「人間だからに決まってるじゃん、サニー?」
「!!!」


『あなたは・・・どうして自分の力を誇示しようとしないの?どうして他人の力を簡単に認めることができるの?どうして平然と他人に任せられるの!?』
『んなもん決まってるじゃん。人間だからだよ』


かつて成瀬台のグラウンドで耳にした言葉。敬愛する2人が交わした問答。あの言葉の意味を・・・月ノ宮は“まだ”完全には理解していない。碧髪の男視点では。
理解できないという事象は、普通に起こり得る事柄だ。他人を100%理解することなどできるわけが無い。過ごした境遇。価値観の相違。譲れぬモノ。十人十色。千差万別。
それが人間である。『人間だから』である。理解しようとする行為を否定はしない。しかし、理解できる限界は存在する。今の光景がその証明だ。

「(サニー。君の感性は正しいんだよ。間違ってなんかいないんだよ。君の言う『口が裂けても言えないこと』を平然と口に出せる俺の方が異常なんだろうさ。
でもね、“あの”殺人鬼は君が思っている程甘くは無いんだよ。あいつは異常なんだよ。だから・・・異常な俺が居る時に来てくれりゃあ色んな意味で願ったり叶ったりなんだよ。
んふっ、本当ならこの願ったり叶ったりは正当防衛の範囲を逸脱しかねないモノなんだけどね。駄目押しで言っておかないと、いざって時以外でも連中が参戦しそうだからさ)」

殺人鬼はきっと現れる。その現実が到来した場合、あの男を自分の力で可能な限り『利用(=制御)できる範囲内に抑える』ことが求められる。
抑えられなければ死が訪れる。そうなれば、何時でも死神の鎌が誰かの首を刎ねるだろう。そもそも自分が居なければ、それだけで大量の犠牲者が発生する可能性が高い。
故に望む。己が戦場に居る間に殺人鬼が襲来することを。そうすれば・・・。その思考が異常だと断じられても、その感情が非情だと断じられても、迷わず進む。
これも『人間だから』の1つ。様々な可能性を秘めた存在の真価。

「サニー。これから始まるのは・・・言わば“血祭”ってヤツだ」
「“血祭”・・・!?」
「そう。血に塗れた殺し合いが彩る宴。言っとくけど、何の犠牲も無しにこの件が解決するなんて甘ったれた幻想を抱いているなら家に帰ってろ。そんな奴は足手纏いにしかならねぇ」
「ッッ!!!」

月ノ宮と対峙する“変人”は、戦場というモノを完全に理解していない少女に説く。

「向日葵。テメェには馴染みが無いってことはわかってる。理解している。だが、こっから先はそんな言い訳が通じる世界じゃ無い。
一度足を踏み入れたら、文字通り命のやり取りをしなきゃいけねぇ。周りに仲間が居ないってことも有り得る。テメェ1人で戦わなきゃいけねぇこともある。
今さっきのように、何時も俺達の加護があるなんて思うな。テメェが明日の日の出を絶対に見られるなんて思うな。テメェの命は・・・今回の件で潰える可能性はある!!」
「ッッッ!!!」

月ノ宮が、無意識の内に目を逸らしていた可能性。考えないようにしていた可能性。すなわち・・・死。人生の終焉。

「命は助かったとしても、腕の1本2本吹っ飛ぶ可能性だってある。一生歩けない事態になる可能性もある。身動き1つままならない状態に陥る可能性がある。
向日葵。テメェは・・・そんな可能性が現実になることに・・・本当に耐え切れるのか?」
「わ、わた、私・・・私・・・は・・・・・・」
「・・・ハァ。そんな反応になるとは思ってたよ。・・・チッ。オラッ!!」
「うわっ!!?」

“カワズ”は、茫然自失に近い状態になっている月ノ宮を労わるように、背後に回ってその震えるちっぽけな体を抱く。優しく、唯優しく。

「界刺・・・様・・・!!」
「・・・向日葵。戦場ってのはそういう場所だ。命の保障なんてあるわけ無ぇんだ。だからさ・・・テメェがそういう反応をすることは・・・別におかしく無ぇんだ」
「(ッッ!!界刺様・・・あなたは・・・わかっていらっしゃるのですね?わかった上で、あのような言葉を申されたのですね?ということは・・・・・・そうか!!)」

月ノ宮の髪を撫でながら、戦場の非情さを説く。少女は理解する。自分を抱く男が、自分の感性の正しさをしっかり認識していることを。
その上で男は『口が裂けても言えないこと』を平然と述べた。考え無しの発言なんかじゃ無い。戦場が、必ずしも正しさが通用する場所では無いことを知っているが故の断言。
故に、男は殺人鬼が自分の目の前に現れることを望んでいる・・・そう悟った。『口が裂けても言えないこと』として述べたのも、
殺人鬼の相手を務めることに対する負い目を他者に感じさせないため。これは、月ノ宮だけに説いているわけじゃ無い。この場に居る全員に向けての言葉でもあるのだ。

「そういう反応は大事にするんだ。それは、テメェの優しさの表れだ。なぁ、向日葵。今なら引き返せるぞ?・・・お家に帰るか?
そうすれば、少なくとも今回の件でテメェが命を失うことも無いだろうし」
「・・・それは、『シンボル』を辞めろってことですか?」
「そう解釈して貰ってもいい。今回の件で、良くも悪くも『シンボル』は目立つ。事前に言った通り対策は考えてるけど、その弊害がテメェの身に降り掛かる可能性は0じゃ無い。
それ以上に、今から『シンボル』は戦場へ突入する。俺や真刺、涙簾ちゃんや仮屋様、バカ形製に桜の命だって保障されていない。死ぬ可能性は・・・ある。
戦場に近付かない選択を、俺は否定しない。自分のことを最優先に考えた上での決断なら、俺はその選択を尊重する。月ノ宮向日葵・・・テメェはどうする?」
「サニー先輩・・・!!」
「・・・・・・」

真珠院の心配そうな声を耳にしながら、月ノ宮は『シンボル』のリーダーに突き付けられた選択肢を吟味する。真剣に。より真剣を重ねて。そして・・・結論を出す。






「界刺様。私は・・・・・・あなた達と共に行きます!!行かせて下さい!!!」

言葉は少々、しかしそこに込められた想いは途轍も無く重いモノ。自分を抱く腕を両手で掴みながら、月ノ宮は己の覚悟を示す。

「・・・いいんだね?後悔しないね?」
「はい。・・・私は強くなりたいんです。誰かを守れるような、そんな強さを手に入れたい。これは・・・私の根幹です。ここで退いたら、私は絶対に後悔します」
「『暴力』を振るうことだけが、守るってことじゃ無いよ?そもそも、『暴力』=守るじゃ無いって意見も普通に存在するし」
「わかっています。でも・・・『暴力』で守れるモノもきっとある。今のように。だったら、私は手に入れたい。『暴力』・・・いえ、『いわれある暴力』を。
そのためなら・・・私は・・・私は・・・・・・この命を懸けます!!私が生きている意味を・・・証を・・・この大きな世界に示すために!!!」
「・・・そうか」

ちっぽけな少女は、その胸に大きな覚悟を宿す。その覚悟を自分が憧れた人間に伝えるために体を振り向かせる。その首に腕を回し、今の自分のありったけを余さず伝え切る。

「そのためにも、界刺様達を失うわけにはいきません!!何時かあなたを越える・・・私はそう決めているんです!!あなたにこの月ノ宮向日葵の想いを示す!!
だから、私は死ねません!!界刺様達も死にません!!・・・絶対に死なせない!!もし・・・もし・・・それでも・・・死が訪れても・・・この想いだけは私が死ぬまで否定しません!!!」
「・・・成程。死の可能性を考えないわけじゃ無い。大怪我する可能性を考えないわけじゃ無い。考えた上で・・・それを防ぐために頑張る・・・そういうことだね?」
「はい!!」
「・・・・・・わかった。サニー。俺達と共に・・・行こう!!」
「はい!!!」

ちっぽけな少女の大きな覚悟を見極め、『シンボル』のリーダーは受け入れる。これもまた・・・『人間だから』できること。

「この際だ。テメェ等にも一応確認しとこっか?」
「「「「「!!!」」」」」

その見極めを行う視線を、他の人間にも振り向ける。

「まずは・・・押花。テメェは免力・盛富士と共にここへ残れ」
「ッッ!!」
「さすがに、この場に風紀委員が1人も残っていないってのは具合が悪い。この後に警備員に連絡入れてここに来て貰うけど、免力と盛富士だけじゃ荷が重い。
『太陽の園』で起きた事件は、決して軽く無い。事情を説明できる奴が“生き残らないと”、万が一の時の対策が打てないって話だ」
「・・・・・・」
「当然、テメェの戦闘能力も加味しての判断だ。役割分担って言ってもいいし、足手纏いをここに残すって解釈もアリ。どう、寒村先輩?」
「・・・・・・押花。済まんが・・・」
「・・・・・・了解っす。確かに・・・界刺先輩の言ってることは正しいっす。先輩方・・・どうかご無事で・・・!!」
「・・・あぁ!!!」

押花は、喉から出そうになる色んな想いを飲み込む。誰かがしなければならないこと。それを、自分がやることになっただけ。
ならば・・・やるだけだ。治安組織の一員である以上、不平不満は零さない。

「さっきの戦闘もそうだけど、これから向かう戦場は普段“表”でのほほんと生活している人間には想像できない世界だ。だけど、紛れも無くこの学園都市に存在する世界だ。
今夜の件で犠牲者無しってのはたぶん無理だ。絶対に犠牲者は出る。殺人鬼が参戦すれば、より多くの人間が死ぬだろう。
その人間の中に風紀委員、警備員、『ブラックウィザード』、俺達が含まれる可能性は当然存在する。テメェ等が死ぬことは有り得る。俺が死ぬことは有り得る。人間何時かは死ぬ。
俺が殺人鬼を抑えるっつっても、完全に抑え切れる確証は無い。俺も死に物狂いで挑まなきゃ、きっと殺される。その余波で大怪我したり死んだりする奴も出て来るかもしんねぇ。
俺1人が暴れた所で、全てが解決できるわけが無い。まぁ、『本気』の俺はそんな凄惨な戦場でも平気で殺し合いができるタチだけどさ。利用できるモンは何でも利用するし。
それがテメェ等であってもだ。断言するぜ。俺はテメェ等を頼るし利用もする。俺がやりたいことにな。
俺が最優先だ。そして、優先するべき事柄は順位通りに優先するよう心掛けるし、最優先を最優先で失くすモンは切り捨てる。優先順位を付けるってのは、そういうことでもある。
んふっ・・・どうするよ?逃げ出すなら・・・今の内だぜ?」

確認。ここがデッドライン。この線を越えれば、そこはデッドオアアライブの世界。冷酷無慈悲なルールが支配する世界へ・・・足を踏み入れる勇気と意志はあるか!!?






「へっ!今更過ぎらあぁ!!俺は、絶対に緋花を助けるってこの拳に誓ったんだ!!!テメェが何考えていようが関係無ぇ!!
俺は“俺”を貫く!!何時だってな!!死ぬのが恐くて逃げるくらいならよぉ・・・今ここで死んでやらあぁぁ!!!」
「荒我君の覚悟を・・・」
「舎弟(おれたち)が裏切れるわけが無い!!!」



一番槍は・・・やはりこの男。荒我拳率いる“不良”3人組。



「荒我拳の言う通りだ!!お前がどう思っていようが、この俺の心を熱く燃え滾らせる炎に些かの衰えも無い!!!
そして、朱花嬢についてはこの啄鴉に任せるがいい!!!必ずや、この手で彼女を救い出してみせる!!!覚悟はいいな、ゲコ太!!志道!!」
「合点!!」
「承知!!」



次いで言葉を発したのは啄鴉率いる十二人委員会の面々。



「子供がこんだけの覚悟を見せてるんだ。大人の俺がズコズコと引き下がるわけにもいくめぇよ・・・!!!」
「同じ子供として、私も負けていられないわ!!灰土さん。一緒に頑張りましょう!!」



穏健派救済委員も続く。



「死闘・・・か。とりあえず、『願ったり叶ったり』はあやつお得意の胡散臭いペテンとして聞き流しておこう。勇路。速見。絶対に気を緩めるで無いぞ?」
「あぁ、わかってるさ」
「僕の“速見スパイラル”で解決できないことは無い!!」



成瀬台支部の風紀委員も気を引き締める。



「俺は、最初っから鏡子のために命を懸けてんだ!!あいつを救うために・・・俺は・・・!!」
「桜姉ちゃんも居るし、個人的事情もあるからあたしは最後まで付き合うけど・・・珊瑚はどうするの?」
「林檎さん・・・。フッ、私も最後までお付き合いさせて頂きます。サニー先輩程の覚悟を持てなくて・・・あの方の隣に並び立てるわけが無い!!」



風路・林檎・真珠院も、各々の覚悟を決める。



「私達の場合は・・・」
「皆まで言う必要は・・・」
「バリボリ(無いね~)・・・」
「『シンボル』として・・・」
「それ以上に自分が決めたことだから・・・」
「「「「「後悔しない!!!!!」」」」」



『シンボル』は・・・言わずもがな。






「・・・!!!やっぱり、『シンボル』に入って良かったです。『自分が決めたことだから後悔しない』。だから・・・私は『シンボル』に入ったんです」
「全く、揃いも揃って命知らずな連中ばっかだぜ。・・・・・・・・・んふっ」

その様子―予測していた光景―を目にした月ノ宮は感極まり、“カワズ”は呆れにも似た―そして何処か嬉しそうな―溜息を吐く。

「それを言い出したら、界刺様は極め付けの命知らずですよ」
「へぇ・・・言うね、サニー?」
「・・・あんな言い方をしなくても皆に伝えられる方法はあると思います。いえ、界刺様はすぐに私へ優しい言葉を掛けて下さいました。自らの本音を語ってくれました。
でも・・・あなたはそれを最初から選ばない。嘘を付いたり人を不愉快にさせたり・・・。どうしてですか?何故最初から選ばないんですか?あなたならきっと・・・」
「人間だからに決まってるじゃん、サニー?」
「・・・・・・」
「何を選ぼうが俺の自由だ。何を努力しようが俺の勝手だ。そんなモン、俺以外の人間にゴチャゴチャ言われたくらいで変えるかよ。変える時は、全て俺の意志の下で・・・だ。
そもそも、俺はこの『個性』を気に入っているし。嫌々でやってないし。望んでやっているし。世界に生きる人間全員が平凡な性格ばっかになったら面白く無ぇだろ?
色んな性格が存在するからこそ、人間ってのは面白い。ねぇ、サニー?俺が自分の『個性』を嫌っている風に見える?見えないだろ?つまりはそういうことさ」
「・・・でしょうね。あなたは・・・本当にそれでいいんですか?ウソツキで意地悪な性格を改善すれば、あなたはもっと色んな人達から容易に慕われ・・・」
「別に、俺は誰かに無遠慮に慕われたくて動いているわけじゃ無い。誰かに無神経に好かれたくて言葉を吐いているわけじゃ無い。
つーか、俺みたいな人間を無条件に慕ったり好きになるなって言いたいね。あぁ、珊瑚ちゃんや嬌看達は違うよ?彼女達なりに短い時間の中で考えてくれたみたいだし。
そんな俺が動く時、それは『俺の“信念”が正しいことを世界に証明する』時だ。その行動の結果は全て自業自得として俺に返って来る。それだけの話さ。んふっ」
「(・・・・・・全く、あなたという人は)」

“カワズ”の言葉には、些かの揺らぎも存在していなかった。頑強だ。途轍も無く硬い“壁”だ。元からそういう性格だったのか。過去に何かあったのか。
彼は“すぐにできる”のに。“選ぶことができる”のに。彼は“すぐにしない”。“選ばない”。それが自然・当然であると言わんばかりに。強靭極まる“我”だ。
少女から見れば、そのウソツキでムカつく『個性』を矯正すればもっと色んな人達に彼は慕われる。中には無条件に慕う人も居るかもしれない。
だが、彼はそれが嫌だと言う。おそらく、きちんと考えた上で慕ったり好きになったりしろと言いたいのだろう。他者に考えさせるためなら、自分が嫌われてもいいのだろう。
先程の溜息もこの考えが根底にあるのは間違い無い。素人考えでも、ストレスや鬱憤が溜まる在り方だ。彼が本当に情を持たないのなら、自分は今ここには居ない。
確かな情を持つ人間だからこそ、月ノ宮向日葵は界刺得世に憧れた。彼が『極論』・『究極的』という言葉を使って非情な言葉を吐く時は、彼自身はそれを望んではいない表れだ。
それでも吐くのは、現実として起こり得るからだ。故に、他者に嫌われても突き付けしっかり考えさせるのだ。この在り方を選択した彼の強固な意志に、少女は少しだけ心を痛める。

「それに、君が言う『あんな言い方』は別に頓珍漢なことを言っているわけじゃ無い。真実の1つだ。そして、あれもまた他者を量るやり方の1つだ。
君のような人間からしたら異論を挟みたがるのもわかるけど、俺は俺の意志で選んだモノを絶対に否定しない。この俺が選んだんだからな。
第一、光学系能力の『基本』は騙してナンボ・欺いてナンボだ。所持する能力が当人の性格に影響するって噂もあながち間違いじゃないのかもね。
まぁ、そんな俺でも君のような天真爛漫な性格は結構羨ましくもあったりするんだ。その在り方が俺と付き合う中で決定的に損なわれないことを祈っているよ」
「・・・選ばないんですね?」
「あぁ」
「逃げていませんか?」
「いんや。逃げていないね。俺は選んでいるだけ。俺だけが・・・俺を創る。もちろん『自分が決めたことだから後悔しない』よ、サニー?」

『逃げている』という指摘が今の彼には通じない。自業自得という信条があるために。『証明』という名の結果を出し続けていることも大きい。彼の言葉は決して間違ってもいない。
『俺だけが・・・俺を創る』という言葉もそうだ。言葉だけを切り取ってみれば酷く独善的な体に見えてしまうが、この男にしてみればそれは違う解釈なのだろう。

「(『最後に決めるのは他の誰でも無い俺だ』・・・そういうことですね、界刺様?他人の意見を最初から無視するのでは無く、
きちんと考えた上で自分の考えや意見に反映するかどうかを決めるよう努める。確かにその思考はご立派だとは思いますが・・・・・・つくづく面倒臭いですね。本当に。
自己完結型の行き着く先・・・とでも言うのでしょうか。ここまで突き抜けられていると、こちらとしても認めざるを得なくなってくるじゃありませんか。
自分が持つ長所も短所も美点も欠点も何もかも・・・あなたは心の底から愛しているんですから)」

欠点の矯正を働き掛ける側からすれば、彼の思考は面倒臭いにも程がある。なにせ、彼自身に『矯正が必要』だと考えさせなければならないからだ。
他の誰でも無いあの界刺得世にである。自分が持つ長所も短所も美点も欠点も何もかも愛して止まない碧髪の男にである。
親友の不動でさえ矯正し切れない、そんな彼を慕い憧れた自分に少し苦笑いが零れる。頑強にも頑強な彼を追い越そうとする自分の欲に、少し以上の笑みが零れる。
『自分が決めたことだから後悔しない』。この在り方にも表裏が存在することを少女は確と認識する。
敬愛する人間の真実をまだまだ知れていないという事実も現在進行中で痛感する月ノ宮は、それでも愚痴の1つ2つを零さずにはいられなかった。

「ハァ・・・超弩級の頑固者ですよ、あなたは。モットーの『気張らず、はしゃがず、しなやかに』は何処へ行ったんですか?」
「早くその状態に戻りたいねぇ。モットーを外れる『本気』の予行演習っつーか馴らし運転をしていたのも、全てはあの殺人鬼に狙われているのが理由だし。
それと、『しなやかに』を『何でも受け入れる』と思っているならそれは間違いだ。そして、俺は頑固であっても思考硬直状態じゃ無い。ちゃんと考えた上で今の俺が居るんだぜ?んふっ!」
「形製様へ贈り物をした時もそうでしたが、普段の界刺様は本当に自分勝手ですね。普段のあなたを見ていると、“線引き”が完璧にできているとはとても思えないんですけど?」
「・・・かもね。てか、日常シーンでも“線引き”を意識し続けるってのはしんど過ぎらぁ。そもそも、俺ってば普段は不真面目ぐーたらダラダラだぜ?
んでもって、俺の地は『気が利かない』人間だぜ?だから、真刺と昔死闘を繰り広げることになっちまったし。君達がどう思っているのかは知らないけどさ」
「あの頭が回る界刺様が『気が利かない』?・・・確かに、普段の界刺様はてんで『気が利かない』ですもんね。・・・ダラけてるんじゃないんですか?
怠けているんじゃないんですか?弛んでいるんじゃないんですか?頭が固いんじゃ無くて、根本的に面倒臭がりなだけじゃないんですか?」
「・・・ホントズバズバ言うね、サニー」
「こんなことは、苧環様始め色んな人達が至極普通に考えていることです。というか、自慢するようなことじゃありません。ていっ!・・・(ポコッ)」
「うっ!?実力行使とは・・・やるね、サニー。的確且つ良いツッコミだ。あぁ・・・にしても、ホント早く普通の生活に戻りたいぜ」
「・・・『女の子にモテたい』と言って他者(ひと)の意見を素直に聞き入れて頑張っていた頃もあったと不動様からお聞きしましたけど?」
「あれは気の迷いだ。俺としたことが血迷った。あん時の俺は、女達に正面切って笑われたことが思いの他ショックで不貞腐れていた。んで、『モテたい』という思考になった。
でも、本当にモテたいならちゃんと自分の中で色々考えた上で動かないといけなかったんだ。他者の言葉に唯乗っかっただけじゃ意味が無い。それを、あの頃の俺は怠ったんだ。
反省材料が多い出来事だったねぇ。そのおかげで当時は筋肉ダルマにストーキングされる羽目になったし、どっかの光マニアに泣き喚かれる羽目になったし」
「うううぅぅっ!!!」
「能天気にダラダラし続けているのも考えモンだよねぇ。碌に考えず興味本位に手ぇ出して痛い目を見る典型例だったよ。・・・まぁ、後悔は無ぇけどよ?
良い経験になったし、あぁいう傍から見るとバカ丸出しな言動でもそれはそれで楽しいさ。そこから掴めるモノもあるかもしれないし、無かったとしても面白けりゃそれはそれで。
にしても、久し振りだなぁ・・・このピリピリした感覚は。血が騒ぎそうな・・・身体が踊り出しそうな・・・このゾクゾク感は。やっぱ殺人鬼のせいか?ハハッ!!」
「ッッ!!」

本能的・・・とでも言うのか、月ノ宮は“カワズ”の奥に居る碧髪の少年の雰囲気がガラリと変わったことを感じ取った。

「なぁ、向日葵?」
「・・・何ですか?」
「散々ツッコミを入れてくれたけどさぁ・・・1つだけ俺もツッコミを入れさせて貰っていいか?まぁ、ツッコミつーか確認みたいなモンなんだけどな。ハハハッッ」
「・・・・・・何ですか?」

端的に言うなら、笑い声に宿っていたモノが確かに変わった。鳥肌が立つような殺気が宿った“嗤い”に変わったのだ。

「今の俺がさぁ・・・“血祭”に赴くこの『本気』の俺が自分や他者のことを碌に考えていない風に見えると、まさかテメェ自身が心底思っちゃいねぇよな・・・!!!??」
「ッッッ!!!・・・・・・・・・思いません。思っていません。思ったりなんかしません。決して」
「ハハハッッ!!そうかそうか。なら・・・いい」
「(界刺様・・・)」

イライラしている。ピリピリしている。間違い無く気が立っている。戦場というものに疎い月ノ宮でもわかる程に、目の前の男が抱く緊張の糸がピンと張り詰めている。
殺やなければ殺られる。少なくとも、今から彼が立つ戦場はそんな世界。・・・殺人鬼と邂逅したあの夜からか。常に飄々としていた彼の雰囲気の中に殺気が宿り始めたのは。
それに伴い言葉遣いも荒くなり始めた―昔の言葉遣い―のは。月ノ宮自身全く予想していなかった彼の変化。きっと、それは彼自身が眠らせていた“何か”が蠢き始めた胎動の証。
“何か”・・・すなわち殺し合いの最中に冷酷な笑みと瞳を浮かべられる程の修羅と称される界刺得世の『本気』が目を醒ましたのだ。
殺人鬼に勝つために彼が己の『本気』が必要と判断したのだ。これ等己が感じ取った事実の連なりは、これから向かう戦場の苛烈さを否が応でも自覚させられる代物であった。
余裕など一切無い。自分が憧れた人間が。だがしかし、それでも少女は少年へ気丈にも愚痴を零す。そうすることで、彼の苛立つ気を少しでも和らげてあげられるように。
たとえ、目の前の男が『何をした』としても自分は絶対に見限らないという決意も込めながら。

「・・・あぁ言えばこう言いますね。しかも、いたいけな女の子を脅すなんて界刺様は女性の扱い方というものを全くわかっておられないようですね」
「自分のことを『美人だ』・『美しい』・『いたいけな』なんて言っている女の方が、俺からしたらどうかと思うぜ。バカ形製でもあるまいし」
「その形製様からすれば、自分のことを『ウソツキだ』・『気が利かない』・『不真面目ぐーたらダラダラ』なんて言っている男の方にとやかく言われたくないことだけは確かですね」
「うるせぇ。・・・・・・・・・あんがとよ、向日葵。気ィ遣ってくれて」
「!!!・・・『気が利かない』んじゃ無かったんですか?・・・・・・やれやれです。私もですが、苧環様他皆さんの苦労が今から偲ばれ・・・あれ?」
「ん?どした?」
「着ぐるみが・・・」
「!!!」

首に腕を回していた月ノ宮の言葉を受けて、“カワズ”は抱いた予感のままに確かめる。そして・・・予感は当たっていた。
一度着込めば数日は脱ぐことが不可能な清廉止水製作の特別製スーツ・・・“カワズ”。その『中の人』が・・・真の姿を現す。

「よっしゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!脱げたああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!
よしっ!!!!!とにもかくにも風呂だ!!!『ブラックウィザード』の件は後回し!!!テメェ等!!!10分待ってくれ!!!そんじゃ!!!!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ちょっと待てェー!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

“閃光の英雄”界刺得世が。“希望”と“絶望”の光を宿す、『自分を最優先に考える“ヒーロー”』が。






「網枷。警備員達の動向は?」
「多少の動きはあった模様ですが、“裏”から手を回したことで何とか。風紀委員会の面々も成瀬台に集合したようですが、目立った動きは無いという報告が50分程前に。
もうすぐ1時間ごとの定時連絡の時刻になるので、最新の情報も手に入るかと。動きがあれば、至急連絡するように“手駒達”に命令してあります」
「網枷君・・・ごめんなさい」
「伊利乃・・・。今回は私にも責任がある。君だけが気に病むことでは無い」

日付が変わってもうすぐ8月15日午前1時を差す頃、第17学区にある『ブラックウィザード』の本拠地には先程まで『太陽の園』にて激闘を繰り広げていた東雲達が帰還していた。
彼等は網枷の援護もあり、警備員達に気取られること無く無事に本拠地へ帰って来ることに成功したのだ。

「その通りだ。現在の『ブラックウィザード』は、東雲さんでは無く“辣腕士”の指揮下で動いているのだから」
「永観・・・」
「君の実力は僕も認めているが、その弊害が起きているのではないかな?東雲さんは、君と同等以上の指揮能力を持っている。
だが、君が辣腕を振るうことによってその能力が鈍ってしまっていたのではないのかな?僕が知っている東雲さんなら、このような失態は犯さない。そうは思わないか、阿晴?」

永観の冷たい指摘が作戦会議室に響き渡る。この部屋には、東雲と幹部5名が揃って存在していた。

「おう!!永観の言う通りだ!!網枷!!テメェが出しゃばってっから、東雲さんや伊利乃さんが危ない目に合ったんじゃねぇのか!?」
「阿晴君・・・それは違・・・」
「確かにその通りだ。今回の件は、全て私の不徳の致す所だ。済まない」
「網枷君・・・」

阿晴の言葉を否定しようとした伊利乃に先んじて、網枷が謝罪の言葉を口にする。今作戦は、網枷自身の意見も組み込まれていたのだ。故に、その責は網枷にも重く圧し掛かる。

「・・・まぁ、今回までは大目に見よう。東雲さん達は無事なわけだし。だが・・・今後は君の意見が全て通ると思わないことだ。
反論すべき点があればきっちり反論させて貰う。君の愚策で僕達が命の危険に晒されるのは今回までだ。いいね?」
「・・・・・・わかった」
「だそうだ。阿晴。蜘蛛井。今回までは網枷を許してあげようじゃないか?」
「・・・フン!次は無ぇからな!!」
「(ククッ。これで、網枷の影響力は大分減った。伊利乃の影響力も同様に。東雲のリーダーとしての資質も少なからず問われてくる。良い傾向だ。ククッ)」
「(とか思ってんだろな~、永観の奴は。まぁ、ボクにはどうでもいい話だけど)」

網枷の失態を許す阿晴・永観・蜘蛛井の3名。その心の内は、それぞれで違っているが。

「東雲さん。今後の“手駒達”の調達方法も見直しが急務ですね」
「あぁ」
「以前僕の部下が愚かにも早まって実行してしまった“表”への関与ですが、そろそろ再検討する時期に入っているのではないかと思います。
今回の“決行”程大規模なことは早々できるものでは無いにしろ、従来の『置き去り』を主軸に置いた調達は難しくなるでしょうし」
「あぁ」
「伊利乃。君もそう思うだろ?」
「・・・・・・えぇ」

永観がここぞとばかりに、かつて却下された自身の主張を披露する。今回の件で、“手駒達”を『置き去り』から調達することは困難になったことは明白である。
故に、以前は反対していた伊利乃も永観の主張に反論できない。それを好機と見た永観は、もう1人の反対者・・・網枷にも言葉を向ける。

「網枷。君はどう・・・・・・網枷?」

だが、当の網枷は永観の言葉を聞いていない。彼の視線は、手に持つ通信機に注がれていた。

「おかしい・・・。定時連絡が来ない。異常が無くても、『異常無し』という報告をするように命令していた筈。・・・・・・まさか・・・」

“辣腕士”が脳裏に思い浮かべている光景は、すぐさま他の者達も思い浮かべた。すなわち・・・

「監視に感付いた風紀委員会に潰された・・・あるいは無力化された可能性があるね。でも、連絡は各地に散らばせた“手駒達”を経由してここに連絡が入ることになっている。
きっと、他の“手駒達”も連絡が来なくて確認作業をしているんじゃないか?仮に成瀬台に寄越した“手駒達”の電波を傍受したとしてもここには辿り着けないよ、網枷」
「・・・そうだな。永観。君の言う通り・・・(ピピピ)・・・だな」

永観の冷静な指摘に網枷が頷いた直後、彼が手に持つ通信機に連絡が入った。内容は・・・『異常有り』。予測通り、成瀬台に寄越した“手駒達”と連絡が着かなくなった。

「小型アンテナや送信している電波に異常があればボクがすぐ気付くし、どうやら力尽くで押さえ込まれたみたいだね」
「連中も馬鹿では無かった・・・か。とは言っても想定の範囲内だけどね。無能力者の“手駒達”数人失った所で、『ブラックウィザード』全体としては痛くも痒くも・・・」
「東雲さん!!!」
「「「「「「!!!??」」」」」」

蜘蛛井と永観が分析していた最中に作戦会議室に入って来た怒声。それは、索敵室に居る構成員からの緊急事態を知らせる報告。

「ここから約1km先の上空に正体不明の光源が幾つも浮かび上がっています!!!また、光源発生直後第17学区へ侵入する影が複数確認されました!!!」






「真珠院さん!!そろそろ車を下ろしてくれ!!地理的には警備員やってる俺の方がよくわかってるし、浮遊したまんまじゃ狙い撃ちされる!!ガキ共、しっかり捕まってろよ!!!」

第17学区のアスファルトにタイヤを下ろし、激走するのは灰土操る大型車。窓ガラスは外から中を窺い知ることができない仕様となっているそれに乗っているガキ共は、
荒我・梯・武佐・啄・ゲコ太・仲場・花多狩・真珠院・林檎・寒村・勇路・速見の面々。

「第17学区の奥地では無く、比較的他学区に近い場所であったか!!成程!できるだけ、別会社の監視網に映りたく無かったというわけだな!!」
「・・・よしっ!お兄さん達と念話回線再接続成功!!」

寒村が『ブラックウィザード』の狙いについて分析している最中に、林檎が『シンボル』+αと念話回線を繋ぐことに成功する。
地理情報さえわかっていれば、他人と念話回線を繋ぐことはできる。空に浮かぶ光源は、本拠地の位置を知らせると共に『音響砲弾』に必要な地理情報そのものでもあった。

「灰土先生!貴殿等とはもうすぐお別れである!!我輩達成瀬台支部は風紀委員会の面々と合流しなければならぬのでな!!」
「わかってらぁ!!武運を祈ってるぜ!!」
「貴殿等も!!無事を祈る」

この中には、再び生きて会うことができない人間が居るかもしれない。それがわかっていながらも行く。己が決意に従って。
だから、これ以上の言葉は要らない。寒村の言葉にガキ共は無言で頷く。その瞳には、揺るがぬ光が爛々と輝いていた。






「<皆!!気を抜いたら駄目っしょ!!>」
「<俺達は後方支援と“手駒達”を操作するメインコンピュータ破壊のために別行動に入る!!繰り返すが、必ず生きて帰って来い!!!
固地!!破輩!!加賀美!!冠!!現場での指揮権はお前達が預かることになる!!
俺や橙山先生の指示が最優先になることもあるが、基本的にはお前達の考えを尊重しよう!!皆を頼む!!>」
「「「「了解!!」」」」

第17学区の上空を飛んでいるのは、固地・真面・殻衣・秋雪・破輩・一厘・鉄枷・湖后腹・加賀美・神谷・斑・鏡星・姫空・冠・閨秀・抵部の風紀委員会戦闘部隊である。
閨秀の『皆無重量』にて飛行している彼等彼女等は、連続して発生し続けている光源を頼りに移動していた。

「抵部!!『物体補強』を緩めちゃいねぇよな!?」
「もちろんですよー!!」
「一厘!!閨秀!!何か念動力のようなモノは働いているか!?湖后腹!!怪しい電波関係の類は発生しているか!?」
「・・・いえ!!『物質操作』で何回も確認していますけど、それらしき力は何も!!」
「精度の高さだとあたしは一厘にゃあ負けてんだけどなぁ・・・一応『皆無重量』でも調べてるっすけど、あたしと一厘以外の念動力は感じねぇっすわ!!」
「破輩先輩!!俺もずっと気にしてますけど、ここに居る面々から怪しい電波は感知しないっす!!電磁波を使ったレーダー網にも反応無しっす!!」

先程『皆無重量』にて輸送していた警備員の主力部隊及び風紀委員会後方支援部隊を降ろした閨秀達が気を配っているのは、神出鬼没な殺人鬼の動向。
『ブラックウィザード』の本拠地に突入するのは『シンボル』が一番手である。自分達の動向は、監視カメラ等を通じて『ブラックウィザード』側には割れている筈だ。
割れている以上何らかの迎撃策を打ち出してくるだろうし、それに対する対策も準備している。破輩が『疾風旋風』で既に風を集めているのも、その表れだ。
だからこそ、一番厄介なのは動向が全く読めない殺人鬼の動き。風紀委員会と敵対する可能性も放置される可能性もある殺し屋。
発信機の調査に加え湖后腹が電磁波レーダーを展開しているのも、怪しい動きをしている者が居れば一刻も早く捕捉するがためである。

「(あれだけ派手な目印があれば、雅艶達もわかりやすいか。『暗室移動』の性質上、すぐに本拠地へ近付くのは難しいだろうが)」

固地は心中で協力者の動向を予測する。過激派救済委員である雅艶・麻鬼・峠にも事の詳細は伝えている。
彼等も峠の空間移動系能力『暗室移動』にて第17学区を移動しているだろうが、“変人”が目印として浮かべた光源の影響がある限り速攻で辿り着くことは困難だ。
おそらく、比較的短距離の空間移動を繰り返した後にその足で向かうのだろう。位置自体は判明しているだろうし、いざという時は雅艶の『多角透視』もある。

「緋花・・・しゅかん・・・鏡子・・・待ってて!!!必ず、あなた達を助け出して『ブラックウィザード』を倒してみせるから!!!」
「網枷・・・!!!」

加賀美が決意を再確認し、神谷が裏切り者の名を口にする。176支部の人間が大きく関わってる以上、その後始末を拭くのは176支部の責務でもある。
各々覚悟を決め、少年少女達は只管突き進む。治安組織の一員として、この件に携わっている者として、事件解決という『目的』を果たすために。






「橙山先生!!ポイントには後どのくらいで着きますか!?」
「後15分っていった所!!到着直後から早速準備に取り掛かるわ!!『ブラックウィザード』の襲撃から身を守るためにも、ここが最適なポイントっしょ!!」

周囲を駆動鎧で固めた警備員の専用車両に乗り込んでいるのは、橙山・緑川・椎倉・初瀬(電脳歌姫)・佐野・葉原・鳥羽・一色・浮草の面々である。
この車両は佐野の『光学管制』によって偽装している。『ブラックウィザード』の監視の目を欺くためである。
(この『光学管制』による偽装は、そもそも『ハックコード』を操る初瀬が『阻害情報』で意識を電脳空間へ介在している間の隙を守るためにと想定されていた自衛手段である)
いずれ成瀬台の単独行動組(寒村・勇路・速見)が合流する手筈となっている彼等が何故成瀬台に残って後方支援を行わなかったのかと言えば、
一昨日の二の舞を避けたかった+“手駒達”を操るメインコンピュータを潰すためにも前線近くに出動する必要があったためである。

「初瀬!!お前の『阻害情報』と『ハックコード』が“手駒達”攻略における一番の鍵になる!!俺達の命運・・・お前に全て託すぞ!!」
「は、はは・・・・・・」
「キョウジなら大丈夫!!私も一緒だシ!!!」
「姫!!?」
「さっさとこんなメンドーなこと終わらせて、また『シークハンター』に行こうヨ!!キョウジ。私との約束・・・もしかして忘れタ?」
「・・・いや。忘れてねぇよ。そうだな・・・さっさとこんな面倒臭いこと終わらせて、パーっと遊ぼうぜ、姫!!」
「うン!!」

今回の戦闘で鍵を握るのは、“手駒達”の無力化。そのためには、初瀬の働きが全てを握る。彼は電脳歌姫の励ましもあり、自分に課せられた役割を全うすることをもう一度誓う。

「電脳歌姫。もし、初瀬が意識を電脳空間に介在している間にこの現実世界に何か起きた時は、『ハックコード』に本体を宿す君がすぐに初瀬にその情報を知らせてくれ」
「了解!!」

また、電脳世界における初瀬の相棒(と彼女が勝手に主張している)の電脳歌姫も自身に宛がわれた任務を培った思考能力で捉え、その重みを彼女なりに理解する。

「・・・よし。浮草は178支部を、一色は花盛支部を、鳥羽は佐野と共に159支部を、葉原は176支部の後方支援に就いてくれ!!成瀬台支部は俺が兼任する!!」
「わかった。・・・やるぞ!!」
「花盛支部の麗しき乙女達は、この一色丞介が命に代えてもキッチリ支援するぜ!!」
「佐野先輩・・・俺・・・できる限りのことをします!!後悔したく無いから!!だから・・・よろしくお願いします!!」
「わかってますよ。そう固くならずに・・・と言っても難しいでしょうが。一緒に全力を尽くしましょう!!」
「はい!!」

潤滑な後方支援は、支部間・本部―支部間との意思疎通に重大な影響を及ぼす役割である。椎倉の指示に、各支部の支援を担当する少年達は気を引き締める。

「椎倉。駆動鎧を中心とした主力部隊の大半は、『ブラックウィザード』の本拠地包囲に向かわせるっしょ!!
寒村達が合流すれば、緑川君と共に前線突入して貰う可能性も大!!特に、『治癒能力』を持つ勇路には縦横無尽の活躍をして貰わないといけない!!わかってるっしょ!?」
「はい!!緑川先生!!あいつ等をよろしく頼みます!!後方支援には俺が就きます!!」
「わかった!!俺が責任を持ってあいつ等を守る・・・というかあいつ等と力を合わせて戦う!!俺もあいつ等を守るが、あいつ等にも俺を守って貰おうか!!
『筋肉探求』で筋肉を苛め抜いた成果を、今回の戦闘で見せて貰うとしよう!!ガハハハハ!!!」

通常では有り得ない多数の駆動鎧を投入しているのは、『ブラックウィザード』側の“手駒達”対策だけでは無く、旧型駆動鎧や『六枚羽』等への対処も念頭にあるからだ。
加えて、あの殺人鬼対策としても駆動鎧が投入されることが決まっている。『六枚羽』の流用を表沙汰にしたくない上層部の意向で航空戦力が投入できない中、これ等が最高の戦力である。
比例的に重い責任を背負う指揮官達。そんな彼等へ向けられた緑川の豪快な笑い声に、椎倉や橙山達はこれから立ち向かう大きな敵に対する勇気を貰う。今夜全てが終わる・・・筈だ。



「(お願い・・・!!お願いだから・・・・・・“戦わないで”!!!)」



そんな笑い声響く車中で、1人目を瞑って祈る少女が居た。少女の名前は・・・葉原ゆかり


『えっ・・・?今何て・・・・・・!?』
『聞こえなかったかい?えっとね・・・改めて君がしたことの意味を説明しただけだよ?火遊びの結果をね。
“俺が”殺人鬼対策の仮想シュミュレーションと銘打って、君が「書庫」で調べてくれた各風紀委員の戦闘データが風紀委員にとって致命的となる可能性がある。
だって、あの殺人鬼が来る可能性が高いから。俺と野郎がぶつかる可能性が高いから。そこに、風紀委員や警備員が介入して来る可能性があるから。
油断でもしていたかい?それとも、可能性レベルだとしても考えたく無かったのかい?目を逸らしたかったのかい?だから・・・緋花を助けることだけに思考を集中していたのかい?
それが、“俺にとって”どんな意味を持つのかってことに・・・優秀な君は内心気付いていたんじゃないのかい?それは・・・「本気」の俺の手によって命を失うかもってことだ』
『!!!』



数日前に“閃光の英雄”とスパイ契約を結んだ少女。彼女は・・・見誤っていた。あの男を・・・見くびっていた。軽んじていた。甘く見ていた。
ブツクサ文句を言いながらも、自分が最優先と言いながらも、結局は自分達のために動いてくれる。助けてくれる。焔火の件もそう。成瀬台襲撃の件もそう。『太陽の園』の件もそう。
彼は・・・私達の味方だ。困っている“一般人”を最優先にして動いてくれる“ヒーロー”だ。そう・・・履き違えていた。否、“思いたかった”。



『君が風紀委員で居られなくなる云々みてぇなちっぽけなことじゃ無い。緋花を助けるためならと・・・彼女を助けるためにって・・・優秀な君はその可能性を意図的に黙認した!!
まぁ、そんな事態になってもこっちには“3条件”もあるし。君に限らず、他の連中だって気付いてるでしょ?俺があんだけ警告したんだからさ。こんだけ譲歩してるんだからさ。
君の処遇に関しては心配する必要は無いよ。スパイ契約は“3条件”に入ってるからね。もし「裏切り者」って仲間に糾弾されても、俺が庇ってやるから安心しなよ。
“今”は有能な駒を失いたくないし、そもそも俺の警告を無視して邪魔をした君の風紀委員(なかま)の自業自得だし。なるたけ死なせないように俺も努力はするけど』
『そ、それは・・・!!で、でも・・・!!・・・・・・くっ!!』



「(あの人と・・・・・・“閃光の英雄”と殺人鬼が戦う場所に・・・・・・足を踏み入れないで!!!)」



『その反応だと君なりに戦っていたんだね。自分の心が抱く葛藤と。“君”の戦いを。君が“英雄”と見做す俺を何としてでも「ブラックウィザード」の件に繋ぎとめておくために。
それでも唯一認められない「俺の凶手が君の仲間に及ぶこと」が現実にならないように。・・・必死に』
『ッッ!!・・・・・・そこまでわかっていながら・・・何で・・・どうして・・・あなたは!!どんな時も敵に回さない判断は無いんですか!!?選べないんですか!!?
それが「自分を最優先に考える“ヒーロー”」なんですか!!?私達のことも考えた上での、それが“閃光の英雄”の正しい決断だって言うんですか!!?信じられない・・・!!!』
『・・・んふっ。んふふっ。んふふふふっっ。相手が悪かったね。俺は“俺”だよ?まさかとは思うけど・・・俺を世間一般的な“ヒーロー”って思ってるんじゃ無いだろうね?
“他者(おまえら)のために”、文句一つ言わず一生懸命頑張る責任を持たされる「他者を最優先に考える“ヒーロー”」って思ってるんじゃ無いだろうね・・・葉原ゆかり(裏切り者)?』
『ッッッ!!!』
『“ヒーロー”に色んなモン押し付けて、自分の責任を軽くするつもりか・・・!!?責任逃れするつもりかよ・・・!?俺と契約を結んだ時の覚悟はどうした・・・!!?
俺を舐めんじゃ無ぇぞ・・・!!?俺はテメェ等の都合のいい人形じゃ無ぇぞ・・・!!?俺は俺のために動く!!テメェ等なんぞのためだけに、この命を懸けるつもりは無ぇ!!!』



“閃光の英雄”は、『他者を最優先に考える“ヒーロー”』では無かった。『自分を最優先に考える“ヒーロー”』だった。わかり切っていて・・・わかりたく無かったこと。
すなわち・・・その行動原理は全て『自分』に帰結するのだ。自業自得の名の下に。そこに『他者』が入り込む余地など無い。
確かに『他者』を優先することもあるだろう。だが、決して『他者』が最優先になることは無い。『自分』こそが最優先なのだ。“閃光の英雄”の優先順位は決して変わらない。
否、かつての“英雄”は『自分だけ』であった。それに比べれば、彼は成長したのだろう。変わったのだろう。それは否定しない。
だが、『自分』を最優先に置くために優先順位の低い『他者』を切り捨てることは・・・有り得る。優先順位の本質の1つは・・・間違い無くそれなのだから。
だから、今の“閃光の英雄”は誰よりも『他者』の心を量ろうとする。仮に切り捨てたとしても・・・切り捨てる時の“線引き”を誤差無く引くために。
そんな“英雄”の真摯な想いを葉原は裏切った。『どうして』と疑い、『信じられない』と嘆いた彼女は“英雄”を信じ切ることができなかった。
これは風紀委員に対する裏切りでは無い。自分から希った“閃光の英雄”に対する裏切りである。故に、“英雄”は少女を裏切り者と称した。



『テメェにだけ教えてやるよ。俺が考える“英雄”ってのは、血みどろの戦渦が顕現した世界に必要とされる“戦鬼”の象徴だぜ?平和から一番遠い位置に居るのが“英雄”だぜ?
戦渦が終結した後に訪れる平和を謳歌する人間から真っ先に棄てられる可能性大なのが“英雄”だぜ?棄てられる時は一瞬さ。儚いよねぇ~。まるで・・・“閃光”のようだよ。
緋花は気付いて無かったけどよ、平和を愛しむ風紀委員(にんげん)が平和から遠ざかる“ヒーロー”になる意味はすっげぇ重いんだぜ?少なくとも、俺はそう考える。
俺が“ヒーロー”になりたく無いのは、それが一番の理由だ。本当に安穏とした平和を享受したいのなら、“ヒーロー”に・・・“英雄”にはならない方がいい。
それこそ、“一般人”の範疇に居るべきだ。俺からしたら「風紀委員だから」、「警備員だから」はまだ“一般人”だよ?“ヒーロー”は、平和を齎せても享受することはできない。
何故なら、“ヒーロー”は次の戦渦に誘われるから。連鎖するから。“ヒーロー”の居場所は戦場だ。つまり、“ヒーロー”は勝っても負けても茨の道だ。平坦な道なんて有り得ねぇ。
なるならなるで一時的に収めるべきだし、実際“英雄”ってのは一過性の現象でしか無いと思うよ。一過性だから・・・安易に考える。押し付ける。自分勝手な願いを。罪悪感も無く。
“英雄”は「戦う時」にしか求められないことがよくわかんだろ?“一般人(テメェ)”が“英雄(おれ)”を求めたようにな。その癖して、俺の決断にあれこれ文句を付ける。
「どうして」って・・・「信じられない」って・・・俺がテメェ等のことを考えていないとでも?ハハハハハッッッ・・・・・・舐めんじゃ無ぇぞ!!!クソガキ!!!』
『ひぃっ!!!』



『「“ヒーロー”というものを、“どんな時も他者のために命を懸けて動くことができる立派な人間”」みたいに考えているんじゃないだろうね・・・とも言われました』



「(緋花ちゃんが指摘されたって言ってた界刺先輩の言葉の心意はこれだったんだ・・・!!緋花(たしゃ)のためにって採った行動が・・・“英雄(たしゃ)”を苦しめていた・・・!!
“英雄”なら『何とかしてくれる』って・・・『どうとでもできる』って・・・心の何処かで思ってた。“英雄”だって人間なのに・・・私達と変わらない世界の一部なのに!!
“一般人(わたし)”が“英雄”へ『安易』に縋ることそのものが“英雄(たしゃ)”を最優先に考えていないことで・・・“一般人(じぶん)”を最優先にしている表れで・・・!!!
しかも・・・『どんな時も命懸けで助けてくれる』っていう固定観念を罪悪感も無く、あるいは罪悪感を押し切ってでも“英雄”に押し付けるからか!!
押し切ってる時点で自分を最優先にしている・・・“英雄”が背負うモノを真摯に考えていない!!私・・・馬鹿だ。界刺先輩の方がよっぽど私達のことを考えてる!!背負ってる!!
謝っても謝り切れない!!!私は・・・あの人を裏切っちゃった!!!あの人を信じ切れなかった!!!・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・界刺先輩・・・!!!)」



少女は突き付けられた。目を逸らしたい現実を。“英雄”が敵に回る可能性を。それなのに“英雄”に縋る想いが消えない事実を。想いを背負わされる“ヒーロー”の哀しさを。
ちなみに、“英雄”は葉原が自分へ縋る―“彼女”の戦い―のは彼女が前線で戦うことができない人間なのが大きな原因であることを見抜いている・・・というか聞かされた。あの公園で。
前線で何らかの挽回ができる実力があれば、ここまで縋ることは無かっただろう。親友と腹を割って話し合った時のままであれば、ここまで依存することは無かっただろう。
しかし、あの日に起きた殺人鬼との邂逅が少女の心境を劇的に揺さ振った。実際に殺されそうになったあの路地裏で、少女は仲間の足手纏いにしかならなかった。
無能力者の限界を改めて叩き付けられた。親友の暴走すら止めることができなかった。だが、そんな自分を“英雄”は認めてくれた。褒めてくれた。フォローしてくれた。
故に、少女は殺人鬼と戦うと宣言した“英雄”へ必要以上に憧れ、縋ってしまった。仲間の情報を漏らしてまで結果を出し続けている碧髪の男に依存した。
焔火の失踪を経て、依存に益々拍車が掛かった。彼女自身理解していて、それでも止められなかった。優秀と言っても中学2年生の女の子である。完璧な人間では絶対に無い。
だからこそ、少女は甚大な罪悪感に包まれてしまったのだ。もちろん、“英雄”はそれを見越した上で己が本音を突き付けた。無論・・・本音に嘘は混じっていない。



「(皆・・・皆・・・!!お願いだから・・・界刺得世を敵に回さないで!!皆の想いを背負わされる“ヒーロー”を・・・『戦う時』にしか必要とされない“戦鬼”を怒らせないで!!!)」



保身では無い。純粋な心配。懸念。この想いは風紀委員・・・警備員・・・そして“英雄”に対するモノ。界刺得世が最後に残した言葉を反芻させながら、葉原ゆかりは唯祈る。



『・・・たかだか一高校で2ヶ月程度しか“英雄”をやっていない俺が言っても説得力は無いかもだし、「偉そうに語るな」って意見もあるだろう。“ヒーロー”にも色々あるだろう。
俺の“ヒーロー”像が絶対正しいってわけじゃ無いし、根本的に俺が間違っている可能性もある。
でも、その2ヶ月はずっと戦いの連続だった。ずっとずっと戦っていた。目に見えない戦いならそれ以上にやった。自分を見失うことも・・・あった。
責任は俺にある。全部じゃ無ぇがそれを望んだのは俺だ。利用したのは俺だ。“選んだ”のは俺だ。本気で“英雄”になるつもりが無かったのになっちまったのも、俺の自業自得だ。
だけど、今回俺は“自分のために”・・・“ヒーロー”ってヤツと向き合うために一夜限りの“閃光の英雄”になることを“選んだ”。この延長線上が、俺の「本気」ってヤツだ。
この決断がテメェ等風紀委員会にとって「幸」か「不幸」かはわからねぇ。殺人鬼次第でどっちにでも転がるし、両方が顕現するかもしんねぇ。
基本的に俺はテメェ等に手を出すつもりは無いぜ?テメェ等が、今まで俺にどれだけ迷惑を掛けてるのかってのも無視するつもりだぜ?
お互い様的な部分もあるしな。前にも言ったけど俺って優しいだろ?だが・・・こんだけ警告や譲歩をしたのに・・・
それでも“戦鬼(おれ)”の邪魔をする風紀委員会(やつら)に限っては、敵としてブッ潰してやるよ。その結果が死でも・・・そいつの自業自得だ』






「・・・・・・」






数多の思惑が犇めき合う中、“仕掛け”の動向を察知した『闇』濃い“怪物”は空を翔け抜けながら“血祭”が開かれる戦場へ急速に接近していた。






「界刺得世か・・・!!!どうやってここの位置を!!?東雲さん達の行動は最善だった筈なのに!!?」

“辣腕士”が頭を抱える。索敵室に居る構成員から報告される数々の情報は、『ブラックウィザード』の本拠地が『シンボル』や風紀委員会に割れていることを示していた。

「網枷君!!今はそんなことより迎撃に集中するべきよ!!ここからの離脱も念頭に考えて!!蜘蛛井君!!」
「わかってるよ!!とりあえず、“手駒達”は総動員だね。今日仕立て上げたばかりの新“手駒達”は・・・まだ出撃させないよ?人質という役割もあるし。
調整も完全とは言えないし、何より薬で鈍くしているとは言え痛覚は存在するからね。永観。お前の意見は?」
「僕も蜘蛛井と同意見だ。新“手駒達”には、ここからの離脱手段にその力を振るって貰おう。殺人鬼対策の彼等を、風紀委員会にぶつけたくは無い。役割分担だ。
『六枚羽』や旧型駆動鎧もある。その過程の中で、ここを特定した手段についても調査した方がいいだろう」

伊利乃の言葉に蜘蛛井と永観が意見を同調させる。当然のことながら、伊利乃と蜘蛛井・永観の考えは相違している。
伊利乃は、全力でもって今の対処に力を注ぐべきという考えだ。対して蜘蛛井・永観は後々のこと・・・つまり自分達が『ブラックウィザード』の頂点に君臨する時を考えて、
折角手に入れた新“手駒達”をここで失いたく無かった。そのために、『役割分担』という建前を前面に出す。

「そ、それはそうだけど・・・!!あ、網枷君はどう・・・」
「・・・焔火緋花は何処に居る?」
「えっ?」
「焔火緋花を監禁している部屋は何処だ!!?」
「ちょ、ちょっと待って!!阿晴君!!焔火緋花を監禁している部屋の場所を!!」
「わ、わかりました!!」

“辣腕士”の絶叫にも似た問いに伊利乃は戸惑いながらも、阿晴に焔火を監禁している部屋のデータを液晶画面に映し出させる。
彼女を監禁している部屋は、調教主である智暁が自分に宛がわれた部屋に近いという理由で希望した場所で、敷地の中心からやや南西に位置していた。

「この部屋・・・型板ガラスがある!!!あの“変人”なら・・・焔火の居場所を突き止められるぞ!!
永観!!至急監禁部屋に居る智暁に連絡を!!そこには、今日東雲さん達に刃向かった風路形慈の妹の鏡子も居る筈だ!!早く彼女達を他の場所へ移させろ!!」
「わ、わかった!!」

網枷が語る事実のまずさに気付いた永観は、作戦会議室の電話機から智暁や焔火達が居る部屋へ連絡を取る。しかし・・・

「網枷!!監禁部屋の受話器が離れているようだ!!繋がらない!!智暁め・・・調教に夢中になり過ぎて、受話器を元の位置に戻していないな!!?」
「(あっ・・・そういや“貸し出した”ままだ・・・ヤバッ)」
「そういえば、昨日真昼が智暁の携帯にまず電話を掛けた時もマナーモードにしていて全然繋がらなかったって言ってたわ!!あの娘・・・!!」
「くそっ!この作戦会議室から監禁部屋までは距離がある!!」
「・・・あっ!!確か、この近くの部屋に調合屋が居たわよ!!」
「!!永観!!調合屋に連絡を着けて、智暁の下へ向かわせろ!!調合屋には、数名の“手駒達”が付いていたな!?」
「あぁ!!」
「万が一の時は・・・焔火の能力を封じている“アレ”と“手駒達”の能力を併用して使えと伝えろ!!蜘蛛井!!すぐに“手駒達”を動かせ!!」
「言われなくてもわかってる!!」
「東雲さん!!」
「・・・俺は、ここでもう少し事の次第を見る。目の前の事態『以外』のことにも気を向ける必要がありそうだからな。それと・・・・・・」

差し迫る危機を実感し、『ブラックウィザード』も揺るぎ始める。一度揺らぎ始めたことによって生じたうねりは、止まることを知らない。
数日前の成瀬台襲撃や200名もの一般人及び焔火緋花の拉致を1つの“Xデー”とするなら、今から起こる“血祭”こそがもう1つの“Xデー”だった。






「界刺さん。それではご武運を!!」
「バカ界刺!!絶対に生きてよ!!」
「界刺様!!すぐにお会いしましょう!!」
「得世さん!!得世さん達が戻られるまでは皆は私が守ります!!頑張って下さい!!」

仮屋の『念動飛翔』に水のロープで繋がっていた水楯・形製・月ノ宮・春咲が降下して行く。
『ブラックウィザード』の本拠地に突入した『シンボル』は、界刺の『光学装飾』によって鏡子の位置を捕捉することに先程成功した。
故に、万が一の時に備えて女性陣をバックアップのために降下させたのだ。ここまで来るのには、界刺の『光学装飾』及び月ノ宮の『電撃使い』をふんだんに用いている。

「私達への言葉は無かったな・・・」
「言わなくてもわかる的なヤツじゃないかなぁ?」
「鏡子・・・!!すぐに行くからな!!!」
「・・・何で最初にあいつを見付けるのが俺なんだろ?しっかしまぁ・・・はしたねぇ格好してやがるな。だが・・・・・・生きていたか」

一方、水楯の『粘水操作』によって未だ仮屋に繋がったままの不動と風路は各々の胸に抱く感情を述べる。
そして、水楯に代わって仮屋の背に乗った碧髪の男は露骨に渋い表情―微かな笑みを口に―を作っていた。

「・・・まっ、これも成り行きかねぇ。あの感じだと、あいつも大層痛い目を喰らったって感じか。
風路と同じように、もうどうしようもねぇってヤツでもある・・・か。・・・・・・いいぜ。事の“ついで”に、言葉の1つや2つくらい掛けてやるぜ!!」

が、男は考えを改める。自分の信念に従って。そして・・・躊躇無く決断する。

「真刺!!あそこの壁をぶち抜け!!そこに鏡子と・・・緋花と緋花の姉貴が居る!!」
「何!?彼女達もあそこに・・・!?得世・・・!!」
「時間も無ぇしな!!敵さんも居るぜ!?気ィ抜くなよ!?行くぜ、テメェ等!!!」
「わかった!!」
「了解!!」
「頼む、界刺さん達!!」

風路鏡子と・・・監禁されている焔火緋花が居る部屋へ突入するという決断を。不動の『拳闘空力』が、鉄筋コンクリートでできた壁を貫く。






ドカーン!!!!!






界刺・風路・不動・仮屋は、破壊されて粉塵を撒き散らしている部屋に突入する。
その先にある光景―涙を浮かべた少女・・・拘束されている焔火緋花―を一番早く目に映した“閃光の英雄”は、“ヒーロー”を目指す少女へ耳を劈くような大声を掛ける。


「緋花ああああああぁぁぁぁっっ!!!!!鏡子おおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」

continue!!

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最終更新:2013年04月08日 18:40