限界を超える。
 運命に立ち向かう。
 成長すること、道を拓くことは、常にそれらと同義であった。
 何の障害もない道のりなど、結局は既定路線でしかない。新たな景色を見届ける前には、壁が立ちはだかっているものだ。

 牧瀬紅莉栖にとっての壁とは、聖杯という途方も無い奇跡だった。
 只人では敵うはずもない、規格外の神秘の具現だ。
 それでも紅莉栖にとっての聖杯は、決して存在を許してはおけない、不倶戴天の敵であることに変わりはなかった。
 聖杯に願いを捧げるために、戦いを勝ち抜くのではなく。
 聖杯をその手で壊すために、戦いを止めることを選んだ。
 自分一人の生命を、未来に繋ぐことよりも、それにより生じる万のリスクを、排除することを選んだのだった。

 戦いに乗り前者を選ぶのも、選択肢の一つであるとは思う。
 世界線という絶対を、神秘の業で覆し、奇跡を起こすという道も、考えられなくはないと思う。
 それでも敢えて牧瀬紅莉栖は、その道を否定し切り捨てた。
 限界を超えるというその行為にも、限度というものが存在する。
 それは個人の力量だとか、そんなちっぽけなものではなく、人間という種そのものに、定められた限界だ。
 人はどう足掻いても空を飛べない。
 エラ呼吸を習得して、海で生きることもできない。
 世界線に定められた、死の運命というものは、それらと同義ではないかと思うのだ。
 もし、そんなありえない奇跡を、無理やりに起こしてしまえたならば。
 人間が人間に生まれた以上、踏破できないはずの壁を、超えてしまったというならば。

 ひょっとしたら、その者は――


◆ ◇ ◆

《何事にも限度ってものがあるわ》

 サーヴァントに向かって飛ばした念話は、会話というよりは愚痴に近い。
 午前中の町並みを歩きながら、牧瀬紅莉栖はその日差しに相応しくない、不機嫌な表情を浮かべていた。
 彼女が腹を立てているのは、この町の治安というものについてだ。
 ルーラーによって通達された、大量殺人を犯したマスターの存在。
 そして更に、怪しげな噂を付き纏わせた、カルト教団の存在。
 戦争の舞台となった以上、この町が危険な場所であることは、紅莉栖も重々承知している。
 だがだからといって、この有様は、その限度を超えているだろう。
 ずかずかと音を立てながら、歩く彼女の考えは、そうした理不尽な状況に対する、怒りの色で満たされていた。

《でぇ? ひとまず先に目についた、御目方教の方をどうにかしようってか?》
《どうにかする、ってほどではないけど。ただ、彼らがどういう輩なのか、調べておく必要があると思ったのよ》

 不可視の霊体となってついて来ていた、キャスター・仁藤攻介の問いかけに、答える。
 カルト教団・御目方教――それはNPCのロールにしては、あまりにも不自然な存在だった。
 聖杯戦争をやらせるためだけに、仮初のものとして用意された。そんな舞台の設定にしては、あまりにも手が込みすぎている。
 場合によっては、逆に戦いの妨げとなりかねない、そんな厄介な存在だ。
 であれば単なる背景ではなく、込められた意図というものがあるはずだ。
 たとえば他のマスターが、教祖として組織しているという、そんな可能性も考えられた。
 そして厄介極まりないことに、この御目方教の総本山は、割合、紅莉栖の拠点の近所にあるのだ。
 なればこそなおさらのこと、無視するわけにはいかなかった。
 世を騒がす永久機関も、確かに科学者として気にはなったが、それはひとまず後回しだ。

《まずは正体を見極めて、そっから対処法を決める、と》
《優勝が目的じゃないもの。最初からがっついたりはしない》

 当面の紅莉栖の目的は、その辺りの仮設が真実かどうか、見極めるというものだった。
 彼女の勝利条件は、敵マスターの全滅ではない。
 放置しておいても問題ないと、そう判断することができたなら、手を出さないという選択肢もある。
 それを判断するために、紅莉栖は調査を行っていたのだった。
 インターネットで拾える情報は、既に粗方拾っている。
 であれば次に知るべきことは、噂にならない実態だ。

《そか。ま、でも偵察だったらさ》

 言うと仁藤は、一度そこまでで言葉を区切り、周囲を伺うように沈黙する。
 一拍の間を置いた後、彼は霊体化を解除した。
 見えざる体は実像を伴い、戦いの舞台に具現化する。

「ちょっと!? 貴方何してるのよ!?」
「わーかってるみなまで言うな! とにかくこいつを見とけって!」

 周囲に人影は見えない。だが監視の目がないと、完全に決めつけることはできないはずだ。
 そんな意を込めた紅莉栖の抗議を、仁藤は左手を突き出し制する。
 そうしてマスターを黙らせると、今度は右の手を出して、彼女の前で広げてみせた。

「キーッ!」

 鳥のような甲高い声。
 されどそこにいたものは、獣の四肢を持っている。
 肉食獣の四つ足の体に、背中から翼を生やした異様な姿――神話のグリフォンを象った、小さなエメラルドのオブジェだ。
 問題はそれが鳴き声を上げ、ぱたぱたと羽ばたいているということだったが。

「これは……?」
「言うなれば俺の使い魔ちゃん。こいつにひとっ飛びしてもらえば、御目方教の正体も、探ってきてくれるって寸法だ」

 目をぱちくりさせる紅莉栖を前に、仁藤が得意げに説明する。
 これぞ彼が持ち合わせていた、指輪の一つ・グリフォンリング。
 その力を解放することで生まれた、使い魔・グリーングリフォンである。

「……最初から、貴方に相談しておけばよかったのね」

 先にプランを話していたなら、仁藤はすぐさまこれを生み出し、偵察に放ってくれただろう。
 それをしなかったがために、危うく危険を冒すところだった。
 自分の迂闊さに苦笑すると、申し訳なさそうな響きを込めて、紅莉栖は仁藤に対して言った。

「そーゆーこと。俺はお前のサーヴァントなんだから、もうちょっと頼りにしてくれよな」

 さして気にしてはいない。
 そういう態度を取りつつも、仁藤は彼女にそう応じる。
 マスターとサーヴァントの連携がなければ、聖杯戦争を生き残るのは不可能だ。
 それを彼女には改めて、理解してもらう必要があった。

「さてと、んじゃ頼むぜグリフォンちゃん!」
「キィッ!」

 主の指示に呼応して、グリーグリフォンが空へ飛び立つ。
 西へと飛んだその先にあるのは、カルト教団の本丸だ。
 順当にいけば、遠からぬうちに、御目方教に関する情報を、持ち帰ってきてくれるだろう。

「私達は、戻りましょうか」
「だな。いつまでもフラフラしてるってわけにもいかねぇし」

 であれば、危険な教団の近くを、わざわざうろつく意味もない。
 共闘する仲間を探すにしても、場所を選ぶべきだろう。
 そう考えて牧瀬紅莉栖は、踵を返そうとしたのだが。

「………」

 その時、現れた者がいた。
 曲がり角から姿を現し、目の前に立ちはだかった人間がいた。

「えっ……?」
「………」
「………」

 目を見開いた紅莉栖の元へ、今度は左右から人影が詰め寄る。
 一様に虚ろな目つきをした、明らかに正気ではない様相だ。
 こいつらは危ない。脳がアラートを響かせる。理屈ではない本能が、紅莉栖に危険を訴えている。

「ちっとばかし、遅かったな!」

 行動を起こしたのは仁藤だった。

「へっ!? ちょっと!?」

 紅莉栖の体が宙に浮く。
 寝転がったような態勢になって、重力から逃れ浮き上がる。
 もちろん人間は空を飛べない。その状態に至るには、他人の手助けが必要になる。
 つまるところ牧瀬紅莉栖は、仁藤攻介に抱きかかえられたのだ。
 それもロマンスのたっぷり詰まった、女子の永遠の憧れ――お姫様抱っこという態勢で。

「逃げるぞマスター! 捕まってろよ!」
「ちょっ! 待ちなさい! 待てっての! この態勢は嫌ー!」

 運動音痴の紅莉栖では、満足に逃走することはできない。それくらいは理解できる。
 だがだからって、知り合って間もない男なんかに、こんなことをされるのは嫌だ。
 お姫様抱っこをしてほしい相手は、もっと他にいるというのに。
 そんなことを考えながら、反論の声を上げつつも、態勢を変えろという訴えは、遂に聞き届けられることはなかった。


◆ ◇ ◆

 あれは危険だ。
 見た目だけでない。纏う気配が尋常でない。
 食ったら食あたりを起こしそうな、そういう良くない魔力を感じる。
 どうやら紅莉栖の立てた仮説は、見事に的中していたようだ。
 それが古の魔法使い・仁藤攻介の直感だった。
 故に彼は間髪入れず、あの場から逃走することを選んだ。
 ぽかぽかと紅莉栖に殴られながらも、一番手っ取り早い姿勢を維持したまま、人通りの少ない道を駆け抜けたのだ。

「……!」
「っとぉ!」

 もちろん、簡単には逃げられない。すぐに先回りされてしまう。
 宝具を纏わない限り、仁藤攻介の身体能力は、一般人より少し上程度だ。
 故に、恐らくは御目方教の手の者であろう、この怪しげな集団にも、割と簡単に追いつかれてしまった。
 さてどうするか。どう立ち回るか。
 相手は本来聖杯戦争とは、無関係であるはずのNPCだ。
 さすがに宝具で一掃しては、寝覚めも悪くなってしまう。
 喧嘩していいのであれば負ける気はしないが、生身のパンチを浴びせても、大人しく眠ってくれるかどうか。

「ぎゃあッ!」

 その時だ。
 背後から悲鳴が上がったのは。
 野太い中年親父のそれは、明らかに牧瀬紅莉栖のそれではない。

「!?」
「こいつは……!?」

 いつから姿を現していたのか。
 振り返った先にあったのは、目を覆いたくなるような光景だった。
 御目方教の信者の一人が、異形の怪物に食われている。
 中型犬ほどの大きさの、綿毛の化け物のような生き物が、無数に湧き出て群がっているのだ。
 ばりぼきと血肉を噛み砕く音と、びちゃびちゃと液体が飛び散る音。
 不快な音を立てながら、怪物達は信者のサイズを、見る見るうちに縮めていく。

「うっ、うわぁあああ!」

 襲われたのは一人だけではない。
 他の信者達も同様に、綿毛の軍団に飲み込まれてしまった。

「ひっ……!」

 あれほど拒否反応を示していた紅莉栖が、青ざめた顔でしがみついてくる。
 確かにこの光景は、女子にはいくらかショッキングすぎる。
 遠からずして連中は、骨も残さず咀嚼され、血の水たまりへと変わるだろう。
 窮地を救った援軍と、手放しに歓迎できるようなものではない。

「……どーやら味方ってわけじゃなさそうだな」

 そうこう考えているうちに、食事を終えた綿毛の一部が、仁藤達の方へ詰め寄ってきた。
 顔も目玉もない連中だが、殺意のあるなしは気配で分かる。
 こいつらは信者達諸共に、自分達を平らげるつもりだ。
 冗談じゃない。食うのはこちらの専売特許だ。簡単に食べられてたまるものか。

「化け物相手なら遠慮はしねぇ!」

 震える紅莉栖を道路に降ろし、自らは魔法の指輪を手に取る。
 それは先程使い魔を生んだ、グリフォンリングともまた別物だ。

『ドライバー・オン!』

 魔法の呪文が鳴り響く。
 光のエンブレムが浮かび上がる。
 円形の陣から現れたのは、大仰な金属のベルトだ。
 光沢を放つ銀の細工は、さながら観音扉にも似ていた。

「変~……身ッ!!」

 大仰なポーズを取りながら、仁藤は鬨の声を上げる。
 変身。異なる姿への進化。
 それが仁藤攻介の、宝具解放のキーワードだ。
 キャスターの持つ力とは、魔法の杖などの武器ではない。
 魔法の鎧を身に纏い、肉体のスペックそのものを底上げする、変身魔法こそが彼の力だ。

『セット! オープン!』

 ビーストリングをベルトに差し込む。
 それが禁断の扉を開き、古の封印を解く鍵となる。
 銀の扉から顔を出すのは、獰猛な黄金色の獅子だ。
 ライオンを象った意匠が、真紅の眼光と共に唸りを上げた。

『L! I! O! N! LION!!』

 それが変身のプロセスだった。
 瞬間、光に包まれた仁藤は、既に人の姿をしていなかった。
 黒いフィットスーツの上で、光を放つ金の装甲。
 獅子を模したフルフェイスヘルムは、さながらエジプト神話のスフィンクスか。
 変身宝具・『古の本能眠りし扉(ビーストドライバー)』。
 扉の先の力を手にし、野獣と契約を果たした男は、その力を纏う戦士となる。
 古の魔法使い・ビースト――それが英霊・仁藤攻介の、真の戦闘形態だ。

「朝食(ブレックファースト)……にしちゃあ遅いか? ま、とにかくいただくぜ!」

 どこからともなく刃を取り出し、魔法使いは宣言する。
 鋭く光る直刀は、魔術礼装・ダイスサーベル。ビーストの戦闘を支える基本兵装だ。

「おりゃあっ!」

 一気呵成に踏み込んで。
 一意専心で斬りかかり。
 一網打尽に叩きのめす。
 獰猛な雄叫びを上げる度、ビーストの振るう刃の光は、敵を次々と斬り裂いていった。
 野獣(ビースト)の二つ名に偽りなし。野性味溢れる剣術は、まさに豪快の一言に尽きる。
 俊敏かつ大胆な身のこなしは、これがキャスターのものなのかと、最初は紅莉栖も目を疑ったほどだ。

「ごっつぁん!」

 斬られ消滅する怪物の体は、光の魔法陣へと変わる。
 それらは続々とビーストの――正確には腰のドライバーの元へと向かう。
 これがキャスター・仁藤攻介の、最大の特色の一つだ。
 彼は魔力で形成された、ありとあらゆる存在を、己の力として吸収できる。
 ビーストの倒した屍は、魔力の結晶へと変わり、美味しい食糧へと変わるのだ。
 戦うために食らう。
 否、生きるために戦う。
 闘争と捕食が直結し、それこそを生命維持の手段とするビーストは、まさしく肉食の獣だった。

「キャスター!」

 不安げな紅莉栖の声が上がる。
 食事を終えた怪物達が、一斉にビーストへと矛先を向けたのだ。

「数が多いってんなら、やっぱこれだろ!」

 それでもビーストは動じない。
 仁藤攻介は狼狽えない。
 余裕すら感じる口ぶりで、新たな指輪をベルトに差し込む。

『カメレオ!』

 呪文が響く。
 閃光が走る。
 右肩に姿を現したのは、その名の通りのカメレオン。
 古の魔法使い・ビーストの力は、巨大な魔獣『牙剥く野獣(ビーストキマイラ)』に由来する。
 複数の獣をその身に取り込んだ、異形の怪物の特色は、ビーストにも影響を与えているのだ。
 故にビーストは、魔法の指輪で、様々な獣の装飾を纏う。
 それらの獣の能力を、自らの技として行使するために。

「どりゃ!」

 緑の装甲と外套――カメレオマントを羽織ったビーストは、右肩を敵に向かって突き出す。
 爬虫類の頭部から、勢いよく伸び敵に迫るのは、カメレオンの長い舌だ。
 鞭のようにしなるそれは、敵を絡め取り、締め上げる。
 伸縮自在のカメレオンの舌は、群れなす敵にはうってつけの武器だ。
 緑を纏った魔法使いは、これまでの倍にも迫るペースで、次々と怪物を蹴散らしていった。

「そろそろシメにさせてもらうぜ!」

 手にした剣をビーストが構える。
 柄に手をかけ、ルーレットを回す。
 いかなる魔法でも干渉できない、ダイスサーベルの六つの目。
 運命が告げたその数字は、ビーストの必殺攻撃の威力に、そのまま直結することになる。

『ファイブ!』
「よっしゃ!」

 出目は5――悪くない数字だ。

『カメレオ・セイバーストライク!』
「うぉりゃあーっ!」

 跳び上がり、上空で気合一閃。
 力任せに振り抜いた刃が、虚空に黄金の陣を描いた。
 光のエンブレムから現れるのは、五匹のカメレオンの群れだ。
 ダイスサーベルの力を解放し、敵に放つ必殺技――セイバーストライクの一閃。
 獣の力を纏う魔術師は、その一振りで手懐けた獣を、兵隊として敵へと放つ。
 殺到する魔獣の軍団は、綿毛の群れへと殺到し、一網打尽に蹂躙してみせた。

「あん?」

 魔力を身へと取り込みながら、ビーストはふと、視線を傾ける。
 少し離れたその先に、何者かの影を目撃したのだ。
 ひと目で分かる。普通の人間とは気配が違う。
 あれは間違いなく自分の同類――この怪物達を差し向けた、敵サーヴァントの正体だ。

「そこか!」

 ダイスサーベルの切っ先を振るい、魔力を弾丸と変えて放つ。
 着弾。炸裂。上がる爆音。
 攻撃をかわした黒い影は、跳び上がりすぐさまその場を離れる。
 着地したビーストに対峙するように、物陰から姿を現したのは、漆黒を纏う少女だった。

「バーサーカーの、サーヴァント……?」

 マスターである紅莉栖には、敵の正体が見えている。
 最初に相対したライバルは、狂戦士のクラスで現界していた。
 男物の燕尾服を、女性風にアレンジした服装。されど前傾気味の態勢は、優雅の一言とは程遠い。
 揺らめくベルトと服の裾は、それこそ獣の尻尾のようだ。
 顔の右半分は、黒い眼帯で覆われている。左で光る金の瞳は、さながら黒豹のように鋭かった。

「■■■■」

 何事かを口にし、少女が唸る。
 それは獲物を前にした獣が、威嚇し喉を鳴らす仕草に似ていた。
 獣の装いを纏っているだけで、実際には理性ある人間の仁藤と比べると、むしろ相手の方が野獣(ビースト)のようだ。
 否むしろ、魔獣(モンスター)と呼ぶべきか。
 その装束から立ち上る、怪しげな漆黒のオーラを見ると、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

「上等。そうでなくっちゃな」

 相手は明らかに戦う気だ。
 言葉も通じないバーサーカーに、先制攻撃を命じたマスター。同盟関係の締結は不可能だろう。
 であれば、戦いは避けられない。そしてもちろんビーストには、むざむざとマスターを殺らせる気はない。
 軽口を叩きながらも、ダイスサーベルを、油断なく構えて敵を睨む。

「……?」

 その時のことだ。
 恐らくは姿を見せないマスターから、念話で指示が届いたのだろう。
 不意にバーサーカーの眉根が動き、目を丸めてぱちくりとまばたいた。
 剣呑な雰囲気は一瞬で霧散し、黒豹から子猫になったように、面食らった表情を浮かべる。

「………」

 次のアクションを起こした時には、そこには獰猛な狂気はなかった。
 影を己が内へと引っ込め、表情を急速に冷却させて。
 物言わぬバーサーカーは臨戦態勢を解くと、そのままくるりと踵を返して、戦場からあっさりと飛び去った。

「あっ、こら! 待てよお前!」

 ビーストの制止も届かない。
 狂戦士は遠ざかると同時に、霊体化してその身を隠す。
 ああなっては追跡は不可能だ。グリーングリフォンの視覚情報くらいしか、探知能力を持たないキャスターには、不可視の敵を見破ることはできないだろう。

「やれやれ、こんなオチかよ……」

 敵に手の内を見られた。
 逆にこちらは相手の手札を、ほとんど見ることができなかった。
 マイナスばかりの戦果に対し、がっくりと肩を落としながら、ビーストは己が変身を解く。
 元の仁藤攻介に戻ると、ひとまず後ろを振り返り、マスターの無事を確認した。

「今のは、多分……御目方教の連中とは、無関係なのよね?」
「だろうな。つっても御目方教の方にも、多分別のマスターがついてる。食われたアイツらに取り憑いてた、妙な魔力がその証拠だ」

 周囲に敵の気配がないことを確認し、二人は状況を整理する。
 怪しげな魔力を纏った信者は、明らかにサーヴァントの影響下にあった。
 にもかかわらず、後から現れたサーヴァントは、彼らも諸共に食い尽くしていた。
 これはあのバーサーカーが、御目方教の背後にいるのとは、別のサーヴァントであることを意味する。
 つまり開幕から僅か数時間で、牧瀬紅莉栖と仁藤攻介は、実質二騎ものサーヴァントに襲われたのだ。
 大事に至らなかったからよかったものの、割合、スリリングな状況であったことは、間違いないだろう。

「にしても……」

 そして、それとはまた別に、一つ引っかかることがある。

「? キャスター?」
「いや、まぁ、どうでもいいことか」

 呟きかけたその言葉を、仁藤は取り繕って飲み込む。
 彼が言おうとしたことは、戦局には全く関係のないことだ。
 だがどうしても、個人的に、気になってしまうことではあった。

(ありゃあ本当に、バーサーカーだったのか……?)

 最後の瞬間に目の当たりにした、バーサーカーの金の瞳。
 それは狂戦士のものであるとは、到底信じられないような、澄んだ光を放っていた。
 もちろん、あれがバーサーカーである以上、ろくな理性などあるはずもない。
 しかしその冷静そのものな光は、明確な目的意識を持っているような、そんな風に見えて仕方がなかったのだ。
 あるいは恐らく、本能の部分で、刻み込まれた何らかの意志が。
 狂気という言葉とは程遠い、一種の気高さすら宿して、光り輝いているような。
 仁藤攻介の頭には、その信じがたい光景が、どうしても引っかかってしまっていた。


【C-3/一日目・午前】

【キャスター(仁藤攻介)@仮面ライダービースト】
[状態]健康、魔力補充
[装備]なし
[道具]各種ウィザードリング(グリフォンリングを除く)、マヨネーズ
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り、マスターのサポートをする
1:追っ手の目を警戒しつつ、拠点のホテルへと戻る
2:グリーングリフォンの帰還を待つ
3:黒衣のバーサーカー(呉キリカ)のことが気になる
[備考]
※C-4・御目方教に向かって、グリーングリフォンを偵察に放ちました
※黒衣のバーサーカー(呉キリカ)の姿と、使い魔を召喚する能力を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています。
 また、黒衣のバーサーカー(呉キリカ)とそのマスターは、それらとは別の存在であると考えています。
※御目方教の信者達に、何らかの魔術が施されていることを確認しました

【牧瀬紅莉栖@Steins;Gate】
[状態]恐怖心による精神ダメージ(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]財布
[所持金]やや裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、聖杯戦争を終わらせる
1:追っ手の目を警戒しつつ、拠点のホテルへと戻る
2:グリーングリフォンの帰還を待つ
3:聖杯に立ち向かうために協力者を募る。同盟関係を結べるマスターを探す
4:御目方教、ヘンゼルとグレーテル、および永久機関について情報を集めたい
[備考]
※黒衣のバーサーカー(呉キリカ)の姿と、使い魔を召喚する能力を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています。
 また、黒衣のバーサーカー(呉キリカ)とそのマスターは、それらとは別の存在であると考えています。
※御目方教の信者達に、何らかの魔術が施されていることを確認しました


◆ ◇ ◆

 敵マスターの捜索は、美国織莉子にとっては簡単なことだ。
 町をうろついている先で、何らかのアクションが起きれば、その前に未来予知の魔法が伝えてくれる。
 後は現場に急行すれば、何かをしているマスター達を、視界に収められるという寸法だ。
 彼女が金色のサーヴァントを、早々に捕捉できたのにも、そういう理由が存在していた。
 これでルーラーから通達のあった、ヘンゼルとグレーテルとやらに巡り会えれば、もう少しお得感も増したのだろうが。

「不満そうね」

 彼女の傍らに立つバーサーカーは、少し不機嫌そうな顔をしている。
 どうして中断させたんだ。あのまま戦っていたならば、首を手土産に持って帰れたのに。
 言葉こそ発していなかったものの、ふくれっ面の呉キリカは、そんな風に訴えているようにも見えた。

「今はまだ時期尚早よ。手の内を探るだけでよかったの」

 こちらの手の内まで晒すのは早いと、織莉子は怒るキリカを諌める。
 実際、予知魔法を応用して、アウトレンジから戦況を確認するのにも、それなりの魔力を使っていたのだ。
 どうやら敵を倒すことで、魔力を吸収できるらしいキャスターに挑むには、やや分の悪い状況だったと言えるだろう。
 とはいえ、今のキリカの思考回路は、それこそ動物レベルにまで単純化している。
 そんな込み入った事情など、正確に理解できるはずもない。

「……ごめんなさい。せっかく頑張ってくれたのに、意地悪ばかり言ってしまったわね」

 分かりやすいフォローが必要だ。
 頭を優しく撫でながら、織莉子はキリカを労った。

「お昼ご飯には、何か美味しいものを食べましょう。頑張り屋さんへのご褒美よ」
「……!」

 ぱぁっ、と少女の顔が光った。
 破顔一笑。そんな言葉が似合うような、感動の一色に染まった。
 褒め言葉と美味しいご褒美に、すっかり機嫌をよくしたキリカは、にこにことして織莉子の左手に抱きつく。

「あらあら」

 困ったように笑いながらも、邪険にする様子もなく、織莉子は空いた右の手で、キリカの頭を再び撫でた。

(それにしても、御目方教か……)

 一方で、彼女の鋭い思考は、止まることなく回り続ける。
 キャスター達が口にしていた、この近辺に陣取るカルト教団。
 どうやらキリカの使い魔が葬った、あの怪しげな連中は、その御目方教の人間であるらしい。
 NPCの振る舞いにしては、やたら悪目立ちしていると思ってはいたが、何か裏があるということか。
 どうやら討伐令のことばかり、考えているわけにもいかないようだ。これも準備が整い次第、調べる必要があるだろう。
 織莉子はそう考えながら、繁華街の方へと歩を進めた。


◆ ◇ ◆

 もしも。

 もしも人間という種の限界を、実際に超えた者がいたとするならば。
 空を飛ぶような奇跡を。
 海で生きるような神秘を。
 世界線によって定められた、絶対的な死の運命を、覆せるような人間がいたとしよう。

 そんなありえない奇跡を、無理やりに起こしてしまえたならば。
 人間が人間に生まれた以上、踏破できないはずの壁を、超えてしまったというならば。

 ひょっとしたらその者は――既に、人間ではなくなっているのではないか。

 強すぎる奇跡の体現者は、既に人間とは異なる、何物かに成り果てているのではないか。
 それが牧瀬紅莉栖の抱いた、恐怖にも似た仮説だった。


【C-3/一日目・午前】

【バーサーカー(呉キリカ)@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]健康
[装備]『福音告げし奇跡の黒曜(ソウルジェム)』(待機形態)
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:織莉子を守る
1:美味しいご飯を食べに行く
[備考]
※金色のキャスター(仁藤攻介)の姿とカメレオマントの存在、およびマスター(牧瀬紅莉栖)の顔を確認しました

【美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]魔力残量7割
[令呪] 残り三画
[装備]ソウルジェム(待機形態)
[道具]財布、外出鞄
[所持金]裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に優勝する
1:繁華街へ行き、昼食を食べる店を探す
2:令呪は要らないが、状況を利用することはできるかもしれない。町を探索し、ヘンゼルとグレーテルを探す
3:御目方教を警戒。準備を整えたら、探りを入れてみる
[備考]
※金色のキャスター(仁藤攻介)の姿とカメレオマントの存在、およびマスター(牧瀬紅莉栖)の顔を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています

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最終更新:2016年01月03日 18:33