澤村の後に続いて入ったその先には老若男女様々な年齢や個性を有するメンバー達のこちらを値踏みするような視線があった。
僕は既に面通しは済ませているが碓氷や薊は澤村と同じくまだだったな。顔合わせがスムーズに進むように僕が進行係を務めるべきか。
「・・・・・・」
立ち止まった澤村は一言も発さない。ようやくこの新興暗部組織の『特殊性』に気付いたか。僕も最初は目を疑った。
「・・・・・・ふぅ」
「ん?何だ澤村」
回れ後ろ。メンバーを一瞥した澤村何故かが僕の肩を掴んで司令室の外へ連れ出した。些か怪訝な視線がメンバー達から向けられる中扉が閉まった途端澤村が唸り出した。
「こんな大所帯になるなんて俺は一言も聞いて無ぇぞ!?ど、どうしようどうしよう?ま、まずは挨拶回りした方がいいんか?それともリーダーらしくピシッと決めた方がいいんか?う、うう、上層部のクソ野郎共めぇぇ・・・」
はあ。やはりこうなるか。嫌がらせにも似た社会勉強だな。
「澤村」
「お、おぅ」
「とりあえず今回は顔合わせが主題だ。メンバーとコミュニケーションを取っていくのは後からでも遅くは無い。
まずはしっかり自己紹介だ。トップらしく舐められない第一印象は重要だ。僕もフォローする」
「す、すまねぇ渡瀬。うしっ!自己紹介自己紹介」
正直なところ『闇』に所属しているだけあって個人差はあるがコミュニケーションを取るのが難しいタイプがいるのも確か。
上層部としては任務で下手をこく事さえ無ければいいのだろう。チーフを務める僕の役割も重要になってくる。驕らず油断せずいこう。
「あんた何やってんのよ。あんたが最初に自己紹介しないとあたし達も自己紹介できないでしょ」
「・・・・・・」
組織の概要について簡単にだが僕が澤村へ手短に説明する。その後再び扉を開けて入室した澤村に薊の抗議と碓氷の氷の視線が叩き付けられる。彼女達の意見はもっともだ。澤村も僕と同意見だったのだろう。
『すまねぇ』と謝った後に今後同じ組織の一員として行動を共にするメンバーへ向けて毅然と挨拶する。
「えー、俺が今度この暗部のトップリーダーに据えられる事になった
澤村慶だ。『刺客人』って言えば通じる奴もいるかもしれねぇな。今後よろしく」
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短いが俺なりに予め考えてた挨拶を済ました後、渡瀬の提案で一人ひとり自己紹介を行う事になった。
勿論薊や碓氷の自己紹介は俺の後に済ませた。あいつ等に余計な気を使わせちまったな。
金髪碧眼でうっすらと髭を生やし、髷を結い、作務衣にも似た和服を着こなすディオンが先陣を切って俺に話しかけてきた。聞けば三十台半ばのアメリカ人だそうだ。
ナノデバイスが絡む身体強化実験プロジェクトに参加し、数少ない成功例として今日まで活動していたらしい。
普段見掛ける能力者に子供が多いせいでディオンのような前線で活躍する大人は珍しく感じる。
「あたしは御山明よ。同じく予定だけどチーフ職を承った者よ。今後この暗部の懐事情は全部あたしが管理するからちゃんと必要経費は申請してね澤村君?」
2mを超える巨体たが首から上は小柄というアンバランスな体型。元来中性的な顔立ちに化粧や金髪のポニーテールも組み合わさり首から上だけなら御山は女性にしか見えない。
こりゃお見合い詐欺にはうってつけの人材だな。とりあえずあの美人顔から出る野太い声に早く慣れないと。
「私は
エスナダ=ダグラン。希望は前線での任務。任務において常には最善の行動を取れるよう務めよう」
御山と同じくらいの背丈。つまりこっちも2mを超える長身の外国人。老け顔と相俟ってディオンと同じくらいの年齢に見える。
徒手空拳による暗殺術を得意とし、どんな場所で通用する一流のエージェントとして育てられて来たそうだ。教養にも長けてそうだな。俺も今後教授してもらいたいもんだ。
「私は栩内十愛。どのような任務でも指示が下れば全うできるよう務めます。『刺客人』の噂、かねがねより聞き及んでいます。トップリーダー澤村慶。今後よろしくお願いします」
白を基調とした服に身を包むおかっぱ少女。何処にでもいそうな外見から感じ取れる無機質な雰囲気。渡瀬と少し似ているかもしれない。
元々所属していた暗部組織が半ば内輪揉めで崩壊し一人残されたところこっちに合流したらしい。渡瀬曰く『理想的な兵士』。理想的ね。誰にとっての理想なんだろうな。
「俺は川相染色。この暗部でも交渉人としての活動を希望します。交渉は相手との信頼関係が一番大切ですからそういった仕事は全て任せて下さい。必要であれば交渉事の他に尋問も請け負いますよ」
紺のスーツでビシッと決めていかにも交渉人らしく人当たりが良さそうで爽やかな容貌をしている。だが同じ精神系だからかこいつから見え隠れする『闇』が俺に告げる。
友情や信頼というものを毛嫌いしている侮蔑の眼差しが。まあ『闇』で活動する以上裏切りなんか日常茶飯事だし、川相の生き様にケチを付けるつもりは毛頭ない。
元は暗部で主に研究関連の交渉代理人や仲介人としてフリーで活動していた経歴の持ち主。本人の言う通り適正は前線では無く後方だろうな。
「貴方何でそんなにキラキラ眩しくいられるの?貴方すごくムカつくの。トップリーダーじゃ無かったらこの手で叩き潰してやりたいくらいに。・・・・・・自己紹介か。弓塚劔。劔でいいの。私も貴方の事を慶って呼ぶから」
すごく失礼な物言いで俺に自己紹介して来たのは、過去の出来事のせいで両腕が使い物にならなくなった劔とかいう女。
根本的に性格がネジ曲がっちまったらしいこの女は何処か川相に似た匂いを香らせる。教師や大人が大嫌いらしいが少なくとも任務では大人へ反抗する事は無いらしい。
大人のディオンもこいつの取り扱いには苦労するかもしれない。俺はもっと苦労するかもしれない。
「杏鷲は遠阪杏鷲って言います。そうだなぁ・・・これからお兄ちゃんって呼んでいいですか?・・・やった!そして・・・」
「あたしは遠阪鳴鷲。杏鷲とは双子なんだ。任せられた仕事は何でもこなしてみせる。だから・・・杏鷲共々」
「「よろしくお願いします」」
見分けがつかないくらいの容貌と体格を備える11歳の遠阪姉妹。双子なんだから当たり前だが。見分けるとなると髪の色や長さ、身に付けている物がキーとなる。
チャイルドエラーを実験動物として扱う施設で過酷な生活を強いられていたところ偶然にも何処ぞの暗部に施設が潰されたそうで、行き場が無かったところを拾われた形になったらしい。
11歳か。まぁ俺は二人より幼い頃から『闇』にいたから余り子供扱いはしないが一応お近付きの印としてキャンディーをあげてみた。特に杏鷲が喜んでくれた。嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。
「ホッホッ。よいか?金に糸目をつけておっては新しい開発は進みなどせん。よって、わしが今まで組織の金をこっそり拝借していたのは全て組織の輝かしき未来を思ってのことなんじゃ!」
「あらぁ。何処かから世迷言が聞こえてくるわね。次は本当に三途の川を渡らせてあげようかしら?」
「ぬぅ!わ、わしは初老外郎。メンバーの武装の整備や改良、新兵器の開発まで何でも担当するぞ!ホッホッ!」
御山に脅されて冷や汗を掻きながら自己紹介した60歳の研究者。専攻は重力子研究。兵器開発にも精通しているそうだ。この爺さんなら薊の駆動鎧も修理できそうだ。
金遣いが荒いらしく、組織の金をネコババして色んなところを転々としてきたらしい。聞けばここでも早速ネコババしようとしたところ御山にオシオキされたらしい。
命知らずめ。あのオカマを怒らせたらやばい事くらい本能でキャッチしろよ。
必要最低限をはっきり表した自己紹介だなこいつ。言葉こそ丁寧だったり敬語だったりするが、本心では俺の事全く敬ってないよな。読心しなくてもわかる。俺読心できないけど。
「薊蘭よ。あんたちゃんとしなさいよ!トップリーダーなんだからさ!」
こいつは碓氷とは違って普通に反抗的な態度を表に出すな。どっちがマシとか考えてもしゃーねーな。つーか命を助けた事忘れてねぇか?
「僕はもう終わっているが改めて。
渡瀬瀬。役職はチーフ。トップリーダー澤村慶。見ての通り、この組織は複数の部隊を束ねる形となっている。
そのために主要メンバーは全員で13人にものぼる。他にも僕達をサポートする下部組織が結成される。澤村。君はそんな組織の頂点に立つんだ。頼むぞ」
助かるぜ相棒。上手い具合に纏めてくれて。しかしまあここまでの大所帯になるとは。社会勉強にしちゃかなり難解じゃねぇかオヤジ?
普通の暗部じゃ見られない複数の部隊の創立。どんな意図があるか知らねぇが、そんな暗部のトップに俺を据えて何をやらせたいんだか皆目検討つかねぇや。
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「自己紹介も済んだようだな。無事に顔合わせが済んで私も一安心だ」
「・・・監視カメラで覗いてたのかオヤジ?」
「あぁ」
一通り顔合わせが終わった直後司令室に存在する大画面が起動し、見飽きた仏頂面が口元を少しだけ緩ませる姿が映った。
周囲が『オヤジ?』と騒ぎ始めたので俺があいつをオヤジと呼ぶ経緯も同時に説明した。ついでに皆にあいつを『オヤジ』と呼ぶよう勧めた。
「お前にトップリーダーとしての初仕事を命じる」
「初仕事?何だよ」
「この組織の名前をお前が付けるのだ。そうすれば一匹狼のお前でも少しは愛着が湧くかもしれん」
名前?そういや渡瀬もまだ組織名が決まってないとか言ってたな。俺が名付け親になるのか。オヤジにしちゃ中々粋のある事考えるじゃねぇか。
「お兄ちゃん!センスのある名前でよろしくね!」
キャンディーを咥えながらニコニコしてる杏鷲が『ガンバ!』と俺へ励ましの応援を掛けてくる。嬉しいね。あいつとは初対面のメンバーの中で一番早く仲良くなれそうだ。
信頼や友情に頼り過ぎるのは『闇』ではペナルティーもんだが、別にそれが個人的に嫌いってわけじゃねぇ。あいつのためにも。
センスのある名前か。・・・この組織の特徴は複数の部隊。部隊。・・・網様一座。閃いた。これでいこう。
「『
トループ』。『トループ』でいこう。どうだオヤジ?」
「ほう。『トループ』か。お前にしては中々センスのよい名前だな。『トループ』は部隊を意味するものだ。この組織にはうってつけの名かもしれない」
部隊って意味がある『troop』と一座って意味がある『troupe』のダブルネーミングだけどな。俺の能力名にある網様一座からヒントを得た。
「では部隊名や役職名もそれに沿ったものとする。前衛部隊として【先駆部隊<ヴァンガードトループ>】、トループの本隊でもある中衛部隊として【中核部隊<ミドルガードトループ>】、
後衛部隊として【後駆部隊<リアガードトループ>】を創立する。幹部の役職名はトループチーフに統一。
【先駆部隊】のトループチーフとしてディオン=スターロードを、【中核部隊】のトループチーフとして渡瀬瀬を、【後駆部隊】のトループチーフとして
御山明をそれぞれ正式に任命する」
【先駆部隊】【中核部隊】【後駆部隊】の創立を宣言するオヤジに各メンバーの注目が否応なしに集まっている。
一応メンバーが所属する部隊は大体決まっているらしいがメンバー自身の希望も受け付けて最終的に決めるらしい。らしいというか俺が最終的に決断しなきゃいけないがな。
「そして各部隊を統括するトップリーダー、つまり総隊長をオールトループチーフと命名する」
オヤジの視線が俺に向いた。仏頂面ながら僅かに喜色を浮かべた瞳から放たれる目線と俺の目線が交錯する。
「『刺客人<イレイザー>』としての活動はこれにて終了。今後は暗部組織『トループ』の総司令官。オールトループチーフ澤村慶として今まで以上の働きを期待する。以上」
第四話~『トループ』~
最終更新:2015年04月02日 19:04