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いわて急行鉄道社史⑤

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1988年〜1996年

昭和63年(1988年) 2月 衆議院本会議にて「旧・岩急」の赤字は1兆円ずつ組み込む決議とされた。
3月 初年度は黒字決算を達成。本社を盛岡市大通から大船渡市地の森に移す。内陸線なっ特急「だて」「なんぶ」と急行「やけいし」「くりこま」が運行を開始。それに伴ってJRグループ各社から485系を購入する。
4月 岩急精算事業団が発足。
6月 衆・参両院にて「岩急の赤字は国鉄のそれより優先的に吸収させることが先決」であるとした。
9月 水沢市真城に水沢支社が設置される。
10月 盛岡市本宮に盛岡支社、宮城県の美里町南小牛田に小牛田支社が設置される。
11月 沿線自治体の強い要望によって、貨物専用線だった東北本線の日詰と内陸線の土舘の間の日詰連絡線を旅客線に転用し、途中駅を設けた上で日詰線として運転を開始する。
12月 JRの駅から東へ約500mほど離れていた内陸線の一ノ関駅付近の移設及び地下化工事を開始する。
昭和64年(1989年) 1月 7日、天皇陛下が崩御され、年号が平成になる。
平成元年(1989年) 2月 第1回株主総会が行われる。初年度は「黒字」発進。
平成4年(1992年) 3月 内陸線・大水線直通の急行「つばき」が運行を開始する。
平成5年(1993年) 2月 老朽化が著しかった西水沢駅の駅舎新築と、西水沢駅前後の踏切および大水線で最大のネックとなっていた国道397号線との併用軌道と東北本線との直交の解消のため、内陸線新水沢付近と大水線新水沢〜杉之堂清水間の高架化工事に着手。
5月 一ノ関駅地下ホームが完成、先ずは上り線の線路のみが切り替えられる。
6月 一ノ関駅地下ホーム、下り線の線路が切り替えられる。
8月 南部第一不動産が西滝沢駅周辺の土地を買収し、同地区の開発が始まる。
12月 西水沢駅を「新水沢駅」に、演習場前駅を「自衛隊前駅」に改称。
平成6年(1994年) 3月 当時経営難が続いていた盛岡地下鉄道がいわて急行鉄道の完全子会社となる。
平成7年(1995年) 3月 内陸線の列車増発にあたり首都圏のJR線で余剰となっていた103系電車を譲り受ける。また、これに伴ってモハ100型電車が定期運用から離脱する。
6月 新水沢駅付近及び大水線新水沢〜杉之堂清水間の高架化工事が完了し、大水線の速度が最大50km/h(速度制限25km/h→75km/h)向上する。
平成8年(1996年) 5月 内陸線の江刺〜新北上間で新線切り替え工事に着手。江刺〜森山間の第二北上川橋梁は分解された後、新線の第二新北上川橋梁として岩谷堂〜新北上間に移設された。

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