「…………………………(前回のあらすじ!)」

かっ!と目を開いて叫んでみる。叫ぶといっても声は出ないから心の中だけなんだけど。
とにかく、前回のお話を忘れてしまった少年少女達の為に瞳お姉さんが説明してあげましょー。

「…………………………(私、罪木瞳は不測の事態が発生し、迷子になってしまった)」

原因は、デバッカーの仲間である富士見焔とのちょっとした勘違いである。
正直、こっちの非もあるので約束をすっぽかされても怒れないのが現状だ。

「…………………………(いつも通る道が工事中という出来事も重なって、道が分からなくなった訳だ)」

そんなこんなで私、罪木瞳が彷徨った末に辿り着いたのは『学舎の園』と呼ばれる場所。
そこで見かけた三人組―――御坂美琴と白井黒子と朱善寺佑乃―――から得た発想により…

「…………………………(偶に見かける雰囲気の違う人物―――言うなれば『主人公』と言うべきか)」

そういう人物を探して、行動を共にする。
退屈を潰せればそれでいいし、そういう人物がどういう考えを持っているのか覗いてみるのも良い。

「…………………………(その過程で帰り道が分かれば御の字、って事で)」

そうして出遭ったのはお騒がせな四人組―――通称・バカルテット―――
紆余曲折の末、この四人と行動を共にすることになった。その為にロリコン疑惑を掛けられた粉原くんに黙祷。

「…………………………(そんなこんなで自己紹介を終え、今は街を歩いている所だ)」

ちなみに、彼女らの名前もきちんと教えてもらった。
金髪の子が金束晴天、胸の大きい子が銀鈴希雨、褐色の女の子が銅街世津、そして犬っぽい三編みちゃんが鉄鞘月代
いつもこの四人で連れ立って、何かと騒ぎを起こしているのだとか。

「…………………………(はい、ここまで前回のあらすじ)」

投げやりとか言わないでね?という訳で、はじまりはじまり~




―――とある猫娘達の日常 第5話 とある瞳の普通じゃない一日(バカルテットと沈黙少女)―――




「あれ、罪木。何処見てんの?」

『なんか変な方向に身振り手振りしてた様な気がしたんだけど…気のせいか』

私が明後日の方向を見ているのを訝しんで尋ねてきた。
ただ第四の壁の向こう側に話しかけてたんだけど、それを話すわけにもいかない。ってか話せない。

「…………………………(いえいえ、何でもありませんとも)」フルフル

時にはデット○ールの如く、世界の禁忌すら軽く破ってしまうのが私という女なのだ。
いや、私の場合どっちかといえばシュマゴラ○の方がしっくりくるか、瞳だけに。

「そう?なら別に良いけどさ」

『気のせいか…なんか回り皆名前で呼んでるのに私だけ苗字ってのもおかしいか…?』

改めて前へ向き直る金束。彼女は私の事を罪木と呼ぶことにしたようだ。
女の人でそう呼ぶ人は少ないので、意外と新鮮な気分である。

先ほど、歩きがてら私が喋れない事等を説明した。
もとい、説明とは名ばかりでこちらのジェスチャーを察してもらうというものだけど。

「でも、瞳ちゃんも大変だね~。喋れないのって不便じゃない?」

『私がもし晴ちゃんと話せなかったら…ぞっとしちゃうな~』

続けて話しかけてきた銀鈴は、瞳ちゃんと言う慣れた呼称を採用したようだ。
喋れないのは不便か、と。まぁ言う通りだが、もう喋れなくなって5年以上経つし、慣れたとしか言い様が無い。

それに、確かに銀鈴みたいなタイプは喋れないと中々に厳しそうである。
好きな人に好きって言えないのは辛いだろう。銀鈴ならなおさらだ。

「…………………………(まぁ、もう慣れてるからね)」クスッ

なんとなしに、笑みがこぼれる。
そんな私の表情を見て、また一人言葉を発した。

「人間どんな状況でも、時間があれば慣れてしまうんやなぁ」

『想像がつかんといえばつかんのやけど…この子の様子みとると辛くは見えんしなぁ』

私の無言の苦笑に、同意と関心の言葉を漏らす銅街。
確かにその通りだ。声を出せないのも、色が見えないのも慣れてしまえばどうと言う事は無い。
銅街も、笑う私を見て辛くは思っていないことを察したようだ。

そして私の境遇を辛いとも思わないし、思わせたくも無い。
そういう意味では、銅街は期待通りの反応をしてくれているようで何よりだ。

でも、ふと思った。

「…………………………(最初からそうだったのなら、少しは違う心境だったのかな…)」

生まれた時からこうだった訳では無い。私は、色のあった世界も、自分の声もまだ覚えている。
取り戻せる日は、来るのだろうか…。取り戻したとして、何が変わるわけでもないとは思うけど。

「でもでも、意思疎通出来る相手が居ないのは辛いんじゃないです?」

『言葉が無いと、気持ちを交わすのは難しそうです…。瞳ちゃんは孤独ではなかったんでしょうか…?』

私が少しばかり表情を落としたのを知ってか知らずか。
最後の一人が私に声を掛けた。その少女は鉄鞘。犬のような印象を受ける三編みちゃんだ。

「…………………………(別にそういう訳ではないよ)」フルフル

意思疎通出来る相手なら少なくとも二人はいる。
どちらも大切な親友だ。あの二人が居るのなら不自由な暮らしも辛くは無い。

それに、実は私は孤独であった期間というのは殆ど無いのだ。
施設から連れ出された後は視歩たちと一緒だったし、施設に居た頃は友達もいたし。

……………もう、二度と会えないのだけれど。

「…どうかした?何か険しい顔していたような気がするんだわ」

『この子、何だか子どもっぽくないわ。今の表情も、どっちかというと…』

おっと、顔に出てたなんて…俺もまだまだ修行が足りないぜ。
私のポーカーフェイスはチャームポイントなのだ。崩してはもったいない。嘘だけど。

なんて冗談はさておいて。なかなか打ち解けてきたようで何よりだ。
仲良くなる、という目的は達成できたらしい。親交を深めるのは重要である、って事ね。

ともかく、なんだか心配そうな目で見られているので

「…………………………(大丈夫。何とも無いよ?)」

笑ってごまかす。金束も微かに笑って、気のせいという事にしてくれたようだ。
こういう時、笑顔は大事であると思い知らされる。

意思疎通が出来ない人間ってのは、確かに仲良くなりづらい。
私なんかはそもそも表情の少ない性質だし、その傾向は顕著だ。

だから、せめて笑顔だけは自然に出せるように、と心がけている。
それが出来なかった頃は今より更にやりにくかった事を覚えていた。

「…………………………(施設から出てすぐの頃は、視歩とすらギクシャクしていたしね)」

今となっては懐かしいが、当時は本当にお先真っ暗な状態だったし…。
それを考えると、今の暮らしは比べ物にならないくらいに上等だ。

「あれか、学校の友達とかが良くしてくれるんやろうな。良い顔してるやん、この子」

『やっぱり小さい子は笑ってるのが一番いいとね~』

この人は裏表が無いな、全然。それはさておき。

「…………………………(それはどうも。言う通り、毎日楽しく生きてますわ)」ニコニコ

学校の、という部分を除けば真実なので肯定しておく。
そもそも友達を作りにくい私にとって、デバッカーという集まりは丁度良いのである。

正直な話、普通に学校に通うよりも今の生活の方が私には適している、という事もあって
創設者の視歩や、メンバーのみんなには感謝してもしきれない。

「喋れないとか関係ないですっ。だってこんなに可愛くて良い子じゃないですか~!」

『何でですかね~、何故か自分でも分からないくらい瞳ちゃんが可愛くて仕方ないんですっ』

何だかだんだん立ち位置が近づいてきている鉄鞘が黄色い声を上げている。
ここまでかわいいかわいいと言われるのは珍しいので少々面食らっているが、不思議と不快感は無い。

こういう接し方に限れば焔に似てもいる気がしないでも無いようなある様な。
他のところは似ても似つかないが。

「いつもはストッパー役の月代が今回はボケに回ってるんだけど…」

「よっぽど瞳ちゃんを気に入ったんだろうね~」

どうやら普段とは大分ちがう様子らしい。
ふと横を見てみると、さっきより近くなっている鉄鞘と目が合う。

「どーしました、瞳ちゃんっ♪」

…上機嫌だ。

もはや目の中にハートマークを浮かべている鉄鞘だが、その心には邪なものは感じない。
強いて感じるとしたら…

『大人しい子って良いですよねっ。金束さん達は何だかんだと騒がしいですし、それが良いんですけど。偶にはこういうのも…』

ツッコミ役は自分でも気付かないうちに溜まってる物があるらしい。
誰でもある事だし、仕方がない事なのは私が一番よく知っている。

「…………………………(駄弁りながら、だけど…もう大分歩いたな)」

しかし、辺りの景色は変わらず見覚えの無い物だ。
四人は特に目的も無く歩き回っているだけの様だし、こうして駄弁るのが主目的なのだろう。

「うわぁ~、やっぱり瞳ちゃんかわいいよぉ~!」

唐突に、抱きつかれる。鉄鞘には特に気に入られているようだ。
彼女も本来そんなに積極的な性質では無いようだし、それを知っているとこれも嬉しくはある。

「…………………………(体型も私に近くて好感がモテるな、うむ)」ジー

目線を胸部に向けてみる。うむ、私と対して変わらないな。
その視線に気付いたらしい鉄鞘が、がびーんと言う擬音が聞こえてきそうなリアクションで

「さ、流石に瞳ちゃんよりはありますですっ!私の方が年上なんですし!」ペターン

『あ、ありますですよね?流石にこんなちっちゃい子に負けたら私…』

「…………………………(いえいえ、ご謙遜なさらずに…)」ペターン

どう見たって私と大差ないです本当にありがとうございました。

ちなみに周りに目を向けてそこらへんの戦闘力を計測してみると。
まず、金束だ。胸部に目を向けていると、金束は一言

「いや、どっちもどっちでしょ」フツー

と一刀両断。遠慮と言う言葉はどこにも存在していなかった。ちなみに普通くらいだった。
そしてそれに同意するように、銀鈴が微笑みながら

「どっちも小さくてかわいいと思うよ~」ボイーン

…胸が揺れたぞ。嫌がらせか何かなのかこれは。とにかくぱつぱつだ。
隣にある鉄鞘の顔を見ると戦慄している様だ。ってか、顔ちかっ!

「きさめ…少しはつきよを気遣ってやらんか…」ボイン

銅街だけが呆れ顔でいるようだが、その胸では逆効果だ、ぐぬぬ。ちなみに銀鈴よりすこし小さいか?
相変わらず顔が近い鉄鞘もジト目で銅街を見ていた。

「な、なんじゃあ…?なぜそんな目でみるん…?」

『ウチ、今変な事言っちゃったんか?』

彼女は微妙に空気読めないキャラでもあったのか。
銀鈴の場合は確信犯的なとこあるけど、銅街は天然でやってるみたいだし。

「せっちゃん、やっぱり天然さんです…」

今回が初めてでは無いようだし…。
いろんな意味でバランスの取れている四人だなー。

「む、胸だけで女の価値が決まる訳じゃないっての!ってかいつまでこの話してんだコラ!」

金束も思うところがあるらしいが、私から見れば金束だってある方である。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


…胸談義はもういいとして。改めて回りを見渡す。

「…………………………(見たことの無い所だなぁ)」

あたりの風景は相変わらず見覚えの無いものだった。
この四人の知っている所かな…?

『なんか、いつの間にか知らないところに来てるわ』

おや、どうやら四人も知らないところの様だ。
この学区は治安も良いから心配する必要はないだろうけど。

「ここ、見た事無いよね~。人の姿も見えないし」

さてさて、前方には何やらビニールハウスのような建物が見えてきましたよぉ~。
と、旅番組のナレーションのような心持ちでいると…

「お、植物園だわ。ほら、そこに看板が」

ホントだ。『太陽の園』そう書かれた看板が鎮座している。
その看板には、植物園という文字も記されている。

「こげなところに植物園なんてあったんか」

『こういうのはどこかの学区にまとめられとるんやなかったかな?』

「ちょっと中が気になるです」

『知らないところって、訳も無くどきどきしますです』

確かに気になるので、近くまで行ってみることにした。
おや、よくみると入園料は無料の様だ。微かな植物のにおいがすでに外まで漏れてきている。

「ねぇ、晴ちゃん。入ってみよ~」

『新しい刺激って、仲を深めるために良いっていうからね~』

「趣味じゃないけど、まぁやる事ある訳じゃないし、罪木もいるし。いいんじゃない?」

『植物園かぁ。来るの何年ぶりかわからないわ。…すこし楽しみかも』

二人が入る気になると、残りの二人も同意の意を示した。
かく言う私も興味があるし、このままついて行くことにしよう。

「…………………………(まぁ、何かがありそうな予感はするかな)」

私の勘は、良く当たるのだ。根拠も何も無いのだけれど。
という訳で、行ってみましょ~。と足を踏み入れる私達であった。


~~~~~~~~~~~~~~~植物園『太陽の園』~~~~~~~~~~~~~~~~


ビニールハウスじみた印象を与える、多数の大きなガラス窓で囲まれた建物。
その扉をくぐる。―――――そこは一面の黄色い世界だった。

「おお…。こりゃあ壮観ね…」

「うわぁ…。すごいね~」

なるほど、太陽の園とはよく言ったものだ。
一面に広がる黄色は向日葵による物。太陽の花のみを集めた園に相応しい名前な訳だ。

「向日葵だけがぎょうさんあるんか…。何処を見ても黄色やなぁ」

「ここまで一つの花を集めると、逆に単調に思えなくなりますですぅ…」

四人とも感嘆の声を漏らしている。
確かに溜息の出る光景だ。ここまで向日葵のみを集めるとは…
その明るさは確かに太陽を思わせる程に達していた。

「…………………………(しかし、これは…。ほんとに目を奪われるな)」

…ここまで言っておいて何だが、私にはこの向日葵の黄色は見えていない。
私には色覚障害があり、全ては白黒に見えるのだ。

もちろん、明暗は読み取ることが出来るので、向日葵の大群の明るさは良く分かる。
だが、向日葵たちの放つ黄色は私の脳には届かないのだ。

ならば―――と疑問に思った人も居るかもしれない。
私は同行してきたバカルテットの四人と出会ったとき、その特徴を色を交えて説明していたではないか。

「…………………………(その理由こそ、私が誰かのそばに居たいと思う訳でもある)」

私は人の心を読む。悪意に関する物だけ、という制限があるがそれは言うほどの枷とならない。
なぜなら人の感情は複雑であり、それ故に人の感情を構成する要素に悪意が少しでも含まれる物は多い。

もちろん、本人すら意識しないほどの些細な物。
それも悪意と呼ぶには相応しくない、負の方向に向いている、というだけの感情。

「…………………………(だからこそ、この力は便利であり、業が深い)」

人は何かモノを見るとき、それが自分とは違う物であると感じる。
ほんのその程度の『排他』の感情ですら、私の能力には引っかかるのだ。

しかしそれ故に、人と共に居るときに限り私は自分では読み取れない世界の色を知れる。
人が『アレは何色だ』と思うその思考を読んで色を識る。

「…………………………(これ、最近できるようになったんだよね。私の能力も成長しているんだろうか)」

この素晴らしい景色の感動を得られる事、その理由たるこの力に感謝しつつ、再び向日葵たちに眼を向ける。
変わらず、景色は白黒だがそこには色を感じる。

それは気のせい。他人との繋がりが感じさせる錯覚。―――でもとても愛おしい錯覚。



―――で、だ。こんな話でお茶を濁しても仕方ない。本題に入らなくてはならない。
私は一面の向日葵を見た。たくさんの黄色のイメージは他の四人の心から流れてくる物。

その中に一つ、私だけが認識できる―――――青色が見えた。

「…………………………(青色は、悲しみの色…)」

ふむ…。ここに入る前に感じた予感じみた勘はこれが原因か。
というか、無意識下であの青色を見ていたのかも知れない。

―――この景色に、あの青色は似合わないな

考えてから、気付き、自嘲する。

「…………………………(私も視歩の事言えないくらい、首を突っ込みたがる性質だ)」

私はあそこに見える青色の持ち主をどうにかしたいらしい。
私にはハンデが多過ぎて、普通の人の様に誰かの助けになるのは難しいと言う事はよく分かっている筈なのに。

「…罪木?どうかした?」

いつの間にか声を掛けられていた。
気付かなかったのは感傷のせいか景色のせいか。

「きっと見とれてたんだよ~。晴ちゃんだってしばらく固まってたもんね~」

「なっ、別にアタシはそこまで感動したりはしてないっての!」

『ちょっ!何で分かるんだよ!?』

銀鈴は相変わらずにやにやというかニコニコと金束を見ている。
本当に金束の事が好きなんだなぁ。どこかの紅いのを思い出すが、こっちは清潔な感じ。

「相変わらず素直でねぇこったなぁ、せいてんは」

「あはは。それでも、そういうところがらしいんじゃないですか」

『ほんと、騒がしいけど楽しいです。すこし前の私には、きっと分からなかったんだろうなぁ』

銅街も鉄鞘も微笑ましそうにそれを眺めている。
いやはや、こんな太陽に囲まれたと見紛う様な場所でもこの四人は普段と変わらないようだ。

「あー、もう!いい加減にしろっ、お前ら!」

くわっ、と目を吊り上げて金束が怒っている。
からかわれて恥ずかしくなったんだろう。粉原くん的な弄られキャラ感だ。

「ま、まぁまぁ。それより瞳ちゃんが何か気になってる様子です」

おっと、話を振られた。相変わらず、何だか距離の近い鉄鞘が、私の視線が向いてる方を見ながら言う。
あちらには件の青色。気になるし、この四人を連れて向かってみるか。

「…………………………(こっちきて)」クイクイ

鉄鞘のスカートの裾をつまんで引っ張る。
身長的にはスカートである必要は無いのだが、半そでなので袖が無かったからスカートにした。

「わわっ、こっちですか?って、スカート引っ張ったら見えちゃうですっ!」

『はわわわっ!そんなに持ち上げちゃダメですぅ~!?』

てててっ、と走りだす。視界の端で他の三人も一緒について来ているのが確認できたので指を離す。
ほっ、と息を吐いた鉄鞘に追い討ちの声が掛かる。

「あはは~。白だなんて月ちゃん子どもっぽくてかわいいなぁ~」

『ばっちり見えてるよ~。見た目通り子どもっぽいな~』

「うわぁぁん!見られてるですぅ~!?」

鉄鞘、泣きながら逃走。まぁ、目的の方向へ走っていったのでいいんだけど。
しかし、向日葵が鬱蒼とするこの場所は、迷路の様に入り組んでいてなかなか追いつけない。

「とりあえず、追いかけんとアカンやろ?」

『わざわざきさめも追い討ちかけることなかろうに…』

しばらく走ったが、鉄鞘の背中も迷路の終わりも見えてこない。
もはや何度道を間違えたのか数えるのが面倒になってきた。

「あー!めんどくさっ!なんだって言うのよ、この迷路みたいな植物園はっ!」

「自然に生えた結果なんだろうけど、確かに道が分かりにくいね~」

文句を良いながらも目的地の青色と、羞恥のピンク色を目印に、三人を先導して追いかける。
追いかける、追いかけて―――そこには人影が二つ。

「…………………………(ふぅ。やっと追いついた)」

息を整えていると金束が疑問の声を上げた。

「んあ?月代の隣に居るの誰だ、あれ」

「普通に考えるんやったら、この植物園の職員ちゃうんかな?」

『でも、こんだけ広いんに、あの人しか見当たらん…?』

恐らくはその通りだろう。
鉄鞘の隣にいる彼女からは、植物の世話に関する思考が読み取れる。

「…かしたの…し……そ…なに…いて」

「い、…えっ!…つに…んでも………すっ」

距離が離れているからか、声は微かにしか聞こえない。
というか足速いな鉄鞘。もうあんな向こうまでついたのか。

「なんであんなに速いのかと思ったら、能力で正しい道を選んでたわけか」

金束がご丁寧に説明的なセリフを吐いてくれたので耳を傾ける。

そういえば、彼女らの能力ってまだ聞いてないな。常盤台は確か能力強度は一定以上じゃないと悪かった気がするけど…
気になったので金束の心を読んでみると、……ふむふむ。鉄鞘の能力が分かったぞ!

とか昔のRPG風のセリフは置いといて。

「…………………………(なるほど。『嗅覚』か。犬っぽいと思ったのは間違いではなかった訳だ)」

目的地からは心の声だけははっきり聞こえてくる。
実際の声は距離が離れれば聞こえなくなるが、此方は距離は関係なかったりする。

「…………………………(あ、姿が見えた。あれは、女の人かな)」

鉄鞘と話していたのは、妙齢と言うべき風貌の女性だった。
そして、目的だった青色を放っていたのも彼女であった。

「あ、皆さん!すいませんです、急に走り出しちゃって…」

「いや、それは良いんだけど…」

こちらに気付いた鉄鞘が頭を下げる。
金束はそれに応えながらも隣の女性に気を取られているようだ。

…ふむ、便宜的に職員と呼ぶとしよう。

「あ、この人は植物園の職員さんです」

そう言って職員の方へ手のひらを差し出し、説明する。
便宜的に呼ぶとか以前に、ほんとに呼び名が職員さんで固定されそうである。

「あら…あなた達もお客さんかしら?」

職員も、こちらに気付いたようだ。
心に浮かんでいた青色が薄くなり、恐らくは多少の喜びの感情が浮かび上がっている。

「はい~。すっごく綺麗な向日葵で、感動しちゃいました~」

銀鈴がいち早く感想を口にする。
胸の前で手を合わせ、にこにこと屈託の無い笑みを浮かべている。

「ふふ…。向日葵しかない所だけど、気に入ってもらえたのなら良かったわ」

職員も、その笑みに顔を綻ばせているようだ。
心に一片の裏も感じさせない純粋なやり取り。見ていて心地が良い。

「私も感動しましたです!少しの間見蕩れちゃいましたですっ!」

『偶に違うところを歩いてみると、新しい発見があって楽しいです!』

「そうね。むしろ、向日葵しかないのが良いんだと思うわ」

『罪木がいるからって理由で普段行かないところまで足を伸ばしてみたけど、いいもんね』

鉄鞘の強い言葉に金束が付け加える。
目をキラキラと輝かせ、全身から黄色いオーラを出している鉄鞘と、
その後ろであっさりと言ってのける金束。

「…………………………(面白いなぁ、あの二人)」

外見はあんなに違うのに、心の中でのはしゃぎ様は殆ど変わらない。
むしろ、金束の方が内心嬉しそうなのが何とも微笑ましい。

しかし、気になるのは…

「えーと、おねえさんしか居ないんか?結構ここ広いやろ?」

代わりに尋ねてくれた銅街が首を傾げる。
そう、確かに言う通りだ。この広さの植物園を一人で切り盛りするのは無理な話だろう。

「…………………………(でも…他の誰かがいる感じはしないんだよね)」

何か事情があるのかな…、と職員を見やると。
鳴りを潜めていた青色がまた浮かんできていた。

「え、ええ。今は出払っているの…。そのうち帰って来るんじゃないかしら…?」

どうやらそこら辺に何やらの問題を抱えているようだ…って言っても。
実は私からは悩みの内容が何とか、そこらへん最初から全部見えてるんだけど。

「…………………………(そこらへん、先に言っちゃうとお話にならなくなるからね)」

ご都合ご都合。どっちにしろ、金束たちに聞き出させなきゃ私からは伝えられないし。
私の役目は、金束たちがこの職員から悩みを聞きだせる様に誘導する事だ。

と、いう訳で………

「はえ?なんですか瞳ちゃん?」

再び鉄鞘のスカートの裾を指で摘んで引いてみた。
とりあえずこのタイミングで鉄鞘に悩みがある事を気取ってもらおう。

「…………………………(鉄鞘、あの職員…)」ジー

「……ええと、もしかしてあの人の何かが気になってるんです?」ボソボソ

気付いてくれた様だ。やっぱり一番鋭いんじゃないかと思って頼って正解だった。
頷いて肯定しつつ、先を促す。このタイミングで話しかけた意味を察してくれれば良いのだが。

「んー…銅街さんがした質問に何か関係がある、と私は見ましたです」

「…………………………(おお、正解正解。さすが鼻が良いね、鉄鞘)」

むしろそう言う能力なんじゃないかな、と思う。
未来予知って能力は聞いた事無いけど、洞察力とか情報の受信を強化する能力ってのには心当たりがあるし。

「つまり、植物園の他の職員さんが居ないのには何か話せない事情がある…、そう言いたいんです?」

そういう事だ。まぁ、私は真実を知っているから分かるけど、話せないというよりは言いづらいだけなんだろうけどね。
まぁ、この問題に関しては金束たちに詳細を知ってもらってからじゃないと、顔を突っ込むかどうか決められない。

肝心の金束に関しては、職員と話し込んでいるようなのでそちらは任せよう。
後で判断をしてもらう役は金束に譲らなければ。

「…………………………(多少とは言え、危険が孕む案件な訳だし…)」

という訳でさっさと女の人には喋ってもらおう。
鉄鞘に視線を送って促す。言いにくいかも知れないけど、頑張って。

「むむ…よぉし!瞳ちゃん、私頑張っちゃいますですっ!」

ぐっとガッツポーズして前へ向き直った。
おお、さすが鉄鞘。察しが良い人とは相性が良くて嬉しくなる。

対話スキルが皆無の私に代わって、職員から事情を聞きだしてくれるのだろう。
それを金束たちが聞けば……後の判断は他の皆に任せるとしよう。

「ん?つきよ、どげかしたんか?」

銅街が私達のやり取りを見て声を掛ける。
びくっ、と反応して逃げ場の無い事を察した鉄鞘が意を決して口を開く。

「お、おねえさん!何か、悩んでいるんじゃにゃいですかっ!?」

あ、噛んだ。あんなに力んで喋るから…
周りの皆も突然の事に面食らっているようだけど、予定通りだ。

「ど、どうしたっての、月代?急に大きな声出すからびっくりしたわ」

「い、いえ…その。…職員の人が居ないの、何か言いにくい事情があるんじゃないです?」

その言葉に職員の顔が驚きに歪む。
良い反応だ、これなら思った以上にすんなり聞き出せそう。

「ど、どうしてそれを…?」

職員の瞳が揺れる。その心境は焦りと少しの恐怖と、あとは疑問か。
複雑な色をした炎が揺れる。最も、炎の様に揺らいで色が見えるだけで、触っても熱くも何とも無いが。

「いやー、その、こちらの瞳ちゃんが何やら気付いたようで…です」

って、私に振られても応えれないんだけど…。
どうリアクションした物かと模索していると、銅街が首を傾げながら口を開いた。

「なんでそげな事わかるん?あ、疑ってる訳ちゃうよ?」

言葉の通り、疑問に思っただけらしい。
とはいえ、私の口から説明するのは難しい。誰かに代わりに察してもらわないと。

と、そこで要望通りの声があがる。銀鈴が何かに気付いたように、ゆるゆると手を上げて発言した。

「そういえば…瞳ちゃんも能力者なんじゃないのかな~」

『何となく、そういう雰囲気がするんだよね~。「まとも」じゃない、そんな雰囲気』

へぇ、まともじゃないと来たか。良い得て妙な言い草に閉口する。
言い草も何も言葉に出した訳では無いが。

思わぬ察しのよさに驚くが、都合がいいことに気付く。
私の能力を伝えれば、職員には隠す理由がなくなる、ってか隠してもばれるし
そうなれば多分観念して話してくれるだろう。

「あう…銀鈴さんもそう思いますです?私もそんな感じが…」

おっと、鉄鞘もそう思ってたのか。
さっきから疑問のような感情が見えていたけど、これが原因か。

みんなの目線がこちらへ向く。
能力者なのか、という問いが込められた視線に対して、頷いて返しておく。

「そんなに小さいのに、能力者なんですね…」

そういえば私が最年少だった。
時々自分が小学生である事忘れちゃうんだよね。学校いってないから小学生ですらないんだけど。

「で、どういう能力なん?…って聞いても答えられんのやったな」

「察しはつくでしょ。職員さんが何か問題を抱えてる事に気付いた…それも能力による物、そうでしょ?」

ふむ、思惑通り私の能力に気付いてくれた様だ。
これで話を職員から引き出せる。その後、金束たちが解決に乗り出してくれるかは別の話だが。

「…………………………(そう、その通り)」コクコク

頷くと合点がいったように金束と銀鈴、そして鉄鞘が目を閉じた。
…銅街は分かってなかった。思った以上の天然ぶりだが、他の皆が分かっているから問題ない。

「読心系能力者、か。でもまぁ、イメージ通りの能力だわ」

「確かに、瞳ちゃんのイメージ的にはぴったりだね~」

しかし、この人たちは心を読まれると分かっても、私を疎ましく思わないのか。
正直そこが一番の驚きだ。大抵の人は心を読まれることを嫌がるのに…。

「…………………………(あ、なるほど。理由が分かった)」

私が子どもだからか。
確かに大人に読まれるよりは幾分か気分的にましなものがあるだろう。

今までそれなりに疑問に思ってたことなのだが、みょんな所で気付く物だ。

「読心…隠しても意味が無い、そういう事なんですね…」

「は、はい!ですから、悩みがあるなら話してくださいです」

鉄鞘が話を元に戻してくれた。
このまま私の能力に話の焦点が向いても困ってしまうところだった。

私の能力は色々と叩けば埃がでるタイプの悪い能力なので探られるとおなかが痛い。
会話を戻してくれた鉄鞘に、敬礼!礼の代わりに後でもうちょい顔を近づけて話してあげよう。

「まあ、聞くだけならタダだわ。職員さん、話してくれる?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


金束にも促され、職員は重そうに口を開いた。
ぽつぽつ、と小刻みに言葉を刻み始める。

「…実は、この向日葵畑についての事なんです…」

曰く、この向日葵ばかりが咲いた施設は職員の先代、要するに父親から受け継がれた物らしい。
世話を引き継いでからしばらく経ったある日、父親の書斎の整理をしているとある物が出てきたとか。

「何が出てきたんですか~?」

「父親の残した手紙、でした。それだけなら良いのですが…」

内容を予め知っている私が補足しますと。
その手紙の内容が今回の悩みの原因となった、その内容と言うのは…。

「その手紙の最後には、この向日葵畑の秘密が書かれていまして」

「向日葵畑の、秘密?そりゃあ、どげな意味なん?」

『おかしな話になってきたのう…』

この向日葵畑は、ある物を隠すために作られた隠れ蓑だった。
そしてその隠れ蓑の中にあった物は…

「…お金、が隠されていると。そう書いてあったのです」

「お金、ですか…?」

『なんだか、おかしな話になってきましたです…』

そう、それも尋常では無い量の大金だ。
こんな所に隠してあるのだから、綺麗なお金では無いのだろう。

職員が口にした値段を聞いて、四人が顔を青くする。
事の重大さが分かったようだ。…しかし、その量のお金は魅力的だ。

「…………………………(それだけあればデバッカーの運営に困らないだろうなぁ)」

まあ、足がつくと不味そうな類のお金っぽいし、展開次第でちょろまかせるにしても慎重に判断する必要がある。
今は様子見かな。私の勘では多分手に入らない気がしてる。

「そ、そげな量のお金が、ここにあるん…?」

「なんか、すごい話になってきたわね…」

何処にあるか、までは職員は言わなかった。
そして皆もそれを聞かなかった、が。私には分かってしまっていた。

たった今読み取れた新情報。そのお金が埋まっているのは…

「…………………………(向日葵畑の、下か…。取り出すとなれば…)」

そう、取り出すとなれば、犠牲にしなくてはならない。この一面の向日葵達を。

…そうか。全体像が見えてきた。
さっきは判断を金束に任せる、なんて事言ったけど…。事情が変わったかも。

―――そして何よりも。後ろから感じた多数の視線。いや、これは私達を見ているんじゃなくて…

ゆっくりと後ろを顧みる。どうやらこれは、思った以上に厄介な事になってきたのかもしれないな…

「それだけなら、いえ、まあ問題なんですけど。でもそれ以上に困っていることがあって…」

職員が言い難そうにしている様子を横目に、私は他の四人が唖然としている隙を見て、
後ろへと踵を返した。向日葵畑の中へ身を投じ、先ほどの道を帰っていく。

黄色い迷路を走りぬけながら、胸騒ぎが大きくなるのを自覚する。

「…………………………(さあて、つまらなくなってきたわ)」

おどけてそんな風に言葉を紡ぐと、顔を上げて走り続けた。
前方に目を凝らすと、見えるのは白黒の世界―――ではなかった。

前方に見えるのは色とりどりの炎。
赤、黒、蒼、その他色々………。一つだけ言えるとすれば、あれらは此処に向けられた悪感情。




早急に排除しなくてはならない。…あれらは、私達の―――敵だ。




という訳で以下次号!


~~~とある瞳の普通じゃない一日(向日葵の下には黄金が眠る)へ続く~~~

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最終更新:2014年08月22日 14:09