「斑!!援護頼むぜ!!」
「わかっている!!」

施設内南東部で『ブラックウィザード』の構成員と戦闘しているのは、風紀委員176支部の面々である。戦闘開始から数十分は経っており、状況的には176支部が押している。
そんな中、残った機関銃や超能力で殲滅を図ろうとする敵に、“剣神”神谷稜は『閃光真剣』二刀流モードで迷い無く突っ込む。

「舐めやがって!!」
「ハチの巣になりやがれ!!」

176支部のエースの無謀さに腹を立てた構成員は、迷わず銃弾の嵐を叩き込む。しかし・・・



ブオッ!!



斑が神谷の背中と両脹脛に仕掛けた『空力使い』の噴射によって、突進スピードが上がる。以前加賀美に行った時とは違い、体に掛かる負担を考慮しての作戦である。
根本的に、神谷の方が加賀美より肉体的負荷に耐えられる体作りをしていることも、今作戦実行の是非を考慮する要素に入っていた。

「「なっ!?」」
「遅ぇー!!」
「ぐあっ!!」
「ぎゃあぁっ!!」

銃弾の軌道に入らず懐に潜り込まれた構成員の驚きの声を無視するかのように、双剣が振るわれる。
爆薬に反応しないように機関銃は切り裂かれ、続けざまに構成員を斬り捨てて行く神谷。機関銃の時とは違い、威力としては死なない程度の温度に保った斬撃である。
構成員達の護衛として少人数の“手駒達”も投入されているようで、その中の1人が砂鉄の剣をもって神谷の『閃光真剣』に抗おうと腕を振るう。



パッ!!



「!!?」

振るった砂鉄の剣が接触する瞬間、プラズマブレードが消失した。鍔迫り合いのようなかちあいを予想していた“手駒達”は虚を突かれる。
『閃光真剣』が消失した空間を斬り払うかのように砂鉄の剣が軌道を描いた・・・



ブン!!!



「ハアアアァァッッ!!!」
「ガッ!!!」



その瞬間、再び『閃光真剣』が形成される。砂鉄の剣の間合いを見切っている神谷は必殺の軌道に入ること無く体を動かし、逆にその勢いのままプラズマブレードを“手駒達”に振るう。
相手の武器(ナイフや鉄バットetc)をすり抜けるように攻撃を加える神谷の高等技術である。相手の攻撃を見切る+避けるor対処することができて初めて可能とするもので、
“手駒達”も『閃光真剣』の一撃をまともに喰らった後に小型アンテナを潰された。但し、短い棒(今は針)の先端(=『閃光真剣』の根元)から伸ばすようにプラズマを形成するので、
剣先―障害物―根元(=短い棒の先端)のように中途で障害物のようなモノが存在しているとそのモノを破壊しない限り完全な形成はできないという弱点もある。



「麗!!香染!!行くわよ!!」
「「了解!!」」

リーダーである加賀美の号令に、鏡星と姫空が応える。直後、『水使い』・『砂塵操作』・『光子照射』による遠距離攻撃が構成員達に向けられて放たれた。



ザアアアアァァァッッ!!
ザザザザザッッッ!!
ビュン!!ビュン!!ビュン!!



大量の水に押し流され、砂の行進に視覚を封じられ、レーザーで残る武器を全て焼き貫かれる。
自ら薬物を摂取している構成員達は、命の危機を薄めるくらいに気分が高揚しているが故に冷静な判断を行うことが少々以上に困難になっているというリスクを抱えている。
神谷と斑の作戦で行動が乱れたのもそれが一因である。離れている加賀美達の耳にも聞こえて来る敵の悲鳴によって、ようやくこの場での戦闘が終結したことを風紀委員は悟る。

「稜!!狐月!!戻って来て!!今後の行動指針を立てるから!!」
「「了解!!」」

加賀美の指示が神谷と斑に伝わり、彼等は素直にリーダーの指示に従う。施設内のあちこちで戦闘音が響く中、程無くして176支部の面々が集合する。
それを確認したリーダーは、後方支援を担当する仲間に通信を入れる。

「ゆかり!!緋花が債鬼君達と行動を共にするってホントなの!?さっきは戦闘中だったから、詳しいことが聞けなかったけど!」
<は、はい!!固地先輩の持っていた解毒剤を緋花ちゃんに投与したことで、緋花ちゃんの戦線復帰が可能になりました!!
万全とまではいかないみたいですけど、固地先輩が責任をもって対処すると!!浮草先輩や椎倉先輩、橙山先生も許可しました!!>
「債鬼君・・・!!」

加賀美は固地の決断に心が震える。あの薬の重要性は当の固地本人から聞かされている。それを焔火の戦線復帰に用いることを決断した彼の判断に、何とも言いようの無い思いが溢れて来る。
ここに居る面々は、焔火の確保を知らされた時点で気勢がグーンと上がっていた。先程の戦闘でも、そのプラス的影響が如実に現れていた。

「そりゃまぁ、焔火だってお姉さんが捕まっているんだから引けないでしょ!!女が一度本気で決めた覚悟は・・・舐めちゃ駄目よ」
「フン。鏡星に同意するのは些か不本意ではあるが、私としても焔火の心情は理解できる。固地先輩が付いているのなら心配は無いだろう」

鏡星と斑の声も何処か上擦っている。神谷と姫空は無言を貫くが、2人とて悪い気分では無いだろう。

「・・・わかった。ねぇ、ゆかり。閨秀先輩達の方はどうなってるの!?」
<そ、それはまだ!!何分、破輩先輩の『疾風旋風』の影響を喰らった閨秀先輩達が墜ちたと思われる場所が、緋花ちゃんが監禁されていた場所に比較的近いんです!!
加賀美先輩達も轟音とかで気付いているとは思いますが、あの殺人鬼が緋花ちゃんを監禁していた建物を粉々に破壊したあの場所に近いんです。
椎倉先輩達の見立てだと、仮に『ブラックウィザード』の手が閨秀先輩達に及んでいないとしたら、殺人鬼が暴れ回ったことが大きく影響しているんじゃないかということです>
「・・・あの轟音と崩落して行く様はぼんやりとだけど私達にも見えたよ。あそこに敵が居たら、きっと・・・・・・全滅しているモンね」

界刺の情報により、少なくとも彼等が離脱する直前までは朱花のような新“手駒達”はあの建物内には居なかったことが知らされている。
それ自体は喜ばしいものの、言い換えれば従来の“手駒達”は全滅―死亡―しているのだ。中には『ブラックウィザード』の手によって無理矢理“手駒達”化された者も居る筈だ。
それをわかっていた界刺は、それでも躊躇無く離脱した。自分があの場に居れば彼と同じ判断ができていたかどうか。・・・できなかった可能性もあった。

「(難しいよね。でも・・・私はそれをこなさないといけない。リーダーとして)」

彼の判断が正しいのか正しく無いのか、その是非を決めるつもりは毛頭無い。“そんなことより”、自分が彼と同じ立場になった時に後悔の無い決断を下せるかが重要である。

「そうなると、あの建物内に居た敵の戦力は全て殺人鬼によって潰されているのよね。・・・成程。だから、敵も慎重になってるのかも。周囲に罠が張られている可能性は0じゃ無いし」
<はい。だからこそ、『治癒能力』を持つ勇路先輩が向かっています。159支部の人達も、勇路先輩の援護もかねて施設内東部にて旧型駆動鎧と交戦中です>
「・・・私達も行った方がいい?」
<いえ。距離的な問題もありますし、何より勇路先輩が先に辿り着くでしょう。先輩を信じましょう。閨秀先輩達を信じましょう。
加賀美先輩達は、本来の目的である『ブラックウィザード』の討伐任務及び新“手駒達”になっている人達の救助に当たって下さい>

加賀美の加勢の申し出を葉原は断り、本来風紀委員会が果たさなければならない任務に従事するように仲間を促す。

<現在、加賀美先輩達が居るのは施設南東部です。そこから南部、南西部へと捜査の範囲を広げて行って下さい。
固地先輩率いる178支部の人達は、北東部から北部、北西部へと捜査の範囲を広げる予定です>
「南西部・・・・・・ということは、やっぱり『あそこ』に行かなきゃいけないかもしれないのね」

加賀美の瞳に映るのは、この戦場に居る者達がまずその目に映しているであろう異界・・・【閃苛絢爛の鏡界】。
15分程前から出現したあのドームの中で界刺と殺人鬼が戦闘を行っていることは、加賀美達にも理解できた。あの方向から幾度にも渡る轟音が響いていることも理解の一助になった。

<・・・はい。あの付近に新“手駒達”が囚われている部屋なり何なりがあった場合、界刺先輩達の戦闘に巻き込まれる可能性大です。
今の界刺先輩は・・・『本気』です。“邪魔”する者は誰であっても潰します。下手をすれば・・・殺します。おそらく、正当防衛という形で>
「・・・うん」
<そうで無くとも、今のあの人なら殺人鬼を利用して襲い掛かって来るかもしれない新“手駒達”を潰そうとしても不思議ではありません。崩落した建物内で非情な判断をしたように>
「・・・・・・うん」
<私達としては、新“手駒達”に重傷を負わせるわけにはいきません。百歩譲って勇路先輩の存在があるとしても、死亡という結果だけは何としても阻止しなければなりません。
その結果として、彼の矛先が新“手駒達”を救おうとする私達に向けられる可能性が極めて大です。少なくとも、私達は重傷を覚悟しなければなりません。
いえ・・・死を覚悟しなければなりません。あの殺人鬼も居るんですから。私個人としては・・・・・・いえ、何でもありません>
「ゆかり・・・。私だって同じ気持ちだよ。あの人と戦いたくなんか無い。でも、それでも決断しないといけない時はあるんだと思う。
どんなに苦しくても。どんなに辛くても。私達にとっても、これは絶対に譲れない一線なんだよ。仕方無い・・・という言葉は言いたくないけど・・・仕方無い・・・のかな。
きっと、界刺さんもわかってる筈だと思う。その上で・・・あの人は“邪魔”をしようとする私達に牙を剥く。覚悟の上で。その時が来たら・・・私達も相応の覚悟が要るね」
<・・・・・・・・・はい>

葉原の悲痛な声色に加賀美が顔を顰める。顰めながらもリーダーとしてフォローするが、界刺の心意を当の本人から聞かされている葉原にとっては余り意味が無い。
風紀委員の中で葉原だけが“英雄”の心意を知っている。“英雄”が背負わされるモノを教えられ、理解し、その結果として身勝手なのは風紀委員(じぶんたち)の方であると判断した。
“英雄”に色んなモノを背負わせながら、風紀委員(いっぱんじん)の都合で“英雄”を切り捨てる可能性を抱いている。自分達の都合を最優先にしようとしている。
それが風紀委員として譲れないことであったとして、では自分達は“英雄”のことを真剣に考えているのか?考え尽くしているのか?“英雄”に糾弾された葉原には答えられない。
今まで風紀委員達は界刺についてあれこれ文句を言って来た。端的に言えば『自分勝手だ』と。・・・何が自分勝手だ。自分勝手なのは風紀委員の方ではないか。
“英雄”に甘えているという事実に目を瞑り、この戦場においても『仕方無い』という理由で有耶無耶にするつもりなのか?・・・ふざけるな。そんな怒りの感情さえ芽生える。
“英雄”が自分勝手なら、風紀委員だって自分勝手だ。今の葉原はそう思う。他者のために“英雄(たしゃ)”を排除することは果たして許されることなのか。少女の中で堂々巡りが続く。
(界刺が破輩に伝えたようにお互い様的な部分は両者に存在するのだが、実質的に初めて界刺と対面したのが『マリンウォール』での遭遇だった葉原は、
伝聞でしか彼の評判の悪さを知らなかったこと(=実感が無い)、焔火の件で部外者である界刺に無理を言って頼ったこと等もあってその辺りの意識が酷く希薄であった。故の苦悩である)
彼女達が悩み苦しんでいるこの可能性は、九野が色々アドバイスをしてくれた日の午後に椎倉が気付いたものであった。






『皆に質問する。よく聞いてくれ』


椎倉が問い掛ける。もし、連れ去られた人達―奇襲を仕掛ける前に判明している行方不明者数が100人以上に上っている―が界刺と殺人鬼との戦闘に巻き込まれた場合どうするか。
これが、仮に表立った被害―今回の拉致活動―が出ていなかった場合、つまり与り知らぬ人間・・・従来の“手駒達”であれば非情な決断を下す選択肢もあっただろう。
どんな批判があろうとも、どんな異論があろうとも、『ブラックウィザード』を討伐するという最優先目標を妨げる可能性は排除しなければならない。


『椎倉』
『あぁ・・・わかっている。こっちとしても引くわけにはいかない』


だが、今回はその選択肢を選ぶわけにはいかない。風紀委員会としては、『ブラックウィザード』討伐を最優先にした上で、同時に拉致された人達を絶対に救助しなければならない。
すなわち最優先になり得る目的。最優先と最優先の両立が求められる事態。可能なら無傷での確保。無理でも軽症レベルに抑える。
間違っても重傷以降にはしない。風紀委員会として、黙って見ているだけなど認められるわけが無い。
しかし、それは2人の戦闘の“邪魔”をすることと同義である。厳命である『殺人鬼との自発的な戦闘行為禁止』を破棄するのと同義である。
たとえ界刺が拉致された人々を無遠慮に傷付けるような男では無いとしても、たとえ殺人鬼が仕事に関係の無い人間を殺さない主義であったとしても、物事に絶対は無い。
仮に、連れ去られた一般人が能力でもって反撃でもしようものならその時点でアウトだ。少なくとも、殺人鬼はその人間を殺すだろう。戦闘の余波で死ぬことも有り得る。
この可能性を論じていた会議の中、固地の問い掛けに椎倉は遂に決断を下す。『原則支部リーダーの許可が下りた場合に限って、殺人鬼との戦闘行為を認める』という決断を。
無論、殺人鬼の方から仕掛けて来た場合は別である。また、178支部と成瀬台支部はリーダーが後方支援に就く関係で、火急の時は前線で指揮を取る固地と寒村の判断に任せることとなった。


『となると、一番面倒なのが・・・』
『“3条件”を持つ界刺さん・・・ですね』


佐野や一厘他風紀委員達の頭を悩ます存在・・・それは“3条件”を持つ『シンボル』のリーダー界刺得世の存在である。
彼や彼等には幾つもの借りがある。助けて貰った。命を救ってくれた。彼等の働きが無ければ、こうして会議を開くこともできていない。
しかし、その彼が風紀委員達の命を脅かす強大な敵になる可能性が大なのだ。“3条件”を盾に、彼はゴリ押しをすることも可能である。
破輩が不動達から得た情報で、界刺が『幻惑』を用いながら姫空のようなレーザー系能力、しかも直線では無く屈折可能な光線を放つことができる可能性大なのを知った彼等は頭を抱えた。
暴力的な解決手法だが、実力で排除するという選択肢もあった。だが、その選択肢を切るカードが界刺の方にあるのだ。不条理にも程がある。
対策も無しに正面からぶつかれば、風紀委員会に所属する風紀委員は界刺得世1人に敗北する・・・というより殺される可能性が存在する。堪えた。想像以上に。


『かと言って、私達が事前に界刺さん対策をするということはそれこそ「シンボル」を敵に回すのと同じになりますよね?「太陽の園」での協力作業に影響必至ですよ?』
『・・・不動は「潰せ」と言っていたが、いざ戦闘になれば私達を攻撃することも厭わないだろうな。巻き込まれるのでは無い、私達が自発的に行動を起こすんだからな。
それと・・・そうなった場合、確実に1人私達を潰そうと行動を起こす水楯(おんな)が居るな。電話でも脅されたよ』


加賀美と破輩は、更なる危険性を脳裏に浮かべる。それは、『シンボル』全体が風紀委員会に牙を剥くことである。特に、水楯は容赦無く牙を剥くに違いない。
また、『シンボル』には形製という強力な読心系能力者が存在する。事前に界刺対策を施そうとする風紀委員会の行動を彼女に読まれたりでもしたらマズイ。
界刺のことである。その辺りまでの推察はしている筈だ。『太陽の園』での協力作業も控えている。命を救って貰った恩義もある。
何より、『シンボル』に所属するメンバー7人の内5人がレベル4の高位能力者である。彼等全員と敵対したくは無い。心情的にも物理的にも。
故に、界刺対策は行わなかった。行えなかったという表現が正しい。そもそも、彼の実力全てが判明しているわけでは無い。更に奥の手の1つ2つ隠し持っていても不思議では無い。
ましてや、相手は界刺だけでは無い。あの殺人鬼も居るのだ。当の界刺から風紀委員会全員がかりでも返り討ちを喰らうかもしれないと忠告され、実際に体感した殺し屋の実力。
それ自体が『本気』では無い可能性大なのだから堪らない。界刺共々ふざけるなである。そこに『シンボル』全体が加わった日には勘弁してくれ状態である。


『この言葉を俺が言うのは本来であれば好ましく無いが・・・・・・なるようにしかならん。その時々の最善を尽くせ。後は・・・時の運だ』


椎倉のこの言葉が、風紀委員会全体の苦悩振りを示している。最初は現場で対策を立てやすく、“3条件”の範囲外に『できる』警備員(駆動鎧)が当たるという方針は一応定めたが、
状況によっては風紀委員も事に当たらなければならない。『シンボル』そのものを敵に回す可能性も勘案しながら。
『太陽の園』での結果、『ブラックウィザード』の本拠地発見、焔火緋花の捕捉や新“手駒達”の存在、殺人鬼の相手をしてくれる等々、彼の働きは全て風紀委員会の利となっている。
だから苦しい。ある意味では新“手駒達”を救うために戦闘を行わなければならない苦汁の決断以上の苦しさを感じる。
客観的に見て、一連の事件で一番活躍しているのは『シンボル』、ひいては界刺である。自分達の決断は、彼に対する裏切りなのではないか?そんな負い目すら感じる。
否、裏切りなのだろう。あれだけ警告や譲歩をしてくれたのにも関わらず、自分達は彼を排除しようという思考を抱えている。
しかし、風紀委員としてここで引くわけにはいかない。いざという時は・・・界刺得世を敵に回す。文字通り命懸けで。そんな非情な想いを胸に、各風紀委員は戦場へ赴いていた。






「駆動鎧に包まれている警備員ならまだしも、私達は丸腰だしねぇ。銃器を相手取ってる身が言うことじゃ無いのはわかってるけどさ。
狐月以上の気流を操作できる破輩先輩の『疾風旋風』なら、強力な風で大気を掻き乱すことで界刺さんの光学攻撃を散乱させられるかもしれない。
もちろん、『光学装飾』で光線が制御されている以上明確な散乱は期待できないしそんなに都合良く運ぶとも思っていないけど、複雑な演算が必要になるのは間違い無いわけだから、
少なくとも弱体化や遅延は可能かもしれない。それでも・・・先輩が一瞬でも油断すれば光速の殺人光線が襲って来るんだよな。
油断・・・『幻惑』・・・界刺さんの専売特許だよね。・・・まさに命懸けだわ」
<・・・ですね。本当ならそんな場所に入らないで終わるのが一番なんですけど・・・覚悟だけはしておかなければなりませんからね>
「香染の『光子照射』とは違って、頑強な障害物を盾にしようとしても屈折可能なレーザーを放たれればアウト。第一、そのレーザーの威力や射程も不明。
そもそも、界刺さんの『光学装飾』の全容がわからない。あそこに見える薄気味悪いドームの正体も光学系能力で発生させたこと以外はわからない。
きっと、あれが破輩先輩の言う『幻惑』なんだろうけど生理的に受け付けないよね。何、あの変な模様。気味が悪いったらないわ」
<唯、こういう見立てもあります。拉致された人達が新“手駒達”として既に『ブラックウィザード』の戦力となっている以上、無理は犯さないんじゃないかという推測です>
「・・・詳しく」
<『ブラックウィザード』としては、私達風紀委員会に『シンボル』、そして殺人鬼の強襲を受けてまずは“逃走”に思考が集中する筈です。
この三者の攻勢はキツイ所じゃありません。態勢を立て直すためにも、そして生き残るためにも“逃走”を第一に考える筈です。具体的には逃走手段の確保やそれに応じた迎撃です>

如何に『ブラックウィザード』と言えども、現在の状況では“逃走”を第一に行動している筈である。ここに踏み止まれるとはまさか思ってはいないだろう。
昔の篭城戦は現代では通用しない。アジトが割れた以上、速やかに“逃走”に打って出る筈だ。

<私達風紀委員が東部方面から攻めている以上、逃走ルートとしては西部方面になります。警備員の駆動鎧部隊が回り込んでいるので、それも容易ではありません。
それを覆すためには、能力者の力が必要です。具体的には、強力な能力者・・・“手駒達”の力が>
「確か、あの殺人鬼によって従来の“手駒達”は大幅に削られているのよね。さっきも潰されたし。ということは・・・」
<はい。人質としても、今後の戦力としても新“手駒達”は『ブラックウィザード』の上層部と行動を共にする可能性が高い。上層部が潰れれば元も子も無いですからね。
ですが、それが私達にとっては界刺先輩と殺人鬼が戦闘している場所から新“手駒達”を遠ざけることに繋がります>

これは可能性が高い予測である。殺人鬼によって“手駒達”が少なくなっていると思われる以上、手に入ったばかりの新“手駒達”は連中も大事に扱うに違いない。
人質としても使える彼等彼女等は、上層部を守る堅牢な盾となる。本来であれば風紀委員会側としてはマズイ展開も、
界刺達の殺し合いに巻き込まれないという観点から見れば受け取り方が違って来る。態勢を立て直したとして、新“手駒達”が壊滅していれば向こうとしても本末転倒である。
新“手駒達”が人質となっている状況下で風紀委員会がここまで強硬に出張っている理由の1つが、この両者の殺し合いに新“手駒達”を巻き込ませないためである。
無論拉致された人々が新“手駒達”になる前に救出しなければならなかった時間的制約や、モタモタしていれば結局は殺人鬼と新“手駒達”が衝突するのが目に見えている現実、
今となっては現実に至らなかった可能性の1つだが、“手駒達”化の最中に殺人鬼の襲撃を受ける可能性もあった。
そもそも、今回の拉致は政治的目的でも身代金目的でも無い。“手駒達”という兵隊化が目的である。つまり、最初から交渉の余地等存在しないのだ。故の強行作戦である。

「私達が事前に想像していた動けない状態じゃ無い、電波操作で動ける状態だからこそ『ブラックウィザード』は逃走用として、そして後々のことを考えて重宝する筈・・・だね?」
<はい。ですが、彼等の逃走ルートに界刺さんと殺人鬼の戦闘範囲が被さってくれば、少々の人数は切り捨てるでしょうけど。迎撃用として>
「言い換えれば、『ブラックウィザード』の方から界刺さん達の戦闘に茶々を入れる可能性は低いのよね?」
<だと予想されています。現状では両者が互角に戦闘を繰り広げていると思われる以上、もっと言えば両者が健在である以上、そこに貴重な戦力を差し向ける真似はしないでしょう。先の建物の件で、その傾向は益々強くなる筈です。向かわせるなら『六枚羽』が有力です。ですから、上層部の討伐と新“手駒達”の救助を優先して下さいってことなんです>

上層部の討伐と新“手駒達”の救助は繋がっている可能性が高い。だから、彼等の居場所を早急に捕捉する必要がある。
そのためにも176支部は南から、178支部は北から捜査の範囲を広げるべきだ。葉原―椎倉や橙山―はそう言っているのだ。

「・・・わかった。それじゃあ、私達はこのまま南側から捜査して行くね。何か状況が変わったら、すぐに連絡を頂戴!私達の方も、何かわかったらすぐに連絡するから!」
<了解です。それと・・・>
「ん?」

連絡の連携を確認した後に、葉原は通信を加賀美だけに絞り小声で『忠告』する。“英雄”の心意を知っている唯一の風紀委員として、彼の心を少しでも代弁できる者として。
彼を裏切った償いになるなんて思っていない。だから、これは別の裏切り。そもそも裏切っているのだ。風紀委員を自分は。何を今更躊躇する必要がある。

<いざという時は覚悟して下さい。“閃光の英雄”は・・・『本気』で怒っていますよ。怒り狂っていますよ。皆の想いを押し付けられているのに、皆から切り捨てられるんですから。
ホント・・・ふざけるなですよね。もしかしたら、緋花ちゃんも同じような目に遭うんですかね?全く・・・>
「ゆかり・・・?」
<“英雄”の心意を碌に理解していない、平和ボケしている風紀委員(あなたたち)には理解できないかもしれませんが>
「ッッッ!!!」


『・・・知れていますか?本当に?僕が無口で無表情という性格を、リーダーは自分が他人の気持ちを量れない言い訳にしていませんか?』


何故だ?何故そんな言葉を吐くのだ?何故葉原ゆかりがそんな言葉を吐くのだ?まるで、あの病室で網枷双真―裏切り者―が自分に言い放った言葉と同じではないか。

「ゆかり・・・あなた、界刺さんから何か聞いているの?」

直感的。加賀美は葉原の言葉と声色から、彼女が界刺の心意を知っていることを悟る。自分と同じように界刺を頼っていることは知っている。
その折に彼から何か重要なことを聞いたのではないか。そう考えた加賀美に、『風紀委員(あなたち)』という言葉の中に実は自身も含めている葉原は・・・

<今更言った所でどうしようもありません。加賀美先輩の言う通り、界刺先輩も『わかっているでしょう』。私達の・・・新たな戦渦を呼び起こしてしまう無知で愚かな押し付けを。
望まなくてもそうなってしまう。あの人は・・・“英雄”は平和を享受することができない。否応無しに戦渦へ巻き込まれる。彼は『覚悟しています』。私も『知りました』。
だから覚悟して下さい。『戦う時』にしか必要とされない“戦鬼”を、『仕方無い』と言いながら『押し付けた』側の私達の都合で敵に回すことがどれ程の裏切りなのかを。では>

回答を拒否する。その拒否の中に“英雄”の心意を混ぜながら、裏切り者は通信を切る。

「・・・・・・」

数秒間、加賀美は放心状態となった。彼女の言葉の意味を、そこに込められていた怒りを感じ取ったが故に。
これが“英雄(ヒーロー)”の業。これが“一般人”の業。幾星霜繰り返して来た歴史の一端。それは、今も尚続いている。

「(『戦う時』・・・か。“戦鬼”・・・か。・・・確かにゆかりの言う通りね。無知で愚か・・・か。まだまだあの人を理解できてないわねぇ、私。やっぱ、双真の言葉は当たってるわね。
しかも、いざって時は私達の都合であの人を敵に回すんだよな。普通の裏切りじゃ無い、盛大な裏切りよね。・・・・・・・・・苦しい・・・な)」

色々助けて貰った。風紀委員として、そして個人的にも。そんな彼を『仕方無い』という理由で敵に回す。
譲れない一線であることが事態を複雑にしている。椎倉の提起から、自分とてずっと悩んでいた。戦いたく無い。今もそう思っている。でも・・・譲れない。

「(・・・・・・・・・殺されても文句言えないかも)」

種類の違う、しかし譲れない一線同士がぶつかればどちらかor両方が妥協しない限り和解など生じない。両方をありのまま尊重することなど有り得ない。
『わかっている』者同士の戦闘。否、殺し合い。加賀美は思う。もし殺されたとしても、文句を言える筋合いは無いのではないか・・・と。

「(相応の覚悟じゃ足りない!絶対の覚悟が要る!!『殺されても揺らがない覚悟』が!!!リーダーである私に!!!)」

不測の事態は有り得る。自分や仲間が死ぬことも有り得る。そんな現実に直面した場合でも、決して揺らがない覚悟がリーダー足る自分には求められている。

「(ごめんなさい、界刺さん。今から謝っておきます。許してくれるとは思っていません。『許して』と言うつもりもありません。唯謝るだけです。本当に・・・ごめんなさい。
私は・・・176支部リーダー加賀美雅は進みます。たとえ、あなたを敵に回すことになっても。たとえ、あなたを裏切ることになっても私はあなたとの約束を守り抜いてみせます)」

『本物』の風紀委員になると誓った。最後までやり抜くことを誓った。それ等誓いを揺らがせるわけにはいかない。
ここが分岐点。そして、176支部リーダーは迷わず進む。それを、“英雄”も望んでいるだろうから。

「・・・加賀美先輩?さっきから何ボーっとしてるんですか?」
「うん?あぁ、ごめんごめん。ちょっと、気合いを入れ直してた所。緋花を救助できたことで気が緩んでたかもだし」
「・・・・・・注意された?」
「・・・バレた?」
「「「「ハァ・・・」」」」

鏡星と姫空の質問に、加賀美は誤魔化しの返答を行う。部下に余計な心配を掛けたくは無い。これくらいのことを背負えずして、何がリーダーか。
特に、これからは事態が様々に動くであろう。取り残されるわけにはいかない。臨機応変に対処していかなければならない。

「み、皆!そういうわけだから、迅速且つ慎重に捜査を進めるよ!それと・・・もし界刺さんやあの殺人鬼と戦闘になった場合は覚悟を決めなさい!!絶対の覚悟をね!!」
「「「「了解!!!」」」」

リーダーの指示に部下は声を揃える。本番はまだ始まったばかりである。解決しなければならないことは山積みだ。
焦らず、それでいて速やかな行動が要求される。これから先の失敗は・・・命取りになる。






「そらひめ先輩・・・そらひめ先輩・・・!!」

抵部の悲痛な声が倉庫内に響き渡る。彼女の傍で横たわっているのは、殺人鬼の強襲によって重傷を負って気絶している閨秀。
彼女達は『皆無重量』の消滅後、破輩の生み出した暴風の影響をモロに受け施設内中央部付近まで吹き飛ばされた後に、ある倉庫の屋根に墜落したのだ。
『物体補強』で2人共に墜落のダメージを抑えることができたが、屋根との接触時の体勢が悪かったために耳へ装着していた通信機―視界外で『物体補強』が僅かに弱かった―が弾け跳んだ。
屋根を付き抜け倉庫内に墜ちた2人。抵部はすぐに対外傷キットによって閨秀の左肩の血止めに掛かる。だが・・・


『傷が大き過ぎる・・・!!』


キットに付属しているジェル状の薬剤でも出血を抑え切ることができない。それ程の深手。『物体補強』による補強が無ければ左腕が軽く吹っ飛んでいたくらいの威力である。
このままでは出血死すら有り得る。そう考えた抵部は無我夢中で己が能力を行使する。


『「物体補強」で・・・ジェルを固定する!!』


自身、あるいは触れた物体の周囲を覆う空気を分子レベルで固定することで補強する『物体補強』を閨秀に掛ける。
本来であれば薬剤を塗っている左肩だけに必要な処置だが、彼女のレベルでは物体全体を覆う形となってしまう。
ともあれ、抵部は閨秀自身が所持しているキットも持ち出した上でジェルの補強を行ったことで、何とか閨秀の血止めを維持することに成功した。


『と、とりあえずかん先輩に助けを・・・』



ドドドドドドドドドドン!!!



『ひいっ!!?』


少し落ち着いた抵部が、着信音等でこちらの位置を捕捉される危険性から電源を切っていた携帯電話で支部リーダーである冠に連絡を取ろうとした直後に響くは、殺人鬼の凶行。
続けざまに鼓膜を叩くのは建築物の崩壊音。もう一度確認するが、抵部達が墜落したのは施設内中央部付近である。そこには焔火が監禁されていた建物があり、殺人鬼も居た。
危機感しか募らせない轟音が抵部の思考を硬直化させる。防衛本能が少女に警鐘を鳴らした結果・・・


『ッッッ!!!』


抵部は自身に『物体補強』を掛けた。一度掛ければ耐久力上昇と引き換えに指さえ動かせなくなる状態になったのだ。
救援を呼ぶための行動を犠牲にする判断。しかし、生存する確率を上げるための判断。鳴り止まない轟音―殺人鬼の暴虐―が少女を更に追い詰める。能力の維持を強要する。
それは、殺人鬼が去った後も続いた。近くでは発生していない戦闘音も、遠くから聞こえて来るのである。
何より、絶大な信頼を寄せる“花盛の宙姫”が撃墜された事実が抵部を恐怖という奈落の底に突き落としていた。

「どうしよう・・・どうしよう・・・」

目・鼻・口は『物体補強』下でも動かせる抵部は、先が見えない現状に不安だけを募らせて行く。
自分が今行っているのはあくまで現状維持である。このまま何かが解決するわけでは無い。閨秀が負った傷が治るわけでも無い。すぐに治療をしなければならない。
そのためには、今からでも救援を呼ぶために自身に掛けている『物体補強』を解くべきである。
しかし、解いて救援を呼ぼうとしている最中に敵に攻撃されたら・・・『また』あの殺人鬼の強襲を受ければ・・・そんな思考ばかりが頭に思い浮かぶ。
恐怖心が判断を鈍化させる。今の抵部はまさにその状態だ。

「そらひめ先輩・・・起きて下さいよぉ・・・」

この状態に陥った者が取る行動の1つに、自身が『信を置く者』に頼るというモノがある。抵部にとっては、閨秀がその『信を置く者』に該当する。
風紀活動では一番コンビを組んでいる中である。互いの性格を知り尽くしていると言っても過言では無い。
しかし、現在その『信を置く者』は重傷を負った上に気を失っている。頼ることができないのだ。そんなことは抵部にもわかっている。
それでも彼女を頼る言葉が漏れるのは、それだけ抵部が追い詰められている証拠である。



ドーン!!!



「!!?」

恐怖に苛まれている少女を更なる窮地に陥らせる爆破音が木霊する。首の動かない抵部の視線の先で倉庫のシャッターが爆発した。

「あれか!?“花盛の宙姫”って野郎は!?」
「いや・・・倒れてる奴がそうだ。あの茶髪は・・・同じ支部の抵部って女だな」

殺人鬼の暴虐及び罠を恐れて及び腰になっていた『ブラックウィザード』の構成員と“手駒達”が、遂に抵部達を強襲したのだ。

「(『ブラックウィザード』・・・!!ま、まずい・・・!!)」

抵部は動転しそうになる意識を必死に抑える。ここで自分が立ち向かわなければ、慕う先輩の命さえ危うい。
しかし、今自分が閨秀から離れればまた出血が再開される。自分が取れる選択肢は限られている。

「やっぱ、あの殺人鬼に攻撃されたダメージがデケェようだな。一応“手駒達”を用意して来たんだが、必要無かったか。おい、どうするよ?」
「んなモン決まってるだろ?・・・悪いがお嬢ちゃん・・・死ね」
「!!!」

薬を服用して気分が高揚している構成員の1人が、ポケットから拳銃を取り出す。あの銃で自分達を殺すつもりだ。
そう判断した抵部は、自身に掛かっている『物体補強』を解除し閨秀に覆い被さる。そして・・・



ガン!!ガン!!



「グウッ!!」

再び『物体補強』で自身を包んだ直後に構成員が放った銃弾が飛来する。能力によって銃弾が抵部達の体を貫くことは無い。あの不動と仮屋の合体技を防いだ程である。
しかし、抵部は気付いていない。閨秀の背中に乗っていたあの時は、大衝撃波をまともには食らっていない。喰らったのは閨秀である。
幸いにも演算や態度を乱すことは無かったが、軽減されたダメージは閨秀の体を駆け巡っていた。そして今、銃弾を身に浴びた抵部の体は防ぎ切れない銃弾の威力に呻き声を挙げる。

「へぇ・・・。レベル2の念動力系にしてはやるじゃねーの。その様子だと、威力自体は完全に防げてねぇみたいだけどよ。オラッ!!」
「ッッ!!ッッッ!!!」

構成員達が放つ銃弾の連撃を背中に浴びる少女は、声にならない声を漏らしながら耐える。否、耐えることしかできない。だが・・・

「グアッッ!!!」

最後の発砲が抵部の右脇腹を抉る。抉るとは言っても掠った以上のレベルでは無い。但し、抉ったということは『物体補強』が破られたことを意味している。
自分の視界から外れる部分は補強が弱くなってしまう弱点がここで出た。自身の脇腹から血が流れていることを認識した抵部は、『死の恐怖』を実感する。

「メンドイな。こうなったら、“手駒達”を使って手早く済ませようぜ」
「だな。あの女の能力は、演算処理が追い着かないレベルの攻撃だと空気の固定が弱まるみてぇだしな。
例えば・・・薬で強化された“手駒達”の高圧電流を浴びせ続けたら死ぬわな!!電流なら、空気を固めていても関係無ぇし!!」
「!!!」

『物体補強』の性質が割れている。網枷が『書庫』で抵部の能力を調査している以上、それは自明の道理である。

「(どどどどうしよう!!このままじゃ・・・わたし・・・わたし・・・!!!)」

近付く死神の鎌。聞こえる死神の足音。自分の能力では防ぎ切れない。頼れる者は居ない。援護も無い。絶体絶命。

「一撃で決めろよ、“手駒達”!!」
「・・・・・・(バリバリ)」

電気系“手駒達”が高圧電流を放つ準備をする。敵は待ってくれない。自分達を殺すために容赦無く死の刃を振り下ろそうとする。

「やれぇ!!!」

死の宣告。

「(ぐうぅっっ!!!)」

目を瞑る。訪れる現実を見たく無かった。慕う先輩が死ぬ様を。自分が死ぬ様を。『物体補強』で震えることもできない少女に非情で無慈悲な現実が・・・






「サーヤアアアアアァァァッッッ!!!!!」






訪れなかった。



ドゴーン!!!



「キャッ!!?」
「うおっ!!?」
「うわっ!!?」

抵部と構成員が対峙していたその横っ面を盛大に破壊したのは、何時かのコンテナターミナルで少女が見た『合体技』。
倉庫外に“手駒達”が鎮座しているのを確認した男達が敵を吹き飛ばすために使用した大衝撃波が、ついでに倉庫の側面をも吹き飛ばしたのだ。

「チッ!新手か!?」
「“手駒達”!!早くその女達を殺せ!!」

新たな敵の出現に焦る構成員の命令が電気系“手駒達”に下る。直前の衝撃波で攻撃が中断した“手駒達”が発生させた高圧電流が、再び抵部達を襲おうとする。



ビュン!!



「・・・・・・(バタッ)」
「なっ!!?」

だがしかし、電撃が放たれる直前に電気系“手駒達”を操る小型アンテナを『物体転移』による空間移動攻撃で破壊したことで“手駒達”は気を失う。

「サニー!!」
「はい!!」

『物体転移』という空間移動系能力を持つ『シンボル』の一員春咲桜の合図を受けて、同じく一員である月ノ宮向日葵が周囲に渦巻かせている『砂鉄の渦潮』を構成員へ振り向ける。

「「ガアアッッ!!!」」

砂鉄の行軍をモロに受けた構成員は後方へ弾き飛ばされる。その隙に月ノ宮と春咲が抵部の下へ駆け付ける。

「サーヤ!!大丈夫!!?」
「サニー・・・!!どうしてここに・・・?」

突然に次ぐ突然の事態に思考が追い着いていない抵部。一方、ライバルと認定した相手に『心配したから』とは言えない月ノ宮は回答に数瞬迷い・・・

「あ、あなたは私のライバルなんですからね!!こんな所で死なれたら受けて立った私が馬鹿みたいじゃないですか!!そ、そんなこともわからないなんて、これだからサーヤは・・・」
「ムキー!!何かよくわかんないけど、またわたしを馬鹿にしたなー!!馬鹿なサニーの癖に!!」
「馬鹿なのはあなたの方でしょー!!」
「サニーの方に決まってるでしょー!!」

ツンデレ的言い訳をしてしまったことで、『どちらが馬鹿なのか』議論に発展してしまう。そんな2人の様子を呆れて見ている春咲がたまらず注意する。

「サニー!サーヤ!ここは戦場よ!?遊びじゃ無いんだよ!?わかってる!?」
「「ご、ごめんなさい」」

とは言っても、抵部は閨秀への『物体補強』を継続しているし、月ノ宮は不動達の一撃に巻き込まれなかった“手駒達”を操る電波を撹乱中である。
他に居るらしき電気系“手駒達”の妨害で完全な撹乱はできていないものの、“手駒達”の攻勢が止まっているのは月ノ宮の働きが大きい。

「不動さんと仮屋さんは別方面の敵を駆逐しているわ!!気を抜かないで!!とりあえず、閨秀先輩を運びましょう。サーヤ。手伝って!サニーは『砂鉄の渦潮』で援護を!」
「わ、わかりましたー!」
「はい!」

春咲の的確な指示が抵部と月ノ宮へ飛ぶ。この辺はさすが年長者と言った所か。不動・仮屋・月ノ宮・春咲は、ここに来るまでの間『ブラックウィザード』の妨害に遭っており、
それ等を打破して来た結果抵部達をすんでの所で救助することができた。紙一重の結果だが、戦場とはそういうものである。

「な、舐めやがって・・・」
「殺す・・・!!」
「たかが女3人・・・ぶっ殺す!!」
「「「!!!」」」

『砂鉄の渦潮』で吹き飛ばされた構成員達が体勢を立て直す。後方にも行動可能な“手駒達”が控えている。

「“手駒達”!!あの砂鉄の動きを止めろ!!」
「ッッ!!!」

生き残っている電気系“手駒達”が、月ノ宮が操る『砂鉄の渦潮』を妨害するために磁力を飛ばす。同じ電気系能力者の綱引き。
軍配は磁力操作を得意とする月ノ宮に上がるが、それでも影響全てをねじ伏せることができない。『渦潮』の動きが緩慢になる。

「(まずい!!私の『物体転移』は止まらないと行使できないし、サーヤの『物体補強』も自分自身に掛ける場合は動きが止まっちゃう!!)」

閨秀を運んでいる春咲の背中を嫌な汗が流れる。現状の『物体転移』は春咲自身が停止しなければ行使できず、また抵部が自身へ『物体補強』を掛けると動けなくなってしまう。
敵側としては格好の標的となる。月ノ宮も電気系“手駒達”の妨害で万全とはいかない。

「よしっ!いくそ、テメェ等!!」
「「「おうっ!!」」」

構成員と“手駒達”が銃や能力を従えて突撃して来る。人数では春咲達が不利。
月ノ宮が近くにある鉄製品に磁力を飛ばして銃弾の防御を、春咲が移動を止めて迎撃のための『物体転移』を発動しようとした・・・その瞬間!!






「さあ!!マッスル・オン・ザ・ステージの開幕だ!!皆、思う存分楽しんで逝ってくれ!!!」
「「「「「!!!??」」」」」






ボロボロの赤褌一丁姿の美青年・・・成瀬台支部員勇路映護が今にも崩れそうな屋根に空いた穴―抵部と閨秀が墜落した時にできた―から降臨した。

「「「キャアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!!!」」」

無論、降臨した時に発生した空気抵抗という名の不可抗力で褌が捲れ、彼の輝かしき漢(おとこ)の証が露になる。
勇路の声がした方向へ視線を泳がせた抵部・月ノ宮・春咲は、バッチリその証を目撃した。それ故の悲鳴である。月ノ宮に至っては2度目の目撃である。
重徳事変の折に、苧環が月ノ宮と共に界刺達と同行する決断を取り下げた最大の理由・・・『教育上の問題』がまた現出した。苧環の懸念は見事当たっていたというわけだ。

「あ、あいつは・・・『成瀬台の裸王』!!」
「何ィ!?事あるごとに最終的に全裸になるって言う、あの『学園都市一全裸の似合う男』か!?」
「『裸で出歩いても許してしまいそうな肉体美』とも言われてるらしいぜ!!『書庫』にそう書かれていたんだってよ!!」
「な、何でそんなことまで『書庫』に記録されてるのよ・・・?」

構成員達の驚き様に、春咲がゲンナリとした声色でツッコミを入れる。一体全体『書庫』への登録基準はどうなっているのだ?

「大丈夫かい、君達!?」
「大丈夫じゃないですよー!!!」
「やはりそうか。抵部ちゃん。怪我は・・・その右脇腹だね?それ以外は?」
「そんなことより、せいしんてきダメージの方がデカイですー!!」
「そうですよ!!何であなたの・・・あなたのアソコを2度も見ないといけないんですか!!?」
「月ノ宮ちゃん。何故怒ってるんだい?というか、君達が何故ここ・・・」

他方、抵部と月ノ宮は受けた精神的ショックから抗議の意思を勇路へ示すが、肝心の勇路は彼女達の抗議をイマイチ理解していない。そんなことよりも・・・

「・・・これは酷いね。すぐにでも治療を始めないと」

閨秀の容態を見て、早急な治療―『治癒能力』の行使―を行わなければならないと判断した勇路は即座に決断する。“邪魔”になる者の排除を。

「そのためにも・・・さっさと逝って貰わなければならないようだ」
「「「ビクッ!!!」」」

勇路の言葉に含まれた敵意を、彼の体から湧き上がる闘志に構成員達が寒気を覚える。

「抵部ちゃん」
「な、何ですかー!?」
「来るのが遅くなってゴメンね。色んな妨害に遭って、ここに来るのが遅れてしまったんだ。『シンボル』の人達にまたまた感謝だね」
「えっ?・・・あっ」

勇路の神妙な言葉を聞いた抵部は、勇路の格好―ボロボロの赤褌―と合わせて気付く。彼が、ここに来るまでに『ブラックウィザード』の攻勢を幾度も掻い潜って来たことを。
少女は知る由も無いが、これは159支部の援護もあっての“最高速度”である。
着衣は、受けた攻勢によって使い物にならなくなったので脱ぎ捨てている。常人なら怪我だらけな筈の身体も、『治癒能力』にて治癒しているだけなのだ。
それでも、『成瀬台の裸王』は毅然とした態度を崩さない。今自身に求められているのは、治癒の必要な『安静な場所』作りである。

「君達をマッスル・オン・ザ・ステージの終幕へいきなりご招待しよう!!」
「「「!!?」」」

それは、喩えるなら筋肉のワルツ。華麗に宙を舞い、優雅に足技を放っていく姿は、まるで肉のバレエダンサー。
それは、喩えるなら“柔”の極み。気品溢れるその一挙手一投足に誰もが魅了されて止まない筋の微笑。

「さぁ!!フィナーレへ逝きたまえ!!!」


その男―勇路映護―こそ、筋肉の女神に愛された漢。女神の愛撫を受けた人間に敵う者などこの世に存在しない・・・筈である。

continue!!

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最終更新:2013年08月30日 20:07