下校時刻になり、小学生たちは集団下校を開始する。
 秋になってだんだん冷えてきた影響か、午後になって風邪が流行りだしたらしく咳をする人が多いため電はマスクをしていた。

「蛍ちゃん、さよならなのです」
「電ちゃん、じゃあね!」

 お互いに手を振って下校グループ先へ移動する。
 自分たちのグループは孤児院の子どもたちのみで構成されているため集団下校の連絡を受けて既に来ていた孤児院の先生と一緒に他より早く下校を開始する。
 ワイワイ、ガヤガヤと騒ぎつつも朝と同じように全員で帰宅して、

「ただいまなのです」

 元気な挨拶で電と孤児院の子供たちは孤児院に到着した。
 帰ってきたらまずやるべきことがある。

「うがい、手洗いはしっかりするのです」

 はーいと小さい子たちが洗面所へ殺到した。
 時間は一五○○。日が落ちる前である。元気な子供たちとしては外で遊びたいのだろうが、危険人物がうろついているとあって外出許可など出るはずもなく、院内で一日過ごすように先生方から言われたのだ。
 やることがなく暇である。そういった子供たちが院内で鬼ごっこやかくれんぼを開始する。
 読書をしようとしていた電であったが、ドタドタと走り回る少年少女がいる手前、本の世界に没頭など出来ようはずもないので

「仕方ないので算数のドリルでもやるのです」

 孤児院の先生が買ってくれた算数ドリルへ取り組んだ。


【B-6/孤児院/一日目・午後】
【ランサー(アレクサンドル・ラスコーリニコフ)@Zero Infinity-Devil of Maxwell-】
[状態] 健康、霊体化
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 0
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの采配に従う。
1:周辺区域を索敵した後、マスターの元へ合流する。
2:マスターの決断を委ねるが、もしもの場合は―――
[備考]


【電@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 孤児なのでほぼ0
[思考・状況]
基本行動方針:決めかねている。
1:聖杯を欲しいという気持ちに嘘はない、しかし誰かを傷つけたくもない。ならば自分の取るべき行動は……
2:ランサーの言うように、自分だけの決断を下したい。
3:過去を振り返ってみる……?
[備考]


      *      *      *



 夢を見る。
 寒い北国。粉雪が舞い、針葉樹が林立する広大な景色の場所に自分いた。

(寒いのです)

 はぁ、はぁと吐く息は白い。
 大平洋戦争を生き抜いた姉はこの国に渡ったらしいが、やはり同じように寒い思いをしたのだろうか。
 低温と寒風が埋め尽くす雪景色の中、破壊されて廃墟と化した建物を発見する。
 これは教会なのかなと電は思う。破壊された瓦礫の中に欠けた十字架があったからだ。
 暖がとれるかと瓦礫を踏み越えて、中に入ろうとした時、大気を震わす男の声がした。

「駄目だ。宗教では駄目だ」

 私はこの人を知っていた。
 ランサー。私のサーヴァント。アレクサンドル・ラスコーリニコフ。
 彼は憤って……いや、嘆いていたのだろう。
 たとえ涙はなくても、たとえ悲壮な貌が見えなくても、彼は嘆いているように見えた。

 舞台が変わる。
 いつの間にか教会の瓦礫は消失し、電は寒村にいた。

(ここは……ランサーさんの過去なのですか?)

 ならば今は駆逐艦電(じぶん)が造られる前後の時代ということになるのだろうか。
 その時、パラララと自動小銃(カラシンコフ)の銃声が空に鳴り響いた。
 銃声の元へと走っていくと教会の前でランサーと、兵隊、そして血を流した少女がいた。

 そこで電は思い出す。この時代、この国で起きた悲劇を。
 ユーラシア大陸最大の共産主義国家の行う宗教弾圧。それが第一次世界大戦を越えた次の世代、次の人々を屍へ変えていったのだ。
 宗教弾圧によって教会が爆破され、軍服を着たならず者達に聖職者達が殺害され、あるいは収容所へ送られる。

「これでは駄目だ」

 陸で発生した一つの虐殺。そこで彼は神に失望した。罰当たり共に天罰を下さない神の無力さを見た。
 狂信者とも謳われた彼が信仰に、神という存在に見切りをつけた瞬間である。
 電はキリスト教の神を知らない。大日本帝国の神とは当時の天皇陛下である。
 しかし、それでもアレクサンドルの気持ちはわかる。なぜなら神に願う内容は同じく〝偉大な力で我々を救ってほしい〟だからだ。
 だから男は信仰した。人類全員、この世全ての幸を願った。

 男にとって神は偶像ではなく手段。
 大勢の人間を殺害するのに一発の原子力爆弾を使用するのと同じように、大勢の人間を幸せにするのに一柱の神格を信仰したのだ。
 男は真実、信徒ではなく求道者だった。

「宗教(これ)では誰も救えない」

 そして彼は神と袂を分かつ。全ての涙を止めるために。



      *      *      *



 私は夢を見る。
 私は彼女の夢を見る。

 アレクサンドルは目蓋を開けると軍艦の上にいた。甲板上、という意味ではなく船の上の空中に浮いていたのである。
 潮の香りが鼻腔をくすぐり、タービンの回る音と波の音がブレンドされて耳に入る。
 すぐにこの光景が何を示しているか理解した。

「これは、そうか。マスターの過去か」

 しかし、どこを見ても屈強な海の男達ばかりで自分の知っている少女は見当たらない。
 そして、ああそうかと納得いった。マスター、電がどこにいるのか分かったのだ。

 俯瞰的に見て〝ソレ〟は鋼鉄の塊だった。魚雷が、砲台が、機関銃が乗せられた鋼鉄の暴力装置。
 第一次世界大戦以降、二度の軍縮会議にて軍艦の性能を制限されてしまった大日本帝国が作り出した特型駆逐艦の一つ。
 それが彼女──艦艇補充計画一等駆逐艦第五十八号。後に電(いなづま)と名付けられた最後の特型駆逐艦であった。

 記録によると電が製造された意義に反して、電とその乗員達は沈んでいく艦の乗員救助を行ったことが有名だ。時にそれは敵国の乗員すらも救っていた。
 しかし、どれほどの人命救助を行おうとも電が敵国にとって物資の輸送や時に海戦に加わる兵器に変わりはない。少なくともその時の米国潜水艦『ボーンフィッシュ』の乗員はそう思っていた。

 1944年5月14日────それが今、アレクサンドルが共有している時間軸である。
 まず爆轟の衝撃波が電を襲った。そして黒煙を吐き出す。潜水艦から放たれた魚雷が二本、船体の中部と後部に命中したのだ。

 肉片の代わりに鋼材が飛び散り、血液の代わりに重油を吐き出されながら、電はひび割れて右舷へ傾いてゆく。
 今まで多くの軍艦が辿った末路と同じくして沈みゆく駆逐艦の姿がここにあった。

 だが、アレクサンドルはその最期に消え入るような細い声を聞いた。肉声ではなく霊的な。念話のように魂へ直接語りかける声。
 終わりゆく駆逐艦が、人を救い上げた駆逐艦が、無惨に沈められる最中に遺す最後の声。

(お願い……)

 誰にも聞こえぬ、されど想いが詰まった声が囁くのは断末魔でも恨み言でもなく。

(船員さん達を…………助けて……)

 戦友達を頼むという声だった。
 残った彼らに救いを求める声。
 救ったのに救われず、救いたいのに救えなかった物の最後の願いだった。

「お前は最期まで救いを与えたいのだな」

 その声が聞き届けられたのか、或いはただの偶然か。
 すぐ傍にいた姉妹艦が電の船員達を回収していった。


 1944年5月14日、駆逐艦『電』戦没
 同年、6月10日、大日本帝国海軍より除籍。同日をもって第六駆逐隊に解散命令が下った。



      *      *      *



「ふわぁ」

 電は目を覚まし、欠伸をする。
 どうやら机に突っ伏したまま眠ってしまっていたらしい。

 目を擦りながら孤児院の中を移動する。

「起きたかマスター」

 ランサーが寝起きのマスターへ囁く。
 ランサーの過去を夢で見たばかりの電はなんと言っていいかわからず

「はい……学習机で……その……算数のドリルをしているうちに寝てしまったようなのです」

 と適当に返事を返した。
 人の過去を盗み見たようでランサーに対し後ろめたさを感じる。彼の思想は崇高で、でもその人生は悲しくてやるせない。

「夕食を作っているらしいぞ」
「え!? 今何時なのですか?」
「17時(ヒトナナマルマル)だ」
「は、はわわわ! ご飯を逃しちゃうのです」

 電は急いで食堂へ向かった。
 確か今日のメニューはひびきカレーだ。



      *      *      *



 食後の後片付けをした後、自室へと戻ったら先客が二人いた。

「こんばんわですぽん。電脳妖精のファルですぽん」

 ファルと名乗った妖精(?)は人の形状からだいぶ離れていた。
 楕円球体に羽を生やした体を縦に二分割するように黒と白で体色が分かれ、黒い方は赤い眼、白い方は黒い眼を持つ。
 羽からは鱗粉が飛び、ホログラムの投影のように実密度を感じない。

「これよりルーラーから討伐対象の追加をお知らせしますぽん」
「え?」

 討伐対象の追加?
 ヘンゼルとグレーテルの他にまだ倒すべき相手が追加されるのだろうか。

「新しく討伐対象としてサーヴァント『ヘドラ』及びそのマスター『空母ヲ級』が設定されましたぽん」
「え! 空母ヲ級!?」

 まさかこっちでその名前を聞くことになるとは思わなかった。
 空母ヲ級。深海棲艦の一つであり、艦娘とは敵対する関係にある存在だ。

 でも、よくよく考えれば自分がこっちでマスターをやっているのだ。深海棲艦がマスターをやっていてもおかしくはない。

「続けていいぽん?」
「あ、ごめんなさい。続きをどうぞなのです」
「……ヘドラ達は東側の海上にいますぽん。彼らを倒すのに手伝えば一画、倒せばさらに一画の令呪を与えますぽん」

 破格の報酬だった。が、電の表情は浮かない。
 知り合いどころか敵対する関係にあった相手といえどこうして殺し合いを強要されることを電は喜べない。

「罪状はなんだ?」

 アレクサンドルが厳しい声で問う。
 そうだ、罪状。ジャックザリッパーの時と違ってヲ級にはそういった経緯が説明されていない。

「空母ヲ級とヘドラは島の一部を溶解させ、広範囲にわたって世界を脅かしているぽん
 それは『神秘の秘匿』は元より、大勢に被害を出すのほ聖杯戦争の調停(かんり)を行うルーラーの粛清対象となりますぽん」
「ルーラーの令呪で自害させるのが最も効率的な手段だろう。前といい今回といい、なぜそうしない」

 電脳妖精は一瞬だけ間を空けて答える。

「ファルは使い魔なのでルーラーの考えはよく分かりませんぽん」

 そうかと納得する。
 電もアレクサンドルも元は軍属だ。上下関係は絶対であり、部下へ重要な情報を渡さず命令を実行させることなど珍しくない。
 裏を返せばこの討伐令には政治的なファクターが絡んでいることを意味していた。

「以上でルーラーからのお知らせを終わりますぽん」

 そういうと電脳妖精は虚空へと消えてしまった。

「どうする気だ」
「どうするか、ですか?」
「そうだ」

 コートの裾を掴み、ランサーはマスターに方針を聞く。

「先ほどのファルとやらが言っていた通り空母ヲ級は人民に深刻な被害を出している。
 お前が真に人を救いたいというのであれば空母ヲ級を排除するしかないだろう」
「はい。そうなのですが……なのですが電は……」
「なんだ? マスターは何か他に最適解を持っているのか」
「…………いえ」

 空母ヲ級を討つべきであると頭では分かっているのだ。だが、電の中にはモヤモヤした感情が渦巻き、何か納得ができない。
 倒すべき、そうなのかも知れない。過去のアレクサンドルが、そして駆逐艦電がそうであったように守るためには倒さねばならない。
 本当に救える敵など一握りしかいないのだから。



【B-6/孤児院/一日目・午後~夕方】
【ランサー(アレクサンドル・ラスコーリニコフ)@Zero Infinity-Devil of Maxwell-】
[状態] 健康、霊体化
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] マスターに依拠、つまりほぼ0
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの采配に従う。
1:マスターの決断を委ねるが、もしもの場合は―――
2:空母ヲ級を倒すべきだろう
[備考]


【電@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 孤児なのでほぼ0
[思考・状況]
基本行動方針:ヲ級討伐参加に決めかねている。
1:聖杯を欲しいという気持ちに嘘はない、しかし誰かを傷つけたくもない。ならば自分の取るべき行動は……
2:ランサーの言うように、自分だけの決断を下したい。
3:過去を振り返ってみるつもりが、ランサーさんの過去を覗いちゃったのです。
[備考]

艦装は孤児院裏手の繁みの中に密かに隠しています。

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最終更新:2016年07月01日 13:28