第20話「英雄不在《ファイティングヒロイン》」

11月3日 第七学区
お昼時を過ぎたファミレス。昼のピークを過ぎたことで客足は疎らになり、店内は全体的にガラリとしている。客がほとんどいないのか、店員もフロアに出てこない。
そんなファミレスの一角、端のテーブル席を樫閑と釈放されたメンバー達が席を埋める。6人掛けのテーブル席に釈放されたメンバー達たちが座り、樫閑は別の席から持って来た椅子を議長席に置き、そこに座る。隣のテーブルには毒島と茜が座り、ドリンクバーを頼んでいた。

「――――――――――以上が軍隊蟻の現状、そして貴方達が釈放された理由よ」

樫閑は軍隊蟻の現状、境界突破《アフターライン》計画阻止以降の軍隊蟻の事情と今回の大仕事の内容を話していた。より武装化する軍隊蟻、ブラックウィザードの台頭と壊滅、外部から来た能力者(魔術師)。大スペクタクルで映画化決定レベルの激動の4ヶ月を聞かされてメンバー達は言葉を失っていた。

「ま、まさかそんなことがあったとはな…」
「まぁ、ブラックウィザードが潰れたのは知ってるけどな。刑務所でメンバーと会ったし」
「先週、寅栄の兄貴と東雲の野郎が自由時間にキャッチボールやってたっす!」

ブボォ―――――――――ッ!

樫閑が口に含んでいた紅茶を噴き出した。寅栄瀧麻東雲真慈。穏健派スキルアウトと過激派スキルアウトのリーダーが仲良くキャッチボールするなんて誰が想像しようか。寅栄はともかく“あの東雲”がキャッチボールなんて想像できない。一体、あの刑務所で何があったのか、何が東雲を変えたのか、是非とも知りたくなった。

「え・・・・ちょ・・・何?キャッチボール!?あいつと東雲が!?」

笑いを堪える樫閑の肩は小刻みに震え、その手はまだ口に残る紅茶を噴き出さないように必死に口を抑えていた。

「ああ。あれは面白かったな。他にもテニス、重量挙げ、PK戦、ツイスターゲーム」
「おい!あれ忘れたら駄目だろ!運動祭対決!」
「あれは傑作だったな。カオスというか…もう東雲の奴はキャラ崩壊してたな。もうあいつの顔を見るたびに爆笑しそうだ…東雲が勝った時の微妙な表情が…」
「お前、それを言うなよ。コーヒー吹きそうになったじゃねえ」

樫閑は肩を震わせて俯く。もうドツボにはまったようで笑いが止まらない。隣のテーブルの毒島と四方神も声に出していないが、どう見ても笑いを堪えている。

「あ、あんたら笑い殺す気?」

釈放組はあの時の光景を思い出してにやけだし、樫閑と毒島、四方神はその光景を想像して必死に笑いを堪える。周囲から見ればもの凄く奇異な光景だ。
何の前触れも無く樫閑のスマホに着信が入る。半分笑いながら樫閑はポケットからスマホを取り出し、画面を見る。

(壱里から?何かしら)

『姐御ですか?大変です!ユマさんが…!』

緊急事態を想わせる壱里の声。さっきまで東雲のことで爆笑寸前だった樫閑は落ち着きと冷静さを取り戻し、鋭い目つきに戻る。

「落ち着いて。状況の説明を」
『は、はい!ユマさんが何者かに襲撃を受けて、重体だそうです!』

樫閑は疑問に思った。相手に能力を使う暇も与えずにブラックウィザードの残党を殲滅し、“ついで”程度であの界刺を潰した彼女を重体になるまで追い詰めるほどの敵。そんな彼女でも苦戦する強大な相手がいることに驚愕を隠せなかった。相性の悪い相手なのか、魔術には超能力とは違った発動条件のようなものが存在するのか、その疑問を簡潔にして樫閑は壱里に尋ねた。
帰ってきた返答はこうだ。

『あ…えっと、ユマさんはその…丸腰で第七学区の病院にいます』

その言葉を聞いた途端、樫閑の表情が固まった。いや、凍ったと言った方が良いだろう。表情はにこやかなままだったが、無言の怒りが全身から滲み出る。

「ねぇ…それどういうこと?」
『ええっと…その…今日の朝のことなんですけど…』


時は少し遡り、11月3日 10時ごろ
第五学区 軍隊蟻アジト
ユマが寝泊まりするために宛がわれた寝室。と言えば聞こえは良いが、6帖にも満たない部屋に無理やりベッドを入れただけの部屋であり、見張りもいることからほぼ軟禁に近い状態だ。
軍隊蟻はアジトの一つとして偽名でアパートの空き室を確保したりしているので、そこで寝泊まりさせるのも良いのだが、住人のほとんどが日本人であるこの学園都市で彼女の風貌は目立つ。その上、不法侵入者なのでなるべく人の目に付かず、軍隊蟻の管理下における場所が最善だった。ユマも樫閑の説明である程度は承諾している。

「はぁ!?『第七学区に行きたい』だぁ!?とうとう色ボケ過ぎて頭のネジでも吹っ飛んだんですかぁ!?」

そう挑発するのは舘皮迫華だ。ユマとは犬猿の仲というか、生き別れの姉妹疑惑が出るほど思考回路も行動様式もどこかユマと似ていおり、どちらかというと同族嫌悪に近い関係だ。

「とりあえず理由を聞け!理由を!これだから、恋をしたことがないお子様は!」
「そうだ!そうだ!百合の素晴らしさを知らぬお子様が!」

ユマの隣で智暁も迫華に反論する。

「誰がお子様だってえええええ!?よぅし!表出やがれ!今日という今日は決着を――――
「うるせぇ」
「あうっ!」

迫華の隣に居た狼棺が彼女の頭を叩く。セリフの途中だった迫華は叩かれた衝撃で舌を噛む。

「で、どういうつもりだ?自分の立場を理解しているのか?お前は不法侵入者で追われている身なんだぜ。この街のセキリュティだって甘くねえんだ」
「あ、そういう部分では私も同感です。そんなことよりベッドの上で私と一緒にラブラブチュッチュしましょうよ」
「昂焚となら大歓迎」

そう言って、ユマは智暁の頭に拳骨をかます。頭蓋骨をカチ割るぐらいの勢いだ。智暁は頭を押さえて「痛い~痛い~!」と泣きながら床を転がる。

「話が逸れたな。勿論、立場は理解はしている。でもお前達だって非公認の武装組織としてこの街で生きている。だとしたら、セキリュティの抜け穴ぐらい把握しているんだろ?」

二人はユマに見透かされているのを感じた。なんか凄い力を持つチンピラ外国人だと思っていたが、今思うとあの樫閑と対等な契約を結んだ女だ。ただのアホじゃないことは確かだ。

(……チッ。めんどくせぇ…)

「ああ。そうだ。で、何が目的なんだ?遊びや観光ならぶん殴るぞ」
「違ぇよ。昂焚探しの一環だ。学園都市の地図があると説明し易いんだけどな」
「その…魔術って奴なのか?」
「ああ。一つ、気になっている場所がある。昂焚を探すために探索術式を展開させたんだが、1ヶ所だけ不自然な反応を示した地点があるんだ。これは魔術師の私じゃないと分からない」

魔術について語られると二人は何も口を挟めない。捜している相手も魔術師なわけだし、頭の天辺から足先までドップリと科学サイドに浸かった二人にはどうしようもないのだ。ただ分かるのは、「この世界には学園都市の超能力・原石以外にも摩訶不思議な力が存在している」ということだけだ。

「私、レベル0でバカだから魔術だのなんだの語られると理解できねえ。どうするよ?」
「どうするもこうするも、協力するしかねえだろ。軍隊蟻とこいつの間にはそういう契約が結ばれてんだからよ。それによほどのことでもしなけりゃ警備網の方も問題ねぇ」

(それに何故か分からないが、風紀委員と警備員の指名手配リストにこいつはいなかった。問題を起こさなきゃ大丈夫だろ)

「そうか。じゃあ――――」
「但し、こちらから条件がある。お前の槍と荷物はアジトに置いて行け。持ち出していいのは財布とケータイだけだ。このままトンズラなんてされると困るからな」
「それくらいは大丈夫だ」
「じゃあ五分待ってやるから仕度しろ。俺は別件があるから、後を任せるぜ」

そう告げると狼棺は踵を返して部屋を出た。それに続いて迫華も部屋から出た。

「お嬢に報告するか?」
「勿論だ。壱里の奴に頼んどいてくれ。あいつからだったら、お嬢も上機嫌だしな」
「おっけ~」

迫華はケータイで壱里にメールを送った。
碌に学校に行っていない二人は知らない。
今日は平日で学校があるということを…


そして、学園都市 第七学区
青空が映るガラス張りの高層ビル群が立ち並ぶ学園都市第七学区の中心部。そのビル群の中にひときわ異彩を放つ建築物があった。
その建築物には窓が無かった。窓だけじゃない。出入口はおろか排気口、通気口すら見つからない。分子一つ通さない完全なる遮断を実現した建物だ。黒紫の外壁は青空が移るビル群と対象的になっており、専門の知識が無くともあれが特殊な素材だと思わせるほど普通では無く、不可解だ。
そこから約1km離れたビルの屋上。冬風に晒されながらユマは双眼鏡で窓のないビルを眺め、学園都市ガイドマップで何度も位置を確認する。背後には迫華と智暁、他2名の男性メンバーが監視役として立っていた。

(この世界には地脈・龍脈をはじめとしたこの惑星が持っている力の流れが存在する。力が集まるところに人は集まり、力が流れない土地には人は集まらない。逆に言えば、人がいる土地には必ず力が流れており、科学サイドの学園都市でも例外じゃない。
おかしい…。あのビルだけ異質だ。力が流れているのか、途絶えているのか分からない。まるで、あのビルの周囲だけモザイクがかかっているみたい…。あそこは何か異質だ。まるであそこだけ異世界みたい)

「やっぱり…あのビルだけおかしい。あれって何なんだ?」

ユマの問い掛けに智暁が答える。

「窓のないビルのことですか?確かウチの統括理事会の施設ですよ」
「ふぅ~ん。あのビルっていつからあるんだ?」
「正直、私達もよく分かんないんですよ。けど、けっこう昔からあるみたいです。あのビルから学園都市が始まったなんて話もありますからね」
「この街の最重要機関の庁舎みたいな感じか」
「てめぇ!まさかあそこに忍び込もうなんて考えちゃいないだろうなぁ!?」

最悪の事態を想定したのか、迫華がいつもの感じでユマに喰いかかって来る。

「いや、そこまで考えてねぇよ。昂焚も私と同じ不法侵入者だ。私にとって危険なら、昂焚にとっても危険だし、なんか分からないけど、魔術的観点から見てもあのビルはヤバい。あそこに昂焚がいるって確定事項にならない限りは手を出さない方が良いな」

ユマは双眼鏡を迫華に返し、学園都市ガイドマップをポケットに入れた。判断したのなら、もうこの屋上にいる理由は無い。ユマは出入口の方に向かい始めると迫華と智暁、2名のメンバーも一緒に屋上を後にした。


ビルの地下駐車場、そこに止まる1台の黒いワゴン。その傍らで参ノ宮工造《サンノミヤ コウゾウ》は鼻歌を歌いながらワゴンを磨いていた。
剃り込みのある短い染め金髪にガッシリとした体格。いかにもスキルアウトといった格好だ。

「よぅ。待たせたな」

背後から迫華たちワゴンに近付いて来た。

「おう。今『相棒』を磨き終わったところだ。どうだ?収穫はあったか?」
「とんだ無駄足だったぜ。さっさと帰りてえ」
「そりゃご苦労なこった。さぁ、乗った乗った」

参ノ宮に促されて全員がワゴンに乗る。
運転手は勿論、参ノ宮、助手席に迫華が座り、2列目に智暁とユマ、3列目に2人の護衛メンバーが座った。

「ちょっと地下街寄って行くぞ。今日、あそこのカーショップで安売りセールがあるんだ」
「じゃあ、ついでにゲーセンで遊んでご飯でも食べませんか?私、常連なんで案内しますよ」

(ユマさんと地下街デートだぁ!今日は平日で人通りが少ないから、人気のないところに連れ込んで…ウヒヒヒヒヒ…)
(―――――なんてことをこの小動物は考えているんだろうな…)

智暁の思考はユマにはお見通しだった。だが、少し遊びたい気持ちはある。昂焚の手掛かりがほとんど掴めず、そして元々短気な性分でストレスが溜まっているのだ。あと、単純に学園都市のゲームに興味がある。

「まぁ、ちょっとぐらいは―――」
「駄目だ」

ほとんどが地下街へ行くことに乗り気になるなか、迫華だけ反対の意を示した。彼女に呼応して最後尾の男性メンバー二人も手を上げる。

「お前ら忘れてねえか?こいつは不法侵入者なんだぜ。そんな奴を―――」

ユマのことを指でさした途端、迫華の頭にある考えがよぎる。ユマは外部の人間だ。学園都市製のゲームはおろか、もしかしたら普通にゲームをやったことがないかもしれない。逆に自分は暇さえあればゲーセンに通っている。ここでユマにゲーム対決をけしかければ自分が圧勝するのは間違いない。彼女に屈辱を与えられるのではないか…と。

「そうだな。軟禁されてばっかじゃストレスが溜まるから、たまには遊ばせるのも大切だな」
(舘皮が…舘皮がまともなこと言ってる!)

軍隊蟻男性陣の心中は一致していだ。

(まぁ、攪乱皮膜《ステルススキン》の効力もまだあるし、問題無いか)

学園都市の監視カメラには映像に写った人間の骨格のデータを取り、学園都市の犯罪者データに照合する機能が備わっている。外部でも用いられている技術だが、学園都市のそれは更に進化しており、一瞬だけ写った人間でも骨格データを逃さず、フードを被ったり整形したいりしても間違えることは無い。逃走犯にとっては眉唾な存在なのだ。
攪乱皮膜《ステルススキン》は監視カメラによる頭部の骨格データ採取を妨害し、全く異なるデータを習得させることを目的としたツールだ。非常に薄い化粧パックみたいなものを30分ほど顔に付けた後、剥がすことで皮膚の表面に電波や赤外線などを攪乱する極薄の透明な皮膜が顔に張りつく。攪乱できる量はごくわずかだが、骨格データを歪めるには充分な代物だ。時間の経過と共に剥がれていく欠点がある。

「おっし!じゃあ、行くぜ!」

参ノ宮はワゴンのアクセルを踏み込んだ。


第七学区 地下街
数々のショップが立ち並ぶ地下街。料理や栄養関係に力を入れているため、レストラン街道のような場所だが、薬局やホームセンター、アクセサリーショップにゲームセンター等も充実している。
今は平日の真昼間ということもあってか、大学生や非番の教員、学校に通わないスキルアウトにそれ目当ての警備員ぐらいしかいない。中学・高校がメインのこの学区では少数派だ。
カーショップに向かった参ノ宮を除く御一行はとあるゲームセンターに来ていた。

クレーンゲーム対決
WINNER ユマ

「ぬわああああああああ!!!取られたああああああああ!!」
「見たか!カリブの海賊直伝のサルベージ技術!」

格闘ゲーム対決
WINNER 迫華

「こんなのありかよ!チートだ!チート!」
「チートじゃねえ!徹夜で考えたハメコンボだ!」

レーシングゲーム対決
WINNER ユマ

「マフィアと警察の両方に追い回されたあの日に比べりゃどうってことないな!」
「ちくしょう!次だ!次!」

シューティングゲーム
WINNER 迫華

「軍隊蟻のメンバーは伊達じゃねえ!」
「ちきしょー!あとちょっとだったのにぃ!!」

そんな感じでユマvs迫華のゲーム対決に振り回されていた。


一方、カーショップで買い物を済ませた参ノ宮は大量の荷物を抱えて満面の笑みで歩いていた。鼻歌からも機嫌の良さが窺える。

「~♪ちょっと買い過ぎたか?前が見づれぇ…」

抱えた荷物は参ノ宮の視界を完全に遮っていた。頻繁に荷物の脇から覗きこんで前を確認する。



ドンッ…



「いたっ!」

案の定、前に抱えた荷物が少女とぶつかった。その衝撃が伝わり、参ノ宮は足を止める。ぶつかった時の声はとても幼く「泣きだしたら面倒だなぁ」と、そう思って90度回転して相手を見た。

「げっ…月詠小萌《ツクヨミ コモエ》先生…」
「あっ!参ノ宮ちゃんじゃないですかー!わざわざフルネームでご苦労なのですよ~。それと先生を見て『げっ』とは何ですか!『げっ』とは!」

月詠“先生”と呼ばれる桃色の神の少女。小学校低学年並の身長で見た目年齢相応の格好をしているが、これでも実年齢は凄いことになっている。
参ノ宮は、かつて自分を補導した警備員の黄泉川愛穂《ヨミカワ アイホ》先生を経由して小萌先生とは何度か面識がある。

「先生…今日、平日ですよね?」
「先生は可愛い教え子のシスターちゃんからお昼のラブコールを受けたので、ちょっと彼女のお弁当を買いに行ってたのです」
(教え子のシスター?生徒の妹ってことか?随分と面倒見の良い先生だな…。俺が中学の時、こんな先生がいたら…)

参ノ宮はそんなことを考えながらも過去のIF(もしも)を強く求めない。過去のIFは求め過ぎれば、過去の否定に繋がり、現在(いま)の否定に帰着するからだ。
参ノ宮が思案に暮れている間、小萌先生はケータイを操作していた。誰かからメールが来たようだ。

「あ、そうだ。参ノ宮ちゃん。この辺りでこんな子を見かけませんでしたか?風川正美ちゃんって子です」
(あれ?どっかで聞いたことのある名前だな…どこだっけ?)

参ノ宮はどこかで彼女の名前を聞いたことがあるが、それがどこなのか分からない。とりあえず、プライベートで映倫中学なんてエリート校とは関わりが無いので、軍隊蟻関係で聞いたことは確かだ。
小萌先生がケータイの画面を参ノ宮に見せる。映倫中学の制服や写真の感じから映倫中学の学生名簿から拝借したものだろう。

「いや、見てないっすね。かなり昔に名前だけは何か聞いたことがあるんすよ。どうかしたんすか?」
「さっき、第七学区の教員連絡網で回ってきたのですよ。学校に来てなくて、寮にもいないそうなんです」
「それ、タダのサボりっすよ」

脊髄反射の如く素早い回答が参ノ宮から帰って来た。不良から見れば、学校サボって寮から出て遊び呆けるなんていつものことだ。現に参ノ宮や迫華もその一人だ。

「風紀委員の彼氏がいる真面目な子らしいんですよ」
「先生。人間誰もが魔が差した時ってのがあるんすよ。真面目な勉学少年が突然コンビニで万引きする感じで。それにまだ昼前っすよ?いくら何でも心配し過ぎっす」
「まぁ、普通ならそうですね。けど、彼女の場合はちょっと特殊なんですよ」
「特殊?」
「はい。彼女は今年の夏ごろにブラックウィザードというスキルアウトが起こした事件に巻き込まれているのです。そして、恋人の風紀委員が解決したこともあって、そういった人達からは凄く恨まれているんですよ」

その説明を聞いた途端、参ノ宮の脳内でモヤモヤとしていた記憶に風が吹き、一気に晴れた。

「ああっ!」

その時、彼は全てを思い出した。風川正美という名前を夏に軍隊蟻で行われたブラックウィザード残党対策会議で聞いたこと、彼女が神谷稜の恋人であることを。そして、昨日の第六学区で神谷稜と樫閑が邂逅したことを。

「どうかしたのですか!?」
「ああ…いや、どこで名前を聞いたか思い出しただけっす。でもやっぱり、今日は見てないっすね。チームのみんなにも伝えておきましょうか?懸賞金が出れば、血眼になって捜すっす」
「懸賞金は出ませんが、お願いするのです。じゃあ、先生は急いでいるので」

そう言って、月詠先生はそそくさと参ノ宮とは反対方向に消えて行った。
「ちゃんと前を見て歩くのですよ~」と遠くから言い残して…

大量の荷物を抱えながら迫華たちがいるゲームセンターに到着した。ゲームセンターでお馴染みのダンスゲーム。そこで大量の汗を滴らせながらユマと迫華は競うようにダンスゲームに興じていた。互いに肉体的・精神的に白熱した戦いが繰り広げられていた。

「まぁ、こんなことだろうとは思ったよ。おい、調子はどうだ?」

参ノ宮が智暁に語りかけた途端、何かが彼の頬をかすった。それと同時に彼の前方にあるダンスゲームの上半分が綺麗に消し飛んだ。ユマが踊っていた方の媒体だ。参ノ宮の掠った跡から少量血が滴る。痛みと生温かい流血。参ノ宮は悟った。



(襲撃!?)



ユマ達が後方を振りかえる。
槍を持った浅黒い肌の少年。学園都市ではほとんど見られない和服を着こなしている。その特徴は神道系倭派の魔術師、香ヶ瀬輝一その人だった。しかし、醸し出す雰囲気は普段の香ヶ瀬とは大きく異なる。隠しても隠しきれない殺意、据わった眼差し、その瞳は一切の光を写さなかった。
そして、彼の周囲には大小様々な石、岩石、瓦礫の塊が浮遊していた。

(あの野郎か…何者だ?銃を持ってねえってことは…能力者か?)

香ヶ瀬の周囲には小さな石ころがいくつも浮遊している。彼の魔術、天津甕星の「星辰」によるものなのだが、科学サイドの人間から見れば念動力で小石を浮かしているようにも見える。

「今のは威嚇だ。大人しく投降すれば、命だけは助けてやる」

(“命だけ”ねぇ…)

霊装をアジトに置いて来たのはあまりにも無防備過ぎた。ユマはそのことを悔やみ、警戒心や危機管理能力の減退を感じる。

「おい。あれ、てめぇの知り合いか?どうにかしろよ」

別のゲーム機の陰に身を隠す迫華が声をかける。参ノ宮と2人のメンバーも迫華と一緒だ。

「あんな奴知らねえし、霊装持ってたら一瞬で全身複雑骨折ICU(集中治療室)送りに―――――





ズガガガガガガァァァァァァン





香ヶ瀬の周囲に浮く小石がマシンガンのように射出され、ゲームセンターの窓ガラスが次々と粉砕されていく。同時に巨大な岩石を塵や小石、瓦礫から集めて形成し、それを射出することで設置されていたゲーム機を跡形も無く吹き飛ばしていく。

「総員!退散!」

蜘蛛の子を散らすように逃走する。上手くゲーム機の裏に身を隠すように従業員カウンターの奥にある従業員用出入り口へと向かう。

「逃がすか!!」

香ヶ瀬は大きな岩石を次々と射出する。設置されたゲーム機器は次々と跡形も無く破壊され、床も抉られて更に下のコンクリートが姿を見せる。飛び散るガラス片と鳴り響く警報音がただでさえ五月蝿いゲーセン内部を更に騒がしくする。

「カウンターを乗り越えたら従業員出入口に行け!そこから別の出口に出られる!」

先頭の迫華に続いて、ユマ、参ノ宮、二人の男性メンバーがカウンターを飛び越える。
そして、最後に智暁が飛び越えようとした瞬間だった。

「伏せろ!小動物!」

智暁に香ヶ瀬の射出した隕石が直撃する。この瞬間だけで肋骨数本は折れただろう。トラックにでも撥ね飛ばされたかのように彼女の身体は数メートルほど浮き上がり、壁に叩きつけられた。

「大丈夫か!?」

参ノ宮がカウンターを飛び越えて智暁を助けに行こうとする。しかし、ユマが彼の肩に手を乗せ、それを支柱にしてカウンターを飛び越えたことで参ノ宮の行動が妨げられた。

「バカか!?てめぇが戻ってどうする!」

智暁を助けに戻ったユマを迫華は怒鳴り飛ばす。仲間を助けに行ったことに怒ったのではない。確かにあのまま智暁を放置すれば相手(香ヶ瀬)が何をするのか分からない。助けは必要だろう。その役を最も逃げるべきであるユマが自ら被ったことに怒っているのだ。

「こいつの目的は私だ!なるべく時間を稼ぐ!」

ユマからの返答はそれだけだった。

「…………チッ!死に急ぎが…行くぞ!」

迫華は顔を背けて視界からユマを外す。

「へ、へい!」

迫華と参ノ宮、2人のメンバーは従業員用出入口へと入って行った。

(どうせ、あいつは私の位置を特定できるんだ。逃げも隠れも出来ない)

ユマが使う霊装「イツラコリウキの氷槍」は「植物殺しの霜」「全てを曲げる冷気」の異名を持つアステカの神“イツラコリウキ”の頭部に刺さっているという伝承がある。その伝承から、槍は頭を貫通して然るべきものなのだが、人間にそんなことをすれば確実に死ぬ。そのため、額に刺青を入れ、魔力で形成された物理的には0に等しい槍を頭部に刺すことで代用している。そのため、魔力は常にダダ漏れで簡単に索敵される欠点がある。
香ヶ瀬は余裕の表情で迫華たちが出ていくのを見届ける。どうやら本当に用があるのはユマだけのようだ。そして、再び視線をユマと彼女の後方で倒れる智暁に向ける。

「賢明な判断だな…。あんたが残れば、無駄な犠牲は出ずに済むんだ」
「無駄な…犠牲ねぇ…」

そう言って、ユマは倒れている智暁を一瞥する。
死んではいない。微かだが呼吸もある。意識もある。しかし、岩石の衝突で腹部、壁への激突で頭から出血している。このままだと彼女の命が危うい。

(あいつらが増援を呼ぶまでの時間を稼ごうかと思ったが…そう言う訳にもいかないか)
「で、私に何の用なんだ?」
「別に用ってほどのことでもないさ…あんたはただ――――――」

1つの小石がユマの腹部を貫通した。銃で撃たれたのと同じだ。血が流れ、激痛のあまり手で傷を押さえる。

双鴉道化が出て来るまで俺に嬲り殺されていれば良い」
「どういう――――――



ゴッ!!



自分と双鴉道化に何の関係があるのか。それを香ヶ瀬に問う間もなく、背後から飛んできた拳ぐらいの大きさの石がユマの後頭部に直撃する。その衝撃でバランス感覚が狂い、目眩と共に倒れた。

「三半規管を狙ったんだ。しばらくは立てないだろう」

香ヶ瀬はユマに近付き、彼女の頭を踏みつける。普段の香ヶ瀬からは想像できないほどの嗜虐性が垣間見える。姉への復讐、イルミナティの殲滅。それに繋がる“過程”に彼は一切の罪悪感を持たなかった。
ユマは抵抗して香ヶ瀬の足首に掴みかかるが、すぐに足蹴りで弾き飛ばされ、その腕を彼の槍で貫かれた。

「さぁ!見ているんだろ!双鴉道化!!このままだとお前のお気に入りが死んじまうぞ!!」
「どういう――――――――ことだ?」
「あんた、本当に知らないんだな。双鴉道化は昔からあんたのことを監視していたんだよ。いや、監視と言うよりは…ペットを眺める感じに似ているな」

それを聞いた途端、ユマは唖然とした。イルミナティという組織についてはある程度は知っているだけであり、それ以上の関わりを持ったことは無い。これまで味方になることも敵対することも無かった。
そんな自分を双鴉道化が興味を持つなんて考えられなかった。それどころか、自分と言う存在を認知されていることも驚きだ。

「……………」
「驚いて声も出ないってか?あいつ、お前が死なないようにあれこれと裏工作はしてたみたいだぜ。あんたも何か自分の背後で大きな力が動いていることぐらい、薄々気づいていたんじゃないか?」

そこで香ヶ瀬は大きく息を吐いた。

「それにしても遅いな。双鴉道化の奴は。ヒーローは遅れてやって来るってか?」

その言葉を嘲笑うかのようにユマはフフッと鼻で笑った。

「何が可笑しい?」
「ヒーローが来なくたってなぁ…







―――――逆転劇はあるんだよ」



グチャァ!!



突如、水風船のように香ヶ瀬の右手首が破裂する。真っ赤な血と肉片が辺り一面に飛び散り、爆発の衝撃で骨も砕け散り、原型を残さないほど彼の右腕は無残な肉塊になる。

「あああああああああああああああああああああ!!!腕が!俺の腕がぁぁぁぁ!!」

香ヶ瀬は左手で流血を押さえるが、滝のように流れる血を止めることは出来ない。血と一緒に結合が中途半端になった肉片が潰れたトマトのようにボタボタと落ちていく。

「よくやった!智暁!」

ユマは即座に飛び上がり、智暁の元へ駆け寄る。意識は途切れる寸前だ。彼女は意識を失う寸前の最後の力を振り絞り、香ヶ瀬の腕に熱ベクトルを集中、彼の右腕の水分を沸騰させ、人体爆破を引き起こしたのだ。

「や…やりました…」
「分かった。もう喋るな」

ユマは智暁を背負って立ち上がる。バランス感覚がまだ完治せず、覚束ない足取りで激痛に悶絶する香ヶ瀬を他所にゲームセンターから出た。何度も倒れそうになり、地下街の通路の壁に身体を預けながらゆっくりと歩く。

「はぁ…はぁ…こっちで…大丈夫だったよな?」

ゲーセンでの騒動で避難警報が鳴っていたのか、地下街には誰一人として居ない。騒がしかったゲームセンターでの戦いとは裏腹に静寂に包まれた通路を歩き続けた。歩く度に腹部に激痛が走る。智暁を落とさないよう手に力を入れると槍に開けられた傷が痛む。
静寂を打ち破るかのようにドタドタと騒がしい足音たちがユマに近付いて来る。前から聞こえるのと複数であることから、香ヶ瀬ではないことは分かる。

(ここの治安維持組織か…)

智暁にとっては助け舟だが、不法侵入者の自分にとっては遭遇したくない組織だ。
武装した特殊部隊が次々と角から姿を表す。条件反射なのか、それとも自分が不法侵入者だと理解しているのか、彼らは即座に銃口をこちらに向けた。…が、すぐに下ろした。ボロボロになった姿のユマと意識を失っている智暁を見れば、明らかに被害者に見える。

「銃を下げろ!超絶怯えてるじゃない!」

そう言って、一人の警備員がユマ達に駆け寄る。細く筋肉質な体型で、服の上からでも分かる巨乳で女性だと確信が持てる。

「大丈夫か?」

駆け寄った警備員がヘルメットを外し、素顔を見せる。
茶髪のショートヘア、凛々しくはっきりした中性的な顔立ちの女性だ。彼女へのイメージとしては可愛い・綺麗よりもまずカッコいいが来る。
彼女の名は破多野二海《ハタノ フタミ》。国鳥ヶ原の体育教師であり警備員でもある。平日の昼間に召集された(教師としては)非番の警備員たちの一人だ。

「私は…大丈夫だ。それよりもこいつを早く病院に…」
「分かった。よくここまで連れて来てくれたな。後は私達に任せて」

二海はユマから智暁を受け取る。そこで安心しきってしまったのか、ユマの意識も朦朧となり、膝から崩れ落ちた。




ちょ!大丈夫!?

中学生と外国人女性を保護!

救護班!担架2つだ!

意識が無い!早くしろ!

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最終更新:2013年05月25日 03:57