0166:拳の王 ◆HDPVxzPQog





「蟻が幾ら束になろうと、象には敵わぬが、然し」

青色の光弾――霊丸(レイガン)の撃ち放たれた方角を見遣れば、二名の男の姿が浮かぶ。
"霊界探偵"浦飯幽助と、死を呼ぶ"黒猫"トレイン・ハートネット
土煙の中に悠然と佇む世紀末覇者ラオウは、対峙していたクロロに加勢が現れたことに、臆すどころか喜びを感じていた。
雑魚を雑魚として各個撃破するなどという作業は、其れこそ凡百の雑魚どもに任せるべきことだ。

「同時に、脆弱な矢であろうとも、集えば折れぬこともあると聞く。
 この拳王、多勢に無勢であろうと逃げも隠れもせん!
 ウヌらが唯の蟻であるか、其れともこの拳王という名の天に向け射られた矢であるか。
 ここで試してみるのも面白かろう」

スゥ―― 
大地を踏みしめた巨漢が深く息を吸い込めば、唯でさえ巨大な彼の存在が、より密度を増したように感じられた。
北斗神拳奥義『天龍呼吸法』
通常人間は30%程度の力しか出すことは出来ぬ。其の、秘められた潜在能力を自在に扱うための奥義。
身体中に満ち満ちた闘気は溢れ出さんばかりであって、今正に、捧げられる生贄を待ち望んでいた。
円満な解決など、有り得ぬ。この闘争に終止符が打たれるとすれば、其れは、どちらかの死を以ってしてのみ。

「好き勝手言ってやがるけどな。
 オレはそういう暑苦しいの、興味ないんだよね!」

拳王の放つ圧倒的なプレッシャー。杏子は勿論、他の面々も迂闊には手を出すことも出来ずにいる。
そんな膠着した時を動かしたのは、黒猫と呼ばれる掃除屋、トレインだった。
――猫は自由な生き物。一時であろうと、束縛されるのを極端に嫌うのだ。
可変型バスーカ砲"ウルスラグナ"を肩に構えると、即座に、引き金に手を掛ける。
"不殺"だ如何だと躊躇している場合ではないことは理解していた。手を抜いてる場合でも!

「――――!」

轟音とマズルフラッシュ。
悲鳴は誰のものか判断不可能。全ての音が、より凶悪な音によって飲み込まれた。
放たれたバズーカ弾は、確実に拳王を名乗る人物を巻き込み、影も残さぬ塵芥と――

「斯様な兵器の前に敗北する北斗ならば、誰も世紀末覇者を目指そうとは思わぬ」

爆心地には何も残されていなかった。黒死体と化すべきラオウも、対峙していたクロロも。
豪、とした声とは裏腹に、跳躍した巨漢の動きは、実に流麗――北斗神拳『空極流舞』
全身の神経を研ぎ澄まし、空気の動きに逆らわずに跳躍することにより、向かい来る飛び道具を回避する秘儀。
然し、この技の真に恐るべきは、回避とほぼ同時に反撃に転ずるカウンター技であることだ。

――やべえ!

バズーカ弾の行方に気を取られていた黒猫の瞳に映るは、爆発の勢いさえ利用し、宙を舞ったラオウの姿。
移動して回避するには、抱えてしまったこの"ウルスラグナ"は重過ぎる――

「……させるかよ!」
「……!」

今正に、黒猫目掛けて拳を下ろさんと振り被ったラオウの両サイドに、2つの影が浮かび上がる。
着地する左膝を目掛けて、クロロの強烈なローキック。
振り上げた右腕に対して、幽助の霊気を篭めた右ストレート。
さしもの拳王も自在に空は飛べぬ。この猛者を打倒するならば、与えられる隙は幾度かの数瞬――
クロロ、幽助とて示し合わせたわけでは勿論ないし、そのような時間も与えられる筈もなかったのだが、
二者の豊富な戦闘経験が、微かに与えられた隙を見逃すこともなく、結果として同時同瞬の攻撃を可能としたのだ。

「……羽虫風情が、思いの外、やりおるわ!」

腕だけを抑えられれば、脚があった。脚だけを抑えられれば、腕があった。
然し其の両方を同時に奪われたとあっては、拳王とて力を振るうことは出来ぬ。

「然し……未だ、生温い!」

其の動きを挟み込むように封じてしまった上でも、ラオウの優勢には皹も入らぬ。
裂帛の気合と共に、腕と脚に纏わりついた二名を、唯、力任せに弾き飛ばし、
同時に、上半身を捻りながら旋回させれば、唯一自由な左の豪腕を、幽助の身体へと叩き込んだ!

「……ぶッ」

間一髪、両腕で防御するも、身体ごと大きく吹き飛ばされる。"無敵"の筈の鉄鋼が、上げる悲鳴、軋み声。
単純な腕力をのみ考えようとも、拳王は拳王。場の誰にも劣りはせぬ。

蜘蛛の子を散らすように飛散する、天に弓射るが如き三名――地に伏したままトレインが怒声を上げた。

「……こんにゃろぉッ!!」

――ガコン、撃鉄の落ちるような可変音。
砲身を握り手に、グリップを槌の形へと見立てれば、バズーカ砲"ウルスラグナ"は一転して一撃粉砕の鈍器へと転じる。
一足飛びに襲来する黒猫めを眼に映しながら、拳王は不敵に唇を歪めるのだった。



地面に叩きつけられ、刹那、朦朧とした意識の中で浦飯幽助は考えた。
目を見張るような特殊なルールを強いられるわけでもなかった。
強力な武器を扱うわけでも、怪しげな秘術を用いるわけでもなかった。
唯、其の肉体の頑健さのみにおいて、何者をも寄せ付けぬ、最強の存在。
――思い出さぬわけにはいかなかった。師を殺し、妖怪に転じた、あの男を。

「戸愚呂……!」

倒せるか倒せぬかはさしたる問題でなかった。
力を求める誰かの傲慢が、いずれ他の誰かの不幸を呼ぶことを見逃すわけにはいかない。
この男はオレがココで始末する――いや、始末せねばならないのだ。

覚醒する意識。じり、と砂を掴む幽助を介抱するように、何時の間にか近づいていたクロロが手を伸ばした。
伸ばされた手を勢いよく振り払う。クロロは、少しだけ笑ったように見えた。この状況で、不思議と。

「随分と熱くなっているようだが、少しだけオレの話を聞く気はないか?」

無策に殴り掛かりそうな幽助に対して、語り掛けるクロロの声。

「ああ?」
「そういきり立つな。勝つものも勝てなくなる」

今の浦飯は、言うなれば点火済みの導火線。言葉に配慮など無くなって然りだ。
見れば自らを拳王と名乗った人物と、黒猫――トレイン・ハートネットが戦いを繰り広げている。
戦況は、拳王に優勢、否、一方的に打ち込まれるラオウの拳撃を、如何にかオリハルコンの鉄槌で防いでいる状況。
鋼ごと、兜ごと粉砕するラオウの拳を以ってしてさえ、オリハルコンの防壁を打ち破るのは易々とはいかぬようだ。

「さっきの青い光、アレはアンタの能力だな?」

瞳は戦闘へと差し向けたままに、クロロは短く尋ねた。
先刻、横合いから放たれた青い光による衝撃。自分の物差しで計るのならば、"放出系"の能力。
ラオウに応戦中の少年が其の持ち主ならば、無策に突っ込みはするまい――そう考えての問い掛けだ。
冷静に戦況を眺めるクロロに対し、幽助といえば今にも飛び出さんとしていた。
"それがどうした"と口調も荒々しく苛立ち、

「霊丸だ。オレの18番だったんだんだが……見ただろう、あの肉だるまには効きやしねえ。
 間の悪いことに、後二発しか残ってねえしな」

青い光呼ばわりされたのが気に食わなかったわけではないけれど、怒鳴るように吐き棄てた。
クロロは自らの顎を捻るように思案すると、

「……二発、ね。
 其れだけあれば十分だ」

確信に満ちた笑顔を、差し向ける。怪訝そうに睨み付ける幽助。
クロロは怖い顔をするなよ、と前置いてから、

「拳王だっけか、確かにあの男は不死身の怪物のように思えるかもしれないが、実際は違う。
 アンタの攻撃は、着実に効いている。いや」

言葉を一度切った。大切な部分だ、念押すように息を吸い込むと、

「今までのところ、"アンタの攻撃しか効いてない"と言っても過言じゃないだろうな。
 アレは唯の筋肉の塊なんかじゃあない。凄まじいまでのオーラの鎧に包まれた、難攻不落の要塞だ」

「……結局、何が言いてえんだよ、アンタ」

ラオウを見据えるクロロの瞳は、鋭く尖るような輝きに満ちていた。"凝"――相手のオーラを知覚する技術。
盗賊の眼に映るのは、ラオウの全身を覆う禍々しい程のオーラ――闘気。
"理想的な強化系の能力者だ"とクロロは感じると共に、戦慄する。単純ではあるが、其れ故に攻略困難。
生半可な攻撃ではあのオーラの防壁を崩すことは、不可能。
然しながら、同程度に高められた"強化系"或いは――"放出系能力者"ならば。
クロロは瞳を流し、ついと指を持ち上げると、指し示した。

「オレが隙を作る。霊丸――だっけ。
 必殺技を撃つならば、胸を狙うといい。ケチらずにな」

ラオウの胸を。目を凝らせば、確かに紅く"V"の形に傷が刻まれていた。
勝利に固執する一人の戦士が、自らの死と引き換えに刻み込んだ最後の一撃。
盗賊は口元をニヤリと歪めると、ラオウを回り込むように走り出した。遅れるな、と背中で語って。

「へっ。前置きが長過ぎんだよ」
頭に血が上り過ぎていた幽助の顔に、微かな笑みが浮かぶ。
やがて彼も、グルグルと柔軟運動のように腕を振り回しながら、加熱する戦いの場へと駆け出した――



降り注ぐ拳の雨。否、其れが雨ならばどれだけ良かっただろう。
拳王の放つ一撃一撃は、目にも留まらぬ速さであるとか、反応が間に合わぬほどの連続攻撃であるとか、
其の類の不可避な拳撃では決してなかった。特に、一流の掃除屋である、トレイン・ハートネットにとっては。
唯、繰り返される一撃が、即ち必殺。回避を損ねた瞬間に、自らに訪れるのは絶対なる死―― 故に、気が全く抜けない。
ハンマー型に可変させた"ウルスラグナ"を盾に、撃ち込まれる数多の拳を回避し切るので、今は手一杯だ。
然し、ラオウとて其れは同じ筈。粘り続ければ、何れ反撃の機会はきっと――

「ふぬ…………余興めと戯れておったが、単調に過ぎる。この拳王、聊か飽いた」

ずしゃ。
左脇に構えていた右腕を、斜め上に振り上げる貫手の一閃。
グツグツに熱した鉄棒を当てられたような痛みが走れば――ボトリと落下するトレインの右腕。
「……ッッ!」
一呼吸の間も無く続く一蹴を、如何にか"ウルスラグナ"で防御するも、其の先が続かなかった。
――ラオウにとって今までの攻勢は、未だ児戯に過ぎなかったのだ。
ドンッ! 人形のように吹き飛ばされ、何度か転がってはうつ伏せに地を舐める。
慣れた拳銃"ハーディス"とは勝手が違い過ぎる。この超重武器を、片腕で支えるには無理がある――

「トレインッ!!!!!」
「……ちぃ、遅いぜ、幽助」

右腕を、長年連れ添った相棒の片割れを失った。けれど、窮地に立たされようとも、黒猫は弱音を吐くことはなかった。
ただ、"新しい方の相棒"の声に返事を返せば、槌を支えに立ち上がる。彼の瞳は、諦めなど微塵も感じさせなかった。
双眸は絶望に染まるどころか、愉しげに答えすらした。既に、戦える状態ではなかったけれど。

「ま、感謝しろ。美味しいところは残しておいてやった」
「……へ、言いやがる。フラフラじゃねえか」

追い討ちを仕掛けんとするラオウの前に、立ち塞がる影は、浦飯幽助。
ほぅ、と感嘆の声を上げる拳王。立ち上がるオーラは、先程のそれとは比較することも適わぬ。
背姿のまま、青年は言った。誇り高き黒猫に。瞳の端に、未だ震えて動けぬ杏子の姿が映った。

「立てるよな。だったら、あの女の子を頼む。テメエにしか頼めねえ仕事だ。トレイン」

逃げろ、とは言わなかった。互いに一人の男として、通じ合えるものがあったから。
不器用な心遣いを受けて、黒猫は静かに微笑んで、ああ、小さくと頷いた。

「この腐れゲームで最初にアンタに会えたのは、幸運だったぜ、幽助。
 ――生き延びろよな、絶対」

着飾った言葉は必要なかった。後は、請け負った仕事を完遂するだけだ。最高のスイーパーの誇りにかけて。
鉄槌を如何にか肩に抱え、茫然自失とした少女を促すと、トレイン・ハートネットは森の奥へと消えていった。


「……別れの言葉は済んだようだな」
唇を歪ませながら、拳王が呟く。背中を見せ逃れ行く手負いの黒猫は、最早眼中に無かった。
ラオウにとって猛者との闘争、其の打倒こそがこのゲームの全て。負傷した弱者は既に、死と等価である。
「気負う必要は無いんでね。また、直ぐに会える」
拳を打ち合わせて音を鳴らし、幽助――そして、クロロは対峙する。左掌には、開かれた"盗賊の極意"。
「笑止」
拳王の前に立ち塞がるは、何れ違わぬ猛者。けれど、最後に勝ち残るはこの拳王を除いて他にはあらぬ。
言葉と同時――戦いの火蓋が、三度切って落とされた。





【栃木県/午前】

【トレイン・ハートネット@BLACK CAT】
[状態]左腕に軽傷、右腕肘から下を切断
[装備]ウルスラグナ@BLACK CAT(バズーカ砲。残弾1発)
[道具]荷物一式
[思考]1:杏子と共に逃走
   2:スヴェン、イヴ、リンスを探す
   3:幽助に協力する
   4:ゲームからの脱出

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]健康(頭部軽ダメージはほぼ完治)
   本日の霊丸の残弾2/4
[装備]新・無敵鉄甲(右腕用)@るろうに剣心
[道具]荷物一式
[思考]1:ラオウを打倒
   2:桑原、飛影を探す
   3:トレインに協力する
   4:ゲームからの脱出

【真崎杏子@遊戯王】
[状態]歩き疲れ、ラオウの出現に困惑
[道具]無し
[思考]1:ロビンを追う
   2:遊戯、海馬を探す
   3:ゲームを脱出

【クロロ=ルシルフル@HUNTER×HUNTER】
[状態]:健康
[道具]荷物一式(支給品不明)
[思考]1:能力、アイテム、情報などを盗む
   2:ラオウの襲撃から逃れる
   3:霊丸(レイガン)を盗む
   4:可能ならば杏子を利用
[盗賊の極意]:予見眼(ヴィジョン・アイ)

【ラオウ@北斗の拳】
 [状態]:胸元を負傷、霊丸によるダメージ(闘気で軽減)、右腕にダメージ
 [装備]:無し
 [道具]:荷物一式、不明
 [思考]:1.目の前の事態に対処、打倒する。
     2.いずれ江田島平八と決着をつける
     3.主催者を含む、すべての存在を打倒する(ケンシロウ優先)


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162:彼の星が蒼く輝くとき トレイン・ハートネット 209:掃除屋達の慕情【前編】
162:彼の星が蒼く輝くとき 浦飯幽助 188:拳王地に臥す
162:彼の星が蒼く輝くとき 真崎杏子 209:掃除屋達の慕情【前編】
162:彼の星が蒼く輝くとき クロロ=ルシルフル 188:拳王地に臥す
162:彼の星が蒼く輝くとき ラオウ 188:拳王地に臥す

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最終更新:2023年12月25日 12:57