0167:眠れぬ朝は君のせい・中編 ◆GrUZH7gF.E





───まるで黄泉の世界だ。ルキアはそう思った。
そこは見渡す限りの闇。前も、後も、左右も上も、どこを見ても闇しかない。
その闇に囲まれた更地の上に、彼女は座り込んでいた。

辺りを見渡す。何もない。闇以上の光すら見えない。まるで闇が自分を内包するように。自分だけがいる世界。
どういうわけか、光がない世界でルキアは闇を見ている。
矛盾。ただルキアの思考は其処には至らなかった。目の前の大きすぎる謎に全ての思考回路を奪われていた。

不思議と、ルキアは動こうという気が起きなかった。
闇に目を奪われたからか。なぜ自分がここにいるか考えたかったからか。
そう、たしかにこんな場所にいる前まで、自分は殺し合いという喧騒の世界に身を置いていたはずだった。
気づけばここにいた。ここも会場の一部か?などという考えは微塵もなかった。
会場、いや現世とも違う、なにか言葉で表せないものがあったのだ。
どちらかといえば……尸魂界に近い、そんな感じだった。

一瞬、不意にルキアは気配を感じる。周りを見渡すが、やはり闇以上に見えるモノは何もない。
気のせいか、とルキアは何気なく顔をうつぶせようとした。
その落とした視線の先には、闇と地面の境目がある。

じり

境目が、動いた気がした。

黒い部分が手前に、そう、闇がほんの一寸だけこっちに近づいた。
ルキアは目を疑い、改めて境目を見る。ゆっくりと蝸牛のように、境界線は動いていた。
見間違いではなかったらしい。後も、左右も動いていた。勿論、自分の方へ。
ルキアは少し悪寒を感じる──
闇が近づいて来ることの意味に、意識の奥底で……朧げながら感づいてしまった。
この闇は、自分を取り込む気ではないかと。もし取り込まれたなら、自分はどうなるだろう。
闇の一部となるか?その時は苦痛を伴うのだろうか?
静かな空間の中で、ルキアは様々な考えを頭中に巡らしていた。

時は過ぎる。
日時計の経過のように、ルキアと闇との距離は随分と縮まっていく。
ルキアは変わらず、微動だにしない。
ただずっと正面の闇との距離を見定めていたようだった。

変化は不意に訪れる。目の前の闇に色彩が宿り始めていた。
それまで動じずにいたルキアも少し慄く。
スクリーンに映像が投射されるように姿が現れ、徐々にその色は人の形へと変化を遂げていった。
輪郭が見え、服装が彩り、目鼻や口の区別もついてきている。

そこでやっとルキアは理解した。
それは──いや複数いる──それらは闇よりこちらを覗いていた。そう、ルキアをずっと見つめていた。

闇の奥から覗くその人は───袴を羽織る白髪の男と、鋭い眼光をした若者。
坂田銀時海馬瀬人だった。

にやつきを浮かべた銀時。寡黙に腕を組んで長裾をなびかせている海馬。
二人とも戦乱の中で出会った時と全く変わらぬ姿をしていた。
この二人が闇の中に、ルキアは灯りの内側に。
ルキアは頭の中で瞬間的に答えを導き出す。
二人はルキアと共にフレイザードと戦い、二人ともルキアを庇うように命を落とした。
この二人の死にルキアが密接しているのだ。

ルキアの答とは。ここは真の黄泉だということである。

彼女の知るうちで、本来死者が集うのは尸魂界だった。
しかし考えれば、この戦乱の場に飛ばされてから理解の範疇を超えたことばかり。
虚とも違う異形の化物。具象化される絵の中の怪物。
もしかしたら魂が弾き飛ばされる場所も理に適うわけではないかもしれない。

──つまり私も……

気づくと、闇は手を伸ばせば触れられるほどの距離になっていた。
この時を待っていたように、闇の中の二人からゆっくりと手が伸びる。
その眼差しは寛容か羨望か、とても柔らかなものだった。

──私も……そちらに行くべきなのだな

二人の真意は知らない。しかしルキアに纏わりついていた恐れは、義務感へと変わっていた。
この手をつかめば、自分の命は溶けるだろう。それでも構わず、ルキアの右手は動こうとした。

──助けて……くれて……本当にありがとう

これが最後、そう思った時だった。
刹那、ルキアはその右腕を何者かにつかまれた。
闇より伸びていた双腕は眼前で止まったまま。思わず悲鳴をあげそうになる。
ルキアは右手を見やる。地面よリ手が生え、がっちりとルキアの右腕を握っていた───



「……何でオレがこんなことやらなきゃなんねーんだ、クソッ」

緑髪を揺らしながら、ボンチューは小さく不満を漏らした。
理由は目の前の少女。先程世直しマンが連れて来た『行き倒れ』らしい。
青函トンネル手前で倒れていたとの事。どうやら気絶した者の心は読めなかったそうだ。

そこまではよかった。
しかし、バッファローマンと世直しマンは「二人で話し合いをする」と言い、強引に居間から締めだされてしまった。
ただ装備を抜いただけで、敵かどうかも分からないのに。
無責任にも、ボンチューは少女の介抱を全て任されてしまったのだった。
そして現在。目の前には少女。

「こいつ……どうすりゃいいんだ?」

今からやることは分かっている。戦いに明け暮れていた自分にとって、傷の手当てぐらいならお手の物だ。
ただ、ボンチューが悩んでいるのはそこではなかった。
何せ彼は見た目に反し、わずか7歳。
それまでの経験に色沙汰などなく、女の扱いはどちらかと言えば不得手の部類と言えた。

(……起きてゴチャゴチャ言われる前に、さっさとケガだけ見りゃいいか……)

メンドくせーと思いながらも、目の前のケガ人をなんとなく放っておくことは出来なかった。
考えに従って服を脱がそうと、ボンチューは少女を腰から持ち上げる。
両腕が垂れ、袖の先から少女の腕が露になり、雪のように白く透けるような肌がボンチューの目に映った。
その視界の隅に、ボンチューは小さな火傷の痣があることに気づく。

(火傷、か……)

傷を一瞥するボンチュー。
それはいつもなら気にも留めないような焼き膨れの痕。

……火傷………………火傷………………………やけど?

ただ、あの夢を見た後でなければ。



───連想。火。少女。
その瞬間、ボンチューの脳裏に獄炎の映像が流れ込んできた。
次々と眼前に湧き上がり来る灼熱の炎。


(──っ! ───っ!?)

どこかで見たような子供が現れた。なにか必死に叫んでいる。

(────ッッ!!─────ッッ!!!)

声にならぬ声で叫ぶ。喉がつぶれながらも叫びつづけている。
炎に巻かれる少女。もしかして『あれ』はこの少女に向かって叫んでいるのだろうか。
なぜ助けない?そんなに叫んでも何の意味もないだろうに。

ああ、そうか。『あれ』はまだ『弱い』んだ。

『弱い』のは罪だ。自分は知っている。世界を生きるには強くなければならない。
何も出来ないというのは弱い証拠。『あれ』は『弱い』。
『あれ』はなんて情けないヤツなんだ、自分の妹さえ助けられなんて。
─────妹?

ふと思う。『あれ』とはなんだ? ───あの子供のことだ。
『弱い』とは? ───それも、あの子供のことだ。

ではあの『子供』は誰だ?
                                   ───オレだ。
誰だ?
                                ───そう、オレだ。
誰なんだ?
                             ───弱いのはオレだった。
           ソウ、ヨワイノハオレナンダヨ

「うあぁあああぁぁぁあぁああぁぁぁあああぁああっ!」
───死ね
「ああああぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁああぁぁああぁあ!」
───死ね、自分の弱さに死ね
「おあぁあぁあああぉおああぁあぁぁああぉぁぁああ!」
───死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ

何かが、おかしい。
なぜ悲鳴をあげる? なぜオレが死ななければならない?
なぜオレは苦しむ?オレがあの緑野郎に負けたから?オレが弱いからか? それが罪だからなのか?
強いってなんだ?なぜオレは強くなろうとした?オレは──オレは───オレは─────
オレは────────────



それは突然だった。未だ癒えぬ傷。激しく揺さぶられる衝動。
彼が戦いに赴くたびに揺り起こされる記憶ではあったが、いつもはほんの僅かなモノだった。
何を思って戦うか、心の底に刻まれた記憶。本人でさえ意識できぬ傷。

彼の意識を蝕み、やがて彼自身そのものを崩壊しかねないほどにまで傷は広がっていた。

そのとき。

───助け、て

声が聞こえた。
そして、頭の中の声は──聞こえなくなった。

救いの声に、救われた。
強くなりたいと思ったのは何故だったか。
目的を忘れていた。そして今思い出した。
他人に打ち勝つためじゃない。まして一人で生き残るためでもない。

──守りたいモノがある

気づくと、自分を囲っていた炎は消え去っていた。
そこにいたのは、最期の時の姿で止まったままの少女。
強く彼女を抱きしめた。ただ一言、自分を認めて欲しかった。その一言ために強くなってきたんだろう。
少女は目を開く。こちらを静かに見つめ、やさしい声で────────


「……何を……している?」

予想と違い、低くわなわなと震え、それで芯の通った声。

「……え?」

場面が全く違う。
今までが、自分の幻想だったということにボンチューは気づく。
少女──ルキアは額に青筋を立てて睨んでいた。
先ほどボンチューが強く抱き寄せたからか、ルキアは夢の中から目を覚ましていた。
一瞬か数刻か、ボンチューは意識が飛んでいたらしい。
沈黙。というか二人とも、とんでもない現状に気づく。

─── 歓喜の表情を浮かべた男が、女の服に手をかけようとしている ───

「あ、いや」
「このッ……不埒者!」

パンッ、と乾燥した音が室内に響く。
ルキアは胸元を手で覆い、一目散に部屋の隅へと退散した。

「オ オイ、勘違いすんじゃねーよ! オレは……」
「何を言うか! 無防備な寝込みに付け入ろうとするなど……恥を知れ!」
「違うんだっ……てオイ! やめろ! それをバラすな! んで投げるな!」
「うるさい! 下がれっ下郎!」
「あたっ! やめろ、コラ、痛ッ!」

ルキアが手にしていたのは、そばにあった蟹座の黄金聖衣。
パーツの一つ一つがボンチューめがけて飛んでくる。それも抜群に重く、固い。
かつて力を貸してくれたはずの黄金聖衣は、今のボンチューにはただ地味に痛かった。





【青森県/午前】

【ボンチュー@世紀末リーダー伝たけし!】
[状態]現在回復中
[装備]なし
[道具]荷物一式、蟹座の黄金聖衣(元の形態)@聖闘士星矢
[思考]1:目の前の女に弁解を
   2:体力の回復

【朽木ルキア@BLEACH】
[状態]:右腕に軽度の火傷
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]1:現在の状況の確認
   2:これからの行動を考える


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最終更新:2023年12月27日 17:11