【C-6】
夜の病院にてゴソゴソと動く影が一つある。
数時間前に起きた局地的大地震で戸棚が崩れて中身をぶちまけ、薬品は転がり、書類が散乱している。
そんな中で針と糸、そして消毒液を見つけた少女──
ジャック・ザ・リッパーは己の傷を縫合し始める。
ジャック・ザ・リッパーは糸で受けた雷刃や銃創の傷を塞いでいく。外科医療スキルの賜物であるが所詮応急措置に過ぎない。
ジャックが傷を縫合している間にも宝具『暗黒霧都』は酸性霧を作り出し眠っている人々の命を奪っていく。
病院の関係者、その近隣住民やペットまで。眠ったまま吸い込んだ酸性霧によって肺が爛れ落ち、皮膚やらなにやらが溶け落ちて白骨体となる。そしてジャックは死んだ魂を摂取し、魔力を蓄えていった。
黒騎士とその深海棲艦の群れに殺されかけたジャックは暗殺失敗の報告と今なお膨れ上がる
ヘドラの波動を感じ取り、これからどうするべきかマスター(おかあさん)に聞くべきだと判断した。
そしてマスターのいる方向へ歩き出した時、一瞬だけ『違和感』を感じた。
違和感の元はマスターの魔力供給量。二人一組という関係上、常人の二倍の魔力を供給されている。
二人は魔術師ではないが、それでも十分。加えて殺人鬼のサーヴァントたるジャックは魂喰いの効率も良いため朝から四連戦してもまだ戦闘可能だ。
故に今、魔力供給が『一人分』しかないという自体の異常性にすぐ気づくことができた。
〝令呪をもって命ずる。ヘドラを討て〟
「え?」
〝重ねて令呪をもって命ずる。全力全霊、被害や生存を考えず、あらゆる手段を用いてヘドラを討て〟
そして次に起きた出来事は声が出るほど驚く自体だった。
令呪二画によるヘドラ討伐命令。一体何が起きたのか困惑する。
しかし体はジャックの意思とは別に令呪によって海岸へと疾走しだす。
その速度は通常時のジャックが走る速度と大して変わらない。だが、明らかな変化が周囲に現れていた。
令呪による支援によってジャックを中心に『暗黒霧都』の領域が獰猛に広がっていく。
霧は怪物の顎門の如く天地に広がり建物を呑み込み、飲み込まれた命は残らず融けて喰われて死んだ。
濃霧はジャック自身も制御することが許されず、バーサーカーの如き霧の魔物が次々と補給しながら海岸を目指す。
まるで箒星の尾のように、魔の霧を後方へ伸ばしながらジャックは考えた。一体おかあさんに何が起きたのかと。
◆
時間はジャックに令呪が使用される数分前に遡る。
強制冬眠により人々が眠り、夜の町は明かりのみを残して静寂に包まれていた。
道端に転がり健やかな寝息を立てる老若男女。それを見て彼女達が我慢できるはずもなく──
「きゃは♪」
掃射。殴打。斬首。切開。
双子の殺人鬼『
ヘンゼルとグレーテル』が通った後は臓物と骨が積み木で遊んだ後のように散らばり、血の池が広がっていた。
少女が蜂の巣にされ、老女の頚骨が踏み砕かれ、少年の性器が切り取られた後口に突っ込まれて頭蓋に斧が叩き込まれた。
弄べる命が存在する限り、双子の殺戮ショーは延長する。正にそれは悪鬼羅刹の漫遊であり、移動災厄に他ならない。
眠れる者達にとっての不幸中の幸いは、起きていたら耐えられない苦痛を知ることなく絶命できたことだろう。
Never die.(死なない)Never die.(死にたくない)と念じなから二人は死の絨毯を広げる。
返り血を浴びすぎて喪服めいた黒服は下着までグッショリと血に濡れて重みを増し、陶磁のような白い肌も血で汚れていた。
「誰も起きてこないわね兄様」
「そうだね姉様。これは少しつまらないな」
「ならば、動く人を狙いましょう兄様」
二人の口が凶悪に歪む。
二人の目線の先。動く人物がいるからだ。
被り物を着た奇天烈な変人が。
◆
真庭鳳凰は銃声と血臭に誘われて夜の町へと躍り出た。
見渡せば血、臓物、死体の山。流れすぎた血が川となって排水溝へと流れ込んでいたり、脊髄反射で死後も痙攣しているものがあったりと地獄絵図が出来上がっている。
酸鼻極まる光景ではあるが皆、どれだけ損壊されようとも表情は安らかである。
どれだけ痛みつけられようと起きぬ被害者の異常性もここに極まっていた。
傍で霊体化させているバーサーカーは何も言わない。あくまで奴は典型的な戦闘狂であり快楽殺人者ではないのだ。
無抵抗な人間を殺して遊ぶ行為に何も感じないのだろう。強いていえば『詰まらない』だろうか。
「まあ、その点に関していえば我も同類だがな」
真庭鳳凰は卑怯卑劣が売りである忍者だ。必要ならば虐殺や快楽殺人者の真似事でもする。
もっとも真庭忍軍の中には必要でなくとも殺人を行う者がいるのだが。
「おや?」
鳳凰がこの凶行の下手人を発見した。同時にあちらもこちらを捕捉したらしく獰猛な笑みを浮かべた。
二人組の殺人鬼『ヘンゼルとグレーテル』に違いない。
(アサシンは……流石に気配を消しているか。それとも近くにいないのか?)
試してみるかと左掌を地面につけてアサシンの位置を調べる。
忍法・記録辿り発動。周辺の物の記憶全てを読み取る。
飛び散る血潮……眠り倒れる人々……夕刻の喧騒……と時系列の逆回しに記録が鳳凰へと流れこんできた。
どうやら周囲にアサシン『ジャック・ザ・リッパー』はいないらしい。一度も現れていない。
そうなると妙だ。何故こ奴らはこのような無駄な行為に勤しんでいるのか。
「貴様ら。何故、殺しているのだ?
何か理由でもあるのか?」
と適当に尋ねてみたところ、双子は大声で笑い出した。
そして邪悪な笑みを浮かべたまま、見た目通りの幼い口調で語り出す。
「ないわ」
「ないね」
「なあんにもないの」
「僕たちはそうしたいからそうしているのさ」
「そうよ、楽しいから、やりたいからやっているの」
そして答えるや否や、少女が長い筒を此方へと向けた。
聖杯から知識を授けられた鳳凰はそれの正体を知っていた。無論、用途が殺傷であることも。
マズルフラッシュと乾いた銃声の音が続くと同時、金属の矢が鳳凰へと向かってくる。引き金を引く指を見切っていた鳳凰は発砲直前には既に動いていたため上手く物陰へと潜り込み、銃弾を凌いだ。
そう、あれは「銃」。この世界ではおよそ十世紀以上昔に作られ、連綿とその殺傷性と利便性を追求してきた人殺しの道具だ。
奇しくも四季崎記記の完成形変体刀と同じ名を冠する──いや、おそらくこれは逆だろう。
真庭鳳凰は元々は特殊な「刀」を集めていた忍軍の統領の一人である。その刀こそが多種多様でありながら、どれも物理を超越した特性を有していたのだ。
それを国が、あるいは武力を必要とする組織が血眼になっていたところに真庭鳳凰をはじめとした十二人の統領が率いる真庭忍軍が参戦、十二本の完成形変体刀のうちの一本を強奪した。
しかし、聖杯の知識を得た今。真庭鳳凰は真実を悟る。あれら十二本の刀はこの時代、あるいはさらに未来の技術を取り入れたものではないかと。
「銃」がまさにそのいい例だろう。火縄すら碌に開発されていない国でこの時代における回転式自動拳銃(リボルバー)を実践可能な状態までいきなり鍛造するなどどう考えても異常だ。
だが、この時代のモノを持ってきたと考えればいくらか説明はつく。例えば四季崎が己と同じくこの聖杯戦争に参加し、生存して知識を持ち帰るなどすれば辻褄が合うだろう。
故に、真庭鳳凰は最初こう考えた。
この時代の、あるいは未来の武器を大量に持ち帰れば真庭の里を救えるのではないかと。
あの虚刀流も、奇策師も、鬼女も出し抜いて天下最強の忍軍として民を導けるのではないかと。
だが、それでも恐らく尾張幕府には勝てない。
四季崎の刀は最低でも千本は残っているのだ。あれらすらも超越するものが必要である。
──例えば、サーヴァントの宝具。
「あは」
「────」
いつの間にやら双子の兄の方が近づいていて、真庭鳳凰の頭へ小斧が投げつけられた。
恐るべき速度と精度だ。忍者が投擲した手裏剣に匹敵する。しかし、鳳凰の頭を殺るには遅すぎる。
回転飛来する小斧を見極めて、体を回転させ回避し、体の横を通り抜けた斧の柄を掴む。そのまま体を一回転させると同時に投げ返した。
今度は少年へと投げ返された斧、しかし少女が持っていた銃の弾雨を浴びせかけられて弾かれ地に落ちて転がった。
「む」
いつの間にか少女の方が銃撃を止めて移動していた。真庭鳳凰ほどの戦闘者の意識の間隙を突いて一瞬で移動したのは狡猾な人獣の為せる技だろう。
結果として遮蔽物が用を成さない位置へと移動した少女はマガジンを変え、銃口を鳳凰へと向けて体を固定した。
銃弾は真庭鳳凰とて殺しうる────そう鳳凰は理解していたためにこれは詰みに近い。
ただし、ここが平原ならば、だ。
◆
双子の瞳が驚愕で開く。あり得ないものを見て口が開き、間抜けにも茫然となる。
その原因は獲物(てき)の行動。その鳥の被り物は伊達ではないというように、空へと飛翔、いや跳躍した。
ただの跳躍ではない。途中で何かを踏み台にするといったこともなくただの一跳びで10,20メートルも上昇し、ビルの看板に着地した。
真庭忍軍における戦闘術はいくつかある。真庭拳法。真庭剣法。そして忍術。
そのうち忍術の一つに重さを消去する忍法『足軽』と呼ばれるものがある。
戦国時代以前から存在していたその術は一定以上の技量を有する真庭忍者であれば習得できる術である。故に真庭鳳凰も使える。
重さの消えた鳳凰は羽毛の如く宙を舞い、そして跳弾の如くビルの壁面や地面を蹴り縦横無尽に位置を変えていた。
街路樹や道路標識が並び立つこの場において、鳳凰は魔弾と化す。
さすがのヘンゼルとグレーテルも鳳凰の高速立体機動についていけず、照準が合わない────なわけがない。
◆
舌を出せば血の味がしそうなほど芳醇な血の香りがする。
彼等はこの味を舐めたのかしら。
彼等はこの匂を嗅いだのかしら。
この命があった味。
この命が流れる臭い。
命(それ)を啜る私たちはまさに────。
◆
「鳥さん捕まえた♪」
それは殺し屋としての技量か。獣の本能か。
立体機動する鳳凰の頬を弾丸が掠める。
マグレではないことは次の弾丸が鳳凰の右手を貫通したことが証明した。
飛び跳ねる鳥さんを見て私たちは思うわ。
殺す。殺したい。欲しい。
その羽を毟りたい。その首を斬り落としたい。
見上げた夜空に浮かぶ彼を殺してまた一つ、永遠になりたい。
だから殺すの。だから殺したいの。
僕たちは永遠だ。
私たちは永遠よ。
──永遠になるの。
BAR(ブローニングM1918自動小銃)から落ちた薬莢が転がる。
それは路上の血に濡れながら転がり続けて排水口へと落っこちた。
◆
右手に風穴が開いた。
血が噴き出し、鳳凰が動くたびに勢いを増して溢れ出る。
銃弾が太ももを掠め、装束に穴を開ける。
動いている的には当てられまいと考えていたが、見通しが甘かったらしい。
そうしている間にも太ももと脇腹を弾丸が抉った。
「ッ!」
足軽の発動に失敗し、地へと墜ちる神なる鳳凰。
忍法『足軽』を再び発動させ、落下へのダメージを軽減するも状況は最悪だ。
苦戦、苦境、苦難。久しく忘れていたこの感覚。
完成形変体刀を巡る戦いの中で苦汁を舐めることが多かったがそれは戦闘以外の点がほとんどだ。
刀や矢に代わって戦場を支配した銃というものがこれほどとは。
童が銃爪を弾くたびに鍛えぬいた忍びの肉体が容易に削られていく。己の血で装束も顔も真っ赤に濡れていく。
バーサーカーを使う手もあるが、相手がアサシンを令呪で呼べば終わりだ。
逃走しようにも片足を貫かれた今の機動力では音速の弾丸を避けることは極めて困難である。
路上に駐車していた引っ越し用の大型トラックの陰に隠れて腰を下ろし、止血をしつつ掌を地面に翳す。
双子が油断なく近づいてきているのがわかった。成程強いと鳳凰は感心する。
王手をかけられた。
落ちた鳳を狙うは地を這う人獣。
さてどうしたものか。
「まあ、まずはコレからだな」
脇腹の銃創に手を突っ込む。傷口をぐちゃぐちゃと掻き分け、失血が進む。
そして傷口から手を抜いた時、指先には銃弾が掴まれていた。
忍法『記録辿り』発動。
銃弾の記憶を読み取る。
聖杯の知識によると銃とは装弾数が決まっている。無限に弾丸が生じることはなく、マガジンと呼ばれる弾丸を詰め込んだ箱を入れ替えて使うことにより弾丸を補充するそうだ。
故に銃弾から読み取ったのは残りのマガジンの数。あの小僧も拳銃なるものを装備しているのは見て取れたが、やはり恐るべきは少女の長銃。
射程も威力も段違いである以上、銃を二人同時に相手するのは非常に厳しい。先ほどから撃ちまくっている少女が弾切れであれば……と思っていたが、悲しいことにまだまだマガジンを持っているらしい。
しかし、銃弾は面白いことを教えてくれた。
それは武器のスペック。装弾数20発。重量は約二貫、発射速度は秒間5発、弾丸の初速は音速の二倍……など。
与えられた知識にはここまで詳細なものはなかった。あくまでこの時代に必要な最低限度の知識である。
故に真庭鳳凰にとって銃とは「とりあえず撃たれて当たったら危険なもの」程度の認識に過ぎなかった。
なるほど、銃とはこういうものか──必死に避けていたのが馬鹿らしい。
用済みになった銃弾を捨て、鳳凰は立ち上がる。
鳳凰は次の行動を取るべく忍法『足軽』を発動させた。
◆
ゆっくりと近付いていく。
足の下の血溜まりが波紋を広げ、踏むたびにピチャピチャと血が跳ねた。
引っ越し用の大型トラックの裏から金属が落ちた音がした。
「まだ元気みたいよ兄様」
「そうだね姉様。挟み撃ちにしようか」
「ええ兄様」
そして動こうとしたところで、状況は急転する。
動き出す大質量。浮かび上がる車体。トラックが横転……いや、浮かびながら空中で大回転する。
「酒己運送」の社名とダンボールに羽の生えたロゴがプリントされていたコンテナは留め具が破壊されており、コンテナが空中で全開になった。
そこからオフィス机や椅子が勢い良く落下する。
──当たれば痛そうだね。
──下敷きになれば動けなくなっちゃうわ。
アイコンタクトで双子は以心伝心し、走り出した。
椅子を、机を避けて、その先にいるであろう獲物へと向かい────獲物がいないことに気付く。
どこへ行ったのかと逡巡したその時、上空からベキリという無機物の割れる音がした。
放物線を描いていたはずのトラックが軌道を変える。
原因はいなくなっていた獲物──真庭鳳凰がトラックのフロントガラスをぶち破り、窓のフレームを掴んで双子へと投げ直した。
そのような人間離れが許される原因はもちろん忍法『足軽』。投げた瞬間にトラックは再び重量を取り戻し、質量弾として機能する。
大地を揺らす衝撃。
まるでモニュメントのように突き刺さったトラック。
双子の殺人鬼は避ける暇すらなかった。
◆
「終わったか……おっと」
真庭鳳凰がコンテナに着地した衝撃でトラックは傾いて転倒した。
けたたましい音が街に響き、そして消える。
真庭鳳凰は銃というものを過大評価していたらしい。
銃の性能ではあの大型トラックを破壊することはできない。
連射すれば反動で狙いが定められなくなるし、銃身が持たない、弾切れになるなど欠点まみれだ。
これでは最強の武器などと言えないだろう。引き金すら引ければ誰でも使える汎用性は認めるが白兵では通用しないだろう。
「まあそのための戦技もあるらしいが、ノウハウのない真庭の里には無意味だ。弾丸を生成する技術もわからぬしな」
結論を下したところで双子の銃火器を拾っておこうとトラックの運転席側に近づいた時だ。
ギィと軋んだ金属音が木霊した。そして同時に射出される小柄な影。
双子の人獣、ヘンゼルとグレーテルだった。奴は鳳凰の割った窓から席へと潜り込み、シートとエアバッグをクッションに衝撃を殺し生存していた。
残忍無垢な笑みで自動小銃の引き金が引かれる。
すぐさま転身してトラックのコンテナの影へと隠れるも何発かの弾丸が鳳凰の体を掠めた後だった。
幸い、致命傷にはまだ至っていない。しかし、このままだと失血死するのは時間の問題である。
聴覚にコンテナの反響音、もたれかかっているコンテナから振動を感じる。
双子のどちらかがコンテナの上を疾走している。
◆
走る。
走る。
口蓋を開け、息を吸い込み、全身の細胞へ酸素を送る。
跳躍。同時に斧を振り上げ、トラックの裏に潜む満身創痍の獲物へ飛び掛かる。
獲物は降参とでもいうように手を挙げた。だがもう遅い───いや、そもそも僕たちは生かして帰す気なんてないよ。
「駄目よ鳥さん」
「フライドチキンの調理方法はまず鳥の首を刎ねるんだ」
振り下ろされる鉄斧。数多の犠牲者の血を啜った刃が唸りを上げて頭をカチ割るだろう。
そう思った瞬間、呟く声がヘンゼルの耳に入った。
「───忍法・断罪円」
スライスされて宙を飛ぶ鉄の塊。切り刻まれ、細かくなるヘンゼル。
痛みを感じる間など微塵も与えられず、ヘンゼルの意識は闇へと還った。
【ヘンゼル 死亡】
◆
────兄様が、バラバラに、なってしまったわ。
彼女たちが今まで誰かにしてきたように、それは唐突に起きた。
片割れの死。呆気ない死。二人を分断つ死。
毛布に包まった赤子のように兄様の服に包まれた肉片がアスファルトの上を転がる。
兄様の血が肉片と共に降り注ぎ、髪にかかる。
目玉が服の胸元へと潜り込んでいった。
死なないはずの兄様は、私を置いて死んでしまった。
「あらあら兄様ったらバラバラになってしまって」
壊れた人獣は切り替える。切り換わる。
相棒の死が悲しくないのではない。むしろ悲しくて、悲しくて仕方ない。
殺害した敵が憎くないのではない。むしろ憎くて、殺したくて仕方ない。
でも、私たちは永遠だから。僕たちに死は訪れない。
はしたないわ、だらしないわとケタケタ笑う。
ヘンゼルの血を浴びた敵がトラックのコンテナの上に登る。
グレーテルの狂気的な芝居に苦笑しながら答えの決まっている問いを投げかけた。
「兄が死んだのに悲しくないのか」
「いいえ、死んでなんかいないわ」
銃を構え、照準を合わせ、引き金を引く……前に投擲された棒手裏剣が正確にグレーテルの指へ突き刺さる。
人差し指が皮一枚を残して手裏剣に貫断され、力を失った指は引き金を引くことなくぶらりと垂れ下がった。
それでも中指で引くことはできるわ。
敵は走り出し、グレーテルは指を変えて引き金を引いた。
死なない。死ぬはずがないとグレーテルは念じ、そして叫んだ。
「私たちは永遠(ネバー・ダイ)、そう永遠なのよ!
こんなにも人を殺してきたのよ! いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい殺してきている!
私たちはそれだけ生きることができるのよ! 命を、命を増やせるの!」
「ほう、興味深いな」
敵の出血は激しかったが、動きは一切鈍らない。
逆にグレーテルの射撃は指を失って持ち方がおかしくなったことで銃の制動がうまくゆかず狙いがつけられない。
結果、銃弾は一発も敵に当たることなく明後日の方向へ飛んで行った。
接近し、コンテナの底面──転倒している今では地面に垂直な壁となっている面──を足場に敵が跳躍した。
矢のように迫り、手刀でグレーテルの首を落とさんと振るう。
間一髪、しゃがんだグレーテルに手刀は当たらず、掠めたカツラが宙を舞った。
「────────────」
装填していた分の弾がなくなったBARを捨てて転がり、敵の追撃を回避する。
転がった先、兄様が持っていた持っていた拳銃を無事な方の手で拾い、そして構えるも。
「遅いぞ童」
既に距離を詰められていて、敵に組み敷かれた。
大の字になり両腕を足で踏まれ拘束される。
「ほう、これは興味深い。カツラを取れば兄の姿になるのか」
何が面白いのか。
“僕”を見て敵はニヤリと笑う。
「カツラの取れている今は兄の方か。
一人二役、否、二人二役だったというわけだな。
兄を殺そうが、いつでも兄の真似ができるということか」
「何を言っているんだい、僕はちゃんとここにいる。
姉様とずっと一緒さ。永遠なんだよ僕たちは」
「ああ、そういえばそんなことを言っておったなお前。
お前もお前で命を結ぶというわけか。ならば────」
鳳凰が掌に握りしめていたものを見せる。
それは令呪が刻まれていた肉片。
指と掌の肉と手首より先のない手の甲だけの肉片。
「────見せてやる。これが、命を結ぶということだ」
敵は自分の手の甲を爪でそぎ落とし、そして手に持っていた肉片を張り付けた。
無論、医学上でそれがくっつくなど不可能だ。
人間の体は継ぎ接ぎできるほど便利にできていない。
お医者さんごっこを実際にやれば当たり前に拒絶反応が出る。
のはずだが……
「う……そ……」
肉がペーストされて癒着した。
そして異常はそれだけに非ず。
「〝令呪をもって命ずる。ヘドラを討て〟」
僕たちの令呪が一画消える。
それが意味するところは明白だろう。
敵が、僕たちの、私たちの、令呪を使用したんだ。
「ふむ、正しく結ばれたか。ならば──〝重ねて令呪をもって命ずる。全力全霊、被害や生存を考えず、あらゆる手段を用いてヘドラを討て〟」
またしても令呪が一画消失される。
間違いない。敵は自分たちの令呪を完全に共融している。
「さて、ではお主にも死んでもらおうか」
「……ずるい」
「何?」
瞬間、敵の体が宙に浮いた。
それが自分の膂力によるものだと相手は理解できず。
「僕たちは永遠だ。僕は死なない。僕たちは不死身の────」
◆
今、生き残った殺人鬼はここに別位相の怪物へと進化を果たす。
鳳凰もグレーテル……ヘンゼル本人も知る由がない。
双子は殺しすぎている。同種の生き物をひたすら殺して生きている。
ヘンゼルとグレーテルはチャウシェスクの子供たち。政策によって離婚と堕胎が禁止された中、癌細胞の如く産み落とされた闇の落とし子。
死で命を繋ぎ、血の池に体を浸し、その生涯を冷たい闇の底へ繋がれた捨て犬はその住処に適した進化を遂げていた。
それは起源覚醒した殺人鬼か、あるいは魔の領域に陥った黒円卓の殺人鬼に近い。
わかりやすい部分でいうと身体能力が物理を超越している。人の限界に挑戦するアスリートを嘲うようにそれは容易く人に許されない性能を発揮した。
もはや見た目によらない怪力を獲得し、理屈に依らない直感で危機を回避する二人の殺人鬼は、この世界における魔獣に相当する域に片足を突っ込んでいる。
そして今、己の渇望が極限に高まった今!
ついに彼らは天然の魔獣へと変生する!
◆
「■■なんだあああ!」
新生────凶獣変生。
魂の絶叫と共に振るわれたヘンゼルの拳を受けてトラックが吹き飛びビルの四階に”突き刺さった”
なんという出鱈目な腕力。
カタパルトでトラックを吹っ飛ばしたといった方がまだ信じられるほど荒唐無稽。
銃を制御できる両手の怪力は「異常」だったが、これはもはや「超常」だ。もはや人の形をしたまま中身を神域、あるいは奈落にいる何かに替えたといっていい。
冷や汗を流す鳳凰とは裏腹に、当の本人はというと茫然と空を見ていた。
今の絶叫が嘘のように、まったくの感情が欠落している。
粉々になる窓ガラス。砕かれたビルの瓦礫。四階から落下してくるそれらを浴びながら全く意に介さず、霧の晴れた夜空を見ていた。
まるで初めてみたかのように呆けながら、しかし真庭鳳凰の姿が目に入った途端。
「──────────」
新生した心臓が激しく動悸した。まるで止まっていたのではないかと錯覚するほどに血流が熱を帯びて動き出す。
それは片割れを刻んだ猛禽(ほうおう)を見つけたことで自分の為すべきこと────殺すことを思い出した。
心臓が。
血管が。
骨格が。
脳髄が。
内臓が。
皮膚が。
神経が。
現在の性能に追随して魔的な強化を果たし、辺り一面に下水の如き腐臭がまき散らされる。
殺意が雪崩の如く芽生え、されどそれに憎悪や憤怒はない。
会った時に彼らが言った通り、殺したいから殺す。ただそれだけのこと。
戦闘態勢に入る寸前にドスドスと眉間、頸動脈、心臓、肺に鳳凰の棒手裏剣が突き刺さった。
刺さった場所は全て急所。体内で血があふれ出し、首からは血が噴き出た。
だが、それでも。人獣は止まらない。
「Aaaaaaaaaa」
死ぬはずがないと当たり前に信じているそれは当然の如く奇跡の生存を果たし、無色透明の感情がより激しいモノへと変わっていた。
人であれば致命傷であるはずの傷を無視して怪物は宙に浮く敵へと肉食獣の如く飛びかかる。
舌打ちして真庭鳳凰は拾っていた斧の欠片を怪物へと投擲し、見事にそれは怪物の右目を抉った。
が、それでも怪物は止まることなく、口を開いて忍法『記録辿り』に使う左腕を食いちぎった。
左腕を咀嚼し、骨は噛み砕いて、腹に納める。
自由落下した鳳凰の左腕は消失している。
「やってくれる」
昼間に戦った魔法少女よりも低いスペックのはずなのに、狂乱した人獣は間違いなく鳳凰を追い詰めていた。
失血でまともに立っていられず膝をつく。弱った獲物を爪で引き裂くべく地を蹴る魔物。
大地を駆けずビルの壁から壁へ立体移動。
真庭鳳凰と違い、純粋な膂力がそれを為す!
そして直上から腕を振り上げて迫り────その時、鳳凰が何かをヘンゼルの頭に投げた。
もはや永遠(ふじみ)と化したヘンゼルは如何なる致命傷も気にしない。そのまま手を振り下ろし、死の裂爪が忍者の身体をバラバラに引き裂くだろう。
だが予想に反して痛みも衝撃もなく、『それ』はふわりとヘンゼルに当たった。
────それは、『姉様』のカツラだった。
意識が混濁する。
たとえ人を辞めても、狂乱していても、その習性だけは忘れていない。
なぜならば彼女、彼、僕、私こそがもう一人の自分。
忘れられるはずがない。一緒に闇に堕ちたもう一つの頭を。
忘れられるはずがない。一緒に過ごした日々を。
忘れられるはずがない。一緒に持ち合った狂気を。
「あれ、わたし……?」
故に魔獣が強制的に狂人に戻る。いいや、戻っても本当に人なのか。それすらもが分からず。困惑した。
その意識の間隙を卑怯卑劣が専門の忍者が見逃すはずもなく。
「さらばだ。命を結べぬ永遠(ネバーダイ)」
手刀がその首を刎ね飛ばした。
ポカンとした少女の顔は兄と同じく死んだことにすら気づかず、きれいに放物線を描いた。
首を失った体から血液が噴き出る。
その血液こそが彼女達の奪ってきたもの。
生きるために他者から盗んできた血であり肉であり魂そのもの。
詰め込んできた生命(すべて)だった。
◆
浮く。それとも飛んでいる? 私は飛んでいるのかしら?
すごいわ! 私も鳥さんになったのね!
でも何で、なんで今なの? 何であの施設に居た時に飛べなかったの?
もしも私達に羽があれば、あの血の海から。あの底無しの闇から。私達は飛べたのに────
その時、頭がガクリと曲がってグレーテルの瞳に月が映った。
まんまるな、きれいなお月様。
何度も見たことがあった。でも、こんなに近くで見ると、こんなにきれいだなんて知らなかった。
私達、ずっと下ばかり見ていたから。
「ああ、こんやは──こんなにも。おつきさまが、きれい──ね──」
月の美しさに胸を躍らせながら、少女は瞼を閉じて眠った。
【グレーテル 死亡】
◆
刎ねられた首は地面に落ちて転がり、道端の死骸の一つとなった。
続けて仁王立ちしていた死体が倒れ、魔業を負った肉体は塵になって消える。
再び静寂が街を支配する。あたりは破壊された照明が明滅を繰り返し、街灯が消えた一瞬で真庭鳳凰の姿も消えていた。
かくして討伐される魔獣の新生児。
仮に放置していればどれほどの災禍へ進化していたかは考えたくもない。
だが、災厄は未だ終わらず。
彼女達のサーヴァントは未だ顕在である。
【D-4・F病院付近/一日目・夜】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態] 疲労(大)、魔力消費(小)、全身にダメージ(極大)、大量出血、右胴体に火傷(中度)、鉄片による刺傷
[令呪] 残り二画
[装備] 忍装束
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、真庭の里を復興させる
1:ヘドラ討伐には様子見
2:中学校に通う、もしくは勤務するマスターの特定
3:今日はもうサーヴァント戦を行わない。
※ヘドラ討伐令の内容確認しました。
※忍法『記録辿り』で
佐倉杏子および『魔法少女まどか☆マギカ』の魔法少女システムについて把握しました。
※忍法『記録辿り』で佐倉杏子が知りうる限りのメロウリンクの情報を把握しました。
【バーサーカー(
ファルス・ヒューナル)@ファンタシースターオンライン2】
[状態] 意欲低下、胴、右腕に裂傷(行動に支障なし)、胸部に風穴(小)、右手半壊、全身にダメージ(小)
[装備] 『星抉る奪命の剣(エルダーペイン)』
[道具]
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を望む
1:あの敵はそそらない
2:あの男はそそる
※ヘドラ討伐令の内容を確認しました
※メロウリンクの武器および『涙の雨で血を拭え』を確認しました。
※知性を感じないヘドラの尖兵に魅力を感じてません
最終更新:2017年06月06日 23:11