笑みを浮かべていた。その姿にはやはり、一定の余裕のようなものが感じられる。
「おかしい、という顔をしているな。まあ当然か。君達からすれば戦闘が得意ではなく、『自分を取り巻く環境のお陰で今まで生き残って来ていた』俺が具体的な戦力を持っているんだ。これほど不思議なことはない」
 言って、『誘拐者』は勝ち誇った笑みを浮かべてハーティ達を嘲る。
「だが、君達は勘違いをしていた。大体、確かに事実上俺はこの『誘拐』による収益で生活しているわけだが、こんなものは俺にとってはアルバイト――いや、それ以前の『お遊び』にすぎないんだよ。それ以外の部分に労力を回す余裕はいくらでもあったんだ。……何故、その余裕で術式の開発を行ったと思わなかった?」
「……!!」
 ゴガガガガガガ!! !! と地面を削りながら黄金の塊が押し寄せ、それを『幻影の王』が斬り飛ばす。しかし、今度は『幻影の王』の攻撃が『誘拐者』のところまで届くといったことはなかった。
「調整は既に半分以上完了している!! この術式は完璧だ!! この黄金を扱う術式と俺が元々持っている性質や技術があれば、もはや敵などいない!!」
 明らかに、こちらが少しずつ追い詰められている。
 ハーティは、その事実を淡々と認識していた。
「……おかしい」
「何がッスか?」
 ズゾザザザザと不規則に『誘拐者』の周りをうごめく黄金を見つめながら呟いたハーティに、ヴィクトリアが問い返す。ハーティは牽制の『釘』を打ち込みながら、
「私の魔術は、攻撃を与えたものの回路に干渉することで魔力の循環を乱し、魔術の発動を失敗、対象にダメージを与える術式よ」
「……それは、分かっているッスけど」
「魔術師が霊装を扱う場合、その霊装を自分自身とすることで回路の拡張を行い、内部で魔力を循環させて魔術の使用を可能にしています。……つまり、あの黄金が霊装であれば、『釘』が刺さった時点で内部の魔力循環が乱れて術式が失敗していないと、話の筋が通らないのよ」
「あ!」
 ヴィクトリアは、盲点を突かれたといった様子で声をあげた。
 つまり、『誘拐者』が扱っているあの黄金は明らかに通常の物理を離れた存在でありながら、魔術的な回路を備えた霊装ではない……という矛盾した状況が生み出されていることになる。
 そこに『誘拐者』の扱う術式の秘密が隠されているはずだが……、
「どうやら作戦会議がしたいようだが、俺がそれを許すとでも思っているのかなぁ!?」
 即座に、『誘拐者』の操る黄金の波がハーティ達に襲いかかる。今は『幻影の王』によって躱せているが、これにしたっていつまでも続く均衡ではないだろう。
 その上、『誘拐者』はハーティ達に話し合う時間を与えたくないらしい。
『……まあ、こちらを使えばいいだけの話だけれどね』
 とはいえ、だからといってハーティ達が手詰まりというわけでもない。ハーティ達は海千山千の魔術サイドにおいて名乗るだけで相手に一定の警戒をさせることができる 必要悪の教会《ネセサリウス》の人員なのだ。個人レベルでは実現が難しい出力の魔術を持っているとはいえ、それだけで万策尽きるというほどのものではない。
『ふぁっ!?』
『…………そうよね。貴方はそんなこと考えもしないですよね』
 だが、彼女の相棒にとっては違ったようだ。
 内心で呆れつつ、ハーティは魔術的な手法を使うことにより現実よりも隙のない対話を始める。
『まず、相手の扱う術式は十中八九「黄金を生み出す」類の魔術ね』
『ええ。……おそらく、何らかの方法で黄金を生み出し、 黒小人《ドヴェルグ》の加工技術の応用で黄金を操っているといったところッスかね? 扱っている術式の色は、まず間違いなく北欧神話系ッス』
 あっさりと相手の術式を看破したハーティにかぶせるように、北欧神話系の術式を専門に扱っているヴィクトリアが自身の見解を述べる。
『確かに「黄金を基にした霊装」でも黄金を操って具体的な攻撃力として機能させることはできます。でも、「黄金を生み出す魔術」と「黄金を操る魔術」を使うことでも、あの現象は十分に実現できるし、私の魔術が効かない理屈になります』
『まあ、方式の違いッスね。同じような現象でも、扱っている法則が違うっていうのは魔術業界じゃよくあることッスし、少し観察すれば分かることッス』
 あくまで表面上は黙々と黄金の津波を捌きつつ、ヴィクトリアは冷静に目の前の現象を分析する。
 問題は、此処から先だ。
 確かに、北欧神話では黄金を利用する伝承の例は神々の武具を始めとして枚挙に暇がない。しかし、反面『黄金を生み出した伝承』というのはあまり例がない。それも、これほどまでに大量の黄金を生み出した話など、あの隻眼の主神絡みの伝承でさえ存在しないだろう。
 考えられるものといえば、
『……邪神ロキが賠償金を捻出したときの伝承を基にした術式か、あるいは美神フレイヤが夫オーズを探しに旅をしているときに流した涙が黄金に変わったという伝承ッスかね?』
『幻影の王』に黄金の津波を捌かせながら、ヴィクトリアはそんなことを呟いた。北欧神話の専門を相棒に持った関係で最近北欧神話関係の技術にも詳しくなりつつあるハーティも、そんなヴィクトリアの言いたいことを即座に理解する。
『邪神ロキが賠償金を捻出したときの伝承……確か、アンドヴァリの持つ財産を増やす魔法の指輪「アンドヴァラナウト」でしたっけ。だけど、アレは確か同時に所有者を不幸にする呪いも宿していたはずよ。攻撃用の魔術に用いるには、少し余計な「色」が混じりすぎていませんか?』
『だとすると、美神フレイヤの涙のエピソードが有力ッスかね……』
 美神の涙。
 長旅に出た夫オーズを恋しがって探しに出た美神フレイヤが流した涙が黄金となって少しずつ大地にしみ込んでいったという伝承だ。このことから黄金は美神フレイヤの別名にちなんで『マルデルの涙』と呼ばれ、この伝承は同時に世界中で黄金が少しずつ産出される理由の説明も兼ねている。
 確かに、このエピソードならば数少ない北欧神話の方式で黄金を生み出すことができる。
 しかし、これには問題があった。
『ただ、無尽蔵に財産を増やす「アンドヴァラナウト」と違い、美神フレイヤの涙によって生み出せる黄金の量は「ごく少量」ッス。あの黄金の量は、さすがに説明がつかないんスけど……』
 説明がつかない現象が、実際に目の前で現実になっているという矛盾。
 ハーティは、その事実に直面し、いつも感じたことのある感覚をおぼえた。
 問題を解決する為のピースがありながら、それが見つけられないという、魔術戦が佳境に入った時に感じる感覚だ。
(何か……何かあるはず。少量しか生み出せないはずの方式で、あれだけの黄金を生み出している『何か』が……)
 そう、ハーティが考えた瞬間だった。
 彼女の足下の地面がゴバッ!! !! と粉砕し、中から黄金の奔流が溢れだしてくる。
「ま、さか……ッ!! 地面を掘りながら!?」
「ただ操るだけが能じゃない!! 黒小人《ドヴェルグ》の黄金加工術式を基にした黄金操作は、単純な『操作』の技能ゆえに多大な自由度を得ているんだよ!!」
「は、ハーティ!!」
 モロに黄金の激流を浴びたハーティはノーバウンドで数十メートルも吹っ飛び、ドパァン!! と黄金ごと海に叩き込まれる。
 メギャギャギャ!! !! と黄金の激流の余波を受けた防風林が、根こそぎ吹き飛ばされていく。
 もはや生存すら絶望的な攻撃。
「……水責め対策を施しておいて正解だったわ」
 だがそんな攻撃を受けてなお、ハーティは佇んでいた。
 他でもない、海水の上で。
「いくら黄金を防いでいても、海に落ちてしまっては話にならないものね」
 そんなことを言って水の上を軽快に走るハーティの体には、黄金の激流を叩き込まれた傷跡は一切存在していない。
 タンタンタン!! と大きく飛び上がったハーティは、女豹のような身のこなしで蠢く黄金の上に立つ。
「こ、の、舐めやがって……!!」
 一瞬遅れてハーティの動きを感知した『誘拐者』は、即座に黄金を鋭くとがらせてハーティを刺し貫こうとする。
 その動きと同時に、ハーティが右手の鉄槌を素早く振った。
 ゴイィン!! という金属音が響き渡る。
「この鉄槌は本来拷問用だから、こういう使用法は専門ではないんだけど」
 ハーティは依然、黄金の上で佇んでいた。
「北欧神話において、鉄槌は 黒小人《ドヴェルグ》の道具だったという話もあるくらいだしね。北欧神話系の色付けがなされた黄金なら、付け焼刃の魔術でもどうにかなるものだと思っていましたが……まさかこれほどまでに簡単とは」
「な……!? こちらの操作システムに、横槍を入れただと!?」
「おかしいとは思っていましたが、やはりこの手法は貴方の専門ではないようですね。構成も甘いし、何より横槍の可能性をあまりにも考慮していない。だからこの分野に関しては素人である私の介入も許してしまう。教えてもらった技術の半分も生かしていない」
「ッ!?」
「そもそも、貴方は元々戦闘専門の魔術師ではない。そんな貴方がこの短期間でこれほどの大規模な術式を得たということは、第三者からの技術提供を示しています。術式というのは、一から全て自分で考えるからこそフルに活用できるのよ。他人からシステムを教えられただけで全てを完璧に扱えるほど、魔術は簡単ではないわ」
「ッ……この、だが、付け焼刃の術式でこの大容量を捌き切れるかァ!?」
 ゴッ!! !! !! と。
 今までの一〇倍以上もの質量の黄金が、一気に生み出される。
 その総量は、確かに美神フレイヤの方式では生み出すことが不可能なはずの量だ。いくらハーティが 黒小人《ドヴェルグ》の加工技術を応用した制御への横槍を行ったとしても、とてもさばき切れる量ではないだろう。
「……ただ根本の問題として、それが必ずしも美神フレイヤ『一人分』の量とは限らないのよね」

 瞬間。
 生み出された黄金は、その八割以上が一気に虚空に溶け失せた。

「……は?」
 指揮棒を振るように腕を振って黄金を操っていた『誘拐者』は、そのままの姿勢で間抜けな声を上げた。
「……その術式の核は、ケープについている霊装ッスね」
 そう言ったのは、この場において最も北欧神話の術式について詳しいはずの少女だ。
「美神フレイヤの夫探しには、続きがあるッス」
 スケバン衣装に身を包んでいる少女は、『幻影の王』が持っていたはずの細身の剣を手に持って話を続ける。
「諸説あるッスけど、美神フレイヤは最終的に無事夫を見つけることができた、と言われているッス。そして、夫オーズがいた場所は……『天人花』の傍」
 天人花。
 紫色の花を咲かせ黒紫色の実をつける、実在する双子葉類の植物だ。
 そして、『誘拐者』が身につけているケープには、紫色の花弁と黒紫色の実のアクセサリーがつけられていた。
「術式における美神フレイヤは、貴方ではなかった。貴方はさっき、『この術式と自分の持っている技術や性質があれば』と言いましたね。貴方は誘拐し、貴方自身が本来得意とする『洗脳』の術式によって操った子羊達を用いて、同時にたくさんの黄金を生み出していたんです。……大方、その霊装はあなた自身を夫オーズと置くことで、黄金の発生場所とタイミングをコントロールする為の細工だろうけど」
「もともと、この術式は多数の『フレイヤ』によって生み出された黄金を無理矢理一か所に集中制御させるというめちゃくちゃな構成ッス。だからこそ、適当な横槍を入れてしまえば簡単に構成が崩れてしまう。……そこの黄金みたいに」
 ヴィクトリアはそう言って、黄金に刻まれた剣の痕を指差す。
 大きな『×』の印。
「こ、れは……!?」
「ルーン文字ッスよ。北欧神話と親和性の高い、ね。意味はgebo。……『贈り物』ッス。まあ、あなたが無理矢理作った子羊達との魔術的ルートを介して『送り返す』っていう意味合いなんで、量的に全てを送り返すことはできなかったッスけど」
「でも、これだけ制限できれば十分」
「ば、馬鹿な……。何でこんな……あっさりと……完璧な術式だったはずなのに……」
「あら。貴方、魔術師のくせにそんなことも分からないんですか?」
 そう言って、ハーティは彼女の相棒である魔術師を横目で見る。今回の為に、術式に改良を加えたという彼女の姿を。
「……この世に完璧な術式なんて、存在しないのよ」
 カチリ、と。
 言い終わった瞬間、ハーティの表情が明確に切り替わる。
 今までの『どうすれば敵を倒せるか』を考える戦闘者としての表情から、『どう痛めつければ最短の方法で最大の情報を引き出せるか』を考える拷問官の表情へと。
 カァン!! という甲高い音が響いた。
 瞬間、ドバッ!! と残っていた黄金が『誘拐者』を覆い尽くす。
「聞こえているかしら?」
 ハーティは、ゆっくりゆっくりと黄金の塊に近づいていく。ぐにゃぐにゃと不定型に形を変えて行く黄金の塊は、やがて雄牛の姿に変わった。
「古代ギリシャにはファラリスの雄牛、という処刑法がありました」
 カツカツと、意図的に足音を響かせる歩き方をしながら、拷問官の少女は見えないと知りつつ酷薄な笑みを浮かべる。
「真鍮で形作った、中が空洞になっている雄牛の置物を用意し、中に有罪となった罪人を閉じ込め、その雄牛を火にかけるの。真鍮は黄金色になるまで熱せられ、当然中に入っていた人間は熱のあまり炙り殺されます。まあ、こちらは黄金だから完璧なファラリスの雄牛とはいかないけど、これでも十分よね」
 コンコンと、ハーティは鉄槌で雄牛の側面を叩く。もはや黄金は『誘拐者』の制御を離れ、鉄槌を用いたハーティの 黒小人《ドヴェルグ》式に完全に制御されてしまっていた。
「このファラリスの雄牛の最初の犠牲者は、名誉欲しさにこの処刑道具を設計した真鍮鋳物師自身だったらしいわ。……欲は身を滅ぼすという典型例ね」
 そんなことを言うハーティの後ろには、いつの間に準備したのか、細身の剣をレーヴァティンになるように細工したヴィクトリアの姿があった。
「中にあった鋳物師の死体は骨だけが焼け残り、その骨も真鍮のコーティングで宝石のように輝いていた為、アクセサリーとして用いられた、と言われているわ」
 その様子を確認したハーティは、もはや妖しげな艶やかささえ感じさせるほどの声色でそっと呟く。
「あなたも、アクセサリーの仲間入りをしてみます?」
 ハーティの言葉が聞こえていたのだろうか、雄牛の中からはのたうちまわる『誘拐者』の声が響き渡る。そんな彼を無視して、『幻影の王』が巨大な火柱となったレーヴァティンをファラリスの雄牛にぶつける。ゴォオオオッ!! !! と空気を熱する音をたて、見る見るうちに雄牛は赤く熱を持っていく。
 雄牛の中から、ジュゥゥウウウ!! !! という肉が焼ける音と、男の悲鳴とも怒声ともつかない声が響き渡る。
 少しだけそれを聞いていたハーティは、静かに鉄槌を横に振った。距離を超越して鉄槌と黄金が接触したような金属音が響き渡り、雄牛の口が大きく開いて中から『誘拐者』が飛び出す。
「心配しなくてもいいですよ。私の専門は拷問だもの。情報を搾り取る前に殺したりはしないわ」
 全身がまんべんなく焼け爛れ、ところどころに溶けた黄金が張り付いた『誘拐者』は、自分の手の皮膚がずり剥けるのも気にせずにハーティに縋りつく。
「はうっ、あっ、あっ、な、何でもっ、何でも話す!! 金が欲しかっただけなんだ!! それだけなんだ!! もう二度と誘拐なんてしない!! だからっ、だからっ、命だけはっ!!」
 その言葉を聞いたハーティは、にっこりと笑みを浮かべて鉄槌を構える。
 それを見ていたヴィクトリアは、見ていられないとばかりに頭を振るだけだった。
「『Recipio022《我が身に全てを打ち明けよ》』。金が欲しいならあそこにいくらでもあるわ。……それが嫌なら、全てを話しなさい」



 結局、『誘拐者』は生かしておくことにした。
 だが、それは別に『誘拐者』に情けをかけた訳ではない。多くの結社が争いを始めたあの局面におけるオセアニア方面センターオーシャン島で、全身に大やけどを負った男が誰かに見つかれば、まず無事では済まないだろう。ハーティ達が手をかけるまでもなく、『誘拐者』は死ぬしかないのだった。
 オセアニア方面センターオーシャン島に存在していた人身売買を生業とする魔術勢力は、今回の一件でかなり力を弱めるだろう。そして、そこに清教の勢力が攻撃を仕掛ければ、もう詰みだ。また、清教の勢力図が拡大することになる。
「いやーしかし、今回もなかなかのエグさでしたッスねー。なんか慣れつつある自分が怖いッスけど」
「実際、身体延長刑で真っ二つになったノーランドや 圧迫の船《プレスヤード》で押しつぶされたフレデリックよりは、まだ五体満足なだけマシな死に方だと思うけどね。ええと、何だっけ? 本名はダーフィット=シュルツだったかしら。アレから搾り取った情報のお陰で『世界樹の根に巣食う蛇』も無事壊滅できましたし、こうして無事にロンドンまで戻って来れているのですから、私自身も少しばかり手心を加えたつもりだけどね」
 それに、拷問官時代から悪感情を抱いていたキース=ノーランドや、相棒を殺されたと勘違いしていたフレデリック=モンドリオと違い、今回のダーフィット=シュルツに関しては『誘拐を頻繁に行い、あまつさえ誘拐した子羊達を魔術の道具に使うクズ』という以外に、ハーティが個人的に悪感情を抱く要素がない。拷問の内容が甘めになるのも当然なのであった。
 もちろん、一般的な感覚でいえばそれでも激辛になってしまうのがこのハーティ=ブレッティンガムという少女の性質なのだが。
 ともあれ、そんなわけでいつものように徒歩でロンドンの清教女子寮まで歩いて帰っているハーティとヴィクトリアなのだが、いつものように腑に落ちない部分があった。
 とりあえずとらわれの身だった子供達を放置しておくのは夢見が悪いので、結社同士が争っているうちに大方の結社の子供達は開放しておいたのだが、そのうちの『世界樹の根に巣食う蛇』の本拠地で異常なことが起こっていたのだ。
「……『誘拐者』が扱っていたあの天人花の方式は、あくまで『生み出した黄金を自分のもとに引き寄せる』為のもの。その方式を逆用して送り返したのですから、『世界樹の根に巣食う蛇』の本拠地には大量の黄金がなくてはおかしいのですが……」
「……なかったッスねぇ、黄金」
 あの黄金は、魔術的に存在させているものだ。だから、魔術の効力が切れれば簡単に消滅してしまう程度のものでしかない。だが、その魔術を発動しているのは子供達であって『誘拐者』ではない。したがって子供達を殺した訳でもないのに黄金が消滅しているのは不自然なことなのだが……。
「それに、結局あの術式、『世界樹の根に巣食う蛇』から教えられたものではなかったのよね」
 あの後、当然ハーティは『世界樹の根に巣食う蛇』の面々も一人ひとり丁寧に拷問し、今後清教の脅威になりそうな魔術師の情報などを搾り取っていたわけだが、その中で当然『誘拐者』の証言の裏もとったりしていた。
『誘拐者』が使っていた黄金操作の術式は、まず十中八九彼が自ら開発した術式ではない。
 彼が本来扱っている術式は童話『ハーメルンの笛吹き男』をモチーフにした『ハーメルンの笛吹き男《MIND CONTROL》』という術式であり、間違いなく十字教の法則を扱った術式だった。
 その彼が、北欧神話のエピソードを用いてあれほどの術式を開発できるはずがない。
 だが、彼が証言したのは『北欧で出会った魔術師に教えてもらった。細かい特徴は覚えていない』の一点張りだったし、当の『世界樹の根に巣食う蛇』に関しても、『今回の「誘拐者」との商談はその術式の扱い方をこちらに伝えるというのも含めたもので、こちらの知るところではない』という回答以外は得られなかった。
 つまり、完全なる第三者の介在。
 今までのようにイギリス全土を巻き込んだ形ではなかったが、『世界樹の根に巣食う蛇』が今回の術式を手に入れてイギリスで暴走していれば、壊滅とまではいかないだろうがそれでもそれなりの被害は受けていたことだろう。
「ただ収穫はあったッスよ。今回の事件に一枚噛んでいたヤツに関しては『北欧で活動している魔術師』だと分かったんスから。それに、扱っている術式も北欧中心でしょうし。他の事件の連中はまだ不明ッスけどね……」
「でも、おかしいわよね」
 ハーティはそう言って、静かに天を仰いだ。
「今回『世界樹の根に巣食う蛇』の討伐が依頼された理由は、イギリスに本拠を置く魔術結社が大規模術式の準備を進めていたからよ。でも、その魔術結社を潰しに向かったら、ちょうど何者かから強力な術式を得た魔術師が問題の中心にいた、なんて」
「……どういう意味ッスか?」
「星座、十字教、北欧神話。……扱う術式は違えど、『高度な術式を問題の首謀者に教えて』『結果的にイギリスに甚大な被害を与え』『なおかつ自分自身の素性は殆ど教えない』という性質を持った魔術師、あるいは魔術結社が存在している。……それら全てが、全く別の犯人だというのは、少しばかり不自然ではありませんか?」
「……もしかして、全て同一人物、あるいは同一の結社による行動、ってことッスか?」
 それはつまり、『第三次世界大戦の戦勝国である』イギリスに対し明確な敵対行動をとる勢力が存在している、という意味でもある。
「………………まあ、実際のところどうかは分からないけどね」
 精一杯溜めたところで、ふっとハーティは眉間から力を抜くと、そう言って締めくくった。思わず拍子抜けしたヴィクトリアは、かくっと態勢を崩す。
「何なんスか、もう……。良いところで」
「だって、敵の全貌が何なのかなんて、私達が考えたところで仕方がないじゃないですか。相手が何だろうとどうだろうと、私達はイギリスに害なす勢力を叩き潰すだけよ。それより、確か明日の朝食の当番はオルソラ=アクィナスだったはずです。もう遅いし、早めに寝ないと食べそびれてしまうわ」
「う、うわ!! オルソラの朝ごはんは逃せないッス!!」
 そんなことを言いながら、少女達は姦しく帰途に就く。
 英雄たちが問題の中心へと足を運んでいるその時、舞台の端っこではそんな物語が繰り広げられていたのだった。


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最終更新:2014年01月30日 20:10