交渉を終えた吹雪に待っていたのは、思い出すだけで溜息の溢れるような慌ただしい追及だった。
流石に警察は彼女達をテロの首謀者と疑いはしなかったが、問題はその後。
何をしていたのか、怪我はないかと教師や学友から散々に心配されたのだ。
ほぼ問答無用で保健室に運ばれ、外傷がないかを検査された。
ようやく無事だと皆に分かって貰えた矢先に吹雪を待っていたのは、テロについて何か目撃していないか、という警察からの質問攻めの嵐。
もともと吹雪は、要領のいい方ではない。
ついつい正直に答えかけては霊体化しているライダーが念話で口を挟み、しかし零してしまった部分を見逃さず突っ込まれる。
頭がパンクしかけた時、彼女を助けたのは――またしても同盟相手、学校生活では先輩にあたる男であった。
「うぅ、重ね重ねありがとうございました……」
「気にするなよ。しかし、何だ。吹雪は、随分正直な性格をしてるんだな」
棗恭介。自分よりずっと背の高い彼の隣を歩きながら、吹雪はトホホと肩を落とす。
恭介の言う通り、吹雪は愚直と言ってもいいほどまっすぐな性格の持ち主だ。
その性格は彼女が居た鎮守府では概ねよく作用していたが、知略の飛び交う聖杯戦争ではそうもいかない。
一方助け舟を出した恭介は、口先で物事を誤魔化したりはぐらかしたり、或いはさらっと嘘を織り交ぜるのが非常に巧い人物だった。
しかし恭介は詐欺師ではない。
軍師や司令官などといった大層なものでも、決してない。
彼はただ、リーダーを務め続けてきただけだ。
リトルバスターズという小さなヒーロー達のリーダーを、この歳になるまでずっとやってきた。
生まれながらに素質はあったのだろうが、それを成長させたのは間違いなく日々の遊びだ。
一口に遊びといっても、色々なものがある。
鬼ごっこや隠れんぼのように体を使うもの。
トランプやボードゲームのように頭を使うもの。
テーブルゲームに体を使うことはまずないが、体を使う遊びに一切頭を使うことがないかというと、その答えは否だ。
仲間のクセを記憶したり、状況をいち早く把握したり、……時には情報戦を演じたり。
いわば日常の中で育てられた智将。彼は実に、『聖杯戦争向き』の人材なのだ。
「よく言われます……でもそういう意味でも、棗さんと同盟を組めてよかったです。
騙し合いとか、情報戦とか……見ての通り、あまり得意じゃないんですよね」
「おいおい、俺ってそんなに悪人に見えるか? 流石に傷ついたぞ」
「あっ、いや、そういうことじゃなくてですね……!!」
面白いくらいに反応する吹雪と傷ついたふりをする恭介の姿は、端から見れば仲の良い先輩後輩の関係にしか見えないだろう。
恭介の人となりを知る者にすれば、また誰か振り回されてる、くらいの認識だろうが。
この吹雪という少女は、成程確かに、からかい甲斐のある性格をしているようだ。
なかなか面白みのある奴だ、と恭介は「リトルバスターズのリーダー」としてそう思う。
そして「アーチャーのマスター」としての彼は、吹雪の発言に同意を示していた。
同盟を組めてよかったと思っているのは、何も彼女だけじゃない。
恭介にとっても、この『青臭い』マスターはおあつらえ向きの同盟相手だった。
無論それは、彼女が言った「自分の欠点を補ってくれるから」という意味ではない。
正直者は馬鹿を見る。それが世の中の通説で、恭介と吹雪の関係性を最も的確に現す言葉だ。
恭介は彼女の正直に付け込もうとしている。体のいい駒として利用しようと目論んでいる。
そもそも現時点で既に、恭介は彼女に大きな嘘を吐いている。
聖杯戦争には乗り気ではないと、そんな都合のいい嘘を信じ込ませている。
とはいえ、吹雪はこんな性格なのだ。
孤軍で戦っていたなら、きっと長生きは出来なかったろう。
そう考えれば、やはりこの同盟関係はウィン・ウィンだ。
……そんなことを言っては、いよいよもって理樹や鈴に合わせる顔がないというものだが。
「しかし、随分遅くなっちまったな。学校に残ってる生徒、もうほぼ居ないんじゃないか」
この世界は、鈍感である。
聖杯戦争を円滑に進行させるためなのだろうが、NPCの行動には危機感が欠けている。
殺人鬼が彷徨いて全国ニュースになり、既に犠牲者が二桁を超えているというのに平気で夜道を歩く辺りからもそれは明らかだ。
だが、流石にテロが起きたことを無視して授業を続行するほど肝が据わってはいないらしい。
勃発の時間に教室を離れていた恭介達は色々と質問をされて帰りが遅れているが、他の生徒は殆どがもう学校を出ている。
緊急措置の臨時下校だ。賢明なことだと、恭介もそう思う。
同時にこれはありがたくもある。学業という無駄な事項に時間を割かず、マスターとしての本分に心置きなく専念できるのだから。
「でも……学校を出てから、どうするべきなんでしょうか」
「そうだな……ん、そういえば聞いてなかったな。お前、討伐令のことはどうするつもりなんだ?」
「へ?」
気の抜けたような返事に、恭介は思わず呆れ顔で肩を竦める。
「おいおい、まさかまだ通知を見てなかったのか? とんだお間抜けマスターだな」
吹雪は返す言葉もない。
彼女にとって討伐令というのは、全くもって寝耳に水の話だった。
吹雪にだけは通知されていなかった、なんて笑い話のようなオチはあり得ない。
こればかりは言い訳のしようもなく、彼女の方の落ち度である。
「節操なく暴れてる、例の殺人鬼の話は知ってるな? お前も薄々勘付いてたろうが、やはり下手人は聖杯戦争に一枚噛んでたらしい。
参加者の振り落としの段階ではルーラーも見逃してたようだが、流石に堪忍袋の緒が切れたんだろうな。夜の内に討伐令が出た。
そんでもって報酬は令呪。まあ、ありきたりなご褒美だな。
その通知じゃマスターの名前は公開されてたんだが、一つ妙なことがある」
「妙なこと、ですか?」
「ああ。マスターの名前は、『
ヘンゼルとグレーテル』というらしい」
すぐに、吹雪は彼の言わんとすることを理解する。
ヘンゼルとグレーテル。その名前は、下手なサーヴァントとよりも遥かに有名なものだ。
しかしそれは、誰か個人を指す名前ではない。ヘンゼル『と』グレーテル、二人が揃っていなければ、意味が通らない。
それが偽名なのか本名なのかは置いておくとしても、だ。
「……二人一組の、マスター?」
「そうかもな。だとすると、こいつはちと厄介なんだよ。
単純な強さでも、スキルや宝具でもいい。何かしら面倒な要素を持っていて、件のアサシンを直接戦闘で倒すのが難しいとする。となると、定石はマスター狙いなんだろうが……敵が二人じゃ手間も二倍だ。二人で別々の場所に隠れられたら、見つけ出すのはかなり骨が折れる」
討伐令が出たからと言って、すぐにどうこうされはしないだろうな。
彼らは未だ知らないが、恭介の推測は当たっていた。
殺戮を繰り返すアサシンは強さこそ並だが、逃げに徹したなら彼女の右に出る者は存在しない。
一度交戦しても、その際に得た情報は交戦の終了と同時に全て抹消される。
魂喰いを繰り返しているという目立つ特徴がなければ、どうしようもないほどの優秀な暗殺者だ。
「で、お前はどうするつもりだ?」
「止めたいです」
返ってきたのは、即答だった。
吹雪は、真っ直ぐな少女だ。
曲がったことが大嫌いなんて柄でこそないが、正義感や使命感は人一倍強い。
そんな彼女に、蛮行を繰り返して街の平穏を脅かしている連中を放置しておくなんてことは、とてもじゃないが出来なかった。
困難なのは承知の上だ。それでも、止めたいと思う。
報酬目的などではなく、胸の内から湧き上がる義憤の念こそが、彼女を突き動かしていた。
「お前な、もう少しよく考えて…………いや、いい。俺もそのつもりだ。討伐令に参加して、アサシンを討とうと思う」
吹雪の向こう見ずな答えには面食らったが、恭介もまた、討伐令には乗り気であった。無論、感情論でそう選択した訳ではない。
令呪は何も、サーヴァントの謀反を防止するだけが役割ではない。
サーヴァントの性能を一時的にブーストしたり、空間転移のような離れ業を行わせたり、その応用性は多岐に渡る。
これが、聖杯戦争において令呪という概念が重視される最大の理由だ。
とはいえ恭介も、最初は討伐令に乗ろうとは考えていなかった。彼の考えが変わるに至った理由は、同盟相手を獲得できたのが大きい。
吹雪のライダーは、強力なサーヴァントだ。歴戦の英傑とも真正面から張り合えるだけのスペックと度量を有している。
彼女が前線で戦い、自分のアーチャーが狙撃に徹する。
この体制が確立出来れば、アサシンがどんな手合いであろうとも、討てる可能性は高いと踏んだのだ。
「討伐令に参加すれば、他の主従と遭遇する機会も増えるだろうしな。悪い話じゃない」
「……確かに、そうですね! 他のマスターさんの中にも、きっとこの戦争を終わらせたいと思ってる人が居るはずです!」
「……そうだな。じゃあ放課後は少し遠出して、大食いのアサシンを探すことにしよう」
曇りのない吹雪の瞳を見ていると、自分が悪人なのだということを嫌でも思い知らされる。
恭介は、自分のしていること、しようとしていることに対して罪悪感は抱かない。
これは自分のすべきことであり、その為ならどんな非道にだって手を染められる。その覚悟は、ずっと前に完了している。
それでもやはり、感じ入るものがないと言えば嘘になる。
彼女を見ると、痛感するのだ。自分はもう、戻れない。リトルバスターズの陽だまりには、一番不似合いな男になってしまった。
救うべき者を救う願いに偽りはない。たとえ自分が彼らの輪から外れようと、繋いだ手が離れようと、それでもいいと心から思っている。
要するに彼女との出会いは、自分へのある種の罰なのかもしれない。恭介は、そう感じた。
この眩しく青い光をいずれは蹴り捨てて、自分は今度こそ、絶対に這い上がれない暗闇に堕ちるのだ。
「棗さん? どうしたんですか、難しい顔して……」
「……いいや、何でもないさ。そんなことより早く行こうぜ、時間も無限じゃないんだからな」
にっと白い歯を見せて笑い、誤魔化す恭介。
吹雪は「そうですね!」と元気に笑ってみせた。
彼女だけが、この偽りの同盟関係に微塵の疑問も抱いていない。
時計の針は、一時を半分回った辺りを指していた。
暗殺者を名乗る敵と、暗がりの中で戦いたいとは思わない。
出来ることなら昼間の内に散策して、夜は息を潜めておきたい。それは、二人の共通の考えだった。
「――ん?」
足を止めたのは、恭介だ。
不思議そうに視線を向ける吹雪に対して、恭介は前方を示す。
示された先に視線を移した吹雪も、驚きの声を漏らした。
ふよふよと宙を浮遊しながら、二人の方へと近付いてくる小さなシルエットがある。
言うまでもなく人間ではないし、虫というほど小さくもなく、既存の動物には当て嵌められないような独特の外見を有していた。
聖杯戦争に関連する何かであるのは一目瞭然だが、それにしては敵意とか警戒だとか、そういう剣呑なものが見えない。
何かしらの交渉のつもりで、誰かが飛ばした使い魔だろうか――恭介はそう考えたが、その予想は大きく外れていた。
『はじめまして。電脳妖精のファルと申しますぽん。ルーラーからの新たな討伐クエストについてお知らせしに参った次第ですぽん』
「……電脳妖精?」
「待て。お前今、ルーラーって言ったか?」
最初の通知の際には、こんな生き物は現れなかった。
わざわざ直接知らせにやって来たということは、それだけ今度の討伐クエストは、対処に急を要するということなのだろうか。
妖精を名乗るツートンカラーのそいつは、子供の声によく似た声音で続けた。
『ファルはルーラーの宝具の一つですぽん。と言っても、ルーラーのように特別な権限を持ってるわけではないぽん』
「本当の意味で、只の通達役って訳か。……それで? 新しく討伐令を発布されたって奴は、一体何をやらかしたんだ?」
『……『環境汚染』だぽん』
「は?」
思わずそんな声が出たのも、無理のないことだろう。
しかし今度の厄介者は、まさにそうとしか言いようのない相手だった。
大量殺人が可愛く見えるほどの危険度を持った、まさしく災害じみたサーヴァント。
もし放置しておけば聖杯戦争の存続が危ぶまれる程の相手。そうでなければ、ファルもこんなに慌ただしく駆け回ったりはしない。
『サーヴァントの真名は
ヘドラ。クラスはライダー。マスターの名前は、
空母ヲ級――』
その名前を耳にした瞬間、恭介以外の全員の顔色が変わった。
吹雪も、サーヴァントである筈の
天津風やビスマルクでさえ例外ではない。
彼女達艦娘にとって、空母ヲ級という『敵』はよく知った相手だ。
海を脅かし、人類の営みを侵食する霊長の敵。艦娘は、彼女達が居なければ製造されなかった。
彼女がマスターだというのなら、討伐対象になるような真似をするのも頷ける話だった。
深海棲艦に交渉は通用しない。彼女達は狂化している。怨念という感情以外を彼女達は持たない。
『ヘドラはある島を既に溶解させていて、既にかなりの広範囲に汚染を広げているぽん。
もしもヘドラがこのまま放置され続ければ、聖杯戦争は文字通り崩壊の憂き目に遭いますぽん』
「汚染? 毒でも撒いてるのか?」
『似たようなものですぽん』
ヘドラ。
汚染。
――ヘドロ。
『ヘドラにより汚染された物質は、それ自体がヘドラの一部となり、自己複製を開始するぽん。
既に複製されたヘドラは陸への進軍を開始し始めているものもいて、夜には更に多数が進出してくるものと予想されますぽん。
ヘドラはマスターである空母ヲ級と融合しているので、ヲ級を倒せればヘドラも自動的に消滅することになりますぽん』
「……確かに、そりゃ他人事じゃないな」
ルーラーが急ぐのも頷ける話だ。
海を汚染して勢力を拡大、遠くない内に陸をも支配下に置こうとする異常生命体。
確かにこんなものを放置していれば、聖杯戦争どころではなくなるに違いない。
アサシンの討伐は他人任せにしようとしていた連中も、どうにかしてヘドラを排除しようと動き出すことだろう。
そして当然、その中で漁夫の利を狙って暗躍する者も出てくる筈。
……混沌化は、最早不可避であった。
『報酬はクエスト内での働きに応じて令呪一画、とどめを刺した主従には二画。
既に発令されている討伐令よりも、優先度は上ということですぽん』
働きに応じてとは、また便利な言葉が来たものだ。
しかし、これに対してはよく考えた方がいいだろう。
ヘドラを倒す為に前線に出て、素性を大っぴらにしてしまえば報酬は美味しいかもしれないが、無視できないリスクも発生する。
手の内を晒さないよう、上手く立ち回る必要がある。
何にせよ、まずは一度実態を確認しておきたい――というのが本音だ。
学校が早く終わったおかげで、幸い時間は大きく空いている。
アサシンを探るのに充てようと思っていた時間だが、この際丁度いい。
「吹雪、予定は変更だ。これから港へ行って、ヘドラって奴がどんなもんかを確認しよう」
「私も同じことを思ってました。……それに、マスターの空母ヲ級は……私の知ってる相手です」
「なに? ……まあ、バスなり何なり使っても道中まだまだ時間があるんだ。詳しい話は、そこで聞かせてもらおうか」
◆
恭介と吹雪がファルから討伐令の話を聞いている時、
黒鉄一輝は彼らの学舎のすぐ側に居た。
既に殆どの生徒は帰途に着いているようで、校内に残っている人間は、恐らく大人の方が多いだろうと推察できる。
聖杯戦争のために用意されたこの世界に暮らすNPC達は、ある程度鈍感にできている。
マスターが聖杯戦争に関係のない事柄で不利益を被るのを避けているのだろうが、それにもやはり限度というものはある。
例えば、明らかに違う学校の制服を来た生徒が校内を我が物顔で歩いていたなら、これは流石に見過されはしない。
まして今は、校内に警察が入っているのだ。潜入は不可能だと踏み、一輝は無理せず安牌の選択肢を取ることにした。
『しかし参りましたね、マスター』
「……まあ、想定の範囲内だよ」
聖杯戦争のセオリーというものは、一輝も理解している。
……というよりは、実戦の中で理解したと言った方が正しいだろうか。
セオリーを理解しないままに聖杯戦争へ身を投じるのは自殺行為に等しい。
例えば神秘秘匿の原則を知らなければ、最悪討伐令で槍玉に挙げられている主従達のようになる。
だから当然、白昼堂々、人の目のある場所で戦闘を行うのは言語道断の筈なのだが――
如何せん、この聖杯戦争は古来より繰り返されてきたものとはやや趣が違う。
魔術師でない者が、魔術回路すら持たないような者が、ごく平然とサーヴァントを召喚して戦いに参戦している。
その辺りのセオリーが疎かにされるのも、当然というべきかもしれない。
『どうします? この様子だと、中に入るってのは少~し厳しそうですが』
「そうだね。でも、もう少し待ってみる価値はあると思う。それに――」
不意に、通行人が携帯電話越しの相手に愚痴を溢している姿が目に入った。
スーツをビシっと着こなした、いかにもそれなりの立場がありそうな初老の男だ。
電話先の相手は、家族か同僚か。遠慮なく愚痴を吐ける程度には親しい相手のようだった。
「だから、海が滅茶苦茶になってるせいで船が出ねえんだよ!
何でそんなことになってるって、そんなもんこっちが聞きてえよ! あ~~もう、こちとら急ぎの仕事が山程残ってるってのに……!!」
海が滅茶苦茶になっている。
それは決して、誇張ではなかった。
此処、K市の近海は今や、生き物の住める環境ではなくなりつつある。
ゆっくりとではなく、急速に。
「討伐令のこともある。特にファルが伝えに来た方は、急いで結論を出さなきゃいけない」
一輝達が最初の通知を見たのは、此処に向けて移動している道中だった。
もっと正しく言えば、ファルと名乗るルーラーの遣いがやって来て、第二の討伐令についてを伝えて帰った後である。
第一の討伐令は、現在進行形で巷を騒がせている連続殺人鬼の主従。
魂食いは、英霊を効率的に運用する手段の一つだ。特に魔力の量が心許ない非魔術師のマスターにとっては、手軽に魔力を肥やす手段として重宝することだろう。
しかし手軽な分、やり過ぎた時の代償は大きい。
監督役に問題児として目を付けられ、最悪の場合このように、報酬付きの討伐令の槍玉に挙げられてしまう。
こうなってはもう袋叩き以外の未来はない。この主従はその点、明らかにやり過ぎていた。……もしかすると、目的はそもそも魂食いではないのかもしれない。
『……アサシンの方は、あれこれ考えるだけ無駄だと思います。多分こいつら、最初から殺すことが目的って連中ですよ。
根拠はって言われると難しいんですけど……昔の知り合いにそういう奴が居たんですよね。そいつ、ものっすごいいけ好かないチンピラだったんですが』
「確かにね。これだけ大騒ぎになってるのに、まだ犯行を繰り返してるってことは……君の言う通り、そもそもまともな連中じゃないって可能性は高そうだ」
念話で考えを述べるベアトリスの声には、明らかな嫌悪の念が滲んでいた。
彼女は、正しい騎士だ。聖杯を手に入れるために戦ってくれるとは言っても、外道ではない。
そんな彼女にしてみれば、NPCとはいえ無辜の人民を芥のように殺して回る件のアサシン達は、唾棄すべき邪悪以外の何物でもない。
「でも……多分もう片方は、もっとまともじゃない」
殺人鬼のアサシンは、大量殺戮という『結果』を出したことをルーラーに咎められた。
だがもう一つの討伐令……汚濁のライダー『ヘドラ』は、これから『結果』を出すことを危惧されて先打ちで討伐令を発布されたサーヴァントだ。
島一つを溶解させ、たったの数時間で海の広範囲に汚染を浸透させた――そしてヘドラの侵蝕は少しずつではあるものの、陸地にまで及びつつある。
被害がどれほどのものか自分の目で確かめたわけではないが、聞いた通りのペースで今後も侵蝕が進むのであれば、今夜中にも陸は地獄と化す筈だ。
もしもそうなったなら、犠牲者はアサシンが殺し回った数十人など軽く思えるほどの数に上ることだろう。
数百、或いは数千か。まず間違いなく、聖杯戦争どころではなくなる。
『災害……ですよね。ファルの言ったことが全部本当なら、サーヴァントなんてものじゃない』
「多分、公害って呼ぶのが正しいと思うよ。災害は通り過ぎさえすれば一応は落ち着くけど、公害は放置すればするほど、取り返しが付かないレベルまで拡大していく」
だから、何処かで拡大の流れを堰き止めなければならない。
今回の場合なら、元凶のヘドラを撃破し、消滅させることが汚染の終息に繋がる。
「セイバー、一つ聞きたい。君の宝具を全力で解放したとして、陸の上からヘドラを狙い撃ち、仕留めることは出来そうかな」
『……実際に現物を見ないことには何とも言えませんけど、多分、難しいでしょうね』
ベアトリス・キルヒアイゼンの宝具は、ワルキューレの聖剣だ。
これを形成することによって、彼女は雷の操作という能力を獲得する。
更にその上の位階にまで能力を引き上げれば、自分自身をも雷に変え、圧倒的な速度に物を言わせた高速移動と物理透過の特性で、対抗策を持たない相手であれば一方的に攻撃をし続けることさえ可能となるのだ。
当然、強力な力であることは疑いようもない。
が、ベアトリスの宝具……もとい『創造』は、一撃で広範囲に渡る敵を殲滅したり、遠距離の標的を的確に撃ち抜いたりするのには向かない力でもある。
『ただ、太刀打ち出来ないってことはない筈です。
海上戦程度なら造作もありませんし、本体の居場所さえ分かれば急接近して斬り伏せるということも可能でしょう。
……まあ、敵がどの程度の相手かによるんですけどね、本当』
「……いざって時に備えて、やっぱり味方は居た方が良さそうだね」
連戦連勝で聖杯戦争を勝ち上がれるのなら、苦労はしない。
単騎の戦力では如何ともし難い相手や状況を打破するためにも、一定の時期まで戦線を共にする協力者の存在は必要不可欠と言っていいだろう。
そしてその必要性は、この第二の討伐令によって格段に上昇した。
黙っていれば誰かが倒す、では駄目だ。
そんな逃げ腰の姿勢では、勝てる勝負も勝てなくなる。
一輝は、討伐令に対しては積極的に参加していく腹積もりであった。
となれば当然、危険なサーヴァントと相対する機会も増えてくる。
その為の同盟、その為の協力者だ。孤軍では、聖杯戦争は勝ち抜けない。
やはりまずは手始めに、この学校で戦闘を行った主従に接触を試みたい。
とはいえすっかりタイミングを外してしまったようで、学校から出てくる生徒すら滅多に居ない始末だ。
警官や教師に野次馬根性を出せば怪しまれそうだし、対象はやはり生徒に絞りたい。
……あと十分ほど待ってみて、それで誰も出てこないようなら諦めよう。
一輝はそう決めると上着のポケットに両手を突っ込み、初冬の寒さに耐えるのだった。
「――ごめん、少しいいかな? 今朝のことで、少し話を聞かせて欲しいんだ」
校門から二人の生徒が出てきたのは、彼が待ち始めて七分ほど経過した頃のことだった。
恐らく、先輩と後輩なのだろう。
背の高い美形の青年と、高校生どころか中学生に見える、幼い顔立ちの少女。
彼らは一輝に声を掛けられると、お互いに一度顔を見合わせる。
なるべく警戒されないよう、努めてフレンドリーな態度を心掛けながら、一輝は彼らへ近付いた。
「頼むよ。時間は取らせないからさ」
「今朝のことって言うと、あの傍迷惑なテロのことか?」
答えたのは青年の方だ。
それに一輝が頷くと、彼は「いやあ、ありゃ驚いたぜ。な、吹雪」と隣の少女に話を振る。
振られた彼女は「そ、そうですね……びっくりしちゃいました」なんて困ったように笑っていた。
「そう、その時のことについて聞かせて欲しいんだ。どんなことでもいい」
「おいおい、俺達はただの学生だぜ。知ってることなんて…………、いや……一つあるな。
何でも今回の事件は、どこぞの危ない奴らが屋上でドンパチやってたって話らしいんだが、聞こえた音がおかしかったんだよ。
銃や爆弾なんかじゃ、多分ああいう音にはならないな。何て言うんだろうな、あれは――」
青年は考え込むように顎に手を当てる。
それから、厳かに口を開いた。
「……駄目だ、分からない。とにかく変な音だったとしか言えないな」
「あ、あれじゃないですか? 花火とか大砲とか、そういう」
「おいおい、テロリストが花火大会かよ。……ところで」
そこで――青年は、笑いながら一輝に視線を向ける。
その目を見た瞬間、一輝は気が引き締まるのを感じた。
「……お前、何者だ? 文屋の回し者にしちゃ、ちぃと若すぎるみたいだが」
空気が、凍る。
この時には、一輝も確信していた。
彼が吹雪と呼んだ少女は……あの様子だと、どうやらまだ気付いていないらしい。
周囲の様子を眼球を動かすだけで確認してから、一輝はそっと上着の袖を上げてみせる。
そこにあるのは、当然。未だ参画残っている、聖杯に選ばれた者の証。
少女が息を呑む。青年はやっぱりな、という風に笑っている。
「これで分からないなら、貴方の推測は見当違いだ」
「オーケー、どうやら『当たり』みたいだな」
青年はそう言って、自分の袖も捲ってみせる。
そこには形こそ違うものの、一輝の腕に刻まれているものと同じ紋様がしっかりと浮き出ていた。
サーヴァントのマスター。そして、彼が言うところの『屋上でドンパチやった奴ら』の一人。
……隣の彼女も合わせれば、二人。だが彼らは今、敵対しているようには全く見えない。
「分かってると思うが、俺だけじゃない。こいつもだ」
「じゃあ、今朝の戦いは……貴方達が?」
「半分正解、半分不正解――ってとこだな。俺もこいつも、あんな目立つ真似はしたくなかった。
じゃあ何で戦ったのかって言うと、そうしなきゃこっちが殺られてたからさ。
まあその辺は……結構話すと長くなるんだよ。此処じゃ目立つし、歩きながらゆっくり話そうぜ」
青年――棗恭介はそう言ってから、校舎に取り付けられた大きな壁時計で時刻を確認する。
「どうせお宅も、これから潮風に当たろうって魂胆だろう?」
一輝に断る理由はない。
ないが、彼は目の前の男に好意とも敵意とも異なる感情を抱いていた。
恐らくこの男は、自分が話しかけた瞬間から、その正体に勘付いていたのだろう。
何気ない会話に見せかけながら、此方の出方を窺っていたのだ。
そして一輝は最初、そのことに気付けなかった。
最後には手を見せて欲しいと少々不自然な物言いになるのを承知で、強引に攻め込むつもりだったが……この彼ならば、それすらあの手この手で躱したかもしれない。
理屈じゃない。そんなものが無くたって、『こいつならやりかねない』と思わせる不思議なものが、彼にはある。
それに事実として一輝は今、その不思議な感覚を自らの頭でもって味わされている。
間違いない。
この男は――手強い。
一輝はごくりと生唾を飲み込んで、初のマスターとの邂逅を受け止めるのだった。
◆
「『御目方教』――か」
舞台は変わって、バスの中。
まだ普通の学校の下校時刻にしては早いということもあって、車内はそれなりに空いている。
そこで一輝は、恭介から今朝の騒動の経緯についてを聞かされていた。
御目方教の怪人、『ティキ』。
只の写し身でありながら、サーヴァントと互角に戦えるだけの戦闘能力を持つ強敵。
それも確かに厄介だったが、一輝が驚かされたのは、恐らく御目方の総本山がサーヴァントの手に落ちているという考察であった。
「人を異形に改造して、解き放つサーヴァント……こう言っちゃ何だけど、無差別殺人のアサシンと同じか、それ以上に討伐されるべき存在に思えるな」
「同感だ。とんだ腐れ外道が居たもんだぜ」
大量殺戮は、当然擁護されるべきではない。
だが御目方教のキャスター、『ティキ』なるサーヴァントのやり口はそれに輪をかけて悪辣極まるものだった。
彼らは教えを盾にして、人の心の隙間に入り込む。
直接手を下すのではなく、あくまで力を求めさせ、人を魔道に堕落させる。
……趣味が悪い。そんな感想を抱かずにはいられない。
道徳的嫌悪感を抜きにしても、厄介な相手であることは疑いようもないだろう。
ティキの端末として歩き回る、マスターでもサーヴァントでもない、人の形をした使い魔とでも呼ぶべき術師達。
戦闘向きのサーヴァントであるベアトリスが遅れを取るとは思えないし、一輝自身も、一対一なら確実に撃破してやれる自信がある。
問題は、その総数がどれほどのものなのかという話だ。
ベアトリスはともかく一輝は、あくまでも人間である。
サーヴァントから直々に力を受け取っている連中に、十数人と集まられて囲まれでもすれば、流石に分が悪くなるのは避けられない。
厄介なのは何も戦闘面に限った話ではなく、情報面でもそうだ。
吹雪の話を聞くに、ティキの端末は自分の正体を隠す程度の理性は持ち合わせている。
つまり彼らは、人間のふりをして人混みに紛れ、水面下で情報を集めて総本山のマスターに報告する……という芸当も可能に違いない。
こんな狡猾な手段に訴えてくる連中なのだ。それくらいの悪知恵が閃かない馬鹿だとは、一輝にはとても思えない。
「俺がティキを見た時間はそう長くはない。だが、俺も奴のステータスは確認できなかった」
「……学校を襲ったのは本体じゃなく、写身か何かだったというのはほぼ確実。それどころか――」
サーヴァントですらない可能性がある。
ティキという怪人が、まず何者かの使い魔であるという可能性。
あれほどの存在を何らかの形で使役し、操っている素性不明のサーヴァント。
それは出来ることなら考えもしたくない、最悪のパターンだった。
「いずれにせよ、警戒しておくに越したことはないだろうな。俺達にしても、お前達にしても」
ああ、と一輝は頷いて、数分前の会話を反芻する。
結論から言うと、一輝は恭介、吹雪の二人と同盟を結ぶことに成功した。
但し、その期間はごく短い。
同盟を結ぶにあたって恭介が提示した期間は、現在討伐令の対象とされている二騎が脱落するまでの間。討伐令の終息を以って、同盟は自動的に解消される。
勿論恭介は、吹雪との同盟に対してはこういった条件は設けていない。
では何故、一輝との同盟には期限を設け、そして彼もまたそれを了承したのか。
その答えは一つ。――聖杯を求めているか、いないかの違いだ。
黒鉄一輝は聖杯を求めている。それを手に入れるために、数多の願いを踏み潰す覚悟がある。
一方で棗恭介と吹雪は、聖杯戦争から脱出し、平和な元の世界に帰りたいと願っているのだ。
恭介達は脱出という枠数の制限が存在しない目的を持っているために、最後まで協力することが出来る。
しかし一輝とは、そうも行かない。彼が聖杯を手に入れたいと思っている以上、いつか何処かで、必ず対立することになる。こればかりは避けられない。
どうせ決裂する関係ならば、別れる時にはすっぱりと別れた方が後腐れがない。
お互いのためにも、協力関係は最小限の時間に留めるべきだ。恭介は、一輝にそう提案した。
一輝は少し考えた後、その条件を呑んだ。倒すべき敵の消滅と同時に援護を失うのは手痛いが、極端な話、仮に何事もなく聖杯戦争が進行したとして――最後に自分達だけが残ったなら、当然、彼らのサーヴァント二騎を同時に相手取らねばならなくなる。
ベアトリスは強い。たとえ相手が二騎がかりでも、彼らのサーヴァントの性能次第では十分食い付ける筈だ。
それでも、やはり此方の分が悪くなるには違いない。此処は恭介の提案を受け入れ、首尾よく見つけた味方を失わないようにするのが利口と彼は考えた訳だ。
斯くして彼らは、仮初めの同盟関係を結ぶことに相成ったのである。
市バスが停車したのは、海からは少し離れた地点にあるバス停だった。
車内アナウンスによると、現在海岸周辺では正体不明の凶暴な生物が多数目撃されており、既に被害も少なからず出ているらしい。その為、乗客及び運転手の安全に配慮して、海沿いのバス停への運行は現在停止されている、とのことだ。
正体不明の凶暴な生物というチープな形容に、恭介は思わず苦笑を漏らす。
だがこの街で何が起こっているのかを把握することすら許されないNPC達にしてみれば、まさに正体不明の事態と形容するしかないのだろう。
海原に揺蕩いながら、尋常ならざる速度で汚染を拡大していくサーヴァント・ヘドラ。件の未確認生物が、それと関係ないとは思えない。
つまり既に、事態は深刻な領域へと突入しつつあるのだ。
海に巣食う汚濁の王の暴虐が他人事である時間は、もう幾許も残されていない。
『…………』
黒鉄一輝にとって、棗恭介は侮れない男という認識だ。
曰く彼は魔術の心得もなく、魔力だって大した量は持っていないという。
なのに、彼はえらく肝が据わって見える。それは、慢心や驕りの類ではない。
自分と相手の立ち位置や、現在自分の置かれている状況を正確に判断して、その上で発言したり行動したりする聡明な人物。それが一輝の恭介に対する印象だった。
敵に回ったなら恐ろしいが、味方なら、これほど頼もしい人間もそう居ない。同盟が解消されるまでの間は頼りにさせて貰おう――彼は、そう思っている。
一方で、霊体化して一輝の隣に座っている金髪の戦乙女、ベアトリス・キルヒアイゼンは違った。
もし彼女が今実体化していたならば、その納得行かないような硬い表情を見ることが出来たろう。
お察しの通りベアトリスは、棗恭介という男に対して好意的な印象を抱けずにいる。
その理由は、彼の言動、振る舞い、佇まい――全てに、ある男の面影が重なるからだ。
頭が良く、口がよく回る。傍目には好漢にしか見えないが、その実は――。
(……考え過ぎだと、いいんですけどね)
もう一人の吹雪という少女は、敵ながらに応援したくなるような実直な女の子だ。
そんな彼女と同盟を結び、聖杯戦争から抜け出そうと考えている、吹雪の頼れる先輩。
彼がもしも本当にただ頭の回るだけの善玉であったなら、それでいい。
どこか危なっかしい雰囲気の滲む吹雪をサポートしてあげてと、エールを送りたくなる程だ。
それでも、ベアトリスは一度重なったその面影を、なかなか払拭できずにいた。
聖遺物の魔徒を欺き、暗躍し、その計略でベアトリスの大切なものを地獄に引き込んだ男。
『聖餐杯』と呼ばれた、一人の男の面影を。
◆
バスから降りて、海の方へと歩き出した一行。
男衆は臆することもなく進んでいくが、吹雪は彼らから一歩遅れた地点を歩いていた。
別に、吹雪はこの状況に恐怖していたり、不安を覚えているわけではない。
むしろ海は、彼女達艦娘にとってのホームグラウンドだ。
陸地で艤装を使って戦闘するよりも、吹雪にとってはずっと戦いやすい。
では何故、彼女は浮かない顔をしながら、足取りを重くしているのか。
その原因である当人は全く気付いていないのだが、そればかりは致し方のないことだろう。
……吹雪の心を曇らせているのは『相容れない』立場の人間、黒鉄一輝その人だった。
(せっかく仲間になれたのに……どうしても、別れなきゃいけないのかな)
吹雪は、何も自分一人で帰りたいと思っているわけではない。
恭介は当然として、出来ることなら一輝とも一緒に、この悪夢のような戦争から抜け出したいと心から願っている。
聖杯戦争は甘くない。そもそもこの電脳世界から抜け出す手段があるのかどうかすら、分かっていないのが現状なのだ。
自分の思っていることが子供じみたわがままだというのは、吹雪も分かっている。けれどそれでも、やはり割り切れないものはあった。
彼女の理想は、この戦争で犠牲になる人が一人でも少なくなること。
皆で生きて帰り、各々が元の世界の暮らしに戻っていくこと。
吹雪は、分かっていない。
万人にとって必ずしも元の世界に戻ることが幸せではないということを、理解できていない。
聖杯を求める人間が、どれだけ思い悩んだ末に奇跡を欲するのかを――分かっていない。
要するに、彼女はまだ幼い。青いのだ。
笑顔のある世界で育ったものだから、笑顔のない世界を想像できない。
……彼女の前を歩く二人。黒鉄一輝は勿論、棗恭介もまた、自分の望む幸せを得られなかったからこそ、最後の手段として聖杯に縋るしかなかったというのに。
そんな事情を想像すらしないまま、吹雪は二人の後に付いて行く。
程なくして、漸く海が見えてきた。彼女達は皆、その惨状に釘付けとなる。
「……こりゃ、凄いな」
港から見える海の景色の、所々が黒ずんでいる。
それは全て件のサーヴァント、ヘドラによる汚染の痕跡だ。
K市近海は既に生物の住める海ではない。
そして海だけに留まらず、陸地までもが生物の蔓延る隙間のない地獄と化そうとしている。
想像を超えた光景に彼らは注意を奪われ――自分達の後方で小さく響いた『とぷん』という水音を揃いも揃って聞き逃した。
それがいけなかった。
どうん、と。耳を劈くような砲音が響き、三人並んだ真横を通り抜けて、海へと砲撃が放たれる。
吹雪が「えっ」と声を漏らした。通学路に隠しておいた艤装は道中で回収し、今は学業用の大きめの鞄に勉強道具と混ぜて入れてある。
しかし誓って装着はしていないし、吹雪と恭介のサーヴァントはそもそも実体化すらしていない。
誰も砲を撃てる者は居なかった。だが事実として砲撃は海に向かい、汚濁の蠢く一角に着弾。そこに沈殿していた燃料と誘爆して大爆発を引き起こした。
後ろを振り向いても、そこに誰かが居た形跡はない。
前に視線を戻すと――海が不気味にざわめいて、何かがそこから飛び出すのが見えた。
「――危ないわ、下がって!」
実体化した吹雪のサーヴァント・ライダー……戦艦ビスマルクが、瞬時に砲撃を行い撃墜する。
ビスマルクの攻撃を受けた飛行物体は、爆音をかき鳴らしながら大きく爆ぜる。
それだけでは終わらない。海のあちらこちらから、不気味な何かが、吹雪達艦娘にとっては見覚えのある敵艦が、次々と姿を現し始める。
ベアトリスと天津風が続いて実体化。
海より出でた禍々しい艦の残骸は、次々と吹雪達に向けて砲弾を放ってくる。
――嵌められた。苦い顔をする恭介だったが、事態は後悔する暇を与えてくれない。
次々襲い来る海からの侵略者に対して、三騎の英霊が迎撃態勢を取った。
雷、砲弾、そして銃弾。ヘドラという極大の火種は、此処でも一つの炎を生み出していた。
【一日目・午後/D-3・海岸付近】
【吹雪@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態] 健康、一輝に思うところがある
[令呪] 残り三画
[装備] 高校の制服
[道具] 艤装(未装着)
[所持金] 一万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
0:深海棲艦への対処。
1:棗恭介、黒鉄一輝と同盟してことに当たる。
2:ティキが恐ろしい。
3:討伐クエストに参加して、犠牲になる人の数を減らしたい
【ライダー(
Bismarck)@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 艤装
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:吹雪を守る
0:深海棲艦への対処。
1:棗恭介、黒鉄一輝と同盟してことに当たる。ただし棗恭介には警戒を怠らない。
2:ティキは極めて厄介なサーヴァントと認識。御目方教には強い警戒
【棗恭介@リトルバスターズ!】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 高校の制服
[道具] なし
[所持金] 数万円。高校生にしてはやや多め?
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯入手。手段を選ぶつもりはない
1:目の前の状況への対処と周囲の警戒。
2:吹雪、黒鉄一輝と同盟してことにあたる。
3:吹雪たちを利用する口実として御目方教のマスターを仮想敵とするが、生存優先で無理な戦いはしない。
4:吹雪に付き合う形で、討伐クエストには一応参加。但し引き際は弁える。
【アーチャー(天津風)@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 艤装
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:恭介に従う
0:深海棲艦への対処。
1:マスターの方も艦娘だったの? それに島風のクラスメイトって……
2:吹雪、一輝の主従と同盟してことにあたる。
【黒鉄一輝@落第騎士の英雄譚】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] ジャージの上に上着
[道具] タオル
[所持金] 一般的
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取る。
0:止まってしまうこと、夢というアイデンティティが無くなることへの恐れ。
1:状況への対処。
2:棗恭介、吹雪と時期が来るまで協力する
3:後戻りはしたくない、前に進むしかない。
4:精神的な疲弊からくる重圧(無自覚の痛み)が辛い。
【セイバー(
ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン)@Dies irae】
[状態] 健康
[装備] 軍服、『戦雷の聖剣』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターが幸福で終わるように、刃を振るう。
0:勝利の裏側にある奇跡が本物なのか、疑念。
1:状況への対処。
2:棗恭介に不信感。杞憂だといいんですけど……
3:マスターである一輝の生存が再優先。
[備考]
※Bismarckの砲撃音を聞き独製の兵器を使用したと予測しています。
◆
手持ちの資材を台無しにされたアドラーがファルと接触したのは、彼が港に散らばった汚泥を電撃によって処理している丁度その最中のことだった。
討伐令が発布されたことに対して、アドラーは素直にいい気味だと思う。
何せ相手は、自分がせっせと練った策をあっさり台無しにしてくれた、憎き深海棲艦なのだ。
報酬に目が眩んだ連中に袋叩きにされて、無様に死ねばいい。これほど愉快なこともない。
……そう、アドラーは今回の討伐令に対しても、スルーを決め込む腹積もりでいる。
「奴らの一体一体は、そう脅威じゃない。サーヴァントでもない俺が殲滅できる程度には弱い」
もっとも、恐らく先程の駆逐イ級よりも強力な艦も控えているだろうことは想像に難くない。
それにあんな雑魚でも、先刻の倍も引き連れて来られれば殲滅するには骨が折れる。
そして何よりも、あの腐食能力で陸地を汚染されれば今後に大きく関わってくる。
普通に考えれば、乗るべきだ。今回は直接止めを刺さなくても一画の令呪は貰える可能性があるというのだから、危険を冒すメリットも十分にあると言える。
しかしそのことを承知した上で、アドラーは静観を決め込むことにしたのだ。
「腐食能力を持った深海棲艦……いいや、ヘドラだったか?
確かに厄介だろうさ。だが今回の討伐令には間違いなく、最初のものよりも多くのサーヴァントが参戦する筈だ。
分かるか? お前や俺がわざわざ動かなくても、そのヘドラとかいう馬鹿はきっと討伐される。
仮にそれが過信だったとしても、そもそもお前は火力に富んだサーヴァントではないだろう。素性や手の内を晒すというのは、暗殺者にとって致命的な情報アドバンテージの喪失だ。故に俺は、今回も――いや、今後もだ。討伐令には一切噛まないと決めた」
討伐令には関与しない。
だが、では指を咥えて静観しているのかと問われれば、それもまた否だ。
その証拠に、アドラーはアサシン……
U-511へと、ある一個の命令を下した。
それは、海の様子を見に現れた主従を探し、発見したなら海へ砲撃を行って、深海棲艦の尖兵をけしかけろというもの。
吹雪達に深海棲艦が襲い掛かる原因となった正体不明の砲撃は、まさしく彼女によるものだ。
アスファルトの地面に潜水し、そこから艤装だけを出して海に砲撃。
深海棲艦をけしかけろという命令はなかなかの難題だったが、そこは流石に歴戦の艦娘。見事、自分の姿を露見させることなく仕事を全うした。
『成功です、マイスター。深海棲艦とサーヴァント三騎が、現在交戦しています』
「そうか、よくやった。褒めてやるぞ、アサシン。
後はそのまま監視を続けろ。但し、どんな状況になっても手は出さず、監視だけに努めるのだ。
よく見て、覚え、俺の下にサーヴァントどもの情報を持ち帰れ」
念話で指示を受け、U-511は言われた通り、戦況の観察に終始する。
彼女は欲を出さない。指揮通りに動く船の英霊だからこそ、そこは決して間違わない。
攻撃態勢にさえ入らなければ、彼女の気配遮断は最高ランクでこそないが、一級品と言っていい性能だ。
息を潜め、ただ静かに潜水艦娘は状況を見守る。
大いなる謀略は、汚染の悪夢に際しても尚、健在であった。
【D-3/△△港/一日目・午後】
【アドラー@エヌアイン完全世界】
[状態] 深海棲艦への怒り、少し機嫌が治った
[令呪] 残り三画
[装備] 電光被服、埋め込み式電光機関
[道具] トランクボックス(着脱式電光機関と電光被服×20個、アドラーの後方へ投げ出されています)、ドイツ国旗のヘアバンド
[所持金] 富豪としての財産+企業から受け取った金(100億円以上)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い
0:シャイセ!!深海棲艦なんて大っ嫌いだ!!
1:ズーパーアドラーに、俺はなる!
2:討伐令に乗るつもりはない。が、アサシンを使って情報収集は積極的に行う。
3:一条蛍とそのサーヴァントをどう利用してくれようか…
4:深海棲艦への対策を考えなければな…
5:主催者は脱落した魂を使って何か企んでいるのか?
6:ヘドラの奴め、ざまあみろ。
[備考]
※聖杯戦争開始前に、永久機関と称して着脱式電光機関の技術を電機企業に提供しています
※企業に対しては、偽造の身分証明書と共に『ヒムラー』と名乗っています
※独自に数十個の着脱式電光機関と電光被服を開発しています
※ミスターフラッグ(ハタ坊)などの有力者とのコネクションがあります
※K市を呉市を元に再現していると認識しています
※聖杯戦争開始前に、図書館にて従来(冬木)の聖杯戦争についての知識を得ています。
※
一条蛍をマスターと確認しました。そのサーヴァント(ブレイバー)については把握していません。
※NPCの肉体は脆弱で、電光機関による消耗が早いようです。どれくらい消耗が早いかは、後続の書き手にお任せします。
※電光機関には位が低いもののサーヴァントを傷つけられる程度の神秘が宿っているようです
※購入した資材の1/3がD-3沖に沈みました。
※一日目午前の段階でD-3/△△港においてライダー(ヘドラ)から零れ出た複数の駆逐艦イ級と交戦しました。同所において複数の死者及び爆発と火災、貨物船の轟沈が発生しています。
※ミスターフラッグからはハタ隊長と呼ばれているようです
※親衛隊長は渾身の策を台無しにされてお怒りのようです。
【一日目・午後/D-3・海岸付近】
【U-511@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 『WG42』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う
0:戦況の観察。言われた通り手出しはせず、危なくなれば迷わず撤退する
1:マスターに服従する
2:あれ……艦娘、だよね……?
最終更新:2016年07月01日 13:29