松野おそ松は最期、復讐者達の奸計を狂わせて逝った。
 バーサーカー・アカネは自ら命を絶ったが、それでも自らを喚んだ青年に何かを残して旅立った」

 薄闇の中で語る声は、語り部のようにどこか芝居がかっている。
 彼こそは世界の主。一度目の聖杯戦争には存在しなかった、舞台を管理する者。
 "彼女"が失敗したのは、ひとえに勝負を急いたが故であると、聖杯戦争の主催者たる少女は考えていた。
 全ての世界にまで召喚範囲を広げるということは、即ち儀式の崩壊のリスクを何十倍にも高めるということである。
 現に前回の戦争は、一人の馬鹿げた男の癇癪から崩れ始め、最後には世界の限界という形で幕を閉じている。
 その失敗に学び、彼女は裁定者の他に、いざとなれば事態を単独で鎮圧できる存在を味方に付けた。
 そして彼は――少女を絶望の闇から連れ出した救済者でもあった。

「街にはライダー・ヘドラが侵攻を本格的に開始。
 暗躍する者、立ち向かう者、穴熊を決め込む者。
 滅びの危機に対する姿勢は様々だが、日が完全に落ちた頃には、儀式の進行速度は跳ね上がるだろう」

 少なくとも、犠牲が出ないということはない筈だ。
 日付が変わるまでに、少なくとも二、三は主従が消えると、この男は踏んでいた。
 だがそれは、あくまで最低での話だ。
 事の進行次第では、更に数が増えていく可能性は充分にある――間違いなく、今夜は最初の山場になる。

「あなたの目から見て、今の状況はどうですか」
「不測の事態が起こることなど、この趣向を選んだ時から想定の上だろう?
 順調、その一言に尽きる。無論ヘドラの侵略に限らず、セイヴァーの主従の存在を含めてもだ」

 セイヴァー、柊四四八
 そしてそれを使役する、ニコラ・テスラという男。
 彼らは事の黒幕である少女の胃痛の種だった。
 少女は、あの手の輩が如何に厄災じみた存在かを歴史からきちんと学んでいる。
 曰く、盧生。
 人類の代表者。
 聖杯戦争を正面から破壊し得る可能性を秘めた、本来絶対に喚んではならない危険物。
 ……幸いなのは、彼が今、邯鄲の夢と呼ばれる術理を自ら捨てていることだろうか。

キークも上手くやっている。……なかなか優秀な英霊だ。あれでもう少し意欲という物があれば、文句はないのだが」

 キーク。
 彼女は、電脳世界を舞台にした聖杯戦争を裁定するには最上の人材と言っていい。
 何せ、電脳世界で自在に行動できる、そういう魔法の持ち主なのだ。
 令呪の制約が無ければ全能者も同然。
 盧生が、雷電魔人が、他の反主催勢力がどれほど息巻いたとて、いざとなれば彼女の指先一つで全ては思うがままだ。

「確かに盧生は怪物で、存在そのものが舞台の崩壊に繋がるイレギュラーだ。
 そのことは歴史からも読み取れる――現に、君の友人は彼らのせいで失敗したも同然だったな。
 だが、"だからこそ"。そんな存在だからこそ、君が望む絶対神の降臨に際しては良い呼び水となるだろう」

 少女は望んでいる。
 とある存在の降臨を。
 黄金の神威を身に纏い、直視するだけで魂が蒸発する、そんな絶対の神を。
 それは人の枠を超えた願い。
 聖杯をしても叶えられるか疑わしい、抑止力が全力で介入してくるような所業。
 それを理解した上で、少女は世界に弓を引いた。
 全ては、全てを成す為に。
 道理では成らぬ無理を通す為に、少女には"地獄"が必要だった。

「この電脳の海で、君の願いは漸く叶う」

 怜悧に笑う科学者の瞳は、深く、遠く、悍ましい光を湛えていた。

 彼が何を望んでいようと、吹雪には関係ない。
 最後に勝てばそれでいい――あくまで狙うのは最後の最後での勝利だ。
 この電脳世界から帰投し、地獄と化した世界をあるべき形に戻す為。
 その為ならば吹雪は、自分という存在さえも犠牲に出来る。
 聖杯戦争は未だ序盤も序盤。
 全ては此処からで、これからだ。


 電脳世界の深淵にて。
 未だ形を持つことなく、それは眠り続けている。
 世界に恒常的な亀裂を走らせながら、その背に巨大な地獄を背負って。
 クラス・ビーストの戦神は――未だ立たず。





◆Tips:第一次聖杯戦争(その2)


 アーチャー陣営の乱心により崩壊した聖杯戦争は、以後街一つを焦土と変えながら続く地獄篇となった。
 依然として暴威を振るい続けるは最も多くのサーヴァントを抹殺した元凶、夢幻遣いのアーチャー。
 その非道に否を唱え、正しき心を持つマスターと共に戦地を駆け抜ける、誉れ高き聖剣のセイバー。
 狂乱の地獄さえ良しとしながら戦を心より満喫する、二槍を担うランサー。
 明晰なる頭脳を回転させ、事態の混沌化に激憤しながらも、無限の式を編み上げながら時を待ち続けた全知のライダー。
 アーチャーの火力でも、ランサーが与える"死"でも殺害することはおろか傷の一つさえ付けられなかった、気紛れなる暴君・キャスター。
 ランサーとはまた違った"死"を振り撒く、死の肯定の権化たる無情の殺戮者、アサシン。
 そして理解不能の道理と意味不明の論理で生き残り続けた、嘲笑する狂謀術師――バーサーカー。

 三騎士の三つ巴は舞台の半分を消し去りながらも痛み分けに終わり、キャスターは彼らの戦いに巻き込まれながらも悠々と生還し、アサシンとバーサーカーの同盟はそもそも阿呆らしい、勝手に潰し合えと介入することさえしなかった。
 そんな状況で、一人牙を研いでいたのがライダー……自らを全知の才人と称する星の侵略者であった。

 『虚より来る深遠の敗者』。
 惑星と文明を破壊する程の巨体へ自らを変化させる彼の最終宝具により、聖杯戦争は失敗という名の終局へ墜落を始める。この時、既に全てが手遅れだった。
 データとして膨大過ぎるライダーの暴虐は易々と整えられた舞台を破壊。
 最大級出力から放たれる星の聖剣が、未だ不完全だった電脳世界に処理不可能な程の負荷を与え。
 バーサーカーの嫌がらせのような妨害工作によって世界の修復は悉く妨害され。
 最後、ライダーへの駄目押しとして放たれた、アーチャーの神格召喚という聖杯戦争の原則を正面から殴り飛ばす一手により、とうとう世界の方が音を上げた。

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最終更新:2017年01月10日 23:45