0199:眠れぬ朝は君のせい・後編





「足跡? あのお嬢ちゃんがいた辺りにか?」
「ああ。それも妙にいびつで大きめのやつだ。あとはあの少女の足跡だけだったな」

ごく一般的な家のごく普通の木製の食卓。
ただ、そこに居るのはごく普通じゃない姿をした二人だった。

「あの少女を見つけたとき、既に意識は無かった。私にはそこがどうも腑に落ちなかった。
 彼女は少なからず負傷している、しかし付近には戦闘の跡が見られない。
 ───さてバッファローマン、どういうことか分かるか?」
一人目、世直しマン。全身を山吹色の鎧に包まれた謎のヒーロー。
十の角が伸びる兜の奥から、鋭い眼差しが時折光る。

「……さあ、言いたいことが全く見えてこねえな。どういうことだ?」
そしてもう一人、バッファローマン。二本の巨大な角を冠した半裸の超人。
破格の巨体を、頷きと共に机越しの世直しマンへと寄せて耳を傾ける。

「北海道から彼女を狙った襲撃者がこちらに渡ってきた可能性がある、ということだ」

世直しマンの言葉に「なるほど」と、バッファローマンは顎をさする。
つまり先刻の緑男に加えて、付近にゲームに乗る存在が更に増えるという事。
最悪そのどちらか、いや、両方同時に交戦することさえ有り得る。それだけは避けたかった。
なにしろこちらには戦いの際、格好の標的となってしまう怪我人がいる。それも二人。

ボンチューの容態は良好になってきたものの、いまだ癒えぬ生傷が多く、疲労の色も強い。
世直しマンが連れて来た少女に至っては未だ何も分からない。
ボンチューに介抱を任せた今、この二人にできることは少女のいち早い回復を願う他何も無いのだ。

「しかし……こんなもので戦うことができるのか?」

そう言って、バッファローマンは一枚のカードを手にする。
『青眼の白竜』。絵の中のモンスターは強そうだが、それ以外はどう見てもただのおもちゃにしか見えない。

「もしかしたらハズレかもしれんが、何か使い方があるかもしれないだろう」
「でもなあ……まあ、あっちのお嬢ちゃんなら使い方知ってるかも」
「そうだな、知っている限りの事を聞き出さねばな。起きるまで待たねばな」
「おいおい…お姫様のお目覚めまで待つってワケかい? 今起こしても大丈夫だろ」
「そうはいかん。彼らは人間なのだ。それこそゆっくり回復を待つしかない……」

そう世直しマンが言いかけたとき。突如隣の部屋から声が響いた。
女の声、それも苛立ち気味の。二人の超人は顔を見合わせる。

「…なんだ、やっぱり元気じゃねえか、あのお姫様」

軽く皮肉を飛ばし、「さっさと聞きに行こうか」とバッファローマンは立ち上がる。
それに応じて、世直しマンは懐に手を伸ばした。

情報の真偽を確認するのに一番早い手段、それは相手の心理を読むこと。
それを手軽に知ることができるのがこの機械、『読心マシーン』。
元々は世直しマンが相手を服従させる手段として利用していた。
弱みを知り、動きを読み、完膚なきまでに叩き潰す。過去の彼はそんな使い方が主だった。

あの三人の首謀者としては、おそらくこのバトルロワイアルのゲーム性を高めるために仕込んだアイテムだったはず。
相手の心理が読める。それはどれだけ危険で、どれだけ恐ろしい甘く香しい美酒となるだろう。
裏切りがわかる。戦いが有利になる。もはや必勝の方程式さえ必要としないアイテムとなりえる。

もしこの読心マシーンが第三者の手に渡ることがあれば、この戦乱は混沌を極めていただろう。
だが今の世直しマンには正義がある。守るべきこともわかっている。
その自信が彼を動かす原動力となっている。

だから、今の彼には人の秘密はあまり欲しい情報ではなかった。

───それは一角しか見えぬ、心の奥の巨大な氷塊。

「……世直しマン? おいどうした、早く……」

バッファローマンが目の前の男に声をかける。しかし反応が無い。

「…………おい、先に行くぞ」「いや」

刹那、世直しマンが制止する。

「少し待とう……これは私たちの出る幕ではなさそうだ」
「……はあ?」
「とりあえず今後の方針はあとで伝えることにしよう。もう名前も目的もわかったからな」

世直しマンの言葉の意味が理解できず、頭の上にハテナを浮かべ当惑するバッファローマン。
ただひとり、世直しマンは隣の部屋で起こっている事の顛末を読心マシーンで聞いていた。




ルキアが目覚めてからしばらく経過していた。
部屋の隅で正座するルキア。どことなくツンとした表情をしている。

一方、ボンチューは疲労困憊だった。
相手が落ち着いてくれたところを、ボンチューは必死に説明を試み続けていた。
が───

「あのな、俺は敵じゃねえんだ。行き倒れだったお前をここで介抱してた、ホントにそれだけ───」
「ほう、行き倒れを襲うとは随分と姑息なのだな。この助平が」
「だッ、誰がスケベだ!!」
「助平でないなら何だ? 獣か? ほう、キサマなら犬が似合いだな。この犬めが」

流れるような罵倒の嵐。
「んだとッ!!」と大声を張る手前、ボンチューは言葉を飲み込む。
少し前から続けているこの問答。ボンチューには何一つ手ごたえがなかった。
そう、この女は揚げ足取りが異様なまでに巧い。見た目に合わぬ老獪さがあるのだ。
口ではこの調子だと永遠に敵わない───だから論議は切り上げるほうが賢明と取った。

大きく、ボンチューは溜め息を吐く。
先刻の誤解が痛かったようで、ルキアは一切の聞く耳を持たない。
下手に言い訳するだけ自分は不利になっているだけ。こちらの言い分を説明することさえ叶わなかった。

───実はあなたが妹に見えて、思わず───なんて言えば、まるでどこかの変態だ。
他人との協力が必要なこの状況で、相手を説き伏せる時間も弁もボンチューには足りない。
ボンチューは額に手を当て、自分の不甲斐なさにうんざりとしていた。

ふと、ボンチューの視界の端でルキアがキョロキョロとしていた。
時折、顎を引いて悩みこむような姿も見える。
なんだ?と顔を向けたボンチューに、ルキアが「あ、そういえば」といった顔を作り、口を開く。

「なあ、私の荷物はどこに置いてある?」

人の事は聞く耳持たぬくせに、自分の事は教えろってか。ああ、女ってのはなんて厚かましい───
そう胸の奥で毒づくボンチュー。
ただ彼は満身創痍ゆえに、もう口論をする気力も残っていなかった。

「……そっちだ」

ボンチューは素直に一つの戸を指で示す。世直しマンたちが居る部屋を。

「…では私の荷物、返してもらおうか。持ってきてくれ」

直ぐにルキアは言葉を返す。
ああ、女ってのは───
再び毒づこうと、ルキアを見計るボンチュー。
しかし、一瞬目を疑う。

ボンチューは、数多くの喧嘩で人を見てきた中で、腐った奴とそうでない奴を知っている。
腐った奴。それらは特徴的な堕落の気配を纏う。
そして目の前の女も。其の腐った奴らとは少し違うが、まさに今それに近い「堕落」を漂わせているのだ。

「…どうした? アンタ、なんかさっきまでと雰囲気違うぜ」

思わず、問いただす。
そこには先程まで自分を茶化していた女の、気配以外に見せるわずかな変化。
白い眼差しに黒味が増し、嘲りの口元が締まり、己の緩めた姿勢が無意識に引き締められる。
なぜだろう。一瞬で彩られたその姿は、ひどく悲しい。

「……何がだ?」

ルキアが言葉を少しだけ紡いだ。
ボンチューは再び目を疑うが、また一瞬、少女からは「堕落」の瘴気を感じなくなった。

「ただ私の荷物を返して欲しいと言っただけだろう…?どうかしたか」
「………あ、いや…なんとなく気になってな」

まるで狐につままれたよう。
いつの間にか、先刻の「堕落」は微塵もなく消え去った──気のせいだったか。ボンチューは思う。

しかし気のせいだけで済ませられないような、胸の底で拭えぬ何かがある。
もしかしたら別に深く考えることでもないのかもしれない。
ただ、ボンチューの中で磨かれてきた「野生の勘」がそれだけに終わらせてくれない。

「…おい、何を呆けておるか!」

ルキアは怒声を飛ばす。その声で、ボンチューはとりあえず思索を巡らせるのを止めた。
「あ…わりい、荷物だったか?」

「……私はここで待つから、早く頼むぞ」

瞬間、なぜか止めたはずの思考が再び働きはじめる。
かちり、と。ボンチューの意識下で、何かが嵌まる音がした。
微かな疑問。そう、納得がいかなかった「堕落」の正体。

ルキアは再び停止した男を睨みつけた。しかし反応は無い。
全くもってふざけた態度をしておる。そう心中で憤怒した。

───この男はどこか抜けておる。まるで何処かの死神代行のように。
───いきなり抱きついてくるわ、延々と言い訳を垂れてペコペコとへつらい……実に女々しい。
───まあ、心はもう決まっておる。たとえうつけ者でも、どんな御素晴らしい方であろうとも。

少し一喝でも入れるか。そうルキアは一息吸い込む。
「何を──」もたついておる!と怒鳴るつもりだった。

「まさか……オマエ逃げる気か?」

目の前の男が言葉を遮る。
ルキアの喉から出かけた声は口から外に出ることなく、そのまま飲み込んだ。
驚いたせいだろう。当たっているのだから。

「……『はい』でいいんだな? 黙ってるって事は。何を企んでる? 別に逃げる必要ねえだろ?」

不意に匂わせていた軽薄な雰囲気が、だんだんと重くなりはじめた。
緊張が張り詰める。言い訳が出るか、真相を語るか。
両者の間で言葉すらない攻防が繰り広げられる。
その空気を崩したのはルキアだった。ルキアがふう、と息を零したのだ。

「……どうやら、キサマもただの助平ではないのだな。」
足を崩さず、ボンチューを真っ直ぐに、そして真剣に見据える。
次第に空気が張り詰める。ただその場を縛る威圧感とは違う、歴史を漂わす悲壮感。
ボンチューは悟る。やはり相手も、見た目どおりの少女でないということを。

「……何者だ、オメー?」
「知りたいか? なら教えてやろう、私は死神なのだ。
 ──その意味を真になぞらえた、な」

場の空気が急速に冷え込んでいく。
さっきまでの上塗りの言葉とは違い、重く、そして切に痛さを孕む。
その全てが二の口を必要せずに真実と悟らせる。

「…死神?」
「ああ。信ずるも信ぜぬも貴様の自由だがな。それと言うことが一つある……
 私に付きまとうな。それだけだ」

ルキアは一拍置き、半ば自棄気味に突き放す。
悲しみに浸ることの無い少女の表情。ボンチューはただ黙って聞いていた。

「……私の力が及ばぬせいでな、二人もの命を失せてしまった。
 わかるだろう?私は死を振りまく死神なのだ……私の近くに寄るな」

本当は違う。死神とは現世に蔓延る虚を退治する存在。
しかし、一々説明するほど今のルキアに余裕は無かった。
だから簡単に、凶を纏ったイメージの死神で誤魔化す。

実に皮肉なものだ。
死神とはたとえ其の使命が正しき事だとしても、何時も其処には死が付き纏う。
───かの男、志波海燕。誇りに懸け、自刃にて葬った死神がルキアの頭をよぎる。

逃げたかった。関わり無い命を巻き込まないように。
逃げたかった。これ以上、死者を出さぬために。
逃げたかった。今の、この弱い自分から。
───私は、醜い。

「知るか」

そのとき、ボンチューが口を開いた。
偶然か。ルキアにはまるで頭の中の海燕が語っているように見える。
目の前の男と同じ言葉を。かつての逞しい姿のままで。

「人の生き死にに、あーだこーだ口出しはしねーけどよ」

入隊当時、朽木の名に誰も近寄ろうともしなかった自分に。
ただ一人だけ、真っ先に普通に接してくれた時のように。

「オマエがたとえなんと言おうとな、これだけは変わらねえ」

朽木の名に悩み、自分の居場所を見つけられず。
少しだけでも凡庸な日を過ごさせてくれた時のように。

「少なくとも俺はオマエの味方だ。忘れんな」

ボンチューはそう言って支給された水を口に含み、「休んどけ」と一言だけ言い放ち、反対側を向いて横になった。

───ああ、似ている。私の知る者達と。
───本当にいらぬ世話で。私の心に土足で踏み入り、私を救おうとする。

ルキアは静かに、感謝の意を込めた礼をした。
いつかは野良犬とまで罵った男に。月に吼えた野良犬の影を重ねて。

そしてしばしの休息を取ることにした。





【青森県/昼(放送前)】

【ボンチュー@世紀末リーダー伝たけし!】
 [状態]ダメージ大、回復中
 [装備]なし
 [道具]荷物一式、蟹座の黄金聖衣(元の形態)@聖闘士星矢
 [思考]1:目の前の女を守る
     2:これ以上、誰にも負けない

【朽木ルキア@BLEACH】
 [状態]:右腕に軽度の火傷、気絶中?
 [装備]:なし
 [道具]:なし
 [思考]:不安定。できれば他人を巻き込みたくない。

【世直しマン@とっても!ラッキーマン】
 [状態]健康
 [装備]世直しマンの鎧@とっても!ラッキーマン
     読心マシーン@とっても!ラッキーマン
 [道具]荷物一式
 [思考]ルキアが回復次第、情報交換

【バッファローマン@キン肉マン】
 [状態]健康
 [装備]なし
 [道具]荷物一式
 [思考]世直しマンの行動待ち

※ルキアの武器と荷物一式は世直しマンとバッファローマンが預かっています。


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167:眠れぬ朝は君のせい・中編 ボンチュー 221:そして少女は居場所を見つけた
143:眠れぬ朝は君のせい・前編 世直しマン 221:そして少女は居場所を見つけた
143:眠れぬ朝は君のせい・前編 バッファローマン 221:そして少女は居場所を見つけた
167:眠れぬ朝は君のせい・中編 朽木ルキア 221:そして少女は居場所を見つけた

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最終更新:2024年02月06日 03:13