第十九学区。再開発に失敗し急速にさびれた学区で全体的な雰囲気も前時代的な場所だ。
そんな場所の自然公園に2人の男女が対峙していた。昼間にもかかわらず第十九学区なだけにあまり人はいないようだ。
1人はタンクトップに黒い長ズボンを履いた、ゴリラ顔でクマの毛深さを持つ筋骨隆々とした大男・緑川強
もう1人は同じくタンクトップに短パンに黒いニーソックスといったラフな格好をした少女・焔火緋花
そして2人とも両手に警備員服と同じ材質の黒い手袋をしていた。

「行きます!」
「来い!」

緋花は緑川に向かって一気に駆け出した。

「ちぇいさああああああー!」
「ぬうん!」

すかさず緋花は鋭い上段回し蹴りを繰り出す。対して左腕でガードする緑川。激しい衝撃音が周囲に響く。
ちなみに余談だが、このどこかで聞いたような掛け声は緋花いわく「何だか気合いが入る掛け声」………らしい。
身長差が激しいため、緋花が頭上近くに上げた蹴りが緑川の胸のあたりである。
しかし緋花の身長も決して低くはなく、170cmとむしろ女性としては大きめの身長だ。
つまりそれほど緑川が大柄なのだ。続けてパンチや蹴りを何度も繰り出す緋花。
この拳や蹴りで今まで撃墜したスキルアウトや無能力者狩りは数知れずだ。
が、対する緑川はそんな攻撃を両手で難なくガードし続ける。

「なあ、まさかとは思うが能力で動きを強化してズルとかしてないよな?」
「やってませんよ!先生相手にやっても、ぜんっぜん意味ないですし!」
「そうか。だとしたら何か吹っ切れたのか?動きや攻撃のキレが良くなっているな」
「ありがとうございます!私もいろいろありましてね」
「まあ、それは組手の後でゆっくり聞こうか」

そう、これは勝負ではなく組手であった。
緑川には緋花の攻撃を難なくガードしながら、こうして普通に話す余裕すらあった。
このような防御だけの状況でも、緑川強という男の圧倒的な身体能力がわかる。
彼がその気になれば緋花をねじ伏せることなど、赤子の手をひねるよりもたやすいだろう。
彼は能力開発を受けてはいない無能力者のはずなのだが……………

「ところで俺が言うのも何だが、この普通のパンチや蹴りの中に能力で動きを強化した攻撃を混ぜてみる、って手もあるんじゃないか?」

緑川がそう言うと緋花の目が丸くなり、梅干しを食べたような口に変わり、大量の汗が出てきた。
そしてまるで虚を突かれて驚いたような表情になって攻撃が止まった。

「…………!?」
「その手があったかーーー!って顔するなーーー!」
「その手があったかーーー!」
「そして本当に言うなーーー!!」

ツッコミを入れつつも気を取り直す緑川。
そして彼の顔がスキルアウトや無能力者狩りと対峙するときのような真剣なものに変わり、彼の大きな拳が力強く握りしめられた。それを見た緋花は身震いか武者震いなのかはわからないが、背筋がゾクッとした。

「それじゃ、そろそろこちらからも行くぞ!」

緑川が大きな拳を構えて臨戦態勢に入った。


一方、2人が組手を行っている場所から少し離れた木陰にも1人の女性がいた。
肩あたりまでの青みがかった黒髪を無造作に結んでおでこを全開にしている、見た目だけなら10代でも通用しそうな女性だ。
彼女の名は橙山憐。小川原付属中学の教師で警備員、そして緋花の担任でもある人物だ。

「緋花も緑川君相手によくやるもんっしょ。私の授業もこれくらい真面目に受けてくれりゃーなー」

橙山は緋花の自分のクラスでの普段の様子と、現在緑川と行っている組手を見くらべて愚痴っていた。
そこへ黒髪くせ毛をフレッシュボブにした少女が鞄と弁当箱を持って息を切らせながらやってきた。

「……ゼェ、ゼェ……あんにゃろう、まさか第十九学区に来てやがったとは………」
「おっす朱花。お疲れ様っしょ」

少女の名は焔火朱花。緋花の2つ年上の姉で、軽い面がある友人や奔放な妹の世話を何かと焼いている人物でもある。

「こんにちわ橙山先生。いつもウチの妹がお世話になっています」
「アイツにはいつも振り回されっぱなしっしょ………でもアレはアレで楽しい奴っしょ」
「そう言ってもらえると助かります。今日は腕によりをかけたお弁当、作ってきましたよ。後でみんなで食べましょう」

そう言いながら、持ってきた弁当箱を笑顔で橙山に見せる朱花。
見た目では朱花の方が、妹である緋花より背も胸も小さく(本人いわく「妹が常識はずれなだけよ!」)
初めてこの姉妹を見る人には朱花の方が姉だとわかりにくい。しかし、このように実際口を開くとすぐに彼女のほうが姉だとわかる。
そして2人は先ほどから行われている組手に目をやる。

「ところで、向こうはどんな感じですか?」
「緑川君が攻撃に移ったみたいっしょ」
「大丈夫かなぁ……」
「骨は拾ってやるっしょ」
「ちょっと!縁起でもないこと言わないで下さいよ!……ってあの緑川先生ですしねぇ」
「うん。とりあえずいつでも救急車は呼べるから」

ついに攻撃に移った緑川。間一髪でパンチをかわす緋花。
そのかわしたときの風圧だけでも頬が切られそうだ。組手とはいえ、もし当たるとひとたまりもないだろう。
そんな緑川の速さと重さを兼ね備えた強烈な拳を、何とかかわし続ける緋花。しかしそれも長くは続かなかった。とうとうかわしきれない位置に緑川の拳が迫る。

ゴッ!!

ついに緑川の強烈な一撃が緋花に炸裂する。彼女も両手の警備員服と同じ材質の手袋で覆った手で防御するが、
あっさりと紙屑のように吹っ飛ばされた。

「ッッッッ………」(やばっ、意識飛びそう……)

殴られた瞬間、後ろに跳んで少しでも衝撃を和らげようとする緋花。そして地面を踏みしめ再び緑川に向か………えなかった。
緋花が地面だと思っていた場所は水面だった。緑川のパンチの常識は通用しねえ威力と、勢いよく後ろに跳び過ぎたせいでそばにある公園の池まで達してしまっていたのだ。

「んん?」
「ええっ?」
「「!?」」

次の瞬間、緋花の体は池の中へぶち込まれた。大きな水柱が発生し、周囲もそれに注目する。
間もなくして再び水柱が上がる。

「まだまだぁ!!」

池から勢いよく飛び出す緋花。濡れた全身は藻だらけで髪からは水滴がいくつも滴り落ちて、服もビショビショだった。
ブルブルと頭を振って水滴を飛ばし両手で顔を叩いて気合いを入れなおし、まっすぐ緑川の方を向き再び彼のもとへ向かおうとしたそのときだった。

「このド愚妹(アホ)があああああああああああああああ!!」

突然緋花の横からドロップキックが放たれた。それに対処できず横に倒れる緋花。

「………痛ったぁ~何すんの!お姉ちゃん!」
「今の自分の格好を見てみろ!この愚妹が!」

横からドロップキックをくらわせて自分にタオルを投げつける姉の言葉を受けて、緋花は自分の服装を改めて見る。
………状況を理解した緋花の顔はだんだん真っ赤に染まっていった。

「………………ッッッッ///」
「わかったらさっさと着替えて来い!こんなこともあると思って用意しといたから!」
「………あ、ありがと………」

そう言いながら朱花は持ってきた着替え入りの鞄を緋花に向かって乱暴に投げつけた。それを受け取り人気のないトイレに着替えに行く緋花。
賢明な読者の皆様は既に状況の見当がつくと思うが、まあ、その………下手すれば逆にジャッジメントされる側になっていたかもしれないのだ。
よって下手をすれば18禁的な感じになりそうなので、あえて細かい描写は避けようと思う。


――――――――――――――――


そしてしばらくして、服を着替え終わった緋花も含めて4人は広げた御座で朱花が持ってきたお弁当に舌鼓を打っていた。

「いやー完敗です!やっぱり先生強いですね」
「お前もなかなかだったぞ。俺もちょっと本気を出してしまった」
「ゲッ、あれでまだ本気じゃないんですか!やっぱり先生はすごいですね!」
「そもそも中学生の女の子が緑川君と組手とか命知らず過ぎっしょ」
「いつもすみません先生方。まさかコイツが本当に緑川先生と組手してやがるとは思いませんでした」

ここ数日、朱花は緋花の様子が気になっていた。
姉である自分の前では気丈に振る舞ってはいるものの長年付き合ってきたこともあり、どこか気持ちが沈んでいることは見抜いていた。その原因が風紀委員がらみなこともわかっていた。
だが自分は風紀委員ではない。『風紀委員を辞める』という選択肢を与えることもできた。
しかし妹が風紀委員を何が何でも続けたいと思うのなら、こればかりは妹が自分で切り開かなければならないとも考えた。
そんな中、夏休みに入ると何やら大きな仕事があると妹が所属する176支部のリーダーで朱花の友人でもある加賀美雅から聞いてはいたものの、
前回の救済委員がらみの事件での負傷のこともあり、そんな状態できちんと仕事ができるのか心配していた。
そこで朱花にできることは、妹が悩んでいた時に子供のころからいつも言っていた1言をかけてやることくらいであった。
『悩んだときは原点に返れ』と。緋花はその言葉の通り自らが風紀委員になった原点でもある緑川のもとを訪れたのだった。

「一応私も止めたんだけどね。この暴走娘が私の言うことなんざ聞くわけねえっしょ!緑川君も何かノリノリだったしぃ!」
「……モグモグ……」
「組手とはいえ俺に挑みたいなんて命知らずは緋花くらいしかいなかったしな!俺もついつい承諾してしまった!」
「何ドヤ顔で抜かしているっしょ!緑川君もその強すぎる腕っぷし故に相手に困っているから緋花の申し出を承諾して、訓練場が使えないからわざわざ第十九学区の公園まで足運んでまでやりやがったくせにー!………私も正直見たかったってのはあるけど」
「無駄に細かいご説明ありがとうございます橙山先生」

つまりこの組手の経緯は……先ほど橙山が説明口調で言った通りだ。

「でもおかげで、……モグモグ……私……モグモグ……思い出しましたよ」
「……ってさっきから喋ってないと思ったら何私の分まで食ってやがるんだこの愚妹!!」
「痛たたた!ごめんなさーい!頬引っ張らないで!」
「しかもそれ私の好物の半熟タマゴサンドじゃねーか!返せ!今すぐ返せ!」
「ほい」

声を荒げる朱花に緋花からほとんど耳しか残っていないサンドイッチが渡された。
思わず頬から手を離した朱花だが、サンドイッチの様子を見て眉間のしわはより深くなった。

「テメェ……ほとんど具のところ食いやがって!もう許さん!」
「まあまあ朱花、私のあげるから機嫌直すっしょ」
「あ、すみません橙山先生」
「よかったね!お姉ちゃん」
「元をたどればアンタのせいでしょうが!これでもくらえ!」
「痛たたた!今度は何か地味に痛いお仕置きやめて!」

朱花が左手の手のひらを緋花に向けている。そこからは青白い光がかすかに出ていた。
この姉妹は2人とも電撃使い(エレクトロマスター)である。なので多少の電撃は平気なのだが限度はある。
朱花の方が強度は高めで、応用力にも長ける。そのため緋花が耐えられないギリギリの電力を左手から彼女に向けて地味~ィに発射していたのだ。感覚としては冬場の鉄製品を触った時の急な静電気に似ている……らしい。

「女三人寄ればかしましいというが、相変らず騒がしい奴らだな。しかしこの4人でいると俺らが初めて出会った日を思い出すな」
「ああ、アレ?緋花が風紀委員に入るきっかけになったヤツっしょ?」
「そうです!お姉ちゃんに『悩んだときは原点に返れ』って言われてここに来たんです!」
「ちょ、ちょっと、言うんじゃないわよ!もう!照れくさい!」


――――――――――――――――


今から数年前、強盗団から人質を救うために丸腰でスキルアウト5人に対し果敢にも正面から突撃し、
腹部や胸部に小銃弾を十数発以上打ち込まれたがまったく怯むことは無く、
血まみれの拳骨一つで強盗団全員を返り討ちにして人質の少年少女たちを連れ帰った男がいた。
彼の名は緑川強。正義感が強く、勇敢で紳士的かつ子供好きな男である。が、その体格と雰囲気そして面構えが災いし子供に近づくだけで逃げられて泣かれるのが悩みの種である。そして彼は今日も先ほど助けた子供たちに恐がられていた。

「「「「「うわああああああああぁぁぁん!」」」」」
「………ま、まあ気を落とさないことっしょ、緑川君」
「わかってるさ、毎回こうなるってことはよ……」

同僚の橙山憐が緑川の背中を軽く叩きながら励ます。
緑川もいい加減慣れてきたとはいえ、やはり助けた子供たちにこう毎度泣かれては気持ちが沈むこともあった。

(まあ、いつものことさ。子供たちが無事ならそれでいい!)

と心の中でいつものように自分を励まし漢泣きしていると、
先ほど助けられた少年少女の1人である、小柄な少女が目を輝かせながら緑川に近づいてきた。

「すごい!………かっこいい………ありがとう!」
「!?………どういたしまして。こう見えても俺は警備員だからな。困っている人を助けるのが仕事だ」
「ねえねえ!わたしもゴリラさんみたいに、こまっているひとをたすけるヒーローになりたい!」
「ちょ…ゴリラさんって……いくら緑川君がアレとはいえ……」
「ゴリラって……お嬢ちゃん、一応俺人間だからね」
「えっ!?そうなの?ごめんなさい!」
「まあこのナリだしなぁ…それはそうと困っている人たちを助けたい、君が言うところのヒーローになりたいんなら…まずは風紀委員になることだ。そこでみんなの力になることかな」

そう言うと緑川はその小柄な少女に目線を合わせるようにしゃがみこみ、頭を軽くなでた。

「そうなんだ!ありがとう、ゴリラさん!わたし、じゃっじめんとになる!こまっているひとをたすけられるような、つよくてりっぱなじゃっじめんとに!」
「おう、その時を楽しみにしているぜ」
「よかったっしょ、緑川君。見てくれる子は見てくれてるんっしょ」
「そうだな………でもゴリラさんって……」

この後、彼にはゴリラさんどころか人並みはずれすぎた強靭な生命力・身体能力から野生のゴリラ3頭分の力を持つ猛者「三ゴリ川さん」というあだ名がつくのだがそれはまた別のお話。この緑川のことをゴリラさんと呼ぶ少女こそ、数年前の焔火緋花である。
つまり彼女は、いや正確には焔火姉妹2人とも彼に助けられた恩があるのだ。
ちなみに朱花は他の子供たちとともにガクガクブルブルしていた。この当時はまだ朱花の方が背が高かったんだそうな。
緋花の風紀委員入りの直接的なきっかけを決定づけたのはこの事件である。
しかし実は彼女は、その前からこの風紀委員入りにつながるような夢を持っていた。子供特有の悪く言えば極めて稚拙な、良く言えば純粋な夢を。
焔火緋花は女性に生まれながらも幼いころからヒーローに憧れていた。特に徒手空拳で戦う正義のヒーローに。
そのはじまりは漫画だとかテレビだとか、そういった類のものだ。彼女がいまだに徒手空拳に近い戦闘スタイルなのもこれが影響している。
しかし、そろそろそれを変えるべき時期にも差し掛かっていた。


――――――――――――――――

そして現在に至る。
午後からは緑川も橙山も警備員の仕事があるため、それぞれ帰る準備をしていた。
焔火姉妹も持ってきた着替えや弁当箱、先ほどまで4人が座っていた御座を片づけている。
そして、別れ際に緋花が緑川に声をかける。

「緑川先生!」
「ん?何だ?」
「この先、私が高校卒業してもまだ先生が独身だったら、私お嫁さん候補に立候補しちゃいますよっ!」
「おいおい、いくら俺がモテないからってからかわないでくれよ」

緑川に対して、ニシシと無邪気な笑顔を向ける緋花。苦笑いで応える緑川。
そしてそれを見聞きした橙山と朱花は血相を変える。

「緋花!?冗談にしちゃちょっとドギツいっしょ!こんなゴリラとカバとクマを合わせたような大男っしょ!」
「ちょ、ちょ、ちょっと落ち着きなさい、緋花!ままままだ慌てる時間じゃないわ!そういうことは慎重にやるもんよ!」
「お前らさりげなく酷いな………」
「私、先生のような強く優しく勇敢な人になりたいんです!それはあの頃と変わりません!」
「俺を目標にしてくれるのは嬉しいが、風紀委員でもこの間みたいな無茶はするなよ」
「はーい!」

こうして緑川と橙山は警備員の仕事に向かった。
警備員2人と別れた後、弁当箱や御座や着替え等の荷物を公園のベンチに置いて隣に腰かける焔火姉妹。
ベンチで両手を伸ばして伸びをする妹に姉が声をかける。

「ねえ、緋花さぁ」
「何?お姉ちゃん」
「アンタまた胸デカくなったでしょ?」
「ええ?そうかな?言われてみればこのごろ窮屈だったような……」
「それくらいは自分でわかりなさいよ。それはそうと私、久しぶりにあんだけ楽しそうな緋花見たわ」
「!?」

朱花の言葉を受けてハッとする緋花。言われてみればここのところ、風紀委員の活動が忙しい上に辛辣な言葉を浴びせられることが多かった。
笑うこともなく、遊ぶこともなく、心休まる暇がなくストレスが溜まる一方だった。表情も険しいものになっていたかもしれない。
姉に対する態度もそっけなかったかもしれない。もしかしてこの姉はそこまで見越してあの助言をしたのだろうかと、感心する緋花。
そして朱花は軽く伸びをしながら話を切り出す。

「さてと、原点に返れたことだしそろそろ話してくれてもいいんじゃないかな。緋花、私たちに隠し事はナシよ」
「うん、わかった……昔からお姉ちゃんに隠し事はできないしね」

緋花は姉に洗いざらいここ数日のできごとを話した。風紀委員の悪鬼のこと、公園で出会った変人のこと、そして風紀委員会でも話していない内容……
対峙した救済委員の正体、そのとき共闘していた人物のことも。

「……なるほど。前の救済委員がらみの事件といい、今回の『悪鬼』絡みの件といい、我が妹ながら相変らず私の予想の斜め上の行動をするわね」
(あのサイちゃんがねぇ……噂は聞いてたけど、世の中わからんもんだわ……フフッ)
「いやぁ~それほどでも」
「褒めてねーから!……確かにそのサ…悪鬼の言いたいこともよーくわかる。確かに緋花はあの戦場で終始冷静さを失っていた。だから麻鬼にも負けた」
「うっ、お姉ちゃんもやっぱりそう思う?」
「でも悪鬼も完璧とは言えない。現に風紀委員会とやらでの緋花を外せって意見には誰も賛成しなかったし、アンタも自分の力を過信してたわけじゃないでしょう?援軍を呼ばなかった、いや呼べなかったのは……友達の荒我とかいう奴らが神谷やエリート小僧に捕まるかもしれないと思ったから。違う?」

朱花の分析を聞いて、うつむきながら頭を右手で掻きむしる緋花。後ろで無造作に結んだ髪の毛も挙動不審な動きをしていた。

「どうやら図星みたいね。行動は予測不能だけど相変らず思考は単純な奴だわ」
(お姉ちゃんの指摘はある意味固地先輩より…いや、どの先輩よりも堪えるなぁ…)

ちなみにエリート小僧とは、ことあるごとにエリートと連発している緋花の176支部の先輩・斑狐月のことだ。
確かに朱花の言うとおり援軍が神谷稜か斑狐月だった場合、ほぼ確実に荒我たちを捕まえようとしたかもしれない。故に援軍を呼べなかった。
別の捜査中に街で荒我らと偶然出会った時も、そばに風紀委員の悪鬼・固地債鬼がいたがゆえに友人関係であることを隠してしまった。
頑固な先輩たちだが、荒我たちのことも説得すれば大丈夫だったかもしれない。仮に荒我たちと縁を切れと言われても緋花は絶対に応じなかっただろう。
しかし、心のどこかでその仲間であるはずの風紀委員を信じることができなかったのかもしれない。どこか後ろめたさがあったのかもしれない。
実際緋花はその後ろめたさが原因で援軍を呼べず、結果として失態を犯してしまった。

「やっぱりお姉ちゃんには、かなわないなぁ……」

やはりこの姉は自分のことを最も理解している。それゆえについポロッと出てしまった本音。
そんな緋花の発言を受け、朱花は妹をまっすぐ真剣な目で見つめながら言葉を続けた。

「その後ろめたさや意志の揺らぎがあの結果を招いた。風紀委員である以上、それは甘んじて受け入れなさい。でもアンタがそいつと友達になったことを後悔してない、ずっと友達でいたいってんなら、その信念くらい貫いて見せなさい!!たとえ神谷や悪鬼をぶっ飛ばすことになろうとも、風紀委員の腕章を捨てることになろうとも!」
「ねえお姉ちゃん、さりげなく所々に風紀委員辞めるって選択肢チラつかせてない?」

さりげなく風紀委員を辞めるという選択肢をチラつかせる姉に対しジト目になる緋花。

「そりゃお前、治療費・入院費・食費もろもろが浮……って何言わせるんじゃー!この愚妹がああ!!」
「お姉ちゃんが墓穴掘ったんでしょーー!」
「ま、まあ冗談はともかく、アンタは見てくれや組織だけで友達選ぶ奴じゃない。縁を切れって言われても絶対応じないでしょ」
「もちろん!私は……荒我だけじゃなく、今まで誰と友達になったことも後悔していない!後悔しない!誰にも文句は言わせない!」
「その意気よ緋花。それに私だって完璧な人間じゃねーわ。さっきも風紀委員辞めるなんて、よろしくない選択肢チラつかせちゃったしね」
「!?」
「第2の悪鬼にはなるな。第2の焔火朱花にもなるな。他の誰にもなるな。アンタはこの世でただ1人、焔火緋花という人間なんだから。………いやその、べ、べつにアンタのためじゃなく、あいつみたいなのが2人以上いると世の中面倒だし、自分が2人以上とか勘弁だしね!要するに自分だけはブレるな、ブレても直せばいいってこと……かなぁ?……あーもう!ガラにもなく、慣れない哲学臭いこと抜かすもんじゃないわ」
「お姉ちゃん無理しなくても……」
「何のためにこんなこっ恥ずかしい台詞言ってると思ってんだ!そして哀れむような目で見るな!この愚妹が!」

朱花の顔はいつの間にか、その名前の通りに染まっていた。そんな表情を隠したいがごとく頭を掻きまくる。
風紀委員の悪鬼のような厳しい意見も、成瀬台の変人のようなある種ペテンともいえる説得力もないが、言いたいことを全て吐き出しつつ不器用ながらも妹を励まし、自分の言葉を伝えようとする姉がそこにはいた。

「まあ、その何だ。私は風紀委員じゃないから捜査方法だとか難しい話はわかんないけど、体を壊したら元も子もないし、1人1人できることとそうじゃないこともある。私にできるのは少しの助言と落ち着ける場所であることくらいかな。せめて家では心も体もゆっくり休めなさい」
「うん……今日はいろいろありがとう。お姉ちゃん」
「何改まって水臭いこと抜かしてんのよ。背や胸が私よりデカくなっても、世話の焼ける愚妹でも、大事な妹なんだから」
「私もいつも愚妹愚妹連発して、口うるさくても、お姉ちゃんのこと大好きだよ!」
「へっ、そんだけ減らず口抜かせるようならもう大丈夫みたいね」

姉をはじめとして、自分・焔火緋花は多くの人に支えられている。だからこそ彼らをはじめとする学園都市の人々を守ることができるような子供のころに夢見たヒーローになりたいと思う。「ヒーローごっこ」「風紀委員もどき」と揶揄されても何度でも立ち上がる。
それが焔火緋花が風紀委員に入った理由であり信念、「自分だけの現実」(パーソナルリアリティ)でもある。
頭に血が上って冷静さを失い、救済委員の元先輩に敗北し、風紀委員の悪鬼にこき下ろされるうちに忘れていたそれを、今日原点に返ることで再び思い出したのだ。

「それじゃ、また明日からも頑張ってみますか!!」
「あっ、そうだ緋花。電撃使いの能力の応用方法だったらアンタさえよけりゃ、いつでも教えてやるわよ」
「本当!?」
「電撃使いってヤツは楽しい。1つの能力でいろんなことができる。私はこの能力のそんなところが大好き。私たち電撃使いの最高峰と謳われる超電磁砲・御坂美琴の強さも超電磁砲や10億ボルトの強力な電撃より、いかなる状況からも電磁波を自由自在に操る能力を活かして、複数の用途で多角的に攻める手数の多さにあるしね」
「……すごく詳しいねお姉ちゃん」
(ヤバッ、お姉ちゃんの電撃使い薀蓄(うんちく)のスイッチ入れちゃったかも………)
「特に電磁レーダーは、あるのとないのとでは大違いだわ……他にもね……」
(うぅ………お姉ちゃんの話、長くなりそう………)

数ある能力者の中でも電撃使いはAIM拡散力場として常に周囲に放出している微弱な電磁波からの反射波を感知する事で周囲の空間を把握するなど、レーダーのような機能を有することもできる。つまり緋花がこれを意識して完全に使いこなせていれば、先ほどの姉のドロップキックも予期できていたはずなのだ。

「体格差や腕っぷしじゃもうアンタに敵わないかもしんないけど、能力の応用方法や知識なら御坂さん……には及ばないけど他の誰にも負けない自信はあるわ。サイちゃんには絶対無理でしょうし」
「……サイちゃん?」
「ヤベッ、こりゃまだ緋花は知らない方がいいわ」
(どうも電撃使いについて語ると、口数が多くなって余計なこと言っちまうわ………)

うっかり口を滑らせた謎の単語を取り消そうとして、きまりが悪そうな表情になって思わず自分の口を閉じる朱花。
だが時すでに遅し。緋花から問い詰められる。

「えーっ!お姉ちゃん、さっき隠し事はナシだって言ってたじゃない!」
「うるせー!女には秘密の1つや2つあった方がカッコイイのよ!」
「さっきと言ってること違うんですけどーー!」
「よーし、そこまで言うなら……緋花、ちょっと耳貸しなさい」

緋花が朱花に耳を貸すために、少し屈んで姉に目線を合わせて右手を右耳に当て姉からの言葉を待っていた次の瞬間………
朱花は全力疾走し、笑いながら緋花を指差して言った。

「緋花、ウチまで競争よ!負けたほうが今日のトイレ掃除!!」
「ええっ!?お姉ちゃん汚ねえ!」

姉の虚を突いた行動に目を丸くし一瞬呆然とする緋花だが、すぐに状況を理解し走り出す。
緋花は自分の着替えの入った鞄、朱花は弁当箱に御座とそれぞれ荷物を持っており、この点に関しては有利不利はあまり見受けられない。
体格差や身体能力を考えると明らかに緋花に分がある。しかし朱花も緋花がよく使う電気を筋肉に流して強化する方法や電撃使いの能力をうまく駆使しているのか、なかなか追いつけない。

「緋花!うまいこと能力を使いこなさないと、私は捕まえられないわよ!」
「くっそーーーーー!!こうなったら絶対捕まえて公衆の面前で頭ナデナデと高い高いしてやるっ!」
「何イィ!?そんな姉の威厳0にするようなことさせるか!!絶対逃げ切ってやる!!」
「お姉ちゃん!待ちやがれぇえぇぇぇ!!」
「誰が待つかこの愚妹があぁぁぁああぁ!!」

口では大声で罵り合ってはいるものの、どこか晴れやかな表情の電撃使いの少女2人が第十九学区から自宅に向かい駆け抜けていた。


END

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最終更新:2013年09月05日 20:05