0149:其を呪縛するものは ◆hpxW1quo8.





彼の原点。それは遥々続く大海原。苦い潮の匂い。時に荒くときに優しく、絶え間なく打ち寄せる波の音。
船の刻むリズムに、笑い合う友達の声。

少年には、仲間がいた。
皆の頭脳として常に先の先を読む、利発で頼れる航海士。女性に優しく情に厚く、腕も脚も確かな料理人。

その少年には、短い時をともに過ごした仲間がいた。
わき目も振らずに剣の高みを追いかけ続ける剣士。道化の仮面の下にあふれんばかりの勇気を秘めた狙撃手。
髑髏の旗に命を救う志を誓う、人よりも動物よりも優しい船医。

少年には、短くも濃い時をともに駆けた、かけがえのない仲間がいた。
ふとした瞬間に散ってしまいそうな、ガラスで出来た繊細な花のような、そんな危うい微笑を浮かべていた女。



「ウキ、ウキィ……(なあルフィ、こんな辛気くせぇところ早くはなれようぜ……?)」
天高く昇った太陽が、全てを平等に暖め始めている。
木も草もコテージも、それから赤にまみれて地面に転がる死体たちをも。
「……………」
ほんの少し前まではさわやかな森の香に包まれていた空気の中に、今は確かな死臭が自己主張をしている。
それは先刻の悪夢が悪夢ではなかったことを、彼らに改めて思い知らせようとしているかのようだった。
「ウキ、ウキ、ウキィ…(そりゃ、あんなところ見せられたらショックだったのかもしれないけどよ…
 野生の摂理だとおもやぁ、仕方ないって…思えねーか)」
「…………」
ずっと寝転がって嫌味なほど青い空を眺めていた赤いベストの少年は、
日にあぶられて強くなり始めた死臭が鼻についたのか、無言のままかぶっていた麦藁帽子を顔の上に乗せた。
白いブーツにえぐられたわき腹の傷が、単純な怪我以上にじくじくと痛む。
「ウキィ、ウキキィ……?(なあルフィ、もしかしてそんなに悪いのかよ?)」

ルフィは何も言わない。悟空無しではエテ吉の言葉が分からないこともあるが、
実のところ、彼の周りをさっきから落ち着きなくうろつく獣の心遣いは、ことごとく的を外れていた。


彼は若くして海賊の一味を率いる男である。
修羅場の一つや二つは味わって当然だし、流血を強いられたことも、血を吐きながら死線を潜り抜けたことも幾度となくある。
こともあろうか国家の内乱にまで関わり、億にも上る額の賞金をその首にかけられた彼が、
今更血だの人の死だのを目にして怖気づくほどのもろさを持っているわけもない。

ただ、一度は「仲間」だと信じた人間が、目の前で凶行に及んだというただ一点の事実が彼の心を固まらせていた。


仲間という言葉は、そして友達という言葉は、ルフィの人格形成にとって特別な意味を持っている。

彼が命の次に大切にしている麦わら帽子のもともとの持ち主は、赤髪のシャンクスと名乗る海賊だった。
生も死も共にし、手に手をとってあらゆる障害を乗り越えるかけがえのない仲間たち。
赤髪のシャンクスが体現していた海賊の理想の姿に、どれほど幼き日のルフィは憧れただろうか。
そして、ルフィのせいで片腕を失うことになったとき、シャンクスはルフィを怒りも責めもせず、
取り乱し泣き喚く自分を抱きかかえ、ただただ出会ったばかりの『友達』の、ルフィの無事を喜んだのである。
―――――おそらくは、ずっと共に航海してきた仲間に対してするのと同じように。

結局、それがルフィの人生を決定付けたようなものだった。

何よりあのシャンクスがそうだったのだ。
そういう姿勢でいさえすれば、仲間は自ずから集まってくるものだとルフィは固く信じている。
だからこそ村をたった一人、小船一艘で飛び出してきたのだし、事実未熟ながらもその姿勢を貫いて今まで、大きな間違いはなかった。


いつなんどき死を迎えてもおかしくない海賊の時間は、不安定な代わりにとても濃い。
仲間は仲間であり、その絆の強さに、共に過ごした時間の長い短いは関係ないのだ。
旅先で出会った人物の寄せ集めで出来たルフィ海賊団は、そんなルフィの理念の塊のような存在である。

では、もしそんな仲間が、彼に何も言わずに裏切ったら。
彼の兄が白ひげ海賊団を裏切った「黒ひげ」を追っていたのと同様、
本来ならルフィは裏切り者を率先して処分せねばならない立場にある。
「…………」
だがそれを即断するには、悲しいかな、ルフィはあまりにも友人に恵まれすぎていた。

だから彼は疑う。仲間が裏切ったというその事実自体を認められずに疑ってしまう。
たとえ仲間のする何を肯定できても、仲間としての忠告や処罰を行うことが出来ても、
「裏切られた」ということを肯定することだけは、彼にはどうあっても出来ないのである。

それは麦わら帽子の形をした十字架。
夢のために苦痛も悲しみも死すらも受け容れられる彼がただひとつ、幼い日に背負った最大の呪縛。


「ウキ…ウッキ!(お、ルフィ!)」
反応のないルフィにやきもきして、ふてくされ気味に寝転がっていたエテ吉が飛び起きる。
「よいせっ……っと」
目を輝かせるエテ吉の前で、ルフィはひざに手を付くと傷ついたわき腹をかばうようにゆっくりと立ち上がった。
おもむろに周囲を見回したルフィの目に、落ち葉の上にぽつぽつと数滴垂れ落ちた血痕が映る。
「悟空は、あっちにいったのか」
「ウキ!ウキィ!(ああそうだ、確かにあっちのほうだぜ)」
「……そっか」
ルフィはエテ吉の甲高い声を肯定の意味ととったらしい。
だから逆のあっちに行こう、とエテ吉が言おうとする前に、ルフィは無造作にすたすたと歩き出した。


「よし、行こうぜ」
「ウ、ウキ?ウキー!?(おい、そっちは違うぞ!?)」

ルフィはもうエテ吉を見ていない。

「あのやろ、ひでえことしやがって」
「ウキー!ウキー!ウキー!(おい、おい!?まさか追いかける気じゃねえだろうな!)」

ルフィはもはや前しか見ていない。

「ゆるさねー、絶対一度ぶん殴ってやるから」
「ウキキキ!ウキ!(待てってルフィ、おい!)」

ルフィが見ているのは、何も告げずに自分の元を立ち去った「仲間」のみ。

「ウキッ、ウキキキー!ウキーーー!」

必死で訴えるエテ吉の声にも、彼の足取りは止まらない。
よしんばルフィがエテ吉の言葉を解したとしても、彼の行動は変わらなかっただろう。
エテ吉には野生に培われた観察眼のせいか、ルフィの意思の固さが嫌というほど分かってしまった。
彼の脚に取りすがって何とか引きとめようとしていたエテ吉の脚がたたらを踏んで止まる。

「ウ…」

今自分一人で逃げてもいい。
というかこの先に待っているのは間違いなく危険だ、今なら逃げられる、逃げるなら今しかない。
そう、自分一人で。あれらの化け物から。
あれらの他にどこにまぎれているかもしれない化け物と。

――――戦えるのか?逃げ切れるのか?一人で?
    あの殺しても死なないようなヂェーンが死んだような環境の中で、何時どこにいるとも知れないターちゃんと出会うまで?

「ウキャーーーーー!!!!」

エテ吉は絶叫した。
何者かに聞きつけられる可能性もあったが、それでも普通の人間が聞いたらただの獣の咆哮だ、構うことはない。

「ウ…キー!ウキキキキキー!(どうなってもしらねえぞ!やばくなったら俺は逃げるからな!)」
一度は離れかけた足音が再び追いすがってきたのに気づいたルフィは、そこではじめてエテ吉のほうを見た。
「お、なんだお前も来るのか?」
「ウキー!(来るのかじゃねえよ!)」
半分以上お前が無理やり同行させてるようなもんだ、ついて行ってやるのをありがたく思いやがれ!
ルフィには理解できぬ声でそう言って、エテ吉はずり落ちかけたザックを背負いなおした。


「安いもんだ、腕の一本ぐらい」
赤髪のシャンクスはかつてルフィを許して、そう言った。
ではもし、孫悟空のあの行動が何か理由があってのことで、それを許そうとしたとき、ルフィは言えるのか。
人間二人の命ぐらい安いものだ、と。
もし許せなければ、そのときルフィは本気で彼と殺し合うことが出来るのか。
幸か不幸か、ルフィの考えはまだそこまでは至っていない。


花の代わりに色とりどりの木の実を手向けられた二人の青年の遺体が、立ち去って行く彼らを見送っていた。





あの場からどれだけ離れただろうか。
無理の利く身体ではないのに、どうもかなり酷使してしまっていたらしい。
らしい、というのはそれまでの経緯がはっきりしないからだ。
しなくてはならないことがあって急いでいたような気もするし、何かから必死で逃げてきたような気もする。

気が付いてみると、青年は大きな平たい岩の上で仰臥していた。

全身からは、甘ったるい鉄錆の匂いが濃厚に漂っている。
日に掲げて見た白いグローブは美しく毒々しい赤に染まっている。

何がどうなったのか。何がどうなっているのか。
興奮状態が去ったばかりの朦朧とした理性で、青年はぼんやりと思考する。

自分は何をした?この先何をしようとしている?
脳髄をしびれさせるこの快感は何だ?心の芯を冷え切らせるこの罪悪感は何だ?


 俺は
    誰だ?


艶のある黒髪が金色の日光を弾く。

この辺りに少なくとも今地球人はいない。
何故かその事実に一抹の安堵を覚えて、青年は今はそれ以上考えるのをやめることにした。




【長野県、別荘地周辺/正午辺り】

【モンキー・D・ルフィ@ONE PIECE】
[状態]:各部軽傷、わき腹に軽いダメージ、空腹(山の幸は供えてしまったのでほとんど手をつけていません。)
[道具]:荷物一式
[思考]:悟空を追いかけて一発ぶん殴る

【エテ吉@ジャングルの王者ターちゃん】
[状態]健康
[装備]パンツァーファウスト(100㎜弾×4)@DRAGON BALL
[道具]:荷物一式
[思考]:ターちゃんとの合流、とりあえずルフィに同行


【現在地不明/正午辺り】

【孫悟空@DRAGON BALL】
[状態]:カカロット化(不安定、思考力低下)、疲労、休息中
    出血多量、各部位裂傷(以上応急処置済)
[装備]サイヤ人の硬質ラバー製戦闘ジャケット@DRAGON BALL
[道具]荷物一式(支給品未確認)
[思考]?(周囲に地球人がいないので目的を失っている。誰かと出会ったら……?)

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131:孵化 モンキー・D・ルフィ 213:涙は包み、溶かされて
131:孵化 エテ吉 213:涙は包み、溶かされて
131:孵化 孫悟空 156:最強の厚着

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最終更新:2024年01月15日 03:52