「(カキカキカキ)。『イラッ!!!(怒)』」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
「界刺様!!水で濡らしたハンカチです。これを・・・」
「(カキカキカキ)。『ありがとう、“サニー”』」
「えっ?“サニー”って私のことですか?」
「(カキカキカキ)。『そう。君の名前、向日葵は英語で言うとサンフラワー(太陽の花)。そこに、君の光マニアっぷりを合わせた渾名が“サニー(陽(ひかり)が当る)”。不満かい?』」
「い、いえ!!!わ、私、渾名なんて付けられたことが無くて、ちょっと驚いちゃったんです!!
“サニー”・・・“サニー”・・・。うん!!私、すっごく気に入りました!!界刺様、ありがとうございます!!!」
「(カキカキカキ)。『そうか。気に入ってもらえて何より。んじゃあ、俺はこれで』(スクッ)」
「(ガシッ)。・・・界刺様のイジワル・・・(グスン)」
「(・・・そこまで単純じゃ無かったか)」
涙目になりながらも、界刺の裾を掴んで話さない月ノ宮。焔火を合わせた3人は、公園内の水場の近くにあるベンチに座っていた。
先程の焔火の全力全開跳び蹴りを顔面に受けた界刺は、口の中を思いっきり切ってしまいうまく喋れなくなってしまっていた。蹴られた頬も腫れている。
そのために、通学鞄にあったノートを用いてコミュニケーションを図るという面倒なことになっていた。
「(カキカキカキ)。『あのさぁ・・・』」
「は、はい・・・」
界刺の問いが焔火に向けられる。彼女は、現在進行中で後悔真っ最中であった。
如何にイライラしていたとは言え、見ず知らずの人間に跳び蹴りをかます等許されることでは無かった。
焔火は、界刺にどんな誹謗中傷を言われても受け入れる覚悟を決める。それは・・・先日もあったこと。
「(カキカキカキ)。『君って、肉体強化系か何か?あの位置からの跳び蹴りなんて、常人じゃまず不可能だし』」
「へっ?あ、えと、わ、私は『電撃使い』です。レベル2~3を行ったり来たりですけど・・・」
焔火にとっては、予想外の質問。まさか、誹謗中傷よりも自分の能力について質問されるとは思わなかった。が、とりあえず正直に話す焔火。
「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!???嘘おおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!???」
「!!!」
「!!!(カキカキカキ)。『ど、どうしたの、サニー?急に大声なんて挙げたりして』」
これまた、焔火(+界刺)にとって予想外な流れ。焔火が自身の能力を明かした途端に、月ノ宮が信じられないといった表情で大声を放ったのだ。
「こ、ここ、ここここれは!!!!私にも胸が大きくなるチャンスがあるということです!!!!やったあああああぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「・・・彼女・・・サニーは何を言っているんですか?」
「(カキカキカキ)。『・・・俺にもわかんない』」
戸惑う焔火と界刺を余所に、ハイテンションまっしぐらの月ノ宮。彼女の口から、長年(?)研究していたある理論が白日の下に晒される。
「私には、長年(?)研究していた理論がありました。それは、『優秀な電撃使いは胸部が慎ましやかなのか?』という理論です!!!」
「胸!?」
「(カキカキカキ)。『・・・あぁ。そういうことか』」
月ノ宮の理論の意図を焔火は余り理解できず、界刺は月ノ宮及び彼女が所属する派閥の長である
苧環華憐の“ソレ”を思い出し、焔火の“ソレ”を見比べ合点が行く。
「さすがは界刺様!!理解がお早いです!!私は、ずっと苦悩していました。誰にも打ち明けられないこの苦しみを。優秀な電撃使い程胸が慎ましいのではないか?
私や妹の百合、同じ電撃使いとして敬愛して止まない苧環様や“常盤台の超電磁砲”と謳われるレベル5の御坂様と言ったレベルの高い電撃使いの人達は、
総じて胸が小さいのです!!!」
「は、はぁ・・・」
「(カキカキカキ)。『そう言えば、君って胸小さいね』」
「うぅ!!さ、さすがは界刺様。何の躊躇もせずに、女性に胸の大きさについて言及できてしまう豪胆さ。私も見習いたいです!!」
「いやっ・・・見習わなくていいんじゃないかな・・・?」
思わず月ノ宮に突っ込む焔火。だが、月ノ宮の弁舌はまだまだ終わらない。
「話が逸れちゃいました。だからこそ!!今私の目の前に居られる“ホムラっち”こそが、私達胸の小さい電撃使いにとっての希望の星となり得るのです!!!」
「ブッ!!あ、あのぅ・・・その“ホムラっち”って私のこと・・・かな?」
「そうです!!私も、界刺様を見習って生まれて初めての渾名付けに挑戦してみました!!!何だか、『~っち』ってリズムや語呂がいいですよね!!えっへん!!!」
「『えっへん!!!』って・・・。人の渾名を勝手に・・・」
「(カキカキカキ)。『中々センス良いね、サニー。でも、俺だったらもっとかっこいい渾名を付けるね、うん』」
そして、誰に頼まれたわけでも無く勝手に割り込んで来る界刺。当然のことながら、悪い予感しかしない。
「ほ、本当ですか!!?も、もしよろしければこのサニーこと
月ノ宮向日葵に、界刺様の渾名センスをご教授して頂けませんか!!?」
「あ、あのぅ・・・人の話を聞いて・・・」
「(カキカキカキ)。『いいだろう。それじゃあ・・・俺が考える
焔火緋花の渾名とは・・・ズバリ“ヒバンナ”だ!!!』」
「ブフッ!!!・・・“ヒバンナ”・・・!!?」
「(カキカキカキ)。『その通り!!君の下の名前である緋花から連想してみた!!
インスピレーションとしては、“火花”、“火鉢”という流れから始まって・・・そして“サバンナ”で、こうビビビっと!!』」
「『ビビビっと!!』って・・・“サバンナ”って・・・」
「か、かか、界刺様あああぁぁっっ!!!!わ、私感動しました。さすがは私が尊敬する界刺様です!!!“ヒバンナ”という渾名、最高です!!私の・・・完敗です!!!!」
「・・・ねぇ、サニー。あなたって、唯単に『さすがは界刺様』って言いたいだけなんじゃ・・・」
「(カキカキカキ)。『いやいや。サニーの名付けた“ホムラっち”ってのも中々だったぜ。この俺が認めるんだ。胸を張れ!!』」
「界刺様・・・!!!わ、わかりました!!!」
「(カキカキカキ)。『そうか。わかってくれたようで何より。んじゃ、俺はこれで』(スクッ)」
「(ガシッ)。・・・界刺様のチョーイジワル・・・(グスン)」
「(・・・そこまでバカじゃ無かったか)」
「だああああぁぁぁっっ!!!!何よ、この漫才みたいなやり取りは!!?さっきのと似たような繰り返しじゃないのおおおぉぉっっ!!??」
「バカって・・・!!界刺様、酷いです!!!!」
「・・・(カキカキカキ)。『グスン・・・(泣)』。・・・(カキカキカキ)。『あれっ?俺って声に出したっけ?(汗)』」
「ううぅっ!!!ちょ、調子に乗ってごめんなさい・・・」
「出してても出してなくても、私には界刺様の思ってることなんて、ぜ~んぶお見通しなんですからね!!!」
「(えっ?何それ?チョー恐い(汗))」
炎天下の中、焔火が言う所の漫才はまだまだ続きそうな気配である。
「・・・『
シンボル』のリーダーと、さっきから何を喋ってるんだろう?『胸が小さい』とか“ホムラっち”とか“ヒバンナ”とか意味不明なことばっかり聞こえて来るけど・・・」
「“ホムラっち”・・・。何だか、緋花さんがゆかりさんを“ゆかりっち”って呼ぶのと同じような感じだよなぁ・・・」
「あらっ、鳥羽君?あなたは、私だったら“ホムラっち”とか“ヒバンナ”なんて恥ずかしい渾名を受け入れるって言いたいの?うん?」
「ビクビクッ!!い、いや、そういう意味じゃ無くて・・・」
「くそぉ・・・くそぉ・・・。美少女2人に囲まれるなんて・・・両手に花状態だなんて・・・羨まし過ぎるだろうがあああぁぁぁっっ!!!!!」
「痛っ!!ちょっと、一色!!自分がモテないからって、こっちにまで八つ当たりしてんじゃないわよ!!」
「何故・・・何故だ・・・何故なんだ・・・どうして・・・そんな・・・ブツブツ・・・」
「・・・こりゃ駄目だ。どツボに嵌ってやがる」
「・・・・・・“ホムラっち”・・・・・・“ヒバンナ”・・・・・・カッコカワイイ・・・・・・今度から呼ぼ」
「「「「「「えっ」」」」」」
界刺達に負けず劣らずの漫才もどきを繰り広げている176支部の面々。その中で唯一真剣な顔付きで、焔火の様子を見つめている者―
加賀美雅―が居た。
「(
界刺得世・・・『シンボル』・・・。債鬼君や閨秀先輩が、すごく厄介って指摘していたグループに所属する男。
破輩先輩達159支部が、危機に陥ったら必ず助けると断言したグループのトップに居る人間。・・・私と同じ、組織のリーダーを務める人)」
加賀美の目に映る焔火は、界刺達に振り回されてプンスカ怒ったりしゅんとしたり等、目まぐるしい程のその表情を変える。それは・・・彼女本来の姿。
先日の風紀委員会以後自分達に見せることは無かった、否、リーダーたる自分が引き出すことができなかった焔火緋花の在り方であった。
「(・・・ッッッ!!)」
だからこそ、加賀美は悔しかった。何故自分にできなかったことを、あの『シンボル』のリーダーは事も無げにやってのけるのか。
あの男と同じリーダーである自分は・・・一体何をしている?・・・一体何をしていた?
自分達は、焔火に手を貸すわけにはいかない。そう心の中で誓っていた筈なのに。なのに、何故こんなにも自分の心は揺れている?
本当に、焔火にしてあげられることは無かったのか。固地に見抜かれない程度に、何かできることが・・・本当はあったんじゃないのか。
「・・・・・・」
「・・・気にすること無いんじゃないか、加賀美先輩?」
「・・・稜」
そんな自問自答中の加賀美に、神谷が小さい声で語り掛ける。
「加賀美先輩は、加賀美先輩なりに焔火のために頑張ってる。それは、俺達176支部員全員が知ってるぜ?だから、そんな顔してくれるなよ・・・。
あんたは、俺達のリーダーなんだぜ?そのリーダーのあんたがそんな顔してちゃあ、部下の俺は誰を信じてこの『閃光真剣(けん)』を振ればいいんだ?」
「・・・稜」
神谷は胸ポケットに差している『閃光真剣』用の針を手に持ち、加賀美の目に映るようにジャグリングする。
それは、神谷なりの励まし。普段はぶっきらぼうな彼の、それは数少ない優しさの現われ。
それがわかったから、それが嬉しかったから加賀美は神谷に声を掛ける。
「稜・・・ありがと。・・・よっし!!」
「・・・別に礼を言われる程のことじゃ無いけど」
「それと・・・私を信じて『閃光真剣』を振るってくれるんだったら、何であんなに大量の苦情が私に届くのかな?」
「ゲッ・・・。チッ、やっぱ慣れねぇことはするもんじゃ無ぇな」
藪蛇となったことを少し後悔する神谷と、気合を入れ直した加賀美は己の仲間を改めて見やる。
どうやら、漫才もどきも終わったようで、焔火の顔が真剣なものに変わり始めていた。
「サニー・・・いえ、月ノ宮さんはどうして『シンボル』に入りたいんですか?確か・・・『シンボル』って風紀委員みたいなことをボランティアで行っているんですよね?
だったら、風紀委員でもいいんじゃないですか?風紀委員になって、学園都市の人達を自分の手で守る。そういう選択肢もあるんじゃないですか?」
それは、焔火が放った言葉から始まった。
「(カキカキカキ)。『さっき言わなかったけ?この娘、重度の光マニアでさ。それで』」
「でも、月ノ宮さんは言いました。それ以外の理由もあるって」
「(カキカキカキ)。『・・・サニー?』」
「そ、そうですね。これは、私がお話しなければならないことですね」
焔火と界刺の視線が、月ノ宮へ差し向けられる。向けられた月ノ宮は、意を決して自分の思いを吐露する。
「・・・憧れたんです。『シンボル』に。そして・・・界刺様に」
「憧れ?」
「はい。以前界刺様には、ある件でお世話になりました。
本当なら私達・・・いえ、私自身の手で何とかしなきゃいけなかったことを、界刺様達が代わりに果たしてくれました」
月ノ宮は目を閉じる。瞼の裏に、成瀬台のグラウンドで見た界刺達の姿が浮かび上がる。あの日見た界刺の姿を、言葉を、行動を、月ノ宮は何時だって思い出せる。
「界刺様は・・・あの時こう仰いました。『俺や君1人が行って、暴れて、それで何が解決すんの?どっかの神様の御業みたいに全てが丸く収まるとでも?有り得ないでしょ?
まさかとは思うけど・・・君、自分の力なら何でも解決できるなんて思ってるんじゃないだろうね?』・・・と」
「!!!」
『最良の結果を出すためじゃあ無い、自分の力を過信したために無謀な行動に走ったお前の部下の過程を、どうやって評価するんだ?
単独行動を慎み、お前達と連携を取ってさえいれば、焔火緋花は敗北することも怪我を負うことも無かったんじゃないか?』
月ノ宮の言う『君』とは、彼女が所属する派閥の長である苧環のことを差す。
だが、焔火はまるで自分のことを言われているかのように錯覚した。それは、自分を徹底的にこき下ろした男―
固地債鬼―の言葉と同じ意味だったからだ。
「あの時・・・私はこう思いました。『この人と一緒なら、この人から学べたら、私はきっと成長できる』って。
何時も苧環様に守られてばかりの私でも・・・誰かを守れるようになれるんじゃないかって」
月ノ宮は、胸に手を置き自分の心情を確かめる。
「過小も過大も無い、本当に自然な言葉だった・・・。界刺様の中では、それが当然なんでしょう。でも、私にとってはすごい衝撃だった。
強がるわけでも卑下するわけでも無い、ありのままの界刺様の姿を見て・・・私は憧れた。私もこんな風に、自然なまま自分の意志を貫けるようになりたいって!!」
憧れを胸に抱く少女の瞳は、爛々と光り輝いていた。その光が・・・焔火には眩しかった。
「確かに、ホムラっちの言う通り風紀委員になって学園都市の皆さんをこの手で守って行くという選択肢もあります。でも、私は1人で守れるなんて到底思えません」
「えっ・・・?」
月ノ宮の言葉に、焔火は虚を突かれる。
「人間誰しも、この広~い世界を1人でなんか守れるわけがありません。誰かの力を借りたりとか、信じたりとか、頼ったりとか、色んなあの手この手で守ってる筈です。
風紀委員は・・・何ていうか自分勝手に動いちゃうってイメージなんですよね。
自分本位な行動を、『風紀委員だから間違わない』とか『風紀委員だから正しい』とかで正当化するっていうイメージ。
私は・・・そんな“逃げ”が用意されている、身勝手な行動を風紀委員という名前で許容できてしまう場所に居たくないんです」
「・・・!!!」
「でも、界刺様は違う。ちゃんと、自分のできることを把握してる。
何ができて、何ができなくて、自分はこう思うから、だからこうするっていうちゃんとした考えを持ってる。
誰かに突っ込まれても、きちんと反論できる。自分の信念から判断して。それは、きっと界刺様以外の『シンボル』の皆さんも同じだと私は考えます。
『シンボル』の皆さんだったら・・・絶対に『「シンボル」だから正しい』だなんて言わない筈です!!『自分が決めたことだから後悔しない』って言う筈です!!
そして・・・自分の信念で物事を考えた上で、皆で協力して、必ず良い方向に向かっていく筈です!!・・・私は、そう信じています」
「・・・だ、から・・・『シンボル』に・・・?」
焔火は気付かない。月ノ宮に問い掛けた自分の言葉が震えていたことに。それが意味する所を、自分が今抱いている気持ちを隣に居る界刺が観察していることにすら。
「はい。きっと、私は界刺様達にこっぴどく叱られたり怒られたりするでしょう。迷惑も一杯掛けると思います。下手をしたら、見捨てられるかもしれません。
でも、私はそれでも構いません。これは、私の決断。私の覚悟。・・・後悔なんてしません。だって、自分がよかれと思って決めたことですから。
守られるだけじゃ無い、ちゃんと自分の信念でもって、適切な判断でもって誰かを守れるような人間になりたい・・・そう思っちゃったから」
そう言って月ノ宮は立ち上がり、座っている界刺の真正面に立つ。自分のちっぽけな、しかし今ある限りの思い全てを界刺へぶつける。
「だから・・・界刺様、私はあなたと一緒に居たいんです。『シンボル』の一員として行動できれば、あなたと一緒に居たら、きっと私は強くなれる。成長できる!!
もちろん、周囲の環境が変わったからってそれでどうにかなるなんて思っていません。
『シンボル』の皆さんのせいにだって絶対にしません!!全ては・・・私次第なんですから。
ですから・・・界刺様、私の我儘を・・・どうか聞いて頂けませんか?どうか・・・」
月ノ宮は、界刺へ向かって頭を下げる。その姿が・・・焔火には衝撃的だった。そして・・・未来の自分の姿を、そこに幻視した。
「(カキカキカキ)。『・・・サニー』」
「・・・はい」
数十秒後、界刺は結論を出す。
「(カキカキカキ)。『いいよ。そこまでの覚悟があるんなら、「シンボル」に入っても。元々「シンボル」って何時でも参加希望者を受け付けてる筈だし』」
「あ、ありがとうございます、界刺様!!!・・・・・・うん?『何時でも参加希望者を受け付けてる』?」
「(カキカキカキ)。『そう。だから、俺達に危害を及ぼすような奴じゃ無い限り、基本的には誰でも入れたりするんだよ。言ってなかったけど』」
「え、ええ、ええええええええぇぇぇぇっっっ!!??そ、それじゃあ、緊張に緊張を重ねっぱなしだった私の気持ちやその他諸々は・・・!!?」
「(カキカキカキ)。『ご苦労様』」
「う、ううぅ・・・うううううううぅぅぅ!!!!界刺様の超弩級イジワルー!!!」
「(カキカキカキ)、『最初に加入条件を確認しなかったサニーが悪い』」
「ううぅぅ!!!」
界刺と月ノ宮が漫才みたいな応酬を繰り広げている中、焔火は立ち上がる。そして、界刺達に何の言葉も掛けずに何処かに歩いて行こうとする。
「ああぁ!!そうだ!!1つだけ、サニーに言い忘れていることがあった!!」
「界刺様!?もう、口の中は痛まないんですか?」
「まだ痛いけど、まぁそんなことはどうでもいいよ。それより・・・」
月ノ宮の心配を余所に、界刺は大声で話し始める。去って行く焔火にも聞こえるように大きく。
「確かに、風紀委員の中には『風紀委員だから間違わない』とか『風紀委員だから正しい』とかわけわからねぇ勘違いしている奴も居るが、
逆にそうじゃ無い奴だって幾らでも居る!!」
その言の葉は、確かに焔火の耳に入って行く。
「だから、“そうじゃ無い奴”になりたかったら自分を磨かないといけない。それには、自分自身がブレない信念を持たなきゃなんない。そのための一番の近道は・・・サニー!!
君が言ったように、自分なりの信念を持っている人間に師事することだ!!この人の下でなら自分は変われる、成長できる。そんな人間に。
もちろんその人を真似するもよし、反面教師にするもよし、やりようは幾らでもある。大事なのは・・・その中で自分なりの信念を磨き上げることだ!!
わかったかい、サニー?風紀委員にも色んな人が居る筈なんだよ。今からそういうイメージで固定してたら、後で損するよ?」
「・・・!!さ、さすがは界刺様!!奥深いです~・・・ってウワッ!?か、かか、界刺様!?」
「シッ!静かに!いいね、サニー?」
「(コクンコクン)」
界刺の言葉を、焔火が聞いていたかどうかはわからない。彼女は今も尚足を止めずに去っていこうとしているからだ。
だから、偶然出会ったこの邂逅を無駄にしないために界刺は月ノ宮を抱きかかえ、最後の言葉を放つ。
さっきから自分達を監視している、尾行の言い訳にでも使うためであろう、風紀委員の腕章を付けている人間達にも聞こえるように。
「だからさ!!風紀委員の焔火緋花!!君が歩む道は、君が決めろ!!誰に言われたんじゃ無い、自分の手で切り開いてこそ・・・自分なりの信念ってのが生まれる。
『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』。君は、この風紀委員の信念の中にある『己の信念』ってヤツを見出さなきゃいけない!!
それを知るために誰かに師事するもよし、そこの自動販売機近くに隠れている君の仲間に習うのもよし!!
これは、『シンボル』のリーダーである俺からの助言(ついで)的なもんだ!!そんじゃ、また!!」
「!!・・・界刺さん・・・!?」
焔火が振り返った時には、界刺と月ノ宮の姿は無かった。おそらく、光を操作する界刺の能力で姿を消したのだろうと、焔火は推測する。
「・・・・・・すみませんでした、先輩方。余計な心配を掛けちゃったみたいですね」
「・・・・・・緋花」
「チッ・・・余計なこと言いやがって」
焔火の声に、自動販売機付近に隠れていた176支部メンバーが姿を表す。焔火に心配そうな声を掛ける加賀美と、界刺に毒つく神谷。
「緋花!わ、私・・・」
「リーダー!!」
「!!な、何・・・?」
焔火は、176支部メンバーへその身を振り返らせない。唯、声だけを己がリーダーに向ける。
「もしかすると・・・『シンボル』の人達は悪い人間じゃ無いかもです」
「そ、そう・・・」
「それと・・・覚悟ができました」
「・・・覚悟!?な、何の!?」
焔火の言葉に、加賀美は嫌な予感が頭に過ぎる。まさか・・
「私は・・・私は―」
「ハーハハハッ!!!それ、さっさと外回りに行くぞ、殻衣!!」
「だ・か・ら、何で私ばっかり連れ出すんですか?そんなに外回りしたいんでしたら一人で勝手に…ひっ!そ、そ、そんな恐い目で睨まないで下さい。…。ぐすん」
ここは、風紀委員第178支部。“風紀委員の『悪鬼』”が棲むと言われているこの支部の出入り口付近で言葉を交わしているのは、
支部員の固地債鬼と後輩風紀委員の
殻衣萎履である。
「だからも何も、お前の能力が実戦向きだからだ!!事務仕事等で、その能力を腐らせるのは余りにも惜しい!!
この俺が、お前を一人前の風紀委員(せんし)として鍛え上げてやろう!!」
「せ、戦士!?わ、私は戦士になりたくて風紀委員になったんじゃあ・・・ブルッ!!で、でも、私・・・自分が担当の事務仕事が終わって・・・」
「そんなもの、秋雪にやらせばいい!!アイツは、戦闘面では『基本的に』クソの役にも立たんからな!!
よし、この俺が説得して来てやろう!ありがたく思え!!秋雪!秋雪ー!!」
「ちょ、ちょっと待って・・・。そもそも終わってない理由って、固地先輩が私を無理矢理連れ回すことが原因・・・」
「何よー!!また債鬼の勝手な命令ぃ!?もういい加減にしてよぉ・・・!!」
「うるさい!!アンタ、相手がイケメンだとスキルアウトでも見逃すだろうが!!俺は支部のためを思ってだな・・・(ブツブツ)」
「何が支部のためよぉ・・・(ブツブツ)」
「あぁ・・・。・・・。手遅れだった。・・・。か・・・」
自分の先輩―そして固地にとっても先輩―である高2の
秋雪火明を、殻衣は哀れに思う。
先輩なのに、その『イケメンならスキルアウトでも見逃す可能性大』という性格から後輩にも舐められている彼女は、現在では固地の言いなりだ。
「ハァ・・・」
「よし!!説得はして来たぞ。これで、何も思い残すことは無いな!!」
「えぇ!!何ですか、その命懸けの戦場にこれから赴く的な台詞は!!?」
「馬鹿言え!!そんなものは、普段から心掛けておくべきことだ。そんな心構えだと、お前・・・死ぬぞ?」
「ひぃ!!こ、恐がらせないで下さいよぉ」
「別に俺は真実を・・・むっ?」
秋雪に(脅しという名の)説得を試み、見事成功させた固地の視線の先に・・・ずっと走りっぱなしだったのか息も絶え絶えな1人の少女が居た。
「・・・?先輩、あの人・・・誰ですか?」
「・・・」
殻衣が質問するが、固地は答えない。彼の興味は、全て目の前の少女―焔火緋花―に向けられていた。
「ハァ・・・ハァ・・・」
「・・・よくも俺の眼前に1人で姿を見せられたもんだな、“風紀委員もどき”」
「えっ・・・?ふ、“風紀委員もどき”・・・!?」
固地の発言に驚く殻衣、だが、そんな部下の反応に今の固地は気を払わない。
「ハァ・・・ハァ・・・」
「落ちこぼれが、俺に何の用だ。自分が所属する支部でも間違えたか?だったら、落ちこぼれらしい行動だな」
対する焔火は、まだ荒い息を吐き続けている。膝に手を置き、頭を垂れている今の焔火の表情は、固地からは覗うことができない。
「それとも・・・[対『
ブラックウィザード』風紀委員会]のメンバーからようやく外れる気にでもなったか?それなら、殊勝な行動だ。お前が委員会から除外されるなら、
認められていた俺達の単独行動の件も白紙、これで委員会の和が乱れることも無い。そんなことを、加賀美に相談できるわけが無い・・・つまり単独で考えたことだな?
フッ、また単独行動か・・・。それもまたいいだろう。それで最良の結果に行き着け・・・」
「・・・止めません・・・!!」
「!!」
固地は、少しだけ驚く。何故なら、目の前の少女の言葉に満ちる覇気を感じ取ったからだ。そして、焔火は垂れていた頭を上げる。視線を固地の目線に合わせる。
「私は・・・風紀委員会への参加を取り止めません!!全力で、任務に当ります!!」
力強い光が戻ったその瞳を・・・固地の禍々しい視線が射抜く。
「だが、“風紀委員もどき”に何ができる?精々、俺達風紀委員の足を引っ張るのが関の山なんじゃないか?だったら、初めから意地を張らずに自分の力不足さを認めて・・・」
「・・・認めます。私は“風紀委員もどき”って言われるくらい力不足だってことを!!」
「!!」
焔火は宣言する。目の前の男にだからこそ意味がある宣言を。
「“風紀委員もどき”でも落ちこぼれでも何でも言われるのは仕方無いことです。それだけの失態を私は演じた。その理由は、全て私自身の力不足にあります。
自分1人の浅い考えだけで物事を判断し、暴走し、結果として周囲の人に迷惑を掛けてしまった。あなたの言う通り、私は・・・本物の風紀委員なんかじゃ無い!!」
「・・・だったらどうする?わざわざ、そんなことを俺に聞かせるためにここへ来たくらいだ。その回答ぐらいは用意してるんだろう?」
固地は待つ。正面切って自分に立ち向かって来た少女の覚悟を見定めるために。そして、焔火は己の覚悟を言葉と態度にして示す。
ザッ!!
「どうか・・・どうかこの焔火緋花に!!固地債鬼先輩のご指導を頂けないでしょうか!!?」
「!!?」
「ちょ、ちょっと!!こ、こんな所で土下座なんて・・・!!」
殻衣が慌てて焔火に駆け寄るが、頑として土下座の姿勢を崩さない。部活動中の生徒の一部が、興味深げな視線をこちらへ向けていた。
「・・・それは、俺の部下・・・いや、奴隷でもいいという覚悟がある・・・。そういうことだな、負け犬?」
「固地先輩!?」
「・・・・・・はい!!奴隷でも何でも!!この風紀委員会が設置されている間だけでも構いません!!
どうか、この落ちこぼれの私に本物の風紀委員になるためのご指導を!!・・・お願いします・・・!!!」
「ほ、焔火・・・さ、ん・・・」
頭を地面に擦り付けて、固地に希う焔火。この男に自分が懇願するには、これしか無い。
そう自分で決断したからこその土下座。恥も外聞も無い。それは、焔火緋花の決意。本物の風紀委員になるための、これは彼女が考え抜いた意味ある過程。
「フッ・・・フフッ・・・フフフッッ・・・ハーハハハッ!!!」
それを理解したからこそ、固地は笑う。笑いを止められない。自分があれ程こき下ろした少女が、こんな短期間にこうまで変わるとは固地でさえ予想できなかったが故に。
「(これは・・・加賀美の仕業じゃ無いな。アイツに、こんな身売りみたいな真似を部下にさせられるわけが無い。
だが、この決断に係る全ての思考を今のコイツ1人で生み出せるわけも無し。第三者から何かを得たと見るが妥当・・・だな)」
目の前の状況から、大よその察しを付けた固地は焔火に近付いて行く。そして・・・
「・・・顔を上げろ」
「・・・!!・・・はい」
固地に促され、焔火は顔を上げる。その目は涙に浮かび、顔も何処か紅潮していた。だが、その瞳の奥に宿る力強い光には、何の変化も見受けられなかった。
それだけの覚悟を有して、焔火緋花は固地債鬼の前に姿を現し、頭を地に着け懇願したのである。
故に・・・少年は少女の覚悟に応える。膝を曲げ、焔火と同じ目線に自分の目線を置く固地。
「いいだろう!!本物の風紀委員になるという最良の結果を導き出すために、俺へ指導を希ったお前の決断を俺は評価する!!
だが、俺は部下にも奴隷にも落ちこぼれや“風紀委員もどき”を持つつもりは無い!!俺が指導するからには、必ずお前を本物の風紀委員にするための教育を叩き込む!!
期間は[対『ブラックウィザード』風紀委員会]設置から解散まで!!お前は、この期間中176支部の仕事と俺の指導、2つを掛け持ちすることになる。
優先順位としてはさすがに176支部の方が上だが、持ち回り制だからな。バッティングすることはそれ程多くは無い筈だ。
但し、俺のやり方に付いて来られなければその時点で俺は見限る!!それでもいいと言うのなら・・・その懇願、俺は受け入れよう!!」
最良の結果に行き着くための意味ある過程。それが感じ取れたからこそ、固地は今初めて焔火緋花という少女を認めた。
「あ、ああ・・・あり、ありが、ありがとうございます!!!!」
「ということだ、殻衣。これからは、更に忙しくなるぞ!!お前も覚悟しておけ!!事件解決まで、夏休み等一切無いものと思え!!」
「ええぇ!!そ、そんなぁ・・・」
固地の言葉に焔火は喜び、殻衣は萎れる。固地の心は、多少なりと浮付いていた。少しは骨があると思っていた女が、この短期間でここまでの覚悟を見せるとは。
「(これは・・・この夏は本当に楽しめそうだ・・・ククッ。・・・・・・)」
だが、ここで固地はあることに気付く。とてつもなく重要なことに。それを確認するために、焔火に確認を取る固地。
「おい、焔火!」
「な、何でしょうか・・・?ハッ、そ、そういえば・・・!!」
「ん?何だ?」
「こ、固地先輩。こ、これからご指導ご鞭撻の程よろしくお願いし・・・」
「・・・改めての挨拶はいい。それより大事な確認事がある」
「えっ、あっ、ち、違ったんだ・・・。え、えっと、何でしょうか・・・?」
焔火は、怪訝な視線を固地に向ける。何時も自信満々な固地が、何処か慌てているような様子に見て取れたからだ。
「・・・このことを、加賀美の奴は知っているのか?もし知っているのなら、その時何か言っていなかったか?」
「えっ?は、はい。知っています。このことを思い付いた直後にリーダーには言いましたから。
あ、そういえば、『債鬼君。ウチの緋花にここまでやらすか・・・!!さすがの私もブチギレだ。
こうなったら・・・“アレ”の出番だね。・・・フフッ』とか何とか言ってましたけど」
「!!!」
「あれってどういう意味だったんだろう・・・?固地先輩、何か知って・・・」
「立て、焔火!!すぐに176支部へ向かうぞ!!お前の指導をすることを、加賀美には予め面と向かって話しておかなければ!!」
何故か慌て出す固地。その態度には、“風紀委員の『悪鬼』”と謳われる禍々しさが全く感じられなかった。
「えっ、で、でも今日は明日から始まる風紀委員会へ英気を養うためってことで、176支部は風紀委員活動自体がお休みなんですけど・・・」
「何だと!!?えぇい、加賀美の奴め!!!よりにもよって、こんな時に!!ならば、加賀美の携帯電話の番号くらいは知っているだろう?
それを使って、俺と加賀美の話し合いをセッティングしろ!!今すぐに!!!できるな!?」
「は、はい!!わかりました!!」
焔火に指示を出し終えた固地は、焔火達を放って何やらブツブツ言っている。その隙に、殻衣が焔火に近付く。
「固地先輩のあんな姿、初めて見る。・・・。あっ、私、殻衣萎履って言います。・・・。中学2年生です」
「あっ、私と同い年ですね。改めて自己紹介します。176支部の焔火緋花って言います。短い間だけど、よろしくお願いします」
「敬語じゃ無くていいよ。・・・。同い年なんだし。・・・。それと、ここには真面君っていう私や焔火さんと同じ年の男の子が居るの。・・・。彼もタメ口で大丈夫な筈」
「そう?それじゃあお言葉に甘えて・・・。真面なら先日の風紀委員会で会ったよ。固地先輩のお供をしていた男の子でしょ?」
「えぇ・・・。・・・。あの日はかなりグッタリしていたわ。・・・。主に固地先輩のせいで」
「・・・やっぱり、固地先輩ってヤバイ?」
「ヤバイ。・・・。私は、固地先輩のせいで周囲から性格が変わったってよく言われるし」
「・・・!!あの噂は本当だったのね。・・・でも、私はやるよ!!絶対に固地先輩に食い下がってやる!!誰のためでも無い、私自身のために!!」
焔火は、決意の炎を燃やす。自分に足りないものは、何でも取り込み、吸収する。たとえ、それが自分を貶しまくる先輩であっても貪欲に。
それがいいことか悪いことかは、今の焔火にはわからない。だが、固地から学べることは多い筈だ。
見習うにしろ、反面教師にするにしろ、この経験は絶対に無駄にはならない。
「そう。・・・。わからないことがあったら、何でも聞いてね?」
「うん!そうす・・・」
「焔火!何を暢気に殻衣と無駄口を叩いている!?加賀美とは連絡が着いたのか!?」
「す、すみません!!今すぐに!!」
固地債鬼の指導の下、焔火緋花は風紀委員として新たな一歩を踏み出す。これは、そんなお話の序曲(プレリュード)。
continue…?
最終更新:2012年06月02日 20:43