秋空は夏場よりも日没が早い。それは電脳空間においても同じこと。あるいは精密さを要求されるからこそ厳密にデータを再現しているのか。

 気温の低下、明度の低下、一番星が出始めた黄昏。
 没しようとしている夕空を眺める機械の少女。全身が金属塊の、生体部分が僅かしか残っていない少女。ギリシャ神話の大英雄ヘクトールと契約した彼女。
 名は無い。正式名称をつけられる前に製造者は死んでしまった。

 ────接続用数秘機関、起動。
 ────情報検索状態へ移行。

 少女は鋼鉄の腕、その球体関節を動かして手首断面の機関接続器を露出させる。
 幽霊屋敷の居間にある導力菅(コンセント)に差し込むことで彼女は充電できるのだが、こういう使い道もある。

 ────接合。
 ────感知針および探査針を露出。
 ────情報空間(ネットワーク)に接続。

 この世界の、この時代のパソコンであれば、まだ技術的に普及されていない電源からのネットワーク接続を可能とする。
 異世界から召喚された彼女が、なぜ可能であるか。もしかすると主催の計らいかもしれないし、あるいはこの世界でもこの形式が合理的と定められているのかもしれない。
 真偽は分からない。ただ、できるとしか。


 検索実行。
 検索終了。
 検索結果。


 星座の位置と日没の時間から現在地を照合────極東の島国、日本の呉という街だと断定した。
 やはり事前情報は誤りなく正確だ。しかし、あらゆる情報を探ったところで与えられたもう一つの知識────聖杯戦争なる情報は存在しない。

 与えられた知識によれば聖杯戦争なるものの情報は存在するはず。
 魔術的儀式は神秘の秘匿が必要事項とされているが、英霊同士の衝突によって立て続けに行われた破壊活動については何か情報があるはずだ。

 ならばと更に深域へと落ちていく。
 意識が深い所へと落ちていく。

 ──────情報空間。
 正確には空間ではない。情報を蓄積し、計算する機関。その内部に意識を接続した状態での〝情報書庫(ハードディスクデータ)〟を指す。

 歯車の噛み合う音。
 時計が時を刻む音。
 自分が製造されたインガノックと違い、そこはノイズめいた機械音が存在した。



──────────────────────


          《情報マトリクス1》


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 以前、まだランサーと契約した直後の頃に、情報空間へ侵入を試みたことがあった。
 自分は屋敷の情報書庫を保全する自動人形だ。この世界にやって来た日、それは外部接続によって一斉に、一瞬で書き換えられてしまった。

 書き換えた相手は──ログにわざわざ名前を残していた下手人の名前は──ルーラー。
 書き換えた内容はインガノックの都市情報を呉市の都市情報に換えた。
 その呉市の情報もほとんどが虫食いの情報ばかり。特にここ数年の事件・事故の情報がまるで無い。

 まるで、そこで起きた事件を隠すように。


(以前から変化は…………これは)


 少女が虫食いだらけの情報空間の中を検索していると〝穴〟があった。即ち外部からの侵入である。
 何者かが幽霊屋敷(クライン邸)の機関に違法な接続を行い、情報空間に穴を空けているのだ。
 当然、あるのは穴だけではない。ルアハはそこに高密度情報体がいるのを知覚する。

 ──────高密度情報体。
 何かが情報空間にいれば高密度情報体として認識される。

 穴の向こうに潜む高密度情報体の視線がこちらに注がれている。
 覗いている。眺めている。見ている。自動人形(わたし)を。

『そこのあなた。ここはクライン氏が管理する情報書庫です。即刻立ち去ることを要求します』

 無音。立ち去る気配は一切無い。
 ダッシュボード出現させ、相手を検索する。

 検索実行。
 検索終了。
 検索結果。


【閲覧情報名:駆逐■・睦■】
【種別:不明(アンノウン)】


『名前も分からぬあなた。立ち退きを要求します』
『──────』

 閲覧者の気配が消えた。
 そしてほぼ同時に、虫食いだらけの情報空間の一部が修復される。
 謎の存在との因果関係は不明。しかし、何となくだがアレが直していったと判断した自動人形は奥へ進んだ。



──────────────────────


          《情報マトリクス2》


──────────────────────


 どうやら聖杯戦争に関する知識がここに集束しているらしかった。ダッシュボードで検索を開始する。

 検索実行。
 検索終了。
 検索結果。

 一部のデータにロックとファイアウォールが敷かれている。タイトルは『第一次聖杯戦争 経過報告』。

 アクセスは不可。無理にファイアウォールを破ろうとすれば脳が焼かれる仕組みになっている。
 だか、元より破る気は無い。今欲しいのは聖杯戦争の基礎的な情報だ。
 かき集めたデータを参照し、運営から与えられた知識と整合を取る。

 令呪について────委細、不整合なし。
 英霊について────委細、不整合なし。
 聖杯について────委細、不整合なし。

 情報の検証終了。
 与えられた知識と聖杯戦争の情報に齟齬は見られない。

 自動人形は情報空間の接続を切った。



        *        *        *



 充電完了。
 待機状態へ移行。

 情報空間への潜行を終えてから一時間後、アタランテが屋敷へ帰還した。
 既に夜と行っていいほど暗く、屋敷の明かりをつける。
 この屋敷の明るさはごく僅かだ。時折、外から明かりを見た人が人魂と勘違いをして幽霊屋敷の噂に拍車をかける。
 ここが真に幽霊屋敷ならば、ここにいるのは亡霊か。あながち間違いではない。実際、四人のうち二名は霊である。
 四人は居間に集結し、これからの事を話し合う場が出来た。
 かつてはクライン氏のミイラがあった居間であるが、死体は丁寧に埋葬され、居間としての機能を取り戻している。

 ヘクトールは安楽椅子に座り、どこからかくすねて来た夕刊を眺めていた。
 桜は虚空とアタランテを交互に見ている。
 アタランテは居間でバーベキューを開始し、それを自動人形が注意する。

「アーチャー様、キッチンはあちらになります」
「火が使えないならどこで焼いても同じじゃないか」

 帰り際に仕留めてきた猪をさばいて焼いていた。呉市は平成になって以降、イノシシ被害が増加している傾向にあるという情報があったのを少女は記憶している。
 害獣駆除は結構なことだが、それとこれとは話が別だ。

「いいえ。ここは書庫です。バーベキューには適さない場所だと断定します。
 火と煙は本を著しく傷める危険性があります。外かキッチンで行って下さい」
「外でやれば匂いと光で敵に位置がバレるし、キッチンにコイツを置くほどのスペースはない」

 コイツとは巨大な猪のことだ。

「ならば室内でバーベキューをしなければ良いと判断します」
「だが、桜の食事が……」
「そういやぁ、桜ちゃんのことだけどよ」

 と、そこでヘクトールが読み終えた夕刊をたたみながら口を挟んできた。



        *        *        *



「そういやぁ、桜ちゃんのことだけどよ」

 ヘクトールは少々思う。〝マスター&アタランテ(こいつら)〟は淑女としての要素が欠片も無い。
 それもそのはず、片方は幼い頃に捨てられ熊に育てられた結果、(一応既婚歴はあるが)相撲や狩りを趣味とする野生児。
 もう片方は全身機関改造され、文字通りのアイアンメイデンと化した我がマスター。

「何だランサー」

 流石に大人として、常識人として言ってやらねばなるまい。

「風呂に入れてやりなよ」



        *        *        *



 ちゃぷちゃぷ。湯船の水が弾ける音がする。
 ごしごし。わしゃわしゃ。体を磨く音がする。
 五年間使用されていなかったバスタブは綺麗に磨かれて湯を張り、湯気が虚空を満たし、石鹸などの洗剤の臭いが鼻腔をくすぐる。

「まさかお前に身だしなみについて諭されることがあるとは思わなかったぞ、ランサー」

 浴室からエコーが掛かったアタランテの声がする。
 流石に何日も廃屋で過ごしてきた年頃の少女を風呂に入れないのはどうなんだと言ったことに感銘を受けているようだ。


「あんた一応ギリシャ神話の英雄だろ?
 世界最古の風呂文化があるクノッソス宮殿のとこだろうに」

 かくいうヘクトールもギリシャ神話の人間なのだが、真名を伏せている以上は迂闊に話せない。
 もしかしたらもうバレているかもしれないが、そうならば相手は必ず探りを入れてくるはずだ。

「生憎、私のいたアルカディアは地中海の向こうだ。アルゴー船のような船舶を持たない限り、向こうのことなど分からんよ」

 ふーんと適当に相槌を打つと中から「くすぐったいです」という桜ちゃんの声や「どこを触っている」というアタランテの声、マスターが「お任せ下さい、人体洗浄の情報もあります」と二人を事細かに洗う音が聞こえてくる。

(こうして聞いていると、ただの仲の良い三姉妹だねぇ)

 流石にモラルの関係上、ヘクトールは実体化して外にいた。誰に何しろと言われたのではないが、情操教育の観点から流石に平然と混ざるわけにもいくまい。
 生まれて即日に山へ捨てられたアタランテ。マスターの肉親は木乃伊と化していたあの死体だろうし、桜ちゃんはあの目を見ていればまともな環境にいなかったことが容易に想像がつく。

 つまり風呂場の三人にはまともな家庭で育たなかったという共通点がある。
 ならば、今だけが唯一まともな日常生活といえるだろう。聖杯戦争がより激化すればこんな事は二度とできまい。
 こういう事にしんみりするのはオジサンもジジくさくなったかねぇとヘクトールは自嘲した。


        *        *        *



 風呂から上がった三人を待っていたのはヘクトールとルーラーからの遣いという白黒の球体だった。
 羽の生えた球体、電脳妖精という奴が言う内容は討伐令の追加とその詳細。それだけ言うと消えてしまった。

「討伐令ね。どうするマスター?」
「私は私の判断機能を有しておりません。私は自動人形なのでランサー様の判断に従います」
「じゃあ何が一番良いと考える?」
「討伐対象が件の殺人鬼より優先度が高く、報酬も高く設定されている『ヘドラ』を討つべきでしょう。ただ……」
「ただ?」
「アタランテ様は討伐令の参加に反対なのですね」
「ああ、できることならば参加しない方がいい」

 その方が後ろから射やすいからと目が告げていた。
 事実、どこにいるかもわからぬジャックよりは海にいると断定されている空母ヲ級の方が待ち伏せしやすい。
 だが、自動人形が発した次の情報からはそうもいってられなくなる。

「しかし、『ヘドラ』討伐が長引けば桜様の健康状態が著しく損なわれる危険があります」
「どういうことだ?」
「午後から夕刻にかけて大気中に人体に有害な物質が紛れてきているのを検知しました。
 おそらく、『ヘドラ』によって散布されたモノが風に乗ってこのK市に流れてきたと思われます。
 現在はまだ問題ありませんが、時間が経つに連れて濃度が上昇しています。すぐに桜様を陸の方へ移すことを推奨します」

 何だと、とアタランテが訝るのも無理はない。アタランテには一切危険を感知できていないのになにゆえ自動人形と称する彼女が検知できているか。
 そこはヘクトールも同様だったが、その理由を何となく察していた。

「あー、なるほど。オジサンとアーチャーはサーヴァントだから無事だけど嬢ちゃん達にはマズイってことだな」
「はい。機械である私は錆に対処すれば何とかなりますが、幼い桜様は皮膚や肺に深刻な障害を負う危険性があります」
「……なるほど。〝これ〟はそういうものなのか。疑って悪かった」

 アタランテ自身も大気中の微細な臭いの変化に気付いていたもののそれが有害だとは気付いていなかった。
 英霊、それも対魔力を有する身だとこれらの影響を受けない。
 以前、酸性霧の迷宮を作り出す宝具の使い手と戦ったため、そういった宝具の存在は知っている。
 だが、魔力も無く漂っているだけの科学物質ではアタランテに危機感を感じさせることすらできない。

「確かに嬢ちゃん達の健康は重大だわな」

 当然だと串に刺して焼いた肉を食いながらアタランテは言う。
 そのマスターである少女は薄い寝間着を着ていた。マスター曰く、『ルアハ・クライン様の物ですが、彼女は既に死亡しているためご自由にお使いください』とのこと。

 この屋敷の大きさから察するにそれなりに富裕層であったはずなのだが、5年近く使われていないタンスからは洒落た服が見当たらなかった。
 これもマスター曰く、『生来より健康に難があり、寝間着の方が多かった方』らしい。まぁ、嬢ちゃんもあのまま全裸よりはマシだろうとヘクトールが着せたのだ。
 ましてや秋の夜に山をうろつくのだから防寒はできるだけした方がいい。

「とにかく移動しよう。ここに帰ってくる途中の山に山小屋があったから、そこはどうだろうか」
「とりあえずはいいんじゃないか。山小屋ってんなら何かあんだろ?」

 かくして四人は場所を移すことになった。桜の健康を差し引いても朝に怪しげな神父が徘徊していたため早めに移すべきだとヘクトールは判断する。

「すまない桜。また少しの間、山小屋で過ごしてもらう必要がある」
「ううん。いいよ、アーチャーさん。皆一緒なら」

 かくして一行は出発する。
 しかし────海から伸びる魔の手から、まだ四人は逃がれられてなどいない。



【A-6/山小屋/一日目・午後】
【ルアハ@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態] 健康、充電完了
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:自動人形として行動
※情報空間で何かに会いました

【ランサー(ヘクトール)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず、程々に頑張るとするかねえ
1:ヘドラ、流石に討伐しないとマズイかねえ
2:拠点防衛
3:『聖餐杯』に強い警戒
4:アーチャー(アタランテ)との同盟は、今の所は破棄する予定はない。ただしあちらが暴走するならば……
[備考]
※アタランテの真名を看破しました。


間桐桜@Fate/Zero】
[状態] 魔力消費(中)、風呂上がり、寝間着の上に大人用コート
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 毛布
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:アーチャーさんの言いつけを守ってじっとする
1:…アーチャーさんにぶじでいてほしい
2:どうして、お人形さんは嘘をつくの?
[備考]
精神的な問題により令呪を使用できません。
何らかの強いきっかけがあれば使用できるようになるかもしれません

【アーチャー(アタランテ)@Fate/Apocrypha】
[状態] 魔力消費(小)、精神的疲労(大)、聖杯に対する憎悪
[装備] 『天窮の弓(タウロポロス)』
[道具] 猪の肉
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:もう迷わない。どれほど汚れようとも必ず桜を勝たせる
1:ヘドラ討伐。
2:ジャックの討伐クエストには参加しない。むしろ違反者を狙って動く主従の背中を撃つ
3:正体不明の死霊使い、及びそれらを生み出した者を警戒する
4:ランサー(ヘクトール)との同盟関係を現状は維持。但し桜を脅かすようであれば、即刻抹殺する
[備考]
※アサシン(死神)とアーチャー(霧亥)の戦闘を目撃しました
衛宮切嗣の匂いを記憶しました
※建原智香、アサシン(死神)から霊体化して身を隠しましたが察知された可能性があります
※ランサー(ヘクトール)の真名に気付きましたがまだ確信は抱いていません

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最終更新:2016年06月12日 16:38