「トイレに行きたい」

食堂に向かう廊下の途中で、界刺がこんなことを言い出した。

「おっ、丁度目の前にお手洗いが。んじゃ・・・」
「えっ!?ちょ、ちょっと・・・」

ズカズカとトイレに向かおうとする界刺。一厘の驚きの声を無視するくらい、今の界刺はトイレに行きたかった。とそこへ・・・

「どりゃあああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「グハッ!!?」

界刺の横っ腹に“常盤台バカルテット”の1人、金束晴天が自身の能力『肉体強化』で強化したタックルをぶち込んだ。

「あら、金束様・・・!!」

真珠院が、己が尊敬する先輩の行動に目を丸くする。かつて、真珠院は金束に助けられたことがあり、その時から金束のことを“金束様”と呼ぶようになっていた。

「むうぅぅ・・・。さ、珊瑚にそう呼ばれると体が痒くなるわ」
「んなことより、さっさと俺の体からどいてくれない?トイレに行きたいんだけど・・・」

珊瑚の言葉に背中が痒くなる金束の下から、界刺の声が聞こえて来る。そんなデリカシーさに欠ける男に対して、金束が当たり前の事実を突き付ける。

「アンタ!!ここが何処だかわかってんのか!?常盤台の学生寮よ!?」
「そんなことは知って・・・」
「それじゃあ、ここが女子生徒しか住んでいない寮ってことはわかるでしょ!?後、ここで働く職員とかも全員女性だから!!」
「・・・あー、そうか。ここには女子用のトイレしか無いのか・・・」

トイレに行きたい余りに、界刺は根本的なことを失念していた。金束の言う通り、職員までもが女性なここ常盤台学生寮には男子用のトイレは無い。
ようやく自分の愚劣な行いを理解したのかと金束は思い、馬乗りになっている界刺から体をどかす。次いで界刺が立ち上がり、日光刺す窓の方へ視線を向け・・・

「それじゃあ、仕方無い。そこら辺の木や草むらの近くで用を済ませて・・・」
「はああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「ガハッ!!?」

そんなことを口走った界刺の鳩尾に“常盤台バカルテット”の1人、銅街世津がショルダータックルをぶち込む。
先程の金束と遜色無いそのタックルは、銅街の超人的な身体能力で実現させたものである。

「な、何ぞ無性にショルダータックルばしとうなったばい」
「グヘッ・・・。な、何だよ。寮のトイレが使えないんだったら、外でするしか・・・」
界刺得世・・・。あなた、今自分がどんな破廉恥なことを言っているか理解しているの?」

自分の体の上に跨る銅街に文句を言う界刺。そこに、苧環の呆れ果てた言葉が降り掛かって来る。

「破廉恥?苧環・・・君、人間の生理現象を否定すんの?もしかして、君って・・・」
「なっ!?何を想像しているの!?ち、違うわよ!!そうじゃ無くて・・・この学生寮にある全ての物は学園都市の最先端技術が詰まっているの。
あなた・・・そんな価値ある物に・・・物に・・・え、え~と・・・」
「・・・あー、そうか。そういうことね・・・。苧環、もういいよ。わかったから」
「わ、わかればいいのよ!こ、こんなこと改めて言わすんじゃ無いわよ!!」

顔を紅潮させている苧環の説明を受けて、トイレのことしか頭に無かった界刺は理解する。自分の愚かな行動に。
苧環の言う通り、“あの”常盤台の学生寮なのだからそこへ注ぎ込まれた技術等は相当なものだろう。それは、木や草でも同様に。
そんな価値ある物へ自分がしようとした行動。下手をしたら弁償モノである。一介の学生が弁償できる許容範囲を軽く超えていると容易に予測が付いた界刺は、

「そんじゃ、仕方無い。やっぱり、このトイレを使わせて貰うよ」
「はぁ!?ア、アンタ!!」
「得世様!?」

目の前にあるトイレを使うことを決断する。その言葉に金束が憤慨し、真珠院が驚愕する。が、そんな彼女等へ向けて界刺は三言を零した後に、

「大丈夫だよ、お嬢様。このトイレには“誰も居ない”から。それと、俺が用を済ませるまでは他の人をトイレに入らせないように門番しといてね」

躊躇無くトイレへ入って行く。その大胆過ぎる行動に、形製以外の女性陣は開いた口が塞がらない。

「得世様・・・!!」
「ちょ、ちょっと!!アイツ、結局女子トイレに入って行っちゃったわよ!?こ、こんなんアリなの、希雨!?」
「こ、これは予想以上の難敵かもしれないね・・・!!」
「月代!こ、こがんこと月代の常識の中にもあると!?」
「あ、あるわけ無いですよ!!お、男の人ってこんなに無神経だったんだ・・・!!」
「界刺様・・・。私、何だか界刺様のことがわからなくなってきました・・・」
「い、一厘!!な、何なのよ、あの男は!?私達があれだけ言った後に出した結論が、何で女子トイレの使用なのよ!?
あなた・・・まさか、あの男のああいう行動を知っていたの!?しかも、それを黙認していたんじゃあ・・・!!」
「わ、私が界刺さんの全てを知ってるわけ無いじゃん!!それに、私だってあんな真似を平然とするなんて知らなかったわよ!!」

界刺の理解し難い行動に対して、トイレ前でギャーギャー騒ぐ女性陣。その中で1人冷静さを保っていたのは、勿論・・・

「・・・まぁ、バカ界刺も我慢の限界だったようだし、止むを得ないんじゃ無いかな?それに、アホ界刺が言うにはこのトイレには“誰も居ない”んだし」

形製流麗。今居る女性陣の中で界刺と一番付き合いが長い少女が発した言葉に、他の女性陣は一様に目を瞠る。

「形製先輩・・・。な、何であんな男の肩を持つんですか!?や、やっぱり惚れた弱みですか!?」
「ブッ!?ち、違うって!!だって、今日1日はあのダメダメ界刺もこの寮に居るんだし、ずっとトイレに行けないってのは可哀想じゃ無い?」
「そ、それはそうですけど・・・。あっ、そういえば、何であの男はこのトイレに“誰も居ない”ってことがわかるんだろう?」

形製の発言から、金束は今更のように疑問を抱く。何故あの男にそんなことがわかるのか?

「それは、バカ界刺の能力『光学装飾』のおかげよ。光を操作するレベル4の光学系能力。あいつは、その能力でトイレ内に“誰も居ない”ことを確認したんだよ」
「レ、レベル4・・・!あ、あの男ってそんなにレベルの高い奴なのか・・・!!」

金束は衝撃を受ける。あんな女ったらしがレベル4。この常盤台でさえ47人しか居ない、そんな高位能力者の1人。

「君達があいつに何をしようと企んでいるかは・・・まぁわかってるけど」
「「「「(げっ!!??)」」」」

金束、銀鈴、銅街、鉄鞘は知る。自分達の企みは、『分身人形』によって全て形製に筒抜けであることを。

「あいつは・・・君達の手に負えるような男じゃ無いよ?だから・・・そろそろ止めた方がいいと思う。バカ界刺が・・・『その気』になる前に」

金束達を思っての言葉。そんな形製の言葉に、しかし金束は反発する。

「形製先輩には悪いですけど・・・アタシはあんな女ったらしなんかに負けませんよ!?
幾らあの男がアタシよりレベルが高くても、そんなことが諦める理由なんかにならない!」
「晴ちゃん・・・!!」

銀鈴の目に映るのは、己が親友から迸る“負け犬根性”。

「あの男に、目に物を見せてくれるわ!!このアタシの力を!負け犬の底力を!!『レベルが高いから強いんだ』っていう傲慢(プライド)をへし折って・・・」
「意気込んでいる所に水を差すけど、俺ってば『今の』自分の限界は知ってるつもりだから」
「おわっ!?」
「界刺様!?何時の間にトイレから出られたんですか!?」

金束が打倒界刺得世を宣言している最中に、突如界刺が姿を現した。

「ついさっき。何か廊下から大きな声が聞こえるもんだから、不可視状態に身を置いて聞き耳を立てていたんだよ」
「不可視状態・・・。得世様ってそんなこともできるんですね」
「うん、できるよ」
「ア、アンタ!よ、余裕ぶっこいているのも今の内よ!ア、アンタみたいな奴に限って自分の能力に溺れているモンなのよ!!」
「う~ん。確かにそういう奴も居るかもね。だけど、俺には当て嵌まらないかな?」
「ど、どうしてそんなことが言えんのよ!?」
「晴ちゃん!この人に乗せられてるよ!!せ、せっちゃん!!」
「おう、任せとき!おりゃっ!!」
「金束さん!!どうか落ち着いて下さいです!!」

銀鈴、銅街、鉄鞘に押さえ込まれる金束。その様子を眺める界刺は、簡潔ながらも衝撃的な言葉を発する。
“常盤台バカルテット”だけでは無い、この場に居る女性陣全てにとって衝撃的な言の葉を。

「だって、もし俺が君の言う『レベルが高いから強いんだ』ってだけの人間だったら・・・昨日の夜に俺は間違い無く殺されてるよ」






「A定食・・・3万円!?た、高っけぇ・・・。俺、こんなん頼めないよ」
「・・・でも、これが一番安いんですよ?」
「マジかよ、リンリン?ど、どうしよ・・・。やっぱ朝食抜きか・・・?」

ここは、学生寮の一角にある食堂。寮に住む常盤台生は、ここで食事を取ることになっている。
夏休みであるにも関わらず、朝食の時刻は午前7時30分という早い時間である。これも、生活リズムを整える目的からか。

「値段は気にしなくていいから、好きなのを頼みなさい。お金は私が払うから」
「苧環・・・」
「苧環様・・・!!」
「言ったでしょう?今回のことは私にも責任がある。その責任分くらい・・・私がどうとでもしてみせるわ」

学食なのに豪華絢爛なのは、さすがは常盤台と言った所か。常盤台生の中に1人紛れている界刺は、苧環の厚意に甘え一番安いA定食を頼むことにした。

「しかしまぁ・・・俺ってば場違い感バリバリなんだけど。何か、周りからの視線もすごいし・・・」
「あら、得世様はこういう場に居られる経験は余り無いのですか?」
「俺は男子校だからね。しかも、男からの視線なんて一々気にしないし。さすがに、こんだけの女性から見られるって経験は初めてだな」
「それに、今のバカ界刺って着ている制服のあちこちが焼け焦げているからね。こんな男性の格好を見るなんてことが初めての娘も多いんじゃ無い?」
「そもそも、この常盤台学生寮に男性の方が居ること自体が異常ですからね。
その上、これから一緒に朝食を食べるんですから、界刺さんが注目されるのも仕方無いんじゃないですか?」
「「「「・・・・・・」」」」

受け取った定食を手に持ち、界刺は真珠院の案内の下、円形テーブルの一角に腰をつける。
(ちなみに、この寮の住人では無い銀鈴、銅街も一緒に。もちろん、減点覚悟である)
そこは、食堂の中心に位置する場所。周囲のお嬢様から一身に視線を浴びる場所であった。

「さ、珊瑚ちゃん。も、もう少し角の方とかが良かったんじゃあ・・・」
「あら、これは得世様が淑女の方々の視線に慣れて頂くために考えた私なりの配慮ですが。・・・お気に召されませんでしたか?」
「い、いや・・・」

真珠院の配慮は、今の界刺にとっては中々にキツイ。唯でさえ部外者である自分が、衆目の視線を浴びるというのは精神的にキツイ。

「ところでさ、バカ界刺。さっきの話だけど・・・」
「お前等に話すつもりは無ぇよ。・・・言っとくが、『分身人形』での読心も無しな。そんなことをしたら・・・形製、俺はお前を絶対に許さねぇぞ?」
「ッッッ!!!」

先程のやり取りで気になっていた件について、思い切って切り出した形製の言葉を一刀両断する界刺。

「あ~、でも真刺や苧環が知っている範囲でなら当人達に聞けばいい。そこまでは、俺もとやかく言わねぇよ。だが、俺の記憶に手ぇ出したら・・・潰すぞ?」
「・・・・・・わかった」
「「「「「「「「・・・!!!」」」」」」」」

脅しも入った界刺の真剣な言葉に、形製は承諾するしか無かった。このやり取りを見ていた他の女性陣は、いとも簡単に形製を屈服させる界刺を少しばかり畏怖する。

「(形製さんが、こうもあっさり・・・!!)」
「(界刺様・・・。こ、恐いです!!)」
「(これが・・・私が乗り越えるべき男!!)」
「(得世様・・・。これは、私も生半可な気持ちで臨むわけには行かないようですね・・・!!)」
「(・・・で、でも、アタシは絶対に負けないんだから!!)」
「(『昨日の夜に俺は殺されてる』。・・・どういう意味なんだろう?つまり、この人の身に何かあったってことだよね?)」
「(こやつはヤバか・・・。あたいの勘がそう言っちょ・・・あぁ、今日も佃煮定食ばうまかぁ・・・)」
「(な、何かこの人からは危険な香りがプンプンしますです・・・!!)」

各々が色んな思考に及ぶ間にも点呼は進み、いよいよ食事の時間と相成った。

「へぇ、中々イケるね。思ったより家庭的な味だ」
「そうでしょ?私も、このA定食がお気に入りなんです!」
「アホ界刺に、家庭の味がわかったりするのか?」
「一応自分で作ったりとかはするし。偶にだけど」
「か、界刺様が作る料理ってどんな料理なんですか!?中華料理ですか!?それともフランス料理とかですか!?」
「いや、そんなんじゃ無くて・・・。肉じゃがとかカレーライスとか」
「肉じゃが!?佃煮ばえーけど肉じゃがもうまかぁ・・・」
「おっ!君もそう思う?味の趣味が合うね」
「世津!何気安く話してんのよ!この男はアタシ達が倒すべき敵だよ!!」
「あっ・・・。すまんったい、晴天」
「その隙に・・・お嬢様のエビフライいただき!!」
「あああぁぁ!!!アタシが取って置いたエビフライがあああぁぁっっ!!!」
「余所見する方が悪い。しかし、意外に暑いね。ちょっと、席同士の幅が狭くない?もう少し幅を・・・」



ブシャッ!!



「へっ・・・?」

界刺の顔に掛かったのは、水。それを行ったのは、金束の横に座る銀鈴。彼女は微笑んだまま席を立ち、界刺に近付き、その濡れた体に触れる。そして・・・



ピキピキピキ!!!



「おおおおおおぉぉぉっっ!!!!」
「ンフフ~♪そんなに暑いのでしたら、私の『氷結籠手』で涼しくしてあげます~。それと・・・晴ちゃんのおかずを盗み食いした罰も一緒に乗せて。ンフフ~♪」
「な、何この娘!?微笑みながらやってることはドキツイんですけどおおおぉぉぉっっ!!!!」
「(希雨がキレてる・・・!!ガクブルっ!!)」

金束が怯えていることに気付かず、界刺の髪や顔に付着した水分を氷漬けにしていく銀鈴。
彼女の能力『氷結籠手』は、濡れている物体に触れることで物体ごと水分を氷結させることができる。
銀鈴は、通常自衛目的以外ではこの能力を他人に対して余り使わないのだが、1つだけ例外があるのである。それは・・・金束晴天を筆頭に己が友達を傷付ける者。

「も、もう結構です!!涼しさは満喫したんでもういいです!!!」
「そうですか~。ンフフ~♪」
「き、聞いてる、お嬢様?お兄さんは、もういいって言ってるんだよ?」
「聞こえてますよ~。ンフフ~♪ンフフ~♪」
「・・・・・・チッ(ボソッ)」



ピカッ!!



「キャッ!?」

何時まで経っても銀鈴が止めないので、界刺は一瞬だけ閃光を煌かせる。閃光に怯んだ銀鈴は、界刺から手を離してしまう。

「ふぅ・・・」
「希雨!だ、大丈夫!?」
「・・・大丈夫だよ、晴ちゃん。ちょっと眩しかっただけだから」
「・・・俺の方がよっぽど大丈夫じゃ無いけどな。へ、へへ、へ~くしょっん!!」

閃光に少しだけ目をやられた銀鈴の様子を心配する金束。対して銀鈴に顔や髪の半分くらいを氷結状態にさせられた界刺は、大きなくしゃみをする。

「界刺さん!は、早くその状態を何とかしないと!!」
「いや、別にいいよ、リンちゃん。こんなの、どうとでもできるから」
「・・・それじゃ~もう少し涼しさを満喫してみます?」
「・・・君って顔に似合わず腹黒いね」

銀鈴の冷たい微笑みと言葉を軽く受け流し、界刺は目の前の食事に対して溜息を吐く。

「・・・こんな所かな」
「界刺様!もういいんですか!?」
「ちょっと食欲がねぇ・・・。最近暑いし、今はこんな(氷結)状態だし」

月ノ宮の言葉に返答する界刺。彼は、頼んだA定食の7割方を食べた当りで箸を置いた。

「奢って貰った苧環には悪いけど、勘弁してくれね?」
「そ、それはいいんだけど・・・」
「ん?何?何か問だ・・・」






「あらあら、まだ朝食が残ってらっしゃるじゃありませんか」
「あ、本当だ。結構残ってるね」






何故か言い淀む苧環に?マークが浮かぶ界刺の後方から、2人の少女の声が聞こえて来た。

「ん?君達は・・・?」
「あらあら、これは申し遅れました。わたくし、津久井浜憐憫と申します。常盤台中学に通う3年生ですの」
「私も同じ常盤台の3年生で、菜水晶子って言います。あなたが形製さんの・・・彼氏さん?」
「いや、違う」

少しカールした茶髪のロングヘアーの少女―津久井浜憐憫―と、赤茶色のパーマがかったセミディの少女―菜水晶子―がそれぞれ界刺の肩に手を置く。
その力が意外にも強いので、不審がった界刺は質問する。

「え、え~と、何でその津久井浜と菜水が俺の肩を押さえてるのかな?」
「あらあら、いきなり殿方から呼び捨てにされるとは思いませんでした。ねぇ、菜水さん?」
「そうですねぇ。しかも、よりにもよってこんなおいしい食事を出してくれる常盤台学生寮の朝食を残そうとしている男にですもんね・・・。心外だね、こりゃ」

津久井浜の言葉に反応する菜水。彼女は、同年代以上の人間に対して普段は丁寧且つ敬語で会話するタイプなのだが、
驚いたり、パニックになったり、ムカついたりすると途端に呼び捨てしたり地の言葉が敬語に混ざってしまうのである。

「あ、あぁ、これか・・・。ちょっとね、最近食欲が無い・・・」
「あらあら、世界にはパン1つまともに食べることができない場所もあるというのに、何という贅沢な理由でしょ?」
「そもそも、食事を残すこと自体が有り得ないですね。この食材の1つ1つを、一体どれだけの手間と労力を懸けて作っているんだと説教したくなりますね。いや、する!」
「あ、あのぅ・・・」
「あらあら、まだ何か言い足りないんですの?あれだけ食事に対する冒涜を無神経に語っていた殿方の減らず口というのは、底が見えませんねぇ。オホホ」
「冒涜って・・・。無神経って・・・。」
「あなたには、『食』というものについての知識が皆無です!それに・・・私は食物を粗末にする輩が大嫌いです!!鉄拳制裁も辞さない勢いです!!!」
「(・・・この娘達からは、何か仮屋様と同種の匂いがする)」

津久井浜と菜水の論説に、自分の仲間を連想する界刺。ようするに、『全部食え!』と言いたいわけだ。
だが、今の界刺には食欲が湧かない。昨日の戦闘の影響もあるし、銀鈴の氷結責めも無関係とは言い難い。そんな悩む界刺の後ろから、

「あらあら、鉄拳制裁ですか。菜水さんって意外と過激でいらっしゃるのね。それじゃあ・・・わたくしは・・・」

津久井浜がもう一方の手を伸ばして来る。長手袋を嵌めた手で掴むのは、界刺が飲んでいたお茶のカップ。見るからに気品漂うティーカップを手に持ち・・・



ジュッ!!!



「なっ!!?」
「『発熱爆弾』を用いた制裁というのも一興かもしれませんわね。オホホ」
「(無理無理!!そ、そんなの喰らったら、俺死んじゃう!!!)」

一瞬でティーカップが熔解する。津久井浜の能力『発熱爆弾』は、触れた部分を4千度以上に発熱させることができる。
発熱により急激に体積が膨張した物体は爆発するという、恐ろしい能力を持つ津久井浜の手が界刺の肩を掴んでいるのだ。

「あらあら、それでどうなされますか、界刺さん?わたくしの『発熱爆弾』による制裁を喰らうか、菜水さんの鉄拳制裁を喰らうか・・・」
「ちなみに、私の拳は鋼の如く硬いから!(嘘)食物を粗末にした相手には、私の身体能力は何倍にも膨れ上がるのだ!!(大嘘)」
「何、その設定!?それに、どっちにしたって俺が酷い目に遭うのには変わり無いじゃん!?」
「(はぁ・・・。やっぱり捕まったわね。この『食物奉行<グルメマネージャー>』に睨まれたら最後、ご飯粒の1粒まで食べ尽くさないと解放されることは無い)」

苧環は、『食物奉行』に見事捕らえられた界刺に哀れみの視線を送る。
かくいう自分もかつてこの両者に捕まり、両者の監視の下ゼェゼェ言いながら何とか完食した経験があるので他人事では無かった。
これは、この寮に住む生徒全員に周知の事実であり、食事が終わった周囲の生徒達も界刺がこの危機をどう乗り越えるのか興味津々なようで・・・

「フィーサ様!あの殿方は、一体どういう手法を用いてこの危機を乗り越えるのでしょうか!?遠藤にはちょっと思い付かないです!!」
「そうね・・・。あの男がどういう能力を持っているかで選択肢は変わるでしょうね」
「フム。近衛さんの言う通り、あの『食物奉行』の魔の手からどう逃れるのでしょう・・・。
いや待て・・・津久井浜様の『発熱爆弾』があの殿方に炸裂する可能性も否定できない・・・だが!!ブツブツ・・・」
「あ、あの男の方・・・何だか顔色が優れないみたい・・・。で、でも私は・・・」

という具合に野次馬のように周囲から界刺達を眺めている始末である。
この行動は、寮監による減点対象(ちなみに、食堂で能力を使った銀鈴と津久井浜は減点である)になりかねないが、
異性が学生寮に居ること自体がまず無いのだ。こんな機会は今後起こり得ないかもしれない。それ等誘惑に、常盤台生は耐え切れないのである。

「はぁ・・・。しゃーねーな。わかった、わかりました!完食すりゃいいんだろ、完食すりゃあ!!」
「あらあら、最初からそう言って下さればこんな忠告に及ぶ必要も無かったですのに。フフフ」
「でもさ。あなた、どうやって完食するの?食欲湧かないんでしょ?嘘を吐くつもりなら、承知しないですよ!!」
「するわけねーだろ!!こちとら、命が懸かってるんだからよ!バカ形製!サニー!」
「ん?何?」
「は、はい!!」

菜水の言葉に碌に取り合わず、界刺は形製と月ノ宮にある指示を出す。

「バカ形製。お前のコレクションを俺に貸せ。服の種類はお前に任せる。サニー。君はタオルを10枚とビニール袋を2つ用意してくれ」
「・・・成程。わかったよ、バカ界刺。すぐに持って来る」
「わかりました!!タオル10枚、ビニール袋2つですね、界刺様!!」

界刺の指示を受けて、形製と月ノ宮は野次馬をかけ分けてそれぞれに宛がわれた役目をこなす。

「界刺さん?一体何をするつもりなんですか?」
「大したことじゃ無いよ、リンリン。あっ、それと君等はこのテーブルから離れるんだ。俺の能力に巻き込むわけには行かないから」
「能力?『光学装飾』を使って、何をするつもりなの?」
「まぁ、それは見てのお楽しみだよ、苧環。いや、お楽しみっつーより見ていても全然楽しく無いと思うけどな。ほら、他の皆も早く離れるんだ」

界刺の指示を受けて、一厘、苧環、真珠院、金束、銀鈴、銅街、鉄鞘はテーブルから離れる。

「界刺様!!タオルとビニール袋持って来ましたよ!!」
「とりあえず、適当に見繕ったから。後で、ちゃんとクリーニングして返してよ」
「サンキュ、サニー!形製!」

月ノ宮と形製に礼を言った界刺は、自身も定食を置くテーブルから少し離れ、月ノ宮から渡されたタオルの内半分を床に敷く。
座っている椅子の上にもタオルを敷き、手にはタオルを1枚持ち、残りのタオルと形製が持って来た衣服は近くの床に置く。これで、準備は整った。

「さ~て。そんじゃ、やりますか!言っとくけど、見ていて面白いもんじゃ無いからな。
どっちかって言うと、つまらない部類に入る作業だからな。俺としては、さっさとここから立ち去ることをオススメするよ?」

一応界刺は周囲の常盤台生に忠告するが・・・誰も立ち去る気配は無い。
この短い準備期間の間に、界刺が光を操る能力者であることは瞬く間に全員へ広まった。
光を操ることで、本当に食事を完食できるのか?界刺へ視線を送る少女達の興味は、そこに尽きた。

「・・・物好きだこと。まぁ、いいか。さっさと始めよっと」

立ち去る気配の無い少女達に呆れながら、界刺は己が能力『光学装飾』を発動する。






ジワ~






数分も経たずに、界刺の体からおびただしい程の汗が浮かび上がり、地面へと流れ落ちる。
氷結状態になっていた部分は溶け、体中が紅潮し、熱気さえ漂う中界刺は1人目を瞑りじっと耐えている。

「あ、あれは・・・?」

真珠院が、界刺の様子の変化を見て思わず疑問を口にする。それに答えるのは、またしても・・・

「あれは、『光学装飾』による疲労物質の排出作業だよ、真珠院?」

界刺と同じ『シンボル』の一員である形製。彼女の言葉は、『光学装飾』が操作できる光の種類を思い描くヒントになった。

「そうか・・・。“遠赤外線”・・・ね、形製?」
「ご名答。さすがは苧環。電磁波関係に詳しい君なら、真っ先に気が付くと思っていたよ」

苧環の回答に、満足気に笑みを浮かべる形製。
『光学装飾』で操作できる光は、何も可視光線だけでは無い。界刺は、別種の光である赤外線も操作できるのだ。
この赤外線の中でも、特に“遠赤外線”と呼ばれる光を界刺は己の疲労回復等に応用していた。

「苧環。“遠赤外線”って・・・」
「そんなに詳しくないって顔ね。いい、一厘?“遠赤外線”は、私達人間も放っている赤外線の一種なの。
そして、外部から浴びる“遠赤外線”と私達の“遠赤外線”とが触れ合うと、体内である共鳴振動を引き起こすの。私達の体の大半は・・・何でできてるの?」
「・・・水!!」
「そう。この共鳴振動によって体内の水分子が活発に働くようになる。その作用は、血液の巡りを良くしたり新陳代謝の活発化等多岐に渡るわ。
界刺は、その共鳴振動を利用して体内に堪っている毒素や疲労物質を、汗と共に体外へ排出しているのよ。
あれなら、体に害無くカロリーとかを消費できるわね。・・・ちょっと羨ましいかも(ボソッ)」

苧環の言う通り、界刺は現在進行中で体内に堪っている疲労物質等を除去している。
今までの活動―学業と平行して朝練や『シンボル』の活動、少し前は春咲に付き合う形での救済委員活動―に界刺が耐え切れたのは、ひとえにこの応用あってのことである。
疲労回復の他にもストレスの解消や血圧の調整等に活用し、界刺は己の体調管理に努めていた。
(ちなみに、銀鈴の『氷結籠手』で氷漬けになっていた皮膚部分に予め“遠赤外線”を照射することで、凍傷や体温の低下を防いでいた)

「『光学装飾』って、赤外線も操作できるんですか?」
「うん。そうだよ、一厘。というか、君だって見てる筈だよ?
何時かの成瀬台のグラウンドで行われたゲームで、最後まで残った界刺以外の人間が界刺の発生させた赤外線輻射による熱で動きが怯んだのを」
「あっ・・・そういえば。あれって赤外線によるものだったんですね?」
「うん。まぁ、それ以外にも小細工はしたみたいだけどね。言っとくけど、あれは『光学装飾』の一部にしか過ぎない。
応用力で言えば、界刺は本当に並外れた力を持っているんだよ。その制御力も、使うタイミングを見極める力もずば抜けている」
「界刺様・・・!!すごいです!!」
「得世様・・・!!私は、あなたが羨ましい・・・!!界刺様の能力に比べて、私の能力は・・・能力は・・・!!」
「界刺・・・得世!!」
「『どうとでもできる』。あの言葉は本当だったんだね・・・!!」
「す、すごか・・・!!あるなら寮監から逃げ切れっと・・・?」
「光を操ると言っても、色んな種類があるのですね・・・ハッ!い、いけないです!感嘆してる場合じゃ無いです!!」

周囲の女性陣が色々言い合っている間に、界刺は手に持ったタオルで汗を拭いていく。そして、『光学装飾』発動から約15分後・・・






「ふぅ・・・。まぁ、こんな所かな」

界刺は、“遠赤外線”による疲労回復作業を終了する。

「うわー、汗でビチョビチョ。乾燥させるにも、ここじゃあな・・・。制服は新調するからいいとして、パンツとかは・・・」
「大丈夫だよ、バカ界刺。一応男物のパンツも用意してるから」
「形製。お前・・・」
「ち、違うよ!!前にあたしの服を貸したことがあったでしょ?その時に、もしかしたら今後必要になるかもって思って一応買って置いたんだよ!!」
「そうなのか。サンキュ!」
「わ、わかったらいいんだよ!」
「んじゃま、このまま着替えるってのもアレなんで、ちょっと消えるよ!」

傍から聞いていると痴話喧嘩にも聞こえるやり取りの後に、界刺は自身から半径1mに限って不可視状態にした。

「き、消えた・・・」
「・・・大した応用力だこと」
「・・・まさか、私達の着替えとかを覗かれる危険性が!!いやしかし!!・・・ブツブツ」
「な、何だか男の方の姿が見えなくなるだけで、心が落ち着きます。でも・・・何でしょう、このガッカリ感は」

野次馬となっている生徒間から漏れ出た声を耳にしながら、界刺は着替えを手早く済ませ、不可視状態を解除する。

「う~ん。体もスッキリしたし。これなら完食も問題無くこなせそうだ」

界刺の手には、自分の汗で濡れてしまった制服を詰めたビニール袋と、汗を拭いたタオルを詰めたビニール袋があった。
タオルは学生寮に返して洗濯してもらい、制服は自分が住む学生寮に持ち帰るつもりだ。

「サニー!後で、このタオルを借りて来た場所に案内してよ。さすがに、常盤台学生寮(ここ)の備品を俺が持って帰るわけには行かないからさ」
「わ、わかりました!!」
「それにしても、ああいうのは人前でやるモンじゃ無いな。1人でコソコソやってこそ意味があるな、うん」

月ノ宮に声を掛けた後、界刺はテーブルに席を戻す。残している定食を完食するためだ

「あれ・・・?定食から湯気が立っている?」

今更のように一厘が気付くが、それに気付いた最初の人間も一厘が最初であった。冷房が効いている中、普通は冷め切っている筈なのに。
そして、一厘は気付く。気付いて、定食を“温めていた”張本人へ視線を向ける。

「うん?あぁ、これ?さっき赤外線を照射していた時に、ついでに暖めておいたんだよ。
俺の『光学装飾』は、制御範囲内なら何処でも、そんでもって複数個所にこういう現象を同時発生させることができるから」
「そ、そんなことも・・・!?」
「うん」

一厘は、心の底から驚愕する。それは、周囲に居る常盤台生全員も同様であったが。
自分は、己の能力をどう活かすのか、どういう応用を模索するのかを必死になって考えている最中なのに、
目の前の男はそんな地点は遥か昔に通り過ぎましたとでも言うかのように、自分の応用力を気軽に明かす。これが・・・これでも『光学装飾』の一部。
何回か同行した時も、界刺が持つ能力における熟練度の高さには目を瞠らされたが、今回は心底痛感させられる。

「最近は、俺も色々考えるようになってね。これでも、新しい『光学装飾』の応用方法を色々模索してるんだよ?」
「新しい応用方法ですか!?」
「そう。今は主に攻撃面を中心に模索している。その内の幾つかはもう実戦で使えるレベルまでなったし。
今はまだ完全に会得していないけど、“超近赤外線”というのにも取り組んでいるよ。もちろん、攻撃面に限らず色々と。
少し前に、俺とはタイプが違う光学系能力者と知り合ったこともあって、そいつとのやり取りの中で色んな発見が出てくる。
今まで自分が気付かなかった新しい面とかが見えるようになって、結構楽しいんだよな、これが」
「(界刺さん・・・!!本格的に、私をぶっちぎりに掛かってるんですね!!)」

一厘は、かつて『必ず追い付いてみせる』という主旨の発言を界刺に対して放っている。何時になるかはわからない。だけど、何時か必ず追い付いてみせると。
だが、現状ではその距離は縮まる所か一方的に離されている状態だ。それは、言われてみれば当然のこと。
何せ、目の前の男だって立ち止まっているワケがないのだ。自分のペースで走っているのだ。
そして・・・一厘のペースは界刺のペースに大きく遅れているのだ。その事実を認識した一厘は、悔しさの余り拳を痛い程に握り込む。


「よしっ!そんじゃあ、とっとと平らげちまうか!さっきとは違って食欲も湧いてるし、数分で片付けてやるぜ!」
「(焦ったら駄目・・・!そんなことをしたら、前の二の舞になる。むしろ、ペースが乱れて失速しかねない。
でも・・・何とかしないと!!このままじゃあ、一生追い付けない!!)」

残っているおかずやご飯を猛然と口に運ぶ界刺を見ながら、一厘は逸る気持ちを抑え、しかし頭を悩ませる。
この短期間の内に、界刺は自分の能力を更に昇華させている。だったら、自分も負けていられない。

「(今日1日界刺さんと一緒に居られるこの機会を・・・何とか活かさないと!!今私が関わっている“あの件”にも活かせる何かを掴まないと!!)


少女は決意する。自分が目指すべき能力の在り方を。それは、誰のためでも無い。自分自身のために。

continue!!

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最終更新:2012年06月15日 21:00