徐々に空の黒い闇が薄くなり始めた早朝、姉崎まもりは一人黙々と滋賀県の琵琶湖沿いを歩いていた。
(セナ…無事でいてね。必ず私が守ってあげるから…!)
疲れや眠気も気にならない。感じない。
姉としての使命感やこの殺人ゲームに自ら乗って殺人を犯してしまった事による奇妙な高揚感に頭を支配され、自分の体の事など省みる余裕は無いからだ。
だがしかし、頭は至って冷静だ。歩きながらでも脳の中では様々な考えを次々に巡らせている。
(さっきの人から聞いた話の限り、ソンゴクウって人は有力な優勝候補。
あの
ヤムチャって人の話を信じるなら、今の私では到底敵わない…)
つい先ほど拷問まがいの方法でヤムチャから引き出した情報をしっかりと記憶しており、それらの事を歩きながらずっと思案していた。
(気?カメハメハ?さいや人?にわかには信じられないけど…
確かに最初に殺されたあのスキンヘッドの人は、おかしな技を使ってたものね…あれが『気』?)
ゲーム開始前に
フリーザという者に殺された人物、『
ナッパ』の使った非現実的な技をすでに目の当たりにしているため、ヤムチャの語った話を信じざるを得なかった。
(……!))
ふと2・30メートル先に一人の人影を見つける。向こうはまだこちらに気付いていないのか、
道沿いに生える木の幹に背を預けて地面に腰を落としてじっとしている。
視線の先のその人物は、まるで先ほど思い出していたナッパの姿と被るような『スキンヘッド』の大男であり、
すかさずその男に姿を見られまいと道の脇に身を屈めて息を潜めて考える。
(もしかしてあの人も『気』が使えるの?…いいえ、彼らのような変なコスプレ姿じゃないから、多分それは無いはず)
まもりはその大男の屈強な風貌や独特の雰囲気を見て無差別殺人者…マーダーの可能性が高いかもしれないと踏み、
セナの情報を聞き出すのは断念してこのまま暗殺してしまう事を決意する。
デイパックから魔弾銃を取り出して弾を一つ込めてから、気配を殺してじっくりと距離を詰めていく。
(…この距離なら大丈夫よね。万が一外れたら…逃げればいい。まだ薄暗いもの、逃げきれる確率は高いはず)
後方に顔を向けて退路の目星をつけるとターゲットの人物に視線を戻す。
そして魔弾銃を構え直して照準を定め、引き金に指をかける。
(ごめんなさい。セナの為に…死んで下さい)
心の内で強く謝罪をした後、魔弾銃を撃つ。
一瞬で十数メートル先の大男に着弾し、弾からイオラが炸裂して光を放って小規模の爆発が起きる。
それを目で確認すると立ち上がって男の死体を確かめようと目を凝らす。
「……あれ?」
爆風が収まったその場所に男の姿は無かった。吹き飛んだのか、それとも回避されたのか…
「キャ…ッ!」
突如腹部に何かが強く当たり激しい痛みを感じて後ろに倒れ込む。
(えッ!?何をされたの!?いけない!逃げなきゃ!!)
まもりの前方には男が無傷で立っており、左手にはいくつかの小石が握られているのだが、まもりにその武器の正体を見る余裕はなく、
何よりも奇襲自体が失敗に終わった事により発生した身の危険を優先して、一目散にその場から走り去る。
「……逃げたか。」
その男…
伊集院隼人。人によってはファルコンや海坊主などと呼ばれる事もあるその男は、
遠ざかるまもりの後ろ姿を黒いサングラス越しに見送りながらその場で立ち尽くす。
もっとも…彼は目が見えないので正確には『走り去る音を見送った』のであるが。
まもりの去った後に残されたデイパックの元へ歩み寄りその中を手で探るが、
小さくため息を吐いた後にそれを担ぎ、自分の荷物も一緒に担いでまもりとは逆の方向へと体を向ける。
実は彼は人より優れた聴力の持ち主であったために、まもりの存在やその行動を初めから全て事細かに察知していた。
まもりのただならぬ殺気を感じ取り、銃の発射音とほぼ同時に身を翻して弾道を見切った上で、
間合いを詰めながら手に持った石をまもりの腹部めがけて投げたのだ。
(…若い女性…か。そんな奴までこのふざけたゲームに乗ってしまっているのか…
とにかく、エモノがなきゃ始まらん。銃火器の類を探すとするか…)
胸ポケットの中に入れてある『自分に支給された武器』を手で触りながら「ふざけるな」と言わんばかりに小さく舌打ちをし、そのまま道の先へと歩き始めた。