ここは学園都市内の一角にある喫茶店。
ドーナツがおいしいと噂の店で、猫耳の少女やドーナツに情熱を掛ける少女の姿が度々目撃されている。

そんな喫茶店のテラス席で二人の男女が相席をしていた。
たまたま店が満席で、たまたま相席をしただけの間柄。

しかしここで問題が。お互い相手の顔を見た時から何か引っかかってはいたのだ。
…こいつの顔はどこかで見たことがある。十中八九知り合いだろう事は間違いない。

だが、思い出せない。何が思い出せないって、そりゃあもう…

   「(こいつの名前、何だっけ…?)」

            「(この人の名前、何でしたっけ…?)」


*****とある猫娘達の日常 とある修復者達の良くある日常************


「(こいつは確か救済委員のメンバーだったはずなんだが…確か穏健派の―――ええい、思い出せない!)」

目の前の少女の名前が思い出せずに思わず苛立っているこの少年の名前は粉原隆利(こなばらりゅうり)
おなじみチャイルドデバッカーのメンバーであると同時に風紀委員一六八支部のメンバーでもある。

「(救済委員ってだけで取り押さえて話を聞くくらいはしても良さそうなもんだが…いやしかしこれは)」

記憶が定かならば目の前の少女は穏健派も穏健派、素行もいいし人柄的には風紀委員として文句も無い様な人物だ。
むしろ何故彼女が救済委員などに所属しているのか疑問に覚えるくらいである。

「(しかもなんというか…小動物みたいな目でこっちをみやがって…。て、手荒な真似は止めとくか…?)」

それにしてもこの男、ヘタレである。
本人からしてみれば少女が気弱そうな目で見てくる様子が、仲間のとある少女にダブって見えるという理由がある。

「(こいつ…なんか江向と被るな。やりづれぇ…)」

勘違いされやすい所ではあるが粉原の方は江向の事を嫌っては居ない。
ただ苦手にしているので、あまり近付きたくは無いようであるが。

「(だが直下の問題はそこじゃねぇ。まず何よりもだ)」

この少女が江向香に似ていようが問題じゃない。今の問題は名前が思い出せない事。
何が問題って、今こうして目の前に対峙している存在の名前が思い出せないというのはすごく気まずい。

「(ど、どうにかして相手に名前を吐かせるか…。なんとか話を誘導しよう)」

だがあまり露骨に探りを入れるのは拙い。
もし怪しまれて「私の名前…覚えてないんですか?」なんて言われたらなんか色々とおしまいだ。精神的に。

「(ともかく、何か話を振らないと…)」

そして名前を聞き出すための彼の戦いが始まる。
まず初手として、会話を始める切っ掛けを作るために挨拶を開始する。

「な、なぁ…お前って確か救済委員の…」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「(ど、どうしよう…困っちゃいました…!)」

少女は困惑していた。目の前には知り合いの男。
店が満席で座るところが無かった彼を相席として招き入れたのは良いが…

「(こ、この人の名前って何でしたっけ…?)」

そうだ。知り合いなのは確信できるが名前が思い出せない…。
まずいまずいまずい…知り合いの名前を思い出せないなんて、正義を重んじる救済委員として恥ずべき行為!

「(で、でも…全然思い出せないんですけど…どうしたら)」

名前が思い出せない事を悟られてはいけない、と頭を抱えたくなっている少女の年の頃は13歳ほど。
その少女の名前は霧掛霞(きりががりかすみ)と言う。

「(あ、この人って風紀委員だった…。でもでも、悪い人じゃなかったよね)」

そう、確かこの人はすごく良い人だった気がする。
すごくぶっきらぼうだけど、確かに良い心を持った人だと思う。
仲間の一人が貸してくれた本に書かれていたツンデレというのに良く似ているような気がするのだ。

「(そんな人だからこそ、名前を覚えてないなんていえない…!)」

故にすごく困った。こんなこと悟られたらすごくがっかりするか怒られるか…。
どっちも嫌だ。出来ることなら気付かれる事無く相手の名前を聞き出したい。

「(その為にはまず何か話を振らないと…でも、アタシ話とか得意じゃないし…)」

しかしここでまごついていたら何時まで経っても事態は好転しない。
むしろ悪化しかねない。「お前、俺の名前覚えてないのか?」なんていわれたらおしまいだ。色んな意味で。

「(ま、まずは挨拶から…!)」

そして名前を聞き出すための戦いが始まる。
…果てしなくどうでも良い奇跡のバランスで二人はすれ違っている事に、二人は気付かない。

「あのっ、貴方って確か風紀委員の…」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あっ、あっ!ごめんなさい!お、お先にどうぞ…?」

「あ、あぁ…。えっと、お前って確か救済委員の奴だったよな…?」

二人揃って話しかけてしまったが故に、二人揃って出鼻をくじかれる。
とことん相性がいいんだか悪いんだか分からない二人である。

「は、はい!そうです…って貴方は風紀委員ですよね?」

お互いの身分を確認しあう。
自己紹介は挨拶の基本だ。まずそこでお互い名乗ってしまえば解決する物を、二人は気付かない。

それどころか謎の疑心暗鬼に囚われた二人は会話の行間を読んである事実に気付くのだった。

「「(あれ、もしかしてコイツ(この人)も俺(私)の名前忘れてるんじゃ…)」」

そこまで気付いているのならお互い自己紹介すればいいのに…名前込みで。
無駄にすんなりと名前以外の情報を交換し終わった二人はお互いの立場が相容れない物である事に今更気付いた。

「だとしたら一応敵同士なんでしょうか、アタシ達…」

救済委員は基本的に風紀委員の活動に納得しない者が自主的に警察活動を行っている組織である。
要するに救済委員からすれば風紀委員は信用ならず、風紀委員からすれば救済委員はタダの邪魔者である。

しかし…

「いや…基本的に俺はお前らが直接犯罪行為をしなりゃスルーなんだが…」

この言葉に嘘は無い。粉原は比較的真面目に風紀委員の活動を行っているが、正義に心酔するタイプではない。
救済委員が風紀委員の代わりに犯罪者や騒ぎを抑えることに関して反感を持っている訳でもない。

「あ、そうなんですか…でも、私最近救済委員を辞めようかと思ってて…」

そして粉原側から霞に対しての敵意がまるで無いのと同じ様に、霞側も粉原に敵意が無い。
なにせ霞のこの性格、必要以上に他者を気遣う根っからの善人気質だ。
あくどい事をする不良風紀委員相手なら兎も角、ぶっきらぼうであれどきちんと正義の為に動く粉原に悪感情を抱こう筈も無かった。

「そうなのか?…まぁ、それも良いかもな。なんなら風紀委員の方に推薦してやろうか?」

粉原らしくなく優しげなのは相手の出方を伺っているのも、この霞の人柄ゆえの物だ。
江向を苦手である粉原からすれば、彼女と同じ雰囲気を感じさせるこの子に対して、
知らず知らずの内に当たり方が軟化するのも仕方のない話だった。

その為か、自分がすごくらしくない言ってる事を自覚もしていない。
普段ならばこんな気遣いもすることの無い粉原だが、彼女に対して干渉しようとしていた。

「え、風紀委員に…?いや、でもそれは…」

霞からすればその誘いは予想外の物であったし、そもそも霞が救済委員に加入したのは自立の為。
風紀委員でもその目的を果たす事は出来るだろう。しかし…

「それは、遠慮しておきます。アタシには仲間もたくさんいるから…」

今まで救済委員で過ごしてきた日々も、その日々で結んできた友情も大事な物だ。
簡単な話を見逃してしまうのも、悩んでいるときにはありがちなこと。

「ごめんなさい。辞めるだなんて、馬鹿なこと考えちゃいました」

仲間が居るあの場所を簡単に辞めるなどと決断するのはあまりに無責任だ。
そういう意味でもここで心のうちを吐露したのは正解だったかもしれない。

「いや、仲間ってのが理由なのなら納得だよ。俺もまぁ、仲間は居るからな…」

やはり少し調子が狂っているのか、これまたらしくもないセリフを吐く。
しかしこれも普段口にしないと言うだけで、本心である事に違いは無かった。

彼が語る仲間とは風紀委員の同僚だけを指す言葉ではなかった。
脳裏に浮かぶのは風紀委員の面々と、それともう一つの仲間達。

「仲間って、風紀委員の人達ですか?確か…一六八支部でしたっけ?」

同時に何でこんな事ばっかりは覚えているのかと自分で落ち込みたくなる霞だった。
その言葉に少し眉を動かした粉原だが、少し訂正を加えてみることにした。

「まぁな。けど、最近はそれに限った話でもなくなってきてな」

なぜわざわざそんな事を言ったのかは粉原自身も定かでない。
ただ、仲間と言うワードに連中を含めない事にもやもやを覚えた自分に違和感を感じるだけだった。

しかし口に出してからその発言の内容を自覚し…

「…いや、何言ってんだ俺は。ええい、無しだ無し!」

頭を大きく振って余計な考えを振り払う。
あくまで連中は目的が同じってだけの間柄だし、四方にしたって戦闘面で参考に出来るからってだけで…

ああ、なんでこんな言い訳みたいな事言ってんだ俺は!

「えっ…。あ、あの…何か悪い事言いましたかっ…?」

…っ!しまった、声に出してたのか。

ぷるぷる震えながら涙目になる霞に一瞬石化しかける粉原だったが持ち直す。
基本小さな子どもに弱いのが粉原という男である。…別に霞が小さな子どもという訳ではないが。

そんなだから罪木瞳に良い様にあしらわれるのだと黒猫の少女に散々言われる粉原だった。

「あ、いやいや。俺の話だから気にするな!お前は悪くない!」

「そ、そうですか…良かった…」

ほんっとにやりづらいな…と頭を抱える。
この子の前だと余計な口が出てしまう。まるで知り合いのあの幼き少女を相手取ってる気分だ。

「(性格は正反対なんだがな…瞳の方はまったく物怖じしない性格だし……はっ!?)」

なぜ俺は瞳の事を考えているのか。再び頭を抱えたくなる。
別に俺はアイツのことなんて何にも………と、ふと脳裏に浮かぶのは以前のやり取り。

『何なら瞳と本当の姉妹になってみるかい?』

――――――――――――――っ!?

「ぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁああぁぁあああっ!!?」

がんがんがんっ!と頭をヘッドバンキングする粉原。
突如として奇行を始めた粉原にますますビクビクと震えだす霞だったが…

「(あっ、あぁ…また私何か悪い事を…!でも私何も言ってないし、ああぁでもでも私がここに居ること事態が悪いんじゃ…!?)」

そうしてたどり着いた結論は明らかに斜め上極まりない物であった。
そしてその結論が二人の当初の目的からどんどん離れていく羽目になるのは言うまでもない。

「(そっ、そうそそそそうだっ!彼は今きっと彼女さんのことで悩んでいてこんな事になってるんですねそうに違いない!)」

当たらずも遠からず、彼女ではないが女の子の事を考えていたのは間違いない。
しかしそこでそんな鋭い勘を発揮するのは間違いとしか言えなかった。

「あ、あのっ!その子の事、相談に乗りますよっ!」

「………はっ?いやいやいや、何言ってんだお前!?別に俺はアイツのことで悩んでなんか…!」

ここですれ違いが生まれる。この会話で霞が話しているのは粉原が最初に零した仲間という単語について。
しかし粉原が今考えているのは、瞳と姉妹になってみるかい?という言葉を吐いたネコミミの方である。

「でも、何だか悩んでいるじゃにゃいですかっ…あっ、噛んだ…」

最早呂律すら回っていない始末である。
しかしこうもこの子に迫られると反論する気力が失せてくる。

涙目で見上げられると、なんというかその…ものすごく目を逸らしたくなるのだ。

「…だからっ、…いや、あのな?別にそういう訳じゃないんだ。ただどうにもペースを奪われてばかりなもんでな…」

そしてまたまたいらぬ事を口走ってしまう粉原だった。
話は食い違ったまま間違ったまま進んでいく。そして間違った恋愛相談が始まるのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「(ペースを奪われる…強引なお方なんですかね…彼女さん)」

粉原が語る女の子(四方)についての情報を誤認したまま霞は間違った結論を導きこうと思考する。
強引な女の子…ペースを奪われる…そうか!この人の彼女もツンデレ!?

「(だとしたら、ツンデレ同士のカップル…!これは手ごわそう…!)」

妙な正義感に萌え始めた霞を裏腹に粉原は気分が沈んでいっていた。
付き合いは長いが未だに口で勝てる気がしないあの女、その所業の数々を思い出したからだ。

「(くっ…!思い出しただけで胃の中がダークマターじみた有様に…!)」

顔が青くなったり紅くなったり忙しい男である。
恥ずかしい思いは数知れず、対処に困る事態は日常茶飯事。

「(彼、すごく悩んでます…。私がどうにかしないと…!)」

対して顔をますます紅くしながら頭を巡らせる。
傍から見ればむしろこの二人がカップル(しかも修羅場)に見えないこともない。

そして、そんな霞の頭にいらないインスピレーションを与える機会が訪れる。
それは突然の爆音と共に近付いてきた。

「ひっ、ひったくりーーー!!」

突如として叫び声が響き渡り、辺りが騒々しくなる。
言葉の通り、引ったくりが出現したらしい。霞と粉原がほぼ同時に立ち上がる。

「どこだ…!―――――あのバイクかっ!」

「速いっ!追いかけないと!」

霞の言葉も待たずに足を踏み出す粉原はバイクに照準を合わせて加速の準備を整える。
『赤色念動(レッドキネシス)』で生み出された足場に乗り、いざ飛び立つ瞬間―――

「俺から逃げられると思って―――――あっ………いや、もういい」

「えっ!?何で止めちゃうんですか!?」

突如として能力の発動を止めた粉原をいぶかしんで問い詰める霞だが、その理由をすぐに知る事になる。
それはバイクがやってきた方向から爆音を伴ってやってきた。

「まてぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっなのぉぉぉぉっ!!!」

バイクが通っていた道を赤い炎を吹き出しながらロケットが通り過ぎていった。
―――否、ロケットではなくロケットの様な人間だった。

「いっ、てててててててててででてっっ!!引っ張るなぁぁっ、富士見ぃぃぃぃ!!」

良く目を凝らすとそれは良く見知った顔。騒がしさNo1の称号を持つ我らがデバッカーのトラブルメーカー。
富士見焔、その人だった。そしてその手には友人且つ風紀委員の同僚でもある木岡隆興もあった。

「あの馬鹿……木岡、強く生きろよ…」

どうせ富士見の事だ。引ったくりを見つけ、それを追いかけるに至ったが自分一人では正当に捕まえる事は出来ない。
それに気付いた富士見は知り合いの木岡を見つけて強引に連れて行ったのだろう。

「あの…?どういう事なのか私にはさっぱり…」

「ああ…。心配は要らない。アイツが追っかけてるんなら程なく捕まるし、知り合いの風紀委員も一緒だから大丈夫だ」

席に戻るように促し、テラス席に戻る。
ロケットの噴射音が収まってから数秒後、辺りに大きな音が響き渡った。

「あぁ…やられたな。あの引ったくり…」

南無三。まぁ富士見の事だし、四方と同じく殺しては無いだろう。
恐らく頭の上の毛髪くらいは全て焼き尽くされているのは想像がつくが。

「すごい人でしたねぇ…。アタシ、あんなレベルの発火能力者は始めてみました…」

「…炎翼旋風。レベル4の大能力者でな。正直な話、発火能力者の中でも格段にぶっ飛んでる奴だ」

昔は色々と危ない奴だったが、今ではすっかり四方に感化されて丸くなった。
しかし『朱雀』の異名は健在で、あまりの高火力の為に街中では十全に力を震えない程だ。

あの四方や吉永をして、火力では到底叶わないと言わしめるほどの存在なのである。
………まぁ、言うまでも無く馬鹿なのであるが。

「お知り合いなんですか…?」

「ああ。さっき言った仲間の一人でな………あっ、しまっ!」

言ってから後悔。しまった、こいつ絶賛勘違い中だったのだ!
こんな時に富士見についてなんて話したらまた勘違いされるに決まってる。

「な、なるほどっ!だったらさっきの話も…」

その時、霞の脳内に電流奔るっ!

「(つっ、つまり先ほどの方が彼の恋人…!そうですよねっ…、だって何だか通じ合ってましたし!
  ですがさっきのお方、どう見ても彼より年上…!しかし特徴やさっきの様子を鑑みるに…
  子どもっぽいお方、と言うべきでしょうか…?つまり、彼の恋人は年上だけど子どもっぽいという特徴。
  そうか…!つまり彼はギャップ萌え!そう、そうに違いない!)」

おそらくこの世で最もどうでもいい発想の爆発力は話を更にややこしくなる事受けあいだ。
そしてその高速な思考の末に出た言葉は…

「―――――す、素敵な人ですねっ!」

―――――やっぱり斜め上だった。
しかしある意味では状況に即した一言ではあったのか、粉原からすれば。

「あ、ああ…?まぁ、良いやつではあるんだろうが…?」

なんだ、こいつ。勘違いしてたわけじゃないのか?
ただ単に富士見の能力について感心しただけか?…まぁ、会話の流れ的に自然ではあるか…?

「なるほど…少しばかり強引そうな人でしたし…。普段の彼の様子から見るにとるべき手は…」

「な、なにブツブツ言ってるんだ、お前…?」

片や恋愛相談を受けるつもりで、片や少女が何を考えているのか全く読めず。
二者はそれぞれの理由で精神を鋭く尖らせている。

既にこの時点でどうしようもなく捩れてしまっているこの二人。
しかし、このすれ違ったまま続く二人の休日はまだ始まったばかりである。


~~~~~~~~~一方その頃~~~~~~~~~~~~~~


「ふぅ…。バイクって思ったより速いの。追いつくのに時間掛かっちゃったの」

「普通人間は全速力で走るバイクには追いつけない…ったく、ほんと出鱈目だな」

所変わって喫茶店から少し離れた大通りの事。
先ほどバイクを追いかけ爆音を撒き散らしていた少女、富士見焔がそこに居た。

「そんなに褒められたら照れちゃうの」

「いや、褒めてねぇ。っていうか、何でわざわざ俺まで引っ張ってきたんだよ?」

そして焔の手に引かれながら超高速でここまで連れて来られた上、足元スレスレにロケット噴射が迫るという状況下。
そんな過酷な環境でツッコミを余儀なくされた不運な男の名は木岡隆興という。

デバッカーのメンバーでもある粉原隆利とは同じ支部の風紀委員という事もあり仲が良い。
また、粉原がチャイルドデバッカーに所属している事を唯一知っている風紀委員という事もあってか、デバッカーの面々とも関わりがある。

「だって、私一人じゃ犯人を捕まえても逮捕できないの」

「だったら捕まえた後に俺の所まで引っ張ってくればいいだけだろ!?」

最もな意見である。木岡がされたのは発射されるロケットにしがみ付かされるに等しい苦行だった事は言うまでもない。
しかしそんな正論に対しても焔は怯まない。

「女の子に大の大人一人担がせて歩かせるのはどうかと思うの…」

「…いや、お前女の子としてカウントして良いのか?」

正論に対してある意味での正論で返す焔。
どの口が言うのかとか、お前空飛べるだろとかの文句を飲み込んだ末に出たのはある意味一番デリカシーの無い答えだった。

「…それは幾らなんでもどうかと思うの、木岡くん。私以外の女の子にそんな事言ったら泣いちゃうよ?」

「安心しろ、お前以外には言わんから」

それはそれでショックなの…と意気消沈している焔は放っておいて、木岡はひったくり犯を拘束しに掛かる。
焔の全力突撃によって既に意識は失っているが念のため両手を拘束しておく。

「………ん?」

作業の最中、木岡は疑問符を頭の上に浮かべていた。
この引ったくり犯、取ったバックはどこにやったんだ?

「あれ?確かに追いかけてた時は持ってた筈なの」

「まさか…追っかけてる最中に手放しやがったなこいつ!」

急いでバックの在り処を聞き出そうとするが、既に男の意識は無く。
どう安く見積もってもすぐにお目覚めとは行かない様子だ。

「…ってもこいつから目を話す訳には…」

「まっかせなさいなの!私が探してくるの!」

引き止める間もなく駆け出していく焔。その勢いは加速度的に増していき…
振り返ったときには既にその背中は小さくなり始めていたのだった。

「あの馬鹿…。―――――ま、いいか。俺はコイツを連れて行くとしますかね」

よっこらせっ、と引ったくり犯を担ぎ上げ退散していく木岡。
………ちなみに、彼の出番はここで終了である。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「で、ですね!やっぱりそういう時は『押してダメなら押し倒せ』だと思うんです!」

「まて、それは一体何の話だ?俺は今、富士見の話をしてた筈だぞ?」

所は戻っていつもの喫茶店。
二人のすれ違いトークはますます加速を極めていた。

…今更だが勘違いしているのは霞の方だけと言う事実は内緒だ。

「ですから、その富士見さんを押し倒すんです!攻めな女の子には同じく攻め!目には目をデス!」

「デス!?」

なんだ、レベル4デスとかそういう類のアレか。
4の倍数以前に学園都市におけるレベルには1~5までの間しかないのでレベル4しか即死しない不便な技になりそうだが。

いや、まてまて。そんなFFの話はどうでも良い。
…今のって戦いの話だったのか?それなら押し倒すってのはマウントを取るとかそういう意味か。
アイツに馬乗りになんてなった日には一瞬で灰にされそうな気がするんだが。

「そうは言うけどな…押し倒した所で流れを持ってこれるとは思えんが…」

アイツを相手取る際の基本戦術はヒット&アウェイだ。
俺の能力は防御にも有用な物ではあるが、それでも奴の超火力は受けて無事で居られるものではない。

故に機動力を活かし間合いの外と内を行き来しながら一撃を貰わないようにする戦法。
…意図せずして四方のお得意の戦法になってしまっているのには目を瞑るとして。

「いえ!幾ら高位能力者と言えども女の子!男の人の力で抑えてしまえばあとは幾らでもやりようはあります!」

…確かに言う通りか?いくら富士見といえどその体はただの女子。
そりゃあ一般人に比べれば体術なんかも秀でてはいるが単純な膂力では男には劣る。

なら押さえ込んで動きを封じてから何らかの手を打つというのは確かに有効手だ。
押さえ込んでからどうするのかというのが一番の問題ではあるけども。

「…ふふ、そして押さえ込みながら耳元で囁くんですよ。
 『その気になればお前なんて無理矢理にでも抑え付けられるんだ。俺だって男なんだぜ?』
  …だなんて!きゃー!言われてみたい!言ってるところをみてみたい!
   でもだめよ。だめ霞!今は彼の相談に乗っているんだから!私自身の欲求なんて今は抑え込まないと…!
    ああでもでも!男の人としての優位性を示すプランAもいいけれど、もう一つ…!
 そうよ、警告で済まさずにそのまま強引に唇を奪っちゃったりして!一度切っ掛けを作ってしまえば
  お互いを意識せざるを得ないし、そこから始まる恋だってとてもいい物だわ!そう、このプランBこそが…」

何時の間にやら机に手を突いて立ち上がっていた彼女が鼻息荒くまくし立てていたようだが内容を聞いていなかった。
どうどう、と彼女を落ち着かせながら頭の中で戦略を組み立てる。

…ちなみにこの時、霞は自分の名前を口に出しているのだが残念な事に粉原は聞き逃しているのである。
最も二人揃って当初の目的を忘れ去って久しい為、何かの意味があったかといわれれば首を傾げるばかりであるが。

この時点で二人の話の食い違い方は以下の通り。
1.片や恋愛の話。攻め系の女の子には同じく攻め。押し倒して強引にやっちゃいなYO!
2.片や戦いの話。能力が強力なら本体を抑え込めば良いじゃない。女の子なんだから力で勝てるはず!

ごらんの有様である。果たしてこの二人の会話がかみ合うときは来るのだろうか?

しかして例の如く、噛み合わない二人に対して更にカオスを齎す要因が歩いてくるのは言うまでも無い事だった。
その要員はやはりと言うべきかデバッカーのアジトがある方向から歩いてきたのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…それで、今日はどちらへお出掛けでこざいますか?四方さん」

「今日は街に繰り出して、色々と冷やかして回ろうかと思ってね。メアリもしばらくウィンドウショッピングとかしてないだろう?」

その二人は雑多な町の大通りの中でも尚目立つ存在であった。
なんせ片方はメイドさんである。そしてもう片方も、ネコミミフードを機嫌よく揺らしながら歩く普通の少女、の体を被っているもののだ。
どう考えても何やら普通ではない雰囲気を纏っているネコミミはメイド以上に周りの目を惹いていた。

「あいつ…こんなところで何を…」

「えっと、あの二人はお知り合いですか?」

その二人は言うまでもなく、我らがデバッカーのリーダーとそのメイドである。
名前は四方視歩、それと篠崎メアリ。どうやら二人でお出掛け中らしい。

「ああ。まぁ、友人みたいなもんだ。因みにさっきの話に出てきた富士見とも知りあいだ」

「ほへぇ。何だか、不思議な雰囲気の人ですねぇ…。まるで…猫、みたいな…」

中々どうして観察眼のある様だ。
猫と言えば確かに奴とは縁が深い…様な気がする。猫好きだしな、あいつ。
一回だけ奴が部屋に俺を招いた時、猫のぬいぐるみで埋め尽くされた部屋を見て絶句したのは記憶に新しい。

「まぁ、猫好きなのは確かだがな。何してるのかと思ったが、単に遊びに来てるだけか」

「メイドさんを連れてるなんて、あの人良い所のお嬢様なんでしょうか」

さて、それについては俺も知らん。
奴が学園都市に来る前とか、そういう事情を聞いたことは無い。
そもそも置き去りの俺達にとって出生と言うのはかなり地雷に近い物がある。
しかし、いつまでも腫れ物扱いして触れずにいるのはどうかと思うのも確かか。

「今度それとなく探りを入れてみるか…瞳にはばれねぇ様にしないとな」

「(………なんだか、あの人にも御執心な様子…。や、やっぱり男の人って愛が多いんですね…!)」

霞の頭の中で粉原が二股を掛けようとする不届き者に思われているのは置いておいて。
一方その頃、二人の視線の先に居るネコミミとメイドの方は…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…あれあれ?何だか視線を感じますねぇ。どこからでしょう?」

「視線を集めるのなんか何時もの事だろうに。気にしてたらキリがあるまい」

街の大通りを歩く二人はやはり注目を集めている。
最近になって二人連れ立って歩くことの多くなったこの組み合わせ。

片やメイド服という姿が目を惹き、そしてその隣には独特の雰囲気をかもし出すもう一人の少女。
この組み合わせの目を惹く事と言ったら、このネコミミ少女が紅い少女と瞳の少女と連れ立っている時にも劣らない。

「でもでも、何だか知ってる目線も混じっているように感じますし…うーむ、視線が多過ぎて分かり辛いですわぁ」

「……あぁ、そういう事か。いいよ、メアリ。あっちはあの子に任せよう」

おやおや?なんだか訳知り顔ですねぇ、と問い詰めてくるメアリを回避しつつ前進。
視線と言う言葉には一番相応しい仲間があちらを担当しているようなので、私はお役御免だ、と四方。

…というか、ナレーターの存在に言及しないでくれませんかね。
一応今は天の声と言う立場だからね?登場人物から見えてたらダメって訳ですよ。

「いいのいいの。…ほら、こっちはこっちでやる事がありそうだしね?」

その言葉に前を向き直した私の目に映っていたのは意外な顔ぶれでした、とわざとらしくナレーションするメアリ。
まぁ、メアリの言わんとする事も分からないでもない。

目の前にぬっ、と現れたその黒い影に対しても四方は爽やかに且つ意味ありげに微笑んでパーカーの裾を翻した。
…しかしまぁ何かと行動の一つ一つが様になる奴である。ダンテかお前は。

「確かに、色々とつっこみたくなる人選ではあるよね、これ」

「えーと、久しぶり、と言う事になるんですかね?…ウェイン・メディスンさん」

その視線の先に居たのは、紫狼に所属する傭兵―――怪物と恐れられる男だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「おいおい、あいつらまた面倒な相手と遭遇しやがって…!」

対してこちらの二人は焦燥感に駆られていた。
特にその邂逅を遠目から目撃していた彼は気が気でない。

「え、えと…あの、大きな男の人もお知りあいですか…?」

なにせあの大男はS級の危険人物である。看過できるレベルは優に超えているという物だ。
四方だけなら逃げおおせるのも難しくは無いが、メアリを連れてとなると難しい恐れもある。

「知り合いっていうか、お前も気をつけとけ。アレは関わっちゃいけない奴だ」

「は、はい。そういうのなら…」

(そもそも奴が所属している「紫狼(パープルファング)」自体、救済委員狩りとか言う行為に手を染めていたはずだ。
そこら辺の事情を俺は詳しくは知らん。が、どう考えてもこの子と奴を引き合わせるのは拙い)

となりのいかにもひ弱そうな女の子に釘を刺しつつ、視線の先で対峙する三人を見つめる粉原だった。
いつ戦闘になってもおかしくない組み合わせ、だがここで腕まくりして出て行けば火に油という事態も招きかねない。

加えて先の理由。この子は救済委員、言うなれば風紀委員にとっては好ましくない存在であれど彼女個人は至って善良。
こういう学生を危険から守るのも風紀委員の仕事の範疇だ。ならばここで彼女を置いて突っ込むのは頂けない。

「(だが無視するのも論外か。…少し様子を見て、必要とあれば奇襲の形をとって加勢するべきだな)」

そんな戦略思考を知ってか知らずか、視線の先では事態は進展している様だった。
―――それも、思わぬ方向へ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「やぁ、怪物くん。こんな所で遭うとは奇遇だね」

怪物くん、って言うと違うのを思い出すよね。
何がとは言わないけど、まぁ要するに大野君である。

「………四方、視歩か。先日は世話になったな」

そしてゆったりと挨拶を返す大野くn…じゃなくてウェイン。

このセリフの場合の世話とはもちろん皮肉の意味での言葉である。
なにせ数週間前、この二人は彼の仕事の邪魔をしたという純然たる事実が存在するからだ。

「し、しししし四方さん!?悠長に話してる場合じゃないでございますわ!?」

この人S級の危険人物、私達恨み買ってる!さっさとフライアウェイしないと!
と腕を引いて逃げ出そうとするメアリをたしなめつつ四方は

「そう慌てる事も無いよ。…そうだろう?確かに恨みを買ったとは言えるかもしれないが、今の君に私達を害する理由は無いはずだよね」

「…ふん、忌々しい事にその通りだ四方。俺は今、貴様らを討つ理由を持たん」

そこら辺は外交済み、って事だよ。と四方が笑う。
どうやら紫狼の現リーダー「外野道朗」と何らかの談合を行っていたようだ。

「…世話になったというのは外野と誇麓の事だ。…酒の席で愚痴を聞かされるのにも些か辟易していてな」

「そりゃ後愁傷様。でも、悪いのは君達のリーダーの方だよ。組織の長にしては彼は少々軽率が過ぎるね」

どうやらその外野という男が一杯食わされた事により、胃を痛めたその幹部の愚痴がウェインの胃をも痛めているようだ。
負のスパイラルと言うのは人々の胃腸の調子に現れるのですねぇ、とメアリは感心顔だ。

「それに関しては最早手遅れと言うべきか。…否、雇われ傭兵が口を出す域は超えているか」

「雇われとは言えもう縁も長いだろう?少しばかり口を出してもバチは当たるまいよ」

何だか割りとフレンドリーですわねぇ、お二人とも。
そんなメアリの能天気なセリフ以上に四方から湧き出る雰囲気は暢気なものだった。

「……ただでさえ、そこまで気の抜けている彼奴を相手取ったところで有耶無耶に終わるのがオチだ」

「確かに。こういう時の四方さんは普段よりも厄介な印象ですわ」

おいおい、酷い言い様だな。と非難の言葉を放ってもにやけ顔では意味が無い。
ふと、表情を引き締めて四方が口を開く。……しかし、口の端はひくひくと痙攣しているあたり真面目さは零だ。

「まぁ、君が望むなら決着を着けてもかまわないんだけどね?」

「ほう…貴様から挑発とはな。今日は槍でも降る日か?」

くすくすと笑い声を挙げながら、ウェインを促す四方。…一触即発に見えるかもしれませんけどね。
メアリは半分呆れたような顔で二人の後を追うのだった。

「なんというか、ウェインさん。…からかわれてる事に気付いてないんですかね?」

…多分、気付いてない。からかわれることの少なそうな人だしねぇ、彼。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あいつらが動いた…!場所を移す気か……………って、あれ?」

あいつら、ゲーセンに入って行ったぞ…?
まさかあの中でやり合うなんて事は幾らなんでも双方が望まないだろうし…。

「見た感じだと…普通に知り合いと遭遇して近くにあったゲームセンターに遊びに行った様にしか見えないですねぇ」

いやいや、だって相手はあのウェイン・メディスンだぞ?
ゲームセンターとか一番似合わない…似合わないのか?何だか良く分からん、そもそもゲームセンターが似合うってどんな奴だ。
見た目の話で言うなら樹堅とかゲーセン通いっぽいよなぁ、今度聞いてみるか…ってんな事はどうでもいい。

「四方の奴、またなんか変なこと考えてんじゃないだろうな…」

「何だか私からすれば心配し過ぎにも見えるんですけど………はっ!?」

その時、霞の脳内に電流奔る!(二回目)
過保護なほどに心配(している様に霞には見えている)をする粉原。

そして言動から察するにあの女の子は年下の、それも手の掛かるトラブルメーカー!
要するに彼はそんな年下の女の子にも振り回されているのだ!

「(ど、どれだけ彼の周りには一味違う女の子が多いんですか!?ラノベの主人公ですか!?)」

お前もや。という心の声は飲み込んでおいて。
確かにその意見には賛成である。粉原に限らず何かと個性的な子が多いよね。
…え?私?いやいや、私はただのナレーターですから。天の声天の声。

「(でも、それだけ彼は女性関係に悩んでいると言う事!なら私は友達として力を尽くさないと!)」

いつの間にか脳内で友達認定されている粉原クンはやっぱりラノベ主人公なのかもしれない。
おっと、そんな役得を味わっているとは知らない粉原の方はと言えば…

「動く様子も無いな…四方にしろ篠崎にしろ、うまくやってるって事か?」

四方達の動向に夢中で霞の葛藤と決意に気付いている様子も無い。
つくづく話も視線も何もかもがかみ合わない二人である。

「…まぁ、気にしすぎてても仕方ないか。後で話だけは聞いておこう……ん?どうした?」

「………色々と大変かもしれませんけど…きっとそれは貴方に魅力があるって事です!ポジティブに行きましょう!」

なんだ、コイツは何の話をしているんだ?ポジティブだって?
……まぁ、確かにその通りか。最近色々と気をもみ過ぎな所は事実だし。

そういう頭使う作業は俺以外に適任が居る。
俺がいちいち頭を悩ませる必要も無いか…ポジティブに、か。なかなか良い事を言うじゃないか。

「そうかもな…。少し後ろ向きに考え過ぎだったのかも知れん」

「そうですよ!きっと考え方次第で貴方の環境は恵まれている物へと一転するはずです!」

そうですよ、こんなモテモテなのに困ってるなんて贅沢な悩みです!
考え方を変えればこれほど恵まれた環境もないというのに!

あ、もしかして…この流れでは彼女達以外にも彼に近しい女の子が存在している可能性が…!?
是非聞き出してみなければ!

「あ、あのっ!まだ他にも悩んでいるんじゃないですか?特に、その、女の子の事とかで!」

…しかしこの子、最初のおどおどっぷりから打って変わってよく喋るなぁ。
好きな話題だと饒舌になるタイプかな?まぁ、珍しくも無い話ではあるけど。

「あん?他にって…まぁ、無いでもないが」

優先度や重要度では富士見や四方に劣るが、確かにウチの女子メンツは色々と心配になることが多い。
男性恐怖症の吉永、言うまでも無い江向、何考えてるか分からん瞳、もはや論外な篠崎。

…女難の相でもあんのか俺は?一番まともなのが吉永ってどういうこった。
そんな表情を読んだのかどうかは定かではないが、霞はそれに対してこんなリアクション。

「3…いや、4人!四人ですね!貴方の周りにはまだ四人もの問題を抱えた女の子が居るんですね!」

エスパーかこいつ!?いや、この街じゃ超能力自体は珍しくないがそういう話ではなくて。
頭の中が声に漏れたわけでもないのに考えを言い当てられた粉原はびっくりした顔をしていたが、気を取り直して。

「ま、まぁ。その通りだな。確かに色々心配な連中ではあるが…」

それこそさっきあまり気にしすぎないほうが良いと言う話じゃなかったか?
まぁ、何もしないでも回りを巻き込む富士見や何かと人の集まる四方ならともかく、他の連中に関しては誰かがやる必要はあるだろうが。

「…大丈夫です。貴方がどれだけの数の女の子に粉を掛けていようと、私はくじけませんから!」

ますますもって話が行方不明だ。
女の子に粉を掛けるってそんな人聞きの悪い言い方をしなくても良かろうに。

「お、おう…そりゃ何よりだが…(あれ、何の話だこれ?)」

そんな良く分からない会話が繰り広げられている喫茶店から離れる事、数百メートル。
大通りに隣接したゲームセンター内で、先ほどの三人は思わぬ展開を迎えていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…おい、俺は今貴様との決着を着けていた筈だったんだが?」

「え?着けてるだろう?今、6勝0敗で私の勝ちで進行中♪」

上機嫌そうな四方と、忌々しげな顔を浮かべたウェインが並んでいる。
何の前で並んでいるかと言えば…

「ぬぐっ!?貴様またそんな汚い手を…!」

「ふははは!勝てばよかろうなのだー!ってね」

有料Dループや敬意キャンセルで煽るのが汚い手かどうかは置いておいて。

―――――格闘ゲームである。
…いや、おかしいのは分かる。私もツッコミを入れたい。

何でこの物騒極まりない二人がリアルファイトじゃなくて格ゲーで勝負しているのか。
そんな疑問は置いてけぼりに勝負?は進んでいく。

―――――デストローイ!

ナッパームデスッ!というジョージボイスと同時にラウンドが終了する。
わざわざ一撃で決めるの自体ナメプとしか思えないメアリなのですけど…。

「ぐぐっ!?…おのれ、次だ!次は負けん!」

「いやはや筋がいいね。これはうかうかしてられないかも…」

7勝0敗、しかし勝負の内容は最初よりマシになっている様だ。
このままなら10戦目には1ラウンド位はウェインが取るかもしれない。

「………下手に悩んでる私の方が馬鹿らしいですわね、これ」

となれば私がすべきは…事態を面白くすること!
そうと決まれば手は早いのが私メアリという女でございまし~と歩み寄る―――ウェインの方へ。

「ウェインさん、そこはですね……ごにょごにょごにょ…」

「む…。そうか、なるほどな…」

とりあえず付け焼刃ではありますがアドバイスをお贈りしますわ、とメアリ。
余計なことを、とジト目の四方。してやったり顔が今はたまらなく憎らしい。

「おいおい、飲み込みが早いな…。まさかラウンドを取られるとは」

「ここからが勝負だ…。覚悟はいいな?四方視歩」

「お二人、ホントにホントにタダのゲーム友達みたいになってますねぇ」

やたらと平和な空気の流れる一行であった。


~~~~~~~~~そして十分後………~~~~~~~~~


「ま、焦ったけど何とか勝てたかな」

「ちっ。最初から勝手を知っていればこんな事には…」

10勝4敗、それが最終的な戦績だった。
メアリのアドバイスを貰ったウェインは驚異的な追い上げを見せた物の、
最終的に四方操るソルにザトーが十回に渡り沈められ勝負は決した。

「飲み込みはすごく良かったですねぇ。何度か繰り返せばすぐにすぐに四方さんくら出来そうでございまし」

「ゲームの才能ってのは思わぬところに隠れてるものだねぇ」

ははは、と笑う四方と呆れ顔のメアリを前にしてもウェインの表情は変わらない。
…いや、少し眉間の皺が解けているかも?彼なりの呆れ顔なのかもしれない。

「それでさ。さっきから気になってたんだけど…ウェイン、それはキミの荷物かい?」

「あ、私も気になってました。どう考えても似合わないバッグでしたし」

指差した先にはピンク色の手提げが。
どう考えてもウェインという男に似合うデザインではなく、事実これはウェインのものでは無かった。

「…そういえば忘れていたな。先ほど俺の目の前に飛んできたので思わず拾ったのだった」

「持ち主不明って訳?そうなると風紀委員の詰め所にでも預けるべきだが…キミが届けに行くのはオススメしないね」

この風貌の男が詰め所に落し物を届けに行けばいらぬ誤解を生むのは必至だ。
その言い分に納得したのかウェインは荷物をメアリに差し出した。

「最もだ。すまんがこれを代わりに届けてくれるか」

「それくらいならお安い御用ですわ。しかし、バッグが飛んでくるなんて不思議な事があるものですねぇ」

しかしてそのバッグを良く見てみると、バンドの部分が少し焦げ付いていた。
どうにもタダの落し物というには物々しい雰囲気である。

嫌な予感と言うべきか、そんな何かに駆られて四方は手を伸ばす。

「メアリ。少し貸してもらえるかい?」

「え、ええ。構いませんけど…って、勝手に開けちゃダメですよ!?」

断りも無くバッグを開けた四方は中身を確認してから動きを止めた。
ゆっくりと顔を上げると、メアリとウェインの二人の顔を見つめ、かすかに笑ったのだった。

「―――どうやら、私達の休日はここで終わりらしいよ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「何だか騒がしいな…?」

「そういえばそうですね…。向こうから騒ぎが近付いてきてるみたいですけど…」

粉原と霞の二人は、大通りが再び騒がしくなっている事に気付き其方へと視線を移していた。
ちなみにここまできても二人はお互いの名前を忘れたままである。

そのままの状態でここまで仲良く談笑できるのだから大した相性と言えるのかもしれない。

それはともかく、二人が目線をやる大通りの向こう側から騒ぎの中心が歩いてきていた。
ともすれば台風の中心とも呼べるそれは、辺りに無駄に熱気を散らしながら声を上げている様だ。

―――――誰かー!ピンク色のバックを見ませんでしたかー!なの!

…台風と言うよりは無駄に暑苦しい高気圧と言い換えたほうが相応しいかもしれない。
言うまでもなく、バックを探して大通りを逆走してきた焔である。

「あいつ、また戻ってきたのか?」

「バックを探しているみたいですね……あっ!ゲームセンターからさっきの三人が…」

焔の上げる大きな声に気付いたのか、はたまた単にタイミングが良かったのかは定かでは無いが、
先ほど三人連れ立ってゲームセンターへと突貫を仕掛けた四方、メアリ、ウェインの三人が焔に話しかけていた。

「何か話してますけど…ここからじゃ聞き取れませんね…」

「というか、ウェイン・メディスンまで一緒なのはどう言う事なんだ…?」

Q.一体あのゲーセンの中で何が…?
A.熱い戦いが繰り広げられていました(ただしソルとザトーの)

まぁ、単にバックの中から見つかった物を放置出来なかったという共通の目的故に一時的に行動を共にしているに過ぎない。
…ここまで話を広げておいてなんだが、今回の話では彼ら4人が巻き込まれる、もとい解決する事件の顛末は語られない。

今回はあくまでこの二人、粉原と霞の二人の話であるからして、あちらの話はまた何時か何処かで語られる事を祈るしかないという訳だ。
その場合、天の声も天の目も私以外の役割に与えられるだろう。
…まぁ、なんというか。頑張ってねー視歩ー。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はいはい、頑張りますよ。アンタはそこで自分の仕事しときなさいな」

「…?誰と話してるんでございますか?」

「あぁ、気にしないで。こっちの話だからさ」


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「(あいつら、また何か厄介事を…?今からでも加わるべきか…?)」

「(難しい顔…、まさか…あの大きな男の人は恋敵!?)」

あぁ、また妙な勘違いが…。
さっき粉原クンが言ってた危険な男って言うのがそういう意味で捉えられたのか。

「…まぁ、あの面子の中に飛び込むってのも無駄な話か…。いざとなりゃ四方が止めるだろうし…」

「(さっき言ってた危険って言うのはそういう意味だったんですね…!
  見た感じ、すごく恐い風貌の人ですけど周りにあんなに女の子が集まってるし…ああ見えて実は優しいとか!
  つっけんどんな態度を取りがちなこの人にとっては天敵!これは恋のバトルの予感…!)」

うーむ、あの子に小説でも書かせたらそれはさぞかし妄想力に溢れる物になるだろうな。
ここまで一の情報から十の妄想を走らせる子は中々居まい。

…あれ、何だか面白い方向に思考が進んでいるような…?
もう少しだけ見つめて見るとしよう…。

「(…あれ、でもさっき私にもあの男に近付くなって…。
  …………っ!そ、そんなまさか!もしかして私も知らず知らずの内にあの女の人達と同じ…!

      ―――――ハーレムメンバーに組み込まれていたんですね!!)」

……すげぇ。その発想は無かった。
妄想と言うか暴想というかここまで来ると尊敬の念を禁じえない。
もはやこのままデバッカーに勧誘したいくらいの人材である。

…え?デバッカーってお笑い集団か何かだったのかって?
そんなの今更でしょうに。あの面子見てお笑いじゃあい方がどうかしてますって。
そこに私が含まれる事も…まぁ、自覚してるしね。

「あ、あ、あ、あああああのあのあのっ!わた、わたたしっ!」

「お、おい!どうした!?急に立ち上がったら危な――――っ!」

おっ!ラブコメ展開キター!
急に立ち上がってバランスを崩した霞を咄嗟に支える粉原くん!

これは少女漫画でよく見るシチュエーションです!
流石はラノベ主人公(仮)!こういう場面でフラグを建てる事を忘れない!

「おい、大丈夫か。こんな所で怪我されたら俺が困るんだ。自重しろ」

「は、はいぃ…。(俺が困るって、やっぱり、やっぱりぃぃぃぃ!?)」

おー、見事なまでに顔真っ赤にして頭から湯気だしてーら。
まぁ見た感じ男の人に耐性ない感じだったしねぁ、あの子。

対して粉原クンの方はと言えば…

「(ここで怪我されたりしたら俺が悪いみたいになるしな…。そんなのは御免だぜ)」

至って保身的な理由でしたとさ。まぁ知ってたけど。
こういう所やっぱり残念なんだよねぇ、粉原くん。

「………おい、顔赤いぞ?熱か?……ちょいと額を貸せ」

「(ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?)」

おおー、すごい。あれをリアルでやる奴は視歩以外に始めて見た。
要するにアレである。熱を量るのにお互いのおでこをくっつける奴。
傍から見ればキスしているようにしか見えないなぁ、あれ。喫茶店で突然繰り広げられるラブシーン!

…昼間にしては目に毒な光景デスネ、はい。

「すこし熱いな…。さっきからややこしく頭使ってたみたいだし、知恵熱みたいなもんか」

「あぁ、あぁぁ…………きゅぅぅ…」

あ、落ちた。もとい堕ちた。二重の意味で。
あーあ、こうしてまたフラグが一つ増えていくのですね。

「あっ、おい!しっかりしろっ!おい!」

「きゅぅ…。…はっ!」

思った以上な速さで復帰した霞だったが、ここで一つ豆知識を披露したい。
刷り込みという言葉をご存知だろうか?通常、生まれたばかりの場合に用いられる言葉ではあるが。

しかしこの場合、この刷り込みと同じ様な現象が両者間で起きたのである。
目覚めたばかりの霞は自分の体を抱えるように支える粉原くんを認識し、第一声を放った。

「………………お兄ちゃん?」

「…………………はっ?」

―――そう、お兄ちゃんである。
まず最初に断言しておこう。霞に兄は存在しない。

しかし彼女は幼い頃から頼れる兄という物に憧れを抱いていたらしい。
…何故知ってるかといわれれば、今倒れた瞬間に彼女の脳内を奔った走馬灯的サムシングを垣間見たからである。

憧れを抱いていた兄、その記憶がフラッシュバックした直後に自分を支える粉原くんの姿。
これではタイミングが最悪、言い様によっては最高のタイミングだったわけだ。

「いや、まて。落ち着け。俺はお前のお兄ちゃんじゃ…」

「お兄ちゃん…えへへ、です」

寝ぼけてるね、あれ。目が覚めた後どうなるか見ものだね。
まぁ、お兄ちゃん役として粉原くんはかなり適任だと私も思う。ほら、ぶっきらぼうお兄ちゃん。

「おい!頼むから起きろ!こんな所知り合いに見られたら………あっ」

…その発言は完全にフラグだよね。
言うまでもなく粉原の視線の先には人影が。それも恐らく、この場で最も来てはいけなかった人物である。

「………………………粉原、さん。貴方って人は…」

ゴミを見るかのような顔でそこに立つ、江向香の姿がそこにあった。
…ご存知かもしれないが、香は粉原の事を大層嫌っている。
それはもうあの純粋な香が粉原に対してだけは黒さを見せるほどである。

粉原側からすればこんな場面を目撃されるのは一番避けたい相手だろう。
なんせ普段から冷たい視線が更に冷たく、鋭くなる事は必至だからだ。

無論、実際にこの現場を目撃した香の目線は冷たいどころか更に悪化。
所謂、養豚場の豚を見る目である。明日には市場に並ぶんだね、じゃなく即日解体して市場に並べてやるという目だ。

「ま、まて…江向…これは誤解………」

「昼間っから女の子とイチャイチャイチャイチャ…しまいにはお兄ちゃんなんて呼ばせて…」

そこだけ聞くと粉原くんが完全アウトだよね、これ。
おっと、そんな修羅場というか殺傷処分場じみた空気の喫茶店に新たな来訪者が。

「おい、江向。どうした、そんな所で立ち止ま………あっ」

「おーい、江向ちゃん。そんなに急いだらこけるぞ~、って………なっ!?」

今回まだ登場してなかったデバッカーの二人、樹堅と入場である。
なになに…?あぁ、香の荷物もちを受け持ったらしい。
見るからに非力そうな香に買出しを一人でさせるのは忍びない、とこの二人は良く荷物もちをしているようだ。

同行する度に何らかの形で毒舌が刺さるというのに毎度律儀なものだ。
まぁ、悪意が無い毒舌だし香はいい子だから気持ちは分かるけど。

「ふふ…おにいちゃーん♪」

そしてこの霞である。未だ寝ぼけている様子の彼女は粉原にくっついたまま離れる様子も無い。
どうやら新たな来訪者は目にすら入っていないようだ。

「ま、まさか粉原が…!女っけの欠片も無かったのに…!」

「しかもお兄ちゃんとか呼ばせてる、だと…!粉原っ!お前何か悪いモンでも喰ったのか!?」

詰め寄る二人。まぁ、無理も無いといえば無理も無い。
なんせあの粉原くんである。昼間っから女の子をはべらせているなんて、信じる人の方が皆無である。

「ふんっ…粉原さんも結局タダの下衆な男だったんですね。昼間から女の子をはべらせて…いやらしい」

「あれ…?間接的に俺まで嘲笑されてません、これ?」

昼間から女の子はべらせてるのは入場も同じであるからして恐らくその通りである。
しかし香は粉原へと冷たい視線を送るのに忙しいようで気にも留めていない。

「くそっ!おい、起きろアンタ!事情を説明してくれぇ!」

「今更何を言われたところでドン引きなんですけど…」

とりあえず混乱しつつも事態を傍観することに決めた樹堅と入場が半歩後ろに下がる。
それを見てか、粉原は弁解の為に江向へと向き直った。

「と、とにかくだな…こいつは救済委員の奴でたまたま相席しただけでな…名前は、名前…は………」

あーあ、ついにそこに疑問が戻ってきたのか粉原くん。
最初はその為に会話を始めたんだったもんね。…完全に忘れてたみたいだけど。

「…名前は?」

「(な、名前忘れてるんだったぁぁぁぁーーーーっ!!)」

今更ながらにその事実を思い出した粉原くんは冷や汗全開で固まっている。
…で、この流れだと香がどう解釈するかと言えば、それは恐らくとてつもなく悪い方向へと解釈が向くことになる訳で。
解釈によって介錯が必要な事態へと粉原くんが巻き込まれる事は想像に難くない。

「まさか…名前も知らない女の子と…!?ほんっとに、何考えてるんですかぁぁぁぁ!!!」

「まてぇぇぇぇ!誤解だ誤解!おい、お前ら見てねぇで助けろよっ!?」

後ろの二人は虚ろな目で明後日の方向を向いている。
二人揃って手元でスマンのジェスチャーを取ってる辺りホントにどうしようもないらしい。

「もういいです…もっと前からこうしておけば良かった…ここで、さよなら、です」

「な、何をするつもりだ…?まて、やめろ!周りの物を溶かしながらこっちに来るなぁ!?」

何だかいつもより更に高そうな出力で能力を開放した香がじりじりと間合いを詰める。
もちろん通り道にあったものがドロドロと融解しているのは言うまでも無い。

…そろそろ潮時かな。これ以上放っておくと粉原くんがネギトロめいた死体になってしまうし。
という訳で止めに行くと同時にネタバラシと行きましょう。

「そこまでよ!香、あんたもそこまでにしときなさい」

「えっ……?よ、吉永さん!?どうしてここに!」

「ま、また新しい奴が…!お前ら何でここに集まってきてるんだよ!?」

確かに何故か今日は皆ここに集まってきてた様な…。
まぁ、そんな日もあるよねって事で華麗にスルー。

それはともかく、面々の前に新たに姿を表したのは我らがデバッカーの常識人枠、吉永芙由子
そして加えて登場するのが…



「………………………………………(まぁ、ネタバラシも何も予想はついてたと思うけどね)」



はい、みんなのアイドル瞳ちゃんですよ~って冗談は置いておいて。
どうも罪木瞳です。今回のナレーターはなんと、私だったのだ!(棒)

ドヤ顔ダブルピース(無表情)で登場を果たした私に粉原くんは顔面を蒼白にする。

「つ、罪木まで…!?」

「というか、事情知ってる私からしても粉原に同情できないんだけど。男ってやっぱダメね」

流石は芙由子。こんな状況でも男に容赦が無い!
まぁ、私から見てても粉原くんにも非があったって感じはするけどね。

「………………………………………(どっちにしろ、香はそれ以上はだめだよ)」

そろそろ諌めとかないと大惨事になりそうだからね。
水を刺させて貰いましょう、という訳で。

「何でお前らまでここに…?」

「別に。単に私と瞳ちゃんともこの喫茶店で話してただけ。最初から、ね」

そう、ここまでの天の声が何かと人間じみてたのは私が実況していたからである。
なんせ私にナレーターやらせれば心まで読めるんだから死角なしだ。

「まて、って事は何だ。もしかして罪木が最初から見てたってことは…」

「………………………………………(無論、思った事感じた事全て筒抜けですとも)」

肯定の意味を含めてこくこくと頷いておく。
そう、全てだ。焔とか視歩とかその他色々ともやもやしてる事もすべてお見通しである。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁああぁぁ!!?」ガンガン

「ちょっ!粉原、落ち着きなさいって!」

「どうせお前も見てたんだろうが!」

「ええ、それはまぁ「うっぁぁぁぁぁぁっぁああっ!!」

最早、何を言っても無駄そうである。
しばらくそっとしておいてあげるのが良いだろう。

「えと、これは一体…?」

多少冷静さを取り戻したらしい香が説明を求めてくる。
そういえば、粉原くんがなぜこんな事になったのかちゃんと説明をしておかねばなるまい。

「ああ、香。実はね―――――

そんなこんなで香に説明をしている間の出来事だった。
ある意味元凶と言えないでもない霞が寝ぼけ状態から復帰したのである。

目覚めて放った第一声、それで全てのオチをつけてくれたのだから彼女には感服するばかりである。
そう、それは―――


「あ、こ、粉原さん!私、とんだご迷惑を…っ!」

「って、お前は名前思い出したのかよっ!?…あぁ、やっぱり俺は思い出せて無いし!」


刷り込み中になにやら脳内で記憶の修正があったのか、一人で勝手に粉原の名前を思い出した霞である。
こんな風に最後の最後まで無自覚に粉原くんを追い詰める霞とは個人的に後で握手しときたい。


「はぁ…。いや、事情を聞いてもあんまり同情も出来ないんですけど…」

「それに関しては私も同感だから。いやまぁ、でも溶かすのはやり過ぎだから、ね?」


視界の端で香を窘める芙由子の姿も見える。
どうやらこっちの騒ぎは無事収束しそうで何よりだ。

…いやまぁ、もう一つ懸念事項は残ってるのだけれど。


「あ、瞳ちゃん。結局アイツはどこに行ったの?」

香を落ち着かせることに成功した芙由子がこちらへ耳打ちをしてきた。
話しては居ないが、当初私と芙由子が座っていたテーブルにはもう一人知人が居たのである。

「………………………………………(視歩達を追いかけていったみたい。もう合流してるよ)」

最近ようやく会得した必殺技、筆談で伝える。
その途中まで同席していた知人は視歩が焔と合流した辺りで退席し、姿を消した。
まぁ、目的は明白である。奴が視歩がらみの面白イベントに顔をつっこまない訳がないのだ。

「そう…それならまぁ、放っておいても大丈夫かしらね」

「………………………………………(大丈夫だと思うよ。あの二人が揃ってるなら…ま、何とかなるでしょ)」

その知人と、視歩達が消えていった大通りの向こう側へ目をやる。
しかしてここで日常回は一旦の終幕を迎え、そして主役を変えて別のお話が始まるのである。

これは別に特別な話ではない。
視歩と、それを中心としたデバッカーと関わりを持っていれば日常茶飯事な事だ。

「………………………………………(毎日なにかしら騒がしい、ホントに退屈させてくれないよね、皆)」

「多分、それは瞳ちゃんも含めての事だと思うけど」

あれ、紙に書いたわけでもないのに良く分かったね?
そんな意味を込めて視線を送ると、芙由子は笑いながら

「そんな気がしただけよ。視歩に影響されたかしら?…ま、そんな日常も今は悪くないと思えるのよね」

であった頃の険しい表情からは想像もつかないほどの清清しい笑顔で、そう言った。



―――こうして私達の騒がしい一日はまだまだ日が暮れるまで、続くのであった。めでたしめでたし。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「で、お前の名前って何だっけ?」

「えと、その…」「だめですよ。教えちゃいけません。こんな礼儀知らずには自分で思い出してもらうほかありません」

「礼儀知らずって…私も思い出せなかったんだけどなぁ…何だかへこむよ…」

「あきらめろ…こいつは自分の言葉が研ぎたてのナイフより鋭い自覚が無いんだよ…」

「何余計なこと言ってるんですか!さっさとこの人の名前を思い出しなさい!」

「ぐぅっ…。くっそ、何でこんな事に…」


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最終更新:2014年12月24日 14:25